千年樹に栄光を   作:アグナ

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生き方の基準は、正しいか正しくないかではなく、
美しいか否かである。


カモミールの光 Ⅰ

 ──まるで夢から覚めるように。

 断絶した意識はゆっくりと瞼を開く。

 

 フランス革命、ギロチン、処刑、暗殺の天使。

 英霊、聖杯、令呪、魔術師、サーヴァント、マスター。

 

 知っている記憶と知らない知識。

 記憶と記録が混じり合って私が像を成す。

 そして覚醒と共に私は自らの名と役目を口にする。

 

「召喚に応じ参上しました!アサシン、シャルロット・コルデーです!一生懸命頑張りますけど、失敗したらごめんなさいね!」

 

 初対面だからこそ爛漫と。

 されども謙遜の本音を口にする。

 さて己に縁を持った新たな主人は如何なるものか。

 夢枕から覚めるように起き上がる。

 

 そして──。

 

「君に限って失敗などあり得まいよ。その(ナイフ)を他の何者よりも信頼したからこそ君を召喚したのだよ。──初めまして英霊シャルロット・コルデー。私が君のマスター、アルドル・プレストーン・ユグドミレニアだ。よろしく頼む」

 

 私の言葉に過大評価にも過ぎたる回答。

 これが現代における私の最も古い記憶。

 サーヴァントとマスターの、そのファーストコンタクトに関する思い出だった。

 

 

 

 第二の生。

 そんな体験をした時に思うことは人それぞれだろう。

 それは喜びであったり、驚きであったりと。

 本当に人それぞれだと思うのだ。

 

 自らの人生の歩みを礎とした新たなる旅。

 楽観的な性質なら単純に楽しみを見出すかもしれないし、生前やり残したことの続きを願って出航に気概を燃やすかもしれない。

 或いは生前に後悔を覚えており、それを払しょくするためのやり直しと思うものもきっといると思う。

 

 では私は? 

 第二の生を得た私は一体先ず何を思ったのか。

 一番しっくりくる言葉は『失意』。

 

 まず私は、私自身の愚かさを、与えられた記録によってまざまざと見せつけられた。

 

 シャルロット・コルデー。

 暗殺の天使。計画から実行まで全ての暗殺手順をたった一人で完成させ、そして見事に目的を果たしてみせたフランスの歴史に名を残す暗殺者。

 正義の柱に散った一輪の花。

 美しくも恐るべき、フランスの女性。

 

 人は私を讃えた。

 

 何の力も後ろ盾も持たずして、権力に刃を突き立てたこの私を。

 本当に、本当に自らの力だけで暗殺という目的を達成させた私に驚嘆し、恐怖し、感動した。私が為した暗殺という過程(・・)を。

 

 まあ、なんてことのない話だ。

 私は別段、自分を凄い人間だとは欠片も思っていない。

 寧ろ普通。英霊という呼称にさえ、ちょっと恥ずかしさを覚えるぐらい。それこそ本物の英雄とかと比べたら冴えない木っ端だと思っている。

 

 ……ちょっと嘘。少しぐらいは役に立つナイフぐらいにはなるかなーと思わなくもなかったり。ともかく、そんな感じの自分である。

 

 だから感嘆であれ恐怖であれ。

 私という一人の人間を人々が今に記憶していることに気恥ずかしさを覚える一方、ちょっとだけ嬉しかった。

 

 でも人が称賛するのはあくまで過程だけだった。

 

 生前の私が抱いた祈り、私の思い描いた夢は。

 私のナイフは思惑に反して、どうやら刺し違えていたらしい。

 血を以って止めたはずの結末は残酷に。

 

 流血は、私のナイフで一助を受けて。

 悲劇の様に幕明けた。

 

 第二の生に私が思った事。

 それは失意と後悔だ。

 結果的に私は革命を止められなかった。

 それどころか一因の一つにもなってしまった。

 

 あの時、断頭台を前に尚、自らの行為に胸を張れた誇りがガラガラと崩れ去り、押し寄せるは奈落みたいな何処までも深い自責の念。

 

 ああ──私は何てことをしてしまったのだろう。

 

 そんな極々ありふれた殺人犯がするであろう後悔の言葉。

 やはり私は凡人なのだろう。

 結局のところ、凡人(わたし)は何処までも凡人(わたし)でしかなかったのだから。

 

 抱いた後悔は──されども今は胸の内に。

 

 本音(想い)を隠して私は明るく爛漫に。

 何故ならば今の私はサーヴァントなのだから。

 マスターを頂く英霊の一人として、今度こそ正しくナイフを振るうのだ。

 

 そんな密かな気合で己を鼓舞して、振る舞う。

 全ては勝利を手にし、杯を手に取るため。

 私は彼、アルドル・プレストーン・ユグドミレニアと共に聖杯戦争へと身を投じるのだ。

 

 マスター、アルドル・プレストーン・ユグドミレニア。

 彼がどんな人間かと聞かれれば、一言、真面目な人だ。

 

 なんせ肝心の聖杯を巡る戦いとやらが幕明けるという日の半年も前に私を現世に招き寄せたのだから。当時の当人に曰く、

 

『私はこの戦いに誰よりも本気で勝とうと考えているからな。対魔術師戦闘を知る者ならば常識だが、魔術師の戦いとは始まる前に終わっているという。至言だろうし、同時に思うよ。これは何も魔術師に限った話ではないとね』

 

 戦いにおける勝利敗北の差は、結果が出るまでにどれほどに入念な準備と戦術と火力を用意できるか。そこに帰結すると賢者は言った。

 だからこそ彼は半年も前にこの世界に私を呼び出したのだと。

 

 成程と納得と同時に少しだけ呆れる。

 どんな願いも必ず叶える万能の願望器、聖杯。

 自らの主がどんな願いを抱いているかは知らないが、確かに持ちうる全てを引き出してでも手に入れたいモノであるのは確かだ。

 とはいえ、この熱の有り様は凡人として眩しすぎる。

 

 勝利を、勝利を。ひたすらに勝利を。

 ただそれだけを見据えて振る舞う彼はまるで《光》の様で、日向ぼっこが好きな私だが、それだけに強すぎる日差しに引いた。

 

 私を召喚した彼は、その後も忙しなく走り回っていた。

 本拠地であるミレニア城塞で着々と準備を進める彼の叔父にあたる人物の手伝いをする一方で世界各地に足を運んでは様々な魔術礼装や聖遺物、伝承を採掘する日々。

 時には魔術師と事を構え、代行者に命を狙われ、立ち向かう。

 全ては勝利のために。たった一度の戦いのために。

 

 自らの命を臆さず危険に晒しながらひたすら前を向いて走り続ける様は何処までも真っすぐで、勇壮で、眩しい。

 きっと生きるということはああいうのを言うのだろう。

 輝く彼は私には眩しすぎる。

 

 真面目な人。輝く人。迷わない人。

 自らの勝利(えいこう)を欠片も疑っていない人。

 

 ……本当になんで私を呼んだのだろうと思う。

 何処までも特別な彼は、凡人(わたし)とは真逆だ。

 相容れないし、正直に言うと苦手。

 

 きっとマスターとサーヴァントという関係がなければ生涯相容れることのない相手であったことだろう。

 マスターに対する私の第一印象なんてそんなもの。

 何処までもビジネスライクに主従は戦いに身を投じるのだろう。

 

『そうかな? 存外君たちは似てると思うけど』

 

 戦いに向けた裏取引の際、出向いた先で相まみえた時計塔の貴族(ロード)を名乗る青年には、そんな感想を投げられたけど、変わらない。

 そう──思っていたのに。

 

 

「ああ──叶うことなら、もっとずっと素晴らしい物語(ゆめ)を見ていたかったなぁ」

 

 

 ……マスターとサーヴァントは時折、両者を繋ぐ魔力を縁に、互いの記憶を夢見るという。

 私と彼も例に洩れず、お互いに記憶と想いを夢に見た。

 彼はありふれた殺人者(凡人)の記録を。

 そして私は……あまりにも寂しい普通の人の記憶を識った。

 

 思えばなんて事の無い話なのだ。討つべき敵を見間違えた私の目など最初から頼りないのは当然で、だから第一印象なんて当てにならなかった。

 ううん。きっと私だけじゃないだろう。

 周りの誰も彼もがきっと彼の事を勘違いしていたんだ。

 

 それを私は知った、知ってしまった。

 

 真面目な人? 真っすぐな人? 輝く人?

 どれもそうだが、そうじゃない。

 彼の本質はそこには無い。

 

 だって彼は今も昔も純粋に、純朴にたった一つの夢を見ている。

 

 

「俺が死んでも世界は続く、時代は進む、未来は広がる。それは素晴らしいことだけど、その続きが読めないことだけが酷く無念だ。死に恐れは無いけれど、その現実だけがひたすらに悲しい。ああ、そうか、詰まるところ俺は昔から──」

 

 真面目に見えるのは敬意を払っているから。

 真っすぐに見えるのは誰より純粋であるから。

 

 そして何より、彼が輝いて見えるのは──。

 

 

「本当に物語()が好きなだけの子供(ガキ)だったか。まったく、大学生にもなるというのに、我ながら成長がないな」

 

 

 そうして前世(かつて)、名も無き青年は命を落とした。

 名も知らない少女(誰か)を、連続誘拐殺人犯から(どうでもいい理由で)庇い、当然の様に朽ち果てた。

 

 数十にも及ぶ刺傷が発する苦痛の中にあっても、終わりへと向かう喪失感の中にあっても変わらない。

 呆れるような無邪気さで、彼は未来を手放した。

 

 本当に、彼は()から変わらない。

 

 光あれ(かくあれかし)──そうして世界が生み出されたように。

 光あれ(かくあるべし)──そういう(カタチ)で彼は在る。

 

 呆れるほどに純粋で、悲しいほどにたった一人。

 汝の隣人を愛せよと。

 誰にも理解されないまま、彼は世界(物語)を愛していた。

 

 きっと彼は後悔の無いまま進んでいくのだろう。

 勝っても負けても変わらない。

 素晴らしいと思ったモノに尽くすのが彼だから。

 

 今世(こんかい)に抱いた感動を胸に、読みたい本を手に取って、満足して、また一人で往ってしまうのだろう。

 それがあまりにも悲しい、あんまりな話だと思ったのだ。

 

 だって彼はただでさえ、この世界(・・・・)孤独(ひとり)なのだ。そんな彼が本当に誰にも理解されないまま一人で往ってしまえば、本当に彼は世界にたった一人に成ってしまう。

 それさえ彼は後悔に思わないだろう。

 自分より他者を愛するが故の《光》なのだから。

 これが余計なお世話であることは重々承知しているけれど。

 

 それでも、それでも──私は思うのだ。

 

「……誰にも傷つけられず、傷つかない、貴方。そんな貴方に私が出来ることは無いと思っていましたけど。……それでも、一人は寂しいですから」

 

 しいて言うなら余計なお世話をしたくなった(・・・・・・・・・・・・・)

 私が彼に力を貸すのはそんな普通の理由なのだ。

 聞けば彼は苦笑するだろうし、自分自身の願いとはちょっと違うけれど、それでもそれが今の私の願いであり、祈り。

 

「どうか良き旅をマスター。今回も素敵な物語(ほん)に出会えるように、私もお力添えを致しましょう──」

 

 泡沫の夢に身を投じるのは互いに同じ。

 なれば私も貴方の様に。

 数奇なこの運命を、溺れるように夢見よう──。

 

 

……

…………。

 

 

「思いのほか人目を引いてるな。ドレスコードには反していないはずだが……」

 

「ですね。知識にある現代のファッションからはかけ離れていないはずですけど。何かおかしかったですかね?」

 

 トゥリファス市内のとあるカフェテリアの一席で頬杖を突きながらポツリとアルドルは呟いた。

 

 今のアルドルは常時身に纏っているユグドミレニアの魔術師たることを示す制服も、魔眼を覆い隠す片眼鏡(レンズ)もなく、白いシャツの上からジャケットを羽織っただけの普通の若者といった装いだ。

 呟きを聞き、小首を傾げるシャルロットもそれは同じ。いつもの衣装では現代では浮くために亜麻色の無地のワンピースを着ている。

 

 互いに人目を気にして目立たない格好を選んだ結果である。

 しかしこれまた互いに無自覚な話だが、両者は容姿がそれなりに整っているため傍から見れば美男美女のデートだと、意図に反して問答無用に目立っていた。

 

「さて、ファッションはからっきしでね。最低限のドレスコードを守る程度には気を使えるが、オシャレは分かりかねる。いや、原因は目の方か。オッドアイは珍しいからな」

 

「ああ、なるほど」

 

 そう言ってアルドルは魔眼の埋め込んである右目を擦る。

 そうして両者は納得。

 事実とは異なる理解だが、それに気づかぬまま二人はそのまま会話を続けた。

 

「それにしても適当に選んだ先が此処とはね。こういうのも聖地巡礼というのかな?」

 

「はい? って、ああ。()の記憶ですか? 普通の喫茶店ですけど何か思い出がある場所だったりするんです?」

 

外観(背景)に覚えがある。見間違いでなければ恐らく、あの迷言が繰り出された場所だろう。私が運命を叩き潰さなければ微笑ましい青春が繰り広げられていただろうさ」

 

「話に聞く運命さんのお話でしたか。どんな会話だったんでしょう?」

 

「そうだな………………妊娠?」

 

「ぶっ!?」

 

 シャルロットは紅茶を噴いた。

 

「大丈夫か? 布巾、布巾」

 

「……ありがとうございます、ではなく! いきなりなんてことを言うんですか!!」

 

「聞いたのは君だろう。それに実際そう言っていたのだから仕方がない」

 

「その言葉が飛び出す会話とかどんな会話ですか……」

 

()言だからな」

 

 呆れるシャルロットを傍目に、そう嘯いてアルドルはしたり顔で紅茶を啜る。珈琲が美味しい喫茶ではあるものの、互いに評判を無視して注文したのはお互いに紅茶(ダージリン)

 苦いのが苦手なシャルロットと単純に紅茶の方が好みのアルドル。組み合わせに選んだ軽食のサンドウィッチを供に、一時の平穏を享受するように二人は気の抜けた会話を続ける。

 

「それにしても何だか顔を付き合わせるのは久しぶりに思えます。向こう半年は殆ど一緒に行動してた分、最近の別行動が新鮮に思えます」

 

「私としてはそんな感じではないがな。いつもとさして変わらん。昨日もトゥリファスで評判のケーキを奢ったばかりだよ。シャルロット()

 

「……似てないのに似てますね」

 

「当然だろう。()は私とは別人だが、それでも同じ起源(モノ)だ。容姿性格は異なっても大枠では似通うだろうさ」

 

「分かっていても、という奴です。事情を知ってる私でもビックリするんですからセイバーさんも驚くんじゃないんですか? しかも今一緒にいるのは彼女(・・)なんでしょう? 性格、全く違うじゃないですか」

 

「目的を違えなければ問題はあるまい。アレも《(わたし)》である以上、役目はきっちり果たしてくれるさ。やり方は、アレ流になるだろうが……」

 

 少しだけ困ったように嘆息しながら軽食を手に取る。

 時刻は現在正午過ぎ、昼には少々遅いが昨夜より向こう殆ど休息も食事も抜きに動き続けているため、空腹を満たすのは心地良く感じる。

 実際には食事は疎か休眠すら肉体的には必要のない身だが、四六時中稼働するのは精神的に疲れるため、食事や休息は精神を休めるという意味でそれなりの効果を発揮するのだ。

 

「まあ別行動中の協力者たちは置いておいて今は約束の方だ。幕は上がり前哨戦も既に終わった。後は駆け抜けるだけである以上、今のうちに果たしておかないと時間が取れなさそうだからな」

 

 事態は既に聖杯大戦の最中。万事気を張っているようなアルドルがこうしてトゥリファスの街にラフな格好で赴いたのは作戦もあるが、本命はそちらではない。

 元より昨日の今日で行動するのは作戦対象となるターゲットとの遭遇率を上げる問題であって、遭遇しなければやることはない。

 

 よって無為に時間を潰す可能性を考えれば、同時並行して意義のある時間となる様に仕向けるだけである。

 つまりは約束。このまま何も起こらなくても良いように、アルドルはシャルロットと交わしたささやかな約束を果たしに来たのだ。

 

「とはいえ、楽しいかね。これ。君が私をどういう風に見ているかは知らないが、私はつまらない男だよ。神秘や魔術、伝承の話ならばそれなりに語れるが常識の範疇にある世間話と言えば……特にないぞ」

 

「傍から見れば十分、面白い変人さんだと私は思いますけどねー。そうやって自覚がないから天然さん呼ばわりされるんじゃないんですか?」

 

「ふむ、君にだけは言われたくない気がするが。ともあれ、こうして気の抜けた会話をするのも存外に悪くはない、か。懐かしい記憶を思い出す」

 

「懐かしい記憶ですか。それは今の? それとも()の?」

 

「後者だ。学生だったからな。思えば遠くに来たものだ」

 

「マスターは時計塔に通っていたんでしょう? そっちも聖杯からの知識を参考とするに学生生活の話をするなら二度目は既に経験済みだと思うんですけど」

 

「ああ、時計塔の学生生活は本来的な……いわゆる常識における普通の学生生活とは大きく異なっていたからな。同級生にガチめの殺意を向けられる学生生活など普通では起こり得まい? ……あの馬鹿、犬猫論争で例の猫を引っ張り出してきたからな。下らない話で教室一つ吹き飛ばしてしまった」

 

「はぁ……」

 

 ぼやく様に思い出話を愚痴るアルドルに、主語がないため話を捉えられないシャルロットは適当な相槌を挟みながら紅茶を口に含む。

 ……もしもアルドルの語る内容が、犬が好きか猫が好きかによる下らない論戦から始まり最終的に魔術戦に移行して教室を吹き飛ばしてしまったという正しい理解を得ていれば再び紅茶を噴き出していたかもしれない。

 

「まあ殺伐とした時計塔での生活は普通の学生生活とは大きくかけ離れていたからな。こういう年の近い者と適当な喫茶店で話をする方がよっぽど過去に近い」

 

「そういうものですか。そういえばマスターも喫茶店で同級生と話したりしたんですね。正直意外です。てっきり今も昔もやりたいことに一直線だと思っていました」

 

「君は私を何だと思ってるんだ。今代は才に恵まれた身体であるため無茶を通しているのであって中身の方は()のまま普通なんだが。数は少なかったが当然私にも知人の一人や二人存在しているよ」

 

「そういう割には()の貴方も常識の範疇で大概だったと見た記憶がありますけどね。現代の基準は良く分からないですけど、マスターさん、何にも頼らず自力で故国で一番凄い大学入ったんでしょう? 親族の方々諸手を挙げてたじゃないですか」

 

「地方だったからな。アレは周りが過剰なだけだよ。喜ばしい話ではあるものの大したことはしていない。私よりも『特別』な経緯を持つ者がごまんといることを考えれば普通の枠組みは出ないよ」

 

「そんなもんですか」

 

「そんなもんだよ」

 

 言って、沈黙。

 暫し二人は黙り込む。

 

 テラスに吹き抜ける穏やかな風。

 葉のさざめきに、暖かな日の光。

 日々を謳歌する人々の生活の喧騒。

 

「平和だな」

 

「平和ですねー」

 

 次の瞬間に口にした言葉は同じものだった。

 

「おかしな話だ。今我々は神秘を手繰り、奇跡を欲さんと命がけの戦争に身を投じているというのに、こうして日常は回っている。非日常に生きる我々を傍目にいつも通りの日常を」

 

「……恋しいんですか? この日々が」

 

「まさか。今も昔もこの身は一度たりとして後悔を抱いたことはない。未練は数えきれないほどあるが、悔いを残す歩みはしてこなかったからな。歴史を学び、人生百年が存外に短いことは知っていた。故にいつも全力で走ったよ」

 

 それはアルドルも■■■■も変わらない。

 彼が彼として生まれたその時から、常に全力。

 一秒さえも惜しいと焦がれた先へと向かっていった。

 

「だから思うことは別の話だ。素直に感嘆しているのだよ。私たちの過ごす世界という奴に。今こうしている間にも物語は紡がれているんだ。日常の裏で我々が野望に邁進するように。此処とは違う何処かでも、想像していない物語(ドラマ)が起こっている。それを考えれば、心が躍るというものだ」

 

「本当に、物語が好きなんですね」

 

「読み物は唯一の生きがいだからな。我が一族に栄光を齎す……そのような願いを背負わなければきっと私は旅人にでもなっていただろう。神秘の失せた現代にも驚天動地の奇跡があると知っているからね。かのロードの冒険譚と同じく、私も倣って世界を巡る旅に乗り出していただろうな」

 

「今からでもそれをしようとは思わないんですか?」

 

「先約がある。自らが決めた生き方を変える訳にはいくまいよ。昔からこれと決めたことは後から変えられない性質でね。愚直と言わざるを得ない悪癖だし、誰に強要されたわけでもないんだが、一度誓ったなら貫き通すと決めている」

 

「難儀な性質ですねー」

 

「全くだ。お陰で色んな人に迷惑をかけた覚えがあるよ。今も昔も。それだけが申し訳ないな」

 

 自嘲しながらアルドルは瞑目する。

 関わった記憶を脳裏に思い描いているのだろう。

 ……自身が栄光のために、奇跡の代償としてもはや大部分の記憶は失われているものの胸に抱いた感動と憧憬が確かに記憶(それ)が在ったという証拠だ。

 記憶が失われようとも、この感動と憧憬あるならば悲しくはない。

 これこそが素晴らしいものを見たという何よりの証明なのだから。

 

「ま、私の事は置いて。せっかくだ。これを機会に君に聞いておくとしようか」

 

「はえ? 今度は私の話ですか? そんな面白い話はないですよ?」

 

「それは私も同じだ。それでも乗ったのだから今度は君の番だろう。何、そう難しい話ではない。聖杯を巡る戦いに身を投じるものとして至極当然の質問だ」

 

「そう言われると逆に身構えてしまいますけど、何です?」

 

「君の願いだ、シャルロット・コルデー」

 

 両者の視線が交錯する。

 気づけばアルドルは頬杖を突いた気だるげな姿勢から背を伸ばし、シャルロットに真っ向から向き合っている。

 瞳には敬意と真剣さ。

 人が超然と感じるアルドルの姿がそこにあった。

 

「既に互いに知ったる身だろうから、一々語らないが私は君を識っている。こうして契約する以前から君という英霊を。だからこそ君を召喚し、だからこそ私は君に問わねばならない。知っての通り、私の願いは杯の力で栄光を齎すことだが、これは願望器としての性能に頼るものではない」

 

 そう、彼の願い。

 一族に栄光を齎すという目的は別段、万能の願望器たる聖杯の能力を必要とするものではない。元より結果を得るまでに至るだろうものは現段階で築き上げているのだ。だからこそアルドルに必要なのはそれを拡張するためのリソース。

 即ち万能の領域まで聖杯の効果を高めているという超抜級の魔力炉としての性能の方だ。

 

 中身が必要なのであって器の力に興味はない。

 であればこそ。

 

「目的を達した後、各人物たちの願いを叶える余力は生まれるだろう。ましてや私が消えた後に後釜に就くのは『彼』だ。文字通り神頼みとなるから万能とまではいかずともそれなりのことは出来るだろう」

 

 故に、とアルドルは言葉を繋ぎ。

 

「その後の私であれば、かの冠位指定に挑む彼ら(・・)に──」

 

「マスター」

 

 制止するような穏やかな呼びかけ。

 それにアルドルは静かに続ける。

 

「……サーヴァントの特性は考慮に入れている。彼女と貴女が似た別人であることも当然。だが貴女は見たはずだ、私の記憶を、私の物語(感動)を。あるべき所にあるべきものを返そうというのは無粋かな」

 

「そうですね。心遣いはありがたいですけれど、それでも私は彼女じゃありませんから。何処までいってもあの恋は、あの子のものなんですよ」

 

「そうだな。そうなんだろう。しかしならばこそ尚の事、私は問わねばなるまい。君の願いは何だ? シャルロット・コルデー、我がサーヴァントよ。私の記憶を知り、そして現世に何を見る。聖杯に何を託す。この戦いに臨む私のたった一人の共犯者なのだ。返すものを返さないと私が申し訳ない」

 

 マスターがそうであるように、サーヴァントにも願いがある。

 アルドルはシャルロット・コルデーという自らのサーヴァントを良く知っている。知っているからこそ招き寄せ、知っているからこそ問いかけるのだ。

 

 自らのサーヴァントが心の底から願う祈り。それを識っているからこそ真摯に、大聖杯に託す祈りがあると確信して問いかける。

 

 それは間違いではないが同時に正しくはない。

 これも一種の彼の悪癖だろう。

 相変わらず物語を見るように彼は世界を見てしまう。

 

 だから一言、苦笑し、シャルロットは言う。

 

私は貴方のサーヴァントですよ(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「それは知って…………そういうことか」

 

 言われてアルドルは思い違いに気づく。

 ため息を吐いて、頭を振る。

 同時に向けられた言葉に含まれた想いに何処か困ったような笑みを浮かべる。

 

「私を知った上でかね」

 

「寧ろ貴方を知ったから、ですかね。私という女を貴方は知っているんでしょう? なら、これは当然の話かと」

 

「なるほど君の願望を考慮すれば想定しうる可能性ではある、しかし私では色々と不相応な気がするが……」

 

「そうですねー。正直、あの子が抱いたものと比べれば。貴方は傷つきそうにありませんしね」

 

 その言葉は互いに同じ記憶を共有するが故の言葉だった。

 彼は彼女を知っている。

 彼女は彼を知っている。

 だからこそこれはお互いにだけ通じる会話。

 彼らだけが立ち入ることの出来るやり取り。

 

「でも貴方は傷つけるまでもなく、きっと忘れないんでしょう? よりにもよってこんな私にまで本気で感動して、本気で憧れているモノ好きさんですから。唯一無二にはなれそうにないけれど、貴方ならいいかなって。それに危なっかしい人ですから。私ぐらいは一緒に居ないと。共犯者、ですからね」

 

「……参ったな。これはまた痛そうなナイフだ。昔喰らったのよりずっと」

 

「はい! なのでどうせなら死ぬほど私を呼んだことを後悔してくださいねー。後悔、したことないならいい機会でしょう」

 

「いいや、それはないな。残念ながら今も昔も未来にも、きっと私は後悔しないだろう。だが、君の願いは承諾した。ならば後は駆け抜けるとしよう。聖者たちを駆逐して栄光を我らの手に。

 ──頼めるかな、アサシン(・・・・)

 

「はいな! 任せてください!」

 

 二人して笑い合う。

 会話は結局、物騒なものになったけれど。

 マスターとサーヴァント。

 両者の関係を思えばお似合いと言えるだろう。

 

「……ん」

 

 ふと、アルドルが何かに気づいたように顔を上げる。

 釣られてシャルロットも視線を追う。

 青く広い、空。

 

 天空を舞うのは黒い二対の鴉たち。

 

「即断即決は正解だったな。獲物が網にかかったようだ」

 

「みたいですね。ではお休みも終わりですか。どうせなら一日ぐらいはこうして居たかったですが……」

 

「なに、一時でも穏やかな時間を過ごせただけでも今の私たちには十分すぎる贅沢だろう。では予定通り偉大なる乙女(ラ・ピュセル)を倒すとしよう。構わないか」

 

「存分に。たとえ我が故国に名を刻んだ偉大なる英雄であろうとも。今の私は貴方のサーヴァントですから」

 

「ありがとう。ではプラン通りに始めようか。聖人を殺すだけの最も簡単な仕事をな」

 

 青年から魔術師へ。

 似合わない獰猛な笑みは挑戦する事への悦びだ。

 運命をその手で変える。

 そうでなければ掴み取れない結末がある。

 

 故に、さあ──最後の思い入れを絶ちに行こう。

 

「以って外典をこの手に。勝つのは()だ」

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