千年樹に栄光を   作:アグナ

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Te Deum

 聖女ジャンヌダルク。

 

 その名に余人は『悲劇の乙女』という言葉を連想するだろう。

 敗戦の絶望が差し迫るかの百年戦争火中のフランスにおいて、何の力も無い地位にありながら故国のためにと立ち上がり、窮地の国を救い上げ、その功績にも拘わらず最後には故国から裏切られ、十代のまま火刑に処された。

 

 後の復権裁判によって、彼女の残した栄誉こそ守られたものの、その余りにも短すぎる生涯と、短くも鮮烈な輝きは今を生きる人々にも忘れられずに伝わっている。

 

 事実、現代においても性差や立場を恐れることなく、何かしらの障害に立ち向かう女性たちのことを現代のジャンヌダルクなどと呼ぶように、彼女が如何に優しさと勇気に溢れた存在であるか人々は知っている。

 

 ……だが、それはあくまで聖女としてのジャンヌダルクという一部の側面を切り出して認知しているに過ぎないとも言える。

 言うなれば百年戦争(ものがたり)に登場したジャンルダルク(キャラクター)という程度の認識である。多くの人間は彼女が如何なる人間かを知らない。ただ国を救った聖女、その程度の認識がせいぜいだろう。

 

 だからこそ歴史を学び、『悲劇の乙女(物語のキャラクター)』ではなく『歴史上の人物(現実の人間)』として彼女を知る人間は、余人とは異なり、全く別の評価を彼女に下すのだ。

 

 即ち──狂人(英雄)、神に狂った恐るべき魔女(蛮族)である、と。

 

 

 

 

 

 

 異界に──否、聖域(・・)と化したトゥリファスの街。日常とは異なる非日常という名の視界に生きる魔術師は住人の消えた住居の屋根を疾風のように駆け抜ける。

 風の如く疾走しながら時に掻き消え、出没する様は既に脱落した“黒”のライダーが宝具、ヒポグリフの司る『次元跳躍』に類似していた。

 

「ふっ……はぁ……ふっ!」

 

 疾走する速度、並びに消えては出現する距離こそ“黒”のライダーには及ばぬものの、仮にも今を生ける人間の、それも現代の魔術師が詠唱もなしに瞬間移動を繰り返す様は凄まじいが、術者本人……アルドル・プレストーン・ユグドミレニアにとってはこの程度の魔術、誇るに足らぬ余技であった。

 

 元より『栄光』の要たる工房が起動し、自身が『神代回帰』を体現しているこの状態であれば霊脈を用いた遁甲術──瞬間移動の真似事など容易い。

 加えてユグドミレニアは「土地の支配者(セカンドオーナー)」。何十年も前からこの土地に血を馴染ませてきた。その影響と『工房』特性によって、もはや此処はアルドルにとって自身の庭どころか自身の体内も同然だ。

 

 故にトゥリファスという地において、アルドルは間違いなくキャスタークラスの英霊に匹敵する絶大な力を行使することが出来るのである。

 しかし──。

 

「……壮観だな」

 

 と、アルドルは振り返りつつ足を止める。

 眼下に見下ろす景色。

 英霊に匹敵するほどの力を持ちながらしかし、逃走(・・)を選ばざるを得なかった原因が街路を埋め尽くすほどに犇めいていた。

 

「「「Sánctus:(聖なるかた)!! Sánctus:(聖なるかた)!!」」」

 

 軍勢である。甲冑を身に纏う中世衣装の戦士達。

 その数、万に達する人の群れが異国の街を進軍する。

 

 十字架を掲げ、聖歌を軍歌のように口ずさみ進む、進む、進む。

 その行軍はお世辞にも洗練されたものでは無い。

 行軍速度はバラバラで、連携も何もあったものではない。

 仮に現代の軍人たちが見れば目を覆うような行軍である。

 

 だが……。

 

「人気者は辛いものだな。今も昔も大衆に注目される立場に立ったことは無かったが、成る程、ステージに立つ演者やお偉方が見ていた景色とはこのようなものか」

 

 恐れる者は誰もいない、立ち尽くす者は誰もいない。

 誰一人、行軍を止める者はいなかった。

 

 そして誰も彼もがたった一人を標的に進み続けている。

 魔術師(神の敵)を、魔術師(異教徒)を、魔術師(故国の脅威)を。

 

 即ち──アルドルを。

 

「────」

 

 背筋に怖気が奔る。

 アルドルとて幾つもの死線を潜り、何度も何度も死に近づいた。

 今さら自身の程度を遙かに超える存在などに恐れを抱くことはない。

 

 だが、これ(・・)は些か気質が違う。

 怒りでも憎悪でも無く、正義感でも義務でも無い。

 言うなれば、信仰(・・)

 

 神の敵たる何者かを討つという使命。神の意志を代行するという歓喜。理由も動機も踏み越えて、ただそうするべしという意志の下、進軍する兵士たち。

 彼らはアルドルという敵を見てなどいなかった。

 討伐の意味も意義も無く、斯くあれかしと行動するのみ。

 

 よって、その視線は噛み合わない。万の視線がアルドル一人に降り注がれているはずなのに、その誰一人とも視線が合わないのだ。

 誰もがアルドルという人物を通して神を名乗る何者かを見ている。

 

 自己陶酔、自己完結、ただただ内側にのみ収束する戦意。

 見る者に悍ましさを感じさせるような粘つく視線をアルドルは嫌悪したのだ。

 

「……信仰を悪と断じる傲慢さは持ち合わせていないが、成る程、恐ろしいものだな信仰という奴は」

 

 悪寒を振り払うように嘆息しながらアルドルは呟く。

 

「或いはこういうのも勇猛果敢な勇士というのかな。北欧の戦士(ベルセルク)が如き狂気的な戦振りではあるが──」

 

 ──直後、アルドルが立っていた建物が爆発する。

 弓矢による狙撃では無く、大砲を用いた砲撃であった。

 

 眼前に立つ戦士達は今の時代より過去の、中世の時代に生きた兵士たちだが、当時の技術水準においても『大砲』は既に実用段階にあった兵器である。

 だが、弓矢や槍とは異なり一度の攻撃で数多の人々を死傷させるこの兵器は、現代で言う所の毒ガスや生物兵器を始めとした非人道的な兵器という位置づけにあったはずだ。

 

 中世の時代における欧州の戦とは騎士道に準じた一種の戦争遊戯(ゲーム)。優位な条件を押しつけるための外交の一部に過ぎなかったという。

 そのため、人を殺すよりは人を捕らえ、人質として敵から金銭を奪い取ることこそが優先され、過度に人を死なせることは忌避された。

 

 破壊よりも強奪。自国の勝利では無く相手の屈服を。

 それこそがあの時代における戦争の形態だったのだ。

 

「──そこの所、どうなんだ。ヒルド」

 

 砲弾の直撃を受けたはずのアルドルはいたって平静に中断された言葉を続ける。

 時代背景にそぐわぬ戦振りにも、攻撃を受けた事への反応も無く。

 淡々と、自らを守護した従者へと。

 

アレ(・・)はただ己を他人に任せてるだけだよ。恐怖を感じないのでは無く、何もかもを何かに全部渡しちゃってるだけ。戦士としての矜持も無く、闘争に懸ける思いも無い」

 

 応える声は何処か機械じみたものだった。

 だが同時に言葉の節々には声音を越えた感情がある。

 実に認めがたいと、否定の感情が言葉に乗せられていた。

 

「あんなもの、勇士には程遠いよ」

 

 鼻腔を擽る火薬の匂いを振り払い、白鳥が如き鎧に身を包む少女が言い切る。

 

 風に靡く桃色の髪。

 神秘を感じる紅玉の瞳。

 幼さと女が交わった若葉の美。

 

 汚れなく気高いその有り様は、かの旗の聖女が如く。

 血風吹き荒れる戦場にあって尚、穢れを知らぬ気高き有り様。

 

 北欧世界が誇る神の使徒。

 清廉たる戦乙女が神の走狗に立ち塞がる。

 その名はヒルド。

 

 アルドルに……否、主神(・・)の従者として招かれた戦乙女(ワルキューレ)が一騎である。

 

「だろうな、言ってみただけだ。信仰は信念や信条とは異なる。思うに天を仰ぎ見て見えるのはせいぜい自分のちっぽけさ加減ぐらいだろう。私は連中のように幻想を信じ切れるほど現実に苦心を覚えることは出来ない、などと……ふ、非常識を信じる魔術師が言えた義理では無いか」

 

 中身はどちらも変わらないと皮肉げにアルドルは笑った。

 

「んー、マスターは違うと思うな。だってマスターは魔術に縋り付いているわけじゃないし。寧ろ身一つで戦いに相対するのは正しく勇士の在り方だよ。そういう意味じゃ北欧の戦士(ベルセルク)の名はマスターにこそ相応しいよ」

 

「私は別に狂っては……いや、ある意味では狂信者か。夢か現実かも怪しい記憶を頼りにこうして戦に投じているのだ。寧ろ気狂いの程度ではこちらが上だな。秩序に従う彼らに対し、世界に刃向かわんとするが私の立場だ。そういう意味では狂戦士(バーサーカー)は私の方だったか」

 

「うん、あんなのよりも私たちのマスターの方が断然、勇士らしい。もしもその魂が現世に迷うことがあれば私が連れてってあげるよ」

 

「さて聖杯大戦を勝ちきったとして、まず私の魂なぞ残りはしないだろうが、その賞賛は素直に受け取っておこう。世辞であれ、他ならぬ戦乙女からの褒め言葉だ」

 

 軽口を──少なくともアルドルの認識においては──断ち切って、視線を改めて眼下の敵へと差し向ける。抑止力がアルドルを粛正せんがため遣わした脅威。

 『冠位裁定者(グランド・ルーラー)』率いる、奇跡の軍勢を。

 

「──英霊ジャンヌ・ダルク。かの聖女が悲劇の炎に巻かれて散った気高い存在という側面を切り出した英霊だとすれば旗を持ち、人々を扇動し、率いる《オルレアンの乙女》は歴史を切り出した存在だと言える」

 

 黄昏色に揺らめく《望郷の魔眼》。モノの起源を解き明かす知恵の瞳は既に相対する存在が如何様なものであるかを特定している。

 元より神話や歴史の知識に秀で、『世界』に対する知見に富んだアルドルである。多少のステータスを攫えば後は推測によって容易く真実へと辿り着くのだ。

 

 それはさながら謎を明かす探偵のように、アルドルは未知の『冠位英霊』を語る。

 

「元々、英霊ジャンヌ・ダルクは歴史にありながら半ば神話に足を踏み入れた英霊だ。彼女が多くの奇跡を生前に起こしたという逸話からもそれは窺える。真実はどうあれ彼女は神格化され、多くの神秘を纏った」

 

 例えば、真摯に言葉を紡ぐことで人を信じさせるとか。

 例えば、悪霊を忽ち浄化する聖性を発揮するだとか。

 

 聖人と呼ばれる類いの人間が行使する『奇跡』。

 そうしたものを彼女は『聖女』という呼び名の象徴(イコン)となる過程で得た。

 

「丁度、世間は女預言者ブーム(・・・・・・・)であったはずだからな。神格化される下地は十二分に揃っていた」

 

 中世の秩序は法では無く宗教によって作られていた。それはまだ大衆の意識が未熟であり、理性によって国を統べられるほど完成しきっていなかったからだ。

 今の欧州の国々がこの当時、神の名の下に政ごとを行っていたのは、本気で神を信仰していたからでは無く知性が未熟な大衆を動かすのにそれが最も便利だったからだ。

 信仰という名の権威を御旗に政治が行われていたのだ。

 

 そして、そのために時の為政者たちが好んで使ったのが預言である。

 

「例えばスウェーデンの聖ビルギッタ、イタリアはシエナの聖カテリーナ。前者は救済への道筋を預言することで大衆の心に安息を与え、後者は自らの献身を世間に示し、政治的主張を神の預言に託して奏上した。預言などと世迷い言を世間が本気で信じ込むなど今では考えられないことだが──国の経済危機にペストと呼ばれるパンデミック、加えて人々を縛る宗教それ自体が大分裂を起こしている末世も斯くやという有様では信仰深いその当時に救済へと繋がる預言に縋る心情は理解できる」

 

 かの聖母マリアより生じた女性宗教者に対する信仰。

 危機に際して神の恩寵を授かれるという預言と呼ばれる宗教的な伝統。

 人々の社会に対する常識が未熟だったからこそ成立する超自然への理解。

 

 それらに加えて『国難』という分かりやすく眼前に迫る脅威を前に、人々が預言という奇跡に縋り付かんとする心情は理解できる話だ。

 そして、それを利用する為政者の存在も。

 

「フランスのジャンヌ・ダルクもそうして信仰、神格化されていった一例だ。当人の神への信仰深さに加え、彼女の出身であるドン=レミ村には古くから民間伝承として信仰される妖精の樹と呼ばれる木があり、その木の近くの泉には病を癒やすと言われる泉があるのだとか。そんな場所で、曰く大天使ミカエルのお告げを聞いたという話が伴えば、彼女は女預言者たるに十二分だろう」

 

 果たして神のお告げを本当に聞いたかなどこの際どうでも良い。

 要は大衆が信ずるに値する論拠があるか。

 それさえあれば神秘は成立する。

 人々の信仰の前には、本当の真実など意味の無いものだ。

 

「人々が熱狂できる要素があるなら後は容易い。市井の噂話、神の預言を聞いたという少女の言葉を権威が保証すれば良い。フランスにはちょうど良い先例があったからな。敵国イギリスは百年戦争の前半に当時はやっていた騎士道ごっこ(・・・・・・)にあやかって、『円卓の騎士団』を模した『ガーター騎士団』なるものを立ち上げ、兵士たちの戦意を煽ったという。これを真似れば良い」

 

 お題目は何でも良い。

 

 聖女を守る勇猛なる兵士、神の救済を執行する神兵。

 或いは聖女の御旗の下に集った一騎当千の英傑。

 

 兵士たちに高揚と誇りを与える肩書きでさえ在れば良い。

 後は王命の下、万事抜かりなく。

 聖女とその一軍は民草にとって神話と化した。

 

「そうして創り上げられたのがフランスを救う奇跡の聖女ジャンヌ・ダルク。救済の象徴として故国フランスを危機から救い、救国をなさんとする英雄だ」

 

 英霊(キャラクター)では無い。

 英雄(・・)ジャンヌ・ダルク。

 

 彼が今相対するのはそう言った存在である。

 

「故に、第一に恐るべきは彼女の持つ信仰や奇跡などでは無く──」

 

 アルドルは鋭く視線を眼下に向ける。

 絶え間なく矢と砲を放ち、狂ったようにアルドルを滅さんとする人の群れ。

 

「馬鹿正直に本気で聖女を狂信する、兵士たちに他ならない」

 

 言い切ると同時、遂に追いかけてきていた軍勢の第一波がアルドルに取り付く。

 英雄ジャンヌ・ダルクという存在に紐付けられた奇跡を成す存在として一兵卒の身分で在りながら並のサーヴァントに匹敵する身体能力を得た聖女の尖兵たちが、殺到する。

 

 彼らに容赦など欠片も無い。元より戦争外交に本物の戦争(・・・・・・)を持ち込んできた連中だ。当時、人道的な観点から忌避されてきた大砲を躊躇いなく用い、戦の作法たる名乗りも無く、ただ粛々と敵を討たんとする彼らは何処までも血を求めていた。

 

「威勢も迫力もあるが……流石に技も戦術も無い突撃に遅れは取らないぞ」

 

 だが、彼らに対して怯みも油断も無く構えていたアルドルは冷静だった。

 迫る数の暴力を前にしながらも優雅な様で空中にルーンを描き、魔術を発動させる。

 

 選んだ術は直接的に兵士を損傷させるものではなく、その動きを拘束するもの。幾重にも射出される氷の鎖が兵士たちから自由を奪い取る。

 絡みついた鎖は動きを縛るだけに留まらず、接触箇所から忽ち冷気を伝播させ、その肉体を凍り付かせに掛かる。

 

 当然、それに抗わんと兵士たちは暴れるが……。

 

「ヒルド」

 

「任せて!」

 

 アルドルの呼びかけに傍らの戦乙女が応える。

 動きを止めた兵士たちに接近すると瞬く間にその命脈を絶ちに掛かった。

 

 抵抗する兵士たちも何のその、嫋やかに、舞い踊るように槍を振るい兵士たちの命を狩る。

 さながらそれは死の舞踏(トーテンタンツ)

 勇士ならざる狂信者たちを確実に剪定していく。

 

「お見事。流石は戦乙女と言ったところか」

 

「これぐらいは当然! でも……」

 

「ああ、分かっている。()ぶぞ」

 

 しかし兵士たちの攻撃をはね除けたにも拘わらず、ヒルドの顔は明るくない。

 アルドルもまた攻撃を凌いだ事への安堵は無く、寧ろ急ぎ飛び退くようにして空間跳躍の魔術を起動し、前線から距離を離しに掛かる。

 

 直後、それまでアルドルたちが存在していた場所に、今に打ち払った先攻部隊とは比べものにならない兵士たちが競争するようにして殺到した。

 

「……戦争は数だ、というが正にその通りだな。まともにやればどう足掻いても先に踏み潰されるのはこちらだろうな」

 

「うん、流石にあの数を捌ききるのは厳しい、かな」

 

 言わずもがな、今も進撃を続けるフランス軍は当時のオルレアンの戦いの再現として呼び出された者たちだ。練度こそアルドルや傍らのヒルドと比べれば大したものでは無いが、並のサーヴァントに匹敵する身体能力と圧倒的な数はそれだけで一方的にアルドルたちの不利へと傾けてしまう。

 

 加えて連中の狙いは常にアルドル一人の命であり、ただそれのみを求めて進軍してくるのだ。たとえヒルドという脅威があってもお構いなし。攻撃を受けようが、殺されようが、遮二無二構わずアルドル一人を狙ってくるのだ。

 

 死の恐怖も、敵に踏み出す躊躇も無い。

 神の名の下に、聖女の旗の下に、ただ自身らが信仰を示すために。

 

「「「Miserére nostri Dómine(慈しみを私たちに主よ),miserére nostri(慈しみを私たちに)!」」」

 

「「「In te Dómine speravi(あなたにかけた私たちの希望は): non confúndar in atérnum(とこしえに揺らぐ事は無い)!」」」

 

「讃美歌──確か大聖堂(カテドラル)で聖女が歌ったのだったか。全くまともに相手するようなものでは無いな。聖女親衛隊など」

 

 愚痴るように言いながらアルドルは再び距離を取りに掛かる。

 傍らにヒルドがいるとはいえ、あの数に飲み込まれれば護衛など侭ならないし、魔術師として破格の状態となったアルドルであっても一溜まりも無い。

 

 大砲や弓矢の雨であれば簡単に防御結界ではね除けられるが、人の津波などを前にすれば如何に強力な結界も強化された硝子程度の役割しか果たせまい。

 

「連中、どうにも奇跡の具現らしいからな。飛び道具はともかく、銀の武具は聖別に似た特性を持っているらしい。近距離で魔術を振るうには危なすぎる」

 

「サーヴァントなら霊格の差ではね除けられるみたいだけれどね。それでどうするの、マスター? いったんスルーズを呼び戻して態勢を整える?」

 

「ん、そうだな……」

 

 ヒルドからの提案にアルドルは思考を回す。

 先に呼び出した戦乙女たちは傍らのヒルド含めた計三騎。

 聖女の警戒を誘うために宝具の一斉掃射の後、戦乙女のうち二人は軍勢の後方に構えた聖女へと差し向けている。目的としては『冠位英霊』と化したジャンヌ・ダルクの性能を測るためと、彼女にこの軍勢を指揮させないためだ。

 

 時折、同期したヒルドから伝えられる言を聞くに、向こうは殆どアルドルの動静に注意を向けており、彼女たちは完全にあしらわれているらしい。

 ならば手元に戻して連携した方が有効であるかもしれないが……。 

 

「いや、スルーズたちにはもう少し意識を散らしてもらおう」

 

 烏合の衆でこれだけの脅威を発揮するのである。彼らが熱狂する聖女の言葉を自由に戦場に通らせてしまえば少ない勝ち目がさらに下がる。

 元より相手は抑止力。時間をかけた消耗戦など向こうの独壇場だろう。何としてもこちらを滅さんとする絶対の暴力装置が相手だ。

 戦力が割られれば割られるほど、不利は大きくなっていく。

 

 よって……。

 

「──ヒルド、地下(・・)に繋げる。頃合いを見てスルーズたちを射程範囲から退避させてくれ」

 

「……! りょーかい!! 作戦行動、同期開始!!」

 

 アルドルの命令にヒルドが即座に答える。

 戦乙女が持つ独自の伝達機能によってヒルドが聞いた言葉をそのまま他の二人に伝達する。

 それを横目に見ながらアルドルは黄昏の魔眼を細めながら準備を進めた。

 

「手札は惜しまぬと決めたからな。さて神の名の下、恐怖を忘れた聖女の尖兵共。お前たちの信仰は果たして終焉を望む憎悪を凌駕できるか?」

 

 描かれるは神代魔術(エルダールーン)

 術式は空間と空間を繋ぐ置換魔術(フラッシュ・エア)に類するもの。

 だが、重要なのは魔術それそのものでは無く──。

 

「季節は移ろい、春から冬へ。怒りに燃える者よ、憎悪を吼えろ」

 

 昏い底より──信仰を手折る終わりの冬(フィンブルヴェトル)が降誕する。




主の御旗(ハーク・ザ・ヘラルド・)の下に集りて(エンジェルズ・シング)

ランク:B

種別:対軍宝具

レンジ:1〜99

最大捕捉:1000人


《オルレアンの乙女》に紐付けされて召喚される兵士たち。
かの戦の再現体として現れる一万にも上る軍勢。
状態として極めて高い『信仰の加護』を得ており、理性的な会話や行動が不可能な代わりに対精神干渉、対魔性に高い耐性を有している。
また奇跡を成す存在として伝説に組み込まれているため戦況優位の幸運が働く。

一兵の戦闘能力そのものは高くないが抑止力の支援がため一騎一騎が並のサーヴァント並みの性能を有しており、武具防具は対魔力に似た特性を有している。主の意思を代行せんがため聖女の旗の下、容赦なく敵を討つ。
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