千年樹に栄光を   作:アグナ

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カモミールの光 Ⅳ

 “赤”の陣営との激突から半日。流石に消耗の隠しきれない“黒”のマスターたちを配慮して、ダーニックの号令により各マスターとそのサーヴァントは暫しの休息を与えられている。

 その実質的な自由行動の号令に、各々は言葉通りに羽を休める者から次なる激突に備える者と、個人のスタンスに則って過ごしている。

 

 そして現存する“黒”の六騎において最も消耗の多いバーサーカーのマスターたるカウレスの場合は次なる戦いの開戦まで己にやるべきことは無いだろうと割り切って、緊張で強張った身体と過度な魔力供給に消耗した魔術回路を休めるため、気の抜けた日を送ろうとしていた。

 

 そんなタイミング。気分転換がてら意味もなくミレニア城塞内を徘徊していたその時に彼は実の姉たるフィオレと遭遇したのである。

 

「あれ? 姉ちゃん? 何処か行くのか?」

 

 声を掛けると同時に気づく。

 聖杯大戦以後、見慣れた“黒”のアーチャーを引き連れている姿に加えて、その手に持つは姉の魔術礼装たる接続強化型魔術礼装(ブロンズリンク・マニュピレーター)。姉の魔術師としての研究成果にして、戦闘用の武装である。

 

 平時には不必要であるそれを見て、即座にカウレスは姉の目的がただの外出ではなく、初めから戦闘を想定していることを察する。

 

 だが続く弟の疑問を待つことなく、先にフィオレが口を開く。

 

「……ああ、カウレス。ちょうど良かった。少し聞きたいのだけれどアルドルを見なかったかしら?」

 

(にぃ)……今朝の会議以降は見てないけど、ああでもロシェの魔術工房に向かった姿は見たような……」

 

 姉の質問にぼやけた記憶の糸を辿って状況を思い出す。他のユグドミレニアの魔術師と違って自他ともに認める三流魔術師のカウレスである。実のところ昨日の戦いによる消耗で今朝の記憶は曖昧なのだ。

 件の義兄……アルドルが本来の聖杯戦争には存在せざる第八のクラス、ルーラーなる存在を仄めかし、それを討つと発言していたことまでは記憶しているが、以降の記憶は覚束ない。

 

 確かダーニックと何やら会話をしていたことや、それから何だかの依頼の件でロシェの篭る工房へ向かったと記憶しているが……。

 

「つーか義兄さん。昨日の今日で活動的すぎるだろ……」

 

 とそこまで記憶を辿り、姉に気取られぬようボヤく。

 あのダーニックですら若干疲れたような顔をしていたのに、義兄と言えばもう既に次なる戦いに備えて独自行動を開始している。

 

 魔術師としての性能もさることながら驚愕すべきはそのバイタリティーだろう。思えば聖杯大戦直前からいつ寝てるのだろうと思う程に行動的だった義兄だが、始まってからというもの休んでいる姿が思い出せない。

 

「そう、ならロシェに聞けば分かるかしら?」

 

 義兄と慕うアルドルにやや呆れた感想を覚えるカウレスを傍目に、フィオレの方はと言えば首を傾げて考え込んでいる。

 その様子にカウレスは状況から姉の目的を察した。

 

「……もしかして加勢に行くのか? 例のルーラーのサーヴァントと戦うっていう話の」

 

「ええ。早速、アルドルの方は行動しているみたいだし、私もそれを手伝おうと思って」

 

 やはり察した通り、例のルーラー討伐の話が姉の目的だった。

 

「まず例のサーヴァントの居所を探す所から始めるでしょうし、人手はあった方が良いでしょう? それにルーラーは強力なサーヴァントだとも聞くわ。アルドルのサーヴァントはアサシンですし、暗殺に失敗したときサーヴァント戦になれば不利でしょう?」

 

「まあ確かに、流石のアルドルさんでも一人でサーヴァントと戦うなんて無茶は出来ないだろし……」

 

 フィオレの言葉にカウレスは頷く。義兄の事だから抜かりなく“黒”のアサシンを使って例のサーヴァントを討伐しようというのだろうが、仮に暗殺に失敗すれば、そのまま対サーヴァント戦に移行するはずだ。

 

 “黒”のアサシンはとても真正面からの戦闘が出来る類のサーヴァントではないし、義兄は強力な魔術師とはいえあくまでも生身の人間。

 

 もしも本格的な戦闘に移行すれば確かに義兄だけよりも遠距離が主体とはいえ三騎士の一角である“黒”のアーチャーの方が頼りになるだろう。

 姉の言う通り、索敵に必要な頭数や対サーヴァント戦を想定するに、手は多くあった方が良いだろう。

 

 姉の言葉を聞くまでそんな配慮にも気づかなかったのは……やはり、その正論を向ける相手があの義兄だったからだ。

 どうにもカウレスには件の義兄が失敗するという姿が想像できなかったのだ。あの義兄がやると言ったからにはやるのだろうと。

 そう自然に考えていたが故に。

 

「でもダーニックがそれを配慮して“黒”のセイバーをつけてるから大丈夫なんじゃないか? アルドルさんはうちの誰よりも戦い慣れしてるだろうし、キッチリセイバーも使いこなすだろうぜ、多分」

 

 ある種、盲目的な信頼と揶揄されそうな言葉だったが、別段これは楽観的な思考に基づくものではなくユグドミレニア一族においての当然の認識だった。

 何せ義兄はダーニック以上に時計塔から果ては聖堂教会にまで目の敵にされ、追われ続け、それら全てを返り討ちにしてきたユグドミレニア最強の魔術師である。

 

 加えて亜種聖杯戦争の連闘経験も含めば、現状の聖杯大戦において主催者たるダーニックをも超える聖杯大戦の優勝候補。

 そんな義兄が負けるという事態が、そもそもユグドミレニア一族の誰もがどうしようもないという事態の想定に繋がるのだ。

 

 故に姉のような懸念は考えるだけ無駄というか、寧ろ懸念が当たった場合はどうしようもないというか。

 ともかく義兄に関しては心配するのが恐れ多い、というのがカウレスの考えだったのだが、どうにも姉の方はそうではないようだ。

 

「そう……かもしれないわね。でもルーラーだけならアルドルだけでも対応するかもしれませんが、今は聖杯大戦の最中です。第八のクラスのサーヴァントの存在に気付いているのはアルドルだけではないでしょう。ましてや“赤”の陣営を統べる首魁が第三次聖杯戦争から生き残ったルーラーなのだから」

 

「あー……そうだった。確か天草四郎時貞だったか」

 

 これまた姉に言われて気づかされる。

 義兄がルーラーの存在を突き止めた理由。

 時計塔の魔術師勢力だと思われた“赤”の陣営を乗っ取ったという黒幕の存在。

 

 サーヴァント、ルーラー。

 天草四郎時貞。

 

 曰く極東の戦乱末期に誕生したという英霊の存在を考えれば、ただの第十五番目のサーヴァントの討伐も意味合いが変わってくる。

 義兄はイレギュラーを排除対象と見極めたが、この大戦における数の意味を配慮すれば、かのルーラーを取り込むという選択肢も生まれる。

 

 もしも“赤”の陣営が、中立の立場である十五番目のサーヴァントであるルーラーと敵対するのではなく協力することを想定して行動した場合……必然的に何処かで義兄と激突する可能性が発生するだろう。

 

「ええ。ルーラーだけならいざ知らず“赤”の陣営との衝突も考慮すれば手数はやっぱりあった方が良いでしょ」

 

「まあ、姉ちゃんの言う通りだな」

 

 これまた正論。姉の言葉にカウレスは頷く。

 

 ……だが、同時に姉の正論を件の義兄が思いつかないかとも思う。

 そして手が必要ならば義兄は初めから話を振るだろう。先日の“赤”の陣営との激突時にセレニケの手を借りていたように、今回ダーニックの許可で“黒”のセイバーの手を借りているように。

 必要とあれば義兄は頼ることにためらいを持たない。

 

 しかし、そんな義兄が今回のルーラー討伐という当初は想定していなかっただろうこの事態に対して“黒”のセイバーの手を借りつつも、個人的な行動の範囲内で作戦行動を行うということは……。

 恐らく、心配するだに無用の話なのだろう。

 

「カウレス殿」

 

 カウレスのそんな思考を知ってか知らずか、不意に姉に寄り添うサーヴァント、“黒”のアーチャー、ケイローンが口を開いた。

 

「マスターは純粋にアルドル殿を心配なさっているのですよ。私から見ても彼はどうにも無茶を通す気質の人間に見えます。年幼き頃合いからの知人であるというマスターの憂慮をどうかお察しください」

 

「な、あ、アーチャー……!?」

 

「ああ、そういう……」

 

 まるで娘を見る親の目のような微笑まし気な表情のままフィオレの心中を言い当てる“黒”のアーチャー。

 カウレスもそこまで言われれば流石に気づいた。

 

 ……どうにも疲れで思考が魔術師としての認識に偏っていたようだ。能力やら合理を除けば姉が本当は如何なる心理で助力を申し出ているのか理由など考えるまでもなかっただろうに。

 狼狽える姉を横目に、カウレスはバシッと自らの両頬を叩き、気を取り直す。

 

 ダーニックは今日を休息に当てているが、件の義兄も目の前の実姉も、何だかんだ聖杯大戦の勝利に向けて己の出来る最善を行動している。

 ならば実力は三流に過ぎずとも仮にもユグドミレニアを代表するマスターであるカウレスがするべき事は決まっている。

 

「そういうことなら俺も一緒に行くよ。どうにも何にもないと意識が腑抜けてダメになりそうだ。次の戦いまでに気が抜けすぎても困るしな。手数が必要だって言うなら俺も居た方が良いだろう?」

 

「カウレス……でも、貴方は疲れているんでしょう? なら今は休んだ方が……」

 

「どうせ聖杯大戦が終わるまでは本当の意味では休めないからな。こうやって気が抜けすぎて本番でやらかす方が事だろ。疲れすぎて本番も動けないならともかく、気疲れ程度だからな。今は動いてた方が逆に色々気にしなくて済むだろうし」

 

 それに心配というならば寧ろ目の前の姉にこそ当てはまるだろう。義兄は何だかんだ無茶を押し通す強さがあるし、純粋に戦いに関しては絶対的な信頼を覚えている。

 しかし姉はと言えば、無理を無理と自覚しないまま、本当の無理に直面して倒れてしまうような危うさがあるのだ。

 

 幼い頃から姉の背中を見て育ったカウレスだからこそ姉の魔術の才能を認める一方、一人の人間としての脆さを知っている。

 

「ま、無茶はしないさ。アルドルさんをフォローするっていう姉ちゃんを少し手伝うだけだからな。それに案外、あっさりとアルドルさんがルーラーをやっつけて俺たちの出る幕はないってこともあり得るからな。気は楽さ」

 

「そうかもしれないけれど……」

 

「マスター。此処はカウレス殿の手もお借りしましょう。実際、助力の手はあればあるだけ良い。それに此度のような戦いであれば偶発的な小競り合いはあっても本格的な戦闘には移行しないはずですよ。何せ時刻が時刻だ。相手が真っ当な魔術師の率いる陣営ではないとはいえ、現世を理解する英霊の一人であれば、本格的な開戦が齎すリスクについても理解しているはずです」

 

 肩を竦めて言うカウレスに、尚も実姉としての心配を言い募ろうとするフィオレを“黒”のアーチャーが窘める。

 “黒”のアーチャーの言う通り、此度の場合、懸念される事態とはルーラーとの戦いと偶発的な“赤”の陣営との戦闘だ。

 仮にアルドルが失敗し、そういったフォローが必要な場面になったとしても、現在の時刻は日も明るい真昼。

 

 神秘の秘匿を原則とする魔術師が行動を起こすには人目があり過ぎる時間帯である。アルドルの事だから状況は抜かりなく整えるだろうが、もしも戦闘となれば規模にもよるが人目を払う結界もその効力は薄まってしまうだろう。

 

 そしてそういう事態を聖杯大戦の調停を担うルーラーが認めるとも、“赤”の陣営を乗っ取っている現状を除けば、基本的にルールに沿って戦っている天草四郎時貞が認めるとも思えない。

 

 恐らくは双方小競り合いののち、引き分けの形で撤退ということになるだろう。常識的に考えれば本格的な戦闘には成り得ない。

 

 無論、騒ぎをそのままに神秘の秘匿もへったくれもなく戦いに発展するという事態も考えられるには考えられるが……。

 

 しかし懸念もそこまでいけば過度と言える。

 ともあれ、“黒”のアーチャーの説得にようやくフィオレは頷いた。

 

「そうね……そういうことならカウレスにも手伝ってもらおうかしら」

 

「よし。なら早速、ロシェの所に行くとするか。アイツならアルドルさんについて何か知ってるだろうし」

 

「──ん? 廊下で姉弟揃ってあの坊主に何の用だ?」

 

 心配性の姉の同意を貰い、いざ行動というタイミングで、折しも用件の人物に関わる男が通りかかる。

 青いフードを被り、杖を携えた青年──“黒”のキャスターは耳ざとくカウレスの言葉を聞き留め、問いを投げた。

 

「キャスター、ちょうど良かった。今、アルドルさんを探してて……何か知らないか?」

 

「ん……何だ、用事は兄ちゃんの方にだったか。アルドルの兄ちゃんなら街の方に出てったぞ。遂二時間前ぐらいだったかな。察するに兄ちゃんへの助力か?」

 

「ええ。ルーラーを探すなら手が多い方がいいでしょうし」

 

「ふーん……」

 

 二人の言葉を聞いて、“黒”のキャスターは何かを考え込むように黙り込む。

 饒舌とまでは言わないが、平時から口の回る様に見える“黒”のキャスターに対してフィオレとカウレスは少しだけ首を傾げながら“黒”のキャスターの言葉を待つ。

 ややあって“黒”のキャスターがようやく口を開いた。

 

「……ま、言う通り手は多い方がいいわな。手伝いたいって言うならトゥリファスの街に出ればいいと思うぜ。兄ちゃんの居場所も出りゃわかるだろ」

 

 少しだけ困っているような態度で、やや歯切れ悪く答える“黒”のキャスター。不思議な言い回しに相変わらずフィオレとカウレスは疑問の表情を浮かべているが、同じサーヴァント同士、或いはともにアルドルに関して知るところの多い者同士“黒”のアーチャーが言葉を返した。

 

「ふむ、それはアルドル殿が何か仕込んでいると、そう考えてよろしいですか、キャスター」

 

「まあな。今回は相手が相手だ、兄ちゃんも大仕掛けで行くだろうから舞台に立てば自ずと分かるだろ」

 

「……ルーラーはそれほどに強力なサーヴァントだと?」

 

「いや? ルーラーは確かに強いサーヴァントだが、兄ちゃんが警戒してるのはそっちじゃねえよ。聖杯大戦にはあんまり関係のない話だから俺たちの出しゃばる場面じゃねえし、寧ろ()だろ」

 

「それはどういう……アルドルが警戒しているのはルーラーではない?」

 

「あー……まあ何だ。あっちはあっちで兄ちゃんの方で片付けるから大丈夫だろ。流石に二回目(・・・)ともなりゃ今度は手際も整えるだろうし、嬢ちゃんが心配するこたねえよ、多分。どっちを見るか(・・・・・・・)は知らねえけど、百聞は一見に如かずってな。気になるなら直接見に行くと良い。どっちにしてもその後は兄ちゃんとアンタらの問題だろうしな」

 

「何を……」

 

「俺たちの問題……?」

 

「…………」

 

 やたらと意味深な発言を繰り返す“黒”のキャスターにいよいよ以って口から疑問を吐き出すフィオレとカウレス。しかし“黒”のアーチャーだけは“黒”のキャスターの意図を察したのか、黙り込むように何かを考えている。

 

 “黒”のキャスターはそのまま手をひらひらさせながら彼らに背を向け、

 

「まずは知ること。その後どうするかはアンタ次第だ。俺が言えることがあるとすれば後悔を残さない選択をしな。……残した側の俺が言えたことじゃねえけどな」

 

 そう言って場を辞していった。

 

 ……姉弟の疑問は晴れなかったものの、行くべき場所、会うべき人物の居場所は分かった。ならば後は当初の目的の通り向かうだけだ。

 何故ならば信頼するべき一族の仲間なのだから──その先にたとえどのような運命が待ち受けているのだとしても。

 自らの成せる最善の未来を目指して、進むのみである。

 

 

……

…………。

 

 

 ──これは当然の話であるが、ユグドミレニアが数を是とする一族である以上、トゥリファスに集っているのはマスターたる魔術師だけではない。

 

 元よりダーニックが大聖杯を起動させるに足ると見定めた霊地がトゥリファスであり、ミレニア城塞を本拠地と定め、そこを管理するのがユグドミレニアである。

 今は聖杯大戦中につき、城塞に居るのはマスターたる魔術師に限られるものの、街にはユグドミレニアの構成員たる魔術師も多数控えている。

 

 彼らは日夜街やその周辺を監視し、時には神秘の痕跡をかき消すために奔走し、時には敵の居場所を本拠地の魔術師に伝えるなど様々な活動を行い、主力たるマスターたちの行動を手助けしている。

 

 此処、旧市街地を拠点として活動する彼──アヴィ・ディケイルもその一人だ。召喚魔術を得意とし、魔術師としての性能ならば“黒”のバーサーカーのマスターに選ばれたカウレスを上回る使い手である彼の今の仕事は使い魔を通して街の異変を察知することにある。

 

 元々は低級の悪霊を使役し、様々な雑務をこなせる彼にはダーニックより城塞警備の任務が与えられるはずだったが、アルドルが“黒”のキャスターとなる英霊の候補を変更したことにより、既に城塞警備は“黒”のキャスター一人に一任されている。

 

 そのため警備に当てられるはずだった彼は今はもっぱらこうして監視業務にのみ日々を費やしていた。

 無論、魔術に関してそれなりに自信を有する彼は、自らが露払いほどの役割すら与えられない現状に少なからず不満を持っている。

 

 しかし、進言したのがあのアルドルであり、代替したのが“黒”のキャスターという魔術師の英霊である以上、彼の割って入る隙間は無く、こうして無念を胸に抱きつつ、監視業務を行っている。

 

 ……実際のところ、彼は優秀だ。ある種反則じみた性能を持つアルドルはともかく、彼はいち早く市内に未確認の魔力反応を確認し、街に潜入……というより隠すこともなく活動している“赤”の英霊三騎を捕捉した。

 

 そして見つけ出した“赤”の陣営を注意深く観察し、その言動の一つ一つをつぶさに記録している。その発言、その振る舞い、その容姿……英霊としての正体に通じるだろう情報を丁寧に拾い上げ、本拠地の魔術師たちに報告すべく纏め上げる。

 

 “赤”の陣営の英霊とそのマスター、獅子劫界離に気づかれず行うその手腕は間違いなく優れたものであり、彼が魔術師としてそれなりに優秀なのは疑うべくもなかった。

 だが……いや、だからこそ。

 

「半端に優秀、というのも中々に考えものですね」

 

「──え?」

 

 不意に衝撃。後頭部に何かが当たったと認識すると同時、アヴィは地面に倒れていた。あまりにも突然の出来事に呆然としつつ、辛うじて動く首を動かして、視線を向けると、そこには一人の青年がいた。

 

 白い髪に褐色の肌。

 カソックに身を包む柔和な笑みの似合う青年だ。

 

「初めまして。そして失礼。おやすみなさい」

 

「ガッ!?」

 

 友好的としか見えない笑みを浮かべたまま青年は掌打を繰り出す。

 二度目の衝撃を前にかくしてあっさりとアヴィは意識を奪われた。

 

 ユグドミレニアが街に蒔いた監視の目の一つ……それをこうも簡単に潰してみせた犯人──天草四郎時貞はふぅと息を吐く。

 

「やれやれ、慣れないことはするもんじゃありませんね。気取られず、かつちょうど良い相手を見付けるのには苦労しました。街の方の魔術師たちは横の繋がりが強い。そういう意味では旧市街に配置された貴方は災難でしたね」

 

 などと災難を起こした側の言う台詞ではない言葉を口にしつつ、シロウは倒した魔術師の衣服を雑に脱がす。

 目的は二つ。一つはサーヴァントに戻ったことで消費せざるを得なくなった魔力の補給と、もう一つは……。

 

それ(・・)がお前の目的か』

 

 不意に誰もいないはずの空間に声が響き渡る。シロウはその声に驚くこともなく肯定の言葉を返していた。

 

「ええ、まあ。保険に近い仕込みですがね。ただ、これは私の直感ですが、何となく役に立つとも思いますよ。──さて、告げる(セット)

 

 そう言ってシロウは倒れた魔術師の身体に自身の左腕を当て、魔術の鍵となる呪文を口ずさむ。刹那──シロウの左腕が淡い光を纏う。

 ──これこそがサーヴァントとしてのシロウが持つ宝具である。

 名を『左腕(レフトハンド)天恵基盤(キサナドゥマトリクス)』。

 

 英霊・天草四郎時貞が唯一、歴史に名を残すに至った功績。苦難の道を歩む信徒たちに希望を抱かせるため、奇跡を起したという天草四郎時貞の逸話を元に成立した宝具。あらゆる魔術基盤に接続し、如何なる魔術をも発動可能とする万能の鍵である。

 

 決して強力な宝具とは言えぬし、寧ろ性能面だけで見れば魔術師たるアルドルの振るう魔剣や神代の魔術にすら劣る代物だが、それでも使いようはあるのだ。

 本来は右腕と組み合わせ、他にも色々と切り札のような使いまわしが出来たのだが、他ならぬ話題に挙げたアルドルによってそれは失われた。

 

 よって隻腕となったシロウに出来るのは宝具を用途通りに発動するだけだ。

 

「つくづく、やってくれるものだなアルドル・プレストーン・ユグドミレニア。お陰でこちらのやり繰りはカツカツですよ」

 

 困ったものだと言いつつ、その表情には怒りでも憎しみでもなく、微笑み。追い詰められたと口では言いながら余裕としか見えない表情だった。

 

『その割には嬉しそうに見えるな』

 

「そうですか? いえ、そうかもしれませんね」

 

 姿なき声の指摘にシロウは同意する。別段、強者との戦いに悦を得られるような武人の気質を持っているわけではないが、別の所に敬虔なる信徒として思うことがあるのだ。

 アルドルという強力な障害は紛れもなく挑み続けたシロウの人生において一、二を争う強力な障害である。

 であれば逆説的にこうも思う。

 これほどの難敵、これほどの障害、これほどの試練が立ちふさがるということは。

 

「これを越えた先にこそ我が大願成就は成立する。そう確信しているからかもしれませんね」

 

『そうか』

 

 シロウの言葉に淡白に声を返す姿なき人物。

 シロウの目的と彼の目的が別にある以上、シロウの確信はどうでもいいと思っているのか、それとも別に思う所があるのか。

 

 何にせよ、その本心は伺い知れない。

 それでも特に問題はないのは、関係があくまで呉越同舟だからだろう。

 一時的な協力関係、なればこそそこに信用も信頼も不必要だった。

 

「ですが、そういう貴方の方はどうなのですランサー。貴方もまたかの人物に少なからず関心がある様子ですし、英霊の貴方から見ても彼は脅威ですか?」

 

『英霊なのはお互い様だろう。だが……ふむ』

 

 シロウの問いに姿なき声……霊体化した“赤”のランサーは何事かを考えるような沈黙を置いた後、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

『関心があるのは確かだな。彼からは俺や()に似た気配を感じる。異国風土には知見を持たないが、恐らく半ば人間から外れているのだろう』

 

「……やはりですか。いえ、ああもあからさまに符号が揃っていると疑わない方が不可能ですからね。正体は分かりますか?」

 

『俺の視界は賢者のそれと違って全知ではない。影からその正体を悟ることは不可能だ。だが一つ言えることがあるとすれば黄昏の後、神々は死んだのだろう。それは間違いないはずだ』

 

「では別の存在ということですか。とはいえ意味がないとは思えない。名乗ること、仄めかすことに何らかの魔術的意味があると見るべきでしょうね」

 

『さてな。どちらにせよ、俺のやるべきことは決まっている。立ちふさがるならば我が槍を振るうまでだ』

 

 事情など考えるにも値しないと言い切って“赤”のランサーは沈黙する。その言葉の意味するところを悟れない程、シロウは鈍くない。

 苦笑しながら黙り込んだ“赤”のランサーに返答する。

 

「ええ。そうですね。立ちふさがるならば、倒すしかない」

 

 言い切ると同時、作業は恙なく終了する。

 シロウは左腕を引き、立ち上がった。

 

「さて、仕込みの方は終わりましたし、予定通り敵の手腕を見せてもらうとしましょうか。彼の能力を推測するにてっきりルーラーを味方に付ける選択をするとも考えられましたが、どうやら彼女の存在が目障りなのはあちらも同じようです。もしかしたら面白いものが見れるかもしれません」

 

 ……彼の背景から察するに恐らくは未来視の類かとも想定していたのだがどうにも背景はそれだけではないようだ。

 

 おおよそ魔術師の目的──根源に至るという目的にせよ、ユグドミレニアという一族の繁栄を願う目的にせよ、どちらの領分においても本来は彼女を邪魔者として排斥するよりも味方であることを選ぶはず。

 それでも敢えて排除を選ぶというからには、やはりシロウと同じように向こうにも相応に後ろ暗い背景があると考えられる。

 

「リスクを置いてまで街に出て来た甲斐がありましたね。神か、或いは私の幸運か。何であれ、私は既に賽を投げた。であれば後はそれがどう生きるか」

 

 “赤”のライダーと“赤”のアーチャーの反骨心を利用して、獅子劫の下に遣わしたのも、こうして自らが街に出てきて仕込みに耽るのも、全ては勝利へと至る伏線が為。

 弱者に勝利は掴めない。いつだって待ってるだけでは救いは訪れないのだ。成したい理想も、叶えたい野望も、自らの手で掴み取ってこそ。

 

「せいぜい見せてもらいますよ。アルドル・プレストーン・ユグドミレニア。異教の神を語る神官の手腕というものをね」

 

 だからこそ、いつだって前を、未来を、希望を。

 その視線に陰りは無く、天草四郎時貞は微笑んだ。




魔術師アルドル

十三歳で時計塔入学ののち、主に『考古学』を専攻。在学時は主に北欧圏を中心としたフィールドワークを多く行っていたがため、英国に居る期間はさほど長くなかったという。ユグドミレニア一族を背景とした経済支援により時計塔内派閥『中立派』に資金援助を行い、メルアステアと盟を結ぶ。

卒業後は亜種聖杯戦争を転戦しつつ、聖遺物や神話関連の遺物の採取を行っており、その過程で時計塔の執行者や聖堂教会の代行者と激突。これを全て返り討ちにしたことにより魔術師としての名声が広まる。

得意魔術はルーン魔術と北欧系の呪術だが、魔術基盤とは別に『再現』に関する魔術に秀でており、その分野であれば系統を選ばず得意としている。時計塔在学時には『投影』に関しても幾つか論文を提出している。
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