千年樹に栄光を   作:アグナ

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交錯する英雄譚

 ──それは古に謳われる英雄譚だった。

 

「「ッ────!!!」」

 

 声にならない絶叫。

 剣と槍が凄絶な激突を繰り返す。

 神話世界へと激変したトゥリファスの中心で二つの影は絶え間なく交錯する。

 

 相対する影──その片翼を担う“黒”のセイバーは圧倒的だった。

 

 元より竜殺しの大英雄。

 ニーベルンゲンに語り継がれる不死身の剣士。

 

 邪竜ファブニールを神の加護もなく手持ちの魔剣とその技量のみにて撃破してみせた実力は疑うべくもなく、英雄となってからは肉体は邪竜の返り血で不死身となっている。

 ならばこその無敵。超絶技巧の剣士が最堅の鎧を纏って切りかかって来る状況は正しく絶望としか言いようがあるまい。

 

 加えてマスター代行を謳う少女の存在によって今や彼は英雄叙事詩の枠組みを超え、人類史に刻まれる『不死身の身体を持つ竜殺しの英雄』という広義的側面を持つ存在にまで昇華されているのだ。

 

 振るうは絶技、纏うは無敵。

 それに加わるは切れ味を増す魔剣に、魔術の英知。

 正に誰もが想像する負けずの英雄が現実に映し出されている。

 

 大瀑布も斯くやと言わんばかりの一撃が繰り返される様は悪夢としか言いようがないだろう。

 想像するだに恐ろしい現実が此処に顕現する。

 

 しかし──それを返すは神速の旋風。

 

 剛力無双を体現する剣技を超高速の槍技が押し返す。

 眼前の猛威を前に恐怖どころか寧ろ至上の歓喜をもって“赤”のライダーは正面堂々と向かい合い続ける。

 

「くっ、は、はは……! ハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 剣士より繰り出される一撃はどれもこれもが一撃必殺。

 少女の姦計によって神の加護を失った今の“赤”のライダーにとっては絶対に受けてはならない攻撃だ。

 死の存在はそれこそ末期に感じた喪失の冷たさに等しく、背筋を撫でる悪寒は嘗て類を見ない程に身を凍らせる。

 

 だが、それを上回る胸の熱が、今やこの身に満ちていた。

 

「そうだ……! これだッ! 俺はこれを求めていたッ!!」

 

 打倒不可能を思わせる難敵。

 必死不可避の絶体絶命。

 出口の見えない袋小路。

 

 希望のない命の綱渡り。

 絶望としか言えない場面に、しかして“赤”のライダーは歓喜する。

 

 ……“赤”のライダーに大聖杯に賭ける大望はない。

 元より彼が持つ望みは英雄として相応しくあること。

 それは生き様であり、在り方である。

 願いを叶える杯に託すものではなく、自らが体現するモノ。

 

 故にこそ彼は聖杯大戦に参じた。

 英雄としての己を望む声を英雄(おのれ)は決して裏切らないから。

 だが、彼は別段無欲な存在ではない。

 

 求める声を拒まないという一点においては、施しの聖者と呼ばれる“赤”のランサーに似たところがあるものの、“赤”のライダーは自らが我欲まみれであることを自覚している。

 英雄として刹那の生を駆け抜けるからには人生は彩りに満ちていた方がいい。生来の無敵や偉大なる教師の下で培った力や技巧をただただ弱兵に振り下ろすだけの戦など花が欠けるにも程があるだろう。

 

 語り継がれる英雄譚は誰よりも煌びやかでなければつまらない。

 よって男は求めた。

 難敵を、強敵を。

 自らが全力を振るって尚、砕けぬ敵手の存在を。

 

 そして、願いは此処に顕現する。

 

「ハハハハハハ!! 強い! 強いな“黒”のセイバー! 我が槍技、我が研鑽、我が全力を以てしてもお前は倒れない! 素晴らしい! これこそが俺の求めていたものだ! ご照覧あれ、オリュンポスの神々よ! この難業、この絶望! 我は今こそこれを覆し、新たな英雄譚を築き上げようッ!!」

 

「──づ、ぁああああ!」

 

 激突するたび、衝突するたびに加速度的に勢いを増していく一合。

 威力においては“黒”のセイバーが圧倒的であるものの、速度においてはやはり“赤”のライダーが一歩上回る。

 たとえ弱点を突かれ、本来の速力が出せなくなったとしても彼こそは世界最速を謳う大英雄。今や眼前に控える強敵を前に過去類を見ない程に高揚する精神は肉体的な負荷など疾うの昔に超越している。

 

 嘗てない程に冴えわたる槍技が手数の暴力で無敵の剣を押し返す。

 永遠を思わせるような拮抗。

 両者は互いの強みで以て、死闘の天秤を均衡させる。

 

 完全なる互角の均衡はしかし。

 

「無視してんじゃねえぞ! 仏頂面ッ!」

 

「……くっ!」

 

 鎬を削る舞踏に奔る赤き閃光。

 一合ごとに発生する僅かな呼吸の間隙を縫ってもう一つの脅威が“黒”の剣士に襲い掛かる。

 まるで猟犬が僅かな隙をかぎ分けて襲い掛かってくるように、“赤”のセイバーはほんの僅かな隙とも呼べない間に自身の凶剣をねじ込んだ。

 

 それに対して“黒”のセイバーは最小の動きで攻撃をいなす。自らの身の下に隠すようにして下段から切り上げる“赤”のセイバーの切り上げを手すきの片腕で捌き切る。

 凶剣を弾くは“黒”のセイバーの肘打ち。

 切り上げてくる剣に対し、自ら当たりに行くように打撃を振るうことで剣の勢いを減退させ、無敵の肉体で刃を弾き飛ばす。

 

 素の肉体能力が高いからこそ成せる最適解。

 何より“黒”の剣士はそれを“赤”のライダーから視線を逸らさぬままに、経験則と直感のみでやってのけたのだ。

 恐るべきは一瞬の判断の速さ。場面ごとの取捨選択が的確かつ早い。

 竜殺しという格上殺しを成すにはその程度は出来て当然と言わんばかりの行動であったが──最適解が常に正解だとは限らない。

 

 最善手という手を指して尚、悪化する状況というものが無情にも現実には存在しているのだから。

 

動いたな(・・・・)ッ!」

 

「く……!」

 

 その意図するところが次瞬、自身を直撃する。

 絶妙なタイミングで予定に含まれていなかった行動を強制された“黒”のセイバーは“赤”のライダーの猛攻に対して一瞬の対応を留めた。

 そして──その一瞬の隙をこそ“赤”のライダーは食い破る。

 

 間を通り越して僅かに出来た間隙。

 “赤”のセイバーが広げたそこに“赤”のライダーの槍が強襲する。

 

 肩口を刃が抉る。

 傷は出来ず、血も流れない。

 だが衝撃は発生する。

 

 力に押されて一歩、“黒”のセイバーが後退する。

 ならばそのような状態、“赤”のセイバーが見逃すはずもなく。

 

「オラァ!!」

 

「……ッ!」

 

 赤雷を纏いながらの飛び蹴り。

 魔力放出の効果で弾丸じみた勢いのまま飛び込んでくる“赤”のセイバーの一撃で“黒”のセイバーは更なる後退を強制させられた。

 

 ──“赤”のセイバー。

 その脅威性は大英雄ら二人に比べれば脅威は一枚落ちると言っていい。

 

 アーサー王の伝説に語られる円卓の騎士という身分も、伝説の主役に致命的な一撃を与えたという功績も凡百の英雄にはない逸話ではある。

 知名度も能力も決して並のモノではなく、寧ろ英雄の中でも上位に位置する戦闘能力を有しているだろう。

 

 だが比べる相手は英雄の中でも最上位の存在。

 純粋な総合戦闘能力においては二人に対して僅かに劣っていた。

 されど劣っているから脅威足り得ないなどとはならない。

 

 寧ろ敵に劣るからこそ戦場の優位をかぎ分ける嗅覚は鋭さを増しており、拮抗する天秤を誰よりも巧みに崩しに掛かる。

 元より格上殺し、絢爛たる円卓崩壊の引き金を引いた剣士である。こと破滅の引き金を引くことに関してはこの場の誰より巧みと言っていい。

 

 状況は二対一。数的優勢は“赤”に確保されている。

 手数の脅威を全面に押し出していけば均衡の傾きは容易に崩せる。

 相手が如何に優れた剣士とて手足は二本で、頭は一つ。

 反応できても対応できないという状況は必ず生じる。

 

 そして“赤”の剣士はそういった隙を決して見逃さない。

 戦場で築き上げた殺人術は対人において無視できない脅威となるのだ。

 

 徐々に、“黒”のセイバーは不利へ追いやられていく。

 

“分かっていたことだが、やはり数か”

 

 鉄面皮の下で不利を自覚しながら、冷徹な思考で“黒”のセイバーは思考する。

 

 少女の強化は成程、“黒”のセイバーに多大な加護を与えている。

 ……大英雄を前に控えながら、優れた剣士に対応しつつ、護衛対象の安全を確保する。言葉にすれば呆れるほどの三重苦を、それでも現状行えているのは少女の援護があってこそだ。

 流石の大英雄の実力を以てしても素面でこの難業を行うことは出来ない。

 

 とはいえ如何に強化されていても身一つだ。

 ただでさえ尋常ならざる手数を物とする“赤”のライダーに加えて、もう一騎サーヴァントを相手取るなどという状況は長々と演じられるものではない。

 

 或いは己が物量を武器とする英霊であるならば多対一も可能であったのかもしれないが、剣士である己は戦闘を得手としても戦争を得手とするわけではない。

 数の差という単純な差は単純であるが故に埋めがたい明確な差として、“黒”のセイバーに降りかかっているのだ。

 

 さらに現状を支えるこの強化。これにも時間制限がある。

 ルクスに曰く、無関係を繋ぎ合わせるならば数秒。

 英雄譚の主役という本家本元を支えるにしても十分。

 

 それが神名接続(セイズマズル)の限界時間だという。

 

 戦端が開かれてから既に経過は五分を切っている。

 天秤が瓦解するのは遠い話ではない。

 数の不利、時間の制限……何を取っても余裕はない。

 剣士として相対する限り、“黒”のセイバーの負けは見えている。

 

「…………」

 

 刹那、危険を承知でマスター代行たる少女に視線を送る。

 言葉は無い。

 ただこちらに気づいた少女は笑みを返してみせた。

 

 余裕か或いはそう見せかけただけの強がりか。

 いいや、そうではないだろう。

 接触は短いものの、言動から見受けられる彼女の気質は現実主義者。不利を自覚すれば当たり前に逃亡か、他力を乞える人格の持ち主だ。

 

 戦闘能力こそ殆ど皆無だが、戦況判断に関しては“黒”のセイバーをして躊躇いなく託せる程度には優れている。

 そんな彼女がこの不利を悟れぬはずもなく。

 

“──手はある、ということか”

 

 何をするのかは知らない。

 それでも“黒”のセイバーは何かあると判断した。

 

 少女は言った。

 この戦はあくまで時間稼ぎだと。

 本命から目を逸らすための足止めに過ぎないと。

 

 その一方でこうも言った。

 想定以上の成果を出す、と。

 

 この戦場はいつでも撤退を選べる戦場だ。

 少女にとって数的不利は予想外のモノでこの状況も想定にはなかったものだろう。その上で未だ戦場に立っているということは成果を出すためのカードがまだ残っていることを意味している。

 

 少なくとも“黒”のセイバーはそう判断した。

 ならば己が為すべきことは少女が作るであろう成果を出すに値する状況を見逃さないよう構えることであり、それを為すまでの時間を作ること。

 

“……皮肉な話だ”

 

 そこまで考えて思わず自嘲する。

 マスターとサーヴァント。

 その関係がこれ以上となく理想とする戦い方を“黒”のセイバーはマスターの代行たる存在と演じている。

 マスターではない存在を『信頼』する己を“黒”のセイバーは皮肉と笑う。

 

「……ならばこそ剣士であることを捨てるに相応しい、ということか」

 

「あん? 何を言って……」

 

 珍しく口を開いた“黒”のセイバーに対し、訝しむ“赤”のライダー。

 それに答えを返すことなく、“黒”のセイバーは強引に切り払いを放ちながら大きく後方へと跳躍した。

 

「てめ、いきなり口を開いたと思ったら……!」

 

「“我が眼前に勝利ありき”」

 

「ッ!!」

 

 そして手にするは生前は持たぬ魔術の技。

 問答無用と“黒”のセイバーは中空に『勝利(テュール)』の(ルーン)を刻んで解き放つ。

 

 現代魔術など及びもつかぬ原初のルーンによって効果を発揮するそれは熱線となって“赤”のライダーへ殺到する。

 流石の反射神経で“赤”のライダーは熱線を完璧に避けてみせるが、魔術は五月雨の如く、繰り出され、“赤”のライダーに間合いを詰めさせない。

 

「ハッ、剣術に自信喪失かよッ!」

 

 戦術を切り替え、魔術頼りに出た“黒”のセイバーを嘲笑うかの如く“赤”のセイバーが突進する。

 相手が原初のルーンの使い手とあっては流石の対魔力も十分に機能しないものの、それでも減退はする。

 故に自身の対魔力性に魔力放出の赤雷を併用しながら真正面から“赤”のセイバーは熱線の雨を簡単に攻略してみせた。

 

 作り出した敵手との間合いはあっという間に詰まる。

 しかし──この攻防の意味はそこにはない。

 魔術を使ったのは意表を突くためでも、剣技を諦めたからでもない。

 

 無敵を失った大英雄と、魔力に高い耐性を持つ剣士。

 これら二つに対して魔術を放てばどうなるか。

 現実はこの通り、前者は回避し、後者は飛び込んできた。

 

「……俺は人間同士の戦争に特別通じているわけではないが、それでも基本程度ならば弁えている」

 

「そうかよ、その結果が陰気くせぇ魔術師共の技か? 下らねえ」

 

「否、そうではない。数的劣勢に陥った時の基本の話だ。……弱い敵から確実に討つ。ただそれだけだ」

 

「ッ! 貴様──!!」

 

 その言葉に激昂する“赤”のセイバー。

 果たして挑発を意図していたかはともかくとして見下しているとさえ受け取れる言葉に“赤”のセイバーは激情と共に凶剣を“黒”のセイバーに叩きつけようとして……黄昏の光を前に冷や水を掛けられて冷静さを取り戻す。

 

「宝具──!?」

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 

 “黒”のセイバーの魔剣に翠光が宿る。

 真名解放により真エーテルを貯蔵する宝玉から魔剣に黄昏の剣気が充填される。

 

 竜殺しの魔剣が“赤”のセイバー目掛けて、その真髄を発揮した。

 

「ぐっ、オオオオオオオオ!?」

 

 怒りも忘れて“赤”のセイバーは全力で回避行動を取った。

 英霊が切り札とする宝具。

 防御に関して突出した宝具を持たない“赤”のセイバーにとって直撃は余りにも致命的である。

 

 開戦以来、最も死を間近に感じ取りながら、しかし“赤”のセイバーは距離を取って何とか迫る必死を躱してみせた。

 

「チッ、驚かせやがって……! だがこれで……ッ?!」

 

 崩れた体勢を立て直し、剣を構えて再び相対する“赤”のセイバー。強気な笑みはしかし再び目の当たりにする黄昏の輝きに凍る。

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 

 宝具の連続使用。

 それは先の戦にて“黒”のキャスターを前に“赤”のセイバーも使った手であるが、よもや此処に至って同じ手を敵側に使われることは想定外である。

 直撃すれば絶滅不可避の脅威が“赤”のセイバーを襲う。

 

「舐めんな! そんな大振り当たるかよ!!」

 

 躱す。不意打ち気味に放たれた初撃とは異なり、次弾は見て回避するだけの余裕があった。

 流石に宝具の二連射は想定外だったものの、それでも分かっていれば避けられる。“赤”のセイバーは再びその生を確保するが、しかし(・・・)

 魔剣を満たす、三度目の輝き。

 

「てめ、ふざけ──!?」

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 

 掟破りの宝具三連目。

 抗議の怒号が黄昏の光にかき消される。

 

 ……マスターの魔力次第で宝具の連続使用は可能だろう。“赤”のセイバーは知る由もないが“黒”のセイバーの宝具、竜殺しの幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)は威力に対して魔力消費量が多くないことが強みだ。

 

 優れたマスターによる潤沢な魔力供給があれば、こういった宝具の連続使用はれっきとした戦術として選択可能なものである。

 

 だが──今の“黒”のセイバーにはそれだけでは済まされない事情があった。

 他ならぬ神名接続(セイズマズル)による強化である。

 

 サーヴァント、ひいては英霊という存在は歴史に刻まれるほどの功績を為した人物が人々の願いに応じて顕現した存在……いわゆる境界記録帯(ゴーストライナー)である。

 

 そのため英雄当人ではなく、彼らはあくまで英雄の影として呼び出される。

 故に状況次第で能力に制限が設けられてしまう限界点が存在していた。

 

 知名度補正などその最たるものだろう。

 人々の存在と認識によって初めて現世に繋ぎとめられる彼らはそれ故強さを人々の存在と認識に左右されてしまう。

 よって英霊は強力な存在であるものの……例えば神代。神秘を当然の様に振るうことが許された、自らの全盛期と比べれば、弱体化を強いられた状態に等しい。

 

 生前の方が強かった──そんな事態も少なくないのだ。

 

 しかし神名接続(セイズマズル)はそう言った英霊としての限界点を埋める。時間制限があるとはいえ、知名度という認識を逸話を語ることで補強し、英霊としての存在証明を世界により深く刻みつけることができるのだ。

 結果、実現するのは英霊としての限界点の突破。生前に等しい実力の行使を、否、それ以上をすら可能とさせる。

 

 取り分け“黒”のセイバーにとってそれが意味するところは大きい。

 何故ならば──。

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 

 その身に宿る竜の血が齎した心臓は、竜の特性を有している。

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 

 ただ呼吸をする、鼓動を重ねる。

 たったそれだけで、その身に魔力は充実する。

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 

 竜殺しはその功績によって無敵の加護を得た。

 ならばその正体は元より竜の特性であり──。

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 

 今や竜殺しそのものが──竜に成り代わった証明である。

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)──ッ!」

 

 竜が絶えず咆哮するように連射される宝具。

 本来であれば切り札として放たれるであろう一撃が無造作と言っていい程に抜き放たれる。

 馬鹿馬鹿しい光景だが、戦術としてこれほど最悪な部類はないだろう。

 

「ッッ────!!」

 

 躱す躱す躱す躱す躱す──もはや毒づく余裕すらない。

 一撃でも喰らってしまえば終わりの攻撃を常態で繰り出される状況は悪夢にも程があった。“赤”のセイバーはただただ翻弄されるのみ。

 

 そして、それは“赤”のセイバーに留まらない。

 

「間合いを離したのは端からそれが狙いだったってことか──!」

 

 “赤”のライダーもまた宝具の度重なる連射を前に近づけずにいた。

 街区を躊躇いなく吹き飛ばす一撃一撃はそれだけで回避に取れる空間を次々に奪っていき、必然的に当たらないためにはより距離を取らざるを得ないという悪循環によって寧ろ“赤”のライダーは距離を引き離されていく。

 

 さらに宝具による広い攻撃範囲が齎すのはそれだけではなく。

 

「ぬおおおおおおおおお!!」

 

「ッ、マスター……!!」

 

 野太い悲鳴を聞いて“赤”のセイバーが振り向く。

 そう、この場にいるのはサーヴァントだけに非ず。

 

 “赤”のセイバーのマスター獅子劫界離もまたその脅威の巻き添えとなる。

 護衛対象として考慮に入れられているルクスはともかく、“赤”のマスターたる獅子劫は当然、“黒”のセイバーにとって抹殺対象だ。

 

 寧ろこちらの方が簡単に落とせる分、積極的に巻き込まれるのは当然であった。

 

「チィ──こっちも宝具を切る! 文句は聞かねえぞ、マスター!」

 

 であれば、この脅威。

 止めるためには手段は選べず、躊躇う余裕もない。

 鎧兜を解除し、邪剣に赤雷と憎悪を満たす。

 

 この宝具の連射の雨を止めるにはこちらも宝具を繰り出し、止めるしかない。

 あちらほどの連射は出来ないものの、一瞬の拮抗でも作り出せれば、“赤”のライダーが駆け抜ける時間ぐらいは築けるだろう。

 

 此処にきてアレの言う通り援護をするような真似になるのは業腹だが、“黒”のセイバーに敗れるよりはマシだと己に言い聞かせ──。

 

「──違う(・・)! セイバー、お前じゃねえ! そいつ()の狙いは──!」

 

 怒号のような決死の警告。

 それを受けて“赤”のセイバーに思考が生まれる。

 

“────”

 

 停止したかのような世界。

 マスターの言葉の意味、この状況、敵の意図する真の狙い。

 ……弱い敵から確実に討つ(・・・・・・・・・・)

 そもそも──この主従(・・)は初めからそいつを脅威と狙っていたではないか。

 

 マスターの存在もあり、未だ手痛い手傷もない万全たる己と。

 弱点を突かれ、自力の能力低下が激しい大英雄。

 

 仮に自身が逆の立場だとすれば、狙うのは……。

 答えは此処に──再び世界が激変する。

 

「ッぐ──こいつは!」

 

「チィ──今度は何だ!」

 

 先ほどまで穏やかな日差しと生命の息吹を感じさせる春の世界だったものが裏返る。

 吹き荒れるのは芯まで凍らせるかのような冷たい風。

 全ての生命を平等に終わらせる凍土。

 死の白銀が世界を覆う。

 

 それに共鳴するかの如く世界に満ちる魔力の総量。

 エーテルの減衰し続ける現代においてあり得ないほどの魔力が大気を満たした。

 その影響は当然、サーヴァントにも影響する。

 

 もはや単独顕現すら苦にならないような加護がこの場に集う全ての英霊に対して平等に降り注ぐが、しかし前触れすらないこの変動を前に、“赤”の陣営は悉くが動揺に隙を晒し、“黒”の陣営は好機と動いた。

 

「──邪悪なる竜は失墜し、世界は今落陽に至る!」

 

 この変化を“黒”のセイバーは事前に知っていたわけではない。

 だが、彼が殺し合う“赤”の二騎とは違い、彼は代理のマスターを信頼していた。この不利な状況を覆すだろう『何か』を待っていた。

 そんな心構えの違いが、この局面で生きる。

 

「撃ち落とす──幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!!」

 

 冬の世界に生まれる黄昏の輝き。

 渾身の宝具が“赤”の陣営に襲い掛かる。

 

「成程な、距離を稼いだのは宝具解放の隙を突かせないため──」

 

 元より単純な剣術の技量においては“黒”のセイバーは“赤”のセイバーを上回る。純粋な正面衝突であるのならば“赤”のセイバーの隙を突いて宝具を発動するのは容易い。

 

「そんでもって狙いは終始一貫して俺ってわけかッ!」

 

 であれば目下の脅威……弱体化して尚、圧倒的な強さによって“黒”のセイバーに匹敵する“赤”のライダーを狙うのは当然の事。

 ましてや弱体化し、無敵を剥がされ、自慢の速力が低下しているというのならば、万全たる“赤”のセイバーよりも倒すことによって得られるメリットは大きい。

 

 近接での攻撃ならば宝具を振るう僅かな隙に反撃をねじ込むことも出来たであろうが。

 この間合い、詰めるよりも先にこちらが砕かれる。

 世界の変動による動揺によって行動も遅れた。

 

 正に絶体絶命──最大級の危機に、だが英雄は笑った。

 

「面白いッ! ならば挑むが良い……我が人生(すべて)に!」

 

 黄昏の光を眼前に、誇る様にして腕を掲げる。

 刹那、収束する黄金の光。

 気づけばその手には得物とする槍ではなく、一つの盾が在った。

 

「それは──!」

 

 “黒”のセイバーの声音に予想外の動揺が乗る。

 

 “赤”のライダーが複数の宝具を有しているのは既に“黒”のセイバーも認知していた。無敵の身体に、神速の脚、そして槍と、自らが騎乗兵(ライダー)と位置付けられた由縁たる戦車。

 都合四つ。最上位の英霊に相応しい破格の数の宝具を有している。

 

 それでも──五つ目の存在は“黒”のセイバーをしても予想外。

 世界に名だたる大英雄アキレウス。

 その最後の宝具が最大の壁となって黄昏を阻みに掛かる。

 

蒼天囲みし(アキレウス)──」

 

 その時、だった。

 

「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 戦場に響き渡る嘆きの声。

 自身の生死すら忘れて、この局面に大英雄の動きが止まる。

 

「姐さ──」

 

 同じ陣営のただの相方──そう言って捨てられるほど軽い存在であればどれほど良かったか。

 父より聞いた美しき女狩人の話。

 生前は会うことの出来なかった彼女の姿と、彼女の願う祈りは聞きしに勝るほどに美しかった。

 

 そんな相手の、聞いたこともないような絶望の悲嘆。

 これを耳にして大英雄が、否、大英雄だからこそ嘆きに過敏な反応を示し。

 ──少女が笑う。

 

「──彼女の弱点がその祈りにあるものならば、貴方の弱点は踵ではなく、その在り方ね。英雄色を好むとはいうけれど、あっちにこっちにと色目を使っては勝利の女神に嫌われるわ。そんな目移りばかりしていれば、素気無く振られるのは当然でしょう」

 

 その点、迷いなき“赤”のランサーの方が恐ろしいと締め括り少女は言葉を止める。

 数的劣勢などこの通り。

 欠片ほどの油断もせず、慢心もせず。

 言葉を手繰り、勝利を得る。

 

 “赤”の陣営が抱える弱点を抉り抜いた“黒”の陣営の勝利。

 結果はもはや確定した。ただ一点──。

 

我が麗しき父への反逆(クラレント・ブラッドアーサー)ッ──!!」

 

 軽く視て(・・・・)いたその要素が最善の結果だけを突き崩した。

 

 

 

……

…………。

 

 

 

 戦いは終わった。

 “黒”の陣営と“赤”の陣営。

 主従関係をも考慮に入れれば、二対四という圧倒的な数的劣勢は、しかし結果のみを見れば仕掛けていった“黒”の陣営が終始“赤”を圧倒することとなった。

 

 ほぼ無傷の“黒”の陣営と息も絶え絶えな“赤”の陣営。

 どちらが勝者かと問われれば十人が十人、“黒”の陣営だと答えるだろう。

 

 だが、それでも。

 

「……驚いた。貴女の性格を考えて庇うことは読み切れてなかったわ」

 

「ぐ、ゲホッ……クソ、ガキが、勝手に、オレのことを、推し量ってんじゃねえ……」

 

 ジジッと赤雷の残滓が砕けた鎧の表面を撫でる。

 

「お前……」

 

 驚いたような声を上げるのは“赤”のライダー。

 彼自身が死を確信する状況にあって、未だ命を繋いでいる理由が目の前にあった。

 

 纏っていた全身甲冑(フルプレート)は粉々に砕け散り、鎧内に隠されていた十代の少女にしか見えない可憐な容姿は満身創痍と露わになっている。

 受けた損傷が尋常ではないのは、吐息の荒さと剣を杖に見立てて何とか立っている様からも想像するに容易い。

 

 それでも──立っている。

 黄昏の光を前に堂々と立ちはだかり、“赤”のライダー共々、生を拾ってみせた。

 自身を見上げる“赤”のライダーの視線に相変わらず不機嫌そうに言葉を返す。

 

「勘違いすんな、別に守っただけじゃねえ。ただ、あの何もかも見通してますってクソガキの目が気に食わなかっただけだ」

 

「あら? そんな傲慢な視線向けてたかしら?」

 

「ハッ! 白々しい! 言ってやるがな、この際ハッキリと言ってやるよ、何が見えてるかは知らねえが、オレはお前を知らねえ(・・・・・・・・・・)。勝手にこっちをお前の物語の枠に嵌め込んでんじゃねえよ」

 

「……ん、成程。それは……確かに、この結果にも繋がる話ね」

 

 動揺、という訳ではないのだろう。

 終始変わらず余裕の笑みを浮かべていたルクスに初めて感情の揺れ動きが生じる。

 指を口元に当て、僅かに目を細め、何かを自戒するように黙り込む。

 

 その様に“赤”のセイバーは舌打ちを鳴らす。

 あの(・・)忌々しい白い魔術師の同類かとも思ったが、こういう態度を見るに完全にあの手の手合いというわけでもないのだろう。

 となれば、勝利のためならば手段を選べる手合いなのだろう。

 

 人知れず“赤”のセイバーは嫌悪を抱く存在ではなく、鬱陶しい相手だという評価を眼前の少女に結論と下す。

 

「うん、これは確かに気を付けないといけないわね。色々と上手くいきすぎて、最後の最後でおざなりになった面はあるかも。大概私もアルドルの事を言えないわね。どうしてもこちらの視点に流されるのは私たち共通の欠点、という事なのかしら」

 

「あぁん?」

 

「こちらの話よ。でも──実際この後どうする気なのかしら。結果は予想と変わってしまったけれど、依然私たちの有利は動いていないわよ」

 

「……チッ」

 

 再び余裕の笑みに戻ったルクスの視線が“赤”の陣営を見渡す。

 満身創痍の“赤”のセイバー。

 弱体化に加え、先ほどの宝具の不発で大きく消耗した“赤”のライダー。

 そして──何をされたかは知らぬが戦意どころか立っている意志すら挫かれた“赤”のアーチャー。

 

 “黒”のセイバーが時間制限により元の姿に戻っていることを加味しても、此処から逆転するには厳しいだろう。

 相手が未だに手の内を隠しているという可能性もある。

 何せ、実質的に一対多でこれほどまでの戦果を叩き出せる相手だ。

 

 終始余裕な態度からもまだ相手に余力が残っていることは明らかである。

 

「逆転の目があるなら是非見せて欲しいわね。これはあくまで寄り道だから、戦果としてはこれで十分。尤も、これ以上に手がないっていうのなら遠慮なくこのまま獲らせてもらうけれど?」

 

 その方が良いし、とルクスはクスリと笑う。

 彼女の態度に合わせて“黒”のセイバーは無言で剣を構え直した。

 

 “赤”のサーヴァント……“赤”のセイバーと“赤”のライダーも同様に身構えるが、如何せん流石に受けた手傷も相まって迫力不足だ。

 特に“赤”のライダー、彼の気は膝を折って沈黙する“赤”のアーチャーの方へと向けられている。とてもではないが戦闘に集中できているとは言い難い。

 

「正に絶体絶命、ってわけか」

 

 ルクスと同じく、戦場外から場を俯瞰する獅子劫は重く呟いた。

 彼女の言う通り“赤”の陣営にもはや逆転の目は無いに等しい。

 

 自身のサーヴァントである“赤”のセイバーは勿論、“赤”のライダーも“赤”のアーチャーもこれ以上の継戦は困難である。

 だとすれば撤退が最善の選択だろうが、どうにも相手は逃がすつもりはないだろう。

 

 ……実のところ、“赤”のセイバー主従に限って言うならば手はある。

 獅子劫の手に宿るマスターの証──令呪。

 これを切ればセイバーに自身を背負わせ、二人がこの場を離脱することは可能である。

 

 だが獅子劫はその手を安易に選べない。理由は友軍である“赤”のライダーや“赤”のアーチャーを見捨てられないからなどという人情ではなく、眼前の脅威を知ったからこそ、彼はただ撤退するという選択肢を取れなくなった。

 

「ユグドミレニアっていうのは実は嬢ちゃんみたいな化け物の巣窟だったりすんのか?」

 

「まさか。時計塔(アナタたち)の言う通り、大体は烏合の衆よ。聖杯大戦に本気で勝ちに行ってるのも我らが当主殿か、私たちぐらいでしょうし。魔術世界に宣戦布告した愚かな一族って評価は案外間違っていないわよ?」

 

「……ホント良く言うぜ、全く」

 

 少女の言葉にボヤくように獅子劫は言う。

 信用するかはともかく目の前の相手が言質によって自らを例外側だと言い切ったのは僥倖と言えるが、問題はその例外側が目下、何が何でも討たねばならぬ敵手であることは間違いない。

 

“ユグドミレニア当主、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア、それからアルドル・プレストーン・ユグドミレニアに、此処に来て降ってわいたように現れたルクスを名乗る少女”

 

 少なくともこの三名は人外の領域に足を突っ込んだ怪物だ。

 ただの魔術師というには常軌を逸した実力者であることは疑いようがない。

 

 なればこそ“赤”のセイバーだけではユグドミレニアを相手取るには危険すぎる。

 少なくとも個々に挑みかかって倒せない相手であるのは明白だった。

 

“クソ、単独で挑みかかるのは無理だ。奴らを相手取るなら共闘は必須、だとすれば少なくとも現状、話が通じるライダーとアーチャーを此処で失う訳にはいかねえ”

 

 獅子劫は“赤”の陣営とコンタクトが取れない。

 否、ライダーたちの言葉を信じるに“赤”の陣営は既にシロウ・コトミネという聖堂教会の神父によって完全に掌握されているとのことだ。

 そんな真似をする相手がこちらと態々共闘を選ぶ可能性は少ない。寧ろ“赤”のセイバーのマスター権のみを求め、こちらを切り捨てる可能性の方が高いだろう。

 

 つまり何らかの理由で自由に動くことを許されている“赤”のライダーと“赤”のアーチャーを失えばただでさえ取れる手段の少ない獅子劫はより動きを限定されるだろう。

 手の内が見え透いた作戦など目の前の相手に通用しない。それはこの戦いにおいて見せつけられた戦術眼からも伺える。

 

“どうする……どうする!?”

 

 無謀にも挑みかかるか、絶望を覚悟に撤退するか。

 選べる選択肢はどちらも地獄。

 獅子劫は重く息を吐きだしながら自らの令呪に触れて。

 

『令呪を以て“赤”のライダーに命じます。騎乗兵(ライダー)たる宝具を解放し、戦場に集う全ての“赤”の陣営の離脱を助けてください』

 

 瞬間、それを切ったのは獅子劫ではなかった。

 場に木霊するような若い青年の声。

 それはこの場に集う誰もにとって想定外のモノであった。

 

「そう──此処で使うのね」

 

 空を見上げるようにして何者かへと呟くルクス。

 同時に“赤”のライダーの意志を無視して令呪の強制が発動する。

 

「つぅ、ぐぉお……ッ! ……!! “黒”のセイバーッ! それからそのマスターの代行を名乗る貴様! この屈辱は必ず返すッ! ゆめ覚えておくが良い! 貴様らを討つこの俺の事をなァ!」

 

 吼えるように“赤”のライダーが叫ぶ。

 その意志は未だに眼前の二人の“黒”を討たんと燃えているが、令呪による命令には抗えない。

 両腕が手綱を握り、自身の戦車を呼びに掛かる。

 

 宝具『疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)

 

 三頭の馬が引く“赤”のライダーの宝具が顕現し、“赤”のアーチャーと“赤”のセイバー主従を担ぎ込み、第三者の意志の下、強制的に場の離脱を選ぶ。

 

「逃がさ──!」

 

 それを阻もうと“黒”のセイバーが構える。……だが。

 

「追撃は不要よ、セイバー。あの人が介入してきた以上、向こうもこちらの状況をある程度、把握しているという事でしょうし、下手に追い打ちして逆に反撃されるのはよろしくないわ」

 

「……了解した」

 

 ルクスの言葉に“黒”のセイバーは手を止める。

 彼からすれば千載一遇の好機であったが、此度の戦場を指揮するものからすれば、そうは見えなかったらしい。此処に来て消極的な選択肢を選んだルクスに、“黒”のセイバーは命令を了承しつつ、その横顔へと視線を向ける。

 果たして何が見えたのか──気づけば少女の顔に笑みは消えている。

 

「ふぅん、令呪を此処で使うんだ。ならこの状況は向こうもキチンと把握していたってわけね。いや、そもそもライダーとアーチャーをライオンさんの下に遣わしている以上、寧ろある程度状況が見えているのは当然か。……尚の事分からないわね、何が狙いだったのかしら?」

 

「ルクス殿?」

 

「……こちらの話よ。まあ何はともあれ、当初の目標は達成したわ。今回はこれで良しとしましょう。私たちの戦いはこれで終わりよ。色々と助かったわ、ありがとう剣士(セイバー)さん」

 

「あ、ああ……」

 

 それも一瞬の事、再びいつもの本音の伺い知れない笑みで“黒”のセイバーに笑いかけるルクス。何やら明らかにはぐらかされたような感覚を“黒”のセイバーは抱くが追及の言葉はない。

 元より此度の己は彼女の護衛を任された身、であるならば余計な詮索は必要ないだろう。それは己の、サーヴァントとしての領分から外れるものだろうから。

 

「……了解した」

 

 短く了承の意を頷くことで“黒”のセイバーはルクスの言葉を受け入れる。

 しかし、何故かルクスの方はと言えばその反応に呆れたような目線を向けていた。

 

「……何というか今のを平然と受け入れる辺り、口下手というか忠義の騎士というか。ねえセイバー? これは聖杯大戦の本筋とは違うのだけれど、貴方はもう少し自分を出す贅沢をしてみてもいいのではなくって? ゴルドの叔父さんにも大概問題はあるけれど、貴方も貴方で、ちょっと、ねえ?」

 

「む、それはどういう……?」

 

「思いも考えも言葉にしなければ伝わらないってことよ。疑問が湧いたなら素直に問いただすことがあってもいいんじゃないかしら?」

 

「……だが察するに貴女が口にしたのは“黒”の陣営の勝敗、聖杯大戦の戦略に関する話だろう。であればマスターたちに連なる貴女方の考えにサーヴァントである俺が口を出すのは……」

 

「そういう合理的な判断も、口に出さなければ何を考えているか分からないという印象にしかならないわよ。セイバー」

 

「……む」

 

「ま、秘密主義の私が言えたことでもないか。でも戻ったらマスターと言葉を交わすことをお勧めするわ。主従関係が悪影響を及ぼして足元を掬われる、なんて。“黒”のライダー主従はともかく、貴方たちにやられると私たちもちょっとは困るしね」

 

 中々に黒い皮肉を口にしつつ、クルリとルクスは“黒”のセイバーに向き直る。

 そして揶揄うようにして“黒”のセイバーの瞳を覗き込み。

 

「何だったら会話の練習相手になってあげましょうか? 今なら特別にどんな質問にも答えを返してあげるわよ?」

 

 と、冗談のように口にする。

 

「──ならば是非、質問をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 ルクスをして冗談、の言葉だったのだが。

 “黒”のセイバー以上に答えを問いただしたい者たちにとって、その言葉は大きな言質だった。

 

「あら、あら? ……こういうのも間が悪いっていうのかしら?」

 

「さて、少なくとも秘密主義を自称する貴女たち(・・・・)にとっては喜ばしい事態ではないのかもしれませんね」

 

 そう言って姿を現したのは“黒”のアーチャー。

 その後ろには厳しい視線をルクスに向けるフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアと疑念の視線を送るカウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。

 

 同じ陣営の味方であるはずの一騎と二人だが、しかし彼らがルクスへと向ける視線は友好的なものだとは言い難い。

 だが、それも当然のことだろう。

 そもそも“黒”の陣営においてルクスなどという魔術師は存在しないのだから。

 

 “黒”のアーチャーと代わる様にして、フィオレが問い質す様に口を開いた。

 

「貴女は何者ですか? 何故、“黒”のセイバーと共にいるのです?」

 

「……そうね」

 

 フィオレの言葉を聞きながらルクスは“黒”のアーチャーへと目をやる。どうやら様子から状況を見るに“黒”のアーチャーから何か言ったというよりかはこの場に居合わせたが故の必然、といった処か。だとすれば責任の所在は。

 

“自分のことは自分で何とかしなさいな、アルドル。いずれこうなることは貴方にも見えていたでしょうに”

 

 心の中で自分(ルクス)再生(呼び出)した自分(アルドル)に語り掛けながら、ゆっくりと口を開く。

 観念したかのように、或いは悪戯を明かす様に。

 

「私はルクス。アルドル・プレストーン・ユグドミレニアの代行……いいえ、彼のイフともいうべき存在とでも言えばいいのかしら。まあ自分で口にした台詞だしね。質問があるならば存分に受け答えるわよ。フィオレちゃんに、カウレスくん?」

 

 彼女は《光》に隠された秘密()をかく語るのだ。

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