“黒”の陣営が本拠地にして、主力魔術師の集うミレニア城塞。
かの時計塔に反旗を翻す一族の一大拠点には当然ながら様々な機能や施設が存在している。
各魔術師たち及び、各サーヴァントそれぞれに私室が割り当てられる程度には存在する個室に、降霊術、錬金術、黒魔術、カバラと、各々違う系統の魔術の研究を可能とするだけの魔術工房設備、各種貴重な資料や対魔術戦を考慮した兵装を収める藏、さらには地下にはホムンクルスを製造、その魔力を徴収するだけのシステムを運用するための工場まで存在した。
……最後に関しては既に破壊されたわけだが。
ともあれ、如何なる事態が起こっても不足が無いように、ミレニア城塞には様々な機能を有した施設が内部に多数存在している。
故に現在、ロシェ・フレイン・ユグドミレニアが篭るこの一角もミレニア城塞が有する機能の一つだ。
人一人で使用するには大きすぎる広間は既に破壊されてしまったホムンクルスの魔力精製炉と同じような作りで、周囲一面にはホムンクルスと同じ人型の、されども物言わぬ人形たちがずらりと並んで存在している。
ユグドミレニアがホムンクルスと同じく、雑兵として扱っている存在──ゴーレム。正にここはそのゴーレムを大量製造、運用するための工房施設であり、弱冠十三歳でありながらユグドミレニアの未来を結する戦いに選ばれた精鋭の一人、ロシェ一人の辣腕にて運用される一大工場であった。
「……ここをこうして、いや、これだと相性が悪くなるか? 全く、アルドルの奴も無茶を言うよね、ゴーレムの基盤のない北欧圏の魔術性質に適応させるとかもうそれ殆ど魔術の翻訳みたいなもんじゃないか。しかも参考資料は
簡単な命令なら自己判断でこなせる自立稼働型ゴーレムたちがせっせと戦闘用ゴーレムを量産する一方で、この聖杯大戦が始まって以降、殆どを工房で過ごすロシェは今この時も次期当主より数か月前から依頼されていた仕事を行う最中であった。
仕事の難易度は口に出した通り極めて高い。元より聖杯大戦に勝つために神代より遺産を持ち帰ってくるような怪物じみた性能を有する魔術師がアルドルである。大抵のことは自前で済ませられるだろう彼をして、態々ロシェに持ち掛けた共同研究の内容は、なるほどロシェに持ち掛けるだけの話ではあった。
だからこそ彼はとあるキャスターの召喚を断念することを許容したし、その上で正直な所欠片も興味のない聖杯大戦に自分なりに貢献することを約束したのだ。
「ま、正直結果の方にもさほど興味は無いんだけどね。これ別にゴーレムじゃないしね。というか、そもそもただの入れ物だし。こんなもの、ゴーレムだなんて呼びたくないね」
そう言ってロシェは自身が現在進行形で作る成果物をこき下ろす。
彼の言う通り、現在彼の目の前にあるものはおよそ平時に彼が作るゴーレムのデザイン性からかけ離れている。
見た目は完全なる人型、材質は普段使う土ではなく象牙、さらには実験の都合上世間一般的な容姿美を希求しているため、美しく今にも動き出しそうな躍動感が存在している。
仮にこれが一つの芸術品として人々の目に留まれば、誰もが絶賛するような作品ではあるものの、これは断じてゴーレムなどではない。
若き天才ゴーレム使いであり、自身もまた並々ならぬゴーレムへのこだわりを持つロシェからすれば、こんなものは自分からでは作り出したいとも考えないだろう。
それでも律儀に彼が依頼をこなすのは当然、実利があるからだ。
分かりやすい所で言えば聖杯大戦への貢献である。
元々他者に関心がなく、ゴーレムにのみ情と熱を有するロシェは聖杯大戦になぞ興味はないが、ダーニックの声掛けがあった以上、一族の一翼を担うものとしてある程度貢献する必要はある。
ユグドミレニア次期当主にして最強の魔術師たるアルドルに協力するという話は一族への貢献という意味でも大きく、非協力的な態度を取る自分が他の魔術師たちの面倒な口出しを躱す口実としても優秀だ。
加えて流石のアルドルのたっての依頼とだけあって中々に難易度が高く、これもまた自身が正当に引き籠る口実として丁度いい。
これが聖杯大戦下における利である。
そして魔術師ロシェ・フレイン・ユグドミレニアにとっての利益とは仕事そのものが自身に与えてくれる経験と、魔術師として拝するアルドルの背中を追うことにそれなりの意義を見出したからだ。
──これは一族の者ですら知り得ない事実であるが、実のところロシェはアルドルの事を魔術師として尊敬していた。
彼がユグドミレニア一族の次期当主であるからだとか、一族最強の魔術師であるからだとか、神代の神秘をその手にしたからだとかという話ではない。
情熱──ただその一点で以てして願う神秘にその手を届かせた姿勢。
即ち、魔術師としての在り方に対して、ロシェは尊敬の念を抱いていた。
ダーニックが親族としての情や素晴らしき後継として見ているように、或いはフィオレが年の近い同胞として親愛の情を抱いているように、ロシェもまた彼なりにアルドルへの感情を有していた。
「アイツが何を思ってアレだけ魔術を極めているのか、殺し合いなんて無駄なことをしているかはこの際どうでもいいけど、ああやってキッチリ目標を決めて、こだわりをもって進めることがどれだけの成果に繋がるかはアイツ自身が証明しているからね、そこは僕も見習いたい」
アルドルの内実。
その是非は他の魔術師と同じくどうでもいい。
大切なのは彼の姿勢とそれが繋げた成果の方だ。
アルドル・プレストーン・ユグドミレニア。彼はダーニックと同じく一族の栄光ある未来とやらを求め、そのために力を積み上げ、その果てに神代にまで手を伸ばしてみせた。
当人の生来的な才覚もあったとはいえ、彼はその類い稀なる情熱を以ってして現代魔術師には届きもしないだろうと思われた極北へと達したのだ。
そしてその事実はロシェにとって非常に大きい。
何せ彼もまた一つの事に情熱を燃やす執念の徒であるから。
「僕もゴーレムに懸ける情熱なら絶対負けてない。アルドルはともかく、みんなゴーレムの事を侮り過ぎなんだ。ホムンクルスと同じ使い捨ての道具としてしか見ていない。けれどアルドルは証明した。周りの評価なんか気にせず、古くさいルーンを極めて、田舎者の呪術を使って、そして目指す場所へと到達してみせた。なら僕だってやってやるさ」
フレイン家。
ゴーレムをはじめとする人形工学を代々研究する魔術一族が彼の生家である。家柄として特出する点は幼少期から施される英才教育だろう。
かの家は生まれた一族の子を赤子の頃からゴーレムに育てさせる。生誕より一族の魔術刻印を受け継ぐほどに育ちきるまで、肉親すら顔を合わせることはなく、ゴーレムがその養育の全てを担うのだ。
そして育てられた子供がどうなるか。
その結果がロシェ自身である。
他者に興味を持たず、肉親の顔すらも思い出せず、代わりに自身を育てたゴーレムの形状や動きだけは完璧に記憶した人間に興味を持たない生粋の魔術師。
聖杯大戦にも、一族の未来にも興味が無いと口にする彼だが、より正確に言うならば彼はゴーレムにしか興味が無い。
そんな彼が唯一、アルドルにだけは無関心ではいなかったのはアルドルの情熱がこぎつけた魔術成果、もっと言えば希求の果てに神代の神秘へと至ったという経緯だ。
他者を圧倒する情熱が叩き出したその
つまるところ。
「情熱さえあれば何処までもやれる。そうだ、アイツに出来たんなら僕にできないはずがない! もっと学んで、もっと勉強して、もっともっともっと! そうすればきっと僕も僕の夢にきっと届く! 最高のゴーレム、最強のゴーレム! 誰が見たって侮れない究極のゴーレムをいつか必ず作ってやる!」
自信満々の言葉は、情熱ならば一族最強の魔術師アルドルにだって負けていないという自負から来るものであった。
特殊な事情ありきで至った当人が聞けば苦笑するような言葉だったが、確かに熱量というただ一点において方向性は違えど、ユグドミレニアにおいてロシェのそれはアルドルに匹敵する部分があるだろう。
だからこそロシェは情熱を燃やして成果を叩き出したアルドルを認めたし、アルドルはそのこだわりの強さという一点においてロシェを評価した。
ともに相互理解とは程遠い関係性であるものの、少なくともこのロシェをしてアルドルとは関心を抱くに値する存在なのである。
故にロシェは彼の言葉に耳を傾けて来たのだ。“黒”のキャスターとして召喚する予定だったアヴィケブロンから、ケルト神話に名高いクー・フーリンに変更するという話にも、こうしてゴーレムの本質からはかけ離れた依頼をこなすことにも。
彼のやり方を学ぶことはきっと己のゴーレム使いとして更なる大成へと繋がるであろうと信じるが故に。
「後はこれをこうすれば……よし、調整完了。ようやく完成だ。面倒な依頼ではあったけど、いい経験にはなったかな。カバラに限らず他にも道が在ることを示してくれたのは今後に生かせそうだ、うん」
やるだけの甲斐はあったと、いい仕事をした職人の様に成果物への関心はともかく完成したという事実を前に満足げに頷くロシェ。
それと同時に彼の耳に足音が耳に入ってくる。
どうやら丁度いいタイミングのようだ。
「出来たよアルドル。これで僕の仕事は終わりだ。後は君の手腕を見せて──」
貰おう、と言おうとしてロシェは振り返り……。
「お? 何だなんだ。ようやっと完成したのかよ坊主」
訪れた人物が目的の人物でないことにロシェは気づかされた。
「何だよお前かよ。っていうか、僕の工房にいちいち勝手に出入りするなっていったじゃないか。お前はお前の私室があるんだからそっちにいけよ」
「へ、相変わらず生意気な坊主だな。そんなだと友達出来ねえぞ?」
「そんなもの要らないよ。わ、くそ、止めろ! 頭掴むな鬱陶しいんだよ! サーヴァントの癖に……」
「ははははは、あいっ変わらずクソ生意気な坊主だな。俺が森の賢者で良かったな! モチっと若いころに召喚されてたらきっとキツイデコピンの一つや二つ喰らわせてただろうぜ!」
そう言いながらロシェの頭を雑に掴んで撫でまわす訪れ人、“黒”のキャスターは笑いながらロシェの苦言を柳と受け流す。
一応は主従の関係だが、傍から見れば子供と大人の関係性そのものだった。
「で、だ。完成したってのは坊主がずっと手ぇ入れてたコイツか? 坊主がゴーレムのオタク? って奴なのは知ってたがまた随分と趣味に走った形だな。人に興味が無いとか言う癖に若い姉ちゃんには興味あったってか?」
しげしげと眺める“黒”のキャスターの視線の先には先ほどまでロシェがずっと手掛けてきたという作品が存在している。
その見た目は“黒”のキャスターが趣味に走ったというだけのもの……いわゆる女性を模した彫刻作品であった。
横並びの三体の像はどれも容姿端麗な美少女といった姿形であり、その造形の細かさはギリシャの彫刻を連想させるほどのモノだった。
人に興味が無いと口にする少年が作ったものにしては余りにも精緻な創作品を眺めたキャスターが冷やかすだけの美少女像に、しかしロシェは口を尖らせながら否定する。
「オタクってのが何かは知らないけど僕はゴーレム職人だ。あと、これは僕の趣味じゃなくてアルドルの依頼だよ。じゃなきゃこんなもの誰が作るかって」
「ん? じゃあ坊主じゃなくて兄ちゃんの趣味か? はー、兄ちゃん割と面食いだったんだな。こりゃ意外だわ」
当人の知らない所であらぬ誤解を受けているが、“黒”のキャスターの発言の大抵を戯言として聞き流すロシェはその流言を否定しないまま面倒くさそうに“黒”のキャスターに応じる。
「これは魔術の共同実験のためのものだよ。僕が外身で、アルドルの奴が中身。あいつの使う魔術の術式に合わせるための調整は面倒だったけど、これで僕の仕事は終わり。此処から先はあいつの仕事だ」
「ふーん、実験ね。どんな内容なんだ……ってこれが設計図か? あん? 随分と古そうなもんだな。スクロールとは」
「あ、ちょ……」
ロシェの言葉を話半分に聞きつつ、制作用の彫刻刀等が置いてあった台の上から無造作に設計書らしき書物を掴み上げる“黒”のキャスター。
軽く目を通すとどうやら何かの手記のようだが、綴られている文字は現代において公用語とされる英語でも、古い時代の学術公用語とされたラテン語や、欧州圏で扱われるドイツ語、フランス語という一般的なものではない。
聖杯より与えられた知識の下、“黒”のキャスターはその文字を見て、小首を傾げる。
「これギリシャ語か。しかもこれ、ピグマリオンっていやあ確か……」
「……はぁ、間違っても破くなよ。それアルドルから渡されたものだし、一応聖遺物の類だからな。正直、必要な彫刻の過程以外は全部うんざりするほど、どうでもいい内容のものばかりだから、実用性は殆どないけど」
「ってことは本当にギリシャのピグマリオン所縁の品ってことか。あの兄ちゃんつくづく色んなもんに手を出してんのな」
そう言って“黒”のキャスターは感心しながらスクロールに目を通す。
……彼らの話題に上がる存在ピグマリオンとはギリシャ神話におけるキプロス島のピグマリオン王のことである。
現実の女性に失望していたという彼は、ある日、自身が抱く理想の女性象を形にすべく自らの女性の理想形として彫刻の美女ガラテアを製作した。
そしてピグマリオンは自らが完成させた美女像ガラテアを前にし、眺めている内に、あろうことか恋をしてしまう。
ただの彫刻たる『彼女』に服を着せ、話しかけ、食事を共にし、それが人間に成ることを強く強く願った。
その彫刻から離れず、自らが衰弱していくことすら厭わず、ひたすらに像に侍ったピグマリオンに、やがて見るに見かねたギリシャ神話の女神アフロディーテがガラテアに命を与え、ただの彫刻からガラテアは人間となり、そしてそんな彼女を妻として迎えたという──現代における
現代から見れば少々、いやかなり問題のある人物であるように映るが、件の人物の是非はともかく、古のギリシャより語り継がれてきた彼の手書きによるスクロールは確かに聖遺物と呼ぶに相応しいものだろう。
……内容の九割がガラテアが如何に素晴らしいかだとか、今日はガラテアと何をしただとか、魔術的神秘に全く掠らない内容であることを置いておけば。
「あー、まあ、なんだ。奇特な奴ってのはいつの時代もいるもんだな」
“黒”のキャスターはそう言うと手に取ったスクロールをそっと台の上に戻してみなかったことにした。
「んでピグマリオンはともかく、態々こんなもんまで持ち出したってことはただの魔術研究の一環ってわけじゃないんだろ? ざっと見たところこの彫刻、形代のように見えるし。中身の方が本命ってわけか?」
「……ふーん、一目見て分かるんだ。性格はともかく
「はっ、一言余計だ」
「痛ッ!」
相変わらずのロシェに“黒”のキャスターは軽くチョップを喰らわせる。
「正直な所お互いに相性の悪い
そのやり取りを指して、言葉通り意外そうに声がかかる。
ロシェと“黒”のキャスターが声の方に目を向けると、今回の依頼人たるアルドルがいつの間にか工房へと足を踏み入れていた。
口元を微かに吊り上げ、微笑まし気に両者を見る。
「やっと来た。アルドルが早く来ないから変なのに絡まれただろ」
「その変なのってのは俺の事か? んな生意気な口を叩くのはこの口か? あーん?」
「ふぁにふぉする! ふぁふぇろ!」
「ははははははは」
「本当に意外だ」
ロシェの軽口に態々反応して“黒”のキャスターはロシェの両頬をむんずと掴み、左右に引っ張る。当然、ロシェの方はと言えば抗議の声を上げるものの、完全に馬耳東風だ。
そんな様を見て今度こそ、アルドルは意外そうに呟く。
「まあ、交友を深めるのもそれぐらいに解放してやってくれキャスター」
「あいよ」
「……ぷはぁ! クソ、お前覚えておけよ! 聖杯大戦が終わったら令呪で自害を命じてやる……!」
「へいへい、やれるもんならやってみなってな……んで兄ちゃん。このタイミングでここに来たってことは実験の話か? せっかくなら俺も見て行っていいか?」
「構わない。それにちょうど貴方にも依頼したいことがあったからな。見学の駄賃というわけではないが、一つ頼まれてくれないか?」
「あん?」
そのアルドルの発言を受けて今度は“黒”のキャスターの方が意外そうに眉を顰める。聖杯大戦に関わるものだろうとは考えていただろうが、魔術師としての共同研究に関わる内容だと見ていたがため、まさか自分にまで依頼の声がかかるとは思っても見なかったのだろう。
次いで興味深そうに“黒”のキャスターは言葉を返す。
「へえ? 別にいいけど内容は?」
「少なくとも簡単な仕事だ。この一角に結界を張ってくれ。そうだな、強度よりも隠蔽性に特化したものでいい。例えば感知性能に優れた英霊にすら内部での出来事を気取られない程度のものを」
「はっ! 簡単にそれなり以上の仕事を要求してくれるな! ま、出来るがよっと!」
軽い流れで頼まれる内容としては中々に高い要求であったが、流石は“黒”のキャスターとだけあって、要求に彼は即応する。
懐から赤いルーン石を取り出すとそれを四方に散布、次いで手元に呼び出した杖を振るうと各方に散ったルーン石が反応し、起点となって四方を覆う。
「こんなもんかね」
「詠唱抜きでこの精度……ルーン魔術にはそれなりに通じているがこれほど鮮やかにはいかないだろうな」
「真似できないって言わないあたり兄ちゃんも大概だけどな。さて、駄賃は払ったぜ? 態々隠すってことはそれなりのもんを期待していいのかい?」
「ああ、興味深いものは見れるだろう……早速だが、ロシェ」
「こっちの準備はもう終わってる、後はアンタの手腕だよアルドル」
「そうか」
アルドルが一歩、彫刻の前に立つのに合わせて、ロシェと“黒”のキャスターが軽く距離を置く。
ロシェの方は結果を確認するという風に、“黒”のキャスターは期待するようにしてアルドルの方を眺めている。
その視線を受けながらアルドルは自らの衣服の袖口をまくり上げ、腕の素肌を露出させる。露わになったそこには……緑色の輝きがあった。
「魔術刻印か?」
「ああ、ユグドミレニア一族共通の、一族であることを証明するものだ。私のは少しばかり仕様が違うがね」
“黒”のキャスターの問いに軽く言葉を返すアルドル。
彼の言う通り、アルドルの腕にある魔術刻印はさながら大樹が枝を伸ばすように肩口の辺りまで煌々と輝きながら存在している。
心なしか生命の脈動すら感じさせる緑色の輝きは、ただ一族であることを判別する程度の性能しか有しないはずのユグドミレニア一族の魔術刻印とはかけ離れた印象を与える。
「さて──では実験開始といこうか」
その魔術刻印が移植された腕を彫刻の方へと伸ばし、そして手を翳す。
実験開始の呪文を口ずさみ、続けて放ったその呪文は果たして。
「──
口ずさむは聖杯にまつわる戦いに参ずる者ならば一度は耳にする魔術詠唱。
明かした札が露見した以上、
賢者は容赦なく、栄光へと手を伸ばすのだ。
『──盤外より』
☆ ☆ ☆
「……今、何か」
ふと少女は目を覚ます。
意識を掠めた何かの気配は休眠状態であった少女レティシア……否、聖杯大戦の調停を司る英霊ジャンヌダルクを速やかに休眠状態から叩き起こした。
敵襲ではない。
彼女のルーラーとしての能力、通常のサーヴァントを遥かに上回る感知能力が何らかの異常を察知したのだ。
よって彼女は眠っていたベッドから飛び起き、すぐさま常備している聖水を虚空に散布、意識を集中してルーラーとしての能力たるサーヴァントの感知能力を最大限に発動する。
「ミレニア城塞方面に六騎のサーヴァントの気配……これは“黒”の陣営ですね」
昨夜の戦いにて“赤”のサーヴァントによって“黒”のサーヴァントが討ち取られたことは当然ながら把握している。目まぐるしくサーヴァントたちが衝突し、魔力が氾濫する場であっても正しく状況を見極められるからこその『ルーラー』である。
だからこそ六騎。サーヴァントを一騎失った“黒”の陣営が六騎なのに違和感はない。
「それから街の方に……三騎? “赤”の陣営が動いているのですか」
微かに驚き、暫し思考を回す。
時刻は現在、正午。街には平穏が流れている頃合いである。
にもかかわらず街の方で行動しているサーヴァントの気配。
“黒”の陣営が本拠地に揃っていることを考えれば“赤”の陣営であることに疑いはないが、戦いの起こる夜間ではなく正午のこの時間帯に街で活動していることは些か違和感を覚える話だ。
というのも、どうやらトゥリファスは敵陣とだけあって、“赤”の陣営が郊外に拠点を構えているらしく、平時にはそちらに揃っているらしい。
であればこそ、三騎もの“赤”の陣営のサーヴァントが揃いも揃って街に居る事態は普通ならば考えられない。だとすれば何かの策か、或いは戦いに向けた敵情視察?
いや、いや、そうではなく或いはまさか。
「夜になる前に開戦するとでも……?」
無い……とは言い切れないのがサーヴァントの主たちが魔術師たる由縁だろう。
魔術とは神秘とは、原則において隠すもの。
この常識はそもそも神秘が神秘であるが由縁の理である。
認知された神秘は力を失う。嘗てはごまんと溢れていた魔法使いが現代において僅かに数名とまで数を減らしたように。原理の明かされた神秘はもはや神秘ではないのだ。
およそ現代までに多く魔法が消え、魔術すらも衰退の一途を辿っている要因は嘗ては神秘の領域とされてきた技の数々が人間の卓越した科学技術によって簡単に行えるようになったからだ。
古の時代には神の奇跡とされてきた火を起こすという現象さえ、そこら辺の人間を捕まえてマッチ一つでも貸し出せば容易く行えてしまうのが現代である。
鋼の翼で空を行きかい、惑星すら飛び出して月にすら到達した人類圏の知見が、魔術や微かに残る神秘の気配を感知すれば一瞬のうちに神秘は力を失ってしまうだろう。
だからこそ伏せる。知るものを限定する。
それは終末医療の延命行為と然して変わらぬ悪あがきだが、それでも先の無い未来を引き伸ばすために魔術師たちは神秘の隠匿を行うのだ。
だが、隠匿にも様々な種類があろう。
例えば単に人目につかなくするという平穏なものから……目撃者は全て皆殺しにするという物騒なものまで色々と。
魔術師とは常識外に生きる異常である。一般社会の倫理観など当然通用しない。
だからこそ、やる。
目撃者を消すためならば島一つ滅ぼして全てを無かったことにする、なんて言う非情さえ真顔で当然だと言えてしまうのが魔術師という生き物なのだから。
「……いえ、思考が些か飛躍しすぎている、今はそう、“赤”の不審な動きではなく」
頭を振って気を改める。
“赤”の不審な動きも気になるが今は先に覚えた違和感の方が重要だろう。
何が起こった? 何が引っかかる?
ルーラーは瞑目し、自らの内界に問いかける。
──サーヴァントの探知能力に異常はない。
──ならば『啓示』による新たな警告か。
──それもない。未だ『啓示』は不自然に霞がかっている。
──では魔術の気配? 異能の気配?
──分からない、理解らない。
──しかし。
「直感……私が、私自身が培ってきた経験が、そう訴えているのですか」
何か致命的に良からぬことが起きている。
そう彼女の第六感が囁きかけているのだ。
聖杯大戦。史上類を見ない総勢十四騎のサーヴァントによる戦い。
無論これ自体が異常事態であり、これを収めるためにルーラーが呼び出されたという可能性も無きにしも非ずだが、当初からルーラーはこれを違うと考えている。
何故かと言えば直感だとしか言えないが、そう断言できてしまう程に違和感が多いのだ。
此度の戦いは。
特に一番大きいのはルーラーの特性、『啓示』の機能が正しく機能していないことにある。
そもそも『啓示』とは戦場における『直感』とは異なる限定的な未来視……人生や運命という岐路に立たされた時、持ち主にそれが岐路であることを察しさせ、正しい道を示すといういわゆる予言にも似た力である。
これがあるからこそルーラーは正しく己の職務を把握し、招かれた意図を察して調停者としての正しい活動が約束されるのだ。
にも拘わらず、その機能が活用できない。
ルーラーが招かれるだけの異常事態が存在しているはずなのに、それに関わるための道が見えない。まるで役者が舞台から遠ざけられているかのように事態が目の前で動いている。
蚊帳の外にいるようだと、ルーラーは思う。
何者かが意図しているかの如く、ルーラーは当事者になれない。
「……もしも意図して私の『啓示』をすり抜けているのだとすれば、それこそが私をこの戦いに招いた原因であり、私が対処するべき相手でしょう。ですが……」
……そもそも可能なのか?
未来視を……『啓示』や予感という神秘の領域でさえ、あやふやとされる起こる
──運命だなどと呼ばれるものに直接手を加える行為は、それこそ神の──。
「……ハァ、自覚はありませんが、こうも手ごたえが無いと無意識下に疲れが溜まっているのかもしれませんね。それこそ今は受肉している身ですし」
あり得ない可能性に意識が飛んで行っていたことを自覚し、ルーラーは息を吐きながら自らの身体を見下げる。
ルーラー……今のジャンヌダルクは生前の自分に適合する今を生きる少女レティシアの身体を借りる身の上である。そのため通常であれば生じない肉体の疲れや精神の摩耗といったものもきっちり自らにフィードバックされてしまう。
深夜の戦いにて状況を見極めるため今日の夜明けまで活動していたのだ。まだ十代も後半にようやく差し掛かったばかりだという少女の肉体には負荷が大きいのは考えるまでもない。
と、そこまで思考を回して気づく。
そうだ。違和感云々で忘れていたが、この肉体の持ち主はそれこそ夜明けの時刻まで非日常とも言える戦いに付き合わされたのだ。真っ先に気にすべきことは何よりも。
「察しが悪くて申し訳ありません。戦いが終わったというならば一番に気にするべきは貴女のことでしたレティシア」
そう言ってルーラーは謝罪の言葉を口にする。
果たして、次瞬、己が内界より
“気にしないでください、聖女様。全部分かった上で私は貴女に力を貸しているのですから。私の事は気にせず、聖女様は聖女様の役目を務めてください”
「ですが……」
その朗らかな言葉に尚もルーラーは気にするが。
レティシアは先にルーラーを制する。
“それに心配するのは聖女様の方です”
「私? 私は特に何も……」
“……嘘です。このところずっと聖女様が頭を悩ましているのは私だって知っています。だから聖女様の方こそ休んだ方が良いと思います”
「そういうわけにはいきません。事態が未だに読めない以上、いつ、何が起こるかは分かりません。ともかく事態を把握するまでは気は抜けません」
“ですが……ずっと一人で抱えて悩んでいても答えは出ないと思います。少しで良いのです。少しだけ、ほんの少しだけでも気を抜くことは出来ませんか? 聖女様”
「レティシア……」
心配、なのだろう。
懇願するように気遣う彼女の言葉は何処までも思いやりに満ちている。
……優しく、そして強い少女だとルーラーは思う。
昨日までおよそ魔術とは何らかかわりのない平穏な今に生きる少女だったはずなのに。それが聖杯や英霊、魔術師といったものに関わらされ、自らもまた殺し合いの中に身を置いているはずなのに。
不平不満、恨みつらみの一つや二つ、ルーラーにぶつけても許されるような立ち位置であるはずの彼女は何処までも純粋に、ルーラーをただただ気遣い、力を貸してくれている。
それが申し訳なく、嬉しく、そしてだからこそ思う。
もしもこの戦いで自分が役目を果たせなくても彼女は。
今を生きる彼女だけはキチンと今に還さなければ。
「……そうですね。貴女のいう通り、一人思い悩んでいても仕方がありませんね、此処は一度、意識を切り替える意味でも一息入れた方が良さそうです」
“あ……はぁ、良かったぁ……”
心の底から安堵するような声。
それほどまでに心配を掛けたかと再度申し訳なさを覚えながら言葉を続ける。
「今日は休憩がてら街の様子を見守ろうと思います。日が出ている内ならば仮に接敵したとしてもすぐには戦いにはならないでしょうし、あわよくば実際に英霊と言葉を交わすことで見えてくるものもあるでしょう。それに……」
“それに……?”
「貴女も。心配しているのは私のことだけではないでしょう? 昨夜は市街地でも戦いが繰り広げられました。直接的な被害はありませんでしたが、街にはシャルロットさんや、パッシオさんもいますから。彼らの様子も気になるのでしょう?」
“あ、う……はい……”
その言葉に返ってくるのは控えめな肯定。
短い間とはいえ、接した既知の相手の事は気にかかるのだろう。
善良な彼女らしい悩みのためにルーラーは微笑みかける。
「彼らの居住地は把握していないので会えるかは分かりませんが……可能であれば彼らの様子も伺うとしましょう」
“……すいません”
「いいえ、ご迷惑をおかけしているのは寧ろこちらですから。これぐらいは当然です」
そう言って、ルーラーは気を取り直して身なりを整え始める。
悩みは今も消えないが、今日ばかりは少しだけの休息を。
こんな自分を慕ってくれる少女のためにもルーラーは今日の方針を決定した。
よって──此処に
前哨戦は幕を閉じ、決戦を前に幕間が始まる。
様々な策謀、野望、想い、そして祈りが街にて交錯する。
全ては栄光へと至るための結末のために。
或いは人類全てを救済する未来のために。
盤上の役者たちは邂逅を果たすのだ。
《なぜなにー アルドルー》
光の次期当主
「何事だ? これは」
暗殺の天使さん
「あれー? 何かマスターの顔が適当に……じゃなかった可愛らしく見えるような?」
光の次期当主
「これはまさか、そういうことなのか? ああ、そういえばそんなコーナーもあったな。しかし随分と懐かしい……いや、それともまさか続編が出たのか? だとしたら惜しいな。俺ももう少し寿命があれば……」
暗殺の天使さん
「何の話です?」
光の次期当主
「こっちの事情だ、気にするな。ともかく私の察する通りならば……アサシン、何処かにハガキか手紙なんかが落ちていないか?」
暗殺の天使さん
「これですか? というより事態の説明をお願いしたいのですが……?」
光の次期当主
「後でな。えっと……これは南米亜種聖杯戦争の内容についてか。なるほど、私自身、一族にもあまり語っていないからな気になる者も多い、か」
暗殺の天使さん
「いえ、だからこれは一体どういう……」
光の次期当主
「後でな、後で。……さて、私は私自身の視点でしか語れないが端的に述べるならばこうだろうな」
・次期当主、アサシン呼べず。代案で適当にサーヴァント召喚。
・どういう縁か、正義の味方降臨。一緒に戦うことにする。
・と思ったら偶発的に大英雄と遭遇。正義の味方、秒殺。
・瀕死の正義の味方を連れて逃走中開始。
・途中、ヒーロー着地して来たセイバーと遭遇。なんやかんやで同盟を組む。
・共闘。目下脅威たる大英雄に挑むことにする。
光の次期当主
「序盤の動きはこんなものかね。あとは街でバイオハザードが起きたり、高笑いと共にピラミッドが落ちてきたり、神父と死徒がハリウッドしたり、米国が雇っていたベリルに私がアゾられかけたり、正義の味方と喧嘩したりと色々あったが、結果的に私は生き残った。それだけの話なんだがな」
暗殺の天使さん
「マスターのそれだけってぶっちゃけ全く当てにならない気がしますケドねー。自分にまつわることは過小評価と天然かましますクソボケですし」
光の次期当主
「時空の影響かな? 心なしか私のサーヴァントの弁舌が鋭い気がするぞ」
暗殺の天使さん
「日頃の行いではないですかねー」
光の次期当主
「……ところでこれは第二回とかあるのかな?」
暗殺の天使さん
「知りませんよ。ていうかいい加減、事態の説明をですね」
了