千年樹に栄光を   作:アグナ

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我思うゆえに我あり。

懐かしいその哲学者の言葉を今も覚えている。

ずっと自問自答をし続けてきた。

思う我こそ己とするならば、

今在る私は何なのだろう。

身体も違う、心も違う、環境も違う。

それでも我は続いている。

全てが違うまま、我だけが此処に在る。


壮麗なるノワール/はたして傲慢は罪なりや

 その景色、その空間は圧巻の一言に尽きた。

 人より出でて精霊の領域まで昇華された存在、英霊。

 一騎でも奇跡の具現とされる存在が四騎。

 

 いずれも古今に名高い一騎当千の強者たちだ。

 セイバー、アーチャー、ライダー、バーサーカー。

 本来は相争う存在が轡を並べて君臨している。

 

 “黒”のシンボルのもと英雄たちが千年樹に勝利の杯を捧げんと今宵、この地に招聘された──。

 

「さてと、まずは自己紹介した方がいいかな? いいよね! よくなくても勝手にさせて貰うけど! ボクこそはシャルルマーニュ十二勇士が一人、真名アストルフォだよ! はいボクの自己紹介終了ーっと、それで君は?」

 

 明朗快活。聖杯が奇跡の具現を前に誰もが感慨に耽る中、真っ先に口を開いたのは召喚された中で最も小柄な人物だった。

 シャルルマーニュ十二勇士がアストルフォ、かのアーサー王の伝説と比べれば世界的知名度はやや劣るものの、その名はフランスの伝わる叙事詩に語り継がれる伝説の名前であった。

 

 しかし伝説の騎士(パラディン)というには些か容姿は華奢であった。

 派手なピンク色の髪に少女然とした見た目。

 鎧とマントを纏ってはいるものの威厳よりも頼りなさそうといった印象を受けるのは伝説に語り継がれるアストルフォの逸話もあっての事か。

 

 だが奇異なものを見る視線など知ったことかと言わんばかりにアストルフォはすぐ真横の存在……朴訥な見た目だがアストルフォより英霊としての雰囲気を身に纏った青年へと視線と言葉を向ける。

 好奇心と期待に満ちた視線を向けられた青年は困ったように、或いは苦笑するようにして己がクラスと真名を告げる。

 

「サーヴァント、クラス・アーチャー。真名をケイローンと言います。同じ御旗を背負うサーヴァントとして、これからよろしくお願いしますねライダー(・・・・)

 

「自己紹介をありがとう! しばらくの間よろしくねケイローン(・・・・・)!」

 

「……ライダー。呼び名は真名ではなくクラスで呼びたまえ」

 

 苦言はダーニックの言葉だ。

 サーヴァント、英霊にとって真名による名乗りはそれだけでリスクである。

 英霊として歴史に刻まれるほどの功績を持つ彼らはその功績ゆえ、聖杯戦争において真名を名乗ることはその英霊の弱点を知られるに等しいからだ。

 毒によって死した英雄、姦計によって沈んだ英雄、果てはチーズ等特殊な条件によって死に至った英雄。真名開示はそういった英霊の死因をも明らかにするものであり、英雄同士が殺し合う聖杯戦争にとってはあまりにも致命的だ。

 

 だからこそ聖杯戦争における英霊呼称の原則は英霊ごとに与えられた役割(クラス)騎乗兵(ライダー)弓兵(アーチャー)と呼ぶのが基本である。

 

「あ、そっか。うん、気を付ける気を付ける! それで君は!?」

 

 果たしてダーニックの苦言は何処まで通じているのか。

 ライダー、アストルフォは爛々とした興味を瞳に浮かべたまま、次なる相手に話しかけた。

 ──尤も。

 

「……aaa」

 

 ……次なる相手として話しかけられた側は返す言葉を持ち得なかった。

 頭から足先まで全てを覆う全身甲冑(フルアーマー)

 頭部を隠す(フルフェイス)から漏れ出る眼光らしき深紅。

 身に纏うは瘴気と見紛う黒き靄。

 呻くような言葉は言葉の体を成しておらず、故にこそ正体は言うまでもなかった。

 

 サーヴァント、クラス・バーサーカー。

 

 正体不明の黒き騎士はアストルフォの言葉に応じることなく、ただただ開戦の時を待つように鎮座している。

 

「おっと、ごめんごめん。喋れないなら仕方がない。えーっと君のマスターは……」

 

 ただ在るだけで周囲に圧迫感と異様さと不気味さを与える狂戦士を前に、しかしてライダーは英雄の胆力か持ち前の性格か、気にすることなく己が興味のままに行動を続ける。

 フィオレ、ゴルド、セレニケと視線は巡り、辿り着いたのはカウレス。

 

「ね、君! そこのマスター! 彼の真名はー?」

 

「あ、ええっと……」

 

 パタパタと寄ってくるアストルフォを前にカウレスは口ごもる。

 こういった相手に対して対応した経験など普通の魔術師として生きてきたカウレスには未知であったがゆえに。

 どのように対処するべきかに迷ったのである。

 助けを乞うような視線が一瞬、壁にもたれかかるアルドルに向くが、当の人物は「ふっ」と面白そうに鼻を鳴らすだけ。

 好きに対応しろ、ということだろう。

 

 カウレスは色々と思考を巡らせたのち、穴が開くほどの向けられる期待の視線を前に屈することを選んだ。

 

「……ランスロット、湖の騎士ランスロット・デュ・ラック。それがそいつの真名だ」

 

 小声で告げられたその真名にダーニックやアルドルを除くマスターたちは勿論、召喚されたサーヴァントたちもピクリと反応した。

 しかしそれも当然のことだろう。それほどまでに告げられた真名は余りにも名の通った英雄のものだったのだから。

 

 湖の騎士ランスロット。

 

 それは一騎当千たる円卓の騎士たちが集うアーサー王の伝説において尚、轟き響く最強の円卓の騎士の名であった。

 曰く、最高の騎士。その武勲、その戦歴、その強さ、伝説の主役たるアーサー王をも凌ぐ、勇名を誇る円卓の騎士。

 至上の聖剣エクスカリバーと起源を同じくする剣、アロンダイトを携えた英雄である。

 

「……そう、アルドルの聖遺物ね」

 

 チラリとセレニケの視線がアルドルの方へ向く。

 申し訳程度に顔色を窺うような視線には畏怖が込められていた。

 アルドルの方はというと肩を竦めるというアクションに留めた。

 

「それじゃあ、そこの君! 君の名前は?」

 

 大小驚きの反応を見せる中、アストルフォだけは依然マイペースだった。

 召喚された四騎のうちの最後の一人。

 ライダー、アーチャー、バーサーカーと名乗った英霊たちと共に召喚された最後の英霊……最優のサーヴァントと目されるセイバーに向く。

 

「俺は──」

 

「待て。セイバー、お前は喋るな」

 

 口を開こうとしたセイバーの言葉を遮ったのはゴルド。

 傲然とした口調でセイバーの発言を止める。

 そして口調のままに彼は周囲を見渡して、告げる。

 

「私は、このサーヴァントの真名開示をダーニック以外に開示することを拒否する。もちろん、アルドルにもだ」

 

「……ほう?」

 

 ゴルドの言葉にざわめきが波紋のように広がっていく。

 ただ一人、アルドルだけは眉を顰めながら問うような視線をゴルドに向ける。

 せいぜいが好奇心程度のものといった視線であるが、アルドルの視線を受けたゴルドの方は一瞬ビクリと身を縮ませ、しかし召喚の触媒ごと隠すようにして自らの体を抱きしめる。

 

 どうあっても真名は開示しない、というつもりらしい。

 

「──サーヴァントの真名開示は予め取り決められた話でしょう? 事ここに至って反故するなんて不愉快ね」

 

「む、無論承知している。だがあの時、私はまだ召喚の触媒を手に入れていなかったからな」

 

 セレニケが身も凍るような冷たい目をゴルドに向ける。

 だがゴルドの方はというと彼女の目よりもアルドルの方が気になるようで傲慢さの中に怯えるような色を乗せていた。

 自前の傲慢さもこうなっては虚勢のようにも見える。

 

「だが、私の召喚した英霊は真名開示が致命的なのだ。弱点を知られる口は少ない方が良い。そうだろう?」

 

「……だ、そうだが? ダーニックどうする?」

 

 ゴルドの言葉を受け、アルドルは態度と姿勢をそのままに目線だけを王座に侍るダーニックの方へと向けた。

 ダーニックは小さく頷き、玉座に座るサーヴァントへと判断を仰いだ。

 

「王よ。いかがいたしますか?」

 

「許可しよう」

 

 ヴラド三世といえば苛烈さが逸話としても残る存在だが、既にダーニックと共に彼はセイバーの真名を把握している。そしてセイバーの正体を知るがゆえに、ゴルドの言葉に一定の理ありと見たのだろう。

 涼やかな表情で頷き、王の言葉を受けてダーニックも告げる。

 

「──分かった。ではお前たちには特例を許す」

 

「王よ、感謝いたします。では、私はこれで失礼する」

 

 一族の長、並びに場を統べるサーヴァントの許可を貰い、ゴルドは満足げな笑みを浮かべながら玉座に一礼。

 そしてそのまま颯爽と儀式場を歩き去る。

 しかし一瞬、

 

「──ムジーク」

 

 その一声にゴルドは身を竦ませた。

 相変わらず何を考えているか分からない顔で。

 

「サーヴァントもまた人格と心を兼ね備えた存在だ。卿の方針は理解したが少なくとも良好な間柄は保っておくと良い。如何に英雄とはいえ戦場に憂慮があっては十二分に戦えまい。背中を十分に預けられる存在がいなければ──うっかり背中を刺されかねんぞ? 悲劇の英雄など現実で見たくあるまい」

 

「ッ! き──まさか……ッ!?」

 

「……さてな」

 

 思わずといった風に口を荒げそうになるゴルドは寸前で口を塞ぐ。

 ゴルドの疑念を前にしても、やはりアルドルは鉄面皮だ。

 拳を握りしめ、何か言いたそうにゴルドはアルドルを見て、やがて鼻を鳴らしながら足早に儀式場を去っていく。

 そこには先ほどまでの満足げな態度はなかった。

 

「不快なのは事実だけれど、少しお灸を据えすぎではないかしら?」

 

 ポツリと一言、セレニケが漏らす。

 その言葉に対し、アルドルは端的に返す。

 

「自信と傲慢は紙一重だが、偏りすぎて自滅されても困るのでな。甘く見積もるダーニックと私とで等価になるだろう」

 

「アレの功績を加味すれば多少の態度は許容せねばな」

 

 やや困ったようにアルドルに微笑みかけるダーニック。

 そこには長たる気苦労が薄く見える。

 

 ゴルド・ムジーク・ユグドミレニアはあのように、確かに傲慢さを服のように羽織った男だが、魔術師としての腕はこの場にマスター候補として名を並べるほどには一族でも有能な部類であった。

 特に彼が完成させた反則級のシステム……魔力の経路を分割し、マスターのサーヴァント維持の軽減を成したのは紛れもなくゴルドの功績。

 であれば、人格にやや問題があっても多少なりとも優遇せねばなるまい。

 

「しかしお前から見て目に余るというならば……」

 

「構わない、私は一族の長の方針に沿うだけだ。多少こちらで修正は加えさせてもらうがな」

 

「了解している。次期当主はお前だ。分裂の不和を招かない程度であればそのまま好きにしてもらって問題ない」

 

 ゴルドへの思いはともかく、現当主と次期当主の信頼感に隙は無かった。

 正に阿吽の呼吸といった様で互いの意思の確認を済ませ、落ち着く。

 ──と、この一連で無言となっていたアストルフォが不意にアレ? っと首を傾げながらアルドルの方を頭から足先まで流し見て、

 

「──君もサーヴァントじゃなかったのかい?」

 

 そんな、よくわからないことを口にしていた。

 

「は? 何言ってるの貴方?」

 

 頓珍漢なアストルフォの言葉にポカンとマスターらが口を開いて呆然とする中、眉を顰めながら口を開いたのはセレニケ。

 ライダーのマスターだからこその反応だった。

 しかし周囲の困惑を置いて、アストルフォはアルドルの方に近づいていき、

 

「あれ? あれ? うーん?」

 

 しげしげとグルグルとアルドルを吟味するように眺める。

 アルドルの方はというと少しだけ困ったように鉄面皮の顔に僅かな笑みを乗せ、何やら困惑しているアストルフォに言葉を返した。

 

「興味関心に添えなくて申し訳ないが、私は見ての通り、ユグドミレニアの魔術師でマスターだ。サーヴァントではないよ」

 

「うーん、そっか。うん! そう言われれば確かに! 雰囲気がちょっとおっきいように感じるけど君は何処から見ても人間だね!」

 

 アルドルの言葉に納得したと言わんばかりに大きく頷き、少々変わった言い回しで納得の笑顔をアルドルの方へと向けた。

 周囲は何やら把握できないが、当人は満足が行ったようだ。

 

 一方でマイペースなアストルフォと違い、冷静沈着といった様で余裕で構える、ケイローン──アーチャーの視線もまたアストルフォ同様にアルドルの方へと興味深そうな視線を向けている。

 ……否、厳密にはその腰に帯びている白鞘に納められた剣へと。

 

“あの剣は……”

 

「──アーチャー?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

 マスターとしてアーチャーを観察していたからだろう。

 すっと一瞬細くなったアーチャーの視線に気づいたフィオレが声を掛けると、アーチャーは微かに頭を振って、柔らかな笑みで以てフィオレに応えた。

 

「──さて、諸君」

 

 場が落ち着いたのを見計らって玉座にて、ダーニックが口を開いた。

 

「今宵はサーヴァント召喚もあって消耗していることだろう。まずは明日以降の戦いに備え、英気を養うと良い。サーヴァント諸君もだ。ミレニア城塞には君たちサーヴァントの私室も用意してある。遠慮なく寛いでもらって構わない」

 

「わーい! やったー!」

 

「ありがとうございます」

 

 ダーニックの言葉にアストルフォは無邪気に喜び、ケイローンは軽くお辞儀で礼を返す。

 

「では各々、部屋に戻ってくれ。明日からは本格的に聖杯大戦へと挑むことになる。親交を深めるも、すぐに休むも君たちに任せよう」

 

「ダーニック、私は暫しこの場に残らせてもらう。間に合わなかった私のサーヴァントが大慌てで遅れてくるだろうからな」

 

「そうか? 了解した。──それでは皆、解散」

 

 ダーニックがそう告げると玉座に座るヴラド三世は霊体化し、虚空へと消え。ダーニックもまた後を追うように玉座の間から去っていく。

 それに続くように各マスターとサーヴァントも過ぎる喧騒を纏いながら去っていく。

 

「それではアーチャー、まずは貴方のお部屋に案内させてもらいますね」

 

「ええ、ありがとうございます」

 

「ライダーは私の後についてきなさい。部屋と……それから城塞を案内してあげる。貴方、そういう方が好きでしょう?」

 

「あ、好き好き、大好きさ! じゃ、また明日ねー! アルドル! 明日は君のサーヴァントの紹介も頼むよー!」

 

「それじゃあ俺たちも行くぞバーサーカー。霊体化、できるか?」

 

「aaa……」

 

 ダーニックに続くように各マスターとサーヴァントも過ぎる喧騒を纏いながら去っていく。

 そしてマスターもサーヴァントも去った儀式場で、一人残されたアルドルは瞳を閉ざし、思考の海へと潜る。

 

「駒は出揃った、準備も整った。これでいよいよ開戦というわけだが……」

 

 自分が考えうる限り、勝利の条件は整えたつもりだ。

 とはいえ、油断は決して出来はしまい。

 敵は時計塔。魔術世界そのものに等しい相手だ。

 その深淵、その真髄を知る者としてアルドルに油断はなかった。

 

「加え、相手が相手だ。“赤”の陣営は何れも手練れ。紛れもなく数多き英霊の中でもトップサーヴァントと言えるだろう。取り分けランサー、ライダー。アレらに対抗できるサーヴァントは数が限られる」

 

 だが──口にする見解はおかしなものだった。

 未だ“黒”と相まみえることなき陣営。

 その陣営を彼はまるで知っているかのように口ずさむ。

 

 彼の右目、片眼鏡(モノクル)の奥が淡く輝いている。

 

「ここまで予定していた通りに事は運んでいるが、何らかのバタフライエフェクトが起きていることも考慮しなくてはならないな。都合のいい運命など抑止力が好みそうな展開だ。私の存在はともかく、舞台自体はアレの範疇である以上、条件は慎重に整えなくてはなるまい」

 

 盤上を俯瞰するように眺める目、眼、瞳。

 ダーニックすら知り得ない、彼の思考が躍る。

 

 懸念事項、想定外の発生、見落とし、例外──。

 そして──。

 

「よし──まずは先んじて、一手。不意を打たせてもらうとしよう」

 

 自問自答、自己解釈、自己完結。

 アルドルは一人、全てに納得をつけて頷く。

 直後、まるでタイミングを見計らったように。

 

「す、すいませーん。遅れちゃいましたー……」

 

 と、怒られるのを恐れる子犬のようにそっと開く扉から顔を出すアサシンのサーヴァント。そこには英霊らしさといったものはなかった。

 

 そんなライダー以上に頼りなさそうな英霊に子犬のような視線を送られたアルドルはというと思わず、鉄面皮を崩し、苦笑するように笑いかける。

 

「だいぶ遅かったなアサシン。……ところで君、霊体(サーヴァント)が寝坊というのは一体、どういう仕組み(アレ)なんだろうな?」

 

「ううう、面目ないです。本を開いて読んでいたらついウトウトと……」

 

「答えになっていないような気がするが……まあいい。罰則代わりに、さっそくサーヴァントとして一仕事してもらいたい」

 

「はい?」

 

 カクンと首を傾げるアサシン。

 困惑する彼女を傍目にアルドルは告げる。

 二人以外、誰もいなくなった儀式場で。

 

「令呪を以て命ずる──アサシン。暫しの時、己が記憶を忘れろ(・・・・・・・・)

 

 告げた瞬間、照り輝くは令呪の光。

 聖杯戦争におけるサーヴァントに対する絶対命令権。

 三回のみ執行可能な権限をアルドルは躊躇いなく切った。

 

 聖杯大戦幕開けとなる、今宵。

 誰もいなくなった二人だけの部屋にて。

 あまりにもでたらめな暗殺劇(プランニング)が言い渡された。

 

 

 

 ──『壮麗なるノワール』

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 ムジーク家は由緒正しき錬金術師の家系である。

 

 栄えある錬金術師の大家として繁栄をしたムジーク家は紛れもなく名門と言って差し支えなく、一時はドイツの深い森の奥にて孤立を貫く錬金術師の大家、かの聖杯戦争が発端の原点、アインツベルン家と並び称されたこともある。

 だが、聖杯を失った今もなお、かつて見えた奇跡を追い続けるアインツベルンと異なり、ムジーク家の方はといえば、一時の繁栄を見せて以降、ただただ衰退への道を辿っていくだけだった。

 

 そんな中、生まれた優秀な魔術師ゴルド・ムジーク・ユグドミレニア。

 ともすれば彼の存在はムジーク家にとって希望であったのだろう。

 

 彼らは如何に自分たちが優れた名家だった(・・・)かをゴルドへと語り聞かせ、ゴルドもまた喜びと共に褒め称える彼らの言葉をスポンジのように取り込んでいった。

 結果として出来たのがこのゴルド・ムジーク・ユグドミレニア……過去の栄光を誇りとし、傲慢とそれが齎す自己顕示欲を兼ね備えた難儀な男である。

 

 ……しかし、万事が万事、一族に対しても傲慢なる彼をしても恐るべき者たちが二人いた。

 一人は言うまでもなく長たるダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。

 口先一つであらゆる政敵を幻惑し、地獄に叩き落す恐るべき男。

 百年を超える時を生きるユグドミレニアが誇る化け物だ。

 

 そしてもう一人は……。

 

「くっ……アルドル、アルドル・プレストーン・ユグドミレニア……ッ!」

 

 臍を噛むようにゴルドはその名を噛み締める。

 ユグドミレニア次期当主。ユグドミレニア最強の魔術師。

 血を分け、数でもって繫栄することを選んだユグドミレニアにおいて数少ない純血の魔術刻印を引き継ぐ男。

 曰く──『先祖返り(ヴェラチュール)』。

 北欧が起源のユグドミレニア一族が誇る真なる黄金千年樹。

 

「何処から知った? 何処まで知っている? ダーニックが教えたのかッ!? それともまさか知っていたのかッ!?」

 

 苛立ち交じりに叫ぶ声は同時に恐怖の色に染まっている。

 立ち去る間際のあの言葉。

 それがゴルドにあの男は間違いなくセイバーの正体を知っていると告げていた。

 

 背を最大の弱点とし、悲劇に倒れた英雄──セイバー、ジークフリートという真名を。

 

 それがゴルドにとっては途方もなく恐ろしかった。

 真名を知られたことではない。

 英霊の弱点を知られていることでもない。

 全てを分かった上でゴルドを見るあの目が恐ろしい。

 

『お前は果たして、その英雄でユグドミレニアを勝利に導けるのか?』

 

 期待などでは断じてない疑念の目。

 アレは英霊など眼中にも入れず私だけを見ていた──!

 

「ま、負けられん、なんとしても。せめて一番に脱落することだけは決して……」

 

 実際の所、彼はそこまでの疑念をゴルドに向けたわけではない。

 だが小心者でかつユグドミレニア一族としてアルドルの恐ろしさを知っているからこそ恐怖はひとしおだ。

 

 かつて見た情景が脳裏に過る──あの男が実現した奇跡。

 ユグドミレニア全てが跪き、讃え咽び泣いた光景を。

 現代魔術師では決して、決して届かない境地。

 

 一族は狂喜したが、ゴルドからすればあんなものは奇跡よりも悪夢であり、恐怖でしかない。何故ならアレを実現させたということは現代魔術師では誰も勝てないことになるからだ。

 現代の魔術師が為す、あらゆる魔術、あらゆる神秘は意味を成さない。

 神秘はより古い神秘によって破られる──。

 だというならば確かにアレ以上のものはあるまい。

 

 英霊などという遠くの奇跡よりも、身近における奇跡だからこそゴルドは無言で侍るサーヴァントよりもアルドルに恐怖した。故に──。

 

「セイバー、貴様はくれぐれも勝手なことをするなよ。敵も、作戦も、全ては私が決める。いいか、これは命令だぞ」

 

 傲慢に、傲岸にセイバーへと命令を告げる。

 先ほどアルドルに言われた忠告など頭にない。

 恐怖と焦燥だけがゴルドの頭にはあった。

 

 ……奇しくも、セレニケの懸念が当たった形だった。

 やや出自と広い見識から己を過小評価する癖のあるアルドルは自身の存在と発言を少しばかり見誤っていたのだ。

 それは果たしてアルドル自身が懸念したバタフライエフェクトか、はたまた運命そのものか、少しずつ歯車が歪んでゆく。

 

 傲慢とは時に恐怖の裏返しであることを傲慢(それ)を欠片も持ち合わせないアルドルは知らなかったのだ。

 そして知らない以上は対応のしようがなかった。

 

 夜が深くなる。

 筋書きを外れた外典はより複雑に、混沌へと。




「(……ところで、私室を用意されているとのことだが、俺の私室は一体何処にあるのだろうか?)」

とあるサーヴァントの疑問

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