千年樹に栄光を   作:アグナ

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黄昏の残滓

「──ッ! 一体何が……!」

 

 パッシオとシャルロット、異邦の地にて知り合った良き人々との束の間の平穏を終えた直後、まるで昼夜が入れ替わるかの如く平穏は容易く荒れ狂う。

 世界が変わる。魔力が渦巻く。

 その想像を絶する光景を前にさしものルーラー、聖女ジャンヌ・ダルクを以てしても動揺を隠すことが出来なかった。

 

 直前に辺り一帯に響き渡った言葉は恐らくは魔術詠唱。ならば、眼前にて巻き起こった光景は魔術師かサーヴァントのどちらかによって齎された変化だろう。

 だが、ルーラーはその可能性しか考えられないと理性的に考えながら、常識的にあり得ないと即座に本能で否定する。

 

 何故なら──これは、この術理は──。

 

「あり得ません! 空想具現化なんて──!」

 

 ルーラーは生前より魔術に欠片も縁を持ってはいないものの、この聖杯大戦に参するに際して、他のサーヴァントと同じくこの時代に適応した知識を聖杯から授けられている。だからこそ、この現象を一目で看破し、なお動揺する。

 

 それほどまでに眼前の景色は、術理はあり得なさ過ぎたからである。

 

 ……魔術世界には大禁呪とされる固有結界というものが存在する。虚と実、内と外、心と現実を入れ替えるその摂理は、一度発動させれば術者の心象風景に合わせて世界を変質させることができるという。

 

 特異的な能力を有する魔術師や一部の上級死徒が使用する技であり、サーヴァントによってはこれを宝具とするものも居るほどに強大な魔術にして一種の到達点とも言える術である。

 

 今眼前で行われた世界改変は正に固有結界という魔術の特性に近似したものであり、或いは中途半端に知識を仕入れた者であれば、これを指して固有結界であると認める者もいるかもしれない。

 

 しかし分かるのだルーラーには。何故ならば彼女もまた固有結界を宝具として持つ者である。たとえ人々の信仰によって、サーヴァントとして昇華されてから手にした武器であっても、己が武器には相違なく、故にこそ固有結界の特性は我が身を以って熟知していた。

 

 なればこそ、眼前の光景が固有結界とは似て非なるもので──固有結界などというそんな生易しいもの(・・・・・・)ではないことに気づき、戦慄するのだ。

 

「世界の書き換え……惑星環境の改変……それは精霊の中でも最上位の、それこそ星の触覚と呼ばれる特別な精霊でしか成せないはず、仮に例外があったとしてもそれは星に由来する存在のみ。それなのに──」

 

 空想具現化──それは霊長たる人の身では到底叶うことのない奇跡の具現である。一部の特別な精霊が行使するというこの術理は、惑星の意志によって生み出された特別な精霊だからこそ出来る干渉。自らの思い描いたカタチを文字通り現実に描き出すという神の権能すら凌駕する桁外れのモノだ。

 

 断じて人間が、人間から昇華したサーヴァントであっても行使できるはずがない。これは星に由来を持つ者の権能。この惑星から自立し、自らの意志で以て歩み始めた人間では絶対に行使できない技なのだ。

 それを──。

 

「──なんと。今日は終末予言の日だったかな? 長らく神話や文化、宗教に触れて来た私だが、審判の日も最終戦争も今日日起こるなど終ぞ知らなんだがね」

 

「な、な、なんですかこれッ!? パッシオ叔父さん、どうしましょう!?」

 

「あ……」

 

 一見して冷静さを装った動揺の声と、動揺を隠す気もない悲鳴を聞いてルーラーは忘れかけていたはずの我を取り戻す。

 それと同時に顔を蒼褪めさせ、自身の失策を悟る。

 

“しまった……! 狙いが何にせよ、彼らを私の巻き添えに……!”

 

 見渡せば変貌した世界のトゥリファスには人の姿がない。恐らくはこの術理は対象のみを誘うものであったのだろう。空想具現化は固有結界とは似て非なるものだが、技の本質が世界を個人の思う通りに変えるというものである以上、変化に際して組み込む対象を選ぶことも可能であろう。

 

 だからこそ、この規格外の大規模改変に対して一般人は遠ざけられたのだ。だがしかし、彼ら……パッシオとシャルロットがこの場に居合わせている原因はまず間違いなくルーラーにあった。

 

 恐らくだが、ルーラー……サーヴァントと共に行動する彼らもまたこちら側の関係者だと誤認させてしまったのだろう。

 ルーラーはマスターを持たぬ特性をこの現象を引き起こした対象が知っているか知らぬかはともかくとして、英霊と親しく関わる人間など脅威か否かを置いて捨て置けるはずもなし。

 そんな思惑が読めるからこそ、状況はより最悪だ。

 

 何故ならばこれほどの神秘を前にした人間を真っ当な魔術師が許容するはずもなし。こうして巻き込まれた以上、ルーラーと全く無関係な存在だと分かっても、末路はたった一つだけ。

 

「……ッ! パッシオさん、シャルロットさん! 細かな説明は後でします! ともかく今は落ち着いてください!」

 

 言いながらルーラーは同時に換装する。

 レティシアの着ていた私服から、ルーラー本来の戦装束に。

 

 事態に混乱するのはルーラーも同じだが、これが明確な何者かによる干渉であると悟っているからこそ、もはや警戒は怠らない。

 文字通り何が起こるか分からないのだ。ルーラーを狙った作戦にせよ、別の目的があるにせよ、これほどの神秘を操るモノなど尋常な存在であるはずがない。

 

 構える。如何なる攻撃が来ようとも必ず凌ぎ切ると決意して──。

 

 

『──流石に混乱していると見える。らしくない程隙だらけだぞ、聖女』

 

 決意を嘲笑う、青年の声が響き渡った。

 

 

「なに──ッ! ぐ、かはッ!?」

 

 不意打ちを受け、倒れる。

 黒い光弾──ガンドという呪いを無防備に受け、昏倒する。

 その光景を前にシャルロットは悲鳴を上げた。

 

パッシオ叔父さん(・・・・・・・・)──!?」

 

「なっ──!?」

 

 そう倒れたのはサーヴァントであり、この場で唯一事情を知るルーラーなどではなく、彼女に巻き込まれた無関係なただ人、パッシオであった。

 彼に当然、魔術の心得など無く、呪いに対する耐性も絶無。当たり前の出力で放たれた平均的な魔術師の振るうガンドは、当たり前のように効果を発揮し、パッシオを気絶たらしめた。

 

『──ん、何だ。見た目通り本当にただの人間だったか。これはしまったな。大方、ルーラーに手を貸す教会の関係者か、或いは魔術協会から遣わされた人員かと予想していたが……街に溶け込むため、何も知らない一般人に接する程度は、ルーラーも心得ていたということか』

 

「貴方は──ッ!!」

 

「パッシオ叔父さん! 目を覚ましてください! パッシオ叔父さん──!」

 

「…………」

 

 人の倫理観とは相容れぬが魔術師の定めと頭では理解できても、人間を軽視するような魔術師の声にルーラーは憤る。

 この相手が何者かは知れぬものの、相容れぬ価値観を有した相手であるのは確かであろう。

 気絶したパッシオと彼に呼びかけるシャルロット、そんな二人を庇うようにして背後に置き、ルーラーは聖旗を手に叫んだ。

 

「姿を見せなさい! 何者であれ、聖杯大戦の調停者たるルーラーに攻撃して来た以上、私に敵意あるものと見做します! 何よりもこの光景──貴方こそが私がこの地に遣わされた原因であるならば……!」

 

「否──お前の敵は私ではないよ(・・・・・・・・・・・)。尤もお前を遣わしたものにとっては知らぬがね。とはいえ、良いだろう。かの偉大なる聖女の呼びかけに応じないわけにもいくまい。場を設けた責務として挨拶させて頂くとしよう」

 

 不意にルーラーは、その不思議な言い回しをする声が何時しか場に響くものではなく、肉声によって発せられるものに切り替わっていることに気づく。

 

 直感的に彼女は空を見上げた。

 

 トゥリファスの街並みに無数に屹立する石造りの建築物。その中でも一回り大きな時計台の上に、一人の魔術師がいた。

 

 ──強い意志を感じさせる蒼い瞳(メタルブルー)

 ──高貴な貴族を思わせる白い制服。

 ──年若く、しかし身から放たれる余りにも洗練された気配と魔力。

 

 疑うべくもない。

 “黒”の陣営に属する魔術師にして、ユグドミレニアの枝。

 

「お初にお目にかかる、救国の聖女ジャンヌ・ダルク。見ての通り、私はユグドミレニア、ひいては“黒”の陣営に属する魔術師。名をアルドル・プレストーン・ユグドミレニアだ。こうして、相まみえたことを光栄に思うよ、ルーラー」

 

「────…………え?」

 

 そうして、姿を現した魔術師は真に礼を払って頭を下げる。

 鋭き眼光に浮かぶは正真正銘、本気の敬意。

 事もあろうに慇懃無礼な言動で襲撃してきたはずの魔術師は、さながら偉大な先達を敬するが如く、ルーラーに最上の敬意を送っている。

 

 ルーラーは固まった。

 驚愕や混乱といった動揺からではない。

 彼を見て、彼を知って、彼に気づいた瞬間から全ての感情が消し飛ばされた。

 

 言葉を発しないルーラーに替わるかの如く、アルドルは続ける。

 

「故に非常に残念だ。討つしかない縁とは言え、それでも貴女と言葉を交わすという機会は光栄だったのだが、それをするには貴方の()が許してくれないようだ」

 

 嘆息。やはりこうなるのかと、呆れるようにアルドルは言って。

 

「ならばこう言い換えよう。久しぶりだな(・・・・・・)、相変わらずで何よりだ」

 

 告げた刹那──悪性を滅する聖なる焔が煌々と輝いた。

 

 

 

 

 『それ』は『透明』だった。

 

 世界に異物があれば即座に処断できるのが世界にとっての特権だ。人の無意識下の意志によって発生した『抑止力』という絶対の概念。世界そのものと言っていい世界を存続させたいという生存本能は歴史の過去現在未来に問わず、絵図に予期せぬ色や空白が生じれば即座に反応し、その原因を撲滅できる。

 

 しかし、それも観測できればという話だ。

 

 『無いもの』を消去することは神様であっても死の概念であってもできない。初めから無いのだから、そも消し去ることは出来ないのだから。

 だからこそ『それ』は『抑止力』にとって例外中の例外、特異点をも超える特異点であった。

 

 存在が確立しているなら真実『無い』ものなど存在しない。無という概念を背負うにせよ、世界によって、誰かによってその姿、形、名前が与えられているのならば、いや、観測しうるのならばそれは確かにこの世界に在ってしまうのだから。

 そう言った意味において『完全なる無』というのは世界に存在しないし、そもそもその概念自体世界に存在しない証明であろう。

 

 ──であるからこその異端。その『透明』は世界にとって『完全なる無』であった。

 

 ある日突然、何の前触れもなく、気づけば世界に存在した『透明』。

 人の意志の具現たる『抑止力』は当然の様にその存在を察知した。

 

 何故ならばそれこそが『抑止力』の意義。人の生み出したアラヤと呼ばれる生存本能の性質なのだから。生きたい、という意志はその本能に基づき、予期せぬ色を観測しようとして──観測できなかった。

 

 何故か、理由は明白だ。

 その『透明』は『完全なる無』であったのだから。

 

 無なのだから誰にも見えないし、無なのだから誰にも分からない。

 何の因果も因縁もなく生じたそれは、世界との縁がまるでない。

 

 故に無、完全なる無。

 如何な『抑止力』と呼ばれる世界そのものと言っていいほどの存在であっても干渉できるものではなかったのだ。

 無いものには手が出せない。だからこそ無敵。

 

 『抑止力』は計算不能の不具合(エラー)に対して何のアクションも取れなかった。

 

 正体不明、存在不明。

 されど、一度だけ、それを観測する機会を得た。

 

 南米で執り行われた亜種聖杯戦争。

 とある快楽主義者によって持ち込まれたケルト神話に由来する聖遺物を型として生成されたそれは、大聖杯や本家本元の聖杯には及ばぬものの、七騎の英霊を呼び出し、大抵の願いならば叶えられる極めてオリジナルの聖杯戦争に用いられた聖杯と同等の性能を有するものだった。

 

 故にきっかけは些細なものだった。

 

 偶然、その戦いに参列したものの中に、世界の危機を呼び込むものが居た。

 

 偶然、その戦いに参列したものの中に、英霊の枠を選ばなかったものが居た。

 

 だからこそ『抑止力』はその枠に守護者をねじ込み、己が役目を果たさんとした。

 偶然である。偶然に偶然が重なった結果、知らず『抑止力』は、その使徒を『透明』の下に遣わしていたのだ。

 

 そして『透明』と『抑止力』に遣わされた使徒は混迷極まる戦いを満身創痍となりながらも勝ち上がり、聖杯を手にすることが叶った。

 ──この瞬間である。『透明』と『抑止力』の守護者、そして聖杯。存在位置が極めて近く、加えて「人の世を滅ぼすことが可能である」という可能性が、遂に『完全なる無』を観測するに足る因果として成立したのだ。

 

 『抑止力』は見た。

 『それ』を。『完全なる無』の正体を。

 

 

 

『それ』は存在してはならないものであった。許してはならないものであった。受け入れてはならないものであった。否定すべきものであった。抹消すべきものであった。

 

■姫、F■t■、■■使い■夜──■説、■ー■、ア■■──前■、■■者、異■から■■■■■■■■────。

 

殺す消す拒む亡くす排する失くす在ってはならない許しがたく認めがたく侮辱に等しく悍ましい悍ましい悍ましい悍ましい────。

 

 

 

 『それ』を絶滅させねば──人類(我ら)は生命体であることすら否定される──。

 

 

 

 よって抑止の輪が廻る。『それ』を討たんと動き出すは錆びついた理想を背負う者。迎え撃つは『それ』の因果に呼応して動き出した創世期より不変の概念として世界に在る一柱。

 最後の夜に行われた世界の存亡を賭けた終末戦争は果たして、理想を《光》が照らして終わった。

 

 『抑止力(アラヤ)』ではなく、『(ガイア)』に属するかの存在にとって『それ』はさほど意味のないものだから。

 それよりも野心の果てを見てみたいという契約の名の下、あくまで英霊という規格だった彼は()の差によって敗れ去った。

 

 よって二度目は無い。

 覚えている。その敗北を観測(知っ)たからこそ──。

 

 

 ──エラー観測、エラー観測。

 ──検索開始。検索終了。

 ──条件適合。霊格適合。

 ──魔力不適、霊器不適、能力値不適。

 ──観測データより不明を確認。

 ──規定値に向け霊格挿入開始。

 

 ──霊器再臨、クラス向上。

 ──個体の領域拡張(バックアップ)開始。

 ──■■■による運命力の付与、完了。

 ──■■■による宝具の再設定、完了。

 ──■■の情報並びにこれまでの観測データの付与、完了。

 

 ──全条件達成(オールクリア)

 

 ──再召喚(・・・)、クラス・冠位英霊調停者(グランド・ルーラー)

 

 現界──《オルレアンの乙女》。

 

 

……

…………。

 

 

()よ、この身を捧げましょう」

 

 聖火が上がる。その名は希望。

 

「私が愚か者であるなど百も承知」

 

 聖旗が揺らめく、誇りと掲げ、道を照らす印と掲げられる。

 

「結末は分かっていた。訪れる末路も、訪れる悲劇も、私は最初から知っている」

 

 迷いはない、恐れもない。

 未来への展望に絶望する心もない。

 

「それでも、救える命があるというのならば」

 

 そうして乙女は駆け出した。

 自身の幸福も、平穏も、安穏として全てを投げ捨てて。

 身体に鎧を、腰には剣を、そして──。

 

 この手に──聖旗《誓い》を。

 

「きっと、この道は間違いではないのです」

 

 嘗てそういう歴史があった。

 嘗てそういう偉業があった。

 嘗てそういう伝説があった。

 

 今よりずっともっと前。

 フランスに生まれた村娘の少女は希望のために立ち上がり、後の世に百年戦争と呼ばれる戦の時代を駆け抜けたのだ。

 全ては遠き過去の事。されどこの時この瞬間より、救国(・・)は今より始まるのだ。

 

 

「──聞け! この戦場に集いし一騎当千、万夫不倒の兵士たちよ!! 本来相容れぬ性質、本来交わらぬ心の持ち主たちであっても今は互いに背を預けよ! 我らが背負うは故国の誇り、我らが背負うは人々の希望! 主の御名の下、フランスを守護する盾とならんッ!!」

 

 

「──ハッ、そうきたか(・・・・・)ッ!」

 

 

 焔より現れたるはいと気高き聖女の姿。

 それを見てアルドルは鉄面皮を喜悦に歪め、獰猛に吠える。

 

 絡繰りなど一瞬で看破する。元よりそれはアルドルにとって十八番中の十八番。自身が魔術性質とも言える技である。

 目には目を、歯には歯を。

 そして──再演には再演を。

 

「なるほど。確かに今のお前なら無敵だ。この時代で、人々の加護を受けた状態での再現とは。まさに今の私は歴史の主役(主人公)やられ役(史実)というわけだ」

 

 気づけば、焔の中から人影が現れる。

 武装し、兵士としての面目は保っているものの、総じて貧相。

 とても強兵とは言えぬその形。

 

 しかしその瞳には、確かな希望(信仰)

 不退転を掲げた決意の意志が輝いている。

 

 そう──此処はオルレアン(・・・・・・・・)

 今より歴史が始まるのだ(・・・・・・・・・・・)

 

 ──視線が交錯する。

 

 聖女は思った。

 ──アレが主の敵、嘆きの元凶であるのか、と。

 

 アルドルは笑った。

 ──若く(・・)初々しい(・・・・)。あれが全盛期(・・・)か、と。

 

 両者の意識はチグハグで何処か噛み合わない。

 まるで全く違うものを見ているかのように、酷くズレている。

 それでも分かることは一つだけ。

 

「──貴方が私の敵ですね」

 

「──然り、()がお前の敵だよ。初めまして(・・・・・)、英雄の卵」

 

 問答終了。

 交わされた言葉を終えると同時、鬨の声が上がる。

 ジャンヌダルクと、彼女と共に現れた一万を数える兵(・・・・・・・)

 

 敵を払わんと乙女の掲げる旗を導に、進軍を開始する。

 

 

 

 ──端的に言うのであれば、それは歴史の再現なのだろう。

 

 かつてフランスの百年戦争の渦中において起こったとされるオルレアン包囲戦と呼ばれる戦い。救国の乙女、その伝説の始まりにして最初の戦い。フランス国内ににわかに広がっていた救済の噂話を真実とする戦い──。

 祈りが転じて昇華した英霊ではなく、正真正銘歴史上に存在した英雄として呼び出された状態というのが今のルーラー、ジャンヌ・ダルクなのである。

 

 いや、そもそもサーヴァント・ルーラーであるかも怪しいだろう。向上した霊器は明らかにサーヴァントという規格を越えている。何せ見受けられるステータスはかつて亜種聖杯戦争で見たヘラクレス(アルケイデス)を凌駕しているし、幸運の項目に関してはもはや測定不能。

 

 評価規格外(EX)ですらない以上、その幸運はいっそ世界が味方であると言っても過言ではない。

 よって結論する。今の彼女は青年の識るルーラーではない。青年の識るサーヴァント、ジャンヌ・ダルクでもない。

 

 ……いつか何処かの、『普通』の人間の考察を思い出す。

 或いはかの乙女も、抑止力の加護を受けていたのではないだろうか──と。

 

「いや、いや、この際事実はどうでもいいか。問題は、私がこれを越えられるかという話──」

 

「オオオオオオオ──!!」

 

 突撃する。気炎を上げて槍を構えた兵士が突っ込んでくる。

 その速度、身体能力は普通のものではない。

 まして彼らにとっての頭上、およそ五階建ての建築物の屋上に立つアルドル向けて飛び上がって、襲い掛かるなど人間の出来る芸当ではない。

 

 ──視る。

 

「神敵滅殺ッ!」

 

 叫びながら躍りかかる兵士をアルドルは半身になって避ける。

 目標を失った兵士の槍は虚空を射抜くが、即座に転身、再度目標を捉えんと槍を大きく振るってアルドルの方へと叩き落した。

 

 それをアルドルは地を蹴ってさらに躱す。肉体の強化魔術を経て人外の身体能力を得たアルドルは勢いそのまま別の建物に跳躍して難を逃れる。

 そして回避した先から、見た。空ぶった兵士の槍が先ほどまでいた屋上の床を粉砕し、建物の天蓋を木っ端みじんに破壊する様を。

 

 続けて襲い来る弓矢の一斉掃射、殺到する剣兵。

 何れの威力も人以上の膂力、威力で以て破壊力を証明する。

 それでアルドルは確信した。

 

「なるほど──トラオム(・・・・)の仕様か、厄介な」

 

 呟くと同時、虚空に描く三つのルーン。

 原初のルーンという神代魔術を惜しみなく雑兵へ向け放つ。

 

「主のご加護を──!」

 

 乙女が叫ぶと同時、アルドルの魔術は確かに炸裂した。

 しかし──。

 

「オオオオオオオ!!」

 

「チッ──!」

 

 無傷。アルドルの眼前、肉薄するほどの距離でアルドルの魔術を受けたはずの魔術耐性が欠片もないはずの兵士は構わず剣を振り下ろす。

 それを居合の要領で抜刀した斬神魔剣(ティルフィング)で弾き、返しでそのまま兵士を袈裟斬りにする。

 

 絶命必至の致命傷。なのに──。

 

「神の加護は我らにあり──!」

 

「まだ動くか。ならば──!」

 

 武装失くして致命傷を負い、それでも尚、両手でアルドルの首元に掴みかからんとする兵士に歯噛みしながらアルドルは巧みな動作で兵士をいなしつつ、直接兵士の心臓へ原初のルーンを刻みつける。

 

破壊(ハガル)──消し飛べ」

 

 超々至近距離で炸裂する原初のルーン。

 心臓どころか兵士の上半身ごと消し飛ばしながらアルドルは毒づいた。

 

「これで一人目。ハ、堪らないな」

 

 消し飛ばした兵士を睨みつけるアルドルに、息つく暇もなく次の、次の、次のと兵士たちが襲い掛かる。

 それを今度は対応せずに、空間跳躍で囲みから離脱しつつ、三百メートルほど本隊からの距離を取り、観察と考察を行う。

 

「兵士は一人一人が並のサーヴァント級。身体能力は言うまでもなく、魔術を抜きにすれば私以上のスペックか。多少の手傷では倒れず、おまけに勇猛果敢な上、聖女の援護もある──と」

 

 そして総数一万。率直に言って。

 

「理不尽。そして真っ当に考えれば勝ち目無し。二度目とはいえ、やはり手間だな抑止力の相手という奴は」

 

 次いで疲れたように、アルドルはため息を吐いた。

 

 ──抑止力。

 それは人々の普遍無意識によって編まれた世界の安全装置を指す言葉だ。

 通称カウンターガーディアンとも呼ばれるそれは主に二種の存在、アラヤとガイアなるものが存在しているのだが、今回この場に働いているのは前者である。

 

 例えば地球規模での人類殺戮、例えば人理の破壊。

 

 端的に言えば人類存亡の危機に対して、その要因を消すことを役目と負う存在である。人の生きたいという意志の具現化とでも言えば分かりやすいだろう。

 『彼ら』は人の世をより永く存続するために存在して、そのためならば今ある世界を変え得る要因に対して善であろうと悪であろうと等しく残酷に対応する。

 

 そう、今を生きたいという人々の具現なのだから良きも悪しきも関係ないのだ。たとえより良い未来のためであろうとアレは現行世界の変更を許さない。

 よって抑止力はその存在を多くの魔術師に古くから認知され、憎悪の念を向けられてきた。

 

 何故ならば魔術師の『根源』に至るという目標もアレにとっては粛清対象、文字通り可能性があるというだけで干渉を行い、魔術師の悲願を木っ端みじんに砕きに掛かる。

 今まで多くの魔術師が『根源』を目指しながら殆ど到達していないという現状の原因は少なからず抑止力にあると言っていい。

 

 そして、そんな抑止力が人類存亡のために行う修復手段はいつの世も、大体一つと相場が決まっている。即ち──。

 

「対応すべき数値に合わせ、絶対に勝利できる数値で対処する。物語で言うところのデウスエクスマキナだな。相手するだけ馬鹿馬鹿しい」

 

 よって勝てない。

 何をどう工夫を凝らそうと、抑止力が干渉してきた以上、死するのみ。

 

「──というのが普通の常識だ」

 

 そう、それが抑止力の。

 この世界を生きる魔術師たちの常識だ。

 

 しかし、そのルールは。

 あくまで同じ人類(アラヤ)だからこそ適用されるもの。

 

「そもそも人が絶対にアラヤに勝てないのは、己自身も人のアラヤに組み込まれているからだ。生きたいという願い、種の存続を望む人々の普遍無意識がアラヤであるのならばそこに自身も組み込まれているのは当然の事」

 

 世界を含む自分。

 無意識の祈りがこちらに牙を剥いて掛かってくるのだ。

 なればこそ勝てない。勝てるはずがない。

 

 同じ人類(アラヤ)である限り、抑止力は越えられない。

 

「だが、そうだな。敢えて言うならば──例外は常に存在する。もう一度、それをこの戦いで証明しよう」

 

 知るが良い──世界の調停者。

 絶対を誇るお前にも、例外は付きまとうという現実を。

 破綻の無いその数式を粉砕する、乱数を見せてやろう──。

 

「宝具発動を許可する、まずは気勢を削いでやれ」

 

「了解」

 

 そうしてアルドルは僅か数十秒にて空間跳躍で逃れた己の場所を特定し、迫りくる二百ほどの先行偵察隊を眼前に淡々と命ずる。

 己がサーヴァント・アサシン──ではなく、空に浮かぶ彼女たち(・・・・)に。

 

 名を受けて、彼女たちは動く。

 構えた槍を地表の兵たちへ。

 照準し、捉え、穿つ。

 

「「「同位体、顕現開始」」」

 

 感情の色が無い、機械のような声。

 

「「「同期開始」」」

 

 彼の識る彼女たちとは少し違う、けれど変わらぬ同じ存在。

 あの時とは立場の違う彼女たちは本来の役割を演ずる。

 故に迷いも惑いもない。

 

 主神(ヴェラチュール)の命の下、命令を粛々と実行する。

 

「アレは……!」

 

 乙女が気づく。

 認識は変われどその身はルーラー。

 なればこそ、瞳は彼女たちの真名(正体)を看破した。

 

 オルトリンデ、ヒルド、スールズ──。

 其は──神霊(・・)・ワルキューレ。

 

「「「終末幻想・少女降臨(ラグナロク・リーヴスラシル)!」」」

 

 黄昏の残響が光となって響き渡る。

 彼女たちは勇士を招く乙女なれば、たとえ死を恐れぬとて信仰という縁に縋った偽の勇士に心揺らがせるはずもなく。

 

 無慈悲な槍の光は先行偵察部隊を一掃した。

 

「それでは比べ合いといこうか。ああ──そういえば、関係ない私情も一つ存在したな。いつぞやの仕返しだ。その信仰、挫かせてもらおうか──!」

 

 そう言って、神話の奏者は不敵に笑った。

 ──黄昏時が始まった。




「わたしに骨の折れる道をとらせた見知らぬ人は誰。雪に埋もれ、雨に打たれ、露に濡れ、長いことわたしは死んでいたのです」
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