千年樹に栄光を   作:アグナ

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知恵を手繰る

 爆ぜる炎、肌を燻る熱波。

 度重なる大魔術行使の反動で軋む魔術回路は怒りで無視された。

 視線に映るはたった一人の聖人。

 さながら怨敵を睨みつけるようにしてアルドルは口火を切った。

 

「やってくれたな……!」

 

「…………」

 

 返ってくる言葉は無い。

 《オルレアンの乙女》は敵が健在であることに鼻を鳴らすのみに回答を留め、次いでふと空を見上げるようにして未だ輪郭を保つ世界を見渡す。

 

「……霊脈を通じて土地を書き換えている魔力の流量を一時的に増幅させたのですか。今の私の魔力出力をも上回るとは。やはり最低でも一つか二つ。聖杯クラスの聖遺物(アーティファクト)を所有しているようですね」

 

 誰に言うでもない独白。

 事ここに至っては、もはや敵と言葉を交わす必要が無いという事か。

 聖女は誰にも向けない言葉を続ける。

 

抑止力(データベース)を見るに、恐らくは冬木の儀式を模した亜種聖杯戦争の戦利品といった処でしょうか。これほどまでに土地を塗り替えている事からも相当の期間と相応の聖遺物を用いたことには疑いはありませんし……出所はミレニア城塞。対象の処理後には工房の除去も役目と数える必要がありそうです」

 

「……ふん、いよいよ以って本性を現したかよ、守護者(ガーディアン)

 

 アルドルは荒っぽい口調で毒を吐く。

 気づけば怒りのせいか、雰囲気が普段のそれとは変わっている。

 工房への接続の影響で変色した金色の瞳には珍しく直情的(ストレート)な感情が映っていた。

 

「マスター!」

 

 だが、それも一瞬のことだ。

 瞑目して呼びかけに振り返った時には既にいつもの鉄面皮が浮かんでいるのみ。

 

「ご無事ですか!?」

 

「問題ない、と続けたい所だが……」

 

 心配そうに顔を覗き込んでくるスルーズを傍目に、アルドルは自らの調子を確認するようにして自分の身体を見下ろした。

 かすり傷や切り傷と言った外傷は多々あるが、外から見られる致命的な損害(ダメージ)は存在しておらず、この一息入れる余裕で呼吸もある程度整ったと言える。

 

 しかし、目に見えない損耗について──例えば魔術回路などは、この戦いの中で回復させることは難しい程に消耗が蓄積されており、これ以上の魔術行使に期待は出来ない。

 加えて言うならば工房の方も先の《オルレアンの乙女》による宝具行使で大量の魔力消費を強いられた。その影響で眼前の敵を封じるこの大結界も発動限界が近づいてきており、何にせよ長期戦になればいよいよ以って戦うことすら厳しくなるだろう。

 時間はアルドルの首を絞めていくのみ。

 

「────」

 

 一秒にも満たない沈黙。

 高速で思考が可能性を巡る。

 

 ──残された手札と、敵の戦力。

 ──勝利するために必要な条件。

 ──後に続く戦と、戦い抜くために必要な時間。

 

 躊躇なく、決断が下される。

 

「一分だ。それで聖女の底を見切る。そこから先は私も祈るしかあるまい。一手でも読み違いか上回られたならば、私たち(・・・)の敗北を認めてやるさ」

 

「……それは、あくまでもルーラーは御身が仕留めると?」

 

「いいや? 当初の予定通りだ。アレを倒すことは私には(・・・)出来ん。それはよく分かったからな。あれほどまでに私を殺すことに特化させるとは、抑止力はどうやら聖杯大戦を審判するよりも、この戦いを優先するらしい。その点だけは幸運だな」

 

 先ほどまでは知覚を広く保ちながら、如何なる不意打ちにも対応せんとしていた聖女の視線が、いつの間にかワルキューレたちには目もくれずアルドルだけを冷たく射抜いている。

 裁定者の瞳は粛々と愚かなる魔術師に裁定を告げている。

 

 裁きを、即ちは死を。

 

「方針は変わらない。お前たちはあの天使を押さえてくれ。それと一度だけなら取り逃がしてもこちらで対応する。その時は任せた」

 

 端的に述べるとアルドルもまた、聖女に視線を返す。

 剣を構えながらその切っ先を聖女へと戦意の健在を示した。

 

「ですが……」

 

「まあまあ、心配するのもわかるけどさ」

 

 なおも言い募ろうとするスルーズだが、宥める様にヒルドがその肩に手を置いて止める。

 ヒルドはもう振り返らない自分たちのマスターに向けて一言。

 

「ねえ、マスター。本当に大丈夫?」

 

「ああ。安く負けをやるつもりはないし、無意味な自己犠牲に興味もない。栄光は必ず我らの下に。そも聖杯大戦に無粋な横槍を許すほど、私は甘くない。つまり──任せろ、勝つのは私たち(・・・)だ」

 

 その言葉に迷いも憂いも存在しない。

 魔術師らしく淡々と、己のすべきことを告げているのみ。

 故に、それで十分だった。

 

「……うん! なら任せました! どうかご存分に、悔いのない戦いを!」

 

 敗勢すら見える絶望の状況に見合わない笑顔の大輪。

 ヒルドはそれだけ言うと軽やかに飛び立つ。

 戦乙女からのささやかな応援。

 一片の曇りもない信頼を背に受けてアルドルは苦笑する。

 

「ふ──戦乙女の御前だ。恥ずべき戦いをするつもりはない。それに……信頼に待たせている相手もいる。勝ち筋は必ず手繰り寄せてみせよう」

 

 軽口を叩いた後、言葉を捨てる。

 

 一分──それが敵戦力を見切るのに許された時間。

 そこから先の読み違いは許されない。

 継戦能力、未知なる手札、予備戦力の有無。

 どれかを見誤れば敗北は不可避。

 綱渡りのようなこの戦いに、余裕などと呼べるものは何一つない。

 

 息を吐いて、鼓動を宥める。

 ──運命に挑む覚悟は十分か?

 ──終着点まで走り抜ける決意はあるか?

 

 ……万が一の敗北を、噛み締める準備はあるか?

 

「ハッ──」

 

 否、否、否──敗北などあり得ない。

 万が一の懸念などするだけ無駄に極まる。

 

 千年樹に栄光を。

 為すべきことは、決まっている。

 

 無言のままに手を翳す。

 身構える眼前の敵を前に一言。

 

「『囲え(おちろ)』」

 

 決戦の開始を宣言した。

 

「ッ!」

 

 瞬間、激しい猛吹雪がアルドルと聖女に襲い掛かった。

 視界を眩ます白い闇。

 吹き荒れる極寒は風速にして90m/s。

 家屋すら原型を保つことが出来ない暴風にさしもの聖女も立ち竦んだ。

 

「ですが、この程度……!」

 

 風と同時に重石の様に圧し掛かるのは-200℃を超える冷気。

 サーヴァントの霊基すら軋ませるそれは考えるまでもなく何らかの魔術行使。

 とはいえ凄まじい負荷を掛けられてもやはり聖女は健在。

 聖女を守る奇跡の加護は冬の侵犯を許さなかった。

 

「相変わらず大した守りだ。防御という一面においてお前は間違いなく最強のサーヴァントだろうな。だが、私はそれ故の弱点も知っている。御旗が守るは聖女のみ、これ以上面倒な横槍はいれられたくないのでね。悪いが()を潰させてもらおう」

 

「何を──『啓示』が……? いえ、貴方!」

 

 アルドルの言葉に訝しむ聖女はすぐに言葉の意味するところを悟る。

 風や冷気だけではない。

 自らの身体に圧し掛かる負荷は外的のみならず内部にも及ぶ。

 

 あからさまに減する性能(ステータス)

 備わっているはずの特性(スキル)の半減。

 サーヴァントとして己を確立する基盤が薄れていく感覚。

 

 間違いない。抑止力との……人理との繋がりが細くなっている。

 さながら圏外に置かれた通信機器のように。

 如何なる手腕か《オルレアンの乙女》は世界から孤立した。

 

 僅かに動揺する聖女を傍目に、アルドルは白い息を吐きながら告げる。

 

「──深淵氷獄(コキュートス)。対サーヴァント用の切り札の一つだ。聖堂教会(れんちゅう)の遣う大聖堂の業を参考に、外部と内部とを完全に隔てる魔術だよ」

 

「……なるほど」

 

 静かに納得を口にしつつ、聖女は悠然と告げるアルドルを見た。

 この極限環境下ではサーヴァントである聖女はともかく、魔術的な強化があるとはいえ人間に過ぎないアルドルでは立っていることは疎か、呼吸することすら厳しいはずだが、その様子に変化という変化はなく、通常環境下と同じ振る舞いをしている。

 

 言うまでもなく術者本人に危害が加えられるような易しい設計はしていないということだろう。

 

 とはいえ言葉から察するに何のデメリットもないという訳ではない。察するにこれほどまでに精巧な密室の結界である以上、外部からの支援を期待できないのは敵も同じ。

 この結界内にある以上、戦力は独力にのみ限られる。

 

“サーヴァントを前に魔術師が、などとはもはや言えませんね”

 

 アレ(・・)は違う。

 常識外を生きる魔術師という存在にあって尚、常識外と呼ばれる怪物。

 魔人や英傑の領域に踏み入った人外の存在だ。

 

 ……神秘薄れた時代には珍しいが、別段、特別と呼ぶものではない。

 人類に限らず、時折ああいった存在は現れるのだ。

 

 特に変わった因果があるわけでもなく。

 特に複雑な背景があるわけでもない。

 

 まさに突然変異としか言いようがないままに現れる個体。

 常識を容易く打ち破る怪物の素養を持つ者たち。

 目の前の人物は、そういう類の者なのだろう。

 

「世界から神秘が薄れようとも、人の世が続く限り英雄は生まれるということですね」

 

 軽視はしないし、加減などいらない。

 全力を以て叩き潰すべき敵だと聖女は改めて認識する。

 

「…………」

 

「…………」

 

 沈黙。軋むような停滞。

 時間が、空間が、あらゆる全てが停止するような錯覚。

 もはや交わすべき言葉は尽き、示すべき在り方は告げた。

 相互理解など不可能で、妥協で手を取り合うなどあり得ない。

 

 ならば──。

 

「「排除する(します)」」

 

 熱なく告げられた一言を皮切りに、鳴り響く耳を劈く金属音。

 此処に運命を分ける最後の戦闘が始まる。

 

 ──最初に動いたのはアルドルだ。

 考えるまでもなく筋量(パワー)において圧倒的な不利を背負うアルドルは、即座に力の押し合いでは勝ち目がないと判断し、聖女の攻撃を刃に傾斜をつけ後ろに流すようにして受ける。

 そして聖女の脇を潜り抜けるようにして、すれ違いざまに脇腹を抉る様にして切りつける。

 

「シッ──!」

 

 鋭い剣閃はひたすらに速度を重視したもの。神代の魔術師として自身を確立させるアルドルは、魔力放出の真似事で瞬間的に動作の速度を上げることができる。

 これに加え、先の技量再現(トレース)にて剣術の技量を底上げしている状態だ。無駄が徹底的に削り切られた英雄の領域にある太刀は既に《オルレアンの乙女》に対応できる領域にはない。

 

 当たる──だが次瞬。齎された結果は血の戦果ではなかった。

 

「……ッ!」

 

 金剛石でも切りつけたかのような感覚。とても人体からは発せられないはずの激音。

 神代より引き継がれし魔剣──ティルフィング。

 サーヴァントすら傷つけうるはずの武具がただの生身に弾かれた。

 

 視る。気づけば《オルレアンの乙女》の身体。

 それを庇護するように聖性を感じさせる白い光のようなものが──。

 

「“十八のまじない(アルフォズル)”!!」

 

 飛び退く。原因、考察、動揺──その全てを切って捨てて次なる敵手の挙動よりも先んじてアルドルは魔術を唱えていた。

 出現するは十八のルーン文字。偉大なる原典、かの大神オーディンが箴言に語ったとされる十八種の原初のルーン。火であり、風であり、加護であり、呪詛であり、魅了であり、知恵である魔術が聖女の下に殺到する。

 

 抑止力との接続(パス)に妨害を掛けているとはいえ《オルレアンの乙女》は万全のルーラー。彼女は対魔力を始め、呪詛や精神に働きかける外法には尋常ならざる耐性がある。

 効かないことなど端から承知。故に必要だったのは気勢を削ぐ、一瞬があれば良い。

 

“魔術的干渉ならばともかく宝具による剣撃を弾いた? 聖旗による真名解放はなかった。少なくともルーラー、ジャンヌ・ダルクは素で防護の特性を持つ英霊ではない。ということは冠位由来の宝具かスキルか”

 

 炸裂する。十八の極彩色の魔術は反撃に動こうとした《オルレアンの乙女》を飲み込んで追撃を許さない。高い対魔力に、呪詛に対する抵抗力。この二つを持つ身であったとしても対するは原初のルーン。神代の薫陶を受けた大魔術だ。

 少なくとも何もせずに無傷で切り抜けられるほど甘くはない。

 攻撃から逃れるために身を固める必要があるだろう。

 

 その間に思考する。未知なる防御性能、見知らぬ結果。

 力押しが許されるほど抑止の使徒は甘くない。

 不明を不明のままにすれば代価を支払う破目になるのは明白だ。

 

“確かジャンヌ・ダルクには戦場で胸に矢を受けながらも戦地で指揮を執り続けたなどという逸話があったな。……戦場での立ち振る舞い。逸話を形として後天的な宝具か? だとすると効果範囲、持続時間を考察する必要がある。或いは特定の武具で突破できるならば──”

 

 反撃に備えつつ、高速で先の現象の意味を探る。

 ……だが、許されたのはそこまでだ。

 予想していたよりも遥かに早く聖女が行動を開始する。

 

「ハ──!?」

 

 大魔術の余韻が残した黒煙の中、アルドル目掛けて何かが飛翔する。

 炸裂音のような響きと共に飛来するのは聖旗。

 《オルレアンの乙女》が有する桁違いの出力で投げつけられたそれが、大気の壁をぶち破りながら剛速球で飛んできたのだ。

 

「クッ……ああ!!」

 

 反射的に切り払う。

 人間は咄嗟において回避よりも防御に主眼を置いてしまうものだ。

 この一瞬に受けという選択を取ったこと。

 それこそが隙に繋がると気づいた時には遅かった。

 

 ──不意に身体に影が落ちる。

 

「影……上か!?」

 

 空中高らかに打ち弾かれた聖旗。

 それを掴む聖女の姿。

 得物の投擲と同時に、アルドルの注意が逸れた一瞬。

 彼女は予め得物が敵手に弾かれることを予想して、その方向に跳んでいたのだ。

 そして。

 

「やあああああああ!!」

 

 自らの得物を取り戻した聖女がアルドル目掛けて落下する。

 重力を活かした振り下ろし。

 元の出力を嵩まして地に叩き落される強烈な一撃はとてもアルドルに受けきれるものではなかった。

 

「チィ!」

 

 飛び退いて躱す。直後、轟音。

 先ほどまでアルドルが立っていた場所に小規模のクレーターが出来る。

 

性能(ステータス)の押し付け、力任せとはな。少しは聖人らしく……ッ!」

 

 毒を吐く余裕など与えられない。

 アルドル目掛けて再びの投擲。今度は得物のそれではない。

 聖女の一撃で巻き上げられた地盤。

 瓦礫の山を弾丸に幾重もの投石がアルドルに殺到したのだ。

 

 ……人を一人殺すのに大規模な魔術や宝具などいらない。

 あくまでアルドルは生身であり、肉と骨で出来た人間である。

 一定以上の質量を持つ物体が頭蓋を砕いて胸を貫けば、それだけで死ぬのだ。

 

(アッシュ)……!」

 

 手を翳す。唱えるは防護を示す原初のルーン。

 浮かび上がった文字はそのまま盾となり、傘となり、瓦礫の雨からアルドルを庇護する。

 しかし。

 

「……馬鹿力め!」

 

 一撃、二撃、三撃と瓦礫がぶつかるたびに防護に罅が奔る。

 魔術的な干渉でも何らかの付与効果でもない。

 ただただ桁違いの物理的接触があろうことか神秘の守りを剥がしに掛かっているだけ。

 

 サーヴァントが手にしたものは何であれ、一定の神秘を纏うため、特定のスキルや宝具の有無に関わらず神秘的な接触を可能にするという。

 その効果が表れた結果だとは考えられるが、衝突のたびに手榴弾も斯くやとばかりに響き渡る爆発音は詳細を抜きに圧倒的な力を感じざるを得ない。

 

 こちらが頭を使って何重にも用意した準備を力で引き千切られる感覚。

 アルドルは思わず、歯ぎしりをした。

 

「──失礼。学が無いことは自覚していますから」

 

「ッ!!」

 

 突風が頬を撫でる。

 四足獣のように身を低く迫る影。

 

 投石は相手の動きをその場に留めるためだ──。

 

 そう悟った時にはもう遅く、アルドルは聖女に接近を許す。

 

 コンパスの様に地から宙へ。

 半円を描きながらアルドルの喉元に聖旗が迫る。

 

「う、お……!」

 

 仰け反るようにして躱した。

 肌に勢いよく吹き付ける風。

 大気を引き裂く一撃は当たれば喉を潰されるどころか、首から上を吹き飛ばしていただろう。

 一命を拾ったアルドルだが、死地は未だに続いている。

 聖旗の勢いをそのままに今度は旗の石突きが脇腹に迫る。

 

 大きく体勢を崩しているため回避は選べない。

 魔術の詠唱も間に合わない。

 となれば残る手段はただ一つ、剣を引いて刃で受ける!

 

「ッ! ヅ……ゥ!」

 

 衝突と同時、柄を通じて手に。

 手を通じて腕にまで強烈な痺れが襲う。

 守りの代償、それは一時的とはいえ剣を握る腕から感覚を喪失させる。

 だが、聖女に容赦はない。

 

 さらに一撃、もう一撃と、聖旗を手元で回転させるようにして立て続けに攻撃を放ち続ける。卓越した杖術捌きはまるでよく出来た演目を辿るようだ。

 手具演技(バトントワリング)のバトンのように身丈以上の聖旗を軽々と躍らせる。

 

 堪らないのはアルドルの方だ。アルドルは基本性能(ステータス)で劣る自覚から、攻勢に拘り、魔術や礼装を凝らして聖女に万全を発揮させることを許さなかった。

 それが受けに回ったことを契機として聖女の思う通りに行動させることを許してしまっている。

 

 元より性能面で絶対的に上回るものが、その通りの能力を発揮できた場合どうなるか。その結果が現実に映される。

 防戦一方──アルドルは追い詰められる。

 

術理(うで)を振るうことを許さない力押し……! 思惑に沿わない近接戦ではやはりこちらが圧倒的に不利かッ!”

 

「“吼えよ(ウル)ッ!”」

 

「む……!」

 

 キンと耳を刺すような音。

 守勢の最中、肉薄する二者の狭間に刻まれるルーン文字。

 打撃具で殴りつけられるような衝撃が双方を襲う。

 

 聖女は守る動作すらなく衝撃にただ踏ん張る。

 自身の身を覆う光の加護に加え、英霊としての性能。

 ただの衝撃に過ぎない魔術の干渉なぞに小揺るぎもしない。

 

 一方、アルドルの方は自らの魔術によって大きく吹っ飛んだ。

 防御を初めから考慮しない強引な攻勢の代償に、その身は宙を舞い、顔には苦悶が浮かんでいる。

 

「だが……!」

 

「成程、近距離を不利と見て距離を取ることを選びましたか。ですが……その姿勢からでは追撃に身を守ることは出来ないでしょう」

 

 アルドルの狙いは簡単に見切られていた。

 聖女は冷たく言い放つと、引き離される距離を即座に詰める。

 大きく踏み出して三歩。

 自滅覚悟でアルドルが築きに掛かった間合いは呆気なく詰められる。

 

「ハッ、正に猪突猛進といった様だな。よほど自身の防御性能に自信があると見た。……距離は十分、一動作分だけの余裕さえ作れれば、やり様はある!」

 

 思惑を蹴破られることに動揺は無かった。

 それどころかアルドルは強気に言い放つと懐に手をやり、何かを投擲する。

 

 一瞬、僅かに聖女の踏み込みに迷いが生ずる。

 聖遺物、礼装……はたまた呪物。

 アルドルという魔術師の特質性を鑑みて、この状況下で彼が投じた起死回生。

 何らかの概念を纏った品であることは間違いないだろう。

 

 対応するか──いいや。

 

「些か、一辺倒が過ぎましたね。狙いが分かりやすければ躱すのは簡単です」

 

 踏み込みそのまま、首を僅かに傾げる。

 たったそれだけで投擲物は聖女の顔を横切った。

 額を狙った一撃……だったのだろうが、あからさまに過ぎる。

 これならば態々対応する迄もなく、挙動一つで捌き切れる。

 

 どのような狙いがあったとしても当たらなければ意味はない。

 冷徹に言い放つと《オルレアンの乙女》は容赦なく無防備なアルドルへ、聖旗を振り下ろす。

 これで終わりだ、そう告げる紫水晶(アメジスト)の瞳に──。

 

「──いいや、狙い通りだ」

 

 微笑を浮かべるアルドル。

 視線は聖女の先、彼女の姿を追従する影に向けられている。

 地に落ちている人影──()が刺さり立つ。

 

 刹那、終わりを唱えたはずの聖女は全ての自由を奪われた。

 

「──ッ! 身体が、動か、ない……!?」

 

 予想外の出来事に動揺が口走る。

 反射的に全身に力を籠め、全身に魔力を循環させるが動かない。

 サーヴァントとしての全性能を以てしても尚、絶てぬ拘束。

 観察に視線を回して、気づく。

 

 影──聖女の後ろに仕える人影に、一本の釘が刺さっている。

 一目見て判断できる神秘の残滓──呪いとは対極の、聖性すら感じる品。

 抑止の知識を手繰ることなく聖女はそれを知っている。

 

 何故ならば、それは教会の──。

 

聖釘(サクリ・キオディ)!? 魔術師である貴方が何故それを──!!?」

 

「それこそ、今更というものだろう聖女。何年かけてこの戦いに備えて来たと思っている。対聖人を念頭に置いた武装の一つや二つ、聖堂教会(れんちゅう)から強奪しているに決まっているだろう」

 

 嘲る様に魔術師が言う。

 聖釘(サクリ・キオディ)──聖書に語られる『かの聖人』を磔にしたという釘。

 『拘束』の概念を纏う概念礼装。

 それこそが聖女の影を縫い付けるものの正体であった。

 

「そして──ようやく動きが止まったな。その光の防御、存分に検証させてもらうとしよう」

 

 再びアルドルの手が懐に伸びる。

 聖釘の特性は《オルレアンの乙女》に対して最悪(さいこう)だ。

 如何に冠位を戴く強力な英霊であっても、この拘束は即座に破れるものではない。

 

「くっ──」

 

「対魔力干渉に呪詛への耐性、越えて魔剣の物理的な干渉すら退けるとはな。先の神代魔術の効果を引き摺る様子もなし。その防御力、“黒”のセイバーの宝具に匹敵すると言っていいだろう。しかし完璧なるものなど存在しない。強力な守りには致命的な弱点が生ずるものだ」

 

 言いながら放たれる七つの黒鍵。

 魔術師が扱う魔術としてアレンジされた概念武装が、《オルレアンの乙女》の手首足首両肩胸元にそれぞれ放たれ──光に阻まれ弾き飛ばされる。

 

「……聖痕(スティグマ)をなぞったのだが、ダメか。由縁は聖人というものではなく、ジャンヌ・ダルクの方に紐づいている可能性の方が高いか」

 

 まるで実験結果を測る学者の様に。

 冷静に目の前で起きた現象をアルドルは考察する。

 

「好き、勝手を……!」

 

「先に無法を働いたのはそちらだろう。時間がないのでね、更新された情報は全て閲覧させてもらう」

 

 歯噛みする聖女を傍目に、今度は魔剣を軽く構え、アルドルは動きを封じられ無防備となった聖女に容赦なく斬りかかる。

 首や胸と言った弱点は当然のこと。

 背後も含め、五体全てに剣撃の雨を浴びせた。

 

「真エーテル、装填。斬り裂け斬神魔剣(ティルフィング)!」

 

 さらに真名解放──最大性能を発揮した魔剣が聖女を袈裟斬りにする。

 しかし──それでも。

 

「無傷、か」

 

 聖女の身体には、傷一つ存在していなかった。

 

「これだけやって尚、無傷とはな。考えられる可能性は特定スキル、特定武具、特定存在でのみ有効であるという特性か、時間経過、何らかの条件の達成による突破。……流石に全てを検証する暇は」

 

「──ルーラーを……舐めるなッ!!」

 

「……流石にないか」

 

 激情を吼えると同時、《オルレアンの乙女》を中心に炎が起こる。

 拘束は依然、解除されなかったものの、炎は結界の雪を解かす所か、界そのものを揺るがす。

 完全に閉ざされているはずの深淵が軋む。

 

 その様を見てアルドルは詳細を暴くことを諦めた。

 

「ああああァァァァァ──!」

 

 無様に拘束される自身への怒りを叫ぶ。

 聖女が力任せに拘束を破りに掛かった。

 概念干渉や礼装の破壊ではなく純粋に力による突破。

 

 成立しないはずの手段は、果たして聖女は一歩踏み出し、聖釘が揺れる。

 

「……なんともはや恐ろしいな」

 

 嘆息。声音には微かに呆れすら含んでいた。

 とはいえ見るに聖女の行動は拘束を振りほどくという一面においては正しかった。

 これ以上、影縫いで抑え込むのは厳しいだろう。

 

「外部からの干渉、一切を受け付けないのはよく分かった。であるならば内部からなら、どうか」

 

 時間はない。聖女を拘束していられる時間も、この戦いを続けている時間も。

 見方と攻略の糸口を転換する。

 残された最後の可能性をアルドルは手に取る。

 

「──……()?」

 

「FNブローニングM1910。文字通り、とある戦争の引き金になった品だよ」

 

 アルドルが手にした予想外の武具に疑問を唱える聖女。

 律儀に問いに答えを返しつつ、アルドルは銃弾を装填して聖女の額に照準する。

 

「……そんなものが通用すると」

 

「さて、どうかな。この銃これ自体、それなりの一品だが秘策は銃弾の方だ。昔、中東の亜種聖杯戦争に望んだ際に手に入れた戦利品でね。六つしかない貴重な品を私の手でアレンジしたものだ」

 

 ──それは数多く参加した亜種聖杯戦争の戦歴において初めてアルドルが死の予感に戦慄を覚えた戦い。『静謐』の名を持つアサシンと望んだ聖杯戦争。

 圧倒的な魔術師としての性能を誇るアルドルを屠るため、敵方に居た傭兵組織がアルドルを殺すために雇った凄腕の暗殺者(ヒットマン)が得物としていた魔弾。

 

 ひとたび着弾すれば最後、魔術師の魔術回路をズタズタに切り裂き、その上で繋ぎ直して焼き壊す魔術師殺しの業。あの男の《起源》たる『切って(つな)ぐ』礼装。

 

 名を──。

 

「『起源弾』──では存分に味わってくれ」

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