千年樹に栄光を   作:アグナ

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カモミールの光 Ⅴ

 ──この世界は面白い、と青年は言った。

 

 心踊るような冒険譚(れきし)がある。

 目を奪われるような物語(げんじつ)がある。

 聞き入るような未知(みらい)がある。

 

 事実は小説よりも奇なりと言うように、この世界というものは図ったように何もかもが奇天烈で予想外で、他のどんな娯楽よりも心が躍る。

 呼吸をしている、生きている、この世界に確と存在している。

 ただそれだけでこうも充実しているのだと。

 

 無論、世界はただ優しいだけではない。

 醜い部分もあれば、吐き気を催す邪悪もある。

 

 光あるだけに闇は深く。

 世を尊ぶものと同じぐらいに世を恨むものが絶えぬのも理解できる。

 

 しかしだからこそ世界は色とりどりの千差万別。

 白か黒かだけで説明の付けられない千変万化。

 

 この多様さこそが面白さ。

 正しさだけの世界ではなく。

 悪意に満ちた世界でもない。

 

 永遠はなく、進化と退化と変化を繰り返し。

 常に輪廻し、逆行し、変わる。

 不変なりし普遍では無く、転輪し続ける。

 

 この一分一秒に色彩を変化させるが故に、決して止まらない。

 今この時にも新たな物語が、歴史が、未来が生まれ続けている。

 

 ああ──まこと、この世界は面白い。

 

 ……それが青年の全てだった。

 ……それが魂魄の原典だった。

 

 起源に引きずられて変質したのではない。

 原初(はじめ)からそういう性質(カタチ)だったのだ。

 遙か古より存在するその起源は不変であり、普遍なれば。

 変化する世界とは逆しまに青年は変わらない。

 

 そう、何の思惑も運命も無く、始めから。

 故に当然の因果として幾度の輪廻を繰り返しても結論は同じ。

 

 光あれ──その瞬間から世界を視ていた。

 旧くより変わらずに在り続けた起源が、■が感動を覚えている。

 

 民草の花のような笑顔を。

 

 感謝に握り込まれる手の熱さ。

 

 紙を捲るたびに変化する感動。

 

 描いた理想に一歩ずつ近づく達成感。

 

 謎を埋めていく充実感。

 

 不可避の悲劇を前にした虚しさ。

 

 歴史に思いを馳せていた時の満足感。

 

 ……そうして巡り巡って辿り着いた今に思う。

 この旅程は素晴らしかった。

 この感動があるからこそ私は不変で在り続けられたのだと。

 

 生きている。

 ただこれだけが、こんなにも充実している、こんなにも素晴らしい。

 

 己を取り巻く数奇な運命に感謝しかない。

 

 与えられた機会、残された刻限は少ない。

 しかし、その刻限に刻んでいきたい。

 確かにワタシは世界に在ったのだと。

 この感動を胸に。

 

 だから──そう、だから──。

 

「いざ栄光を。望む光をこの手に掴み、私は私の絵図(アートグラフ)を完成させる」

 

 (わたし)終点(ピリオド)に相応しい、物語を作るのだ。

 

「九つ巡りて黄昏時は来たる。終焉を吼える蛇竜の災い、世界を斬り裂く焔の滅亡。なれど黄金は天にあり。遍く災いにもギムレーは揺るがず。次代の良き人々により滅びの世界は再び色付く。時間は巡る、巡り巡って神々の継嗣と人々が新たな天地を創造する。これぞ普遍の理なり──」

 

 思い描くは懐かしき景色。郷愁を覚える終わった遥かな過去。

 鉾の時代、剣の時代、風の時代、狼の時代。

 黄昏は終わり、天地の狭間を生ける人の歴史へ。

 

 世界は転輪する。

 

「次代の天地を統べる者として、旧き盟約を今此処に」

 

 廻る、廻る。世界は今日も廻りつづける。

 だからこそ再演を、同時に再会と再開を。

 

 人と共に歩みゆく──黄昏の果ての楽園を此処に。

 

「──光神宣言(リーヴ)伝承降誕(ユグドラシル)

 

 来たれ──我が栄光、我が故郷。

 世界樹の宙に坐す新王が、新天地を創造する。

 千年樹が鼓動を奏で始める。

 

 ──さあ冠位指定を始めよう。

 

 

……

…………。

 

 

「あ、パッシオ叔父さん! それからレティシアちゃんも! こっちです! こっち!」

 

 午後特有の何処となく気だるげな雰囲気を纏うトゥリファスの街。

 そこに響き渡る、こちらを呼びかける明るい声。

 

 目を向けてやれば、そこにはかつてフランスで出会い、そして此処ルーマニアで再会した女性シャルロットがぶんぶんと手を振ってこちらに笑顔を向けている。

 大仰な出迎えに、周囲からは問答無用に注目を集めているが、それさえ気にせずシャルロットは満面の笑みでこちらを歓迎していた。

 

 そんなシャルロットの態度に思わずルーラーは苦笑し、パッシオの方は頭を抱えるような態度で首を振った。

 

「……すまないねレティシア君。来客歓迎の過ぎる身内で。まったく、もう少し彼女には周辺の雰囲気を読んで欲しいのだがね。談笑中のマダム方に迷惑だろうに」

 

「ふふ、確かに。ですが、気を悪くするほどの大声でもありませんし。寧ろ微笑まし気に見られているかと」

 

「目立ってる時点で無害とは言えぬよ。やれやれ」

 

 苦言するパッシオにフォローを入れるレティシア。

 

 ──先のアパートメントでの会話ののち、レティシアもといルーラーは彼の提案に乗って昼食をご相伴に預かることとなり、こうして彼御用達というレストランに招かれることになった。

 ついでに知人との茶会で席を外していたシャルロットも共に相席することとなり、レストランを集合地点として合流することとなったのだが。

 

「彼女の歓迎の仕方を考えるに、もう少し賑やかなお店にすれば良かったかな」

 

 と、そんなことをぼやきながら席に着くパッシオと、それに続くルーラー。

 二人が席に着くと同時に周囲の注目する視線は外れ、場違いな訪問者の気配に微かに浮足立った店内にも落ち着いた雰囲気が戻った。

 

 店の空気が元の状態に立ち戻ったことを感じ取った後、パッシオは軽く息を吐きながら、半目でシャルロットを見る。

 

「シャルロット君。君も淑女なんだからもう少し貞淑にできないものかね」

 

「大声ってほど大きな声は出してませんし、少しぐらい目立った方が二人もこっちに気づきやすいという私なりの配慮です。なので、これぐらいだったら大丈夫ですよ、多分」

 

「だからといってねぇ……」

 

「まあまあ、パッシオさん。実際、周りの方々もそれほど気にしていらっしゃらないようですし」

 

 詰るパッシオと軽口を叩くシャルロットを仲裁するようにルーラーは間を取り持つ。此処で言い合いを行えばそれこそ却って目立つ結果に繋がるだろうし、何よりせっかくの昼食時だ。険悪な雰囲気のまま食事を取るのは誰にとっても不幸だろう。

 

 そんな彼女の配慮を察してかパッシオは小さく咳払いし、シャルロットの方も気ぶりを吐き出すようにふうと軽く息を吐いた。

 両者ともそれで意識の切り替えは済んだのだろう。

 微笑を浮かべて、ルーラーの方へ顔を向ける。

 

「すまないねレティシア君。少々熱が入ってしまった」

 

「……気が立ってたのかもしれませんねー。お互いに最近色々と物騒ですし」

 

「いえ、落ち着いたようで何よりです」

 

 二人の謝罪を笑顔で受け流していると、丁度そのタイミングで、空気を見計らったのだろう店員がメニューを差し出してくる。

 パッシオが目礼しながらそれを受け取る。

 

 同時に三人分のミネラルウォーターを店員に持ってくるように伝えてから、ルーラーたちの方へと向き直った。

 

「さて、まずは改めてこうして再会したことを祝そうか。最近の街は物騒だと話したばかりだしね」

 

「全くです。レティシアちゃんも本当に大丈夫だった? 親戚の家にお世話になっていると聞いてますけど困ったことはありません?」

 

「大丈夫です。きょうか……お世話になっている親戚の家でも良くしてもらってますから」

 

「そう? なら良かった」

 

 シャルロットからの気遣いを受けつつ、ほっと息を吐くルーラー。

 今の身の上が教会住まいを露見させてしまう所であったからである。

 

 ……サーヴァントであるルーラーにもその霊体を受け止めるレティシアにもトゥリファスに知り合いは居ない。そのため彼らには親戚の家に世話になると通したものの、実際には世話になる場所に窮するところであった。そんな中、ルーラーを受け入れ、一時の仮宿を提供してくれることになったのが他でもない教会。但し、“赤”の陣営とは関係ない、この街に古くからある教会であった。

 アルマという曰く、ユグドミレニアの監視役として長くこの街に赴任されているという修道女は聖杯戦争の調停者にして聖女たるジャンヌダルクを快く受け入れてくれた。

 

 そんなこともあり、実際ルーラーがこの街に来てから生活面で困ったことは一切ないと言っていい。やはり目下の悩みはただ一つ、聖杯大戦にまつわる己の招かれた理由という一点に限られる。

 

「うむ。不便していないようなら何よりだよ。先にも話したが少女一人では今のトゥリファスは余りにも物騒だからね、私もシャルロット君も心配していたのだよ」

 

「それにレティシアちゃんはしっかりしているようで意外と抜けてる所がありますからね。あ、はいメニュー表……パッシオさんも私も大体決まってるので好きに頼んじゃってください。おすすめはカルボナーラです」

 

「抜け……ありがとうございます」

 

 手渡されるメニュー表を受け取りながらやや眉に皺を寄せる。

 確かに成人も迎えぬまま死した生前は元より、現代に生きる少女の身体を借り受けた現世の姿もまた若き少女とくれば、外から見て頼りがいというのものが感じられないという客観的評価までは納得がいくものだった。

 しかし抜けているという評価は心外だった。

 

「……自分では、しっかりしているつもりなのですが……」

 

「しっかりしている子は旅程をしっかり組むものですよ。ヒッチハイクなんて人の善性に十割依存したことを選ぶなんてことをしっかりしている子は選びません」

 

「うっ……」

 

「その件についてはシャルロット君の言う通りとしか言えないだろうね。レティシア君は性善説により過ぎていると思うよ。それが悪いとは言いたくないが、世の中には悪い人というのは必ずいるものだからね」

 

 二人の指摘に流石のルーラーも何も言い返せずに言葉を詰まらせた。

 実際の所、現世に蔓延る悪漢程度、サーヴァント・ルーラーとして現界を果たした今の彼女にとって一蹴するに簡単な相手なのだが、見た目からして極々普通のフランス人少女に過ぎない彼女の言葉を神秘知らぬ一般人が知る余地など無く、二人の忠言にルーラーは黙するしかない。

 

「と、些か説教臭くなるか。やれやれ……私も年かね。すまんね、レティシア君、心配の言葉ばかりで。まあ田舎の年寄りの言葉を受け流してくれたまえ」

 

「私は全然年寄りじゃないんですけど?」

 

「成人を過ぎたらこの頃の少女にとってはおじさん、おばさんだよ。シャルロット君」

 

「むっ、そんなことありません。ね、レティシアちゃん」

 

「そうですね、成人を過ぎたらいきなりという風には思いません。パッシオさんはともかく、シャルロットさんは、お姉さんという感じでしょうか」

 

 そもそもルーマニアに来てから彼らにお世話になることとなった最初のきっかけはシャルロットだった。フランスでレティシアが邂逅した時の記憶では、年の近い友人といった風な印象を受けたが、こうして色々な世話を焼いてくれる様は寧ろお姉さんと呼ばれるものの振る舞いに近い気がする。

 

 ふと生前を思い出す。そういえば聖女となる前のジャンヌダルクには両親に兄や妹は居ても、姉と呼ばれる存在は居なかった。自らがお姉ちゃんと呼ばれることはあっても、自らが誰かを姉と慕ったことは無かったと記憶している。

 

 そういう意味で自らが誰かを姉と呼称するのは何処か新鮮なようで……新鮮?

 

「姉、姉なる者……妹の私……? 何故でしょう。何故か身に覚えがあるような、思い出したくないような……これは英霊の座に刻まれた記録?」

 

「レティシアちゃん? どうかしましたか?」

 

「い、いえ、何でも! 何でもありません! あ、注文したいメニューは私も決まりましたので!」

 

 小首を傾げてこちらを不思議そうに見るシャルロットに慌てて首を振る。

 恐らくは何処かに自らが英霊として召喚された時の記憶だろうが、自分でも思い出したくないと思う程に色々と英霊としての自分の性質から外れすぎてたと直感的に感じる。

 それは言うなれば黒歴史というべきか、或いは夏の暑さに浮かされていたというべきか、ともかく今に思い出すべきではないだろう。

 

 話題逸らしに渡されていたメニュー表をパッシオの方へと返却するとパッシオの方は慌てるレティシアに疑問符を浮かべつつ、律儀に店員を呼び寄せ応対する。

 それに息を吐きつつ、パッシオ、シャルロット、レティシアの順でそれぞれ注文をすると店員は一礼して注文の品を準備するため奥へと引っ込んでいった。

 

「……それにしてもレティシアちゃんは凄いですねー」

 

「え?」

 

 不意に店員の後ろ姿を見送った後、突然ルーラーの顔を眺めながら笑みを浮かべながら何処か感慨深そうにシャルロットが口を開いた。

 意図のつかめない発言に困惑していると、次いでシャルロットが続ける。

 

「いえ、ちょっと思い出したんです。私がレティシアちゃんと同じぐらいの年の時はどうだったかなーって。私、こう見えて実は修道院暮らしだったんですよ」

 

「え、そうだったんですか?」

 

「はい! そうだったんです!」

 

 意外な発言を聞いてルーラーは素で驚く。この天真爛漫とした女性が、修道院暮らしの身の上だったことが余りにも意外で想像がつかなかったためだ。

 とはいえ絶対にないと考えきれないほどの過去ではない。

 実際、ルーラーが身を預かっているレティシア当人も学院の寮暮らしであり、日頃から学院の外には出ずに祈りと勉学を繰り返す外界とは隔離された生活を送ってきている。

 

 そういった意味合いにおいて文明の進んだ現代であっても、古くからの慣習や外界から断絶した生活に身を置く人間が居ることに不思議はなかった。

 

「私は今でこそ、こうやって色々なことを知って、実際に見て、自分で行動しようと思って歩き回っていますけどレティシアちゃんと同じぐらいの時には、ただただ激変していく周りに翻弄されることしか出来ませんでしたから。ですからその年で身一つ、たった一人で異国の地を歩けるレティシアちゃんは凄いなー、って素直にそう思うのです」

 

「それは……」

 

 シャルロットの言葉を聞いてルーラーは口ごもった。

 

 確かに事情を知らぬ傍から見れば若き少女の勇気の発露。身に余る好奇心からまだ見ぬ世界へと飛び出す羽ばたきに見えるだろう。

 だがその内実はレティシア自身の選択ではなく、彼女を受け皿として顕現したルーラーとしての行動である。だからこそ今のルーラー……ジャンヌ・ダルクに目の前の女性の称賛は受け取れるものではなかった。

 

 勇気を讃える、というならば全く無関係の事象……聖杯大戦なる魔術師の怪しげな儀式に際して、ルーラーに肉体を譲ることを許し、尚且つ自身もまた危険に身を投じることを受け入れたレティシアの献身こそ讃えられるべきだろう。

 

 とはいえ、事情を知らぬシャルロットは続ける。

 

「レティシアちゃんは怖いと、思ったことは無いんですか?」

 

「怖い、ですか?」

 

「はい。異国の地に踏み出す一歩、誰も知らない場所に一人で踏み出す孤独感。初めての事柄にはどんなことであれ未知です。そして人はどうしても知らないことを恐れてしまうでしょう? それに何より一人で決断し、その決断の結果は自分一人に返ってきてしまう」

 

 人は未知を恐怖する生き物だ。

 いいや人間に限らず生命は未知に恐怖する。

 それは生命体が持つ本能、自らの命を守るという原初の感覚として当然の反応なのだ。

 

 暗闇の先には何が居るかが分からない。

 天敵がいるかもしれないし、毒の沼があるかもしれないから。

 だからこそ未知を、生命体は、人は畏怖するのだ。

 現代においてもそれは変わらないだろう。

 

 異国の地、異国の人々。

 違う言語、違う環境、違う生活。

 

 自らが所属するコミュニティーとは異なる場所へ踏み込むことは暗闇に一歩踏み出すのと変わらない。予想外の出来事に出くわすかもしれないし、それこそ危険に出会うことだってあるだろう。

 何よりも踏み出すと決めたのは自分自身である以上、その結果はどうあれ自分の責任によって背負わなくてはならない。

 

 それが怖くないかとシャルロットは問うているのだ。

 自分の決断によって良からぬ結果が、望まぬ答えが返って来るかもしれないのに。

 

「レティシアちゃんは自分の決断によって悪い結果が付いてきてしまうかもしれないことを、自分の判断が間違っているかもしれないことを恐れないんですか?」

 

「────」

 

 その問いに対して、答える言葉はルーラーのものではなく──。

 

「──いいえ。()にも恐れる心はありました。でも同時に自分の心がそうしたいと願ったことも事実です。そして……そうしたい、そうありたいと願う私自身の心の声。恐れる心以上に私はそれを無視できませんでした。結果的にその判断が悪しき結果を呼び寄せたとしても、それでも私は、自らの心を偽る真似をしたくはありません」

 

『──貴女は』

 

 ……内なる聖女は言うだろう。

 平穏を生きる年若い少女を、戦場に引き込んだのは己だと。

 罰せられるべき罪を背負うべきは己だと。

 

 だが聖女は一つ勘違いをしている。

 聖杯が、或いはそれよりも高き所にいる存在が選択したルーラーの受け皿──レティシアは調停者にとって最も親和性を有する存在が選ばれているという事実を。

 それが意味するところを聖女は果たして悟っているのか。

 

 レティシアという少女は確かに実的な意味において何の力も持たない平々凡々な少女である。しかしその精神……己を偽らず、何らかの選択に対して歩みだしたら止まれないという性質は紛れもなく。

 

 故に彼女が思うのは一つだけ。

 きっと同じ過程、同じ結果を辿るとしても、自分が心に描いた決意は変わらない。もしも自分が再びあの日のような決断を問われる日が来るとしても、自分は同じ答えを返すのだろうという確信だけが今も胸に在るのだ。

 

 そう、あの時確かに自分は聞いたのだ。

 聖女の求める声を。協力を願う祈りを。

 

 ならば偽れない。見なかったことなど出来はしない。

 何度でも己は旗を取り、何度でも炎の中に身を投じるだろう。

 自分の祈りを裏切ることなど、出来やしないのだ。

 

 嘘偽りのない己の言葉。

 それを聞いてシャルロットは目を見開いて黙り込み。

 

 次いで、思わずと言った風に笑みを浮かべる。

 

「ふ、ふふ」

 

「シャルロットさん?」

 

「いえ、すいません。ただよく分かりました。成程、これは仕方ありませんね」

 

 シャルロットは困ったようにクスクスと笑う。

 首を傾げるレティシアを傍目にシャルロットは笑い笑い、そして。

 

「ええ。ええ。納得しました。レティシア(・・・・・)ちゃんには敵いそうにありませんねー」

 

 そう言ってシャルロットは満足するように頷いたのだった。

 

 

 

 談笑もそこそこに。

 注文した商品が机に並べられていく。

 

 昼食として頼んだパスタはパッシオが薦めた通り、絶品でルーラーをして思わず追加注文をしようか迷うぐらいには美味しかった。

 とはいえ客人の立場で流石に追加注文をする図々しさは聖女にはなかったが。

 ……シャルロットの遠慮せずにという言葉にちょっとだけ揺らいだのは内緒である。

 

 それから彼らとの会話もルーラーは楽しんだ。特に考古学者だというパッシオが世界中を回っていた時の話などは非常に興味深かった。

 彼の語りの巧さもあってか、聖杯の知識よりも臨場感のある知見の有るその言葉は、生前に学びの機会が殆どなかったルーラーをして知的好奇心を大いに擽られる内容だった。

 

 そうしてこの穏やかな一時にルーラーは短い安息を済ませる。

 一通り食事を済ませ、会話も楽しんだ。休息を取るという意味合いにおいて、今日の日々は十分に英気を養えたと言えるだろう。

 

 何よりも裏で進む聖杯大戦とは無関係に今を生きる守るべき人々の存在。それを改めて目の当たりにしたことはこれからさらに激化していくだろうルーラーが決意を再認識するにいい機会だったと言える。

 

 よって──。

 

「今日は本当にお世話になりました」

 

 レストランから出るとルーラーは彼らに一礼をし、お礼を告げる。

 彼らに、そして同時にレティシアの心遣いに感謝する。

 

「もう行っちゃうんですか? せっかくの機会だからもう少しお話しようと思っていたんですけど」

 

「シャルロットくんに同調するわけではないが、そう別れを急くこともないだろう」

 

「そうですね。再会できたのですから私ももう少しシャルロットさんやパッシオさんとお話をしていたかったですが……そろそろ行かないといけません。私がこの街に訪れたのは勉強のためですが、それだけではないのです」

 

「ふむ……何か、大事な用事でもあるのかな?」

 

「はい」

 

 パッシオの言葉にルーラーは強く頷く。

 そう──忘れてはならない。

 己が何のためにこの地を訪れたのかを。

 

 調停者(ルーラー)が何のために必要とされたかを。

 

 聖杯大戦──平和の裏で進行する魑魅魍魎の魔術師たちによるこの儀式には彼女が招かれるだけの危機が存在しているのだ。

 ともすれば儀式によって彼らの平穏すらも揺らぐかもしれないのだ。

 その事実を、改めてルーラーは強く認識する。

 

「ならば止めることはできないか。では代わりに君の旅が無事に終わる様に祈るとしよう。月並みな言葉だが身体には気を付けるのだよ? 無理はしないようにね。何かあれば遠慮せずに私たちを頼ってくれ」

 

「……お心遣い感謝いたします。パッシオさんもどうか無事に」

 

「ははは、大袈裟だなレティシアくんは。だがしかしその言葉は受け取っておこう。事もない日々を過ごせるというのは確かにそれだけでも幸せだからね」

 

 そう言ってパッシオは朗らかに笑う。

 見ず知らずの少女がため、金銭と時間と労力を惜しみなく分け与えた初老の親切な老人は、ルーラーのささやかな祈りを快く受け取った。

 

「レティシアちゃん」

 

 そしてもう一人。

 たった一度の邂逅を縁に此処まで親切を働いてくれた女性、シャルロット。

 彼女は本当に残念そうな顔でレティシアを見る。

 

「本当にもう行ってしまうんですか?」

 

「はい」

 

 別れを惜しむ言葉にルーラーは強く頷く。

 

「シャルロットさん、そしてパッシオさんも……本当の話、私は確かな役目を持ってこの街を訪れたのです。この街を訪れた理由として私は歴史の勉強と貴方方には告げましたが、それだけが理由だったわけではないのです」

 

「……事情があるのだね?」

 

「ええ。私にはやるべき役目と責任があるのです。貴方方との出会いは代えがたく、私も叶うことならばこの機会にもっと貴方方とお話していたい。ですが──だからこそ、この時間を惜しむ心があるからこそ、私は往かねばならぬのです」

 

「そうか、ならば止められないな。……シャルロット君」

 

「分かっています。ええ、ええ、そうですね。本当に残念ですけれど」

 

 そう言って本当に、本当に惜しむようにシャルロットは首を振って。

 何処か、悲しそうな笑みを浮かべながら。

 

さようなら(・・・・・)──レティシアさん」

 

 別離の言葉を口にする。

 ──友愛を深める時はもうお終いだ。

 これよりは役目を果たす時。

 

 今より幕明けるであろう惨劇(グランギニョル)を思い、シャルロットは静かに嘆息して。

 

 

 

我が言葉を聞け(Hljóðs bið ek allar)

 

 

 

 ──刹那、世界が塗り替わった。




■■■■


極東にある国家、日本に生まれた青年。
家系はこれといって特別性のない単なる庶民の出。
出生の時刻が二〇〇〇年一月一日零時零分零秒であること以外、生誕に関わる特殊性は何一つ存在していない。

人より好奇心が非常に強く、また物語に関する感受性が強いという個性を除けば能力は凡夫のそれであった。ただし好きが何よりのモチベーションというべきか、目標を決めたら一直線に努力する性質であり、その甲斐あってか努力によって興味分野においては秀才と呼べるだけのものを有していた。

物語を愛し、秀才が故に天才を敬する性質のためか、認めた相手が周囲から賛美されることを好む。特別な者には特別性に見合うだけの報いがあるべきとの考えを有しているためやや能力至上主義者の気色があるのが長所であり、短所でもある。

夢を追い、大学へ進学し、学びの日々を送っていたが、偶発的に当時関東で起こっていた連続殺人事件の現場に遭遇する。そして自らの命を犠牲に足止めを行い、あわや被害者となりかけていた少女を救い命を落とす。



……その献身はより可能性の多い未来のために。
己より多くの可能性が残された命にこそ幸在れ。
願わくば、その足跡が私の描くそれよりも素晴らしきものであらんことを。
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