千年樹に栄光を   作:アグナ

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「そうか──ならば死ね。ユグドミレニアの栄光の轍となるが良い」



聖杯大戦 Ⅷ

 ──ふと古い記憶を思い出す。

 栄光と、転落と、野心と──そして安息の記録を。

 

 

 もう八十年も前の話だが、かつて魔術一門プレストーン家の若き当主ダーニック・プレストーンは新進気鋭の若手として現代魔術世界の総本山時計塔で栄華の日々を送っていた。

 当時、時計塔における教師として生徒たちに教鞭を振るっていたダーニックだが、実のところ己に教師としての才は無かった。

 生徒たちから自身が評価されていなかったことは自覚していたし、自分自身、一族に全く関係のない他人に態々教えを授ける意義が見いだせなかった。

 

 加えて言うならば若きダーニックは野心家だった。

 魔術協会で一定の地位を得たとはいえ、まだまだ時計塔の貴族(ロード)たちからすれば若さと少々の才気だけが取り柄の魔術一門に過ぎない。

 ならばこそこれからの一族の繁栄のためにこそ、より高みへと至らねば──と。

 

 そうした現代魔術師としての当然の思考から必然的にダーニックは時計塔の魔術師らしく、権力闘争に明け暮れた。

 時には同僚の信用を利用し、時には政敵の思惑すら利用して、政治の場においてダーニックは巧みな舌鋒で騙し、嵌めて、蹴落とす。

 自らへの信用や憎悪すら簡単に利用してのし上がる様は優秀な政治家のようで、何時しか時計塔でついた渾名は『八枚舌』。

 

 このような振る舞いは元来、『根源』という到達点を目指す魔術師としては酷く道を外れた振る舞いだったが、ダーニックは別段それに思う所はない。

 現代の、それも時計塔に属する魔術師にとって時計塔での地位や名誉はそのまま魔術一門としての未来に繋がってくる。

 一代での『根源』到達という可能性よりもより長き一族の繁栄を望んでいたダーニックにとっては正しく『繁栄』こそが何よりプレストーンがより良い未来に辿り着くための手段だと思っていたから。

 

 だからこそ華々しいデビューを飾ったダーニックに縁談の話が持ち込まれた時も、彼は自らの野心から快諾するつもりであった。

 良縁だった。相手は時計塔の貴族(ロード)に連なる家系の息女。まだまだ時計塔での基盤が浅いプレストーンにとって、貴族(ロード)の家と繋がりが持てることは今後のプレストーンの繁栄に役立つことだろう。

 

“これで、我がプレストーンの未来はまた一つ広がることになるだろう”

 

 しかしそんな若き野心家の野望を無情にも打ち砕いたのは下らない風聞だった。

 

『ユグドミレニアの血は濁っている、五代先まで続くことは無いだろう──』

 

 よくある悪評、嫉妬か、はたまた彼を蹴落とそうとする下らない流言の一つだと当時のダーニックは一時鼻で笑ったが、そのような余裕のある振る舞いが出来たのはどうやら自分だけだったらしい。

 その言葉を忠告と受け取った良縁を持ち掛けてきた貴族(ロード)の家系は縁談を破棄することをダーニックに伝えて来た。

 

 笑顔でダーニックの肩を叩いてくれた義兄も、恥じらいながらもダーニックに愛を囁いて来た婚約者もみな揃ってそっぽを向いた。

 

 “それは良い。そういうこともあるだろう──”

 

 しかしこの瞬間、若きプレストーンが夢見た一族の繁栄という未来は絶たれた。何せ一度付けられた一門への傷は簡単には拭えない。

 婚約予定だった相手が貴族(ロード)の家柄であったことから流言は縁談破棄のエピソードを伴って瞬く間に時計塔内で広がっていき、もはや真実かどうかを無視してプレストーンは何れ零落する魔術一門として知られてしまった。

 

 もはやあるかも分からない五代先の零落とやらを乗り切ったとしても意味はない。衰退する家としてプレストーンが認知されてしまった以上、ダーニックがどう足掻いてもどうしようもなかった。

 

 ……自分だけならば良かったのだ。政治闘争に敗れ、時計塔を追われるなどよくある話だし、無念はあろうが一門さえ後に続けば、無念を噛み締めても未練なく立ち去ることができたであろう。

 けれど流言は自分は疎か、これから続く魔術師たちの未来すら奪っていった。

 

 そう──魔術師として、まず協会で一つでも上の地位に上り詰めて、貴族になってという現代魔術師が『根源』を目指す上で思い至る通常アプローチ。

 これをこの時点でダーニックは破棄せざるを得なかった。

 

 故にダーニックは別の手段を、まず以て何よりも零落する未来とやらを防がねばならない。

 魔術協会を離脱して、世間から隠れつつ研究を続けるという手もその時点でなくはないが、ダーニックはそれを拒んだ。

 

 『封印指定』ほどの才か、或いは旧来の土地を有する魔術一門ならば在野でも『根源』へのアプローチが叶う可能性があったのだろうが、プレストーンにはそれだけの地力が存在しないと、時計塔の政治闘争の中で鍛え上げられてきたダーニック自身の慧眼が冷静に自分たちの状況を見極めていたからである。

 

 無論、落ち目と称される中、時計塔に在籍するのは屈辱の極みであったものの、ダーニックはその屈辱を一分一秒と己の中に刻みつけ糧とした。

 そんな折、彼はとある噂話を耳にする。

 

 何でも極東の地の冬木という街で聖杯戦争なる魔術儀式が行われているという。七人の魔術師と、それらが呼び出す七騎の英霊。それらが万能の願望器『聖杯』を懸けて争うなどといった噂話。

 

 時計塔の魔術師たちは妄言だと皆こぞって笑っていたが、尋常ならざる政治手腕を持つダーニックはその耳に届く微かな情報からかの儀式から偽りざるものを感じ取り、当時の世界情勢下において隠秘術(オカルト)に関心を抱いていたナチスドイツの一部将校を自らの舌鋒で抱き込み、聖杯戦争に参戦。

 

 いくつかの幸運にも恵まれ、彼は直接的に戦いを制することは叶わずとも聖杯戦争における最重要の儀式基盤……アインツベルンが創りし、大聖杯を奪取することに成功したのだ。

 一族に繁栄を──その執念が結実した故の結果だった。

 

 砕け散った栄光と、転落していく未来。

 それを覆すため手に入れた大聖杯。

 野心家の胸に再び、炎が宿った瞬間でもあった。

 

 そこからダーニックは大聖杯の研究と、それを動かすための霊脈を確保するために再び政治闘争の場で活動を再開する。

 その過程で魔術一門としての純血を捨て、プレストーンと同じように様々な理由で衰退しかけている他家の魔術一門をも取り込み、ユグドミレニアと名乗りを変えて、やがて来る、時計塔への復讐と一族の繁栄する未来を夢見て突き進む。

 

 事ここに至ってはもはや自らを見捨てた貴族(ロード)の家にすら恨みはない。まあ尤も、ダーニックが再起に至った時点において相手の家はもはや時計塔の魔術師としては抹消されていたわけだが。

 ……直接手を下したわけではない。ただ少し、政治的に揺さぶっただけだ。ただそれだけで相手は勝手に転んでいった。

 

 ──全ては一族の繁栄と未来のために。

 

 そのためならば他人を蹴落とすことなど厭わない。

 ダーニックはそのようにして歩んできた。

 

 そしてその歩みの果て、いよいよ一世一代の大勝負『聖杯大戦』を目前と迎えた中で、プレストーンに一人の男児が生まれた。

 当主たる自分の子ではない、曰く衰退していくのみというプレストーン一族の一人として末端に名を残していた者の息子である。

 

 話を聞いた時のダーニックは素直に嬉しいとだけ感じた。

 きっとこれから始まる『聖杯大戦』という大勝負に対する祝砲。

 繁栄するユグドミレニアを暗示するものだと、普段自らの感情さえ政治の道具として扱うダーニックには珍しく、素直に喜び、噂の子と顔を合わせ──。

 

『──馬鹿な』

 

 驚愕に、思わずそんな言葉を漏らしていた。

 出会った新生児にダーニックは打ち砕かれた。

 

 子供に魔術の才が無かった? ──否。

 子供に魔術回路が無かった? ──否。

 

 或いは子供がどうしようもない欠陥を抱えていた? 

 ────断じて否。

 

 ダーニックの驚愕はそんな後ろ向きな話ではなかった。

 ──天賦の才。

 子供から感じ取られる桁違いの魔力を感じ取ったが故に。

 一門が迎える想定外の未来を見て、彼は衝撃を受けたのだ。

 

 あの時、ダーニックは確かに何かを打ち砕かれたのだ。

 あの衝撃、胸に飛来した筆舌に尽くしがたい感情は何だったのか。

 今でもそれは分からない。

 

 だが、『八枚舌』のダーニック・プレストーン・ユグドミレニアという男には全く似合わない感情だったことだけは覚えている。

 

 衝撃の子の名は──アルドル・プレストーン・ユグドミレニア。

 後に先祖返り(ヴェラチュール)の渾名を名乗るユグドミレニアが誇る最強の魔術師にして、ダーニックの執念をも超える情熱(アルドル)の名を持つ次代のユグドミレニア。

 ダーニックにとって《光》とも言うべき未来そのものだった──。

 

 

 

「実のところ、お前をこの戦いに参加させることは本意では無かったのだがね」

 

 ミレニア城塞の地下深く。

 大聖杯が安置された一室でダーニックは苦笑しながら呟いた。

 政治闘争の日々を、そして聖杯戦争を実際に乗り越えて来た老魔術師だからこそ自らの起こした『聖杯大戦』という儀式がどれほどのリスクの上に成り立っているモノかは骨身にしみて理解している。

 

 だからこそ本当ならダーニックはあの甥をこの戦いに巻き込むことを良しとしていなかった。

 それは彼さえ生き残れば自らが失敗してもどうにかなるだろうという魔術師らしい合理性と、もう一つ──酷く魔術師らしくない理由から。

 

「だが、言って聞く奴でも無し。お前の我が身を顧みぬ振る舞いに何度肝を冷やした事か」

 

 やれやれとダーニックは首を振る。

 そう、思えばアレは自分以上に質が悪い。

 

 未だ十代も半ばに達する前に時計塔に行くと言い出した時もそうだ。

 あの時はユグドミレニアの未来も考え、見識を広げるにもいい機会だと適当に簡単な時計塔での振る舞いと自らのコネを与えて、飛びだたせる程度の余裕は持っていたが、その後の亜種聖杯戦争連続参戦や、時計塔は疎か聖堂教会とまで対立を深める振る舞いなどには流石に顔を引き攣らせたのを覚えている。

 

 挙句の果てには南米で散々暴れまわり、右目を失う始末。

 かの戦いは極めて混沌としており、本人もあまり語りたがらないためダーニックですら詳細は掴めていないモノの──噂では相当に荒れに荒れたらしく、表社会において世界規模で展開するマフィア一族に大きな亀裂が入ったり、合衆国の抱える国家付きの魔術師に被害が出たり、時計塔からは『封印指定執行者』の派遣が囁かれ、参加者の一人に死徒が紛れ込んでいたがために聖堂教会の『埋葬機関』まで動き出し始めていたという。

 まことしやかに囁かれる話題として『大蜘蛛』が目覚めかけたという悪夢、かの魔法使い、キシュア・ゼルレッチが表舞台に姿を見せたなどという話もある。

 

 まあ、そんな激戦の中にあっても尚、亜種聖杯を持って帰還してくれた以上はダーニックはもはや何も言えなかったが。

 

「奴にもフィオレ程の落ち着きの何割かがあれば理想なのだが……まあ、此処まで突き抜ければいっそ頼もしい話ではあるか」

 

 例の工房を見た時に、もはやそれ(・・)はダーニックの中では確信へと変わっていた。

 もう大丈夫(・・・・・)だと。

 歓喜を滂沱の涙と流しながら、彼は一つの未練を地に降ろした。

 

 ならばこそダーニックは振り返ることなく『聖杯大戦』に臨むことに否はない。

 栄枯盛衰を乗り越えて。

 千年樹には黄金の《光》が灯った。

 

 であればもう何も、何一つ問題などない。

 

「では聖杯戦争を始めよう──千年樹(ユグドミレニア)繁栄(栄光)を」

 

 涼やかに口ずさみ、百年の妄執を越え、魔術師は杖を取る。

 来たる未来を確かに幻視しながら。

 大樹が如き貫禄を以て、赤き獅子の前に立ちふさがる──。

 

 

 

 

 バクバクと鼓動を刻む心音は駆けるという運動をしているがためか、或いは一歩を重ねるたびに肌身に感じ取れる奇跡の気配からか。

 フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアの襲撃を振り切った獅子劫界離はミレニア城塞の地下を走っていた。

 彼の目的は言うまでもなく、ユグドミレニアが所有しているという冬木の大聖杯。かの魔術一族アインツベルンが有していた超抜級の魔術炉心。

 

「………………」

 

 心中に飛来する感情は如何なるものか。

 サングラスに隠した目には緊張と興奮が見え隠れする。

 それは魔術師としてか、それとも。

 

「いや、まず以て大聖杯の確保、これが最優先だ」

 

 出来なければ生き残るために脇目もふらずに遁走する。

 生き残りさえすればまた機会は訪れるのだ。

 今は確かめるだけで良いと、魔術師としての合理性から結論する。

 

 いざともなれば令呪の使用も躊躇わない。

 

「……にしてもセイバーの奴め。馬鹿すか持っていきやがるな。さてはアイツ何にも考えてないな」

 

 ミレニア城塞を小刻みに揺るがす振動は恐らく相棒が活躍している影響だろう。現在進行形で自らの内から失われていく魔力を感じ取りながら嘆息。敵に出血を強いるという意味では成程、活躍の証として見合ってるのかもしれないが、少しは自らの立場も顧みて欲しいものだが……。

 

「まあ無理か、あの王様だしなぁ……」

 

 困ったように呟きながら獅子劫は懐から一つ、アンプルのようなものを取り出した。──ミレニア城塞に侵入するということを決めた時点で、獅子劫は当然ながら様々な状況を想定してこの場に潜り込んだ。

 その予測の中には当然、こういった魔力の大量消費もまた当然のように想定されている。そのための対策も、また当然。

 

「魔術師の血を利用した魔力の増力剤、まさか早々に飲むことになるとはな」

 

 嫌そうに呟き、一飲み。

 味は当然、クソ不味い。

 気分は最悪だった。

 

「うげ、ったくチンタラしてたら何本飲まされるか分かったもんじゃねえしな、こりゃあ早々に決めないと不味いぞ」

 

 何よりアンプル(これ)は数が有限な上、強引に魔力の回復速度を跳ね上げるブースト剤的な効果という都合、肉体に掛かる負荷も激しい。

 あまり多用したいものではない。

 

「とはいえ、この場面じゃ使わざるを得んしな」

 

 言いながら此処まで進めて来た足を止める。

 気づけば眼前には門を思わせる巨大な扉。

 この長き侵入劇の果てに、遂に獅子劫は辿り着いたのだ。

 

「例のお嬢ちゃん以降、ホムンクルスやゴーレムによる迎撃はあったが、“黒”の連中が出張ってくることは無かったからな」

 

 そう、フィオレ以降……獅子劫は碌に攻撃を受けることなく、まんまと此処迄辿り着いた。それが示す結果は二つ。

 一つはユグドミレニアが想定以上に侵入されることに対して何ら対策を打てなかったこと、杜撰な警備故にまんまと此処まで敵の侵入を許したという可能性。

 

 そしてもう一つは……途中の襲撃など必要ない程に、最後に待ち受ける番兵は尋常ならざる存在であるという可能性──。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか──」

 

 一つ勝負というこう。

 かくして“赤”の陣営が魔術師。

 獅子劫界離は扉を開け放った。

 

 彼は“赤”の陣営では初となる、大聖杯を目の当たりにする魔術師となる。

 

「これ……は────」

 

 ──そこに鎮座していたのは正に超抜級と称するに相応しい空前絶後の魔力炉心だった。

 一般人ですら感じ取れそうな膨大な魔力の気配に、ミレニア城塞地下一帯に広がるほどの巨大な炉心。球体状の形状は杯というには些か形を逸していたモノの、それを問題外と認識させるだけの桁違いの神秘。

 

 稀代と称されるものは見ただけで他に納得感を叩きつけるものだが、これはまさにそういう類。

 もはや疑うべくもない。かつて冬木が誇ったアインツベルンが最高傑作の魔術成果が無言のままに最後の勝者を待っている。

 

「これが──」

 

「そう、これが大聖杯だ。我がユグドミレニアが手にする栄光の杯だよ」

 

 呆然と口にする独り言に、返ってくるのは悠然とした声。

 大聖杯の眼下に、声の主は千年の大樹が如くに君臨していた。

 

「! なるほど……直接目にかかるのは初めてだな。そうか、お前が『八枚舌』の」

 

「ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。歓迎はしないが、ミレニア城塞にこうして侵入してみせた度胸と腕には敬意を表そう。“赤”のセイバーのマスター、獅子劫界離」

 

 そう告げる魔術師を前に、獅子劫は思わず頬に冷汗を浮かべる。

 ──人間生来の寿命を超え、生き続けるユグドミレニアの化身。

 噂のアルドル・プレストーン・ユグドミレニアに並ぶ、ユグドミレニア最大の実力者にして、首魁。

 

 『八枚舌』の渾名の通り、政治に長けた魔術師とは聞いていたが。

 実際、目にすれば印象は全く異なったものだ。

 歴戦の獅子劫だからこそ一目見ただけで分かってしまった。

 

 魔術師としても、戦闘屋としても、目前の相手は自身を遥かに凌ぐ使い手であるのだと。 

 

「あの妖怪爺め……」

 

 思わずひょっひょと笑うロッコの顔を思い出して毒づく。

 獅子劫とてダーニックの実力を過小評価していたわけではない。

 とはいえ、正直ここまでだとは思わなかった。

 

 仮にも時計塔の魔術師だったものが敵。

 なればこそ実際に戦場を渡り歩いてきた魔術使いの自分ならば、魔術の腕で劣っていようがどうにかできると、そう考えていたがしかし。

 

「噂も存外当てにならんな。いや寧ろこの場合は『八枚舌』らしいというべきなのかね。冠位(グランド)は飾りじゃないってことか」

 

「時計塔が与えた称号などもはや興味が無いな。肩書など所詮は立ち回りをしやすくためのモノに過ぎない。魔術師たるもの、一つの見方に囚われず、物事は常に多元的に見ることだ。特に、時計塔などという伏魔殿で生き残るというならば尚の事な」

 

「なるほど、ご高説をどうも。んで? 俺はこの通り聖杯を獲りに来たわけだが、そっちは準備万端に侵入者の排除ってか。さて、どうするかねえ」

 

 懐に手をやって愛用の銃を取り出しながら、一挙手一投足も見逃すまいと警戒しつつ獅子劫は考え込むように、自らの内の魔力を駆動させ始める。

 格上と当たってしまったのはこの上なく運が悪いが、逆に考えれば……この場でダーニックを仕留められれば戦況は大きく変わる。

 

「何、別段必ずしも排除しようと考えているわけではないさ」

 

 対してダーニックは悠然としている。

 それは魔術師として、戦闘者としての余裕からか。

 遥か高みから見下ろすようにして大樹の化身は言葉を紡ぐ。

 

「ほう、それはなんだ。俺を見逃してくれるってのかい?」

 

「その通り──聖杯を諦め、“赤”のセイバーを差し出すというならば今すぐにでもミレニア城砦の来客としてささやかな歓待を行った後、無事に地上に送り返すことを約束しよう」

 

「ハッ──そいつは嬉しい、なッ!!」

 

 言葉とは裏腹に、獅子劫はダーニックに向けて発砲。

 魔術師の指を素材とした、ガンドに類する魔術。

 銃による呪いの一撃を、まるでかつてアメリカ西部に存在していたようなガンマンのような巧みな早撃ち(クイックドロウ)

 予備動作が殆どない完全なる不意打ち。

 

 無論、これで討ち取れるなぞ欠片も思ってないが、動揺の一つでも見せれば──。

 

「ふむ、死霊魔術を基盤としたガンド類型か。よりにもよって北欧の系譜(わたし)にそれを向けるとは本当に剛毅な、いやこの場合は愚かなと言った方が良いのかな、死霊魔術師(ネクロマンサー)

 

 だがダーニックは何ら動揺することなく、たった一度、コンと手に持っていた杖を鳴らす。そしてそれだけで獅子劫のガンドはダーニックの射線からズレて、明後日の方向へと飛んで行った。

 

「おいおい……」

 

「指向性を帯びた呪いならば変わり身を用意するだけでこのように。何も直接的に守る必要などないよ」

 

 詠唱もなくあっさりと己の魔術を苦も無く退けられたのを目の当たりにして獅子劫の顔は引き攣り、ダーニックは肩を竦める。

 

「さて、一応確認だが、これが答えということで良いのかね?」

 

「まあな。これでも依頼料に見合う仕事はするんでね。評判が魔術師としての立ち振る舞いにどんだけ影響を齎すのか知らぬアンタじゃないだろう? それに一応、俺にも叶えたい願いって奴があるんでね」

 

「そうか──ならば死ね。ユグドミレニアの栄光の轍となるが良い」

 

 獅子劫の宣戦布告に対して、冷酷に、それが決定であるかのようにダーニックは言い放った。

 よって獅子劫は遂に目の当たりにすることになる。

 第三次聖杯戦争を生き延び、天命を越えて尚、生き続けるユグドミレニア家当主ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。

 

 かの魔術師が『八枚舌』の異名の下に隠した実力を──。

 

「『Du kannst nicht mehr in den Himmel kommen, du kannst nicht mehr in die Hölle kommen』」

 

「ッ……何だ!」

 

 魔術詠唱。恐らくはドイツ語のものだろうが、それが紡がれた瞬間、ダーニックの周辺に目に見えた変化が訪れる。

 まるでダーニックを守る様にして、青い色をした炎が立ち上ったのである。

 

 炎は際限なく燃え広がり、やがて後方の大聖杯をも覆い隠すようにして地下一帯に広がるほどに火気を増していき……。

 

「──逝け」

 

「うおおおおおおおおおおおおお?!」

 

 冷たく告げたダーニックの命令を実行すべく、獅子劫の下へと一気に解き放たれた。その火勢、その攻撃範囲に思わず、悲鳴を上げながら獅子劫は全力で退避しようと身を翻すがなまじ攻撃範囲が広すぎる。

 

 ならば防ぐか? 無理だ。

 

 攻撃範囲が広すぎるし、何より未知なる魔術。

 とはいえ如何なる性質を炎が秘めているか分からない以上、直撃するのは危険すぎるがしかしこのままでは逃れられないのは事実。

 

「こなくそ……!」

 

 ヤケクソ気味に獅子劫は懐から手榴弾を取り出し、炎に目掛けて投げつける。ピンを抜かれた手榴弾は内に秘められた魔術師の死骸から摘出した爪やら歯やらを爆風と共に呪いをまき散らすが、むろんこれだけでは防げない。

 だから……。

 

「……風!」

 

 死霊魔術ではない、時計塔の新米でも使えるだろう簡易的な五大元素に働きかける魔術。これを使用し、爆風の流れを恣意的に、上に流れていくように操作し、さらに加えてもう一枚。

 

「チィ、術式強化……!」

 

「ほう……」

 

 身に纏う革のジャケット。魔獣の皮を利用して創り上げた自らの礼装の防御性能を向上させながら炎の海の下を潜り抜けるように転がり込んでやり過ごす。

 

(熱……くない! 見た目は派手だが本物の炎に比べりゃ全然火力がねえ。思った通りただの炎じゃ……)

 

「爆風で風の流れを誘導し、炎を逸らしたか。確かに空間を燃焼させている私の炎には有効な手か」

 

「へえ! 気になる話だな! 聞かせてくれよ元時計塔講師?!」

 

 軽口を叩くように獅子劫は言うが、その声は裏返っている。

 当然だろう。

 爆風で逸らしたはずの炎が……まるでそれそのものに意識があるかのように獅子劫を追跡しだしたのだ。

 そんな全く笑えない状況を前にすれば獅子劫に余裕などなく、されども現象の正体に当たりをつけなければ攻略のしようがない。

 ついでに軽口でも叩いていないとやってらんないと獅子劫は叫ぶ。

 

「答える義理はない、と返すところだが。別段難しい種ではないよ。私は魂に通じる魔術師であり、降霊魔術を学んだ身であり、これが愚者の炎(イグニス・ファトゥウス)と言えば魔術使いの君でも分かるのではないかな?」

 

鬼火伝承(ウィル・オー・ザ・ウィスプ)……! そういうことか!!」

 

 出来の悪い生徒にヒントを与えるような風に告げるダーニックの言葉に、獅子劫は一瞬で理解する。

 愚者の炎(イグニス・ファトゥウス)。世界中に存在するいわゆる鬼火という現象において最も高名なものの一つ。

 それは死霊魔術師たる獅子劫にも覚えがある勝手知ったるものだった。

 

 ……いわゆる何もない所に火が立ち上る鬼火と呼ばれる現象は現代科学においては湖沼や地中から噴き出すリン化合物やメタンガスなどに引火したものであるとされるが、その現象を初めて見たまだ科学を寄る辺としない当時の人々にとってその怪奇現象は長らく幽霊や人世界に属さぬ未知の神秘の存在によって引き起こされる現象とされてきた。

 

 原因となる物質の特性上、鬼火が水辺や墓場で発生しやすいこともあって、それら怪奇現象は人々に様々な想像力を与えたのである。

 曰く、死者の魂。曰く、旅人を迷わせる道。曰く、妖精の変化した姿。

 

 地域や国にとって様々な逸話を持つこの鬼火にまつわる伝承はひとまとめにして鬼火伝承(ウィル・オー・ザ・ウィスプ)と呼称され、魔術世界においても長らく神秘の一つとして取り扱われてきた。

 

 その中でも特にダーニックが言い放った愚者の炎(イグニス・ファトゥウス)とはもっとも有名な鬼火の逸話の一つ。

 かの聖人ペテロにまつわる話だろう。即ち──。

 

提灯ジャック(ジャック・オー・ランタン)、ハロウィーンの祭りは日本人にも通用すると耳にしているが、知っているかね?」

 

「こちとら死霊魔術だからな! 知ってるよ! まさか本家本元じゃないだろうなこれ!!」

 

「流石の私でも地獄の境界は操れんよ。尤も一度僅かでも受ければ着火元となった魔力を燃やし尽くすまで消えないがね。魔術師に着火すれば極寒の炎という稀有な体験をすることになるだろう。どうせなら試してみるかね?」

 

「生憎と断る!」

 

 つまり、被弾すれば最後、魔術師は疎か、多くの生命にとって生きる必然として発露する魔力(生命力)を燃やし尽くすまで燃え続けることになる炎ということだ。聞いてしまえば、何としても被弾するわけにはいかなくなった。

 

 しかし、とはいえ……。

 

「クソ、自動追尾は反則だろう!!」

 

 加えて場所が悪い。

 なんせ此処は大聖杯が鎮座する場所。

 大気に満ちる魔力は豊富なうえ、大聖杯を運用する都合、霊脈もある。

 あの炎がアレだけの火勢を誇っているのも、なるほどその特性を聞けば合点がいく、同時に納得もした。

 これだけの規模の魔術を発露してなお、大聖杯含む周囲に何ら被害が拡大しないのも魔力を燃やすだけという特性であるが故だろう。

 

「加えて対象はある程度絞れるのか! まあだよな! じゃなきゃ大聖杯に着火して霊脈枯らすまで無限炎上だ!」

 

 この状況にこれほど相性の良い魔術は他にあるまい。

 問題があるとすれば、相性が良すぎて獅子劫ではどうしようもないぐらい太刀打ちが出来ないということなのだが。

 

「存外逃げ回るな、流石は戦地を駆け抜けて来た死霊魔術師というだけはある。ならば、そうだな。足を砕くか」

 

「!」

 

 そう言うとダーニックはおもむろに獅子劫へ向けて手を翳す。

 刹那、何もないダーニックの空手に光が灯る。

 バチバチと耳障りかつ不穏な音を立てながら熱を伴い帯電するそれは俗にいう球電と称される代物であった。

 未だ科学の知見でさえ、発生原因を突き止め切れていないという自然現象、それがダーニックの手に収まっている。

 

 ならば次の瞬間、起きることは想像に難くなく。

 

「これは躱せるかな? 死霊魔術師?」

 

「ぬ、おおおおおお!!?」

 

 皮肉な笑みを浮かべながらダーニックは無造作に球電を解き放つ。反射的に獅子劫は全力で跳び退り、球電の効果範囲にあると思わしき地点から全力で退避するが、球電が獅子劫のいた地点にまで到達するや否や手榴弾のようにして炸裂。

 周辺に無造作な電撃がまき散らされる。

 

「ガッ……!!」

 

 流石に躱し切れず、電撃を受けて痺れから獅子劫の足が止まった。

 その隙を見逃すことなく追撃する愚者の炎(イグニス・ファトゥウス)

 

「……死霊どもッ!!」

 

 もはや手段を選んでいる暇はないと獅子劫は瞬時に判断する。

 魔力を大きく消費しながらも聖杯戦争用にとっておいたとっておき、死した魔術師の心臓を取り出し、掲げ、握りつぶす。

 瞬間、黒い凶つ星のように死霊と思わしき人影が砕かれた心臓を中心に我先にと秩序なく外へと飛び出し、例外なく青い炎に焼かれていく。

 だが、死霊たちの軍団は結果的に獅子劫を覆う避難所(シェルター)のようにして青い炎の侵攻から獅子劫を守った。

 

「……大方、黒魔術師にでも殺された被害者たちかな? 死霊魔術からは些か外れた術式だが、なるほど手段を選ばない魔術使いらしいといった処か」

 

「そいつは……誉め言葉として受け取っておくぜ」

 

 冷めきったダーニックの言葉に紙一重で凌ぎ切った獅子劫は強気に太く笑うが、既に荒くなっている呼吸が彼に余裕が無いことをこれ以上ほど如実に表していた。

 

“こりゃあ、ヤバいな”

 

 獅子劫は内心舌を巻きつつ、目の前の魔術師がどれほど卓越した使い手であるか、まざまざと実感する。大聖杯があるとはいえ真正面から時計塔に喧嘩を吹っ掛けた度胸だけあって流石の魔術の腕。しかもこれだけの規模を術式を展開しながらダーニックは呼吸一つさえ乱さず、ジッとこちらの動きを冷静に観察しながら手を打ってくる。明らかに戦い慣れた魔術師の振る舞いだ。

 

(こっち)の魔術師じゃ多分歯が立たんだろうな……”

 

 ユグドミレニア当主は伊達ではないということだろう。本来、仲良しこよしの成立しない魔術世界において没落しかけの魔術師たちとは言え、他家をユグドミレニア一族として纏め上げた手腕は、政治の力は勿論、個人でこれだけの魔術の腕を持っているからこそ。

 冷酷なる千年樹の支配者は“赤”の陣営の魔術師たちの総力を結しても尚、跳ねのけてしまう程の隔絶した使い手として君臨している。

 

“……こりゃ死んだか?”

 

 一対一でダーニックに挑むなど愚策だったのだ。

 粘ることなら未だしも此処でダーニックを殺すには獅子劫の腕だけでは不可能だ。

 ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアはサーヴァントをぶつけでもしない限り容易に倒し得ないだろう。

 ならばと、撤退を選ぼうにも此処は彼らの居城。侵入者を簡単には逃がさないであろうし、そもそも空間内に広がる青い炎は獅子劫を大聖杯の間に閉じ込めるように取り囲んでいる。

 

 そう、獅子劫は初手で詰まされていたのである。

 初見だったとはいえダーニックを相手に単騎駆けで挑むのは無謀が過ぎたのだ。

 

「とはいえ、簡単には死んでやらんがね……!」

 

 だが敵わぬと分かって簡単に退くなら初めからこの場に居合わせていないと獅子劫は笑う。銃を構えてこの死地を如何にして潜り抜けるか頭を回す。

 まともにやり合えば一方的にやられる相手だが、こうして相手がこちらを窺いながら確実を期して仕留めようというならばチャンスはある。

 一つでも隙を作ってしまえば魔術師としては及ばなくても、マスターとしての獅子劫にはまだ最後の手段が残っているのだから。

 

 依然戦闘続行を掲げる獅子劫の姿にダーニックはふむと一つ頷く。

 

「この実力差で心折られず、か。空元気か或いは……そうだな、大方私との戦いの最中に隙を見て令呪を行使する、そんな所だろうが……果たしてお前のサーヴァントは我らのキャスターを前にお前を助けられるだけの余裕を持てるかな?」

 

「何だと? ……ぬ、くっ……お……これは!?」

 

 ダーニックが冷淡に呟いた直後、ドンッとミレニア城塞が大きく揺れる。

 だが、その突然の事態に動揺したのは城主ダーニックではなく……。

 

「魔力が……宝具を切りやがったのか!?」

 

 自らの肉体に宿っている魔力がごっそり減ったのを自覚しながら獅子劫は唸る。

 ……確かに“赤”のセイバーは少々向う見ずな側面こそあるものの、マスターを何ら考慮せず、宝具を振るう程に考えなしなどではない。

 そしてそんな彼女がこうして獅子劫に一声もなく宝具を切ったということは……それだけ彼女が追い詰められているということを意味している。

 

「流石はキャスター、城の優位があるとはいえ三騎士の一角を追い詰めるか。さてどうする死霊魔術師、君が先に死ぬか、“赤”のセイバーが脱落するか、どちらが先か試して見るか?」

 

「……クソ」

 

 不味い──目の前のダーニックに掛かりきりだったため“赤”のセイバーもまた戦闘中であることを忘れていた。“赤”のセイバーの実力はよく知っている。故に敵の居城だろうとも早々に討ち取られまいと高を括っていたが、どうやらマスターは勿論、“黒”の陣営はサーヴァントもまた想定以上の能力を有していたようだ。

 

“どうする、どうする……!”

 

 もはやこうなれば敵を倒すよりも即座に撤退を選ばねばならないが、相手はこちらをつぶさに観察して、あらゆる行動を封殺する勢いで来ている。

 この場面で令呪を使えば発動より先にダーニックの魔術によって獅子劫は殺されてしまうことだろう。

 

 せめて一瞬、ダーニックの監視が逸れるような事態が起こらねば……。

 そんな獅子劫の悲観的展望はまたも直後に崩される。

 二度目の城の激震──何が起こったかなど考えるまでもない。

 

「ぬ、ぐっ……また宝具かよ……ッ!!」

 

 どれだけピンチなんだと毒づきながらも流石に立っていられずに獅子劫は片膝をつく。

 これではダーニックに隙を作るどころか戦闘を継続させることすら危うい。

 いよいよ以って詰みに等しい。

 

 ──と、そこまで考えて、獅子劫は様子が可笑しいことに気づく。

 

“攻撃が止んでいる?”

 

 宝具の連打による大量魔力消費により獅子劫はこの有様だ。

 これだけ無様に隙を晒していればダーニックであれば一息で殺せただろうに、今の片膝をついた瞬間に何故攻撃が止んだのかと、獅子劫が疑念に顔を上げてダーニックを見上げると。

 ダーニックは、硬直したように手を止めていた。

 

「──馬鹿な、魔力負荷が増大した……? まさか工房が破壊されたのか!?」

 

 何か想定外の事態が起きたのだろう。

 今まで余裕を浮かべていた表情に動揺の色が見え隠れしている。

 

 

 なんだか分からないが分かることは一つだけ。

 起死回生は此処しかない──!

 

 

「ッ! 令呪を以て我が剣士に命ずる、来い! セイバーッ!!」

 

「ッしま──おのれ、させるか!」

 

 生存に繋がるであろう最後の道に獅子劫は躊躇いなく、命を懸ける。

 動揺に手が止まったダーニックはそれに対応するのに一瞬遅れ、それでも尚、流石の卓越した使い手だけあって、即座に獅子劫を先に抹殺せんと魔術を振るう。

 殺到する青い炎は既に全ての逃げ場を潰しており、獅子劫は次の瞬間に生存するための手段を持たず……だからこそ、妄執の炎を完膚なきまでに赤雷が打ち払う。

 

「──サーヴァント、セイバー。令呪の呼びかけにより此処に参上した……で、いきなり何事だマスター」

 

 令呪による空間転移。一瞬にして獅子劫の下に現れたのは彼が信頼する己の相棒、“赤”のセイバーである。宝具を使った直後とあってか兜は外して、金髪の少女の素顔が露わになっている。

 ──やはり対サーヴァント戦で何かあったのだろう。体中傷だらけで、加えて言うならば過去最高に不機嫌だった。

 

「……その様子を見るに、互いに一杯食わされたようだな。事情は後で説明するから今すぐ城を離脱するぞ。粗っぽくてもいいから頼む!」

 

「んなまどろっこしい! オレは今最高にむしゃくしゃしてんだよ! つーか原因はアレだろ」

 

 アレというのは目線の先、大聖杯を背景に立つダーニックの事だろう。

 “赤”のセイバーは獅子劫の敵であるとはいえ、何故かその顔に怒りと憎悪に似た感情を浮かべている。

 

「魔術師風情から逃げるまでもねえ。此処でアレを殺せば終いだ!」

 

「おい! 待ッ──!」

 

 制止よりも早く“赤”のセイバーはダーニックに飛び掛かる。

 無策な特攻だが、如何に優れた魔術師であるダーニックとはいえ、サーヴァントには対応しようがない。

 ダーニックは令呪にて呼び出された“赤”のセイバーに一歩も動けることなく、彼女の一刀を前にその命を晒すこととなり……。

 

「どうやら──宴もたけなわ、という状況のようだな」

 

 しかし一刀はダーニックを仕留められなかった。

 ガキンと剣を弾く鋼鉄の音。

 まるで先に“赤”のセイバーを獅子劫が呼び出した時の様に、何の前触れもなく一人の人間がダーニックと“赤”のセイバーの間に割って入り、“赤”のセイバーの剣を弾いたのだ。

 

「なっ、テメエは──!?」

 

「アルドル・プレストーン・ユグドミレニア。こちらのペアと顔を合わせるのは初めてか。悪いが色々と事態が立て込んでいてな、今は引いてもらうぞ、叛逆の騎士」

 

 そう言いながら、アルドルは“赤”のセイバーの胸元、鎧越しにルーン文字を刻む。

 元来、高い魔力耐性を持つ“赤”のセイバーに魔術……それも現代を生きる魔術師のものが通用するはずがない、そんな判断は発動する魔術に吹き飛ばされたことにより一瞬で崩れ去る。

 

「がっ……何だと!?」

 

「おいおいおいおい……!?」

 

 その状況に動揺する“赤”の主従。

 実際に受けた“赤”のセイバーは予想外だったがため。

 獅子劫の方はあり得ざる事象を前にしてもはや動揺を隠すことすらできない。

 

「間一髪か、無事か叔父上」

 

「……ああ、何とかな。助かったぞアルドル」

 

「構わない。事態が事態の様だからな。それから叔父上、悪いが作戦は失敗した。“赤”の陣営、損失に至らずだ……どうやら互いに聖杯大戦の洗礼を受けたようだな」

 

「……そうか。そのようだな」

 

 一方で動揺する主従の傍ら、明らかに空間移動の類で現れたとしか思えないアルドルに、ダーニックは特に不思議がる様子もなく短く会話をしている。

 獅子劫にとって初めてとなる噂の先祖返り(ヴェラチュール)との遭遇なわけだが……。

 

「くっ……考えるのは後だ。四の五の言わずに離脱だセイバー!!」

 

「チッ、ええいクソ! わぁったよ! この恨みは必ず晴らす! 覚えとけよ“黒”の魔術師共!!」

 

 何処か悪役の捨て台詞にも似た言葉を言い残すと、“赤”のセイバーは獅子劫を抱えて全力で撤退していく。

 

 

 

 尋常ならざる被害を受けたものの──こうしてミレニア城塞を巡る攻防劇は一先ず終わりを迎えたのだった。




今回のあらすじ

ダーニキ「私の甥は最強なんだッ!!(注目線)」

獅子GOさん「え? ユグドミレニアの魔術師強すぎ?」

モーさん「“黒”の陣営の魔術師全員ムッコロス」

主人公君「お帰りはあちらでございます」
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