深夜に繰り広げられた英雄対英雄の死闘。
劇的に、されども人々の日常に踏み込むことなく密かに行われた激戦は平和な日常を過ごす人々には関わりのない話である。
夜は既に明け、日は中天へと昇っている。
なればこそ神秘の気配は夜と共に去り、今日もまた気怠くも穏やかな日常が廻りだす。市街地戦が繰り広げられたトゥリファスの街には今日もまた勤労を行う人々、休暇に勤しむ家族、或いは外来からの観光客と人で溢れかえり、いつも通りの日々がいつものように始まっている。
だから街を過ごす彼らが違和感を覚える非日常的風景と言えば、街を見下ろすかのように、離れに存在するミレニア城塞の姿。
前日まで、古より変わらぬ姿であった城塞は一転、それこそ古の城塞に相応しいかの如く所々が崩壊したり、崩れたりしている。
今朝のニュースによれば昨日から今日の深夜にかけて老朽化に伴う崩落があったとのことだが、それにしても老朽化であんな崩れ方をするだろうかと幾人かは違和感に首を傾げる。
だか、疑問はそこで終わり。
そもそも街のシンボルと言えるほどの観光名所でも無し。
ミレニア城塞は昔から今も私有地として指定された誰かの所有物である。いつも通りの日常における風景の変化にはなってもそれが人々の生活に与える影響と言えば何一つありはしない。
故に日常の裏で進む大戦のことなぞ知る余地もなく、日常は今日も表面上は平和をなぞり、穏やかな時間を刻む。
人々のそんな暮らしの裏側で、次なる夜を見据えた非日常を生きる住人たちは息遣いを潜めながらも着々と準備を進めていた。
「──まずは此処に居る皆、無事にこうして再び顔を合わせることが叶ったことを共に祝うとしよう。尤も全員誰一人欠けることなく、とはいかなかったが」
王の間に集まった“黒”の陣営のマスターたちとそのサーヴァント。彼らをぐるりと見渡してから口上を述べるはダーニック。
残念がる言葉は夜を越えられずに散っていった“黒”のライダーとそのマスターたるセレニケを指したものである。
如何に人格に問題があった人物とはいえ、今回揃ったメンバーはユグドミレニアの中でも精鋭たる魔術師ばかり。
そもすれば一族の大切な人材が減ったことに、長たるダーニックが僅かばかりの無念を伺わせるのは当然の反応だといえよう。
「……ま、それに関しちゃ悪かったな。城の守りを任されていながら犠牲者を出しちまったのは俺の落ち度だ」
その言葉に片目を瞑りながら、簡単に謝罪の言葉を述べる“黒”のキャスター。彼は長く戦地を走ってきた英雄だからこそ戦争をする以上、犠牲が出るのは当然のことと心得ている。とはいえ、自らの領分において起こった失点に関しては小さな心残しとしてあった。
「いやキャスターは確かに仕事を果たしてくれた。“赤”のセイバーにあれ程までに深く入り込まれてマスター一人の犠牲で済まされたことは他ならぬ君が居たからこそだろう」
「そう言ってくれると助かる。領王サマの方もすまなかったな」
「戦をしているのだ。寧ろ犠牲が出ないことの方が不可能であろう。ダーニックが言うようにお前はお前の出来る最善を行った。そしてその上で犠牲が出たとするならば、それはもはやそれが“黒”のマスターと“黒”のライダーの天命だったということだろう」
主たるダーニックと同じように謝罪の言葉に軽く頷く“黒”のランサー。
彼は生前より今も変わらぬ苛烈なる支配者であるものの、理不尽に激するほど愚かな人物ではない。大国相手に戦を続けた武人にして王である英雄だからこそ彼もまた戦争の道理を弁えていた。
「それに落ち度というならばそれは少なからずこの場に集う我々皆に当てはまる言葉だ。戦で勝ちきれなかった以上、皆が皆、最善を尽くした上で及ばなかった点があったということなのだから。そうであろう?」
「確かに。そういう意味では此度の戦いは全員が課題を突き付けられたな。その上で戦力が大きく目減りしなかったことは僥倖だと言える。まだ挽回する機会が残されていることに他ならないのだからな」
「然り。さらに言うのであれば改善の余地が残されているという現実を前に挽回する機会が残されているということは我が陣営において大きな意味となる」
即ち、次なる勝利へと繋がる布石へと。
課題が判明した上で、それでも課題を抱え落ちせぬままこうして戦力の大半を残したまま“黒”の陣営が生存してみせたことは次に控える“赤”の決戦を前に大きな意味を成すことだろう。
“黒”のランサーの意図を読み切って、言葉を告げるアルドルに、“黒”のランサーは満足げに頷いた。
「何事も計画、行動、評価、そして改善、だ。であればこそ、此処で我々は正しく自らの行動を評価せねばなるまい。故にそう、まずは──」
玉座に坐する“黒”のランサーの視線が“黒”のセイバーとそのマスター、ゴルド・ムジークを射抜く。
苛烈なる王の視線にゴルドはびくりと竦みあがり、“黒”のセイバーはその視線を受けてもなお、瞑目したまま不動。
両対極の反応を見せる両者に“黒”のランサーが言葉を続ける。
「“黒”のセイバーよ」
「…………」
名指しに剣士は目を開く。言葉は無いのままだが、静謐な色を讃えた瞳には如何なる批難をも受け入れる覚悟があった。
決して言い訳をせずにあるがままを受け入れる様、無骨ではある反応だが、武人の矜持を知る“黒”のランサーはその反応に好感を覚える。
「ふむ、そう構えることはない。先に余は言ったぞ? 皆が皆、最善を尽くした結果だと。お前と“赤”のライダーの戦い。アレを見てお前に明確なる落ち度があったと言えるものなどいるまい。余でさえ読み違えたのだ。こちらに落ち度があったのではなく、向こうが上回ったのだと評価するべきだろう」
「…………」
先の戦いにおいて最も激しく、最も過酷だったと言える“黒”のセイバーと“赤”のライダーによる一対一の激突。
途中から“黒”のランサーもまた割って入った戦場であるからこそ、敵サーヴァントの桁違いの実力は言われるまでもなく理解している。
判明した事実──“赤”のライダーの真名アキレウスという情報も相まって、敵が難敵であることをこれ以上なく強く認識を深めていた。
「神話の如く踵を、とはいかぬのは先の戦いの通りだ。正面からの攻略が厳しい以上、アレを打倒するには何らかの策を練らねばなるまい。そうだな、“黒”のアーチャー」
「ええ、彼──いえ、“赤”のライダーを倒すともなれば単独では厳しいと言わざるを得ないでしょう。向こうからの指名もありますし、“赤”のライダーへの対策は私が考えます」
「ケイローン、ですが貴方は……」
「……お気になさらずマスター。これは聖杯戦争。そういう縁もありましょう。彼にも私にも叶えたい願いがあった。だからこそ戦う。これはそれだけの話ですよ」
“黒”のアーチャーことケイローンの言葉にフィオレが何か言いたそうに口を挟むものの、当の本人は柔らかく微笑むのみ。
それでフィオレは言葉を重ねることを止められた。
「期待しているぞ、賢者よ」
「はい。お任せを」
故に“黒”のランサーも無為に多くを告げない。英雄アキレウスと賢者ケイローン。神話に語られる両者の師弟関係を知りながらも、今は味方であり、紛れもない“黒”の陣営たるサーヴァントに信頼を告げるのみ。
「ゴルド」
「ひ……な、なんだ……ダーニック」
そんな英霊同士の信頼の一方、“黒”の陣営の領王とは異なるユグドミレニア一族の長ダーニックはゴルド・ムジークに冷徹な視線を向ける。
応対するゴルドは平時と変わらず、傲岸不遜を貫こうとしているものの、反応にはあからさまに怯えの色があった。
恐らくは自らに分かりやすい落ち度があることを自覚しているからだろう。
「令呪の使用による“黒”のセイバーの宝具発動。並びに宝具発動に伴う敵陣営への“黒”のセイバーの真名露見。この二つに対して何か言い訳はあるか?」
「あ、アレは落ち度だとは思わん! あの時点において“赤”のライダーの無敵性は不明だった! 勝ち筋が見えない以上、宝具で戦況を打破しようとする判断は当然だろう!?」
「だとしても些か軽挙妄動だったな。勝ち筋が見えないからこそ此方の手札を無為に晒すことの方がリスクとしては大きいだろう。少なくとも純然たる技量においては“赤”のライダーの実力に“黒”のセイバーは負けず劣らずだったと聞く、であれば彼の技量を信頼してもう少し戦況が動いてから行動しても遅くはなかっただろう」
「くっ、アルドル……貴様!」
「思ったことを口にしただけだよ。それに軽挙妄動というのならば批難されるべきは他ならぬ私だろうしな。独断専行した挙句、作戦に失敗して向こうの危機感だけを煽って逃げて来た身の上だからな、先の戦いにおいて“黒”のマスターで最も失点が大きいのは私だよ」
そう言って、苦笑しながら睨むゴルドを煙といなしながら視線をダーニックと“黒”のランサーへと向けるアルドル。
さり気なく批難の方向を自分へと挿げ替えながら沙汰を待つアルドルに対して、ダーニックはため息を吐いた。
「お前はまた別の落ち度だ。ゴルドを庇おうとするお前の心意気は買うが、それはそれとしてもう少し立場というものを分かってくれ」
「無論、心得ているとも。これでもユグドミレニアの魔術師としての戦闘能力は最強らしいからな。無駄死にするつもりはない。如何なる運命が待ち受けようともこの身はユグドミレニアのためにこそ使い切ろう」
「そういう意味ではなく……いや良い。お前に免じてこれ以上、ゴルドにもお前にも私からは何も言うまい、王よ」
ダーニックの意図とは若干ズレた返答をするアルドルに、ダーニックは困ったように眉間を指で叩くが、懸念する叔父とは裏腹に甥の方と言えば変わらずといった風体だ。
昔から変わらない完璧な甥の数少ない弱点に頭を悩ませながらも、ダーニックは自らの判断を領王へと仰ぐ。
「そちらの方針に余から口を出すことはない。結果論とは言え、“黒”のセイバーの奮戦あってこそ敵の正体も判明し、対策も練ることが叶うのだからな。その過程でこちらの真名と宝具の情報が敵に渡ってしまったのは必要経費と判断するべきであろう。とはいえ、令呪使用により戦場の天秤が揺れ動いたのもまた事実。それについてはどう判断するダーニックよ」
「謹慎期間を設けます。次なる戦いの開戦までゴルド・ムジークから“黒”のセイバーへの命令権を取り上げ、自室にて数日の謹慎を」
「ふむ、良かろう」
「なっ……ぐ、むぅ……」
告げられた自らの沙汰にゴルドは不満を口にしようとするものの、冷たい視線を向けて来たダーニックを前に押し黙る。
……元より言葉で言い繕う他ならぬ彼自身にも落ち度の自覚はあるのだ。これ以上言い訳を重ねることが寧ろ相手の心情を損ねることに繋がることを察せない程、ゴルドは愚かではなかった。
「……分かった」
「フン」
少しだけ項垂れるようにゴルドは了承する。
それにダーニックは鼻を鳴らして一歩下がった。
自分の出る幕は終わったということだろう。
引き継ぐように再び“黒”のランサーが言葉を発する。
「さて、味方の落ち度ばかり突いても不毛な議論にしかなるまい。責任の追及も済ませたことであるし、
「……ふむ」
“黒”のランサーに水を向けられた“黒”のアーチャーは思索に耽る様に、暫し考え込むように黙り込んだ後、ゆっくりと自らの所感を語り始める。
「まとまりに欠ける。そんな印象を受けましたね」
「ほう、続きを聞かせてもらおう」
“黒”のランサーは興味深げな視線を向けながら玉座に深く、座り直す。どうやら構えて聞くに値すると判断したらしい。
意を察して、“黒”のアーチャーもまた自らの所感を披露する。
「“赤”のサーヴァントたちは何れも強力な英雄でした。“赤”のライダーの方は言うまでもなく、“赤”のセイバーも“赤”のランサーも“赤”のアーチャーも。討ち果たしたとはいえ“赤”のバーサーカーも」
ギリシャ神話で最速の英雄にして世界的な大英雄アキレウスに、名こそ知らぬが初手でミレニア城塞の防壁を容易く粉砕した炎の宝具を振るう槍使い、夜間であれ程の弓の腕を誇り、また“黒”のライダーに匹敵する足を見せた女狩人。最優のサーヴァントに相応しい赤雷の魔力と無頼の凶剣を操る騎士。如何なる被虐を以てしても朽ち果てず進み続ける闘剣士。
何れの英雄も桁外れの力量と凄まじい能力を秘めていたことに違いは無い。
しかし同時に、それだけの力を持った強力な英雄だからこそ浮き彫りになる違和感というものがある。
「しかし、彼らの戦いは何れも個々で展開されたものです。大まかな計画、ないしは作戦行動が事前に決められていたことは“赤”のセイバーがミレニア城塞に見事侵入したことからも分かる。ですが……彼らの戦いに連携はなかった」
「確かに。“赤”のサーヴァントらは各々に役割らしいものこそ見受けられたが、それを越えた連携をする様子はなかったな」
「はい。ミレニア城塞の守りに亀裂を入れた“赤”のランサーはそれ以上動かずに撤退しましたし、“赤”のライダーは一人で戦場を大立ち回りしていました。“赤”のバーサーカーはともかく、“赤”のアーチャーも単独行動を行い、そして侵入した“赤”のセイバーも同じく」
大まかな戦略はあったのだろう。“赤”のランサーで敵の守りを剥がして、“赤”のライダー並びに“赤”のアーチャーで異なる戦場にそれぞれが敵を引きずり出している間に敵拠点に密かに迫った“赤”のセイバーが懐深くで暴れる。敵の作戦としてはそのようなものだったのだろう。
彼ら彼女らはその作戦に沿って行動していた。そういう意味では共闘しているには違いない。
「ですが彼らは預かった戦場の領分を越える動きを見せなかった。何れも割り当てられた戦場内において自らの個人技を振るって戦うのみで、連携して敵を討つような動きは何一つ見られませんでした。なので……」
「こちらと比較してまとまりに欠けているように見えた、か。……ふむ」
“黒”のアーチャーの進言を聞いて“黒”のランサーは暫し沈黙する。
マスターであるダーニックに曰く、元々“赤”の陣営……いわゆる時計塔の戦力は此度の聖杯大戦に際して、メンバーの殆どを戦闘特化の魔術師を傭兵として雇うことで成り立っていると聞く。
金銭にて雇われた傭兵だからこそ或いは味方ではあっても仲間ではないということなのかもしれない。あくまで勝ちに至る戦略は示し合わせても根本的な戦術は共にしないということか。
それとも単に今回は戦略上の理由で個別に動いたというだけなのか。
“黒”のランサーは幾つかの考察を重ね、吟味し、そして。
「……そうだな。お前はどう見る? “黒”のアサシンのマスターよ」
此度の戦いに際して、何らかの思惑の下、単独で戦場を駆けていた人物へと意見を問うた。
“黒”のランサーの言葉に反応し、この場に集う全員の視線が一人に向く。
「私の意見、か?」
「うむ。お前の意見だ、ダーニックに期待される後継よ。此度の戦場、失敗したとはいえ何やら“赤”の陣営を一網打尽とするために動いていたのであろう? ……本来、指揮系統を混乱させる個による独断専行は集団を纏める長からして認められるものではない。しかしダーニックはお前の行動を認めていた。であれば余も正直興味があるのだよ。お前が胸の内に秘めた見識というものに」
“黒”のランサー……ヴラド三世は苛烈な王として英霊でありながら“黒”の陣営を指揮する正しく王といった振る舞いをしているが、一方で自らがサーヴァントであり、マスターであるダーニック・プレストーン・ユグドミレニアを認めていた。
彼の抱く願い、彼の持つ実力は正しく認めているが故、“黒”の陣営の戦略を自らが指揮する一方で“黒”の陣営の方針は極力ダーニックに沿うようにしている。
恐らくはヴラド三世と同じように自らが裁量で一つの組織を纏めていただろう己の主が唯一、独断専行などと独裁者が決して許さないであろうそれを許容した魔術師。
この場に集う英霊、魔術師いずれとも違う独特の見識を持つ者。
率直に言うならば興味を持ったのだ、アルドル・プレストーン・ユグドミレニアに。
同じ独裁者たるダーニックとヴラド三世を分かつ唯一の相違点。
即ちは後継者という人材に。
皆の注目を集めながらアルドルはややあって口を開いた。
「──“黒”のアーチャーの予測は恐らく正しいだろう。“赤”の陣営は戦略上の動きは共にしていても意思統一はされていない。いや、より正確に言うならば指揮者に従うことを良しとしていないのだろう」
「ほう。言い切るか」
「……“赤”の陣営に接触して何か見たのか?」
個人的な予想としながら妙に確信めいた言葉を口にするアルドルに“黒”のランサーとその主たるダーニックが共に関心を示す。
それを受けてアルドルはあっさりと、しかしてとんでもない事実を口にする。
「ああ、これは叔父上にも伝え忘れていた話だが……そもそも私が計画した英霊が出払っている合間に敵マスターを駆逐する作戦が失敗した要因はその指揮者が問題でね。現在“赤”の陣営を指揮している教会からの神父……その正体がサーヴァントだったことに起因する」
「なっ……!」
「マジ……じゃなかったそれは本当ですか義兄さん!?」
「馬鹿な! そんな話があり得るか!!」
フィオレが、カウレスが、そしてゴルドが三者三葉に驚愕の反応を示す。
それを傍目に“黒”のランサーはいよいよ以って興味深そうに、ダーニックは視線に冷たいものを宿しながらアルドルの次の言葉を待った。
「事実だ。教会からの監督役兼マスター、シロウ・コトミネ。当人曰く、彼は第三次聖杯戦争からの生き残りだそうだ。そして“赤”の陣営のマスターは既に彼が召喚したサーヴァントによって、彼の支配下に落とされている。“赤”の陣営の動きに歪な部分が生じているのも指揮者たるシロウ神父に対する反発心があるからだろう」
「──成程。その情報が確かであるならば“赤”の陣営の動きにも納得がいく。そして我々もまた自らの戦略を見直さねばならないな。敵は初めから七騎、ではなく八騎だったということか」
「ふん──言峰璃正め。やってくれたな……」
報告された“赤”の陣営の内情を聞いて、“黒”のランサーは改めて敵の陣営の戦力を見直し、ダーニックの方は数十年前の因縁を思い出して舌打ちする。
「ではシロウ神父……敵のマスターの正体がサーヴァントだとして如何なる英霊なのですか? アルドル。その様子から察するに遭遇したのみならず交戦をしたのでしょう。クラス、ないしは真名は?」
アルドルの報告に場が騒然する中、冷静に確認するのは“黒”のアーチャーだ。
賢者たる彼は瞬時に確認するべき情報を確認しに掛かる。
問いかけにアルドルはこくりと小さく頷き。
「シロウ神父。いや、彼こそ冬木の第三次聖杯戦争の生き残り。かの御三家はアインツベルンに招かれたサーヴァント。クラスはルーラー。真名を天草四郎時貞と名乗っていたよ」
此処にきて遂に報告される“赤”の陣営が秘中とする最大の事実。
第三次聖杯戦争より執念に取りつかれた対の勢力。
魔術師の箴言によって明かされた情報を前に“黒”の陣営は言葉を失う。
その中で一人──驚愕の事実を知りながらも平時と同じ調子を崩さないアルドル。
彼は真正面から“黒”の陣営の王たる両名、ヴラド三世とダーニックの二人を見据えて、もう一つの箴言……自らが内に秘めていた次なる一手のために行動をする。
──勝利のために。
「ついては私から一つ提案だ。次なる“赤”の陣営との対決。聖杯大戦の雌雄を決するその前にこれ以上の不明な要因を排斥しておきたい。此度の聖杯大戦に招かれたかの神父と同じエクストラサーヴァント、如何なる勢力にも属さずに聖杯大戦に乗り込んできた者……十六騎目のサーヴァントの撃滅を」
では栄光へ至るための最後の運命を打倒しよう。
以て勝利を千年樹の下へ。
万全盤石を名乗る魔術師は此処に寄り道を開始する。
──『栄光への寄り道』
☆ ☆ ☆
濃密な陣営の会議を終え、各々のマスターとサーヴァントは自らに割り当てられた部屋へと戻っていく。その帰路の中、“黒”のアーチャーに車椅子を押されながらフィオレは囁くように呟く。
「遠い、ですね」
冷静沈着、深謀遠慮、初志貫徹。
いつ如何なる時も彼は勝利を目指していた。
己の業を、己の心を、己の身体を鍛え、研ぎ澄ませ、遠く遠く何処までも。
目指す理想のために進撃するその姿は決して消えぬ炎のよう。
静かに、されどただ一時も減衰しない不滅の篝火。
故に孤高、故に王道、故に情熱。
まざまざと見せつけられた変わらない幼馴染を前にフィオレは唇を噛み締める。
「──アルドル殿の事ですか?」
思わず囁くように口にしてしまった劣等感を車椅子を押す“黒”のアーチャーが拾い上げる。それにフィオレは慌てて反応し、取り繕った。
「あ……すいません、アーチャー。今のは……!」
「余計なお世話かもしれませんが、そう思い悩むことはないでしょう。マスター。貴女はよくやっている。貴女に召喚されたサーヴァントとして、貴女が優れたマスターであることは私が保証しますよ。まあ、とはいえ同年代であれば意識するなという方が尚の事難しいかもしれませんね。彼は余りにも例外すぎる。ダーニック殿がアレほど認めている理由も納得できてしまう程に」
「アーチャー……その、貴方から見てもアルドルは、その」
「ええ。アレは
苦笑しながら言う“黒”のアーチャーの言葉にフィオレは顔を下げる。
自らの英霊すらも認めた幼馴染。
遥か遠くを歩む背にフィオレは対する自らの不甲斐なさで自己嫌悪し、
「……故にこそ、彼は誰よりも危うい。そう思っていますよ」
「え?」
続けて“黒”のアーチャーが発した言葉に思わず顔を上げた。
主から向けられた視線を受けながら、“黒”のアーチャーは遠くを見つめるように、まるで辿り着くであろう
「彼が燃やす情熱という名の炎は自らをもくべる輝きです。果たすべき責任、成すべき悲願。それを叶えるために自らを使い切るという覚悟。それはある意味では我々、英霊に通じるものでもありますが、それ故にその末路は例外なく短く儚い。特に彼のような在り方は」
何故ならばそれは自己を顧みぬやり方だからだ。
自分ではない何かのために生を駆け抜ける。
その走りは輝かしければ輝かしいほど速く、激しく、そして儚い。
「なにより彼はそこまで知っているが故に一人で駆け抜けようとしている。だからこそ尚の事、危うい。先の会議は正にその一例だと思いました。マスターも先ほどの彼の発言は聞きましたね?」
「……はい。『次なる戦い、決着を見る前にルーラーを討つ』と」
「ええ。先の会議で彼の提案をダーニック殿も“黒”のランサーも受け入れました。此度の大攻勢で消耗したであろう“赤”の陣営が動くまでに数日の猶予が生じるでしょうからね。その間に不測の事態を呼び込む要因を減らしておきたいというのは合理的な判断です」
如何に時計塔の魔術師が優秀だとしても魔力は有限のモノ。一夜を通して英霊という規格外の神秘を運用し、果ては宝具まで開帳したというのであれば。失った魔力もまた相応のものだろう。だからこそ次なる攻勢には数日の猶予がある。
その判断の下、被害こそ多かれど、消耗は少なかった“黒”の陣営が盤面を優位なものへと組み上げるため、今のうちに不確定要素を排するという考えは何処までも合理的だ。
だからこそダーニックも“黒”のランサーもかの者の提案を認めた。
しかし……。
「ですが、彼は誰にも協力を求めなかった。終始一貫して自分一人で進めることを前提に話を進めていました。これはとても危ういことだと思いませんか」
「あ……それは……」
指摘されて思い出す。
確かに彼は誰にも協力を頼んでいなかった。
あくまで陣営同士が拮抗している間隙に、自らが手で不明要因を排斥しようとしていた。
……別段、“黒”の陣営を頼りにしていないわけではない。
彼はユグドミレニアの魔術師たちの実力を認めているし、自陣営の英霊たちが一騎当千の猛者であることも当然承知している。その上で、彼の頭には初めから彼一人しか計算に入っていないのだ。
最初から、一人きりで聖杯大戦を駆け抜けることを前提として動いている。
「必要ならば手を借りることも辞さないのでしょう。実際、英霊を呼び出すに際してはマスターの方々に口を出したと聞きますし、先の戦いでも状況に合わせて協力を仰ぐ真似をしていましたしね。先の会議でも後になって何やらダーニック殿と打ち合わせていた様子だ。ですが、より根本的な戦略の部分。その大局観においては彼は常に自分の身、一つを置いている」
これが危ういのだと“黒”のアーチャーは言う。
確かに優れた個は、個で動いた方が効率的なように見える。
しかし、個は個であるが故に限界というものがあるのだ。
さらに加えて自らも顧みず、自分の命すら炎にくべるというのであれば。
その末路は往々にして儚いものとなる。
他ならぬギリシャ神話における英雄たちの教導者であり、かの者の真実を知っている“黒”のアーチャーだからこそ分かる。
「マスター。余計な口出しかもしれませんが、もしも貴女がその胸に抱くものが憧憬だけではないのだとしたら、あの背は見送るモノではなく引き留めるべきものだ」
でなければ取り返しがつかなくなると暗に告げる。
或いは疾うの昔に彼は。
「……出過ぎた意見でしたね。不愉快に思われたのならばどうか、忘れてください」
「いいえ、そんなことは」
静かに頭を下げて謝罪する“黒”のアーチャーにフィオレは首を振る。
同時に自らの胸に手を当て、考える。
──彼女にとって、彼は常に先を行く憧れの《光》だ。
魔術の腕も、強靭な精神力も、何より輝くような願いも。
全てが全て、同年代と思えぬ程に突き抜けている。
ユグドミレニア一族最強の魔術師。
その称号が相応しいと誰もが認めるほどに彼は強い。
だが同時に誰よりも孤高だ。
ダーニックという同じ執念を抱くものが居ても。
フィオレという同じ目標を抱くものが居ても。
強すぎる輝きは全てを置き去りにして往ってしまう。
ダーニックは託してしまった。
フィオレは折れてしまった。
だから全てを背負って、彼は一人で栄光の道を往く。
たとえその末路が破滅だったとしても。
あの日、フィオレが憧れた彼の夢、彼の願い。
そこに懸けた情熱のために。
きっと、喜んで自らの命をくべるだろう。
「ああ──」
その末路を想って、幻視して。
ズキリと痛みを覚える。
……魔術師として悲願の達成は己が命を懸けるに値するものである。
そも魔術師とはそういう生き物だ。
『根源』という絶対の到達点へと届かぬことを知りながら疾走する愚か者。
その目標が『根源』から『一族』にすり替わろうとも関係ない。
本質的に報われぬことを前提とした救われない生命。
ならばその常識に沿えば、アルドルの自らをも犠牲とした在り方は極めて魔術師として正しい在り方なのだと言えるのかもしれない。
けれど思った、思ってしまった。
だってそう、彼女は知っている。
彼がどれぐらい一族を大切に思っているかも。
彼がどれぐらい先人の願いを真摯に汲んでいるのかも。
誰よりも強く、そして誰よりも優しい人。
超然とした魔術師でありながら、他者を慈しむ心を持つ人。
初めて自らの意志で、追いつきたいと踏み出した──。
「──ねえ、アーチャー。もしも、もしもの話ですけれど、私が此処で我が儘を言ったとしたら、貴方は付き合ってくれますか?」
その問いに少しだけ“黒”のアーチャーが驚いたような表情を浮かべる。
しかし次いで、その顔にいつもの柔らかな笑みを浮かべて。
「無論です。私はマスター、フィオレ様のサーヴァントですから。貴女の願いを叶えるために私は此処に召喚されたのです。ですから、どうか、後悔なきように」
「……そうですね。後悔は、苦しいですから。今度はちゃんと、進まなきゃ」
波紋が広がる。
未だ盤上にて手を振るうは過ぎた願いを秘めた二人の狂人。
されども差配の裏でささやかな祈りを抱く者たちもまた動き出す。
どだいこれは聖杯大戦。
悲願を胸に抱く大火は二つなれども小さな灯が価値に劣るわけではないのだから。
《質問! アルドル君についてどう思いますか》
ダーニキ
「うちの甥っ子は最強なんだ!(注目線)」
薄幸令嬢
「追いつきたい憧れの人です」
苦労弟
「兄さんみたいな凄い人。でも真似は出来ないだろアレ」
不滅のゴルド
「息子よ、情熱的な奴には気を付けろ(十年後)」
ペロニケ
「うおおお! 私は譲らない! 美少年を!」
ゴーレムキチ
「あ、ボクはゴーレム作ってるから」
極光のポンコツ
「流石です、お兄様!!」
不死鳥の息子
「何召喚してくれてんのォ!?」
氷の国の女王様
「おまえ、は……うん。お母さんと呼んでくれて良いのだぞ?」