千年樹に栄光を   作:アグナ

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滅びなさい、未来を夢見た吸血鬼。
そもそも救罪などおこがましい。
たった一人の人間に救えてしまう世界なら、いさぎよく滅びるべきなのです


とある物語の台詞──誰かの記憶より。


見据えるは栄光の旗

 戦場を英雄たちが去っていく。

 目的を遂げ、未練に終わり、次戦を誓って去っていく。

 

「戻りました──“黒”のセイバーを連れて“黒”のランサーも撤退するようです」

 

「そうか、助かった“黒”のアーチャー」

 

 そう言葉を交わすのは“黒”のアーチャーことギリシャ神話随一の賢者たるケイローンと“黒”のアサシンのマスター、アルドル・プレストーン・ユグドミレニア。

 ミレニア城塞の城壁の上で二人は徐々に静寂が支配し始めている戦場を俯瞰しながら事後処理の会話を続ける。

 

「なら後は予定通り、ルーラーを利用して“赤”のバーサーカーを落とす。向こうの捨て駒と“黒”のライダーではやや釣り合いは取れていないが、これを以て引き分けとするとしよう。──やれやれ、儘ならないものだ」

 

 これでも必勝を掲げていたつもりなのだが──と、ぼやく様に彼方を見据えながら呟くアルドルにケイローンは苦笑する。

 

「それは城攻めを敢行した“赤”の陣営も同じことでしょう。参加する何れの陣営にしても共に此処に応じた願いがあり、祈りがある。であれば結果もまた複雑に絡み合って齎されるもの。予期せぬ結果に落ち着くこともあるでしょう」

 

「その通りだ、返す言葉もない。流石は賢者の言葉だな」

 

 ケイローンの言葉にアルドルが肩を竦める。

 相変わらずの鉄面皮。

 傍からは何を考えているのかが伺い知れない表情。

 

 それを見ながらケイローンはふと思う。

 

“アルドル・プレストーン・ユグドミレニア、“黒”の陣営の首魁ダーニック殿の甥。次期ユグドミレニアの当主……か”

 

 “黒”のライダーが予期せぬ敗走をした直後、その負けを目の当たりにした直後にアルドルはケイローンの前に現れた。

 前兆なしで現れたその様は正しく空間転移か、“黒”のライダーが宝具、ヒポグリフの操る次元の跳躍……即ち魔法級の技であったが彼は特に物珍しい魔術を扱うわけではないようにさっさと要件を口にした。

 

 曰く、既に趨勢は決したこと。この戦場での完全勝利を諦め、次に備えて再び対策を練ること。当主からは了解を得ており、一先ずこの戦場を収める為に協力して欲しいということ。

 

 ケイローンはフィオレによって召喚されたサーヴァントであるが、元より“黒”の陣営として戦う者。マスターからの直接命令ではなく、それが陣営としての総意であるならば反目する理由はなく、こうして“赤”のライダーを撤退させるため、彼に協力した。

 

 だが、それとは異なり英霊として召喚されたケイローンも人である以上、個人的に思う所もある。

 特にアルドル……彼に関しては多くの人間を見て来たケイローンをして測りかねる点が幾つも存在しているからである。

 

 初対面、マスター・フィオレに彼を紹介された時にケイローンが思ったのは嘗ての教え子アスクレピオスに似通っているという印象だった。

 

 死という万人に訪れる終わりに抗うがため医療という技にひたすら邁進していった英傑の様に、一つの目的のために進軍し続ける者。

 そんな印象を抱いたのを覚えている。

 

 次いで思ったのはマスターがある種の劣等感と憧れを抱いている人物ということ。優れた魔術の腕を有し、それでいて自らの才に驕ることなく研鑽を続け、それを誇るでもなくただ当たり前のことだという風に振る舞う。何よりも一族を大切だと考え、そのために命を燃やす者。

 若くして能力・人格ともに完成された一流の魔術師。

 

 なるほど確かに、同じ陣営で肩を並べる戦友としてこれほどまでに頼りになる存在はそうも居ない。ダーニックが期待しているのも、フィオレが劣等感と憧憬を抱いているということにも納得がいく。

 

 けれども、そう、けれども。彼と話し、彼を知るたびに思うことはユグドミレニアにとってのアルドルという人物はよく理解できるのに、アルドルという魔術師については何も見えないという空を切るような感覚だ。

 

 ケイローンの見識からしても彼が一族を愛しているのは間違いない。言葉に嘘はなく、想いは本音で間違いないだろう。

 だが例えばその目的を深掘しようとすると……例えば何故彼がこれほど献身的に一族を愛しているのか、そういったことを考察していくと途端に彼が見えなくなる。

 

 期待されてきたのだろう。

 次代を担う者として愛されてきたのだろう。

 

 ケイローンもまた多くの師であることから可能性に満ちた存在というものがどれほど愛おしく、素晴らしいものであるかを知っている。

 だからこそアルドルという人物を前にして周囲がどのような感情を抱き、彼を見守り、育てて来たか……考察するのは簡単だ。

 

 だが……。

 

「アルドル殿、一つよろしいでしょうか?」

 

「うん? 何だ……って、ああ、先ほど目の前に現れた魔術のことか? アレは霊脈を使った波乗りだよ。東洋の禹歩、縮地法や道教における遁甲術を参考にしたものでね。距離や空間ではなく移動速度を操っているものだよ。ユグドミレニアの支配圏であるトゥリファス限定の魔術だがね。霊脈という道を利用して現時点と到達点を結び、自らを飛ばす。発想としてはスリングショットと同じ──」

 

「いえ、そうではなく……まあそちらの魔術についても興味はありますが、今は聖杯大戦の事で。……アルドル殿はルーラー、本来の聖杯戦争には存在しない第八のクラスの存在にいつから気づいていたのですか」

 

「ああ、なるほど。そちらのことか」

 

 疑問について正しく理解したと頷いて、アルドルはケイローンの口にした疑問。これから暴発するという“赤”のバーサーカーに対する“黒”の陣営ならざる鬼札について口にする。

 

「元々ルーラーの存在に関しては可能性として開幕直後から調査していた。ダーニックか、フィオレから耳にしているかもしれないが、私はこの聖杯大戦に勝ち抜くため、その発端たる聖杯戦争にはそれなりに付き合ってきていてな。英霊という存在を枠組みで括るサーヴァントというものについて学んできた」

 

「ルーラーについてはその過程で知った、と?」

 

「その通りだ。エクストラクラス……俗にいうセイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーの七騎に含まれないクラスというものが存在していることについては把握していた。私自身、南米の亜種聖杯戦争でそれを目にしているしな」

 

「ルーラーをですか?」

 

「いいや、その時はアヴェンジャーという『復讐者』のクラスだ。丁度、ケイローン。貴方にも縁がある──いやこの話は良いか」

 

 不意に何かを口にしようとしてアルドルは首を振って言葉を切った。恐らくは話が横道にズレていることを自覚したのだろう。

 南米の亜種聖杯戦争にまつわる事柄にケイローンとの縁を見出した事には多少興味を惹かれるが、ケイローンは無言で先の言葉を待った。

 

「ともかく、そういった経緯で『裁定者』──ルーラーという存在を個人的に認知していたのには間違いない。そしてその役目が聖杯戦争を恙なく進行させるためにある、ということも踏まえてな」

 

「つまり貴方は元よりルーラーという存在を知っており、そのために此度の聖杯大戦において可能性の一つとして考慮し、警戒していたということでしょうか?」

 

「そうだ。何せ七騎対七騎による聖杯大戦、だからな。イレギュラーに備えるのは当然のことだ。とはいえ私自身、可能性としてしか考えていなかったからな。彼女の存在について認知したのも私の放っていた使い魔の監視の目に引っかかったからだ。敵はあくまで“赤”の陣営。警戒は個人的なものでしかなかった」

 

 暗に、黙っていたのではなく警戒すべき脅威として個人的な領域を出ないために口にしていなかったとアルドルは言う。

 その言葉に嘘偽りはないのだろう。口調も態度も淡々としており、特に何かを隠している風にも見えない。

 

「だからこそこの状況は運がよかったな。“(こちら)”のバーサーカーとの戦闘から推測するに、“赤”のバーサーカーの宝具は受けたダメージを魔力置換し、カウンターを放つというものだろう。蓄積したダメージを考えれば城塞は疎か、街そのものにも影響を出しかねん、であれば──」

 

「聖杯大戦の恙ない進行を目指すルーラーのサーヴァントであるならば街を守るために“赤”のバーサーカーを防ぐ……と」

 

「そういうことだ」

 

 それが此度の戦場の幕を引くためのプラン。

 カウレスに語り、ダーニックの了承を経て、そしてケイローンの手伝いを借りて、状況を仕立て上げたアルドルの狙いであった。

 

 中立の立場にて聖杯大戦の進行を裁定するルーラーを巻き込んで、“赤”のバーサーカーによる自滅の巻き添えを防ぎ、“赤”より駒を一つ落とす。

 “黒”のライダーを失って、駒の一つを失点した“黒”の陣営にとっては敵と総数をタイに戻す『引き分け』の状況を作る好手と言えるだろう。

 

「まさにこの状況における最良の選択と言えるでしょう。意図して“黒”の陣営に加担させるのではなく、あくまで“赤”の陣営の自滅が齎す街への被害を防ぐという形ならば中立の立場であるというルーラーも間違いなく干渉するでしょう」

 

「一地方都市とはいえ街一つが消し飛べば世界への影響力は考えるまでもないからな。或いは離島の類であれば魔術協会の口封じも効いたのだろうが、地続きの街では風聞もある。ルーラーという立場を考えれば必ず“赤”のバーサーカーの自滅を防ぐために行動するだろう」

 

「ええ──本当に」

 

 本当に何処まで見据えているのだろう、と賢者たるケイローンをして思う。

 聖杯大戦という一世一代の勝負。

 賭けを挑んだのはダーニックで、彼自身はあくまで一族の期待を背負う次期当主という立場のはずだが、彼の目、彼の読み、彼の考察はまるで未来を知っているかのようにしてこうも簡単に状況を作り上げる。

 

 事ここに至るまで予想外は多々あったのだろう。儘ならないと自ら口にしていることからもこの事態は予期せぬ事態であったということにも間違いはない。

 

 なのに彼はその状況からであってもこうして事態を収めてみせる。さながら状況自体は未知であっても似たような経験はしたことがあるとでもいうように、或いは戦場に立つ駒の動きを知っているが如くに、未知の盤面を自らの都合がよい状況へと持ち込んでしまう。

 

 それは優れた軍師や戦略家にも似た手腕だが、手腕以上に恐ろしいと思うのはこの聖杯大戦に対して彼が鉄面皮の下に隠している情熱だろう。

 

“ユグドミレニアの魔術師は少なからずこの聖杯大戦に関して自らの存亡を賭けて戦っている。ダーニック殿は勿論のこと、マスターも、カウレス殿も”

 

 あまり言葉を交わさなかったセレニケは伺い知れないが、少なくともゴルドにも当人なりの形で聖杯大戦に対する意気込みを示していただろうし、興味が無いと言いつつも一族の事だからと協力しているロシェもそうだろう。

 

 だがアルドルだけは明らかに突出してやる気(・・・)が違う。まるでこの一戦に生涯を賭けていると言わんばかりにこの聖杯大戦に至るまでに尋常ならざる積み重ねと燃やした情熱が垣間見える。

 どのような状況に対しても最善手が打てるのは正にこのためだろう。土台の桁が違うのだから多少の想定外(揺らぎ)では崩れないのだ。

 

 故にアルドルという人物をケイローンは測りかねているのだ。

 熱源が見えない。

 一族の期待を背負っているのは間違いなく、当人もまたそれに応えを返せる程度には強い責任感と一族への愛着を有している。

 しかしそれを措いて尚、一生を賭けたと言わんばかりに準備を積み重ねるほどの熱量のほどは明らかに責任感や愛族心の一線を越えている。

 

 一族や立場とは別に、この聖杯大戦に対して望むことがあるからこその情熱である。とはいえ彼の願いはユグドミレニアの勝利と栄光という一族の悲願に終始一貫している。そこに私心は見受けられない。

 

 理解(わか)らない。知れば知るほどに、近づけば近づくほどにアルドルという人物からは遠ざかっていくような感覚はケイローンをしても未知だった。

 恐らくユグドミレニア一族のものはこの違和感を感じていないのではないだろうか。なまじ当人が愛族心を持っていることを知っているから、それを当たり前のように感じているからこそ、源泉の不明に気づかない。

 

 彼はなぜこれほどまでにユグドミレニアという一族に、いや、聖杯大戦という一戦に自らを賭しているのだろうか、と。

 

「──なにか疑念か、アーチャー。私のプランに不備でもあっただろうか? だとすれば教えてくれるとありがたい。ギリシャ神話随一と言われた貴公の知見はより盤面の解像度を上げる手助けとなってくれるだろうからな」

 

 ケイローンの人物を測る視線を疑念と捉えたのか、アルドルが視線のみをこちらにやってこちらに問うてくる。

 顔は常に戦場に向けたまま、どのような事態が起きても決して見逃すまいとただひたすらに眼前を見据えており──だからケイローンは素直に問うてみることにした。

 

「いえ、プランについては私から言うことは何も。強いて言うならばルーラーの防御能力ですが……」

 

「ああ、そちらに関しては心配はいらないだろう。元より中立として召喚されるルーラーのクラスには幾分かの特権がある。立場上、複数の英霊を相手取ることも考えられるからな。ステータスは通常のサーヴァントより大幅に強化(ブースト)されていることだろう──他に懸念点が?」

 

「個人的な疑問を。マスターより貴方の願いはユグドミレニアの勝利と栄光、ひいてはこの聖杯大戦の勝利こそが願いだと聞いています。貴方自身、それを実際に公言していることもまた」

 

「その通りだ。私は聖杯大戦においてユグドミレニアの勝利を、栄光を望んでいる。それこそが私の願いであり、聖杯に賭ける祈りだ」

 

 そう、それは既にもう何度も周囲も、そして当人自身も口にした彼の願いと誓いの言葉である。であれば──。

 

「では具体的には? ユグドミレニアの勝利を経て貴方は大聖杯をどのように利用するつもりなのですか? ダーニック殿は大聖杯を魔術協会に代わる新たな象徴とすると言いましたが、貴方はどのようにユグドミレニアに栄光を齎すと?」

 

 ケイローンは直球の疑問を投げかけた。

 彼の真実。彼の真意。それらは今も不明なれど彼が全てを賭けるに値すると決意し、必勝を誓ったであろう聖杯大戦を越えた先にある結果(こたえ)

 それを見極めるためにもケイローンは従者(サーヴァント)の領域を踏み越え、未知なる魔術師の願いの全貌を問う。

 それに対してアルドルの方は少しだけ驚いたように眉を顰め、次いで納得したように頷いた。

 

「ああ、確かにそちらのプランについては話していなかったな。というより一族の者にも語ったことは無かったか──まあ厳密には語れなかったの方が正しいが、しかし、成程。そうであれば貴方が私に疑問を持つのは当然のことだったな」

 

「……秘すべき内容、ということでしたらこの疑問は無かったことに」

 

「いや、良い。聖杯大戦に関わる戦略ではないのなら無駄な不明を抱えることは疑心暗鬼にも通じるだろう。できればマスターであるフィオレにも黙っていてほしい内容ではあるのだが……」

 

「我らが神に誓って。その秘密が我がマスターを害するモノでない限りは必ずや秘密を周囲に漏らさぬと約束します」

 

「そこまで厳密に守る必要もないのだがな、全く」

 

 律儀な人だとアルドルは不思議な情動でケイローンに見る。

 目を細めながら何処か眩しがるように。

 

「分かった。では私の考えるプランを話すとしよう。どこから話そうか……そうだな、まず前提として一つ、話しておくべきことがあったか」

 

 語るべき内容を整理するためだろう。トントンと軽く彼は指で自らの額を数度叩き、そして思い出したようにして……ケイローンですら予想外の、およそユグドミレニア一族の誰かが聞けば驚愕するだろう真実を口にする。

 

「実のところ、私はもう長くない(・・・・・・・・)。恐らくはダーニック以上に、この身に残されている寿命(じかん)はもう無いんだ」

 

「──はっ?」

 

 その言葉を理解するのにケイローンですら数秒かかった。

 この聖杯大戦を勝利した暁に齎されるであろうユグドミレニアの栄光ある未来。その成果に浸れるだけの時間がもう残されていないのだと、未来あるはずの次期当主はまるで何でもないことを告げるようにあっさりと口にする。

 

「元々、色々な無茶を重ねていたのだがな。以前参加した南米の亜種聖杯戦争で致命的なやらかしをしてしまった。ダーニックらには右目を失ったと説明したのだが、実際の所それは魔眼に挿げ替えるための口実でね。実際は肉体(・・)を失った。より厳密に言うならば瀕死のままというべきかな?」

 

「それは……では今の貴方は──」

 

「胡蝶の夢……私の魔術成果を利用したクローン体。ホムンクルスとは違った肉体の挿げ替えだな。または本体から投影した影と例えてもいい。今は主人格(メインアカウント)を乗せているから、これが死ねば実際私も死ぬわけだが……本体という訳ではないんだ。そうだな……サーバーに繋げた親機、この例えで通じると良いのだが……」

 

「……つまり今此処に在る貴方は本体ではなくとも、本体の持つ能力全てを委譲された器であり、本体ではないものの今の身体を破壊されれば実際に死に至るということでしょうか?」

 

 優れた魔術師の中には例えば自らのホムンクルスを作って滅びゆく肉体から自らの魂や記憶を投影して生き永らえる者も居るという。

 アルドルはそれと原理は異なれど、似た状態ということだろう。瀕死の肉体が抱えていた人格を他の器に移して万全であるかのように振る舞っている。

 

 違いがあるとすれば新たな肉体を作って延命を促すホムンクルスの方式とは異なり、器はコピー体であっても今も本体に通じているアルドルは本体が死ねば、主人格を有する今の彼も死んでしまうということか。

 

「ああ、その理解で間違いない。流石はギリシャ随一の賢人。聖杯からの知識があるにせよ、素晴らしい理解力だ。素直に敬服する」

 

「いえ、それほどのことでは……いえ、すいません。話の続きを」

 

「──そういうわけで私はもう長くない。今も瀕死である私の肉体に辛うじて残された寿命が尽きれば私も死ぬ。今の現状は聖杯大戦で万全の状態で戦えるよう整えただけのものだ。この器自体長く維持できるものでもない」

 

 ……付け加えると今のアルドルはその魂から『アルドル・プレストーン・ユグドミレニア』を抽出し、構成し、そこに主人格を乗せたものである。

 

 魔術世界におけるアトラス院の魔術師たちが操るという『分割思考』。それを知っていたアルドルは出生に由来する特異性を利用して、自らの魂を九つに分割している。

 これはアルドルが元より特異な存在であることと旧友の協力を得ながらも意図して行った起源覚醒によって成立させた荒業だが……。

 

 《 》にして普遍かつ不変たる魂を持つ彼は自らの魂が辿った九つの生涯を分割して、駆動させている。

 これこそがアルドルの『工房』、九つの巡る千年樹(ナインヘイム・ユグドミレニア)に『楔』として収められた今の有り様。

 群霊黄金宮──九つの生涯(たびじ)を辿った魂の源泉。

 

 個にして一群。それがアルドル・プレストーン・ユグドミレニアが狂気じみた情熱の果てに辿り着いた形。

 そして今の彼の肉体は当代の命に他の旅路の記録を転写したアルドル・プレストーン・ユグドミレニアという性格を基準とした総群ということだ。

 

 とはいえこれがどれほどの偉業にせよ、やったことはただの小分けだ。元々は一つであるはずの魂を『起源』に刻まれた記録を元に九つに分割しているのだ。

 文字通り魂を切り分ける所業はダーニックをしても恐怖を通り越して狂気の領域であり、それだけでもアルドルは寿命は疎か、霊格をも削っている。

 

「まあ、そんなわけで私は長くない。加えて、ただでさえ無茶をやった身体(うつわ)に分不相応なものを乗せた挙句、不治の傷まで受けてしまった。南米の結果を受けて私はもう聖杯大戦以降の生存については元々諦めている」

 

「……ならば大聖杯を用いて延命をするというのは」

 

「それでは本末転倒というものだろう。大聖杯はユグドミレニアに栄光を齎すためのモノ。それをたかが(・・・)自らの生存のためにだけ使うなど、そんな愚かなことを私は望んでいない。栄光(そこ)に自らが在る必要はないのでな」

 

「────」

 

 ……ケイローンは忘れていた。

 なまじマスターであるフィオレが魔術師にしてはまともな…否、魔術師としての才能に恵まれざる人物だった故だろう。

 さらに言うならば彼の表面がユグドミレニア次期当主という肩書も相まって一族の期待を背負う若き魔術師というものだったこともある。

 

 しかし──彼は魔術師(・・・)なのだ。

 一族の未来という一見して至極まともな願い──その下には千年樹の総括とも言える成果に相応しい狂気(すがた)が在った。

 

 長く付き合ったフィオレやカウレス、ダーニックですら気づかなかったであろう魔術師としての本性が、遂に姿を見せる。

 

「だから、その時点で自らの命の成果にユグドミレニアに栄光を齎すと誓った。奇しくも研究していた理論を現実にするための亜種聖杯も手に入った。だからこそ、その時に大聖杯に託す願いも決めている」

 

 ──北欧神話における世界樹(ユグドラシル)

 神話世界における宇宙(セカイ)そのものだが、その名称の原義は今を以って不明だという。

 その最大の理由は北欧神話自体が口伝や伝承によって伝えられた神話であり、かつて聖堂教会が自らの教義を北欧に齎した際、原典との乖離を起したからでもある。

 

 現在における研究ではユグドラシルとは即ち大神オーディンが持つ異名(ケニング)に由来するオーディンの馬だという解釈をされているが、これは字面のままの意味ではない。

 ユグドラシルの恐ろしき者(ユグ)とは他ならぬオーディンの事を指し、(ドラシル)とは原始ゲルマン語における木の枝──つまりは絞首台の暗喩である。

 

 元より智慧を得るために首を括って全知を得たとされるのがオーディンという神である。であるならば彼が君臨する世界……彼が自らを犠牲としても尚、守ろうとした世界という意味だとすれば……。

 ユグドラシルとはオーディンが絞首刑(ぎせい)となった世界と解釈することもできるだろう。

 

 そして此処に──かの神と同じ名を背負う魔術師がいる。

 彼の名は先祖返り(ヴェラチュール)

 彼の願いは一族の栄光と勝利。

 ならばこそ──やるべきことは生まれる前から決まっている。

 

 

「神話再演──今再び、私はこの世界に世界樹(ユグドラシル)を再現する。元より魔術協会(セカイ)に喧嘩を売った以上、抗するにはこちらも世界である他あるまい。無謬たる私の固有結界(セカイ)を大聖杯の力を以って強固なものへと具現化し、我が一族に千年の繁栄を」

 

 

 告げる魔術師に、あろうことか英霊(ケイローン)は圧倒される。

 その情熱、その意志、その願いに。

 ユグドミレニアの誰よりもアルドルは勝利(えいこう)(ねが)っていたのだと、この時ようやく、不明の正体に辿り着く。

 

 これは違う(・・)。違い過ぎる。

 胸に宿した熱量の桁が違い過ぎて勘違いを起こすのだ。

 彼は真意を口にしているのに。

 受け手が真意を勘違いするのだ。

 

 彼は真実──ただ千年樹の栄光を求めているというのに。

 

 そう──人類救済など荷が勝ちすぎる。

 人間が大切だと思えるのは常に身内であり、愛すべき隣人たちだ。

 世界(モノガタリ)が彼らを犠牲にしなければならないというならば、世界(モノガタリ)こそが彼らの犠牲になればいいと思う心を誰が否定できようか。身内びいきと笑うが良い、聖人君子ども。

 誰かのために犠牲になる……正義の味方の真似事など、運命に迷い出た凡夫には遠すぎる理想であれば、凡夫は分不相応の理想を目指すのみ。

 

「それが私なりのユグドミレニアの栄光だよ。納得したかな? ギリシャ神話随一の大賢者よ。では聖杯大戦(ラグナロク)を続けよう。かの聖女の奮戦をせいぜいこの目に焼き付けるとしよう」

 

 それが物語に焦がれ、そして物語を犠牲にする者の最低限の責務だとアルドルは胸に感傷を抱き、戦場を見下ろした。




今回のあらすじ

「ぼくがかんがえたさいきょーのユグドミレニア!」

「──(ドン引き)」
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