千年樹に栄光を   作:アグナ

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カモミールの光 Ⅱ

 中世ヨーロッパの時代から今なお街並みを変えないトゥリファスの街の通りにはカフェや飲食店、呉服店の他に露天商もまた多く存在している。

 石畳の地面に宝飾品や雑貨を並べて客を待つその姿は都会に生きる者ならば創作物の類でしか見聞きしない古い時代の商人組合(ギルド)を思わせる。

 

 そんな露天に連ねる、靴磨きを生業とする壮年の男は今日もまた、いつも通りに暇を持て余して年代モノの煙草(パイプ)を吹かしていた。

 時刻は正午過ぎ。

 飲食サービス以外を生業とする者たちにとって、昼食を終えた人々が街の散策に繰り出すであろうこの頃合いは、正にかき入れ時であるものの、男の店に訪れるものなど元より常連ぐらいであり、新規の客などひと月に一度あるかないかである。

 

 つまるところ一日に数人訪れれば上々というのが壮年の男にとっての平常であり、日常なのだ。

 故に勤労に多くを求めない良くも悪くも大らかな時代から続く露天商の商人らしく、今日もまた壮年の男は退屈な正午をいつも通りに消化していた。

 

 肺を濁らす煙をささやかな快感と共に口から漏らしながら、壮年の男はボンヤリと街道をゆく人々を眺める。

 

 うわの空で考えることもいつも通りだ。

 今日の晩飯は何かだとか、妻の愚痴をどう躱すかだとか、都市に越していった息子の調子はどうだとか──時代を生き、そしてやがて時代に忘れられていくだろう平凡な人間らしい思考。

 遥か先の未来や、残り少ないだろう己の余命の事など考慮せずに、日常は当たり前に続いていくのだという有り触れた楽観。

 

 壮年の男は何処までいっても普通の、ありきたりで当たり前の価値観を有した今を生きる凡夫である。

 だからこそ、であろう。この街に生まれ、この街で過ごし、この街で死ぬであろう凡人であるからこそ、彼はいつも通りに混ざりこんだ異物に気づいた。

 

「ん?」

 

 人々の行きかうトゥリファスの街道。

 雑談する男女、はしゃぐ子を窘める両親、友人同士でワイワイと騒ぐ若者たちといったいつも通りの中に一人だけ気色の違う者が居た。

 

「Hänschen klein ging allein In die weite Welt hinein~」

 

 軽やかに、踊り舞う妖精の様に一人の少女が歌を紡いでいる。

 

「Stock und Hut steht ihm gut, Ist gar wohlgemut~」

 

 公用語たるルーマニア語ではない。それでいて街の何処かで聞き覚えのあるその響きは恐らくはドイツ語。ハンガリー語と同じくトランシルヴァニア地域において時折、耳にすることのある言語である。

 

「Aber Mama weint sehr, Hat ja nun kein Hänschen mehr~」

 

 ドイツからの観光客なのか、或いはドイツ語を話す身内がいるだけなのか、少女は手に提げた黒い傘をリズムに合わせて動かしながら道を往く。

 他の通行人にとっては邪魔と取られる行為だが、不思議と誰も少女に視線も注意も向けはしない。

 

 よって少女は機嫌よさげに歌を紡ぎ、ステップを刻み、道を歩く。

 

「Wünsch’ dir Glück, sagt ihr Blick, Kehr nur bald zurück」

 

 いわゆるゴシック・アンド・ロリータと呼ばれるファッションに該当するであろう黒いドレスに身を包み、保護者らしい保護者を連れずに、歌を歌いながら街を歩く妖精のような少女。

 

 それは正しく壮年の男が過ごす日常風景からかけ離れた登場人物であり、加えて年を重ねた常識を持つ大人にとっては、少女の現状は余りにも無防備極まる状態だ。

 

「嬢ちゃん、一人か? 親はどうした?」

 

 だからこそこれもまた当然の反応。ぶっきらぼうながらも相手の身を案じる壮年の男の声掛けに、少女が歌を止め、ふわりと振り向く。

 

「あら?」

 

 視線が合う。同時に壮年の男は思わず息を飲んだ。

 顔立ちは想像以上に幼い。恐らくは十代も前半、いや、或いはまだ十代に差し掛かった頃合いだろうか。まるでビスクドールを思わせるような整った顔立ちは今からでも既に将来に開くであろう花の輝きを容易に想像させる。

 正に美少女。そんな言葉が担うほどに容姿の優れた少女である。

 

 しかし……壮年の男が息を飲んだ理由は整った容姿ではない。

 

 パッチリと開かれた少女の瞳。

 本来あるべき左右対称の色彩(いろ)であるはずの両目にこそ、壮年の男は息を飲むほどに魅入られたのだ。

 

 虹彩異色症(オッドアイ)。左目の蒼天を思わせる(ブルー)に対して、右目の色彩は夕暮れを思わせる橙色(オレンジ)である。

 

 脳裏にふと魔性、という単語が浮かび上がった。

 

 それほどまでに少女の瞳は見る者を魅了し、同時に底知れない不安感を相手に与える。さながら水底へと船乗りたちを誘った人魚(セイレーン)のように、見る者を引きずり込むような美しさ。

 

 動揺に、黙り込んでしまった壮年の男を傍目に、眼下の少女はパチパチと瞳を何度か瞬かせた後、クスリと、いたずらっぽく笑う。

 

「──見つかっちゃった。かくれんぼの腕はそれなりだと自負していたのだけど、そうね……『周囲に異常を知らせる魔法は二流、真に万全たるは自然体のままに振るう魔法である』。ふふっ、街に溶け込むには流石に目立ち過ぎたわ」

 

 ざんねん、ざんねんと欠片も無念そうには思わせない楽し気な呟きをする少女。そうして彼女はクルリとその場で一回転して、スカートの両端を摘み上げ、お辞儀をする。

 舞踏会に踏み込んだ令嬢の様に、或いは舞台上で振る舞う役者の様に。

 

「ご慧眼、お見事です、おじ様」

 

「あ、ああ」

 

 少女の一礼に、ハっとして壮年の男は口から音を漏らす。

 魔法が解けるように、硬直から抜け出した男は次いで先に話しかけた理由をもう一度口ずさむ。

 

「その……お嬢ちゃんは一人か? ご両親、お母さんかお父さんは一緒じゃないのかね? 最近の街は物騒なんだ、お使いか何かは知らねえがもしも大人と一緒じゃないなら早めに家に戻った方がいい。それとも、迷子か?」

 

 口にするのは当たり前の心配。良識を持つ大人なら当然の言葉だ。

 何せ近頃のトゥリファスはやたらときな臭いのだ。

 裏路地には妙に殺気立った男たち、突如として事故の起こったというトゥリファスの象徴たるミレニア城、さらには隣のシギショアラでは謎の昏倒事件なども起こっていると聞く。

 

 そんな状況で容姿端麗な少女が無防備で街を歩くなど危険以外の何事でもない。

 だが、案じる壮年の男に対し、少女はやはり笑みのまま。

 年相応の爛漫さと、それでいて年に見合わぬ知性を感じさせる振る舞いで身を案じる心遣いに感謝を述べつつ返答する。

 

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、私に両親は居ないけれど、頼りになる大人は居ますもの。ねえ剣士(セイバー)さん」

 

「…………」

 

「うお……!」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべたまま、ちらりと視線を横にやる少女。

 釣られて視線の先を追うと、そこには無言で一人の青年が立ち尽くしていた。

 思わず壮年の男は声を出し、それに少女はまたクスクスと笑う。

 

「驚いちゃったかしら? 彼が私を守ってくれる騎士様(ナイト)よ。期間限定だけれどお兄ちゃんのお友達の心遣いで今は私を守ってくれているの。素敵でしょう? ね、剣士(セイバー)さん?」

 

「…………」

 

「そ、そうなのか……」

 

 少女の言葉に反応してぺこりと頭を下げる青年。長身に加え、鋼の様に鍛え上げられた褐色の肉体、身に纏う銀の鎧に、背負うようにしてある背中の大剣。

 少女とはベクトルの違った迫力に、壮年の男は圧倒される。

 

「ええ。だから大丈夫なの。でもお心遣いは本当にありがとう。お礼と言っちゃあ何だけれど今日は早めに店じまいすることをお勧めしますわ。これから少しこの街で派手な演劇(オペラ)があるの。街が騒がしくなる前に家に戻って休んだ方がきっと良いわ」

 

 そう言って今度は少女の方が壮年の男を慮る様に言葉を告げる。こちらを覗き込むように前かがみで、吸い込まれるような瞳に、壮年の男の姿を映す。

 茶目っ気と、何処となく不思議な真摯さを思わせる視線の色が、妙な納得感を壮年の男に与える。

 

 果たして、トゥリファスの街で演劇(オペラ)があるなどと欠片も耳にしたことがないにも拘わらず、何となく少女の言葉を正しく思った壮年の男は。

 

「……そうだな。そうしよう。ありがとうなお嬢さん」

 

「いえいえ。ちょっとしたお礼ですわ。いつも通り、明日からも頑張ってくださいな」

 

 そう言って少女はまたも歌を紡ぎながら歩き去っていく。

 相も変わらず無防備な有様だが、壮年の男はそれを今度は気に掛けるでもなく、少女に言われた通り、手早く店を片付け始める。

 店じまいには早すぎる時刻だが、今日の所は少女に勧められた通り、早めに帰路に就こうと考えたからだ。

 

 そうしてものの数分と掛からず、壮年の男は店を片付けて帰路に就いた。

 去り際、いつの間にか少女の傍にいたはずの青年の姿が無かったことにも、少女の言葉を聞いてから煙草を吸っている時みたいに意識がボンヤリとしていることにも気づかぬまま、壮年の男は言われた通り、早々に自宅へと戻るのであった──。

 

 

 

……

…………。

 

 

 

「ふふ、普通の人も侮れないわね。何年も同じ風景、同じ日常、同じ時間……魔術や異能に頼らずとも経験は時として、こうも簡単に異常を感知しちゃうんだもの。人間の可能性っていうのは魔法以上に魔法みたい。貴方もそう思わない?」

 

『…………』

 

 街を歩く少女は姿なき護衛の青年……剣士(セイバー)さんと呼ぶ人物へと笑いかける。

 対する青年は無言。平時がそうであるように、不愛想のまま自らの感情を伺わせないような──否、何処となく困ったような雰囲気を漂わせていた。

 

 それに気づきつつも、少女は勝手知ったるとばかりに言葉を続ける。

 

「誰も彼も劇的で派手な物語(ドラマ)にばかり魅入られるけれど、此処は現実世界。みんなが登場人物(キャスト)で、みんなが主役(プロタゴニスト)。たとえ凡庸でありきたりなストーリーでも軽んじて良い人生(モノ)なんて何一つないわ。まして脇役が主役を喰らうなんて言うのはそう珍しくもなんだから」

 

 だから、どのような事情であれ。少女は看過しない。

 皆が皆、登場人物で主人公。

 たとえ神秘を知らぬ群衆であろうとも、油断してはならぬのだと楽し気に嘯く。

 

 それが彼女の心得。

 年相応の爛漫さと年不相応の冷静さを兼ね備えた少女、ルクスが常に実践する振る舞いであった。

 

 相手が魔術師でも何でもないただの一般人であろうとも、自身にとっての想定外を引き起こしうると考えたならば当然の様に対処する。舞台から遠ざけるといった穏やかな手段から……もっと過激な手段まで。

 

 人々の持つ可能性、人々の生み出す物語(ドラマ)

 感動するが故に容赦も油断も全くしない。

 

 人は誰であっても主役たり得ると思うが故に。

 

「ましてやこれから向かうのは主演も主演。私たちの脚本における敵役(アンタゴニスト)ですもの。用心深くして損はないでしょう?」

 

 同意を求めるようにルクスが笑いかける。

 しかし青年は相も変わらず無言である。

 すると少女は不貞腐れたように立ち止まり、頬を膨らました。

 

「もう、無視なんて酷いわ。貴方も紳士なら乙女に気の利く言葉の一つや二つ、披露してみてくださいな。こうも素気無くあしらわれていたらクリームヒルトだって愛想を尽かしてしまうわよ、きっと」

 

 その言葉に反応したのか、或いは単に黙っていても解決しないと考えたのか、青年は──“黒”のセイバーは無言のままに考えていた疑念を口にする。

 

『貴女は……』

 

「うん? なぁに?」

 

『貴女は本当に、その……“黒”のアサシンのマスター、アルドル(・・・・)殿、なのか?』

 

 “黒”のセイバーが疑問を口にしたその瞬間、少女は半目で“黒”のセイバーを睨みつけた。

 

「むー……酷いわ。貴方には私が殿方に見えるの? 乙女に対する言葉としては無粋な上に最低よ。貴方にはこの私があの自称常識人と同じに見えるのかしら?」

 

『い、いや……そういう意味で聞いたのではなく、その……すまない』

 

 その立ち振る舞い、間違ってもかの“黒”のアサシンのマスターならば絶対にしないであろう様に思わず“黒”のセイバーはたじろぎ、謝罪する。

 ルクスは腰に両手を当て、怒ってますと言わんばかりに態度を露わにするが、ふと息を吐いて手に提げていた黒い傘を広げる。

 クルリと、手元でそれを回転させながらと歩き出す。

 

 無言で歩みだすルクスに、無言で霊体化したまま後に続く“黒”のセイバー、やがて十数歩と歩みを重ねた後、誰に言うわけでもなく、独り言を呟くようにしてルクスは口を開いた。

 

「──生物が群れを成し、社会を作る利点は単純に食料の確保、繁殖、そして何より外敵から身を守るために最も効率が良いからよ。それは人間も同じこと。人が村を作り、街を作り、国を作った最大の理由の全てはそこに帰結する」

 

 即ちは目的に対する最大効率を求めた結果だ。

 食料の確保、生命としての繁殖、敵対存在との闘争。

 それら世界に生きる限り発生する必然的な事態に対して、最も効率よく対応するために自然とできた形。高い知性を有する生命体が、その知性で以て叩き出した最善とされる結論である。

 

 唐突に語られる人間が行う行動原理に対する追及。しかし“黒”のセイバーはそれに疑問を挟むことなく無言で次の言葉を待つ。

 それがこの場ですべき最善だと考えたからである。それを知ってか知らずか、微かにルクスの口元が綻ぶ。

 

 彼女は言葉を続けた。

 

「みんなで同じ目的のために頑張ること、共通意識を持ってそれぞれに協力し合うこと。簡単に言えば力を合わせて頑張ること。それが凄い力を発揮するのは今の世界が証明しているでしょう? 人は一人じゃ明日の食料を確保するのにだって命がけなのに、今じゃ明日の食料を確保するに留まらず、星の外にだって出かけられるんですもの。正に皆の力ね。素敵なことよ」

 

 そう人間は非力だ。

 鋭い牙も爪も持たず、空を駆ける羽だって持ち合わせていない。

 個人という単位においてはそこらの野犬にすら命がけ。

 それが人間という種族の生物だ。

 

 されども人は築き上げた。

 野生すら寄り付かぬ光の絶えぬ都を。

 遥か天空を舞う鋼の両翼を。

 惑星を飛び出して、星間を航行する手段を。

 

 一人では成せない偉業の数々。

 みんなで力を合わせて手に入れた文明という成果。

 正に絆の力というべきそれをルクスは称賛する。

 だからこそ。

 

「そしてそれは()も同じこと。一人で出来ることなんてたかが知れているんですもの。まして行う目的の大きさを考えれば一人で何てとてもとても。だけれど、その目的を達成するためには不純であってはならなかった。悪意であれ、善意であれ、歪みがあってはならない。目的を必ず達成するという強い意志が必要だった」

 

 運命を変える(・・・・・・)

 その大望、その悲願、その目的。

 相対する障害の難易度を考えれば、手段も手法も選べない。

 故にこそ強く。

 味方の犠牲に苦慮するなど考えてはならない程に強くそれを貫き通す意志が必要だった。

 

「でも、みんなは、()が心の底から信じられるほど強い意志を持っていなかった。その上、優しく愛おしく、そして甘すぎた。……みんなは()ほど()()くあれなかった」

 

 ならば達成するには個人で行うしかない。

 しかし個人は個人であるが故にたかが知れている。

 どれほど素晴らしい才能あろうとも、どれほど充実した経験値があろうとも、どれほど万全たる対策があろうとも。

 

 たとえ未来が見えるとしても個人は個人であるが故に必ず限界点に行きつくのだ。人一人の手では全てを全て掬えない。

 

 ではどうする? 一つの目的のため、純然たる意志の下、大いなる目的を達成するためには一体どうすれば良い?

 

 答えは──魔術師らしく、合理的だった。

 

「みんなには頼れない。

 しかし一人でも成し得ない。

 じゃあどうすればいいでしょう? ──答えはとても簡単よ。

 要は──自分がもう一人いればいい(・・・・・・・・・・・・)

 

『それは……では君はつまり──』

 

 ルクスが立ち止まり、“黒”のセイバーの方へと見る。

 先ほどまでの不機嫌さはなく、悪戯っぽい年相応の笑み。

 彼女は告げる。

 

「それが彼と同じ起原(カタチ)を持った者たち。《(かれ)》であって、彼ではない《(わたしたち)》」

 

 ──《光》は常に普遍にして不変。

 いつ如何なる時代にも存在し、いつ如何なる世界にも遍在する。

 

「──改めて自己紹介よ。私はルクス。彼──アルドル・プレストーン・ユグドミレニアが持つ《(カタチ)》の一つ。《(かれ)》が辿った別の可能性。彼とは違う、それでいて《(かれ)》と同じモノ」

 

 《光》が辿った数多の異聞(可能性)

 輪廻転生(同一)の魂ではなく、原型より派生した別の(結末)

 

「それが私たち(・・・)

 彼の黄金宮に名を連ねる群霊──『異名存在(ケニング・アバター)』。

 彼と同じ目的を共有する、《(わたし)》たちよ」

 

 “黒”のセイバーが抱いた疑念。

 お前は“黒”のアサシンのマスターなのかという問い。

 その答えをルクスは隠すことなく明かしてみせた。

 

『……魔術とは、そんなことも可能なのか』

 

 発想もそうだが、余りにも常識外れの所業である。

 

 己という個我の発生原因。

 その発生原因を起点として己とは異なる個我を呼び出し、使役する。

 

 魔術に対する知見は聖杯の齎す知識以上に持ち合わせない“黒”のセイバーではあるがそれでも常軌を逸した技であることは理解できる。

 『分割思考』やクローンとは訳が違う。下手をすれば全く同一の己を作り上げるという非常識ですら上回るものである。

 

 唖然としたまま呟く“黒”のセイバーに、しかし少女は首を振った。

 

「……起原を介した別自我の利用、言ってしまえば原型が同じというだけの全く別の魂を呼び出すという魔術自体は確かに魔法の領域に踏み込む奇跡だけれど、私たちの場合は事情がちょっと特殊なのよ。私たちの起原特性、そして()の特殊性あってこそのものよ」

 

 彼らが《光》であること。

 そして彼がこの世界に訪れた来訪者(・・・)であること。

 この二つが揃っての術式である。

 

 再現は自己の範囲に留まり。

 内部の複雑性を除けば、表面上は同じ存在が別の名を名乗っているというだけの話。

 故にこそ、これはれっきとした魔術なのだと少女は告げる。

 

「だから貴方の思う程、大したことはしていないわ。そうね……私のことは彼の兄妹だとでも思いなさいな。私はそう振る舞うし、彼はそう扱うわ」

 

 だから、と。

 霊体化している“黒”のセイバーを見透かすように。

 妙な威圧感を伴った笑みを浮かべて。

 

「私はルクス(・・・)よ。アルドルじゃないわ。よろしくって? ミスタ?」

 

『……了解した、ルクス殿』

 

「うん、よろしい。これからは気をつけてね」

 

 どうやら名前間違い(・・・・・)は少女にとっては余程に不愉快だったらしい。その魂の年齢をして十二歳の少女は、愛らしい見た目に反して既に人として確固たる強い我をキチンと持ち合わせていたらしい。

 ──“黒”のセイバーにとって生前の伴侶たる不機嫌な時のクリームヒルトもかくやといった『圧』があった。

 

“……気を付けよう”

 

 竜をも下した勇者は心の底から己を戒めた。

 

「さて、貴方の疑問も解決したようだし、私の話はここまでにしましょ。一番大事なのは私の身分なんかじゃなくて私たちの役目の方なんだから。貴方は一時私の騎士だけど、その役目は私を守ることだけじゃない。分かっているわよね?」

 

『ああ、承知している』

 

 こくんと頷き、言葉を返す“黒”のセイバー。

 

 ──そう、ルクスが何者であるかだとか、彼女たちを取り巻く事情だとか、そんなものは重要な話ではない。

 “黒”のセイバーの本来のマスター、ゴルド・ムジークではなく、この一時にルクスのサーヴァントとして振る舞う訳は一つ。

 同じ“黒”の陣営として、同じ目的を遂げるため。

 

 ひいては“赤”の陣営と戦うためにこそ、此処に在る。

 

「今回の主役は私たちじゃない。作戦の最大の目的は城で話した通り、ルーラー……この聖杯大戦に混ざりこんだ想定外の敵を討つこと。そのために邪魔となる全ての障害を舞台から叩き落すことにある」

 

 業腹だが、ルクスも“黒”のセイバーも今回は脇役。舞台に上がる主演はアルドルであり、ルーラーである。

 かの調停者を討ち果たすために、二人舞台を邪魔する全ての登場人物を舞台から遠ざけるのが今の二人の役目だ。

 

「“赤”の陣営が介入しないならば良いけれど、現実はそう簡単にはきっと行かない。誰がどう来るかは知らないけれど、サーヴァント戦が発生する以上、絡んでくる人たちは居るでしょう。それを打ち払うのが私たちの役目よ」

 

 確認のために目的を再共有するルクス。

 “黒”のセイバーもそれに対して否は無い。

 

 許可なく誰とも話すなというマスターの命令も解除され、令呪こそゴルドのままだが魔力パスはルクスと繋いでいる。

 まさにこの一時、ルクスと“黒”のセイバーはマスターとそのサーヴァントという関係だった。

 

「──けれど、せっかくなら想定内で想定通りの答えに辿り着くよりも想定以上の成果を出せた方が、もっと素敵だとは思わない?」

 

『……確かに、相対するのがいずれ雌雄を決さねばならない敵だというならば、それがいずれである必要はない。……機会があるというならば、手を伸ばすのも一つの答えだ』

 

「ええ。それに脇役って性に合わないのよね。せっかくなら私も目立ちたいわ。だからセイバー。状況にもよるけど私も派手に(・・・)行くわ。お兄ちゃんは自重を止めたみたいだし、私も自重抜きでやらせて貰おうと思うの」

 

『それはつまり……貴女も戦うということか』

 

「まさか。私は見ての通り非力な少女よ? 戦うのは貴方。そこは変わらない。だけど、直接矛を交えずとも出来ることは色々あるわ。だからね、セイバー。貴方に一つだけ頼み事。命令と取ってくれても構わないわ。これだけは守ってね」

 

 あくまで代行、あくまで代理。

 そう言ってきたルクスにしては珍しく強い言葉。

 “黒”のセイバーはその内容が重要なのだと確信する。

 

 ……己のマスターが今もゴルド・ムジークであることは変わらない。しかし今この一時はルクスこそが背を預ける戦友であり、指揮者(マスター)である。

 

『聞こう』

 

「ふふ、ありがと。でも、そうかしこまる必要はないわよ。きっと難しいことではないと思うから。──お願いは一つ。戦いが始まったら、絶対に私を見ないで」

 

『それは……』

 

 どういうことなのか、と疑問を続ける前に。

 

巻き込んじゃうから(・・・・・・・・・)

 

 端的にそれだけ告げて少女はクスクスと笑う。

 理由は告げない。或いは単に少女の悪戯心なのか。

 相変わらず掴みどころのない様である。

 

 しかしそれでも浮かべる微笑みに自信と自負が確かにあった。

 ならば多くを問う必要はない。

 願われたならば、応えることこそ英霊たる己の役目だ。

 そう考えるが故に是非は無く。

 

『了解した』

 

 “黒”のセイバーは強く頷いた。

 それに満足したらしく、ルクスはクルリと機嫌よさげに再び傘を回す。

 

「ん、それじゃあ気を取り直してかくれんぼの時間よ。さっきは私が見つけられちゃったけれど今度は私たちが見つける番。見つけられなかったら残念だけれど、でもまあ、向こうも勝つつもりがあるのなら──」

 

 と、そこまで口にして唐突にルクスは立ち止まる。

 ほえ、と呆けたように口を開き固まった。

 

『……何か見つけたのか』

 

 “黒”のセイバーはその異常にすぐさま身構えて言葉を掛ける。

 しかし言葉は返ってこない。

 ルクスは一点に視線を向けたまま黙り込み、そして。

 

「……貴方の悪癖よ、アルドル。中途半端に手札を晒すからこうなるのよ。まあ現状の理解で行きつく推測を考えれば予想のつく展開ね。流石は神父様、お陰で私たちの方はとっても面倒だわ」

 

 此処には居ない自分(アルドル)に批難の言葉を送るルクス。

 彼女の視線の先には想定通りに“赤”の陣営の姿がある。

 しかし……。

 

 

「もう満腹かい? セイバー! 最優のクラスも大した事はないな!」

 

「ハッ、まさか! てめえこそ最初の勢いは何処に行ったよ! 手を動かす速度が落ちてるんじゃねえのか!?」

 

「すまない店主、このアップルパイを二つほど追加注文したいのだが」

 

「時計塔、経費で落としてくんねえかなぁ……」

 

 

 視線の先で繰り広げられる予想外の光景。

 それを見て、ルクスは再び嘆息する。

 

 想定内の予想外(・・・・・・・)

 可能性の一つとして考慮はしていたが、そうなっているとは思わなかった展開。

 

「三対一か。さて、どうしましょうか?」




『異名存在』

超訳すると「自分が増えれば人手は足りるヨシ!」
……という考えの下《光》を起源と持つ別の魂を引っ張ってきた存在。
存在としては分御霊に近い。

破格の魔術式だが、某正義の味方が有する固有結界と同じように起原が色濃く出たことと主人格たる存在の特殊性の二つがあって初めて成立する彼ら独自の魔術式。
細部を除けばやってることは異なる名を名乗ることによる異なる性能の発露なので魔術自体に特殊性はない。
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