千年樹に栄光を   作:アグナ

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財産は滅び、身内の者は死に絶え、
自分もやがては死ぬ

だが決して滅びぬのが自らの得た名声だ。


──高き者の箴言


先祖返り(ヴェラチュール)

 かつて──衛宮矩賢という魔術師がいた。

 

 極東は日本出身の魔術一族衛宮家。

 その四代目当主こそが衛宮矩賢であり、時計塔の魔術師たちに言わせればまだまだ若く、そして西洋を中心とした魔術世界において田舎者と揶揄されるだろう日本出身の魔術師である。

 

 通常であれば記録はおろか、人々の記憶にすら残されない一木っ端魔術師として長き魔術世界の歴史において忘却されるだろう彼の名は、しかし一部の魔術師にとっては知る人ぞ知る名として通っていた。

 特に──封印指定執行者、などと呼ばれる者にとっては。

 

 ──衛宮家四代目当主、衛宮矩賢は天才だった。

 

 たった四代。千年を超える魔術大家(ブルーブラッド)も珍しくは無い魔術世界において彼はたった四代で衛宮が研究してきた根源への研究(みち)を極め、そして根源へと届きうる理論を構築してみせたのである。

 後にその理論に触れたある貴族(ロード)は言った、ここまで真っ当な手段であれば根源へ届きうるだろう、と。

 

 根源、魔術師の誰もが目指す悲願。全ての原因、アカシックレコード、或いは『』。魔術師が指先を掠ることすらできずに絶望し、終わらない徒刑が如き人生を後代に引き継がねばならぬほどの困難な道のりを辿らざるを得ない数多の凡夫を嘲笑うかのように根源への理論を確立してみせたその手腕。

 

 紛れもなく衛宮矩賢は天才であり──故に必然、彼は時計塔における最高位の評価を受けた。即ちは封印指定──衛宮家の魔術ごと衛宮矩賢は時計塔に追われる立場となった。

 

 その後、彼を待ち受ける運命は魔術師の立場からしてみれば非業のものである。

 とある島で完成させた理論を証明するための第一段階として「安全な死徒化」の研究を進めていた彼は、不運にも弟子のささやかな好奇心から始まった事故により、魔術とは無関係であった島民を丸ごと死徒化させてしまい、それを発端として時計塔と聖堂教会両勢力に居場所を割られ、最後は次代の衛宮──魔術師らしからぬ一般人の感性を持っていた後継たる息子に射殺された。

 

 衛宮家の悲願はそれを以て潰え、彼の残した封印指定の領域にあった研究はその魔術刻印ごと時計塔に接収された。

 衛宮矩賢という魔術師を巡る話はそれでおしまい。魔術史の片隅にかつて封印指定をされていた魔術師の一人として密かに名を連ねたという程度のものであった。

 

 だが、しかし──その研究。その理論。その魔術。

 体内に小規模の固有結界を展開し、時間の流れを加速停滞するという小因果に働きかけるという衛宮家の魔術に目を付けたものが居た。

 

 ()はその当時、専攻する考古学科(アステア)の研究の一環として北欧をフィールドワークしていた。その最中とある『神枝』を入手することに成功し、その研究に明け暮れていた。

 数年後ののち、大魔術儀式に参加する事がその時点において確定していた彼にとってその神枝の研究は自身の研究のテーマであると同時に、大魔術儀式へ向けての用意の一環でもあった。

 

 対魔術師、対代行者、そして──対英霊(サーヴァント)

 

 待ち受ける規格外の難敵と鎬を削ることになる運命が控えている彼にとって戦力の増強は急務だった。知人に言わせるところ、魔術師など自身が最強である必要はなく、最強たる手段を用意すればいいという話なのだろうが、何よりも地力が要求される大魔術儀式を控える彼としては自身こそを最強にまで押し上げる必要があったのだ。

 その大魔術儀式が迎える運命を既に知っているが故に。運任せ、他人任せでは勝利は掴めないと悟っていたが故、彼は貪欲だった。

 

 研究を進めていく中、彼は固有結界という魔術に目を付ける。

 運命を知る彼にとって最も身近な最強の魔術と言えば内なる世界で現実世界を侵食する固有結界(リアリティ・マーブル)であり、何より『神枝』を上手く有効利用する手段として有用ではないかと思いついたのだ。

 当時、交友のあったロード・メルアステアの存在も大きかったと言えるだろう。かくして彼は時計塔のロードの伝手を通じて、時計塔の深淵に秘蔵されていた固有結界に関する研究……その一つとして衛宮矩賢の研究に触れることになる。

 

 それは異才を持つ彼が自ら引き寄せた運命。

 天才を知っていた彼はそこで遂に自らの手段を確立させる。

 

 即ちは一つの世界観を再現する魔術。

 『神話再演(ピリオド・アルター)』という究極域の魔術式を。

 

 そう彼の通り名は比喩などでは決してない。

 『先祖返り(ヴェラチュール)』とは文字通り、祖に還る魔術師なのだ。

 千年樹の流れ出でた血の原点──北欧神話という宇宙観(コスモロジー)

 

 神代の終わりにあって彼は時代を再演する。

 その普遍かつ不変の魂は幾度の時を流離おうとも、幾度の世界を黄昏ようとも決して減退しない極めて稀な『起原(たましい)』を持つがために、文字通りどのような異なる環境にも適応可能な唯一無二。

 

 彼の異才とは正にそれ。ともすれば運命(ものがたり)を識ることなぞ、せいぜいがオマケ程度に過ぎない。

 

 時代が幾度と流れようとも、黄昏時が過ぎ去ろうとも。

 記録は時代に引き継がれる、記憶は次代に語られる。

 かくしてハーヴィの箴言は語り継がれる。

 

「此処に神の仔──降臨せり。時代よ廻れ、我らは神代の流れ星」

 

 さあ──神話の時代を再演しよう。

 

 

 

 

 神祖(北欧)の血を持つ後継者(すえ)の唱える言葉を聞いて、アルドルが作り上げた究極の魔術が遂に世界に顕現する。

 通常時はミレニア城塞の地下に流れ込む霊脈の中に形なく溶け混んでいるアルドルの『工房』が像を得る。

 

 誰にも知られず、誰にも見られなかった『工房』の全貌は、巨大な樹であった。

 全長にして十四メートルほどの広葉樹。

 霊脈に根を張り、青々と茂るその樹を彩るのは果たして緑の葉に非ず。緑玉(エメラルド)も霞ませるほどの緑色の結晶である。

 

 仮にこの場に第三者がいれば驚愕しただろう、何故ならば広葉樹を彩る緑色の結晶体はその全てが超高純度の魔力結晶体。仮に現代魔術師が作ろうとすれば一欠けらであっても十年は掛かるだろうと思わせるほどの高純度のものである。

 それが十四メートルの広葉樹に満遍なく生え誇っているのだ。もはや余人の理解が届く所業ではない。

 

 そして異様はそれだけではない。広葉樹の中心にある結晶の中にはまるで聖書における聖者の磔刑の如く、一人の人影が磔にされている。

 右目を失い、全身には刀剣の傷跡、さらには脇腹深くに突き刺さった黄金の剣と今にも死に体の人影が眠る様に安置されており、その手には一本の枝が握られている。

 

 『工房』は正にそれを中心として脈動していた。

 ──普遍かつ不変の魂と、神話の遺産……世界樹の枝を基盤として築き上げられた世界樹(ユグドラシル)の機能を再現した大樹。

 

 それこそがアルドルの『工房』の正体。

 彼の誇る三つの切り札が内の一つ、九つ廻る千年神樹(ナインヘイムユグドミレニア)であった。

 その機能・性能は今更語るまでもなく──。

 

 ──疑似宇宙観(アナザーコスモロジー)九つ廻る千年神樹(ナインヘイムユグドミレニア)、浮上。

 

 ──主人格(メインアカウント)から命令を受諾。

 

 ──起源(サーバー)接続開始(アクセススタート)

 

 ──時代逆行(ピリオドアルター)を開始します。

 

 主の命により確たる魂と神枝に宿る時代を遡る。

 これより再現するは神なる時代の有り様。

 なればこそ、振るう者も時代に適応した姿である必要があるがために。

 

 魂は廻る、固有結界(セカイ)は九つの旅をする。

 

 ある時はユグドミレニアに生まれた魔術師として。

 

 ある時は運命を俯瞰する傍観者として。

 

 ある時は悲惨な世界大戦を嘆く知恵者。

 

 ある時は世界の謎に挑む考古学者。

 

 ある時は戦士を夢見る無邪気な少年

 

 ある時は空想の物語に思いを馳せる少女。

 

 ある時は人々を占って言葉を託す老婆。

 

 ある時は貴種たる血に生まれた老紳士。

 

 そして──ある時は普遍かつ不変なる《光》。

 

 九つの天を巡りて、青年は回帰する。

 人の時代から神の時代へと。

 神秘が未だ珍しくなく、世界に不思議が満ち溢れていた頃に。

 

「九天廻りて回帰せよ(もどれ)──黄昏の時代へと」

 

 かくして魔術師は祖に還る。

 故に彼こそ『先祖返り(ヴェラチュール)』。

 

 数多の(ケニング)を持つ、神の後継である。

 

 

 

 

「なっ……!?」

 

 サーヴァント・ルーラー、天草四郎時貞はアルドルが切った切り札を前に絶句した。

 その驚愕は魔力を糧に霊体で現実に顕現する彼だからこそものだ。

 

 黄金に照り輝くアルドルの右目も、嵐のように吹き荒れる魔力の渦も、金色に変色した髪も、それに比べれば驚くに値しない。

 アルドルに生じた最大級の変化、それは──。

 

第五真説要素(真エーテル)……現代魔術師が、何故それを扱える……!?」

 

「──……」

 

 アルドルが纏う魔力の質。それはもはや現代世界を覆う魔術師たちが操る魔力・第五架空要素(エーテル)ではなかった。

 もはやこの惑星から消え去って久しい神代の世界において満ちていたとされる魔力性質……現代魔術師にとって卓上の理論としてしか語れない第五真説要素そのものであった。

 

 シロウが身につけた数十年にも及ぶ現代の知見、聖杯より与えられた知識群の全てを動員しても尚、あり得ないとしか言えない現象を前に此処まで油断も慢心もしてこなかったシロウに驚愕という空隙が生じる。

 

 その隙を、生を受けてから二十年以上。

 ただの一度も油断も過信も慢心もしてこなかった青年が逃すはずなど無く。

 

「魔剣・疑似装填──!」

 

 アルドルは神父を此処で殺すため、躊躇いなく二つ目の切り札を切った。

 

「真名擬装展開、万物を絶て──斬神魔剣(ティルフィング)!」

 

 神の加護の代わりに真エーテルを魔剣に装填し、アルドルはその性能を限定的ながら開放する。

 元来、アルドルの有するこの魔剣は三回まで告げた存在()を因果まるごと引き裂く必勝の魔剣だが、神霊でないアルドルにとってそこまでの再現は行き届かない。

 

 しかし擬装展開(型落ち)であるとはいえ、真エーテルを熱源としたこの魔剣は刃の走る延長線上にある全てを引き裂くことが可能である。

 即ち相手の神秘の質、守りの性能──そういったものを全て無視して切り裂く魔剣、それこそがアルドルの有する剣の正体。

 万物を絶つ北欧神話の魔剣、ティルフィングであった。

 

「ッ……くっ、しまった……!」

 

 だからこそ直感的に動いたシロウ神父に出来たのは何とか刃から逃れるための反射的な回避行動だけであり──。

 

「フッ──!」

 

 煌めく刃は問答無用で、シロウ神父の右腕を切り飛ばしていた。

 

「ぐぅううううッ!!」

 

 虚空に鮮血の大輪が咲く。

 驚愕から立ち直り、何とか初撃は回避してみせたが、混乱は覚めていない。アルドルに生じた変化も、牙を見せたアルドルの剣の正体もシロウにとっては想定外も想定外の要素であった。

 だが、アルドルが態々シロウが冷静になる時間を与えるはずもなく、アルドルは飛び退き躱したシロウへ追撃せんと、踏み込む。

 

「オオッ!!」

 

「ッ、早い……!」

 

 突進するアルドルの速力は先ほどまでの比ではない。“赤”のセイバーも斯くやとばかりに魔力を噴出し、シロウの下へと飛び込んでくる。

 音速に迫る踏み込みはサーヴァントであるシロウであっても容易く対処できる次元にはもはや無い。

 

 あの剣にだけは被弾してはならないと決死の覚悟で剣線を見て取り、逃れ、回避し、躱す。

 煌めく三度の剣線を凌ぎ、剣の間合いから相手を突き離そうとシロウは三本の黒鍵をアルドル目掛けて遊び抜き、加減抜きで投擲する。

 

 概念武装として所有者の性能で刃の質が変化する黒鍵に文字通りの聖人が全力を込めて刃を編み上げた黒鍵の威力は、下級悪魔であれば一撃で粉砕するほどのものであった。

 たとえサーヴァントであっても被弾すれば唯では済まない聖絶された武装を前にアルドルが行ったのは回避でも防御でもない。

 

「──(アンサズ)

 

 秒と掛からず編み上げられたルーン魔術(シングルアクション)による武装破壊。たったそれだけでシロウの渾身の三撃は虚空に灰と散った。

 先ほどまでのアルドルの魔術であれば防御魔術であっても貫通されていただろうほどの威力を前に、アルドルは何の気なしの簡素な魔術で防ぎきる。

 

「ッ!」

 

 ──質が違う、威力が違う、神秘が違う。

 目の前にいる敵はただの現代魔術師なんかでは決してない。

 向上した霊基は神代に適応し、司るは真エーテル。

 

 ……此処にいるのは文字通り、神の時代の魔術師。

 あり得ざる神代の魔術師が、そこに居た。

 

「それが貴方の切り札、というわけですか……!」

 

「然り。聖杯大戦に参戦するのは疾うの昔に決定づけられた定めならば、お前たちサーヴァントに備えるのは魔術師として当然の措置だろう。サーヴァントという神秘が現代魔術師では届かぬ頂ならば、旧きに手段を模索するのは真っ当な結論だろうと思うのだがね」

 

 神秘はより古い神秘によって粉砕される。

 それは魔術世界における大原則。

 だからこそアルドルはその正攻法を真っ当に守っているに過ぎないと嘯く。人間ではサーヴァントに敵わないというならば敵うものを用意しよう。

 相手が英霊という規格外の存在ならばそれよりも規格外のものを用意しよう。

 

 何処かアルドルの知人に通じる合理性で、アルドルは最も難易度の高い正攻法に見事手を届かせてみせたのだ。

 そしてこれこそがユグドミレニアの魔術師たちが恐れ慄き、ダーニックが打ち震えた千年黄金樹の辿り着いた魔術の果て。

 ユグドミレニアが純血が生んだ奇跡の到達点であった。

 

「“黒”のキャスターや、そちらのランサー、ライダーならばいざ知らず、お前に我が黄昏は越えられるか? 島原の乱(三百年前)の聖人よ」

 

「くっ……“赤”のキャスターッ!!」

 

 深く剣を構えたアルドルを前にシロウはもう手段を選んでいられないことを悟る。元より目の前の青年は、此処で“赤”の陣営を全滅させるつもりで乗り込んできているのだ。

 ならば出し惜しんでいる暇はない。シロウにとってこの場を打破する切り札を使用するためにもシロウは一瞬を用意する必要があった。

 

 シロウの呼びかけに傍観者が言葉を返す。

 

「おおっと! ここで吾輩の出番ですかな、マスター! いいでしょう吾輩としてもこの面白い状況が一瞬で終わってしまっては勿体ないですし、然らば一つ神話にも劣らぬ我が悲劇をご覧にいれましょうッ!!」

 

 ここまで興味深げに、二人の戦いを傍観していた“赤”のキャスターは腰を下ろしていた客席から立ち上がり、一冊の本を手にする。

 そして声高らかに悲劇の名前を口ずさむ。

 

「リア王の受難!」

 

「む……」

 

 叫びと共に劇場の一角が爆ぜる。

 現れたのは石で構成された冠を身に着けた一体の巨人。

 “赤”のキャスターに曰く、『リア王』。

 

 稀代の大劇作家ウィリアム・シェイクスピアの作り上げた物語に登場する王である。

 

「創作幻想……物語を現実に起こすにはこの環境ではできないと踏んでいたのだが……」

 

「おや、全く驚いていないどころか既に知られている様子ですな! ええ、ええ、その通り。我が魔術、もとい創作を現実に再現するにはちょっとばかし徹夜を有する必要がありましたが、この通り! なんとか締め切りには間に合──」

 

「だが──新しい(浅い)。この程度では足止めにもならん」

 

 相変わらず自らの創作を誇る様に大仰な仕草で召喚した劇団を紹介しようとする“赤”のキャスターの言葉を待たずしてアルドルが剣を振るう。

 煌めく魔剣の刃は一振りで見上げること数メートルにも及ぶ石の巨人の首を撥ね飛ばし、続けざまに二閃、三閃と煌めく刃が巨人を袈裟斬りにして、足を落とす。

 

 それで終わり。リア王は悲劇のように一瞬で破壊された。

 

「ああああ! 吾輩の徹夜の成果がッ!?」

 

「クッ、無茶苦茶な……!」

 

 膝から崩れ落ちて悲劇の主役のように嘆く“赤”のキャスターを傍目に、隙など与えないと有無も言わずに踏み込んでくるアルドルの剣を躱しつつ、シロウは思わず毒づく。

 

 あっさりと粉砕された『リア王』だが、“赤”のキャスターによって作り上げられた創作幻想は並のサーヴァントであればそこそこに対処可能な優れた使い魔である。それを一瞬で破壊したのはやはり剣の性能が並外れているが故だろう。

 

 神代を由来とした魔剣──ティルフィング。

 真エーテルという得難き熱源を手にして、刃の鋭さの一端を現代に再現したそれは切れ味という一点に関しては規格外の性能だ。

 

 恐らくは当てさえすれば“赤”のランサーや“赤“のライダーとてただではすむまい。かの剣の本質は斬るに非ず。相手を切り殺した先……勝利という恩恵を与えることにこそ魔剣の本質がある。

 シロウの私見だが、アレは本来、過程を無視して結果を齎すという因果直結の祝福(のろい)を帯びた神の魔剣。正当なる担い手が振るわば、問答無用で持ち主に勝利の結果を与える必勝の魔剣である。

 

 それが仮初の担い手の手にあるが故に万物を絶つという結果にスケールダウンした性能を発揮しているのだろう。

 当てなければ脅威を発揮しないという点において、まだ有情とも言えるのだろうが……。

 

「とはいえ、これは……! ッづ!」

 

「ハァアア……!!」

 

 出力を増した雹弾(ハガル)がシロウへと殺到し、それに身を潜ませてアルドルが再度シロウとの距離を詰める。

 魔術を残る左手に構えた黒鍵で何とか捌き切るが、続く煌めく剣閃だけは如何ともしがたく、硬度を増した黒鍵で受け止めてみせるもあっさりと切り裂かれ、破壊される。

 やはり防御不可能であると確信し、シロウは何とかアルドルを引き離そうとして見せるも既にサーヴァントの領域にまでその肉体性能を跳ね上げたアルドルを振り切ることは戦の達人とは言い難い聖人たるシロウには難しく、死と隣り合わせの鬼ごっこは続く。

 

「ははっ、少しは加減、して欲しいものですがッ!」

 

「この切り札は生憎と加減が利かん、それに貴様の企みを考えれば一息で殺しきらねば窮地にされかねないのでな。──ルーラーの特権は使わせないぞ」

 

「……そちらについても読まれていましたか」

 

 頬を掠る剣閃の鋭さに身震いしつつ、シロウは悪戯がバレた少年のように苦笑する。

 そう──アルドルが躊躇いなく切り札を晒した理由はそこにあった。

 

 アルドルにとって神父が生きていたということまでは“赤”の陣営の動きから予見出来ていたことだが、サーヴァント・ルーラーとして霊基を確立していたことは完全に予想外だった展開である。

 だからこそアルドルにはこの一見して一方的に見える状況に、余裕を抱く隙間は無い。

 

 何故なら英霊ルーラーにはこの状況を打破することが可能な特権が備わっている。正規のルーラーとは異なり、『特権』全てが与えられているとは思えないが、シロウが第三次から継続して生ける存在であることを加味すれば、『特権』を幾らか残していても可笑しくは無い。

 ならばこそ、シロウ神父に隙を与えてはなるまいとアルドルはシロウに常に接敵し、隙間なく攻撃を加える。

 

 一度でも隙を与えれば『特権』を使われ、趨勢は一瞬で神父側に傾く、誰を持ってくるつもりだったとしても、この(・・)切り札では流石に彼らまでは相手にできない。故に──。

 

「此処で確実に仕留める……!」

 

「やはりそう来ますか……!」

 

 逃がさない離さないとアルドルは踏み込んでくる。

 そしてそれが堪らないのはシロウであった。

 

 彼は謀略家であり、全人類を救済せんと野心を燃やす聖者であるが、武を以て名を刻んだ英雄ではない。

 加えて自身のルーラーとしての奇跡を起す宝具……両腕の片方を初撃によって欠いている状態だ。こうなればシロウは全力を発揮することが出来ず反撃を用意する手立てはない。

 だからこそ現状は受けに回るしかなく、その上、振られる刃は急所に一撃でも当たれば問答無用で切り殺される万物両断の魔剣。

 

「やれやれまったく、とんだ試練もあったものです!」

 

 そう言ってシロウは不敵に(・・・)微笑んだ(・・・・)

 躱し損ねて脇腹を抉る一閃、皮一枚で首元を掠った剣閃を前にして尚、誰よりも何よりもこの一瞬に死を感じて尚、彼は不敵に笑い続ける。

 

「──……」

 

 それに疑念を覚えるのはアルドルだ。

 彼が作り上げた状況は間違いなく最上の有利。

 かの神父を確殺するために築き上げた死線だ。

 

 唯一逆転する術があるのはルーラーの『特権』だが、間断なく振るう剣技を前にそれを使う隙など無く、刻一刻と剣を振るうたびにシロウの動きを見定め、捉え始めている以上、このままシロウは一方的に削り切られて終わるはず……。

 

 だのに神父は不敵に笑う、笑い続ける。

 絶望でも慢心でも狂気でもない。

 

 まだ(・・)終わりではないと確信じみた笑み。

 

「ッ……迷うなッ!」

 

 自分自身を鼓舞するようにアルドルは吼えた。

 同時に虚空に刻む五つのルーン。

 それは炎であり、水であり、風であり、土であり、魔力であった。

 

 神代を帯びたアルドルにとってもはや魔術とは命ずるものであり、大層な詠唱など必要なく世界に変化を齎すことが可能である。

 秒と掛からず編み上げた魔術をばら撒き、神父の逃げる隙間を埋めながらアルドルは魔剣を振るう。

 

「づぅ……オオオオオッ!!」

 

 だがシロウ神父は倒れない。不屈の意志を目に浮かべ、急所を除いて被弾覚悟でアルドルの魔術を躱しながら受けてはならない魔剣だけは紙一重で躱し切る。

 幾度かすり傷を浴びようとも、血を流そうとも致命的な一撃だけは恐るべき執念を以てして乗り切る。

 

「しつこい男だ……! いい加減に倒れるが良い……!」

 

「ハァ、ハァ……生憎と、まだ死ねないので。私にはまだ、必ずや叶えねばならぬ願いがある……!」

 

 その直向きとすら言える執念を前にアルドルも焦れ始める。ただ躱し、ただ凌ぎ続けるだけではアルドルに押し切られて死するは自明の理。

 なればこそ事ここに至っても不敵を崩さないシロウにはまだ(・・)何かがあるのだ。

 

 アルドルは知っている、この男、天草四郎時貞という人物を。彼は古今無双たる武威を持たず、他を圧倒するほどの圧倒的な知性を持ってるわけではない。

 英霊・天草四郎時貞は格で言えば三流、二流のサーヴァントに過ぎず、大英雄と比べれば圧倒的なまでの実力的格差がある。

 だがその狡知、執念は他の如何なる英雄にも勝るとも劣らず。現にアルドルが知る運命において彼の謀略は全ての勢力を凌駕した。

 

 油断していい相手ではない。慢心していい相手ではない。

 何よりも……追い詰められた英雄ほど危険なものなど存在しない……!

 

「魔剣・疑似装填……!」

 

「ッ……!」

 

 ……猶予は与えない。逆転の時は無い。

 幾度重ねたかも忘れた剣閃の中、アルドルは確実にシロウの息の根を絶つために、魔剣にあらん限りの真エーテルを叩き込む。

 

 刃の走る軌道上にあるもの全てを引き裂く魔剣、ティルフィング。その性能は一振り一殺などではなく、刃を当てる全てのものへと及ぶ。

 よって此処にアルドルは剣の性能を逸脱し、魔剣が魔剣たる由縁を解き放つ。

 

「万物を絶て──斬神魔剣(ティルフィング)!」

 

 瞬間、世界が断ち切られた。

 虚空に一閃、垂直に叩き落された魔剣から吐き出されたのは文字通り、万物を絶つ散弾の如き剣風の嵐だ。

 無作為に、無軌道に、目につく全てを断ち切らんと四散した剣風が客席を切り飛ばし、天井を切り裂き、舞台を引き裂いた。

 

 逃げ回るのならば、回避されるのならば──そも逃げ場のない一撃を喰らわせればいいという正論の名の下に発動される全範囲攻撃。

 我関せずと相当な距離を置いていたはずの“赤”のキャスターすら衣装に傷を受け、僅かながらも血を流す羽目になる惨状。

 

 ターゲットとして狙われたシロウなどにもはや回避することを許す逃げ場など無く──。

 

「チェックメイトだ、シロウ・コトミネ……!」

 

 必勝の確信と共にアルドルは言い切った。

 それに答えるシロウは防御することも回避を選ぶこともなく、静かに、されども恐れを抱くこともない。

 迫る死の嵐を前にシロウは言う。

 

「いいえ、まだ(・・)です」

 

 逆転の目はあると言い切る神父。

 その直後であった、切り裂かれて崩落する劇場の天井から()が吹きあがり、大火が魔剣の刃を飲み干した。

 

「──……何故、お前が此処にいる」

 

 その想定外の現象を前にアルドルは静かに、そして忌々し気に呟く。

 此処はブカレスト、この聖杯大戦の戦地の中心たるトゥリファスからは相当に離れた隣街だ。

 少なくともシロウが窮地にあることを判断してからでは、たとえ神速の足を持つ大英雄でも間に合わない程度には離れた距離に位置している。

 

 だとすれば……。

 目の前の英霊は……。

 

「──無論、初めから。お前を追って此処に来たのだ“黒”のマスターよ。それがそこにいる神父より告げられた俺の役目だったからな」

 

 悠々と告げ降り立つ“赤”のサーヴァント──英霊カルナ。

 アルドルの分かり切った問いに対し、彼は律儀に言葉を返す。




今回のあらすじ

主人公くん
「うおお、パワーイズゴッド!」

シロウ神父
「っべー、マジヤッベー!
 早く来て助けてカルえもん!」

施しの口下手
「ふむ、俺の任は追撃だったはずだが。
 お前が何故追い詰められている?」
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