千年樹に栄光を   作:アグナ

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「カウレス、ダーニックには既に話を通したが、この戦いは勝ちきれん。一度幕を引こうと考えている」


聖杯大戦 Ⅸ

 カウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニアが後に義兄と慕うことになるその人と出会ったのは十四の時だった。

 自分の実姉であるフィオレが時計塔に入学するという前年にユグドミレニアの当主たるダーニックの配慮で既に時計塔入りしていたアルドルをフィオレの下に遣わしたのがきっかけだった。

 

『お初にお目掛かる、私はアルドル。アルドル・プレストーン・ユグドミレニア。君たちと同じく次世代のユグドミレニアを担うことになるだろう魔術師だ。よろしく頼む。私自身まだまだ未熟者だが、これからのユグドミレニアの未来のためにお互いに切磋琢磨していこう』

 

 そう言って魔術師同士にも拘わらず、少年は何のためらいもなく右手を差し出す。

 

 姉の方は一族的に彼が上の立場であることに加え、これから時計塔に入学する立場としては相手が『先輩』に該当する立場であり、さらにはあまり外の人間と関わらない彼女にとって機会の少ない異性との初見だったということもあり、緊張からか魔術師としての常識を忘れてすごすごと普通に握手を交わしていたが、カウレスは違った。

 

 いや、幼少期から姉の代替として育てられ、ある意味では姉以上にある種のドライな視点を有する魔術師らしいカウレスだからこそ、彼は姉と二歳差の少年を見て思った。

 

“……なんだ、思ってたよりもずっと人間らしい人なんだな”

 

 普通、魔術師同士はどれほど親しい関係を持っていたとしても無防備に握手などしないのが常識だ。何故ならば魔術師同士の直接接触は魔術師自身が有する魔術回路を相手に晒してしまうことになる。

 そうでなくとも研究する魔術のジャンルによってはそうした接触行為だけで呪詛やら不幸やらを押し付けられる可能性があるのだ。

 魔術師のような究極の自己中心的な生き物にとってただの握手であってもそれがどれほど危険な行為であるかは言うまでもない。

 

 だからこそ共同研究者や長年の付き合いを持つ魔術師同士であっても握手などという行為は行わないのが常識である。ましてや初見同士ならば尚の事。

 そういうのは余程隔絶した能力を持っているか、或いは余程相手を信頼しているかの二択に限られるのだが……。

 

 見るに相手はそういった思惑抜きに単純な礼儀として握手を交わしている。だからこそカウレスは人間的なんだなという感想を持ったのだ。

 

 次代のユグドミレニア当主──アルドル・プレストーン・ユグドミレニア。

 

 彼の話はユグドミレニアに所属しているものならば誰だって知っている。

 あの(・・)ダーニックが手放しで称賛する天才。

 未だ十代にして、既に次代のユグドミレニアとして一族の者たちが諸手を挙げて推薦する俊英。

 それがカウレスの知るアルドルという魔術師だった。

 

 しかし件の彼にこうしてあってみれば相手は意外にも人間らしく、寧ろ魔術師らしくは見えない好青年といった印象である。

 ……だからこそ、カウレスと、何よりフィオレが彼に懐くのにそう時間は掛からなかった。

 

 時計塔に入学する上での注意点や振る舞い、日常の過ごし方や授業などをフィオレに教授するため約一か月ほどフォルヴェッジに滞在することとなったアルドルにフィオレとカウレスは数日で初めの緊張は何処へやら親しい仲になっていた。

 

 特に元々やや箱入りとして育てられたフィオレの方は彼から聞く「外の世界の話」を聞いて目を輝かせては積極的に話しかけていたし、アルドルの方もフィオレの好奇心を好ましいものと思っていたのか、包み隠さず様々な知識を開示していった。

 カウレスの方も似たようなもので、特にアルドルが魔術師にも拘わらず現代科学にもそれなりに精通していたということもあって、魔術師の一門ではなかなか話しにくい話題を振ることもできたというのが大きかったのだろう。

 アルドルの事を義兄と呼ぶようになったのも丁度その時からだった。

 

 詰まるところカウレスにとってはアルドルとはユグドミレニアの次期当主であり、自分たちと年の近い親類であり、何より兄のような存在であったのだ。

 

 そんな立場だからこそ思う、姉と義兄は似ていると。

 率直に言えば、彼らは魔術師(・・・)らしくない(・・・・・)

 

 姉弟という魔術一門にとっては潜在的な敵同士にも拘わらず自分とごく普通の姉弟として接するフィオレも、立場的には一門の分家に過ぎない姉弟と分け隔てなく接するアルドルも魔術師という生き物らしい暗部が存在していないのだ。

 

 姉の方は、まだ分かる。彼女は生来優しすぎる(・・・・・)

 それこそ魔術師として致命的なほどには。

 

 何せ実姉だ。弟として長く接してきたからこそよく分かる。言葉にはしないものの魔術の才能とは別に、魔術師としての才能は彼女には無いのではないかとカウレスは心の淵で感じ取っている。

 だから、分からないのはアルドルの方だった。

 

 彼もまた生来姉と同じく優しすぎるのかと聞かれれば、彼の逸話がそれを否定してくるし、魔術の腕の方も時折噂話を耳にする程度には卓越している。

 なのに見えない。魔術師が有する知的な興味が故の暗部。魔術研究のためであれば平気で他人の不幸を呼び込む人でなし性。

 そう言ったものが義兄からは一切感じられないのだ。

 

 子供というには成熟していて、だけども大人というには未熟だったカウレスは以前その疑問を問うたことがある。

 今にして思えば魔術師に尋ねる話題としてはあまりにも常識はずれで、無礼千万なその疑問──曰く、義兄は『根源』を目指していないのか、と。

 

 だってそうとしか考えられなかったから。

 『根源』。全ての魔術師が魔術を研鑽する理由。

 魔術師が代々受け継がれるが由縁。

 

 かの到達点を目指すからこそ魔術師は人でなしでありロクデナシであり、どうしようもなく救われない存在なのだから。

 魔術師が背負う暗部を持たない義兄は逆説的にその目的を持たないからこそ影を持たないのではないかと、カウレスは問うた。

 

 そして問うた後、蒼褪めたのを覚えている。

 親類であることを考えてもあまりにも無礼、あまりにも不敬。

 まさに思わずといった風に口に出した疑問に。

 

 対してアルドルは、こちらが驚くほどの静かな苦笑をしたのを覚えている。

 

『──そうだな。『根源の渦』、アカシックレコード或いは『』。魔術師としての責務から目指そうとは思っているし、個人(オレ)としてもそれがどういったものなのかこの目で確かめたいとも感じているよ。だが……()自身が本気で目指しているかと言われれば、本音を打ち明けるに、興味が薄いと言わざるを得ないだろうな』

 

 その言葉に驚愕と同時に納得したのを覚えている。

 ユグドミレニアに生まれた真なる黄金、ダーニックが太鼓判を押す天才、次代を担う荘厳なる大樹。

 一族からも、そして後には魔術世界においても先祖返り(ヴェラチュール)と評価される男の地金をカウレスは垣間見た。

 

『私がこうして立っているのは皆の期待を背負っているからだ。ユグドミレニアという一族は次代を担う私に大きな期待をしている。私の才に、私の立てた功績、他にも色々な意味で私の背には期待と責任が載せられている。私自身、それを重いと思ったことはなく、寧ろ誇らしいとさえ思っている』

 

 だから、魔術師たる立場からを逃げないし、そのために『根源』をも目指すと前置きし、アルドルは続ける。

 

『だが──それ以上の動機として、単に個人(オレ)は好きなんだよ。ユグドミレニアが。ダーニックも、そしてフォルヴェッジ姉弟(お前たち)が。親類縁者である以上にな』

 

 そう語るアルドルの横顔は遥か遠くの、届かぬ星を見上げるような眩しさと少しの寂しさのような、どこか黄昏れるような横顔だった。

 

『その輝きを失くしたくないと思っているし、無くさせたくないと思っている。しかし世界と運命は中々に残酷だ。ユグドミレニアというこの形はやがて苦難を辿ることになるだろう。個人(オレ)に未来は見えないが、それでも分かってしまうのさ。イマは永遠には続かない、大きな変化は必ず訪れるとな』

 

 まるで長い年月を流離ってきた旅人のようだと思った。

 どうしようもない未来を見据え、それでも尚諦められないと歩み続けるような。

 

 長い人生を歩いた末の箴言のようにアルドルは告げる。

 

『だからこそ私はそれ(・・)を変えたいと願っている。この世界は思ったよりも広く、そして思ったよりも不自由だが、こうして生を受け、何かを成す権利を貰った以上、私にはそれを行使する自由があるだろう。私が魔術師たる動機なんてものはそんなものだ。カウレス、お前が私を魔術師らしくないと感じているならばまさにその通りだよ──私はひどく、魔術師らしくない理由で魔術師を名乗っているのだから』

 

 それは賢者の祈りのようであり、子どもの夢の様であり、そして人間が人生の中でやがて忘れていくような淡い《光》のようだった。

 故にその時、カウレスはようやく理解した。

 

 己の姉フィオレがそうであるように、アルドル・プレストーン・ユグドミレニアに魔術師としての才能はない。

 しかしアルドルは一族の誰よりも強い(・・)

 彼こそが並ぶ者無き千年黄金樹なのだと、確信している。

 

 だから……。

 

『俺も、手伝う』

 

『うん?』

 

『俺に何ができるかは分からないけど、俺も義兄さんを手伝うよ。そりゃあ姉ちゃんほど才能はないし、義兄さんほど何でも上手くは出来ないけどさ。それでも、俺だってユグドミレニアなんだから』

 

 今にして思えばあまりに気恥ずかしい、その言葉を前に。

 

『──ああ、ありがとう。お前が手伝ってくれるなら百人力だ。ふふ、こういう時、安心した(・・・・)。と言えばいいのかな?』

 

 子供のつまらない誓いに、確かな信用と親しみを込めて、アルドルは楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

「──ハッ!」

 

 刹那、走馬灯じみた記憶から目を覚ましてカウレスは覚醒する。

 同時に耐えがたい痛みがカウレスに襲い掛かった。

 

 軋む魔術回路、溶けていく生命力。

 自身の魔力が恐るべき勢いで喪失していく感覚にカウレスに出来ることと言えば歯を食いしばって何とか意識を継続させることだけ。

 

「クソ!」

 

 無論、原因は言うまでもない。今もなお“赤”のバーサーカーと戦闘を継続しているだろう自身の従えるサーヴァント“黒”のバーサーカーにある。

 ただでさえ魔力食いであるサーヴァント、バーサーカー。加えて言うならば、カウレスの従える英雄の真名はかのサー・ランスロット。

 アーサー王の伝説において王たるアーサー王すら差し置いて円卓最強を名乗り、讃えられる英傑である。

 

 高名な英雄は狂戦士となり、強力なサーヴァントとして“黒”の陣営の一角を担っているが、その代償として要求する魔力は甚大だ。

 ともすればとてもカウレス一人で担えるものなどではない。

 

 それを彼が従えられるのはユグドミレニアが聖杯大戦に持ち込んだ反則級の手段……ホムンクルスによる魔力供給の工房あってこそだった。

 だがしかし、その工房は今しがた破壊された。

 今は自室に篭るカウレスに正確な状況は掴めないが、恐らくはミレニア城塞に侵入したらしい“赤”のセイバーの主従が仕業だろう。

 被害のほどは分からないが、ともかくユグドミレニアのマスターとサーヴァントたちに今まで多大な魔力を送り込んでいた工房は機能不全に陥ったらしい。

 

 その結果が齎した弊害が今まさにカウレスに襲い掛かっていた。

 

 これが例えば卓越した魔術師であるダーニックやアルドル、そして姉であるフィオレであればさしたる問題はなかっただろう。

 だがカウレス、魔術師としての才覚を持たない彼であれば工房の機能不全というのはあまりにも致命的だった。

 

 カウレスの魔術の才は凡才を出ず、所詮は二流、三流の魔術師に過ぎず、加えてサーヴァントは多大な魔力を要求する“黒”のバーサーカー。

 工房からの魔力供給が途絶えて尚知らぬ存ぜぬと暴れる自己のサーヴァントには当然手加減などという概念は通用せず、カウレスは元々少ない魔力を急速に失っていく。

 こうして意識を保てているのも、もはやカウレスの気力と気合によるものだ。

 

「止まれ! 一旦撤退するんだ! バーサーカー!!」

 

 自己のサーヴァントに向けて念話越しにカウレスは叫ぶ。

 このままでは戦場の優位不利以前に、先にカウレスの魔力が底を突く。そうなればどうあれ“黒”のバーサーカーは強制退場だ。

 それだけはどうにか避けなばならない。

 

 しかし、念話から戻ってくるのは狂気に満ちた凶気の念。

 敵を殺す、殺すという狂戦士らしい感情。

 とてもではないが理性的な判断など出来そうにない。

 

「畜生! やっぱりダメか……!」

 

 英霊ランスロットに付与された『狂化』のランクは数値にしてC。

 言語能力が失われるレベルの狂気であるが平時であればまだこちらの言うことを聞くだけの理性を持っていられるというもの。

 しかしそれも戦闘時ともなれば話は別だ。

 さらに言うならば今なお戦闘を繰り広げる相手──“赤”のバーサーカーは異常な相手だった。ランスロットの狂気以上の狂気じみた風貌へと変貌した相手を前に“黒”のバーサーカーは僅かな理性を残したまま戦えるほど冷静ではいられなかった。

 戦闘がより過激なものへと推移していくのに伴って、“黒”のバーサーカーもまた理性を彼方に消し飛ばしている。

 

「こうなったら令呪しか……!」

 

 このままではカウレスの魔力が底を突き、しかし“黒”のバーサーカーにそれを止められるだけの理性はない。

 残された手段は一つだけ──手元にある三回限りの命令権、令呪の行使以外に道は残されていない、けれど。

 

“良いのか、本当に。ここで使って……!?”

 

 魔術師として合理的な思考を有するカウレスの直感が囁く。

 なるほど確かにもはや令呪しかこの場を切り抜ける手段はないが、そもそも工房を破壊されるという不測の事態が起きている現状だ。

 この先のことを考えればただサーヴァントを引かせるために令呪を行使していいのかという疑問、さらには撤退した後自由となった“赤”のバーサーカーをたった一人戦場に孤立させていいのかという戦術的不安。

 その二つが、カウレスの判断を鈍らせる。

 

 だがもはや猶予はない。

 “黒”のバーサーカーが一合ごとに暴れるたび、喪失していく魔力と意識。

 どだいこのまま悩んだところで良案など出るはずもなく、カウレスは諦めて苦虫を噛み締める勢いで令呪に意識を集中して……。

 

 

“太陽より美しく 

 黄金より見事な館が

 ギムレーに立てるのを

 我は知る。

 そこに誠実なる人々が住み

 とこしえに幸福を味わう”

 

 

 頭に直接響き渡るような歌声(詠唱)

 それを聞いた瞬間、カウレスは何かに接続したのを感じ取る。

 

「なっ……こ、これは……!」

 

 意識が覚醒し、尽きかけた魔力が急速に回復する。

 先ほどまで工房と繋がっていた時と同じほどに、否、それ以上の勢いでまるでカウレスに加護を与えるが如く、接続はカウレスを正常に回復させた。

 

 その正体、不明ながらも一つだけ分かることがある。

 

“……魔術刻印?”

 

 自身の異常な回復の原因となるものをカウレスは朧気ながらも掴んでいた。

 ユグドミレニアの魔術刻印。

 これが何かに同調しているがための回復であると。

 

 ……いうまでもなく魔術刻印とは魔術師にとっては魔術一門が代々受け継いできた遺産にして研究成果。

 一門の魔術師である証明にして、一子相伝の神秘である。

 通常の魔術家系であれば次代の魔術師たる息子ないし娘に受け継がせる替えの利かないただ一つの神秘であるがユグドミレニアは事情が異なる。

 

 他家とは違い、枝葉を広げるように繁栄することを選んだユグドミレニアの魔術刻印は通常一族の縁者にしか引き継げない魔術刻印を誰にでも移植可能という特異さを有している。

 さながらシールの様に赤の他人にも簡単に移植可能なユグドミレニアの魔術刻印はまさにユグドミレニアを名乗る証明。

 有する機能はほんのわずかな同調観念と「ユグドミレニアの魔術師であるかどうか」を判断するのみという魔術刻印としては最小の機能しか有さないはずのそれが、今まさに何かに同調してあり得ないブースターとして機能している。

 

 吹きあがる疑問に混乱していると、何の前触れもなくカウレスしかいないはずの部屋に義兄と慕うアルドルが現れていた。

 

「無事か? カウレス」

 

「に、義兄さん!?」

 

 一体いつからそこにいたのか、腰に手を当てふうと軽く息を吐く義兄は少しだけ疲れたように、だが安堵するように胸をなでおろす。

 

「少し前から城に戻ってきていたのだがな。“赤”のセイバーに対する対応とダーニックと話をしていたために来るのが遅れた。悪かったな」

 

「い、いや、それは良いんですけど……工房の機能が回復したわけじゃない、ですよね? 一体これは……」

 

「……ああ、魔力の件か。何、ゴルドの工房が“赤”のセイバーに破壊されていたのでな。代わりとして私の工房に繋いだ。今はまだ、カウレスだけだがな」

 

「義兄さんの、工房……?」

 

 アルドルのその言葉を聞いてカウレスは首を傾げた。

 魔術師が自身の研究成果を保管する場所として工房を持つことは常識だが、義兄がそういったものを持っているとはあまり聞いたことが無かったからだ。

 ……いや正確には風の噂で義兄が魔術工房を隠し持っているとは一族間で聞いたことがあるものの、基本的に現場主義者(フィールドワーカー)たる義兄が特定の場所に拠点を設けているイメージがイマイチわかなかったため、思わず疑問を覚えたのだ。

 

「ふむ、まあより正確に言うのであれば私なりの聖杯の使用用途だな。大聖杯を獲得した暁にユグドミレニアを導くためのな。大聖杯を獲得した後、全員を繋ぐ(・・)予定だったが、ホムンクルス工房を破壊された以上、出し渋っている暇はなかった」

 

「聖杯の使用用途……ですか」

 

 意外な言葉にまたもカウレスは疑問を持つ。

 この聖杯大戦を勝ち抜いた果てに手に入るだろう大聖杯。

 曰く万能の願いを叶えるという杯。

 

 自分たちは当然、それに託す願いがあるから戦うわけだが、改めて思えばユグドミレニアの繁栄を望むダーニックや自身の足の回復を願うフィオレなど、“黒”の魔術師たちは聖杯に託す願いが明確だったが、唯一アルドルだけは聖杯に何を望むのかを対外的に口に出してこなかった。

 その願いの片鱗をこの時アルドルは僅かに垣間見せていた。

 

 が、それも一瞬。

 すぐにアルドルはどうでもいいことのように話題を変える。

 

「それよりも、だ。カウレス、“黒”のバーサーカーと“赤”のバーサーカーの状況がどうなっているか分かるか?」

 

「え、あ……ああ、そうだ……!」

 

 言われて気づく。こうしている間も現在“黒”のバーサーカーと“赤”のバーサーカーは戦闘を継続しているのだ。

 暢気に話し込んでいる暇などない。

 カウレスが再び戦場に意識を戻して“黒”のバーサーカーの方へと意識を集中すれば、幸いなことに両者は健在、拮抗する戦場に不測の事態は起きていない。

 

「……大丈夫です。問題なく戦闘を継続しています」

 

「そうか、ならば問題はないな。戦況はどうだ? “黒”のバーサーカーに不足はないか? “赤”のバーサーカーの様子は?」

 

「自分のバーサーカーが奮戦しているので戦況は五分……いや、ちょっとこっちが不利、ですかね。“赤”のバーサーカーはちょっと特殊な能力か、宝具を持っているようで。こっちの攻撃を受けるたびに、まるで攻撃を吸収するように膨張していて……」

 

 “黒”のバーサーカー越しに見る敵サーヴァント。

 それはもう人型ですらない異形であった。

 複数の腕に足とも言えない何か。牙のようなものまで肉体からは生えており、もはや名状しがたい姿へと変貌している。

 言うなれば膨張し続ける肉風船という所だろう。

 正直に気味が悪いし、気持ち悪い。

 

「……タイミング的には丁度いい、か」

 

「え?」

 

 独り言を呟きながら何か一瞬考え事をするように遠くを見据えるアルドル。しかしそれも一瞬のことですぐにカウレスのように向き直り、意外な言葉を口にした。

 

「カウレス、ダーニックには既に話を通したが、この戦いは勝ちきれん。一度幕を引こうと考えている」

 

「それは……! ……義兄さんの判断ですか?」

 

「ああ、そうだ。元々此度の戦においては敵がミレニア城塞を攻略している間に私自身が独自に動いて敵に致命的な一撃を見舞う予定だったのだがね。どうにも向こうに勘付かれてしまった。勝手に動いてこの様では面目もないが……」

 

「ああ、それで……セレニケからちょっとだけ聞いたよ。義兄さんは義兄さんでなんかやってるって」

 

「そうなのか? 意外だな……まあセレニケの奴にも悪いことをした。忠告以上に出来たこともあったが……過ぎ去った話か。ともあれ、こちらの本命が潰された以上、ダラダラと防衛戦を続けていても無意味にこちらが消耗するだけだ。ここは思い切って捨てる。向こうの主力に欠員を出せないのは残念だが、まあ痛み分けで済ますとしよう」

 

 言いながらアルドルは肩を竦める。

 残念そうだが、言葉の合間に余裕が見受けられる。

 この状況も想定内といった処だろうか。

 

「それで撤退は分かったけどどうやってやるんです? 攻め込んでるのが“赤”の陣営である以上、向こうを引かせないとどうしようもないですし」

 

「無論、向こうを引かせる。さっきは作戦は失敗したといったが、少なくとも向こうの気勢は削ぎ落したからな。現在戦場に立つ“赤”のアーチャー、“赤”のライダー、“赤”のバーサーカーを引かせればこれ以上の攻勢は無いだろう。“赤”のアーチャーに関しては既に役目を終えて撤退する様子だと“黒”のアーチャーから聞いているから実質“赤”のライダーとバーサーカーを引かせれば目的は達成できるよ」

 

「なるほど……なら俺のバーサーカーで……」

 

「いや、直接どうにかしようとする必要はない。言ったように痛み分けで済ませるからな。むしろ丁度いいタイミングだ。“赤”は利用させてもらう」

 

「“赤”のバーサーカーを利用して敵を引かせる……? そんなこと出来るんですか?」

 

 アルドルの言葉にカウレスがそう問い返すと。

 アルドルは珍しくニヤリと何処か意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「まあな。一つ、丁度いい当てがある。これを機会に利用させてもらおうと思ってな。カウレス、“黒”のバーサーカーに私が言う地点まで“赤”のバーサーカーを誘導するよう念じておいてくれ」

 

「分かりました……あ、でもバーサーカーは……」

 

「大丈夫だ。今のお前の言うことであれば聞くだろう。任せたぞ」

 

「! ……はい! 任せてください!」

 

 こちらを信頼するように笑みを浮かべるアルドルにカウレスは強く頷く。

 ……手段は分からないが二重三重と何やらこちらに手を回して窮地を救ってくれたらしいことは分かったのだ。

 此処で向こうの任せた役目ぐらい全うせねば、それこそ面目が立たないというものだろう。

 

 “黒”のバーサーカーに意識を集中するカウレスを見ながら、アルドルは頷いた。

 

「さてと、失態はあったとはいえ最低限、取り繕うことは出来たか」

 

 カウレスであれば仕事は確かにこなしてくれるだろう。自身の作戦失敗からセレニケ及び“黒”のライダーの脱落、加えてミレニア城塞のホムンクルス工房破壊と災難は続いたものの、未だに事態は想定外の局面を見ていない。

 

“とはいえ、やはり天草四郎を討てなかったのは痛手だな。加えてこちらの手札も幾つか露見した。まだ盤を引っ繰り返せる最後の切り札は残しているものの、これで本格的に先読み(・・・)は機能しなくなるか……”

 

 静かに思索に耽るアルドルは状況を冷静に見つめる。

 サーヴァントの天秤は“黒”が六で“赤”が七。

 今から起こす『痛み分け』で六対六には持ち込めるが、向こうが失うのは捨て駒たる“赤”のバーサーカーただ一騎。

 魔力的な制約があるにせよ、向こうにとっての主力は健在だ。

 

 対してこちらは“黒”のライダー。使用用途に迷うにせよ使おうと思えば使える局面も用意できただろうこちらの戦力である。

 結果だけ見るなら引き分け寄りの敗戦。しかもアルドルの用意とは別にアルドル個人が有する特性(・・)もいよいよ以って活用できなくなる。

 

“とはいえ“赤”のアサシンを落とした時点で特性(これ)の役目は十分。謀略で頭を回す必要が減っただけでも僥倖か”

 

 だが、既に戦場は純粋な戦力を競う戦いに置き換わりつつある。搦手が通用しづらい局面にまで持ち込んだ以上、後は実力勝負。

 いいや、此処からが聖杯大戦の本番というべき事態だろう。

 

 ならば十分。自分は粛々と勝利への布石を撃ち込むだけ。

 どうあれ勝つのはユグドミレニア。

 そのためにこそ己はこの場に立っているのだから。

 

“一先ず、この場は収めさせてもらう。何をするにしてもこの宴の幕を下ろす”

 

 そう思考を断ち切ってアルドルは息を吐いた。

 そして皮肉気に呟く。

 

「停戦は第三者による調停が相場と決まっているからな。ここは救国の聖女に我々を助けてもらうとしよう」

 

 言って肩を竦める。

 小柄な友人たちが今なお視界に捉えている聖女の背中を幻視しながら。




今回のあらすじ

弟くん「流石だわ義兄」

義兄「ああ──安心した(言ってみたかった台詞)」

セレニケ(故)「極めてなにか生命に対する侮辱を感じます」

月帰ったライダー「残当」
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