千年樹に栄光を   作:アグナ

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「ならばどうする? 救国の聖女よ」



掲げるは救国の旗

 祭典が終わり、静寂が満ちる。

 平原には瓦礫と化したゴーレムやホムンクルスの死骸が散見し、隕石が落下したとしか思えない程のクレーターまで見受けられる。

 しかし戦場跡地に残されるだろう死者の無念や呪いの類は一切見受けられず純然たる暴力が全てを破壊した後のような完全なる静寂がそこにはあった。

 まるで死者の念すらも木っ端みじんに砕いたかのような沈黙は正しくこの戦がどれほど過酷で壮絶なものであったかの証明であろう。

 

 その有様を見渡しながら、この聖杯大戦の調停を担う者──裁定者(ルーラー)ジャンヌ・ダルクは浅い吐息を漏らした。

 

「これが、聖杯大戦」

 

 計十四騎もの英霊が二つの陣営に分かれて殺し合う戦場。

 改めて口にし、思う。

 なんて凄惨な戦いであることだろうと。

 

 現代戦においてはこれだけの破壊、これだけの死者を積み重ねるのは簡単である。人類の科学技術は既に空を越え、宇宙(ソラ)へと至っている。子供であっても火器を取れば容易く百人を殺せるだけの兵器が開発され、二つの大戦を経て人類は自らの絶滅すら容易な超級の爆弾まで完成させているのだ。

 目前の戦場を作ることなどそれこそ魔法の、英雄の手を借りる必要さえないのが今の時代である。

 

 だから恐るべきは破壊の後ではなく、その内実。これほどの破壊、これほどの惨状が事実上たった十四騎の英霊によって作られたということだ。

 鉄の翼が無くとも音すら置いて駆け抜ける騎馬が在った、剣にて大地を分かつほどの剣士が在った、一矢にて千を殺す弓兵に、次元の狭間を縫う幻馬、城塞を爆砕する槍兵に、万の杭を操る恐るべき領王。

 

 英雄という規格外の存在がその力を思うままに振るうだけで世界はこうも簡単に壊れていってしまう。これが聖杯大戦。

 七騎と七騎の英霊が相争うということ。

 

 その事実をまざまざと見せつけられて、ルーラーは小さく首を振った。

 ……ふと、戦場を歩む中、傍らの死骸と目が合う。

 ホムンクルスである。見た目から見受けられる推定年齢は十代。この時代においてはまだ少年と言われるだろう時分の見た目だ。

 

 瞳に生の輝きは無く、既に亡くなって半刻以上経っているようだ。

 無表情に近いその顔には無念はなく、後悔もなく、ただ疑問を浮かべるような何故という表情があった。

 

「……主よ、願わくば御名の下、彼らに静かな安息を──」

 

 口にして思わず、感傷だと自らを戒める。

 そう己もまたこの戦いの当事者である。

 ならば彼らに対して憐憫を抱くことは偽善としか言えないだろう。

 

 しかし偽善であっても思わずにはいられない。英霊という極大の大災害を前に何を抱くこともなく消費された生命。

 その苦難を前に彼ら一人一人が感じたであろうそれは人であれば、心があるならば、無感ではいられまい。

 

 戦場に人生を終えた彼らにせめてもの安息を、と願う祈りの言葉は何処までも清廉で純なるもの。自らを偽善者と戒めながらも彼女の祈りに嘘がないのは第三者がいれば誰しも理解できることだろう。

 されど祈りも一瞬、頭を振って意識を切り替えたルーラーは、その呼び名に基づく自らの役目を遂げるため、再び戦場を俯瞰して思考する。

 

「戦場の規模こそ通常の聖杯戦争以上のものでしたが、何れの参加者にも不明は見られませんでした。“黒”も“赤”も聖杯を求めて互いに激突し、自らの全身全霊を懸けて戦っていた」

 

 “赤”のランサーによる開戦の号砲(宝具)から始まり、平原とトゥリファス市街とミレニア城塞で起こった三つの戦線。

 ルーラーとして通常のサーヴァントの枠に収まらない規格外の性能を秘めた彼女は三つの戦線を確かに知覚している。

 

 そしてその上で思うのは戦場に一切の不正や不明が存在していないという事実である。破壊の規模は見ての通りだが、両陣営は真っ当なまでに互いの力と智慧を駆使して激突し、自らの陣営に勝利を齎さんと奔走した。

 そこに神秘を知らぬ市民を巻き込む意志も、度を越えた破壊を行う悪意も、秩序を侵さんとする脅威も存在してはいない。

 

 何処までも真っ当な聖杯大戦(ルール)上の戦い。

 なればこそ思うのは何故自分はこの戦いに招かれたのだろうという疑問だ。

 

 元よりルーラーと呼ばれるクラスが聖杯戦争を正しく運用するための存在であるのは既に周知の事実だが、この通りルーラーが出るまでもなく聖杯大戦は恙なく行われている。

 神秘が外部に流出する様子もなければ、大戦という例外(イレギュラー)を超える例外(イレギュラー)も今のところ見受けられない。

 

「……だとすれば戦そのものではなく参加者の思惑が原因? 考えられるとすれば参加する魔術師たちの願い。聖杯に捧げる祈りの方に危険があるという可能性になりますか」

 

 その場合、確かにルーラーは呼ばれるだろう。例えば全人類の抹殺を聖杯に祈る、ないしはそれに匹敵する世界規模で影響を及ぼしかねない願いを抱くマスターが存在するとすれば、その場合確かにルーラーは招かれる。

 

 聖杯大戦を正しく運用することもルーラーの役目であるが、同時に聖杯が正しく運用されることを見送るのもルーラーの役目だ。

 たとえ勝者であっても世界の敵に祈りの杯を明け渡すわけにはいかないが故に。

 

「戦場を俯瞰するだけでは答えは見えませんか、やはり此処は“黒”の陣営と“赤”の陣営、彼らの思惑を知るためにも直接接触する必要がありますね」

 

 ルーラーは一人頷き、自らがすべき行動を確信する。

 こうして外から見るだけでは聖杯が彼女を呼んだ真実は見えてこない。危険は多分にあるものの、陣営ごとに分かたれた七騎の英雄たちの主に対面しなければ自らが担うべき役割を悟ることは出来ないのだろう。

 

 そこまで、考え、ルーラーは自らの胸に手を当てる。

 

「……でも、何故(・・)?」

 

 口にする疑問は胸に飛来する空ぶるような感覚から。

 自らが口にした行動に間違いはないはずなのに、それが正解だとも確信できない霞を引っ搔いたかのような不確かな感触だ。

 

 そう──この聖杯大戦に関わるようになってからルーラーはずっとこの感覚を味わっていた。まるで舞台から外されているかのような疎外感、大事は既に起きているのにその当時者から決定的に外れているかの如き感覚。

 

 ズレている、何かが可笑しい。

 そう感じているのに、そこに辿り着けないような……。

 正に五里霧中としか言いようのない違和感。

 

 何よりもそれを掻き立てるのは、本来ルーラーとして彼女に備わっているはずの能力が正しく機能していないこともあるだろう。

 いわゆる『啓示』と呼ばれるルーラーが持つ特性。剣士クラスのサーヴァントが持つ『直感』とは異なる第六感。目標達成のために取るべき最適の道を示す天からの声が本来の、裁定者である彼女には備わっているのだ。

 

 だが今は何故かそれが聞こえない。

 彼女を突き動かして然るべき“主”の声が今は欠片も聞こえないのだ。

 いや厳密には、聞こえにくいというべきか。

 

 まるで“主”ならざる異なる原理が働いているかのように、彼女と“主”の間に空白が横たわっているのだ。

 それが行われてしかるべき交信を遮断している。最たる道を霧が霞ませているが如くに。

 

「こんな感覚、初めてですね」

 

 ルーラーの心を微かな不安が波を立てる。

 迷いなく自らの道を進んできた彼女にとってこの感覚は未知のものだ。

 進むべき前が見えぬなど果たして生前にもあっただろうか。

 

 しかしルーラーとして招かれた以上は迷い子だろうが止まることは許されない。前は見えずとも、先が視えずとも、自らが現世(ここ)に招かれたという事実そのものが何らかの危機がこの戦いにあることを示している。

 

 なればこそ自分は、正しく役割を遂げるのだ──。

 

「主よ、どうか力を……」

 

 ギュッと拳を握りしめ祈りを口にし顔を上げる。

 ……此処から一番近いのはミレニア城塞に居を構える“黒”の陣営。中立である自分にとっては敵地に等しい場所であるが、怖気づいてなどいられない。

 己が真実を掴み取らんと、いざルーラーは一歩を踏み出し。

 

雄々々々々々々々々々々々々(おおおおおおおおおおお)───ッ!!!!」

 

「ッ!?」

 

 天を割るが如き雷鳴のような咆哮に身を竦める。

 なんて猛々しい咆哮であろうか。

 まるで太古の竜を思わせる声を上げ現れるは巨大なナニカ。

 

 顔がある、牙がある、腕があり、足がある。

 されどどれ一つとってもルーラーが記憶している生命の形には無かった。

 もはや肉塊としか形容できない巨躯の身体、触手じみた形で生える複数の手と足に、グズグズとパーツが不揃いの面貌。

 

 悍ましいとしか形容できないその異形を、ルーラー特権──『真名看破』の特性を有するルーラーは一目でその正体を看破し、驚愕を口にする。

 

「“赤”のバーサーカー……!? 真名、スパルタクス……!!」

 

 其はトラキアの反逆者。

 絶望に抗い、自由を手にせんと剣を取った偉大なる英雄。

 紀元前はローマの地を席巻した剣闘士!

 

「おお!! 正しくそれは民を惑わす圧政の光ィ!! ならば反逆である! 殴殺である! 我が愛を受け入れるが良い!! 圧政者ァァァ!!」

 

 ギョロリと魚眼じみた異形の目がルーラーを射抜くや否や、問答無用とばかりに巨木を思わせる腕がルーラーの頭上に落ちてくる。

 咄嗟に彼女は獲物である聖旗を自らの手に召喚し、拳を受け止め、叩き潰される結末を寸前のところで回避する。

 

“くっ……重い、ですが……!”

 

 通常のサーヴァントを超える性能を有するルーラーの肉体をも軋ませる剛拳はなるほど素晴らしいが、それでも彼女はルーラー。

 

「く、ああああッ!!」

 

「おおおおお!?」

 

 この聖杯大戦を裁定する者なれば、その膂力もまた並のサーヴァントを遥かに凌駕するものである。

 振り下ろされた剛拳を全力で跳ねのける。

 獲物と定めた叩き潰さんとした者からの思わぬ反逆に、異形たる“赤”のバーサーカーは仰け反り、驚き、その顔に喜悦を浮かばせる。

 

「おおおお! 何たる力!! 何たる暴力!! これこそが民を惑わせる圧政者の証明!! ならば反逆しなければなるまい! 反逆こそが我が全てェ!!」

 

「ッ! 止めなさい! “赤”のバーサーカー! 私はルーラー! 真名をジャンヌ・ダルク! この聖杯大戦の裁定を担う者です! 貴方の敵は──」

 

「おおおお! 圧政者よ! 汝を抱擁せん!!」

 

 ルーラーの言葉など届かないと言わんばかりに繰り出されるは手、手、手。

 五指それ自体が岩石すらも粉砕しかねない巨大な手が今度はルーラーを握りつぶさんと伸びてくる。それをルーラーは得物の聖旗で弾き、逸らし、巨大な手の隙間を縫うようにして脅威から身を躱す。

 

 そうして厳しい眼光で“赤”のバーサーカー、異形と化した英霊スパルタクスを見据え、歯噛みするように声を漏らす。

 

「こちらの言葉は届きませんか……評価(ランク)規格外(EX)の狂化。これが狂戦士として招かれた英霊スパルタクスですか。勝つためとはいえ、“赤”の陣営はなんてことを──!」

 

「おおおおお圧政ィィィィィ!!!」

 

 再び振り下ろされる拳を飛び退く形で回避し、立て続けに伸びてくる手を聖旗で叩き落し、突き刺し、軌道を逸らして切り抜ける。

 それでも、何度でも何度でもと手を伸ばしてくる“赤”のバーサーカーの様はまるで光に群がる虫のよう。

 数秒後の破滅を悟りながらもそうせねばならぬと半ば衝動のような意志で以て暴力の触手をルーラーへと伸ばす。

 

 常軌を逸した狂気が生む行動。ルーラーの目に映るスパルタクスの身に宿す狂気はもはや上限を遥かに超えている。これではきっと制御なんて出来はしまい。たとえ令呪の如き絶対命令権を行使したとしても命令を聞かせられるかどうか。

 或いは最初から制御などかなぐり捨てて使い捨ての兵器としての運用を目指しているのかもしれない。でなければこの聖杯大戦における中立のルーラーに襲い掛かるなどという暴挙に出ることはないだろう。

 

「ですがどのような理由があれ、私に手を出してきた以上、容赦は出来ません。たとえ意図したものではないにせよ、我が目的を阻むのであれば──」

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 眼前に現れた慮外の脅威を前に、“赤”のバーサーカーは肉袋じみた異形の形から手の数を増やし、計十四にも及ぶ巨大な手で以て目前の見なれぬ圧政者を叩き潰しに掛かり──。

 

「──裁定者(ルーラー)として、貴方を排除します」

 

 聖旗を括っていた紐が解けて旗が虚空に舞う。

 それをルーラーが掲げると同時、何者にも侵されまいと輝く無謬の光が全ての暴力から聖女の身を守護せんと瞬く。

 

 十四にも及ぶ規格外の暴力は、その全てが光輝の前に容易く弾かれた。

 絶望を越えて立ち上がった狂戦士を前にかくて聖女は旗を取る。

 

 故に──やはり盤面は未だ彼のもの。

 高き先祖返り(ヴェラチュール)の定めた運命の上。

 

 ミレニア城塞にて佇む魔術師は聖女の背中を静かに見つめる。

 

 

………

…………………。

 

 

 “赤”のバーサーカー──スパルタクス。

 狂戦士としてこの世に招かれた彼の胸に在るのは不屈と燃える一つの衝動、即ち圧政者を討ち取り、その先にある勝利(栄光)を手にせんという意志だ。

 

 無論、その意志は狂気でしかなく、どのような形であれこの世に存在する全ての圧政を打破せねばならないという衝動に終わりはない。

 圧政(それ)がこの世にある限り、永劫の時が流れようとも決して止まらないし、止まれない。自身ですら制御できない行軍を狂気と呼ばずに何といえよう。

 

 世界の誰よりも己自身が、己がどれほど狂っているかを自覚している。

 

 だが止まれぬ、止められぬのだ。

 この意志が、この両足が、この両手が、圧政者を打倒せよと叫ぶのだ。

 元より生まれついてより誰に従うこともできぬ性質だった。

 

 ……いや、いや、そうではない。そうではないのだ。

 

 蔑まれ、傷つけられるたびに自覚する快感。

 自分の中に沈澱し、積もっていく何かに愉悦を覚える。

 だから笑った。

 笑って、笑って、笑い続けて……それが臨界に達したときに、スパルタクスは反逆した。

 世に圧政者がある限り、自身の愉悦も憤怒も決して止まることは無いだろう。

 

 何故ならば。

 

『この胸に宿りし不屈の闘志が、尽きせぬ叛逆の灯こそが我が命、我が全て。逆境を乗り越えた果てに掴み取る勝利の果てにあるものこそ──』

 

 遠く夢見た理想郷。

 流した血に見合うと思った夢は何だったか。

 狂気に染まる思考には既にその輝きは思い出せない。

 

 けれども確かに、剣を取った理由があった。

 叛逆の果てにある輝きのために彼は剣を取ったのだから。

 

 抱いた大志に偽りはなく、貫くと決めた意志に揺らぎはない。

 だったら振り返る必要など何処にあろうか。

 そして──。

 

“全人類に救済を──”

 

 そう告げた一人の人間(・・)の姿を思い出す。

 かの者こそただ一人、誰もが夢見た理想を遂げんと足掻く反逆者。誰もが一度は夢にして挑み、膝を折ったその理想を現実にするために足掻く者。

 

 その願いに偽りはなく、その思いに嘘はなく、たとえ本音の部分ではどうしようもない人間への絶望があったとしても人類という総意が持つ未来をこそ信じた少年の姿は正しく世界に抗わんとする反逆者の背であった。

 

 たとえ理想郷へと至る果てにあるのもまた彼が認め得ぬ圧政の姿なのやもしれぬがそこに至るまでの道程にこそ苦難の道があると認めたからこそ彼は少年に手を貸すことを決めたのだ。

 

『──なればこそ、かの少年が征く道を切り開かん。朋友(とも)よ、戦友(とも)よ、いずれ我が圧政者()となるであろう大敵(とも)よ。今こそ我が窮極の一撃を以って全ての(圧政者)を討ち果たそう』

 

 あらゆる圧政を破壊し、全ての権力を打ち砕く。

 それこそがトラキアの反逆者(スパルタクス)である。

 

 そのために捧げよう命を、そのために掴み取ろう勝利を。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 叫ぶ。心の底からの咆哮を上げて圧政者を潰しに掛かる。

 旗を掲げる者、この戦場における絶対無二の圧政者。

 血で血を洗う戦地にて、尚も陰りを知らぬ無謬の光輝は正に清廉、正に鮮烈、諸人に勇気と希望を見せるその輝きは実に素晴らしい。

 

 故に叩き潰そう。全力で。

 

 拳を振り上げて叩き潰す。

 脚を振り上げて叩き潰す。

 

 されど光は健在である。夜の星々にすら劣る小さな小さな光は幾度の反逆を行おうとも朽ちず倒れず折れはしない。

 かつて絶望に抗った剣闘士のように逆境を越えた果てにこそあるものを信じて暴力の嵐を突き進む。

 素晴らしい。いいぞ、もっとだ。

 輝きが我が目を焼くたびに、我が意志もまた燃える。

 輝きが我が手足を切り裂くたびに、我が身体は猛る。

 

 何度でも何度でも。繰り返し繰り返し繰り返そう。

 世に圧政がある限り、スパルタクスも健在なり。

 

「雄々々々々々々々々々々々々々々々々々々々!!!!!」

 

 闘志を掲げていざ往かん。

 刮目してみるが良い、圧政者よ。

 疵獣の咆吼を。

 我が窮極の一撃を。

 

 これこそが星をも落とす反逆者の叫び(クライング・ウォーモンガー)

 その背に背負う圧政者(“黒”)の居城ごと潰えるが良い。

 紛れもなく生涯最高とも言える一撃を確信して、スパルタクスは笑った。

 

 

 

「流石はトラキアの反逆者。凄まじいな」

 

 地に輝く反逆の星を眺めて魔術師は呟く。

 戦場を見下げるその視界にはミレニア城は疎か、トゥリファスの街すらも一撃の下に粉砕しかねない凄まじい光だ。

 ともすれば記憶にあるかの大英雄の武の窮極(ナインライヴズ)を思わせる狂気を前に透徹した瞳は素直な感動の色を浮かべる。

 

 その強靭さ(つよさ)、外典においても何ら変わることはない。

 真実、世を覆った異聞に語られる王の支配すら跳ねのけた反逆の星はこの世界においても依然健在であった。

 仮に自力で抗うのであれば自らもまた全力を披露せねばならないだろうその光を前にされど魔術師は無防備のまま、問いかけるようにもう一つの光を見る。

 

「ならばどうする? 救国の聖女よ」

 

 直撃すれば諸共すべてが粉砕される窮極の一撃。

 偉大なる反逆者は全てを巻き添えにして圧政者たちを打ち砕くことだろう。

 そこには無論、今も街で暮らすだろう無辜の人々も含まれる。

 

 かつて反逆者が胸に抱いた夢の果て。逆境を乗り越えた先にこそ手にするはずだった未来を生きる人々の命を、彼は意図せず屠ることとなるだろう。

 それは英霊スパルタクスにとっては紛れもなく、傷となるであろう無念であり、不名誉であり、だから──。

 

 

我が神は(リュミノジテ)──」

 

 

 やはり(・・・)聖女は旗を取った。

 その両眼に確かな敬意と、同時に鋼のような意志を浮かべて。

 常に先陣を駆け抜けたという聖女が手にした唯一無二の武器がその姿を顕現させる。人を傷つけるのではなく、人を立ち上がらせる光の名は。

 

 

ここにありて(エテルネッル)!」

 

 

 真名解放──星をも砕く一撃を無謬の光輝がその一切を阻んだ。

 ルーラー、聖女ジャンヌ・ダルクが有する評価(ランク)規格外(EX)の対魔力を物理的霊的問わずに守りに置換するこの宝具を前に全ての害意は無意味と化す。

 苦悶を押し殺して力の奔流に抗う聖女の背中は何とか弱く、そしてなんと気高い様であることか。

 誇り、意地、愛、勇気──善と呼ばれる輝きを胸に絶対的な暴力に抗う背中は正しく聖女の名に相応しい姿である。

 

「………………」

 

 この一時、この一瞬に魔術師はその背に見入る。

 かつてそれに魅せられたものの一人として。

 或いは、それは自分に課せられた義務だとするように。

 

 抗う聖女の背中をその眼に焼き付ける。

 

 ……一つの未来があった。

 絶望の中に生まれた少年と、絶望すること無き聖女が出会い、短くも美しい時間を共に笑い、共に悲しみ、共に分かち合う。

 やがて訪れる別離の果て、永遠の時間の彼方に再び出会う──そんな恋と希望の夢物語。

 

 されど魔術師は手折った。

 全てを識った上でかつて焦がれた未来(ユメ)を絶った。

 憧れたのは本当で、叶うことならそんな世界も悪くないと。

 彼ら彼女らの幸せを願ったのに偽りはない。

 

 だが、その未来に栄光は無かった。

 その一点のためだけに魔術師は全ての可能性を殺したのだ。

 後悔はなく、無念はない。

 生きると決めたその時から過去は全て捨て去った。

 ならばこの感情は感傷でしかなく、今更抱く意味もない。

 

「心の贅肉という奴かな、これが。──やれやれ、どれほど固く誓ったところで所詮、()は凡夫だな。どう足掻いても好きなものは嫌いになれん。つい寄り道したくなってしまうのだから」

 

 はぁと人間らしく嘆息してみる。

 少々不思議な体験をしたところで性質は変わらない。サイコパスが生まれた時からそうであるように、どれほど超然と振る舞い、自分を律して、心を強くあろうとしてもそれに徹せるほど残念ながら魔術師は道を外れられない。

 

 なんせこっちは物語の主人公じゃないのだ。世界に紛れ込んだ少々稀有な砂粒でしかない。運命を持たずに運命に抗おうとする凡夫なれば。

 

「とはいえ、贅沢も此処までだ。賽を投げた以上、止まれないし、止まるつもりもない。……見たいものは大体見たし、此処までだな」

 

 美しい光輝から視線を外して身を翻す、先ほどまで浮かんでいた感傷はもう存在せず、そこには超然とした一人の魔術師があるのみ。

 

さらばだ(・・・・)()が一時夢見たものよ」

 

 そう告げて魔術師は闇の中へと消え去った




今回のあらすじ

聖女様「貴方のような英霊に無辜の民を殺させはしない」

反逆者「アッセイ」

魔術師「流石だわスパP。聖女もすげー」
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