千年樹に栄光を   作:アグナ

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──光あれ


黎明の箴言/深謀の聖者

 ──翡翠の大樹が鎮座している。

 

 ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアが大聖杯を起動するに足ると見定めたルーマニア国内屈指の霊地、トゥリファス。

 

 その霊地の中心に据えられたミレニア城塞の地下深くより土地の霊脈に根差し、そこからトゥリファス全土の霊脈に根を伸ばしている。

 この翡翠の大樹の名を『九つ廻る千年樹(ナインヘイムユグドミレニア)』。

 

 ユグドミレニア一族の集大成とも言える千年黄金樹たる天才、アルドル・プレストーン・ユグドミレニアによって作られた……否、創られた魔術師にとって工房と言われる代物であり、同時にアルドルが振るう『神話再現』の根幹を成す魔術世界においても屈指の神秘と完成度を誇る決戦術式(ファイナリティ)

 

 アルドルがその人生の大半を使った果てに北欧の深き森の中から見出したとある神話の遺産と樹木崇拝の概念を用いた再現術式を以てして成立させた世界樹(ユグドミレニア)の模倣体。

 一時的な展開ではなく、霊脈を土に例えてそこから魔力を継続的に吸い上げることで瞬間的ではなく継続して展開され続ける固有結界として在り続ける。

 

「とはいえそれも『私』がこの世に存在し続ける間の話、だがね」

 

 コツと足音を立ててアルドルは自らの創り上げた大樹を見上げる。

 “赤”の陣営の英雄たちが撤収し、簡単な事後処理を済ませた後、自らの工房へと足を踏み入れたアルドルは誰に聞かせるでもなく呟きながら視線を大樹に向けた。

 ……いやより正しく言うのであれば、翡翠の大樹の中央。

 まるで聖堂教会の奉ずる救世主が如く磔にされている『楔』をこそ、彼は見た。

 

 『楔』は正に満身創痍であった。

 肉体の至る所には剣でつけられたと思わしき裂傷の数々、肩や足には痛々しいまでに矢が突き刺さっており、夥しいほどの流血痕が存在している。

 さらには霊視してみれば肉体のみならず、その魂までも考えられない程に損耗しており、さながら器に見合わないデータを挿入した結果、情報量に耐え切れなくなった演算装置の様に今にも壊れてしまいそうだ。

 

 肉体的、精神的にも拷問が如き責め苦を受けたような有様の『楔』は、されどその傷を治すのではなく、その瞬間を切り取った状態で停止している。

 言うなれば死の瀬戸際の刹那、次の瞬間の死を変えるのでも遠ざけるのでもなく、引き伸ばしている(・・・・・・・・)

 

 なるほど──確かにその方法ならば魔法や奇跡に頼らずとも『楔』は生存し続けるだろう。だが果たして、拷問が如き苦痛と崩壊しかけた魂の死の瞬間を引き伸ばし続けることで得られる生存を『生存』と定義できるかは人に依るだろう。

 

 だが……余人はともかく本人にとってその答えは『楔』の表情を見れば一目瞭然だった。

 

 苦痛を噛み締めた厳しい表情。

 されどそこには決意の色が見る者を戦慄させるほどに満ちている。

 まるで巌の様に、或いは荘厳なる『■』の如くに。

 

 磔にされた生贄が如き大樹の『楔』。

 固有結界(セカイ)の核たるアルドル・プレストーン・ユグドミレニア本来の肉体は自らに課した冠位指定の実現まで沈黙を保ち続ける。

 

「まるで鏡を見ているようだ、と。まあ概念的な意味において実際鏡には違いないのだがね。その場合、鏡の向こうが私に成るわけだが」

 

 そう、そしてこれこそが南米亜種聖杯戦争において絶体絶命の致命傷を受けたはずのアルドルが表面上無傷のままに振る舞えたことの真実だった。

 

 抑止の使者たる自らのサーヴァントと南米亜種聖杯戦争にて激突した果て、勝利したアルドルだが、その身に受けた傷だけは如何ともしがたかった。

 不死殺しや不治の宝具を受けたことに加え、かのサーヴァントを撃退するためにアルドルが払った代償によりもはや魂は辛うじて存在しているという状態にまで追い詰められたのだ。

 もはや次の生存など夢の話で聖杯大戦までの数年など以ての外、よってアルドルはその時点において傷の治癒……己の生存を諦めた。

 

 発想の転換である。要は願いが叶えば良いのだ。

 自らが生きる必要性は特にない。

 

 その旧友の合理性に通じる魔術師の枠においても狂った発想によって彼は生存ではなく停滞することで今日までの存在を保つことを選んだ。

 その手法はかの衛宮家が辿り着いた固有時制御の秘儀を利用した、自らの内世界でのみ完結する限定的な空想具現化。

 固有結界(あちら)に自らを置くことで現実世界(こちら)に夢に見る万全の己を顕現させるという世界に対する詐術である。

 

 胡蝶の夢……中華の故事に語られるその逸話を逆の立場で再現したこの術式こそ今にアルドルを活かし続ける魔術の正体だった。

 

「──だが無論、『完全停止』や『永遠』といった概念は魔法の領域の代物だ。故に死の瀬戸際を衛宮が可能とした倍々ではなく、万や億単位で遅延させているというだけの話。一分一秒この時にも私はゆっくりと確定した死へと向かっている」

 

『でも君は真実、引き伸ばされた絶死の苦痛に見事今日まで耐えきった。流石は輪廻を越えた魂の持ち主、いやはや強度が違う。いいや、覚悟と言い換えるべきかな?』

 

 自らの成果物を前に一人独白していたアルドルに予期せぬ言葉が返ってくる。

 それは実際に喉を鳴らした返答ではなく、頭に直接語り掛けるような……。

 内側から生じるような超常現象(テレパシー)

 

 アルドルは驚くでもなく、平然と『声』を返していた。

 

貴方(・・)か。以前話した通り、貴方の出番はもう少し後のはずだが? 少なくともこの局面において私は『私』を使い切るつもりはないが……」

 

『の、割には“赤”のランサーと接敵した際には君の鼓動を感じたのだけれど? いや正直に言うとビックリしたよ。少なくとも終局局面に移るまではボクの出番はないと聞いていたからね。まだ中盤ぐらいのあの局面でいきなり人生(モノガタリ)にピリオドを撃ち込もうとするとは、ボクが言うのもアレだが、君。命の勘定軽すぎない? 北欧の戦士(ベルセルク)でもちょっとは自分の命を考えるぜ?』

 

「心外だが。少なくとも悲願を達成する迄はこの命を無駄遣いするつもりはない」

 

『どうだか。君は割とその場に流されやすいというか。あの抑止力(アラヤ)の使者との決闘だってちょっと楽しんでただろう君』

 

「む……」

 

 『声』が告げる言葉に反論の余地を失くしたのか、アルドルは口を噤む。

 常に冷静沈着で鉄面皮の彼にしては珍しい感情的な行動だった。

 

『契約時には出番は聖杯大戦だと聞いていたのに、前座でボクが呼び出されるとは思わなかったよ。お陰で君もこの様だし、自信満々に語る胡蝶の夢の術式だって緊急措置のために即興で考えた苦し紛れの起死回生だったろうに』

 

「……アレに関しては私自身趣味に走っていたわけではないと再三言っているだろう。よもや『私』が聖杯を手に入れるだけで世界に睨まれるとは計算していなかっただけだ」

 

『それに関しては君の警戒不足だね。二番煎じの物語に侵され過ぎだ。ただでさえその魂は転じて生き続ける上に君の知識()は文字通り有害だ。自己世界で完結しているうちは良いけど、一欠けらでも漏れ出したら『無の否定』所の話じゃない。特異点や剪定どころか、この宇宙が終わりかねない厄ネタだぜ? 問答無用で人理が潰しに掛かるのは当然だろう?』

 

「仕方ないだろ、こういうのはテンプレだと思っていたんだ。それにしても人理はともかく貴方たちはどうなんだ? 私が世界の敵だというならば貴方にとっても私は有害たり得ると思うのだが……」

 

 両者の事情を考慮してアルドルがそう言うと『声』は不思議と、悪戯に成功した悪童のような不敵さでニヤリとする気配を見せながら。

 

『人理の事情はボクらにはさほど関係ないからね。特に自立を見送った後のボクたちには。隠居したロートルは精々君たちの魅せる色彩を楽しむだけさ。そしてその結果として今回は()を贔屓したのさ。アルドル・プレストーン・ユグドミレニア』

 

「…………」

 

運命を変える(・・・・・・)。いやはや、そんなこと言われたら断れないだろボクら的にはね。実際、父上(・・)もそれで世話焼いている側面もあるだろうし、まあ本当の理由は九割九分ボクに有るんだろうけど』

 

「では、やはり彼がああなのはそういうことで良いんだな?」

 

『うん、多分ね。とはいえボクは父上ほどにモノは視えないから賢者の真似事なんぞとてもとても。出来ることと言えば、このように助けを求める人間を贔屓することぐらいさ。特にボクと同じ起原(由来)を持つ人間をね』

 

「……それに関しては改めて、貴方に感謝を。少なくとも貴方が居なければこの身は聖杯大戦にすら辿り着かなかっただろう」

 

『んー、どうかな。君なら何だかんだ何とかしそうだけれどね。無自覚なんだろうが君、多分資格(・・)持ちだぜ? 機会があったら彼女たちに聞いてみなよ。性格の相性によるだろうけど何人かはきっと連れて行ってくれるぜ?』

 

「資格? 何かの適性か? それに連れて行ってくれるとは、何かの比喩か?」

 

『……ホント自分のことになると鈍いな君。誰よりも神話に通じる魔術師が何でそこで気づけないのさ。これに関しては黙秘する。自分で気づけよ朴念仁』

 

 『声』の方から心なしか呆れたようなため息の気配がする。

 何やらアルドルに思う所があるのだろうが、当のアルドルは小首を傾げた後、考える意味は無いと小さく首を振って『声』に向き直る。

 

「私の事はどうでもいい。だいぶ話が横道にズレたが態々、貴方がこの局面で出てきた理由、その真意を問いたい。……どういうつもりだ?」

 

『何、暇つぶしを兼ねたちょっとした近況確認さ。贔屓している人間が悲願を達せられるかの局面なんだ。様子を見に来るのは当然だろう? 実際、君の筋書きに予想外があったみたいだし、どんなもんか一つ箴言を聞かせてくれよ』

 

「……そういうことか」

 

 此処に至ってようやく今まで静観していたはずの『声』が干渉して来た真意を捉えたアルドルは納得するように頷く。

 要は聖杯大戦の所感を語れと、『声』は言っているのだ。

 

 アルドルは口元に指を添え、僅かに考え込んだのち、ゆっくりと『声』の望むアルドル自身の所感を語る。

 

「感想だけ言うならば、概ね満足。そういうところか」

 

『へえ、意外。君はこの局面で“赤”の陣営を全滅させ得る奇手を放ったはずだろう? 敵の全滅と自身の勝利を確信していたんじゃないのかい?』

 

「これは聖杯戦争(・・・・)だからな。そう上手くいくものではないと常々思っていることだ。ましてこちらの手札を晒さぬまま完全勝利など出来るものだとは思っていない」

 

 『声』の言う通り、今回遂に幕開けた“黒”の陣営と“赤”の陣営の全面的な激突。この局面においてアルドルが打った自分自身による敵マスター陣営への奇襲攻撃は特殊な生来故に聖杯大戦の筋書きを知るアルドルだからこそ出来る殆ど予想不可能な奇手であった。

 同時に予想できたところでアルドルのことをただの強力な魔術師だと考えていれば問答無用に叩き潰されてしまうという二段構え。

 

 サーヴァントが攻勢に出ている最中に急な本拠地の奇襲、さらには奇襲者がただの魔術師ではなく、文字通り神代の神秘を操る使い手。

 ともすれば下手な術者の英霊(キャスター)にも匹敵する実力者の奇襲を前に、たとえ如何なる現代魔術師であろうと太刀打ちは出来ないし、英霊の格を持っているモノであってもそれなりの功績(逸話)と万全の戦闘行動を可能とする潤沢な魔力がなければ滅せられてしまう。

 

 事実、途中まではその通りに推移した。

 結果こそ残念ながら奇手の不発に終わったものの、今の敵マスターにとってアルドルとの直接対決を選ぶということはそのまま死につながるという予想通りの証明には成った。

 

「私の策は成らなかったが、これで敵は私の事を警戒して安易な策には走れなくなった。私という障害を強く認識してくれたというだけでも成果としては十分だろう。強いて言うならば“黒”のライダーを損なったのはこちらの痛手だが、まあ彼がいると“黒”の陣営はともかくユグドミレニアがどうなるか怪しくなる。下手に抑止力が動けば第二の無銘のホムンクルス(ジーク)が生まれかねん。それは最も私が嫌う展開だよ」

 

『ああ、それでサーヴァントらの魔力工房があっけなく粉砕される事態を黙認したわけね。君にしてはえらく不用心だと思ってたけど』

 

「警戒はするに越したことはないだろう。或いは、例の工房に細工を施すという手もあったがな。この世界を考えれば、外道な手はそのまま破滅に繋がりかねない。魔術師らしさに寄り過ぎてもダメだと考えている」

 

『ほう、君らしい着眼点だ』

 

 アルドルの語る内容に『声』は感心するように言葉を発する。

 ……アルドルの認知は正しく世界を知るモノならではの発想だというべきだろう。

 ユグドミレニア一族のゴルドが用意したホムンクルスを利用したサーヴァントへの魔力供給システム。それは確かにユグドミレニアのマスターたちの負担を軽くする上、“黒”の陣営の英霊たちに絶大な継戦能力を与えることになるが、独自の視点を有するアルドルにとってそういった手段は危険なものだ。

 

 彼は知っている。生命が軽んじられるこの世界において、本当に生命を軽んじて外道に落ちた者たちの末路を。

 

 ある者は聖杯大戦が開幕する以前に自らのサーヴァントによって殺され、ある者は生前抱いた悲願を忘れて人命を貪るだけの蟲と化し、ある者は積み上げた外道を裁く正義の鉄槌によって屠られ、ある者は手にした力を道化の様に振るった果てに取るに足らない小物として散々な末路を辿った。

 

 無論、外道な手を使って尚、寧ろ自らの生きたいように生きた者も居るが、そういった者の末路は救いあるものであっても、宿願の達成には程遠い。

 少なくともアルドルの所感において、手段を問わな過ぎてもダメなのだ。善に寄り過ぎても悪に寄り過ぎても過酷なこの世界では道は歩けない。

 

 重要なのは中庸であること。極端に振れるのではなく、傷や瑕疵が少ない万全であることこそが願いの達成確率を上げる道だと認識している。

 

 だからこそ魔術師にとってモノに等しいホムンクルスの命をアルドルは軽視しない。否、寧ろ警戒心すら抱いていると言っていいだろう。

 故にこう告げるのだ。

 

「だからホムンクルスの工房が壊されたのはこちらの願望を不自然なく叶える理想的な結末だった。救いある終わりは本来の筋書きの方だったのだろうが、私にとってはこれでいい」

 

『それは曰く、善悪の判断的にという意味でかい? その考え方も大概外道なものだとボクは思うけれどねー』

 

「否定もしない。だが断言されるいわれもなし。手段があっても見過ごすこと、知っていても静観すること。それを否定するということは善を知りながら小さな悪を見逃す我ら凡人には強すぎる言霊だ。行為を弾劾されることは許しても、否定されるいわれはないと言葉を返そう。ありふれた凡人の一人としてな」

 

 『声』の一見非難にも聞こえる言葉にアルドルは非情にも、されどそれ故に人間らしい合理性で以て言葉を返す。

 

 ──責任ある者には力が生じる。尊き者には義務がある。

 

 優れた者たち、善性に満ちた者たちはそのように言う。

 確かに彼らの言う言葉は正しい。人間とは、集団で生きる生命体。出来ないことを相互に補助し合って生存圏(社会)を成立させる生き物である。

 

 だからこそ出来る者は出来ることを行い、事情があって成せなかった者や自力では立ち上がれない弱者たちに手を差し伸べ、支えることこそ人間社会においては必要とされる善性である。

 才に、富に、力に恵まれた者は恵まれない者を助ける。

 相互補助と呼ばれる社会を効率的に回すための機能。

 人間が善しとする行動原理である。

 

 だがそれはあくまで理想形(綺麗ごと)に過ぎない。

 

 実際問題、自らが生来、或いは生きる過程で手に入れた力である。

 どう扱うかが個人に委ねられている以上、それをどう使うかは個人の自由である。

 お前は力を持っているのだから持てぬ者を助ける義務があると言われたところで必ずしもその原理を守る道理は持てる者には存在していない。

 息をするように綺麗ごとを真似られるのは、そういう形で富める者たちか、当たり前に善性を備え付けた聖人か正義の信奉者(強者)ぐらいだろう。

 

 少なくともそれらを自然に行えるほど、凡人は強くない。

 

 例えば禁煙を定める道端で煙草を吸う悪漢を注意する。

 例えば定められた法則を破って道を渡る悪童を咎める。

 例えば横柄な客に絡まれる若い店員を庇い助ける。

 

 街で起こる小さな小さな悪の連鎖。

 其れを前に曰く正しい行動を出来る者たちがどれほどいるだろうか。

 

 解決の結果として得られる弱者の感謝、賞賛……そんな形のない報酬で動けるものは恐らくは恵まれた果てに承認欲求ぐらいしか欲しいものが無くなった富める者たちの極致にある者か、生来そういった形で生きる聖人君子や正義の味方ぐらいだろう。

 

 大半が占めるであろう善性を倫理として身に着けた凡人はこういった小さな悪を前にしたとき概ねこう考えるはずだ。

 自分には関係ないのだから関わる必要はないと。

 寧ろ関わった結果として損する可能性が存在する以上、関わるべきではないと。

 

 才があっても、富があっても、力があっても、小さくとも悪に立ち向かうという行為はそれだけで危険なのだから。

 故に見過ごす、見なかったことにする。

 それもまた集団で生きる人間らしい生態。

 

 即ち──やりたい者、やれる者がやればいい。

 

 常識的には悪性の、されど否定はできない選択肢。

 それこそが一面では狂人ほどの精神力を持ちながら凡人の価値観を残しているアルドルが無情に選んだ答えだった。

 

「私は魔術師で正義の味方ではない。筋書きに求めるものも魅せる存在ではなく確たる勝利と栄光だ。ならば実にらしい(・・・)ものとして容認されやすいだろう」

 

 まるで此処にはないもっと大きな意志を睨みつけるようにしてアルドルは吐き捨てるように口にした。

 それに対して一方の『声』は笑う。

 

『く、くくく……成程、成程、確かに君の言う通り実に君らしいやり方だ。うん、君のやり方に対して少なくとも批難できる人間は少ないだろうね。でもボクが思うに君の自己認識に関しては色々言いたい人は多いんじゃないかな?』

 

「含みのある言い回しだな、何が言いたい?」

 

『いや何、自分の価値認識を誤っている人間に対して人間(キミ)たちがツッコミとやらを入れたくなる気持ちに共感できたという話さ。いやはや雄弁と詩人たちに謳われたボクだけど、やはり会話は奥が深い。久しぶりに人間に関わったけど少しだけ黄昏以前が恋しくなった』

 

「良くは分からないが貴方のモチベーションに繋がったならば私からして良かったとだけ言っておこう。私の悲願が叶えば後は貴方に任せることになるからな。これなら契約は違えられずに済みそうだ」

 

『それに関しては心配しなくてもいいよ。君が真実、運命を変えることが出来るというのならばボクの名に懸けて千年黄金樹(・・・・・)は必ず実現しよう。世界に剪定も特異点化もさせやしない。そもそもこれは神話再演なのだから』

 

 黄昏時は過ぎされど、世界は斯くも存在し続ける。

 今や忘れ去られた伝承の一片を『声』は詩人の様に語った。

 

『だから、存分に振るえよ。人間。君が魅せるであろう色彩を魅力的に思ったからこそボクら(・・・)は君を贔屓すると決めたのさ』

 

「──再度感謝を、ならば私は私の望む演目(人生)を私らしく征くのみだ」

 

 初志貫徹、終始一貫。

 その望み、その願いは原初より変わらず。

 故に何度でも、約束された末路を告げる。

 

 

「千年樹に、栄光を」

 

 

 

 

「さて。困ったことになりましたね」

 

 夜明け前のとある教会。

 予期せぬ襲撃者のお陰で拠点を移す羽目になった“赤”の陣営にとって新たな拠点とも言えるその場所の主、天草四郎時貞は言葉とは裏腹に全く困っている様子の見受けられない朗らかな笑みで告げる。

 

 本格的な聖杯大戦の一幕から一夜明けた早朝。

 一戦を経た“赤”のライダーや“赤”のアーチャーが次戦に向けて思い思いの休息に入る中、一連の事の中心に関わる天草四郎ことシロウ・コトミネと“赤”のキャスター、そして自らは独自の道を歩むことを宣した“赤”のランサーは一室にて此度の顛末を語り合っていた。

 

「アルドル・プレストーン・ユグドミレニア。警戒はしていましたが、よもやこれほど埒外の存在であったとは。私が言えた義理ではないですが、ユグドミレニアも随分と反則まがいな競争相手だ」

 

「はははは! 我らがマスターの苦する心情! サーヴァントとして吾輩も共感いたします。ですが吾輩的には実に美味しすぎる展開と言わざるを得ませんな! 主を前に二心を抱くことを許されよ! 

 おお、これこそ『逆境が人に与える(Sweet are)教訓ほどうるわしいものはない(the uses of adversity)』!」

 

「俺としては強敵と呼ばれる相手は多いに越したことはない。少なくともお前の望むとおりに事の全てが運ばぬ事態は、我がマスターにとっても歓迎すべきことだろう」

 

 シロウの言葉に一方は主の苦難を歓び、一方は敵の苦労を歓迎する。

 不測の事態を前に反応は三者三様だが、少なくとも同じ陣営の味方というには誰も彼もが全く別々の方向を向いている。

 一見して、連携や共闘など考えられない程、三者の考えは異なっており、とてもではないが結果的に陣営の盟主となったシロウに味方と言える人材は己一人を除いて存在などしていなかった。

 

 だが、シロウはそれについて欠片も気にしてなどいない。全人類の救済とは己が為す己の宿願、己の願望。

 そのために障害となる者はどんなものであれ打ち砕くと覚悟している。故に最終的に敵へと回りかねない自らの陣営の英霊たちを前にして、この通り平時の姿勢を保ったままいつも通りに言葉を掛ける。

 

「ふむ、まあ濁した所で意味もないので率直に問いますが……キャスター、ランサー、貴方たちは彼をどう見ますか?」

 

 微笑を浮かべたままシロウは二騎の英雄に問う。

 新たに判明した“赤”の陣営にとって巨大な障害。

 即ちアルドル・プレストーン・ユグドミレニアをどう見るかと。

 

 それに真っ先に口を開いたのは“赤”のキャスターだった。

 

「一言で言うならば、とんでもない! ですな。マスターには今更言うまでもないでしょうが、魔術を使う英霊としての吾輩と彼を比較すれば魔術の実力()はかの者が吾輩を数段以上に上回っていますぞ! よーいドンで真っ当に戦ったならば、吾輩、次の瞬間には消滅させられてしまうでしょう!」

 

 英霊としてのプライドもへったくれもなく“赤”のキャスターは大仰な振る舞いで明け透けに敵との実力差を告げる。

 いや、寧ろ誇る様にさえ自分と敵との歴然とした差を語っていた。

 

 それに呆れるでも失望するでもなく、変わらず笑みを浮かべたままシロウは問いをさらに続けた。

 

「ならば──真っ当な戦いではなく、貴方の舞台で戦ったのならば?」

 

「──ふむ」

 

 その言葉を聞いて“赤”のキャスター──英霊シェイクスピアは普段の喧しさからは想像がつかない程、考え込むように沈黙する。

 

 ──そもそもの話だが……彼、シェイクスピアはその戦闘能力が絶無であるということは召喚される以前より周知の事実であろう。

 世界的演劇家、偉大なる作家である。誰もが彼の名を知り、彼の作品は国によっては一般教養とさえ呼べるほどに定着しており、その知名度と功績は神話の英雄にだって引けを取らぬことは誰しもが認めることだろう。

 

 だが彼は作家であって戦闘者ではない。

 その逸話に戦に秀でた武勲は皆無であり、事実召喚された英霊としての彼も戦闘能力は凡百の英霊にすら劣ることだろう。

 この聖杯大戦においては特に顕著で、恐らく彼と同等の戦闘能力しか保持しない英霊は彼らが障害と見定めたアルドルの英霊、シャルロット・コルデーと同等かそれ以下程度である。

 

 しかし……彼、シェイクスピアが此度の聖杯大戦に招かれたのは戦力として望まれたからではない。奇しくも宿敵たるアルドルがシロウに痛打を与えるためシャルロットを招いたように、彼もまたとある聖人を討つために呼び出されたのだ。

 

 故に彼の本領はそちらに在り、だからこそ、自らが舞台に対して冷静なまでに偽らざる本音を告げる。

 

「恐らくですが、無理でしょうな。短い接触でしたが我がマスターの宿敵と成り得るかの者、彼にはあの小娘と違って自らが省みる瑕疵がない。頭の天辺から足の先まで一つの事に執着しているように見受けられます。故に──言葉では揺らがない」

 

 貴方と同じですな、マスター。

 その一言を言い残していつもの調子に戻るキャスター。

 その言葉は作家として匙を投げるような脱帽の一言のようであり、故に面白いと歓迎するような言葉でもあった。

 

「──なるほど、では貴方はどうです? “赤”のランサー。戦の中で生きた者。武人としての貴方は彼をどう見ますか?」

 

「──強い」

 

 一言だった。されど、そこには確かな重みがあった。

 それ以降、腕を組んだまま柱に背を預けた槍の英雄は沈黙する。

 物語を奉ずる“赤”のキャスターとは違い、彼は己がマスターに勝利を奉ずる者である。故にどれ程の強敵、どれ程の苦難が発生しようと変わらない。

 

 全てを打ち払い、勝利する。

 

 それこそが此度の聖杯大戦に挑む“赤”のランサー、施しの英雄と謳われるインド神話最大級の英霊の答えだった。

 

「──そうですか、ありがとうございます。貴方たちの所感を聞けたことは大いに参考にさせて頂きましょう。何れ道を違う仲ですが、その言葉には感謝をいいましょう」

 

「ならばせっかくなので吾輩としましてはマスターの所感についてもお聞かせ願いたい! 色々調べ直したのでしょう?」

 

 寡黙を貫く“赤”のランサーとは異なり、語りを終えた“赤”のキャスターは待ってましたとばかりに次いで口を開いて自らのマスターに問いを投げる。

 そしてその疑問こそが知りたかったのだと、まるで餌を待っていた犬の様にシロウへと食いついた。

 

 それにシロウは苦笑しながら手元に急いで揃え直した資料を手に取りながら言葉を返す。

 

「ええまあ、とはいえ聖杯大戦からまだ半日も経過していませんから持てる資料をもう一度引っ繰り返した程度ですが……そうですね、彼という存在を共に認知した者同士、共有するとしましょうか」

 

 そう言って改めて敵の魔術師──アルドル・プレストーン・ユグドミレニアに関する現在までの情報を語り始める。

 

「以前、“赤”のキャスターには何処かで語りましたが、アルドル・プレストーン・ユグドミレニアはユグドミレニアの次代当主候補の一人です。他家同士の同盟に近いユグドミレニア一族という組織において、当主たるダーニック・プレストーン・ユグドミレニアと唯一血縁関係を持つ存在であり、戦闘においてユグドミレニア一族最強と目される魔術師です」

 

 客観的に告げられるアルドルという魔術師の詳細、過去の逸話に曰く、聖堂教会とさえ矛を構えたという命知らずの魔術師の詳細をシロウは物語る。

 

「彼が一般に認知されたのは時計塔入学時。その当時十三歳という若さで時計塔の門を叩いたということと、噂のユグドミレニア一族の者とあって、何かと奇異の目で見られていたようですね……無論、その時は負の方面で」

 

 衰退しかけの魔術一門、落ち目のユグドミレニア。

 そんな一族に在って有才と言われる次代のユグドミレニア。

 

 彼を前にして時計塔の魔術師たちはある意味では当然とも言える感情を彼に向けたという。それは侮蔑と嘲笑と憐憫。

 末代のモノに無駄な期待を乗せたユグドミレニアへの侮蔑と、そんな滑稽な一族の期待を背負う若い魔術師への嘲笑、そして僅かに心ある者たちが抱く、重すぎる期待を背負う者への憐みの念。

 

 今に恐れられる『先祖返り(ヴェラチュール)』からは考えられない程、アルドルは時計塔の魔術師から侮られていた。

 

「彼の酷評は同期と比較されたものでもあったらしいですね。年齢は全く違いますが、彼と同時期に時計塔に入門した中には後に王冠(グランド)を戴冠する魔術師もいたと言いますし、そうでなくとも彼の研究テーマは現代魔術師からすれば失笑もののモノだったとか」

 

 曰く、『神の名と世界樹にまつわる研究』。

 

 とっくに失われた北欧の神秘を追い続ける姿勢は正に現代の常識に染まった魔術師たちにとっては滑稽なものだったことだろう。

 何せ、神はとっくに地上を去り、世界樹のテクスチャは滅び切った。

 

 この時代にはもはや名残はあれど痕跡など絶無なのだから、それは終わった夢を追いかけるに等しい行為である。

 だからこそ時計塔の魔術師たちは侮蔑し嘲弄する。

 

「時代遅れの『先祖返り(ヴェラチュール)』。荒唐無稽を追いかける夢想家のユグドミレニアらしい末路だとね」

 

「ほう! かの者の異名、『先祖返り(ヴェラチュール)』とは蔑称だったのですか! いやはや道理で大仰な名だと吾輩思っていたのですが、まさかその真意が皮肉にあったとは!」

 

「ええ。今からは考えられないことです。そして蔑称の理由はそれだけでもなかった。彼の使う魔術自体も時計塔の住人からすれば失笑モノだったそうです」

 

「それは?」

 

「北欧出身の魔術師らしいルーン魔術ともう一つ古い呪術を……セイズと呼ばれる現代魔術においては既に消滅されたと目される魔術基盤です」

 

 セイズ──それは北欧世界において存在した(・・)とされる極めて旧い呪術、或いは魔術基盤の名である。

 今なお、表の文明に生きる考古学者や神話学者、そして裏では一部の北欧由来の魔女のみが継承すると噂される太古の魔術。

 

 それがセイズと呼ばれる魔術だった。

 

「厳密にはセイズマズルと呼ぶべきでしょうかね。基本的には女性魔術師の技だったようですが、男性であっても使えるとのことです」

 

「ほう、それで一体、それはどういった魔術なのですかな?」

 

「分かりません」

 

 “赤”のキャスターの抱いた疑問に答えは間髪入れずに返って来る。

 思わず“赤”のキャスターは再度、問いかけた。

 

「……今、何と」

 

「分からないんですよ、誰にも。セイズマズルがどういった魔術基盤でどういった性質を持ちどういった効果を及ぼすのか。その詳細、その概要は誰一人、何一つ知らないのです。ただ彼はセイズマズルという魔術を扱える──そう言われているだけなのです」

 

 あんぐりと“赤”のキャスターは口を開く。

 口やかましい彼らしからぬ無言は呆然としたが故だ。

 

 アルドル・プレストーン・ユグドミレニアはセイズマズルという魔術を使えるらしい。だがその魔術の詳細を誰も知らず見たことはない。

 それではまるで……。

 

「まるで霞だな。いやこの場合は周囲の有らぬ風評というべきか。だが神父、お前が態々あの男の魔術として語ったというからには、あるのだな? それは」

 

 沈黙を保っていた“赤”のランサーが初めて口を開いた。

 それは興味か、或いは敵を正しく測るためか。

 

 “赤”のランサーの言葉にシロウは頷いた。

 

「ええ。これは魔術協会等を通してではなく、聖堂教会の代行者を通じての報告ですので確かな情報かと。そして事実ならば確かに、時計塔の魔術師たちが彼を荒唐無稽だと馬鹿にした理由がよく分かる」

 

「それは一体!?」

 

 “赤”のキャスターが身を乗り出すようにしてシロウの方へ眼を輝かせる。

 瞳が雄弁なほど勿体ぶらずに言ってくれと語っていた。

 “赤”のランサーの方も好奇心を僅かに覗かせながらシロウへと目を向ける。

 

 両者の視線を受けながらシロウは語る。

 我らが宿敵、我らが敵が持つという荒唐無稽を。

 

「南米亜種聖杯戦争の監督役ハンザ・セルバンテスの報告に曰く、アルドル・プレストーン・ユグドミレニアは『神の名を名乗(かた)る』。そしてそれこそがセイズマズルと呼ばれる秘儀の正体であり、彼が真の意味で『先祖返り(ヴェラチュール)』と呼ばれる所以になったそうです」

 

 かくしてかの者の真髄に至る欠片(ピース)の一つを神父は告げる。

 『先祖返り(ヴェラチュール)』アルドル・プレストーン・ユグドミレニア。

 

 彼は文字通り、黄金期世界樹(ユグドミレニア)に生きる魔術師なのだ。




【アルドル・プレストーン・ユグドミレニア】

性別:男(肉体)

誕生日:一月一日

血液型:A

身長体重:179cm/66kg(個体差あり)

特技:技術再現、技術復古

好きなもの:当人の感性で『特別なもの』

苦手なもの:自身に収束する好意全般

天敵:型月主人公全般(例外は遠野志貴)

魔術属性:水と風(■)

魔術特性:蓄積と再現(■/■■)

イメージカラー:メタルブルー
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