聖杯大戦──。
七騎と七騎の英霊同士が激突する前代未聞とも言うべき大規模な聖杯戦争。
その前評判とは異なり、現在この聖杯大戦で展開されている実情は極めて遠大な規模の謀略戦であった。
片や全人類の救済を望み、全ての思惑を出し抜いて己が願いを成就せんと執念を燃やす一人の聖人。
片や己が生の全てを費やして、自身が魔術一族に栄光の未来を齎さんと情熱に猛る一人の魔術師。
彼らは互いにその手腕を全力で振るい、舞台に上がった演者たちの意志をも利用して自らの陣営の勝利に向けて手を打ち続けた。
その結果、起こったのは思惑だらけの決めつけられた必然だった。
分かりやすく突撃の先駆けとして打ち込まれた“赤”のライダーには最大戦力であり、最高峰の守りを有する“黒”のセイバーを。
敵の虚を穿つために、そして何より敵の動きを攪乱するために現れた“赤”のアーチャーには“黒”の陣営でも屈指の速さを誇る“黒”のライダーと、知略に富んだ“黒”のアーチャーを。
理性を失い、純然たる
そして
未だ死線にて鎬を削る演者たちを傍目に遥か大局にて手番を操る両謀略者は戦後の処理へと指し手を下ろしている。
──ある意味ではその戦いは謀略者たちにとっては既に意味の無い戦場である。
“黒”と“赤”の主力戦力の直接対決。
確かにその戦場における敗走はどちらの陣営において痛手と成り得るが、既に互いこそを最大の脅威と認識した陣営を裏から操る者にとっては今後の読みあいに多少影響を及ぼす程度のものでしかない。
大局的観点からは意義を失った戦い。しかしだからこそ、その激突は何人の思惑も謀略も関わらぬまま暴と暴が激突し合う、聖杯大戦と呼ぶに相応しい嵐が如き最も純粋なる激突であった。
戦争のトリを務める最後の戦場は奇しくも開幕を告げた最初の戦場。
“黒”のセイバーと“赤”のライダーの戦いは正に英雄同士が覇を競い合う熾烈を極める空前絶後の戦いとなっていた。
「ははは!! はははははは!!! はははははははははははッ!!!」
割れんばかりの哄笑を高らかに、疾風怒濤と槍を放つのは“赤”のライダーだ。もはや加減も躊躇いも捨て、純粋にこの戦いに勝利するためだけのその武を眼前の敵へと容赦なく叩きつける。
「…………!!!」
対するは無言のまま気合で以て嵐に抗う無頼の勇者。誰の手を借りることもなく積み上げて来た経験こそが唯一無二の武器だと言わんばかりに嵐の戦場を進撃し続ける。
両者は共に大英雄。
勝つべき場面で勝利を掴み取り、人々の期待に応え続けた無敵の存在である。なればこそ自らの辞書に撤退の二文字は無く、諦めなどという選択肢は欠片も存在していない。
両者は両者がある種の無敵性を有する類似の英雄であると看破して尚、その上で攻略してみせようと己が武具を全力で振るう。
結果として両者はその無敵性の種までは見抜けぬものの互いにどのような性質を秘めているのかを見極め始めていた。
“……とにかく速い。これほどの英雄は生前は勿論のこと、“黒”の陣営にも存在していなかった。恐らくこれほどの速さを誇る者は英霊というカテゴリーで括ってもそうはいないだろう”
無言のまま俊足の“赤”のライダーと斬り合う“黒”のセイバーはその速さに舌を巻きつつ冷静に戦力を分析していく。
“黒”のセイバーが誇る最大の武器とはどのような難敵を前にしても揺るがなかった勇ましき心と諦観を忘れた不屈の闘志。
邪竜ファヴニールを前にしてなお、恐怖をかなぐり捨てて攻略してのけるその精神力こそが、“黒”のセイバー、大英雄ジークフリートが持つ最強の武器だ。
嵐の暴威に立ち向かう様は、さながら数百年を経てもなお朽ちず崩れない城塞が如き堅牢さだ。波濤のような猛攻を不沈を掲げて受け続ける。
常識外れの速力が生む槍捌きが音速を越え、速度のギアが上がるにつれて跳ね上がる槍の攻撃力が遂に自らの
──まず瞠目すべきはやはり速度。
この一点からして桁が違う。
仮に“黒”のセイバーが一撃を振るう間に、“赤”のライダーは四度から五度の攻撃を見舞えるまでにその速力を上げている。
そしてその上で、まだ
まるで戦場を駆け抜ける地上の星だ。彗星の様に何処までも上限の見えない疾走は並ぶ者などいないという証明か。
さらに技量の方も尋常ではない。何某かの師に学んだであろう真っ当な武芸の型を下地にしつつも、そこに相応の戦場で鍛えたであろう練度が付加されることによって誰も手の付けられない領域にまで達しているのだ。
オマケとばかりに“黒”のセイバーの太刀を百と受けながら、かすり傷一つ負わぬ無敵の肉体も加わるのだからまさに手の付けられようもない。
無敵の英雄──幼子が夢見枕に共にする御伽噺の
しかし、この常人ならば絶望的とさえ言える現実を前にしながら、勇者の胸にあったのは一つの確信だった。
心挫けるような敵を前にしながら、その事実からさえ勇者は攻略のヒントを掴み取る。
“速く、強く、加えて無敵。なるほど──であればこの攻勢に振り切れた戦いの様も納得がいく。かの無敵性は生来よりのものか、だとすれば……”
“黒”のセイバーが確信すると同時に、肩、胸、足を抉る神速の三連撃。爆撃じみた攻撃を浴びたことにより褐色肌の肉体には裂傷が刻まれるが、件のセイバーは揺るがない。
地に付けた両足は大樹の如く、真正面から衝撃を受け止め、跳ねのける。
常に冷静沈着を心がける“黒”のセイバーとは対照的に感情豊かなる“赤”のライダーは笑い転げんばかりに哄笑を深める。
「はははははは!! 素晴らしい! 素晴らしいぞッ!! “黒”のセイバー! 既に我が槍技は百を超え、万へと届かんとしているのに貴様は未だ我が眼前に敵として立っている! その不屈! その不退転! 俺の生きていた生前においても目の当たりにしたことはない! 認めよう! 貴様もまた俺に並ぶ英雄であるのだと!!!」
難敵を前にして勇者が不屈を掲げるように、英雄もまた難敵を前にして歓喜の声を叫ぶ。死線に在って命のやり取りを歓喜と捉え、憎しみではなく敬意を以って敵を穿つ。
その余りにも快活な様は正に英雄。
命を燃やして光の如くに生を駆け抜ける綺羅星に他ならない。
「不愛想なのは傷だが、それもまた良し! 無骨に挑まんとするのがお前であるならば、もはや俺から言うべきことは何もない! さあ見せろ、お前が英雄である証明を! 俺の槍は貴様に傷を与えつつあるぞ! 俺はお前の無敵に追いつきつつあるぞ!! さあ! さあ! どうする“黒”のセイバーよッ!!」
「ッ……!!」
“赤”のライダーが声高らかに叫ぶと同時、槍の切っ先が遂に“黒”のセイバーの眼力からも逃れ始めた。
視界からブレた槍の刃はさながら“黒”のセイバーを捉える格子の如く縦横無尽に宙を舞って削岩機のように手数で以て“黒”のセイバーを殺しにかかる。
体表面に刻まれるは無数の裂傷。傷の深さこそ浅いものの受ける損害の規模は徐々に、徐々にその数と深さを増していく。
技巧や知恵や小細工などでは断じてない。“赤”のライダーは“黒”のセイバーの頑強さをこれでもと知って尚、真正面から打ち砕きに掛かる。
言ってしまえばただの力業だが、その力業だけで“赤”のライダーは“黒”のセイバーの無敵性に肉薄しつつあった。
──『
それは竜殺しによって得た“黒”のセイバー、ジークフリートが有する宝具。数ある英霊の中でも最高峰を誇る守りだ。
悪竜の血を浴びたことによって変化したジークフリートの肉体はBランク相当の物理攻撃ないし魔術的干渉すらも無効化し、許容する守り以上の攻撃を受けたとしても、その破壊力を守りの分だけ減衰させる。
つまりはたとえ“黒”のセイバーの宝具を凌駕するほどの一撃を叩き出したとしても“黒”のセイバーを討つには不足。
防御力を越える攻撃力をひねり出したうえで尚、さらに“黒”のセイバーを殺しうるまでに強力な貫通効果を持たなければ彼を倒すことは出来ないのだ。
だからこそジークフリートは竜を殺したその日から無敵の勇者として君臨し続けたというのに、目の前の“赤”のライダーはそれを真正面から乗り越えようとしているのだ。
無謀極まる愚者の愚行。されど結果はご覧の様に。
宝具も何も使わずに、ただ槍の威力を、速度を、鋭さを、“黒”のセイバーに一撃一撃を与えるごとに、与える損害の規模から必要な力を割り出して、さらにさらにと上げていく。
……素直に感嘆する。
眼前の英雄は紛れもなく、英雄。
生前は見えることなかった同格以上の存在に“黒”のセイバーは感慨を覚えていた。
ならば“黒”のセイバーはこのまま感慨に耽るのみで何もできずに一方的に削り殺されてしまうというのか?
──無論、答えは否だ。
無敵の英雄と相対するは無敵の勇者。
疾風怒濤何するものぞ、格上の猛威などその程度。
竜を殺す難業に比べれば、恐れるに能わず──ッ!
「ッ!!!」
「う、おおおおッ!! ……はは、やるなッ!! それでこそッッ!!」
神速と見紛う槍の連撃に生じる僅かな隙。
長物の得物を振るうが故に生じる槍を引き戻す動作を行う刹那の瞬間に“黒”のセイバーは己が大剣、魔剣バルムンクをねじ込む。
速力こそ“赤”のライダーには及ばぬものの経験値によって回避不可能なタイミングに打ち込んだその一撃は、やはり“赤”のライダーの身体に傷一つつけられなかったが驚異的な威力で叩きつけられた一撃は猛犬のように“黒”のセイバーに食らいついていた“赤”のライダーを強制的に引き剥がす。
さらに追撃。魔力放出スキルは持たぬ“黒”のセイバーだが、魔剣の特性と己が技巧で以て大剣に魔力を注ぎこみ、渾身の威力で以てして“赤”のライダーに叩きつける。
その脅威を前に“赤”のライダーはやはり引かず。
「おおおおおおおおおおおおッ!!!」
「──ッ!!」
激突。衝撃。
真っ向から“黒”のセイバーの一撃を受け止めた。
あまりの威力に大地は地盤沈下を起し、大気は震え、発生した
だがしかし、いいや、やはり。
「──残念だったな!!」
「ッ……」
無傷。“赤”のライダーの肉体には傷一つとして存在していない。
“黒”のセイバーの無敵性とは異なる“赤”のライダーの無敵性。その秘密が宝具にあるのは既に自明だが、肝心な仕組みの全容を“黒”のセイバーは未だ看過できずにいる。
例えば“黒”のセイバー。彼は既に述べたようにその宝具によって無敵性を有する英雄だが、この宝具には純粋に超高威力の一撃を叩きつけるほかにもう一つ明確なまでの弱点が存在する。
それはネーデルランドの大英雄ジークフリートの逸話を耳にしたものならば誰でも知っている弱点。竜殺しの大英雄はその身に竜の血を浴びたことで無敵と化したが、ただ一点、背中にまではその鮮血を浴びていない。
だからこそかの英雄の肉体を守る血鎧には背中という致命的な弱点が存在しているのだ。そしてだからこそ不死身の勇者はどれ程までに突出していようとも人間の枠組みに座っていられるとも言える。
そう──人間に完璧などはあり得ない。真に無敵、真に不死身である存在などそんなものは人に非ず。
古今東西、如何なる無敵の英雄にも過去の残影であるが故の『死因』が存在している。否、そうでなければ彼らは人間の椅子に座ってはいられないのだから。
“……であれば、やはり……!”
ジークフリートは確信する。純粋たる
特定の武具でしか傷がつかない、特定の条件でしか損傷を受けない、或いは特定の人物でないと倒すことができない。
そしてそうであるならば、この“赤”のライダーを倒すためにはまず前提としてその条件を絞り込まなければならないわけだが──。
“……無敵の英雄、神速の走り、生を駆けるその有様。恐らく該当する英雄はただ一騎。だとすれば弱点もまた”
最大の脅威こそ、敵が有する最大の弱点だとは既に見極めている。
竜殺しという難業を遂げた“黒”のセイバーだからこそ、目前の英雄が何者でどのような弱点を有しているのか──当たりは既に付けていた。
だが──それを行うには目の前の英雄は速すぎる。
加えて一度でも弱点が看破されたと目前の英雄に察せられてしまえば、この限界の見えない速力で以て彼は全力で轢きつぶしに掛かるだろう。
現状、その無敵さ故“赤”のライダーが守りを捨てて攻勢に出てるからこそ、隙を伺って反撃こそ加えられるものの、本気を出した“赤”のライダーが回避行動を取りながら攻勢に出た時──恐らく“黒”のセイバーは対応できない。
さらに言うならばその時こそ、目前の“赤”のライダーは宝具を開示することすら厭わなくなるだろう。
だから一撃。狙う乾坤一擲はたった一度のチャンスにおいて確実に致命たらしめるもので無くてはならない。
だから耐える。だから堪える。
その時のために、その刹那の決着のために。
故にこの戦いにおける最大の懸念点とは、何処までこの我慢比べに付き合えるかということに他ならない。
順調に“黒”のセイバーを攻略しつつある“赤”のライダーと。
時折、反撃に出るものの一見、攻略の糸口を掴めない“黒”のセイバー。
その両者を傍目から見た場合、果たしてどちらが焦りを覚えるべきかと言われれば、それは……。
『何をしておる! セイバー!! 宝具だ!!! 奴を倒すにはもう宝具しかあるまい!!』
「……ッ」
脳内に響く声に“黒”のセイバーは唇を噛む。
そう、この我慢比べは“黒”のセイバー一人のものではない。
聖杯戦争とはマスターとサーヴァントの戦い。
なればこそ、この戦いを傍観するマスターもまた勝敗を決する重要な要因の一つ。しかしこの場合、この瀬戸際の拮抗を崩しかねない最大の懸念点としてしか作用していないのは、やはり彼らの主従関係にあるだろう。
ユグドミレニアの“黒”のセイバーのマスター。
ゴルド・ムジーク・ユグドミレニア。
セイバーの主にして、彼が無言を貫く理由である。
ゴルドという人物を一言で称するならば傲慢の一言で終わる。竜殺しという偉業を得て、多くの人間の願いを叶え続ける
自己を尊大に評価し、他者を見下し、己を基準に世界を睥睨する。
ともすれば初めから相互理解など望まず、召喚した英霊ジークフリートを前にして尚、ただただジークフリートという英雄の仕様だけ眺めて、情報流失の観点からジークフリートに喋るなと命じる。
これを指して傲慢と言わずにはいられまい。ユグドミレニア首魁のダーニックや他の一族の者ですらゴルドの事をそう思っている。
そしてそのような人物が、果たして最強と信じて召喚した英霊が、傍目には一方的にやられているようにしか見えない現状を見た場合、この通り。
信頼も信用も、初めから存在していないこの主従関係は、この局面においてあまりにも致命的だった。
『あのライダーめと同じく戦いを楽しんでいるのか!? 何をいつまでも意味の無いことを繰り返しておるのだ!? 相手は無敵だ! 普通の攻撃が意味を成さないのなら宝具を使うしかないのは自明だろう!!!』
「…………ッ!」
仮に会話を許可されていたならば違うと返していただろう。
この敵を前には宝具ですら意味を成さない。
恐らくはかの大英雄の真名が“黒”のセイバーの想定通りであるのならば、致命の一撃を叩き込むのであれば一点、ただ一点に限られる。
そのためにはかの英霊が見せるであろう唯一無二の隙。即ち“黒”のセイバーという英霊を見切り、殺しに掛かるだろう必殺の瞬間にしかない。
防御を捨て、警戒もかなぐり捨て、仕留めるという一点に視野が狭まったその一瞬にこそ、無敵の英雄を穿つ間隙は現れる。
“…………マスター……!”
元より誰かの願いを叶えることこそ人の幸福だと信じて、願望器が如き有り様で生前を生きた不器用な男というのがジークフリートの本質だ。
だからこそマスターからの命令……喋るなという命令にも粛々と従い、今もこうして律儀に守っている。
故に天地がひっくり返ってもジークフリートは、その一言……俺を信じてくれなどという言葉を口にすることは出来ない。
そして生来の傲慢さに加え、己の命令に唯々諾々と従うだけの英霊であるジークフリートはゴルドにとっても「何を考えているか分からない不気味な英雄」としか見ることができない。
加えて言うならば状況は二重の意味でひっ迫している。
『ひぃぃ……! クソ! クソクソクソ!! 早くしろセイバー!! 城が襲われているのだ! “黒”のキャスターめ!! 守りは万全ではなかったのか!? 急げ、宝具を使えセイバー!! お前はマスターの窮地にいつまで戦い呆けているのだ!?』
「………………ッ!」
この時、この瞬間。
ミレニア城塞は丁度、“赤”のセイバー……その主従による侵入および襲撃の真っ最中であった。
彼らは出来る限りの守りを敷いて自室に篭り震えるゴルドや全く別の戦場で戦う“黒”のセイバーは知る余地もないが、侵入した“赤”のセイバーはセレニケを討ち取り、“黒”のキャスターと城の一角を粉砕しながら正に激突している最中である。
結果としてあわや“黒”の陣営を全滅させかねない強襲は“黒”のキャスターの巧みさとダーニックの出陣、そしてアルドルの帰還によってはね退けられたものの、そんな未来を知らない両者がこの状況において冷静でいられるはずもなく。
遂に、いや、この場合はやはり……。
『セイバァァァァ!!
「ッ……!? く、おおおッ……!!?」
刹那、“黒”のセイバーの肉体がその意志に反して、反応する。
魔剣バルムンク。
マスターの命令に応じて、その真価が詳らかになる。
「ッ!? 宝具……!? この状況で自棄を起こしたか……!? いや、いや、そうではないな。お前ほどの英雄がそんな無策に手を染めるはずもなし。であれば……はははは!! 俺が言えた義理ではないがお前もマスターには恵まれなかったらしい!!!」
「ッ……ぐ、やはり……!」
無言の禁を破りながら呻くように“黒”のセイバーは言葉を漏らす。
敵は驚愕しながらもしかし憐れむように、そして勝ち誇る様に笑みを深める。
……予想はしてたが宝具も効かぬ体質なのだろう。
であれば真名はもはや確定的だ。同時に一体この一撃がどれほど致命的なものになるのかも。
何もかもが致命的だ。
半ば確信に近い未来を幻視しながら、それでも剣に満ちた黄昏はマスターからの無謀を絶対の命令として実行する──。
──其れは邪竜を討ち滅ぼした落陽の輝き。
竜殺しの大英雄が握る魔剣の真髄。
その
「
宝具開放。真エーテルを太源とする青白い極光が平原ごと“赤”のライダーを覆いつくさんと遂に放たれた。
同時に“赤”のライダーも動く。
……敵が先に動いたとあれば我慢比べは己の勝ちだ。
外因によって結するは不本意なれどこれは戦場。
であれば勝利に殉ずるが英雄の生き様だ。
「い、く、ぞォォォォォォォォォ!!!!」
大地を踏みしめ、疾駆する。
あろうことか“赤”のライダーは“黒”のセイバーの宝具を前に回避も防御も選ばずして全速力の突撃を敢行する。
踏みしめた一歩はそれだけで大地に巨大なクレーターを形成し、その一蹴を以って今まで世界に影を落としていたはずの“赤”のライダーはその姿を掻き消した。
疾風を越え、音速を越え……第三宇宙速度に匹敵する桁違いの速度を叩き出す。
振り切れた速力はそれだけで強力な武具と化す。
世界を覆う黄昏に、疾走するは彗星の煌めき。
これぞ“赤”のライダーが有する俊足の正体。
常時発動型の宝具『
星の軌跡が黄昏を越えんと挑みに掛かる。
その結果が齎すのは──不可避なる未来。
「うおおおおおおお、セイバァァァァァァァ!!!」
「ぐ、ぬぅ、おおお! おおおおおおおおお!!!」
光を引き裂き、彗星が征く。
神より賜りし無敵の肉体は黄昏の脅威をものともせずに突き進み、両手に構えるその槍は一寸の揺るぎもなく“黒”のセイバーの心臓を捉えている。
揺るぎない未来。訪れる、死。
最悪を確信しつつ、それでも尚“黒”のセイバーは吼えた。
……敵に攻撃が効かずとも良い。
……ならばせめて反撃を許さぬ。
攻撃は効かずとも発生する衝撃は“赤”のライダーにも発生することは既に先の例から知れている。ならば宝具の出力をかき集め、その威力で以てかの英雄を押し流す。
ライン川に沈む黄金が如くに、あの輝きを光の底へと沈めんと黄昏が世界を覆う。
──かくて勝敗は決した。
「ぐぅ、あ……がああああッ……!?」
衝撃波を伴って“黒”のセイバーの胸を穿つ“赤”のライダーの槍。
悪竜による守りを突破し、遂に致命的な一撃が“黒”のセイバーに叩き込まれた。
唯一、その結果に瑕疵があったとすれば……。
「チィ……些か、逸れたか! 辛うじて命を拾ったな、“黒”のセイバー……!」
望まぬとはいえ令呪の
宝具によってその俊足を“黒”のセイバーの守りを破るほどにまで上昇させたものの、それでも黄昏を真っ向から攻略し、尚且つ血鎧を貫通するほどの威力にまで到達したが、完全に心臓を突き刺すまでには至らなかった。
“赤”のライダーとはいえ流石にそこまで無茶苦茶ではなかったというべきか、“黒”のセイバーが巧かったというべきか。
……否、否、そうではない。
「……最悪の中でも最善の結果を選ぶとはな。不愛想な男だが、お前もまた英雄だということか。惜しいぜ、お前のマスターが居なければ、もう少し違う結果になっただろうよ」
この場合、素直に賞賛すべきなのは“黒”のセイバーだろう。
望まざる状況、不利の強要。
振る舞いこそ“赤”のライダーの好みではないが、それでも“赤”のライダーと戦うに相応しい英雄だった。
だからこそ彼はぼやく様に呟く。喜怒哀楽が激しく、感情豊かだからこそ勝負の果てに出た思わぬ本音。
その一言は今も致命打に呻く“黒”のセイバーには届かなかったものの……。
『…………ぁ』
その、たった一言が傍観者の胸に突き刺さったことを“赤”のライダーは自覚しなかった。
「さて、その様ではもうどうしようもあるまい? では
「づ……ぉぉ……ッ!」
地に伏したまま呻く“黒”のセイバー。
ぶちまけられた鮮血がどうしようもないほどの状況をまざまざと証明しているが、それでも伏せたままに英雄が寄越す眼力に微塵の減衰も有りはしない。最後の最後まで心だけは負けるまいと勇壮な瞳が“赤”のライダーを射抜く。
「ハッ……! いいぞ、ならば全霊を以って止めを刺そう! 最後の最後まで油断はするまい! 手立てがあるというならば望む所! はははは!」
いっそ爽快感すら感じさせる朗らかな殺意を浮かべて、“赤”のライダーは既に立ち上がることすらできない満身創痍の相手に槍を構える。
“黒”のセイバーは羽を捥がれた虫のように呻きながらも、それでも足掻き、倒れたままにて剣を取る。
そして両者が真実、最期の交錯をする刹那に──。
「
「「ッ!!」」
厳かに告げられたその言葉。
不意を突く声に陣営を問わず両者は共に驚愕する。
それを耳にした瞬間、“黒”のセイバーとの戦いにおいて、ただの一度も回避も防御もしてこなかった“赤”のライダーが飛び退いた。
同時に、寸前まで“赤”のライダーが立っていた場所に無数の杭が地中より突き出て虚空を穿っていた。
「──うむ。完全なる余の不意打ちを回避するか。流石はギリシャ神話随一の足を誇る英雄。見事なものだ」
「……テメエは」
悠然と、さながら己が領地を見分する貴族の様に歩み現れたのは漆黒のマントに身を覆う一人の男。
その手には槍、幽鬼と見紛う青白い貌に、鬼神が如き苛烈な意思を覗かせている。賞賛と、敬意と、そして敵意。
その正体を問う“赤”のライダーの言葉に男は答える。
「──余はこのワラキアと、そして“黒”の陣営を統べる者。“黒”のランサー、ヴラド三世。武人の端くれとして横やりを入れるのは些か心苦しいが、これは戦争なのでな。不満はあるかね、
「……ハッ! 面白れぇ。次はアンタが相手をしてくれるってわけかい。王様」
“黒”の陣営、ランサー。
ヴラド三世、或いはヴラド・ツェペシュ。
“黒”の陣営が誇る最後の駒が遂に戦場へ降り立った。
………
………………。
ヴラド三世、こと“黒”のランサー。
その目的は勿論、敵の
されども戦地後方にて戦場を俯瞰していた仇敵は開戦から幾ばくかして何故か、戦地を撤退。
結果として戦場に深く踏み入った“黒”のランサーは無駄足を踏むこととなる。
その後はダーニックの命もなく己が判断で「見」を選び、何れの戦場もを一人俯瞰していたが……。
「……まずは二つ、賞賛と謝罪を。見事な戦いぶりであった、セイバーよ。敗走したとはいえお前の雄姿はしかとこの目に刻んでいる。その敗因が貴様の本意でなかったこともな。そして謝罪しよう、臣の管理についての失策は王の、即ち余の不手際によるものだ。謝罪は何れ形のあるものとして必ずお前に返そう」
「……マスターとの関係性についての謝罪であれば俺にも欠落はある。過剰な制裁は不要だ、王よ。敗走した事実も含めてこれは俺の失敗だ」
「……ふむ、そうか。では処置についてはおいおい話すとしよう。──侵犯者を串刺しの刑に処した後にな」
瀕死の“黒”のセイバーを庇うようにして、王は短い会話を打ち切って眼前の侵略者を鋭く見返した。
常人であればただそれだけで竦むような視線を前に、英雄は変わらぬ笑みで以て言葉を投げる。
「そいつは恐ろしい話だな。だが果たしてそのご自慢の杭、俺の速さに追いつけるのかね?」
「愚問。そして虚勢は止すが良い“赤”のライダー、神速の英雄たるアキレウスよ。生前であれば確かに貴様は無敵の英雄なのであろうが、今の貴様は
「……へえ」
“黒”のランサーの鋭い指摘に“赤”のライダーは楽しげに笑っている。
……当たり前の話であるが、サーヴァントとはマスターを依り代に現世に現界する
その存在を現世に確立するためにはマスターという楔と、マスターによって供給される魔力が必要不可欠だ。
だからこそ“赤”のライダーのサーヴァント。大英雄たるアキレウスには自身が無敵であったとしても致命的な欠点が一つだけ存在してしまっている。
「その無敵、その俊足。考えるまでもなく相当の魔力消費だろう。貴様のマスターは我が敵に相応しい優れた魔術師なのであろうが、果たしてそれは“黒”のセイバーに全力を振るった後であっても続けられるのかな?」
「ハッ、確かに。後先考えず全力で走っちまったからな。正直言うなら持って数分。それ以上続ければ勝手に自壊しちまうだろうな」
“黒”のランサーの指摘に対して、あろうことかアッサリと“赤”のライダーは自身が現状を暴露する。持って数分、即ちそれ以上の戦闘行動を続ければ現界に支障が出ると彼は言い切る。
それは新手を前にして本来であれば隠さねばならぬだろう真実であったが、相変わらず英雄は楽し気に笑うのみ。
“黒”のランサーは平時から苛烈な眼光をより鋭く、細めていく。
「ほう。では余の前に降伏するか」
「それこそ、まさか。この俺が
「……ほう、余が何を勘違いしていると」
空気が、緊迫する。
無傷の外面とは異なり、敵に既に余裕はない。
その武力は健在なれど戦争に必要な兵糧は尽きかけているのだ。
なのに敵には焦りも不安も存在していない。
寧ろ、この追い詰められているという状況を楽しんでさえいる。
無敵の英雄が故の傲慢?
現実の見えていない無謀?
否、否──そうではない。
「そもそもアンタ……俺を前に数分も耐えきれると思っているのかい?」
「ッ!! 杭よ!!」
「遅ぇ!」
瞬間、音の壁をぶち破って“赤”のライダーが疾走する。
“黒”のランサーが僅かに遅れて反応するが、しかしその僅かなタイムラグで既に“赤”のライダーは“黒”のランサーの攻撃を振り切っている。
“黒”のセイバーですら悪竜の鎧ありきで受けるがやっとの無双槍技が“黒”のランサー目掛けて容赦なく叩きつけられる。
「三分だ! 出来るというなら凌ぎ切って見せるが良いッ!! “黒”のランサァァァ!!」
「ぬぅう、余を……舐めるなァ!」
宣戦布告と言わんばかりに告げるタイムリミット。
それを以って第二ラウンドは開幕した。
“黒”のランサーの膂力を遥かに凌ぐ、力で以て叩きつけられた“赤”のライダーの一撃を前に、攻撃を受け止めた“黒”のランサーは地面を擦って後退するが、流石は三騎士の一角とだけあって喝破ともに飛び込んできた“赤”のライダーを押しのける。
「速さと手数が持ち味なのだろうが、此処は我が領地、我が領土である! 恐怖せよ、侵略者! 果ての無い我が杭の裁きに慄くが良い!!」
告げるや否や“黒”のランサーを中心に恐ろしい程の苛烈な意思が氾濫する。
同時に何もないはずの地中から無数の杭が飛び出した。
「へえ、こいつが……」
そう、これこそが“黒”のランサーの武器であり、防御であり、宝具であり、伝説である。
その名は──。
「
百を超える杭の数々が地中より現れ、“赤”のライダーを狙う。
“黒”のセイバーですら傷つけられなかった無敵は当然、“黒”のランサーの宝具であろうとも同じことだ。通常攻撃で“赤”のライダーを傷つけるためには『神性』の特性を有するものか、はたまた神に来歴を持つ武具でなければ不可能なこと。
であれば宝具とはいえ何の変哲もない杭であり、かつ操り手がヴラド三世という史実世界の英霊である以上、攻撃は届かない。
しかし……。
「やはり躱すか!」
“赤”のライダーは回避を選択する。
理由は無論、
──ギリシャ神話の大英雄として世界的な規模での知名度を誇る英霊アキレウス。彼は生前、地母神である母より聖なる火を賜り、その火にて肉体を炙られたことで無敵と化した。
しかしたった一か所。母とは異なり人間たる父の親心によって彼には人間たる部分が残されている。
それはアキレス腱。即ち、踵である。
そしてこの一か所だけが神ならざる身で大英雄アキレウスを致命たらしめられる唯一無二の突破口。
「ならばその足を奪わせてもらうのみ! 極刑の時だ侵略者よ! その自慢の足ごと我が領地に縫い付けよう!!」
たった一つの弱点を突かんと飛び出してくる杭、杭、杭。
恐るべき
「ハッ、言ったはずだぜ。遅ぇってなァ!!」
弱点を庇うことも隠すこともなく“赤”のライダーは疾走する。
そしてたったそれだけで弱点は意味を成さなくなった。
「シャァアア、オラァァッ!!!」
「ぐ、がァ! おのれッ……!!」
速い──とにもかくにも速すぎるのだ。
杭が地上に飛び出し、敵を穿つ。
発生するはたった数秒の射出時間。
手数と攻撃範囲を見れば“黒”のランサーの宝具『
生前、ヴラド三世が故国を侵略せんと襲い掛かってきたオスマントルコを恐怖のどん底に陥れた約二万のオスマントルコ兵を杭に串刺しにしたという逸話。
それを原典として得たこの宝具は最大同時展開は二万なれど、杭自体は魔力が許す限り無限に放出することができるのだ。攻撃範囲は彼の領地全域。加えて何もない地面から唐突に飛び出すため、その全てを予測して回避することは困難。
並の英霊であれば既に百度は殺されていることだろう。
しかし、相対するは大英雄。
苛烈なる救国の守護者を前にして恐怖など欠片も抱かない無敵の英雄。
杭は無限で、予知できない。
ならば──杭より先に動けばいい。
大英雄は“黒”のセイバーにもそうしたように、真正面から“黒”のランサーの宝具を破りに掛かる。
「反応が鈍いぞ! どうした!? まだ三十秒と経ってないぞ!!」
「ぐっ、ほざけッ!!」
杭は当たらず、槍技は圧倒的に敵が勝る。
なるほど確かに“黒”のランサー、ヴラド三世は強力な英霊であり、自国で戦う彼は地域に住む人間の知名度補正も相まって生前の全盛期に迫る、或いは超えるほどの実力者なのかもしれない。
だが相手は世界的知名度を誇る大英雄。神代を生きた俊足の英雄。
ましてや将として領主として君臨したヴラド三世に対して、神話の怪物が闊歩する戦場を己が身一つで駆け抜けたのがアキレウスという大英雄だ。
“黒”のセイバーであるならばいざ知らず、如何に全盛に等しい力を振るえる状態であろうとも、地力において“黒”のランサーでは“赤”のライダーには届き得ない。
「否! この程度の窮状! 打開したからこそ余は此処に在るのだ!!」
だが地力の劣りを悟りつつも、“黒”のランサーに諦観など存在していない。
そも遥かな劣勢を覆して故国を守った救国の英雄こそがヴラド三世。
卑劣な侵略者より国を守り、宗教世界においては世界の盾と言われた男。
こと守戦において“黒”のランサーは間違いなく最強だ。
「我が杭に速度で勝るというならば、別のやり方でお前を串刺すまでだ!」
宣した瞬間、地中より飛び出した杭が空を舞う。
それは一本のみならず、数十、数百と加速度的に増え、やがて数千にも及ぶ杭が、まるで空中を大蛇のようにして蛇行しながら舞い踊る。
「景気は良いが……それがどうしたッ!!」
その驚異的な光景を前に、“赤”のライダーはお構いなしと言わんばかりに駆ける。
たとえ何本の杭を用意しようとも“赤”のライダーにとって致命と成り得るのはただ一点。
速度で勝る以上、どのような攻撃が来るにしても狙われる場所が確定しているならばどんな状態であろうとも回避も防御も容易いこと。
「これで一分! どうする!? “黒”のランサーッ!」
大気の壁を蹴破って突撃する“赤”のライダー。
抜き放たれるは捨て身じみた神速の一突き。
“黒”のランサーの反応を振り切って“赤”のライダーは心臓目掛けてその槍を突き立てる──。
──刹那。
「狙いが分かればどのような攻撃であれ対応可能……大方そのようなことを考えているのだろう? 奇遇だな。余も同じだ」
「ッ何!?」
“黒”のランサーがそう嘯いた瞬間、“赤”のライダーに杭が襲い掛かる。
それは地中からでも、空中からでもなく。
“赤”のライダーが狙った“黒”のランサーそのものから杭が飛び出してきたのだ。
槍の切っ先が逸らされ、無数の杭が“赤”のライダーを串出すのではなく捕えるように囲い込む。
その最中に“赤”のライダーは敵を凝視して吼える。
「テメェ! 自分ごと杭でッ!!」
「余は使えるのであれば領土すらをも武具と変える。舐めるなよ、余の覚悟を……!」
“赤”のライダーが“黒”のランサーを殺すことを狙っているならば遠距離から狙う手段を持たない“赤”のライダーは必ず己に肉薄してくる。
であればと、“黒”のランサーは自分の足元に予め杭を用意しておき、さらに身体で杭の軌道を覆い隠し、肉薄してきた一瞬に最速で杭を穿てるように構えていたのだ。
派手に空中に杭を飛ばしたその時より。
そして。
「捕えた以上はもう逃がさん。逃げ場は囲った。終わりだ、侵略者よッ!」
自らごと杭で“赤”のライダーを突き刺したために手足には血が滲み、激痛が“黒”のランサーを襲うが、しかしその口元には笑みが浮かんでいる。
元より無傷でかの大英雄を倒せるなどとは思っていない。
だからこそかつて領土を焼いてまで自らの国を守ったように、王は自ら血を流して“赤”のライダーを仕留めに掛かる。
空から、そして地上から。
あらゆる覚悟から万を超える杭が“赤”のライダーの弱点へと殺到し──。
「いい覚悟だが……まだ、足りねえ。俺を止めるつもりだったなら五臓六腑も犠牲にするんだったな“黒”のランサー」
「ぬ、何だとッ……!」
不敵に笑い、“赤”のライダーは全身に力を込めて身じろぎをする。
たったそれだけ、たったそれだけであろうことか“赤”のライダーの自由を封じてたはずの杭の格子が簡単に粉砕された。
その常識外れの力、碌に力の入らない体勢だったろうに、いともたやすく大英雄は力業で拘束から脱してみせる。
「二分だ」
「ッ! ッおおお!!」
躱す、“黒”のランサーは全力で飛び退く。
同時に“赤”のライダーが動く。
地中と空中。逃げ場なく打ち込まれた杭を前にして“赤”のライダーは逃げも隠れも、ましてや守ることさえ選ばずに。
「オラァァァァァァァ!!!」
雄叫びと共に最大速度で振るわれる“赤”のライダーの槍。
もはや槍技というよりかは真実の嵐に等しい暴風を発生させ、信じられない速度で槍が虚空を踊る。
「馬鹿な……」
総数二万にも及ぶ杭の囲い。
“赤”のライダーはそれを真っ向から全て粉砕したのだ。
「数こそ多かったが、ま、ざっとこんなもんだな。さて残り一分。捨て身はもう効かんぞ? どうする王様?」
「くっ……」
……舐めて掛かったわけではなく、寧ろ“黒”のランサーは己が身を犠牲にしてまでも“赤”のライダーを討ち取ろうとしたのだ。
だが、それでも眼前の大英雄はよもや、これほど、これほどまでに……。
“強い……強すぎる──……!”
これこそが大英雄──ギリシャ神話最大級の英雄アキレウス。
苛烈なるヴラド三世ですらその猛威を前に歯噛みする。
「さて次はどうする、“黒”のランサー。策が無いというならば此処がお前の死地だ」
絶望を突き付けるその宣告を前に“黒”のランサーはいよいよ以って自らの死をも質に入れ、この大英雄を討ち取らんと覚悟を決めて──。
『──いえ、そこまで。貴方には此処で引いてもらいます。アキレウス』
言葉と同時、彼方より飛来した矢が“赤”のライダーの肩に突き刺さった。
「なっ……に!?」
“黒”のセイバー、並びに“黒”のランサーの猛攻からも無傷だったはずの“赤”のライダーの無敵の肉体。それが、こうもあっさり破られた。
驚愕、動揺、そして理解。
つまるところこれは……。
「は、はは……ははははははははははは!! そうか、そうか居たのか! お前たちの側にも!! 俺を傷つけ、殺しうる英霊がッ!!! ははは、はははははは!!」
笑う、笑う。敵への喝采と歓喜。
“黒”のセイバーも“黒”のランサーも、なるほど強敵には違いなかった。
だがしかし彼らは己が無敵を貫通しうる同格ではなかったのだ。
故に“赤”のライダーは笑う。
同格の存在が敵方に居た、その事実に。
『去るというならば追いません。ですが、来るというならば──』
「はははは! 皆まで言うな! 良いだろう! 此処は引こう! 元よりこの戦場は十分に堪能させてもらったからな! 故に──次は貴様だ、“黒”のアーチャー! いずれ必ずその顔を拝むとしよう!」
姿なき声の主。敵方の“黒”のアーチャーの言葉を前に、“赤”のライダーは即断で撤退を選ぶ。
ようやく見えた同格の敵だ。
既に魔力も底を突きかけている状態で戦いにはあまりにも惜しい。
故に。
「命拾いをしたな“黒”の陣営! 次こそは我が槍と名誉に懸けてその首、全て叩き落す! おお、その時こそオリュンポスの神々よ! 我が栄光と勝利を礼賛したまえッ!!」
嵐が如き大英雄はかくして嵐の様に引いていく。
魔力が既に無いと嘯きながらも余裕は持たせていたのだろう。
口笛を鳴らして己が騎馬を呼び出し、空を駆け抜けて戦場を後にした──。
今回のあらすじ
すまないさん「アキレウスやべえ」
ヴラド叔父様「アキレウスやべえ」
萌えキャラさん「バッドタイミング令呪! ノット令呪キャンセル! 」
快速英雄「たしかな満足」
先生「ではお帰りはあちらです(ニッコリ)」