千年樹に栄光を   作:アグナ

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光の輪舞曲(ロンド)

 かくして異なる教え、異なる責務を胸に。

 二つの光は死地へと踏み込んだ。

 

「やあぁァァァ!!」

 

「オオォォォォ!!」

 

 激突する魔剣と聖旗。

 マスターとサーヴァント。

 常識的に見れば優劣明らかなる対決。

 

 だが、在り得ざる現代神話の中にあって、そのような常識を語ることほど無意味なことは無いだろう。

 身の丈に合わぬ理想、身の程を知らぬ無謀、それを貫き通した果てに魔術師が辿り着いたのは魔人の領域。

 優劣は、狂気の前に叩き潰される。

 

「これは──!」

 

 一合、二合、三合──崩れない。

 身体能力において圧倒しているはずの聖女の一撃が悉く撃ち落とされていく。

 耳に響く金属の悲鳴。

 激突は終わりを見せず、此処に拮抗が発生する。

 

「──シィィ!!」

 

 その戦いは剣技にせよ、杖術にせよ、お世辞にも洗練されたものではなかった。口から洩れる檄は獣のように。

 打ち交わす武芸は何処までも泥臭いものである。

 

 “黒”のセイバーの様に竜を討つほどの技巧は無く。

 “赤”のライダーの様に恐れを知らぬ奔放さは無い。

 

 人の範疇の技巧。

 即ち、自らの生存を保証し、相手のみを仕留める殺人技術である。

 

 ──元より両者は御伽噺の存在ではない。

 片や故国を救わんとして、戦の御旗を取った者。

 片や一族を救わんとして、戦に身を投じた者。

 

 武術を人を殺すための道具と見做して磨いてきた者同士。

 基底にある術理は全く同じものであった。

 

 技量は互角。

 

 自身が戦うことを本分としないジャンヌダルクと魔術こそが牙であるアルドルでは単純な戦闘術理において大差は存在していなかった。

 

 その上で武技の激突において有利なのはやはり聖女だろう。

 彼女はサーヴァントである。英雄としてその生を駆け抜け、今や人類の総意志たる抑止力を代行する者。

 一時的に冠位を頂いた彼女の能力値は既にジークフリートやアキレウスと言った大英雄に勝るとも劣らない。

 

 まかり間違ってもただの人間。多少強化された程度の魔術師など、そもそも障害にすらならぬほどの絶対的な差があるのだ。

 加えて得物は身丈を凌駕する聖旗。精々が半身ほどの長さしかない魔剣と比べれば歴然とした間合いの優位である。

 

 性能差、有効範囲──単純な比べ合いにおいてアルドルが生存を勝ち取れる可能性は万に一つにもあり得ない。

 しかし……。

 

「侮るな、サーヴァント──!」

 

 見るが良い、幾度となく叩きつけられる死地を幾度となく跳ね返す魔術師の姿を。

 圧倒的不利にあってアルドルは健在だった。

 

 魔術的強化や彼が積み重ねて来た経験の数々、説明に値する要因は様々存在しているが、彼が踏みとどまれている理由の最大は一つのみ。

 勝利への強い渇望。ただそれのみだった。

 

「ッ!!」

 

 聖旗の乱舞をすり抜け、魔剣が頬を掠める。

 一歩も引かず、寧ろ殺すと言わんばかりの気合は無謀の具現であった。

 

 両者の関係性を見れば、聖女に食らいつくため、性能で劣るアルドルは本来であれば受け身を重視した戦いを選択して然るべきのハズだ。

 だが彼は自らの滅びなど気にかけることなく、踏み出す。

 

 敵は殺し、自分は生き残る──。

 そんな理念の下、組み上げられたであろう武技の全てを目の前の勝利のみに費やした狂気の沙汰が常識を容易く捻じ曲げていくのだ。

 

「ッ! ……そんな無謀が、いつまでも──!」

 

 気圧される己を叱咤するように、聖女もまた攻めかかる。

 

 脇腹を抉り抜かんと聖旗を横薙ぎに放つ。

 相手が踏み込んできた直後に合わせて的確に放たれた一撃は身を守るしか受ける手立てのない攻撃であった。

 仮に回避を選べば強引な挙動をしなくてはならず、体勢が崩れることは必至。かと言って攻めかかるために踏み出しておきながら守りに入れば相手に手番を委ねることになる。

 

 どちらにしても天秤は聖女の方へと傾いていくだろう。

 守りにも逃げにも未来は無い。

 よって選ぶべき道はただ一つ。

 

「続けるとも。勝利を掴む、その時まで!」

 

「なっ──!」

 

 弾かれる聖旗。より深く踏み込んだアルドルは強化した自らの片腕で以て、聖女の一撃から強引に身を守る。

 

 無論、受けきれるはずなどない。

 鮮血が空中を舞う。

 幾らアルドルほどの魔術師が強化を加えたとはいえサーヴァントの一撃である。

 腕の骨は粉砕され、血肉が飛び散り、腕はその原型を失う。

 

 だがアルドルの顔に苦痛は無い。

 覚悟していた消耗など気に留める必要などないとばかりに、返礼に聖女の鎧ごと、その身を切り裂いた。

 

 戦果も被害も確認する間もなく、アルドルは勢いそのまま、聖女の脇を潜り抜けて背後へと回り込み、死角からの攻撃を行う。

 しかし、これ以上の追撃を聖女は許さなかった。

 

 右足を軸に回転するようにして最速で振り向き、続く斬撃を聖旗で受け止めて、力任せにアルドルを押し返す。

 戦闘は拮抗する両者だが、膂力において依然圧倒するのは聖女である。アルドルは後方へと吹き飛ばされ、距離を置くことを余儀なくされるが、こちらも無駄なく最速で立ち直ると負傷を治すことなく攻勢を続行する。

 

 結果、拮抗は再び。

 魔剣と聖旗が奏でる輪舞曲(ロンド)は終わる気配を見せない。

 

 白熱する意志と意志の激突。

 その最中で如何にして敵を排除するか、刹那の間に両者の思考が巡る。

 

“力量において差は一切ない。やはり勝敗を分けるのは選ぶカードと隠し持つ手札の数か。聖女の性質と変質を考えるに完全に守りに入った彼女を討ち破るのは恐らく不可能か”

 

 聖女の宝具──我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)

 

 彼女の有する規格外(EX)の対魔力をそのまま物理的な防御に変換するAランクの結界宝具。邪竜の咆哮さえ防ぎ切ったあの宝具を破る術はない。

 数々の魔術や切り札、収集した魔術礼装を有するアルドルであるが、瞬間火力において邪竜の一撃を凌ぐものは一つとして存在していないからだ。

 

 先の一撃を防がれた段階で火力勝負では自分に分が無いと確信する。

 

“加えて、先の一撃で魔術回路も大部分が焼き付いている。原初のルーンを描くだけならばともなく、複雑な術式は走らせられない”

 

 魔術師たることが本分のアルドルだが、それを措いて態々、斬り合いに乗り出したのは自身の消耗を必要以上に悟られないためのものでもあった。

 複雑な魔術を使用することが不可能である以上、使える手段は限られてくるだろう。

 

 さらに最悪なことに相手は抑止力の遣い。見れば先ほど腹部に付けた切り傷も瞬く間に回復していき、纏う魔力も失ったうちから回復して行っている。

 仕留めるなら頭や心臓といった致命の部位に、一撃を叩き込まなければならないだろう。

 

“補助があるとはいえ体力にも魔力にも限りはある。持久戦になればいっそこちらに勝ち目はないか。……ハッ”

 

 絵にかいたような絶体絶命。

 希望のない、死に向かう片道旅行。

 

 だが、そんなのはいつものことだ。

 

「勝機は自らの手で作るもの。足りない分は足す(・・)までだ」

 

 再び踏み込む一瞬に、自らの得物に目を向ける。

 ──元より『再現』は己の独壇場。

 アルドルはいつか見た魔術を脳裏に思い浮かべた。

 

「少しだけ、手を出すのは恐れ多いがね」

 

 懐かしい感傷を振り切り、アルドルは集中に埋没する。

 自らの狙いを悟られぬよう。

 斬り合いを演じながら魔術を奔らせた──。

 

“──強いッ!”

 

 一方、勝利への布石を淡々と準備するアルドルに対するジャンヌダルクの胸に在ったのは驚愕と敵意に勝る称賛の心であった。

 不倶戴天──決して譲ることの出来ぬ立場にある彼女だが、それでも人生を先に走り終えた先達だからこそ、後進の凄まじい気迫に感じ入るものは生まれる。

 

“神秘が減衰して久しいこの時代によくぞ此処まで練り上げたものです。ましてやその若さ。勝利のためとはいえ一体どれだけの代償を払ったことか”

 

 例えば代行者のように、人を超えた超常を相手取る者であれば、或いはサーヴァントと渡り合うことができるだろう。

 例えば執行者のように、魔術師を狩るために戦闘能力にふり幅を置いた者であればサーヴァントに肉薄することも可能であろう。

 

 しかし、魔術師として卓越しながらも、サーヴァントと殺し合うことが出来る領域にまで漕ぎつけるなどあまりにも常軌を逸している。

 研究、鍛錬、経験……如何に才能があるとはいえ、常日頃から己を虐待するような途方もない執念無くしてはきっとこの領域には至らない。

 

 親に甘える怠慢など許されない。

 友と友愛を交わす余裕などない。

 

 異性と恋をし、愛を育む人としての幸福を噛み締める余分などあり得ない。

 

 これは一つの事柄のために己の全てを切り捨てていった結果に行きつくであろう果ての果て。

 何もかもを犠牲にしたからこそ、辿り着く魔人の業。

 

“一族への想い、などとそんな生易しいものではこうはならないでしょう。それほどまでに自分を、全てを、何もかもを投げうってでも貴方は勝つと、そう言うのですね”

 

 まるで煌々と燃える太陽のような情熱。

 彗星の様に、自壊しながら果てを目指す光。

 

 ……似ていると、聖女は思った。

 

 かつて──少女がいた。

 彼女は歩みだす前、自らの結末を見せられた。

 立ち上がり、走り抜けて、栄光と、賞賛と。

 

 そして、魔女として悲劇的な末路を辿る終わり。

 

 だがそれでも少女はその道(・・・)を選んだのだ。

 訪れる末路がどんなに悲劇的なものだったとしても、その歩みに、その果てに、少しでも誰かが救われる希望があるというのならば──。

 

“そうでしょう……ええ、そうでしょうとも。ならば引くはずなどない。引くはずなどないのです”

 

 たとえ相手が世界であっても後退することなどあり得ない。

 太陽に焼かれるイカロスの様に。

 それでも空を目指すだろう。

 

“ならばこそ全力で以てその悲願を打ち破ることこそ貴方に対する最大の慈悲だ。夢を手折る者として、人理に立つ者として、貴方の情熱(ねつ)を払いましょう!”

 

 訪れる結末はせめて悔いのないことを。

 敵手の全身全霊を、こちらの全身全霊で叩き潰す。

 

「はあぁぁァァァァァ!!!」

 

 裂帛の気合い。

 敵意も敬意も、全てを乗せて聖女もまた踏み出す。

 英霊として、調停者としてあるからこそ引き下がれない。

 

 せめて相対するものとして相応しい敵であること。

 それこそが一方的に裁く立場から示すことの出来る慈悲なのだと。

 

 狂奔する魔術師の剣舞を、真っ向から押し返す──!

 

 

「すご……」

 

 斬り合う二つの影。

 凌ぎ合う二人の戦士を眼下に、賞賛が漏れる。

 

 声は上空。

 神霊ワルキューレが一人、ヒルドのものであった。

 

 主たるアルドル──いいや『彼』の命の下、アルドルを主と定める彼女たちは時折、援護を送りつつも眼下で繰り広げられる戦に見入っていた。

 いや、より正確に言うのであれば一人の魔術師の勇姿に、であろう。

 

 ──アルドルのことは以前より認知していた。

 

 こうして現世に召喚されるのは初めてのことだが、元より人間でありながら主と対等に盟約を交わした存在だ。

 よきに計らえという主の命を措いても、アルドルという人間をマスターと奉じることに否は無かった。

 

 とはいえ、それらはワルキューレ──黄昏に備えて大神が創り上げた戦闘機械としての論理的な判断に基づくものに過ぎない。

 論理とは別の部分、機能の下に隠された個体としての感情、ヒルド、オルトリンデ、スルーズ……彼女たち(・・・・)として初めて見るアルドル・プレストーン・ユグドミレニアのそれは古の勇士そのものであった。

 

 死に恐れることなく、敵の強大さに慄くことなく。

 栄光を目指してただ突き進む。

 

 ──それは未だ世界が輝ける神々に支配されていた時。

 巨人の進撃に恐れることなく立ち向かったミズガルズの戦士たち。

 勇者(エインフェリア)と呼ばれる誉。

 ワルキューレたちが魅入られ、拾い集めた輝ける星。

 

 歴史の彼方に語られる人界神話(ヴォルスング・サガ)が目の前で再現されている。

 

 英霊という星の輝きに勝るとも劣らない人の輝き。

 これを前にしては如何にワルキューレとはいえ、否、ワルキューレだからこそ魅入られずにはいられない。

 煌々と燃えるあの輝きに。

 

「……っ」

 

「わわ、ダメだよ! マスターに言われたでしょ! 隙を作るまでは手を出すなって! 今はこっちの準備に集中しなきゃ!」

 

「あ、ごめんなさいヒルド」

 

「ヒルドの言う通りです。オルトリンデ。こちらの不手際で奮戦するマスターの足を引っ張るわけにはいきません。同期に集中するように」

 

「……そういうスルーズは手元が緩んでいました。さっきからチラチラと下の方見て「ああ!」とか、「そこです!」とか言ってました」

 

「んな! あ、アレは見ていたのではなく、たまたま、そう! たまたま目に入っていただけです! け、決して魅入っていたのではなく」

 

「二人とも! そこまで! ほら集中集中!」

 

 言い合う二人を諫めつつ、同時にヒルドもまた二人に共感を覚えている。

 人の時代にあって、あれほどの勇士。

 戦士ではなく、魔術師であるものの、彼が抱く大志と決意は嘗ての北欧の戦士たちに比肩している。

 仮にこの身が嘗てのように大神が使命を帯びた存在であったならば、あの魂を拾い上げていたことだろう。いいや、今この時でさえ、彼が悲願を前に倒れたとあったならば、誠にヴァルハラに連れ立つことに否は無い。

 

「うーん、ちょっと勿体ない、かな」

 

 だからこそ少しだけ無念があるとすれば、そのような未来が絶対(・・)にないことが分かってしまっていることだろう。

 アルドルは余命の無い身だ。正義の味方に払った代償は重く、勝つにせよ、負けるにせよ、アルドルに未来はない。

 

 だがそれ以上にもう一つ。自壊を待たずして既に彼の運命を決定づける要因が存在している。

 他ならぬアルドルの創り上げた神名接続(セイズマズル)──南米亜種聖杯戦争にて、この魔術を行使してからずっと『彼』に接続したままなのだ。

 より正確に言うのであれば解除できなくなったというべきか。

 

 アルドルと『彼』はあまりにも相性が(・・・)良過ぎた(・・・・)

 ……強い輝きは、あらゆる全てを塗りつぶす。

 たとえ聖杯の力を使っても、あらゆる意味で彼は手遅れだった。

 

「だから、うん。せめて覚えておこう」

 

 網膜に、その勇戦を記録する。

 人の時代にあって、神話を謳う一人の勇士がいたことを。

 

 同期する想いは、同じモノ。

 ワルキューレたちは主の号令を待つ。

 

 

 そして──

 

「づぁ! ……か、はぁ……ハァ──」

 

「ふ──!」

 

 開戦してから十分。

 示し合わせたような渾身の衝突。

 いっそ激しい火花と激音を奏でて、同じ磁力を拒む磁石のように両者の距離が離れる。

 間合いにして三十メートル。

 

 両者は睨み合う。

 

「お見事です。その奮戦は素直に賞賛いたしましょう。ですが……」

 

「はァ──分かり切った事を言うな。まだやれる、それだけだ」

 

「──そうですか」

 

 未だ威勢の良い言葉を返すアルドルの言葉に聖女は冷えた視線と共に自らの聖旗を構え直す。

 ……アルドルの消耗は歴然だった。

 如何に優れた才気、尋常ならざる努力を重ねた所で人間であることに変わりはない。動けば疲労し、集中はいつまでも持続しない。

 

 特に圧倒的な戦力差が分かっているという状態での消耗は尋常なものではない。ふらついている足元に、整わない呼吸。

 限界寸前なのは明らかだった。

 

 対して聖女は未だ呼吸一つ乱れておらず、消耗した魔力も抑止力の援護によってほとんど全快のまま揺るがない。

 

 このままもう十分と待たず斬り合いを続ければ、十中八九、先に倒れるのはアルドルだろう。

 そして、そんなことはアルドルとて分かっている。

 

「…………」

 

 魔剣を構え直しつつ、アルドルは聖女の動きに注意しながら、先に防御で犠牲にした自らの片腕の調子を確認する。

 

“痛みはあるが、大方、治ったか”

 

 聖女との激突の最中、アルドルは少ない魔術回路を動員して、傷の手当てに魔力を割いていた。

 一瞬の判断が生死を分ける斬り合いにあって、魔術に思考を割いていたため、想定よりも回復に時間を要したが、これで両手を使うことに支障はなくなったと言える。

 

 尤もそれも状況に対しては雀の涙ほどの保証だろう。

 聖女の言う通り、自分に残された体力は少ない。

 全力でやれて恐らく三分。

 それ以上ともなれば、天秤の拮抗は保てない。

 

「────」

 

 ならばこそ──この三分で斬り合いに片を付ける。

 ここまでやって実力は拮抗している。

 自分と聖女、二人の技巧に確たる差はない。

 

 では、どうすれば良いか。

 

 ……語るに及ばず。

 己が選ぶは常に、王道なり。

 

 足りないのであれば、足す。

 届かぬならば、積み上げる。

 

 ヒントは過去に、信じるのはいつだって、己と己が見て来た感動だ。

 一瞬の瞑目、意識の集中、過去への追憶。

 その先にあるモノこそ──勝利への道筋。

 ──唱える。

 

「──再現(トレース)開始(オン)

 

 その魔術は、最も焦がれ。

 そして、最も己を追い詰めた男の再現だった。

 

 言葉と同時に、魔術回路を通じて魔剣を読み込む。

 北欧神話において語り継がれる栄光と破滅の魔剣。

 ティルフィング──そこに刻まれた歴戦の記録を。

 

「憑依経験、習得。戦闘技能、抽出。──再現」

 

 アルドルに彼ほどの異能は無く、アルドルに彼ほどの精密さはない。

 だが、それが魔術の範疇にある以上。

 魔術の天才であるアルドルに、出来ない道理は無い。

 

 贋作には至れずとも、その技能を此処に再現しよう──。

 

「魔術……ですが、何をしようと、これで終わらせます」

 

「そうだな。これで終わりだ。……いくぞ、聖女」

 

 脳裏に想起される、とある王の記録。

 オーディンの血を引く栄光と破滅の歴史。

 

伝承(トリガー)装填(オフ)──!」

 

 神話は此処に。

 約束された破滅を受け入れ、栄光へと手を伸ばす。

 アルドルは聖女を眼前に、真っ向から挑みかかった。

 

「何かしたようですが、正面からとは。覚悟は買いますが……!」

 

 無謀──聖女は一言断じた。

 単純な武技の比べ相手は両者は互角。

 

 しかし、先ほどまでならばいざ知らず、拮抗を保つにはアルドルの体力は限界に近い。このまま削り合いを行えば先に倒れるのはアルドルだ。

 そうと知りながらも剣に頼るは、恐らく聖女が持つ破格の対魔力故の選択だろうが……それでも。

 

「サーヴァントを前に出すことも出来るでしょうに、自ら決着を付けることに拘っているのか、それとも自らしか信頼できないのか、何にせよ──」

 

 お覚悟を──言葉と同時に聖旗を大地に突き立てる。

 天より降り注ぐ光の柱(エンジェルラダー)

 聖女が選んだのは此処まで演じて来た武技ではなく、ルーラーとして、サーヴァントとして持つ技能であった。

 

「────」

 

 不意を突く攻撃。

 死角たる上空からの幾重にも及ぶ魔力光線。

 回避は不可能だった。

 

 アルドルにせよ、聖女にせよ、二人は英雄じみた技巧の持ち主ではない。完全に不意を打つ攻撃を前に対応してみせるなど、それこそ英雄の領分だ。

 死地を駆け抜け、技を鍛えたとしてもあくまで人並みの戦士に留まるモノにこの不意打ちは躱せない。

 

 よって、詰み。

 アルドルは為すすべもなく光に飲まれ──。

 

 

「隙を見せたな、ジャンヌダルク──!」

 

 

 叫びと共に光を切り抜けた人影が、その未来を否定する。

 

「なっ──!!」

 

 不意を突いたと思わせながら、その実、本当に不意を打たれたのは聖女であった。完全に仕留めたと確信した敵が、健在である。

 その衝撃は、彼女の思考に致命的な隙を生み出し……。

 

「切り裂け──斬神魔剣(ティルフィング)!」

 

 魔剣が、聖女の身に紅の花を咲かせる。

 

「ぐぅ──!」

 

 ……心臓まで届かなかったのは、運だった。

 僅かに、そう僅かに。

 敵の予期せぬ接近に気づいたことで僅かに足を引いたことでギリギリ聖女の心臓にまで刃が届かなかった。

 ただそれだけの幸運で聖女は生を堅守した。

 

 だが、未だ死線は眼前に。

 死神は、聖女の首に手を掛けたままなのだから。

 

「おおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 吼える。地を割れよとばかりに力強く踏み出したアルドルは怒涛の剣舞を実行する。此処で決めると、言葉より雄弁にその瞳が語っている。

 

「この、程度──倒れる訳にはいきません──!」

 

 激痛を無視して聖女も自らを叱咤して応戦する。

 傷は深いが、それでも致命ではない。

 即死に至る傷でなければ抑止力の援護により回復機能が働く。なればこそ、生存を選ぶために己がするべき事はこれ以上の損耗を防ぐこと。

 

 アルドルの技巧との差異はない。

 如何にして先の一撃を捌いたかは不明だが、二度目の幸運は無い。単なる消耗戦に持ち込むのならば、勝ちは揺るぐことは無いだろう。

 

 ──聖女の楽観は一瞬で崩される。

 

「ふっ──!」

 

 首元に迫る一撃。意識の空白にねじ込まれる致命の斬撃。

 無意識の条件反射で弾き飛ばすも、首筋に浅い傷が生まれる。

 

“見逃した……いいえ、見えなかった! 今の一撃は!”

 

 驚愕を言葉にする余裕などない。

 ヒュンヒュンと風切り音を唯一の残影に怒涛の剣舞が襲い掛かる。

 先ほどまでとは比べ物にならぬ洗練された剣技。

 後退や反撃など考慮しない、斬れば死ぬことを前提とした一斬必殺の未知なる太刀筋が矢継ぎ早に放たれた。

 

「く……あ……!」

 

 一方的に押し込まれる戦線。

 聖女とて反撃を試みるものの、最小の所作と最速の反応で全ての反撃を受け流され、反撃の糸口が見えない。──まるで歴戦の英雄と向かい合っているように、先ほどまで互角と判断していた目の前の男は、一足飛びで聖女の技量を超越した。

 

「昔──とある英雄がいた。特異な異能を有し、宝具であっても模倣することができるという気高く強い、正義の味方が」

 

 振り下ろされる聖旗を切り上げで逸らす。

 合力の理。膂力で劣れど、相手の重みを利用してアルドルは、迎え撃つ刃に角度を付けて、迫る聖旗の軌道を逸らした。

 瞠目する相手を意に介すことなく、攻勢の代価に血を要求する。

 奔る剣閃、聖女の太腿を刃が斬り裂く。

 

「彼の異能は英霊の宝具であれ、武具の性能をそっくりそのまま読み取り、自己の内に保存する事。そして必要に応じ、記録された武具の贋作を投影する事」

 

 無限の剣製(アンミリテッド・ブレード・ワークス)──無限の贋作を内包した固有結界を持つ英霊。

 南米亜種聖杯戦争においてアルドルがアーチャーとして召喚したサーヴァントはそのような能力を持っていたのだ。

 

「そう贋作を作ることこそ彼の本分。だが、彼はそれとは別に幾らかの応用が使えてね。武器の贋作を作るということは武器の記録を読み込むという事だ。端的に言えば、彼は武器に刻まれた使い手の経験すら読み解くことが可能だった」

 

「使い手の……経験……? くっ! ああっ!!」

 

 朗々と語るアルドルの言葉に聖女は、突然変異とも言えるアルドルの変化に対する糸口を感じ取る。

 だが、語る言葉すら隙作りの戦術だと言わんばかりに、反応すら許さない神速の突きが聖女の肩口を抉り取る。

 

「創造理念、基本骨子、構成材質、制作技術、憑依経験──贋作を作るという事は真作を形取る記録──歴史の全てを遍く熟知し、模倣するということ。この魔術はそういうものだ。私は彼ほどに全てを知ることは出来ないが……例えば武器に記録された歴史(けいけん)を再現する、その程度ならやってやれないことはない」

 

「それは……そうか、今の貴方の剣術は──!」

 

「そうだ、今の私は英雄の領域に立っている。聖戦は此処までだ、ジャンヌダルク。オルレアンの奇蹟を待たずに、悲劇の内に終わるが良い!」

 

 こちらを振り払おうと放たれる聖旗を半身になって躱し、聖女が反応するよりも早く、得物を握る彼女の手首を切り裂く。

 意志の有無など関係なく、片手の腱を切り裂かれたことにより、聖旗から手が離れる。せめて手放すまいと残る片手で押さえるが。

 

「しまっ……!」

 

「遅い!」

 

 持ち直す余裕など与えない。

 アルドルはさらに一歩、深く踏み込んで当て身を喰らわす。

 聖女の体勢が完全に崩れた。

 

 魔剣で聖旗を弾き飛ばし、全力で魔力強化を施した前蹴りで聖女を蹴り抜く。

 

「かはッ──!!」

 

 くの字に身を曲げて吹き飛ぶ聖女。

 反撃、防御、回避──何れを取るにももう遅い。

 この好機、こちらの動きが聖女の全てを上回る。

 

「スルーズ! ヒルド! オルトリンデッ!」

 

 命令は既に伝達済み、名前のみで意図は伝わる。

 呼びかけと同時にアルドルは望郷の瞳を見開く。

 聖域展開の時点で『工房』との接続は完了している。

 

 泉に書き記した術式を残る魔術回路を総動員して最短で組み上げる。

 

魔術式(ソフト)──神話再現、魔剣装填!」

 

 神すら引き裂く絶剣に炎が宿る──。

 

「ここだ! いくよ皆!」

 

「了解」

 

「全力で、行きます」

 

「「「同位体、顕現開始!!」」」

 

 空に響く三人の少女の声。

 唱えると同時に、三人を囲うように陽炎が揺らぎ像を為す。

 陽炎は白亜の鎧に身を包んだ少女たち。

 

 即ちは三人と同じワルキューレ。

 その数三人を含め都合二十一騎。

 軍団利用を前提に作られたワルキューレの性能特性を利用した、宝具機能。同期したワルキューレたちによる一斉射撃。

 

 戦の先駆けに放った一撃とは訳が違う。

 正真正銘、全力による、宝具解放。

 

「「「終末幻想(ラグナロク)少女降臨(リーヴスラシル)」」」

 

 天より落ちる偽・大神宣言(グングニル)

 主が作り出す好機を待ち望んだ彼女らは、この好機に栄光を捧げんと、槍を振り下ろした。

 

「『戦士の神々の剣により、太陽が煌めく。岩山は砕け、女巨人は倒れ、戦士は冥府の道のりを辿り、天は裂かれる』──枝の破滅を謳え、終末の巨人よ。汝が握る焔の剣こそ、神々の黄昏を唱えるものなれば!」

 

 ティルフィングに刻まれる原初のルーン。

 魔剣の特性を上書きして、『枝』に記録された歴史から一つの神話を再現する。

 

 剣が纏うは破滅の焔。

 

 かつて北欧に終わりを告げたこの炎こそ、悲劇の炎に焼かれた聖女の末路に相応しい。

 

神話再現(オペラ)災禍の輝き(レーヴァテイン)!!」

 

 放たれる終末再現。

 真なる『災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)』に至れずとも、ティルフィングに装填して放たれたこの魔術はこと破滅の概念武装としては本家本元と何ら変わらない。

 炎を死因に持つジャンヌダルクにとって特攻とも言える効力を発揮する。

 

 ──槍と剣。

 

 どちらも英霊を屠るに不足ない一撃だ。

 防ぐのであれば聖女もまた宝具を使用する他ないが、既にそれは手元よりなく、回避を選ぶにはこの身は傷を負い過ぎている。

 

「…………」

 

 終わりが迫る。

 もはや、反撃も抵抗も、生き残るこそすら許されない。

 詰み、負け、必死──そんな未来が聖女の首に手を掛ける。

 

「……主よ」

 

 だからこそ──。

 

 

 ────これ以上の様子見は(・・・・)不要だろう(・・・・・)

 

「“憎みあらそい われらを裂き、

  人はあざけり ののしるとも、

  神はわれらの 叫びをきき、

  なみだにかえて 歌を歌わん”──聖典、起動」

 

 直後──聖女の姿は光と焔に飲み込まれて、消えた。




《ステータス が 更新されました》

真名:ワルキューレ
  (ヒルド、スールズ、オルトリンデ)

CLASS -

マスター:アルドル・プレストーン・ユグドミレニア

性別:女性

身長・体重:159cm/46kg

属性:秩序・善

筋力:A 魔力:A+++
耐久:A 幸運:E-
敏捷:A 宝具:A

【クラス別能力】

対魔力 -
・神霊として招かれているため聖杯によるクラス補正無し。

神性 A
・神霊そのもの。

原初のルーン A
・大神より賜りし神代魔術
 『主』の許可により、その全てが使用可能。

運命の機織り -
・織られた布を引き裂くことで戦場の勝敗を決めるというワルキューレの特性を具現化したスキル。此度の召喚に際して失われている。


【宝具】

偽・大神宣言(グングニル)

ランク:B
種別:対軍宝具
レンジ:5~40
最大捕捉:20人

大神オーディンから授かった武具。
大神宣言(グングニル)の劣化複製版。
真名開放して投擲すれば必中機能が発動する。

終末幻想・少女降臨(ラグナロク・リーヴスラシル)

ランク:B
種別:対軍宝具
レンジ:0~40
最大捕捉:100人

完全に同期した自分たち──複数のワルキューレたちが一堂に集い、ヴァルハラへと至る勇者の魂を導くための機能のすべてをより合わせ、手にした宝具『偽・大神宣言』を一斉に投げつける。
対象に槍の投擲ダメージを与えると同時に、効果範囲に一種の結界を展開。あらゆる清浄な魂を慈しみ、同時に、正しき生命ならざる存在を否定する。
サーヴァントや使い魔といった存在や、術式、幻想種、吸血種、等々の魔術や魔力に類する存在を退散させる空間を作り出すのである(抵抗判定に失敗した個体を退散させる)。

白鳥礼装(スヴァンフヴィート)

ランク:A
種別:対人宝具
レンジ:-
最大捕捉:自身

大神オーディンから授かった白鳥の衣。
これにより、ワルキューレは飛行能力を有し、高速機動を可能とする。
天馬に騎乗していない状態では、この宝具に機動性の大半を依存している。
この宝具の真価は「大神オーディンの加護」である。
この加護によりワルキューレの精神と肉体は絶対性が保たれ、精神に影響を与える魔術や能力の類をシャットアウトし、肉体はBランク以下の物理攻撃を弾き、カロリーを大量に摂取しても体型は変化しない。
また今回の聖杯戦争においては「大神オーディンの加護」に変わるとある神霊の加護が発動しているため、冠位指定の旅(とある可能性)とは異なり、スキルではなく宝具として発現している。
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