“赤”のアーチャーによって獅子劫らに齎された連絡と要求は簡潔に言えば、敵陣営への先攻侵入であった。
“赤”の陣営がサーヴァントらによって“黒”のサーヴァントを押さえつけている内にミレニア城塞内部へ侵入し敵を攪乱する──まず以て極めてリスクが高い上、作戦行動を行う全ての“赤”のマスターらの中でも最も危険な任務であることは違いない。
無論、これは別段強制ではない。“赤”の陣営も獅子劫が背負うリスクを承知してのことか、案件はあくまで可能ならという枕詞の上に成り立っていたし、仮に要求を受け入れないまま自由行動をされたところで、別段文句を付けるつもりはないとも。
あくまで“赤”の陣営はこのような方針と作戦で活動すると、獅子劫への伝令役を任されたという“赤”のアーチャーは言い切った。
これを聞いてどのように行動するか汝に任せると──。
「……ま、命を優先するなら反るのがベターなんだろうが」
城壁破壊直後のミレニア城塞。
侵入者を駆逐せんと集うホムンクルスの兵隊を前に悠々と獅子劫は煙草を吹かしつつ、ボヤくように呟く。
「命が惜しくてこの戦いに参じたわけでもないからな。それに好都合でもある。やりようによっちゃあ“赤”も“黒”も出し抜ける配役だ、だったらまあ──」
前衛と後衛。迅速な対応で陣形を組み立てて迎撃態勢を整えたホムンクルスたちは都合十四体。前衛の
獅子劫は卓越した魔術師であるがこの数の戦闘用のホムンクルスを破るのは難しい。ましてや後方には既に詠唱に入り、魔術を装填した遠距離の攻撃手段を備えたホムンクルスたちが四体もいる。
紛れもなく劣勢。仮に単独でこの城塞に侵入していればこの時点で既に獅子劫の命運は尽きていただろう。だがしかし、獅子劫の隣には頼れる相棒がいる。戦闘用のホムンクルスなど話にもならない程に頼れる相方が。
「此処は多少のリスクを置いてでも乗ってみるべきだろ。なあセイバー?」
「ハッ! 当然だな! ねぐらに引きこもってるのにも飽き飽きしてたからな! ここらで鬱憤を晴らさせてもらおう、ぜッ!」
そう言って獅子劫の言葉に応えつつ、矮躯な騎士が飛び掛かって来るホムンクルスたちを一蹴する。赤雷を纏った剣を振るい、戦斧を携えたホムンクルスたちを両断する、のみならず赤雷は通路の向こうまで奔り抜け、後方で魔術を展開していたホムンクルスごと一帯を薙ぎ払った。
「……しかしまあ、意外だったぜ」
敵を鎧袖一触にした直後、ボソリと“赤”のセイバーが呟く。
「何がだセイバー?」
「マスターが付いてきたことにだ。マスターがそこそこやれるってのはあのヘンテコ玩具とやりあった時から知っていたが、普通魔術師って連中はどいつもこいつも引きこもっているもんだろ。実際、“赤”の連中がそうだ」
“赤”のセイバーが言うように、この戦場に“赤”の陣営の魔術師たちは一人も出てきていない。
先の“赤”の陣営からの伝達にしても“赤”のアーチャーというサーヴァントに任せきりで、とにかく姿を見せないように振る舞っている。
それは“黒”の陣営も同じだ。
なのに自分のマスターとくれば積極的に戦場に赴き、あろうことか一番危険とも言えるサーヴァントの隣という最前線に立つ始末。
“赤”のセイバーは全ての魔術師について熟知しているわけではないが、こうして城攻めにまで付いてくる辺り、改めて思ったのだ。
一体どうして、自らの主は死に急ぐが如く平気で戦場に出てこられるのだろうか、と。
「なあマスター? ここまで来て聞くことじゃねえのは分かってるが、なんでアンタはオレについて来た?」
その“赤”のセイバーの何気ない素朴な疑問に。
「あん? そんなもんお前の隣が一番安全だからに決まってんだろ?」
「────は?」
返ってきた答えは“赤”のセイバーをして唖然とするモノだった。
戦いの最前線とも言えるサーヴァントの隣。
それが安全地帯であるなどと己がマスターは答えたのだ。
獅子劫は続ける。
「聖杯大戦なんてもんに参加している時点で本質的に安全地帯なんてもんはそもそも何処にもありはしねえ。工房に引き籠っていたところで常にアサシンなんかに狙われるリスクは付きまとうし、敵サーヴァントの宝具によっちゃあ工房ごと吹き飛ばされかねないだろ? 今まさに“黒”の連中がやられているようにな」
聖杯大戦においては複数体のサーヴァントが存在するため、対サーヴァント戦が念頭に置かれた集団戦術が主になるが、やはり強力なサーヴァントを打倒するのに最も効率的なのはマスター殺しであろう。
だからこそ前に出ようが後ろに居ようが結局のところ英霊という強力な存在に狙われ続けるというリスクの本質は変わらない。勝ち続ける限り、勝ちを望む限りマスターは何処にいても命の危険に晒されているのだ。
だったら……。
「どっちみち一蓮托生なんだ。最も頼れる味方のすぐ近くで行動するのは当然の話だろ。ま、俺が
「…………」
「ん、どうしたセイバー黙りこくって」
「いや、えっと……なんだ……」
戸惑うように、困惑するように口ごもる“赤”のセイバー。
……もしかして今、自分はとんでもない言葉を聞かされたのではないだろうか。
出生からして同じ円卓の騎士すらも信ずる仲間に値しなかった自分にとって向けられたその言葉は初めてと言っていい、全幅の信頼を置いた言葉であり──。
「だあああッ! 何でもねえ! 聞かなきゃよかったッ!」
「んだそりゃあ、聞いといてそりゃあねえだろ……」
「うるせえ! ああでも気合は入った! このまま大聖杯まで突き進むぞマスター!」
「おいおい待て待て、まずは大聖杯の位置を探ってからだろ。なんの手がかりもなしに敵陣営で闇雲に捜索してちゃあ魔力が持たん。ここは手っ取り早く“黒”のマスターの一人でもとっ捕まえてだな……」
そのまま猪宜しく突撃しかねない勢いの“赤”のセイバーの様子に思わず獅子劫は制止の言葉を掛ける。
敵サーヴァントは他の“赤”のサーヴァントが引き付けてるとはいえ、城内へ敵を侵入させたという事実は敵にとって最優先で対処しなくてはならない事態だろう。時間を掛ければ即座に増援がやってきかねない。
此処はより効率的に敵マスターの誰かを捕らえるのが無難だろう。何せこちらには“赤”のセイバーがいるのだ。如何に強力な魔術師とてただの人間がサーヴァントに対応できるものではない。
しかし、獅子劫の掲げたその方針を見逃せるはずもなく。
それをさせないためにこそ、彼は城塞内に配置されたのだ。
「──おっとそいつはやらせられねえな」
「ッ──!? セイバーッ!」
「ラァ──!!」
獅子劫と“赤”のセイバーの会話に割って入る男の声。
瞬間、獅子劫は飛びのき、“赤”のセイバーは赤雷を放つ。
しかし。
「ハッ、良い反応だ」
赤雷が直撃する寸前、男が手を翳す。
それだけで赤雷は飛散し、力を失った。
赤雷を散らした後に残ったのは翳す手に浮かぶ盾のルーン魔術だ。
それは城外で“赤”のランサーの攻撃による余波から自らを守るために使用したアルドルの魔術と似通ったモノでありながら威力、効果ともに桁が違った。
アルドルの技があくまで余波を防ぐ程度のものであるならば、男の魔術はサーヴァントの一撃を完全に防いで見せるほどのモノ。
これほどのルーン使い、ルーン魔術の基盤が衰退している現代において実現できる者などそうはいない。出来るとすればそれは……。
「よぉ、“赤”のセイバー。自己紹介は必要かい?」
「……いらねえよ、魔術師風情がよくもまあオレの前に出てこれたもんだぜ」
……サーヴァント以外にあり得ないだろう。
辛辣に言葉を返す“赤”のセイバーに“黒”のキャスターは笑う。
「そりゃあ
「てめ、聞いてたのかッ!?」
「おう、まあな。随分マスターに信頼されてるようじゃねえか。俺のマスターは残念ながら勇猛果敢には程遠い典型的な魔術師でね。なんでそこんところは羨ましい限りだ」
肩を竦めながら“黒”のキャスターは茶化すように笑う。
その態度が癇に障るが、安易に激昂することはなく、舌打ち一つで怒りを妥協しながら“赤”のセイバーは剣を深く構えることで応える。
挑発に乗るというわけではない。無論、ムカつく“黒”のキャスターに一発入れてやろうという思いが無きにしも非ずだが、それ以上に敵サーヴァントに捕捉された以上、マスターの安全を確保するためにもサーヴァントである己が相手取らなければならないだろうという判断からだった。
「おいマスター。アンタは適当に敵マスターをとっ捕まえて大聖杯を見つけ出しといてくれ、オレはこいつを此処でぶっ殺す」
「……はぁ、止めろって言ったところで聞きはしないか。どのみちサーヴァントが出てきた以上、お前さんに戦ってもらうしか選択肢は無いわけだしな──セイバー、ここは任せて良いんだな?」
「ああ、安心しろ。すぐに追いつく」
「よし、くれぐれも深追いはするんじゃねえぞ」
そう言うと獅子劫は“黒”のキャスターに警戒の目を向けつつ、駆け出した。幸い、城塞をぶち抜いて侵入した場所は通路のT字路。真正面に構えたキャスターがいる都合上、城塞の中心部に直接走ることは出来ないが、遠回りで別ルートを探すことは可能だ。
獅子劫は大回りになることを知った上で左右の伸びる通路の内、右の方向へと駆けだした。
それを“黒”のキャスターは悠然と見送り、“赤”のセイバーは“黒”のキャスターに警戒の視線を向けたまま、気配のみで感じ取った。
「追わねえのかよ」
“赤”のセイバーが“黒”のキャスターに問う。
それに“黒”のキャスターはニヤリと笑って返す。
「此処は敵陣だぜ? お前のマスターは優れた魔術師なのかもしれないが、早々に攻略できるもんじゃねえ。それにホムンクルスの衛兵たちに“
そう言って“黒”のキャスターはくるりと自らが携える杖を弄びつつ、それをそのまま槍のように構えて、低く腰を落とした。
「なんで、城の守りを任されてる都合上、俺の役目はアンタの相手ってわけだ。サーヴァントはサーヴァント同士、魔術師は魔術師同士ってな。それに実質、アンタの魔術師とうちの魔術師で一対六だ。お前をここで押さえ続けた方がこっちにとっちゃお得でね」
「そうかよ……だったら……!」
飄々と漏らす“黒”のキャスターを睨みつけて剣を握りしめる。
“赤”のセイバーの感情に共鳴するように手にする剣には赤雷がバチバチと弾け飛び、潤沢な魔力が装填されていることを告げる。
一瞬の静寂──そして。
「槍はねえが──来な、“赤”のセイバー。俺がお前の相手をしてやらァ」
「役者不足だ! 速攻でぶっ潰すッ──!」
かくて開戦。通路の床を踏み込みで陥没させながら“赤”のセイバーが駆ける。
──“黒”のキャスター。
ルーン魔術を手繰るこのサーヴァントの性能は未知数であるものの、魔術師のクラスであることからその能力の殆どが魔術に依存していることは明確だ。
故にこそ、この戦い。“赤”のセイバーは自らが宣した通り、速攻で決着を見るものだと考えていた。
そも三騎士と呼ばれる聖杯戦争の花形とも言えるセイバークラスである“赤”のセイバーと異なり、“黒”のキャスターはキャスター……聖杯戦争においてはアサシンに次いで弱いと区分けされるサーヴァントである。
その理由としては魔術はともかく、魔術師のクラスであるが故に基本的に肉弾戦を不得手としていることが挙げられるが、それ以上にこの聖杯戦争と呼ばれる儀式においてキャスタークラスが不利とされるにはもう一つ大きな理由がある。
それが他ならぬセイバークラスの存在だ。
最優のサーヴァントとしてセイバーのクラスで召喚される英霊は高いステータスを有するが、その他にクラススキルとして『対魔力』というスキルを獲得することが多い。
この『対魔力』というクラススキルは読んで字のごとく魔力に対する耐性であり、ひいては魔術そのものへの耐性とも言い換えられる。
円卓の騎士として高い知名度を有する強力なセイバーである“赤”のセイバーが有する対魔力のランクはB。およそ、大魔術で以てしても傷つけることが叶わないほどの強力な魔力への耐性である。
つまりこれは相性の問題なのだ。
如何に“黒”のキャスターが魔術師として召喚されるほどに高名な魔術師であり、強力な魔術を司ろうとも……“赤”のセイバーにはそもそもその魔術が有効に働きにくい。
加えてこの位置、この間合い取り。ここまで近接戦を得手とする“赤”のセイバーに接近を許した時点で魔術師に過ぎない“黒”のキャスターの運命は決まっている。
「此処でオレに会った不運を呪って逝くが良いッ!」
踏み込み、一閃。それで終わりだ。
音速にも迫る“赤”のセイバーの踏み込みに、近接戦を不得手とする“黒”のキャスターが対応できるはずもなく、赤雷を纏った剣が一瞬にしてフード姿の魔術師を真っ二つに両断する──。
「──ハッ、侮ったな。セイバー!」
「ッなに──!?」
一瞬の攻防は正しく達人芸だった。
両断せんと“赤”のセイバーが剣の間合いに“黒”のキャスターを捉えた直後、“黒”のキャスターは逃げるでも魔術を使うでもなく、その手に構えた杖を槍のようにして構えたまま、まるで槍で突くようにして“赤”のセイバーが剣を振り抜く直前の手元を狙いすまして、穿ち、かち上げる。
同時に獣のような姿勢で体勢を低く、“赤”のセイバーの懐に踏み込む。
振り抜く寸前の僅かな隙を突かれたことにより“赤”のセイバーの剣は“黒”のキャスターの頭上を掠めて通り過ぎ、逆に“黒”のキャスターは攻撃直後で無防備となった“赤”のセイバーの懐に潜り込むことに成功した。
予想外の結果に驚愕で顔を歪める“赤”のセイバー。それを嘲笑うかのように“黒”のキャスターはそのまま杖を槍に見立てて構え、先端部を“赤”のセイバーの胸部に鋭く突き立てた。
「吹き飛びな」
先ほどまでの調子と一転して背筋が凍り付くような冷たい言葉と同時に、“赤”のセイバーは言葉の通りに吹き飛ばされていた。
恐らくは魔術によって筋力を強化していたのだろう、とてもキャスタークラスのものとは思えない強烈な一撃は“赤”のセイバーを吹き飛ばし、あわや城外に叩き出されかける。
が、流石は最優のクラスというべきか衝撃の直前、敢えて自ら後ろに跳ぶことで僅かに威力を緩和したのだろう。
“赤”のセイバーが崩した城壁から、外部に吹き飛ばされる寸前で“赤”のセイバーは何とか踏みとどまる。
「て、めぇ……!」
「ほう、やるじゃねえか。とはいえ獲物が
睨む“赤”のセイバーに飄々とした調子を取り戻して“黒”のキャスターが笑う。だが、その笑みには先ほどまで無かった一種の不敵さが浮かんでいた。
「こういうわけだ。分かったろ? 槍は無くても杖がありゃあそこそこ出来るのさ。さて“赤”のセイバー。お前は俺を速攻倒すことが出来るかい?」
「たかがキャスター風情が槍兵の真似事か。良いぜ、オレも付き合ってやる。テメエの真似事が何処までオレに通じるか、やってみせろ似非ランサーッ!」
「抜かしたな、セイバー。ならば我が槍技。たとえ杖であろうともなんら衰えぬものだとその身で味わっていきなァ──!」
ミレニア城塞を舞台として二騎のサーヴァントが激突する。
奇しくもその構図はとある夜の再現のよう。
仮にアルドルが居合わせたならば壮麗なる剣士と獣が如き俊敏性を持つ槍兵との戦いを幻視することとなったであろう。
或いはこれも王の後継を狙う反逆の騎士たる彼女の運命か。
かつて何処かの世界、何処かの夜であったように。
剣士は、術師に転じた槍使いと相まみえる──。
……
…………。
“赤”のセイバーと“黒”のキャスターが本格的な戦闘に乗り出したのと同刻、別行動を取る獅子劫も遂に敵と見えることになっていた。
「さて、と。自己紹介は互いに省いて構わないよな」
獅子劫が嗤いながら言うと相対する敵──少女フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアは穏やかに微笑む。
「そうでしょうね。お互いに名を知らぬはずはありませんし、何より事ここに至ってそれは無駄な手間でしょう。この城に踏み込んで来た以上は」
「は、違いない」
言いながら獅子劫は愛用の銃を構え、フィオレは自らの利き腕に取り付けた、白銀の篭手のようなものに触れる。
「一応、聞きますが今すぐ我らがユグドミレニアの居城から立ち去るつもりはありますか?」
「そうだな、この様子を見てアンタはどう思う?」
フィオレの言葉に獅子劫は手にした自らの
「では、その様に──」
直後、フィオレの礼装と思われる腕に魔力の渦が発生する。
それを感じ取った瞬間、獅子劫は躊躇いなく銃を撃った。
愛用のソードオフの無銘の水平二連式ショットガンから打ち出されたのは鉛の銃弾などではなく、人の指だった。
──これこそが死霊魔術師たる獅子劫の放つ魔弾である。
北欧の魔術にガンドと呼ばれるものがある。
これは相手を指さすことで指さした相手を呪う魔術なのだが、魔力を強くして編み上げるとこれは銃弾のような物理的な破壊力を発揮することがある。
獅子劫が放つこの魔弾は相手を指さすことで呪うガンドを参考に、死霊魔術を組み合わせた指弾であった。銃弾として放った直後から進行方向に存在する生命の体温を足掛かりに敵性存在を察知し、追尾。
そして直撃したならば敵体内にそのまま潜り込み、心臓を目指して到達すると同時に呪いを破裂させるといった効果を有する文字通り呪いの魔弾である。
必殺必中。当たった瞬間、少女の命は戦場の花と無惨に散ることになったであろう。だが迫る銃弾に対して少女は恐怖も怯えも抱かない。
告げるのはただ一言。
「──
直後、少女の背後からまるで蜘蛛の足のように四本の『腕』が伸びる。
そのうちの一本が亜音速で迫る魔弾を掴み、防いだ。
「……! そうか、そいつが……」
魔弾を掴んで防いだこともそうだが、命令から行動を起こすまでの速さ。その機能性は自らの腕を動かすが如く。
ならばこそ伝え聞いた知識から獅子劫はフィオレが操る『腕』を看破する。
あの礼装こそがユグドミレニアの才媛、フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアが時計塔で
──
「──よくご存じのようですね。では、どのように対応しますか?」
「くっ」
ニコリとフィオレが笑う──曰く、その性能はかのケイネス・エルメロイ・アーチボルトが開発した
「──
「うおおおおおおッ!?」
そしてお返しとばかり『腕』から放たれる『光弾』。銃弾に負けず劣らずの威力で吐き出される魔力の弾は
たまらず獅子劫は自らのジャケットに強化の魔力を付与しつつ、手に持つ魔弾で自身に向かってくる弾丸を弾きつつ、身を低くとる。
「クソッ、通路じゃ不利だ……!」
逃げ場のない通路で相手取るには敵の方が性能も手数も上だと獅子劫は即断し、胸元から缶のような物体を取り出すと、地面を滑らせるようにしてフィオレに向けて投擲する。
「ッ!
僅かに遅れて反応したものの、フィオレの魔術礼装が『腕』の性能は流石のもので投げ込まれた物体を即座に危険物と断じて、『腕』は通路の床に押さえつけるようにして缶を叩き潰す。
が、その反応の良さが仇となった。
缶は攻撃のためのものではない。相手に隙を作るためのものだ。
獅子劫がニヤリと笑ったのと同時、光が通路を焼く。
「きゃあッ!?」
“閃光弾──ッ!?”
反射的にフィオレは両腕で目を庇う。
なまじ動物霊で自動制御している
主に迫る危機に対して自発的に迎撃できるまでは良いものの、攻撃の種類まで事細かに判断するほどの知能を有してはいないからだ。
そしてフィオレは優れた魔術師であっても相対する獅子劫や、或いはユグドミレニアのダーニックやアルドルらのように戦場慣れしていない。
そのため飛んでくる攻撃を全て横並びに防がなければならない脅威と認識していた。それが仇となる。
フィオレが閃光に目を眩まされるのと同時、何かの金属音が微かに耳を掠める。直後、通路に広がる爆音。
“敵の攻撃っ──!?”
「
狙いは付けず、とにかく近づけさせないように『腕』の光弾で掃射。通路の何処にいても逃げ場がない射撃で攻撃も敵も諸共吹き飛ばす魂胆でフィオレは『腕』に攻撃を命ずる。
命令を受けた『腕』は主の望み通りに、掃射射撃を行い、敵も脅威も一掃せんと光弾を放つが──光が消える、弾痕だらけの通路にはたして敵の死体は無く。
「……穴。そう、さっきの閃光弾に紛れて……」
通路にぽっかりと空いた穴。
サイズはおよそ三メートルほどで底は城塞の地下にまで繋がっている。
……先ほどの閃光弾を投げ入れた直後の爆発。アレは恐らく手榴弾で起こしたものだろう。アレでこの地下への
「くっ……!」
悔しさに歯を噛み締める。
偶発的な戦闘だったとはいえ、出会った以上はフィオレは当然、獅子劫を仕留める心持でいた。
しかし相手はそも大聖杯を優先してミレニア城塞に潜り込んでいるのである。であれば正々堂々と魔術戦を行うのではなく、目的のために早々に逃走と言う手段を取るのは考慮するべきだった。
「やはり、アルドルの様にはいきませんか……」
仮にかの青年であればきっと相手の狙いを見抜いた上で取り逃がさないように立ち回りながら獅子劫を確実に仕留めてみせたであろう。
みすみす敵を逃がしてしまった自己嫌悪と、アルドルに抱く劣等感からフィオレは胸を強く抑えた。
「……いえ、いえ。こんな事をしている場合ではないですね──おじ様、聞こえますか? ダーニックおじ様」
ポケットから通信用のルーン石を取り出す。
それにフィオレが呼びかけると直後に聞き馴染んだ当主の声が返ってくる。
『──ああ。聞こえている。どうやら戦闘があったようだが、無事かフィオレ?』
「はい、私は何とも、ですが敵を取り逃してしまいました……」
声音に宿る無念の声。その悔しさと役目を遂げられなかった罪悪感を噛み締めるフィオレを心づかってか、ダーニックは優しく言葉を返す。
『いや、君が無事ならば問題は無い。君は我々ユグドミレニアにとって優れた俊英であるが年若い君にはまだまだ魔術師同士の戦闘は重責だろう。そう気に病むことは無い』
「ですが……これがアルドルであれば……」
『フッ、アレは例外だ。流石に誰しもアレのようになるのは厳しいだろう。それに誰しもがあの調子ならば私も心休めないさ。君はまだ年若く、これから花咲いていくという可能性がある。それぞれには得手不得手というものがあるのだからそう焦るものではないだろう。近親にアレがいる以上、気持ちは分からなくはないがね』
「はい……おじ様」
『侵入者の相手は私とセレニケで務める。フィオレはそのまま身の安全を確保しつつ、“黒”のアーチャーと共に平原の戦場の様子に対応してくれ』
「はい、了解いたしました」
そう言って、通信が切れる。
先ほどの戦闘が嘘のように静寂が通路に満ちる。
その中でポツリとフィオレが漏らす。
「遠い、ですね」
彼であれば獅子劫を仕留めていただろう。
彼であればダーニックに気遣いなどさせなかっただろう。
今もただ一人、当主の旗下に加わらず、一人ユグドミレニアの勝利を目指して進み続ける青年。
あのダーニックが自由に動くことを許諾した唯一無二の信頼すべき後継。
隣にあったはずの幼馴染の背中は何時しか遠く、ただ見送るだけしかできないものになっていた。
全てはやはり、あの挫折。
止まった私と歩いた彼。
その一歩の差から始まった距離は僅かながらも埋めがたい断絶だ。
「もしもあの時、私も進めていれば──」
そうすれば今も昔のように、隣で一緒に歩けていたのだろうか──。
少女の苦悩と嘆きが静寂に消える。
応える言葉は無く、青年の背は遥か遠くに。
冷たい闇のような沈黙だけが少女の言葉を聞き届けていた。
「やはり飛行はこの手に限るな……。流石は我が友、相も変わらずぶっ飛んだ発想力だ……──今の私は、通常の飛行魔術の三倍速だ……!(ちょっと楽しい)」
──トゥリファスとシギショアラ間上空にて。