千年樹に栄光を   作:アグナ

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北天を舞う

 『エッダ』を始めとした北欧神話と総称される詩編群。人類史上に記録される、かの北欧神秘との接触はおよそ九世紀頃だと言われている。

 

 九世紀後期──絶海の孤島アイスランド。

 北欧神話が出土したその島との接触は偶然であった。

 

 とある北欧の船乗りによって発見されたこの島は、もともと人の住まない無人島であった。その後、船乗りたちによって広まった新天地の噂を知ってノルウェーに住んでいたフローキ・ビリガルズソンなる男が最初に入植を試みようとした事が始まりである。

 

 フローキは食糧の蓄えに失敗し、すぐに島を去ることとなるのだが、上陸に際しては探索のため山を登った彼が、バックアイスにうずまったフィヨルドの景色を見て、この島を氷の山と呼んだことが後の国名、アイスランドへと繋がったとされる。

 

 絶海の孤島が発見され名づけられた後、最初に入植することに成功させたのは西ノルウェーからやってきたインゴールヴという男だ。

 後年、彼はアイスランドの入植に纏わる事情──アイスランド人の歴史を語る『植民の書』を始めとした記録を残した。

 

 その記録に曰く、当時のノルウェーにおいてはハラルド美髪王が台頭しており、彼が国内の諸勢力を従えながら統一王権を成立させる真っ只中だったという。

 ハロルド美髪王は目論見通り、統一王権を掲げることが叶うものの、彼の圧政を善しとしなかった豪族らは自らの家財をかき集め、彼の支配の届かない新天地を目指した。

 

 ……かの美髪王の施政を嫌った者たちの集まり。

 それこそがアイスランドという国の起こりであったのだ。

 

 そして新天地こそを新たなる故郷と定めた入植者たちは、首長を集団の頭とし、同時に祭司であると仰いで、牧羊や漁業を主な中心として生活を営むようになる。

 入植当時においては全島に共通する法律や中央の政府といった行政機関は存在しなかったのだが、次第に求められるようになり、かつての故国たるノルウェーを倣って立法・司法の府である民会アルスィングを確立。

 大陸の影響を受けつつも彼らは、詩と狩りを中心とした独自の文化圏を築き上げていく。

 

 神の残滓と神秘の色を残した絶海の孤島。

 独自の道を歩む彼らは、こうして一時は諸国の騒乱からは無縁の穏やかな生活を送ることとなる。

 ──しかし、戦とは無縁であっても文化的侵攻に無縁であることは出来なかった。

 

 一〇〇〇年。その年、北欧では最も遅く、全島民会(アルスィング)にて改宗の決がなる。

 其は唯一神の名の下にありとあらゆる神秘を管理しようと目論む大勢力。現代においても世界最大たる信仰を一手に引き受ける教会である。

 異教を認めない教会はその教義に則り、アイスランドに残された神秘の存在の独占と廃滅を狙って手を伸ばしてきたのだ。

 

 とはいえ如何に教会とて、神秘の管理のみを理由に一国を狙っているわけではない。

 北欧地域においてはたびたびイングランドを始めとした西洋諸国に襲撃を行うヴァイキング──略奪を営みとする者たちの存在に頭を悩ませていた。

 そのため教会の『表向き』の顔をして彼らを管理したいという願望があったのだ。

 

 当時のイングランドに名高き偉大なる統治者アルフレッド大王の手腕もあって、イングランドやアイルランド周辺に住まうヴァイキングの改宗に成功してからはノルウェー、スウェーデンといった国々にも布教の活動を働きかけており、そういった政治的な施策が遂にアイスランドに届いたという形である。

 

 武力ではなく政治的な圧力による改宗。神秘の管理という目的もある以上は焚書が如く、元の神秘を廃絶させるのでは意味がない。そこで彼らが考えたのが、改教──即ち彼ら異教の文化を丸ごと教会の教えに取り込むという施策だ。

 

 教会の教えを定着させるためには、まず現地の支持を取り込む必要がある。

 極東で言う所の神仏習合。現地の異教なるモノたちを聖人や聖女といった形で教会の存在に取り込み、ゆっくりと彼らの教えに教会の教えを沁み込ませていくのだ。

 

 幸いにして、北欧の神話とは口伝が主で先祖代々に教えられてきた詩や教えが中心である。

 書と筆をして教えを継ぐ教会とでは残せる記録の精度が違う。

 今でなくとも百年、二百年後。果たして口頭による教えと書による教えとでどちらがより原典に等しい伝説を継承できるか──。

 その答えは考えるまでもないだろう。

 教会による弾圧を待たずして時間が、人が持つ『忘却』の原罪が自ずと神秘を忘れさせる。

 

 そうしてまた一つ、異教の神話は取り込まれた。十二世紀、十三世紀にかけては教会の影響によって齎された文化に伴い、アイスランドでは学芸などの国の文化が急速に発展する。

 その過程で穏やかな改宗のお陰で異教の神は名と伝承を残され、『エッダ』に記される北欧の神々は今日まで語り継がれることとなるが、一方で教会が仕込んだ『毒』の影響力もまた平和的に北欧の人々を侵食している。

 

 一例として尤も分かりやすいのは──とある神の存在だろう。

 光の神として伝承されるその神は、もともと北欧神話の原典には存在しなかったとされる存在だ。

 彼は最高神たるオーディンの息子の一人とされ、神々に愛されるほどの美貌とカリスマを有していたといわれているが、彼に通じる神話は極端に少ない。

 

 取り分け自身について言及される神話に関しては、自身の終わりに纏わるものしか残されておらず、加えてその物語が教会に記される『とある聖人』に通じるものであるというのもまた教会の影響を感じ取られずにはいられない点だろう。

 

 神話に曰く──光の神たる彼はロキの姦計により死を迎え、後の黄昏を経て新世界と共に復活する。

 

 この何者にも愛される『光』たる存在が、裏切り者の姦計によって死を迎え、その後に新世界の始まりと共に蘇るという形式はまさに『とある聖人の復活』をなぞるものであり、かの神が存在することこそ北欧神話の伝承に教会の影響があった証明でもある。

 

 ……始まりからして偽に濡れた存在。

 故に『彼』には責務があるのだ。元より偽の息子に過ぎない己を、それでも自分の息子として認めたオーディンに、そして神の列席に加わることを許した北欧の神々に。

 ──この身は時代と共に転輪する生命。

 紛い物であろうとも次代の北欧を担うとされる者なれば。

 

 ……その真髄が教会に意図して作られた二次創作(にせもの)に過ぎないのだとしても。

 

 神々(かれら)亡き後の世において、神々(かれら)を語る責務が、彼にはある。

 

 だからこそ、彼は魔術師と契約した。

 己と同じ転輪する不変の生命、永遠を名乗る高貴なる魂。

 勇士にして時代が違えば聖人たる資格を有する異郷の者。

 

 世にも珍しい、たった一人の同類。

 彼が千年樹を望むように、彼もまた神話を望む。

 

 だからこそ敗北は許されない。

 だからこそ敗走は許されない。

 

 ましてや世界の皮を被った教会(れんちゅう)の手先に落ちることなど許せることではない。

 

 目には目を、歯には歯を。

 そして──神話には、神話を。

 

 

 

 

 ──身も凍る向かい風を引き裂いて戦乙女が空を駆ける。

 肌を刺す冷気の感触は既にマイナスにして三十度。

 体感にすれば猛吹雪も相まってその二倍に達するだろう。

 

 容赦なく生命の体温を苛む極寒を前にして、しかし戦乙女の顔に苦痛の色はない。元よりこの地は、主たるものが築き上げた古き故郷の再現。

 なればこそ、過酷な世界はその内にいるものに牙を剥かず、この世界の外からやってくる侵略者にのみ向けられるもの。

 

 滴り落ちる雫の様に。トゥリファスの霊脈を侵す創界(ドラウプニル)は千年樹の基盤を斯く確立させ、侵攻者を容赦なく排斥する。

 

 だが──人理を拒絶する世界に在って、天使は健在であった。

 

 吹雪に凍えることもなく、戦乙女の槍に刺し貫かれることもなく、教えを知らぬ世界に教えを広めるべく無慈悲なる宣教者は世界を侵す。

 

「────」

 

「わわっ! スルーズ! また来るよ!」

 

「ッ……!」

 

「各機散開! あの炎に触れないで!!」

 

 天使の刃に焔が収束する。それを見てスルーズは他の戦乙女に回避を命じながら自身もまた回避のために距離を取った。

 ……空に戦場を移してから、もう幾度も見て来た敵の剣。忌々しき改教の概念が世界の基盤に亀裂を走らせる。

 

 焔の熱気に空間が揺らぐ。蜃気楼のようにして熱波の向こうに蒼が見える。

 それは本来の空、本来の世界(テクスチャ)

 神話を否定する現実が微かに顔を見せた。

 

「────!!」

 

 打ち出される。剣の振りと同時に、まるで世界を食む蛇のようにのたうち回る。大振りな一撃は攻撃範囲こそ広いが、回避は容易い。

 空を自在に駆る戦乙女たちであれば、焔に焼かれることはないものの……かの炎は戦乙女たちだけを狙ったものではなかった。

 

「くっ……!」

 

「ああ、もう! 好き勝手やっちゃって!!」

 

 炎が焼くのは北欧世界そのもの。

 教義にそぐわない教えを廃棄するように炎が、大気を、寒冷を、世界を()いていく。

 せめぎ合う様に宙に奔る紫電は、この世界を構築する魔力(エーテル)の抵抗だ。

 

 炎に拮抗し、失われるたびに補填される結界魔力は、炎によって付けられた傷をすぐさま修復するが、そのたびに世界の色が薄れていく。

 

 聖杯の後押しがあるならばいざ知らず、神話再演(ユグドラシル)は未だ完全ではない。霊脈から吸い上げた膨大な魔力の貯蓄と、予備魔力源として神樹に収納された亜種聖杯。

 この二つがあって、戦争の勝者ならざるまま神話の具現を可能としているに過ぎない。

 

 演目は無限にならず、展開には期限が存在している。

 そして天使の剣は、その時間を容赦なく削っていく。

 

「……スルーズ。このままではマスターの帰還を待たずに、世界が持ちません。あの炎……アレが繰り出されるたびに結界の魔力が大幅にすり減ってます。今はまだ余裕があるようですが……」

 

「ずっとは続かない、よね。それにこっちの余力だってアイツの出力の上限がこの規模止まりならっていう仮定の上だしね。もしも私たちの想定しているよりも出力を上げられるのだとすれば……」

 

「一息でこの世界を焼き払うことが可能でも不思議はありませんね」

 

 互いの思考を共有(リンク)しながら戦乙女が集合する。

 彼女たちの眼前には六枚の羽根を堂々広げる天使の姿。

 大神によって創られた戦闘機である戦乙女以上に無機物的な戦闘機械が無言のままに飛んでいる。

 

「とはいえ──」

 

 言うと同時にスルーズが駆けた。

 白鳥の羽毛のような魔力残滓と言葉を残して直線に駆ける。

 スルーズの速度は数字に換算して時速約5000km。

 既存の戦闘機を優に上回る超高速の突撃は、視界に捉えきれるものではない。

 

 されど天使はそれに反応する。掲げられる銀の聖剣。

 聖別された異端を害する剣は接近するスルーズに対して一切のズレなく完璧なタイミングで振り下ろされた。

 だが、そこに術理は無い。戦乙女たち以上に戦闘機械として特化している天使であるが、動きのそれ自体は極めて単調だ。

 有する性能(スペック)こそ恐るべきものだが、それ以外……技量などにおいては大した脅威には成り得ない。

 

 それは、こちらの接近を読んだ天使の返しの太刀とて同じこと。

 剣が振り下ろされると同時に、スルーズは素早く切り払うようにして槍を振った。

 両者の影が交錯し、剣と槍の衝突に火花が散る。

 

 スルーズはそのまま速力を落とすことなく天使の後方へと直線に駆け抜け、剣を弾かれた天使は、後方へと流れた敵影へと視線を向ける。

 

 直後──天使の身体を光の槍が直撃した。

 

「────!」

 

 されど天使に損傷はない。

 白い六枚の羽。

 

 当たる寸前、異端を否定する聖なる輝きが、襲い来る槍撃を弾き飛ばしたのだ。異教の原理。教会にそぐわぬ力の一切を天使は受け付けない。

 

「やあああ!!」

 

「そこッ──!」

 

 しかし──既にその特性を戦乙女たちは理解していた。

 光を弾いた天使の眼前、反応する間もなく二人の戦乙女が現れる。

 

 大神の槍(グングニル)誘い(フェイク)

 本命はヒルド、オルトリンデ両名の直接攻撃である。

 

 クロスを描くようにして、侵犯者を断ち切る二つの双撃が天使に降り注ぐ。

 

「────」

 

 衝突……なれど敵は健在。

 渾身の二打は確かに天使を打ち付けたが、その鎧に傷は無く、二打の衝撃にも天使は小揺るぎもしなかった。

 

「──やはり、こちらの攻撃を受け付けませんか」

 

 戦乙女の連携を天使は防御力ただ一つで無力化する。

 幾度も繰り返されるこの光景。

 置いて来た言葉の続きを嘆息交じりにスルーズは呟いた。

 

「ッ~~~堅ったぁ! やっぱり全然効いてないよ!」

 

「……何処に打ち込んでも鎧に傷一つ付けられないなんて。あの羽と同じく直接攻撃自体も何らかの特性で無効化している?」

 

 距離を取りながらヒルドは愚痴る様に、オルトリンデは困惑するように敵の異質さに考え込む。

 開戦より既に天使の五体に余さず攻撃を加えた戦乙女たちだが、天使の異常な防御性能を前に手詰まりとなっていた。

 

 あの不可解な羽ばたき。

 こちらの魔術を、魔力を、宝具を悉く無力化していくあの羽毛。

 アレが天使を無敵たらしめているのだ。

 

「どうする? あの厄介な羽を何とかしないことには攻撃は通らなさそうだよ」

 

「……対魔力のようなスキルや普通の宝具とは何か根本的に違います。恐らくは概念(ルール)による特殊防御。マスターは何か察するものがあったようですけれど」

 

 思考を同期させながらヒルドとオルトリンデはスルーズに問う。

 主が舞い戻るまでの時間稼ぎ。それが自らの役目とはいえ、こうもこちらの干渉を全て弾かれてしまっては足止めも出来ない。

 せいぜいがこうして天使に突っかかることで敵の注意を引く程度だ。

 

「──……改教ですか」

 

 戦乙女は戦闘機械だ。

 彼女たちは戦いや勇士の御霊を掬うことは出来ても、『知恵』を振るう事には適していない。戦に纏わる戦術を駆使するならばともかく、こういった敵の特性を分析し、解析し、対応する機能はない。

 

 智慧のルーンを使えば或いは閃くものもあるやもしれないが……。

 

「致し方ありません。マスターにあまり負担を掛けたくはありませんが、『泉』に接続します」

 

 悠長に構えている暇はない。

 優先すべきは頼まれた任務である。

 決断は早く、スルーズは知恵を借りる事を選んだ。

 

「分かった」

 

「了解」

 

 スルーズの選択に同期する両機も頷く。

 戦乙女に供給される魔力の繋がり。

 マスターとサーヴァントという聖杯戦争における形式とは全く異なる回線を通じて、『泉』へと接続を開始する。

 

「「「臨時接続(アクセス)──輝ける神々よ、我らに導きの箴言を」」」

 

 詠唱ならざる言霊を呟き、回線(パス)を通じて接触(アプローチ)を開始する。

 それは同位体との共有(リンク)とは違う。

 此度の特殊な状態だからこそできる外部装置への接続要求であった。

 

 

 外部より九つ廻る千年神樹(ナインヘイムユグドミレニア)への接続(アクセス)を確認。

 霊器(アカウント)確認──認証、臨時接続を許諾。

 

 

 戦場から遥か離れたミレニア城塞。

 工房に安置されている魔術が無機質な文字を紡ぐ。

 アルドルの悲願を為す計画基盤にして、北欧世界を再現する規格外の魔術工房は戦乙女より求められた機能を淡々と起動する。

 

 

 魔術式“智慧の泉(アウルゲルミル)”──起動。

 

 子機より親機への敵性存在の情報の要求を確認。

 群霊黄金宮(データベース)再生、仮想自立思考を定義。

 異名存在(ケニング・アバター)との戦術同期を開始。

 

 

 『工房』に存在する北欧の伝説を再演するために必要なありとあらゆる術式が収められた情報集積体(データベース)と九つの視座より現状況に最も適した視座の一つが浮上する。

 

 

 異名存在(ケニング・アバター)──パッシオ・ホリゾンガー。

 敵性存在の解析、及び戦術分析を開始します。

 

 

 体に損傷を負おうとも、人格(記憶)は元より工房に収められたるもの。

 戦乙女に『知恵』を授けるべく、賢者の記録が再生される。

 そして──。

 

 

『神格装填、(わたし)は神の名を語る──我が()ミーミル(・・・・)

 

 

 その言葉が戦乙女の脳裏に響いたと同時、全ての工程は完了していた。

 

「……申し訳ございません。マスター(・・・・)、知恵をお借りします」

 

『ははは、何の。工房を完全起動させたとはいえ、魔術刻印の回路を完全に開いたわけではないからね。大した負担は掛かっていないさ』

 

 律儀に謝罪の言葉を口にするスルーズに、老人の声が笑いかける。

 その声、その雰囲気は数刻前まで聖女に同行していた老人のモノだ。

 アルドルが持つ九つの視座……聖女の監視役と誘導を兼ねていた異名存在は、舞台を降りて気が抜けた役者の様な気軽さで戦乙女に話しかける。

 

『それに、ちょうど何処かの魔術師君のせいで暇を持て余していたのでね。予定通りだったとはいえ本当に手加減なしにガンドを撃ってくるとは。身体に意味はないと言っても、一応痛覚は生きているのだけれどね』

 

「それは……あの……」

 

『おっと下らぬ愚痴で困らせてしまったかな? 老人の戯言と聞き流してくれたまえよ──さて、時間も多くないし気を取り直して講義といこう。抑止力の介入こそ予期していたとはいえ、随分と面倒な存在を引き当ててしまったようだしね』

 

 戦乙女の視界を通して、パッシオは天使へと目を向ける。

 囲う様に一定の距離を取る戦乙女たちへ天使は、無機質な視線を返している。

 

『天使──取り合えず仮称として呼んでいるアレは、結論から言ってしまえばジャンヌ君……聖女の持つ概念武装、特殊な形態の宝具だと考えられる』

 

「概念武装……成程、そういうことですか」

 

 概念武装──それは物理的な破壊力ではなく、意味・概念への干渉を起こす武装のことである。

 積み上げた歴史や語り継がれる伝承を元に能力を発揮するそれらは物理的な破壊力という面においては魔力(エネルギー)に依存して術を発動する魔術や宝具に劣るものの、ある一定の対象、特定の条件下においては宝具以上の代物として効果を発揮するという。

 

 例えば対吸血鬼を主目的に教会が揮う『黒鍵』。

 或いは英国童話(ナーサリーライム)に伝承される『ヴォーパルの剣』。

 

『まるでこちらの術理を否定するかの如き羽ばたき──手元の情報で組み上げられる推測だが天使(アレ)は、一つの歴史の再現。教会が、布教の過程で世界中のあらゆる神話体系に干渉し、その在り方を改変させた改教の概念の具現──言うなれば編纂聖典とでもいうべき代物なのだろう』

 

「編纂聖典──」

 

 不意に天使が駆動する。

 様子を伺うこちらに痺れを切らしたのか、それとも戦乙女たちの気が異なる場所に向けられていることを察したのか。銀の聖剣を構えながら突進するように迫る。

 ターゲットは天使より正面に構えるスルーズ。

 

 だが、思考を別に割いているとはいえ、元より彼女たちは戦闘機体。機体に刻まれた戦の勘が思考するよりも早く天使の一斬を避ける。

 虚空を掠める天使。攻撃を躱しながらスルーズは、その背後を取った。

 

「どうやら小回りは私たちの方が上のようですね」

 

「────」

 

 言葉に返答することなく、天使が振り向きながら背後のスルーズに斬りかかる。

 速度、威力、反応速度。いずれも素晴らしい。

 

「しかし──甘い」

 

 性能に対して行動が読みやすい。

 振り向きざまの剣をスルーズは槍で受け止める。

 

 天使は攻撃が止められたと判断した瞬間、スルーズの握る光の槍ごと、その霊基を粉砕せんと炎を銀剣に纏わせようとするが、それよりも早く、スルーズは行動していた。

 

「フッ──!」

 

「────!」

 

 蹴り抜く。

 天使の身体を足場としてスルーズはひらりと、舞うようにして天使の間合いから離脱した。

 離れ行く敵性存在を視認しながら、すぐさま逃がすまいと天使は追撃を構える。

 

 直後、構える天使の銀剣を視覚外から飛んできた槍が弾いた。

 

「余所見は厳禁、だよ! オルトリンデ!」

 

 効果はない。銀剣が纏うは異端を否定する破邪の焔。

 衝突すら発生させずに光の槍はたちまち炎に焼かれて消え去るが。

 

「知覚機能、押さえます」

 

 さらに追撃するように天使の周囲でルーン魔術が発動する。

 発動するは視覚と魔力探査を封じる濃霧。

 直接的な魔術干渉は無効化されることを予期して、間接的に天使の行動を押さえに掛かる。

 

「────」

 

 霧は、一瞬で晴れた。

 六枚羽の羽ばたき、ただそれだけで天使を惑わせる濃霧は初めから無かったかのように消え去った。

 

「やっぱりダメか!」

 

「本当に、厄介です」

 

 無傷の天使を視認してヒルドは嘆息し、オルトリンデは歯噛みするように呟く。

 一方の天使は攻撃こそ無力化したものの視覚外からの襲撃に、再びターゲットを変更したらしく、スルーズから視線を外して、今度は二機の戦乙女目掛けて襲い掛かった。

 

『ふむ……性能に対して、あの単調な動き。聖女にちなんでミカエルとアルドル君は呼んでいたが、君たちの言う様にあまり戦闘に特化しているようには見えないね』

 

「はい、その都度に知覚したモノ、或いは対象の脅威如何によって対象を切り替えているようです。対応を固定しない様を見るに、複雑な戦闘技能を与えられていないのかと」

 

『仮にアレが推測通り、かの守護天使だというならそれはおかしな話だね。ミカエルの性質を考えるに寧ろ戦闘特化型でも不思議ではないだろうに』

 

 戦い慣れしていないのは三対一とは言え、ある程度戦乙女たちが対応できていると察せられる。

 

 あの天使は確かに性能では大きく戦乙女を上回っている。

 加えて、こちらの能力を無効化する機能が備わっているのだ。

 普通に戦えばこちらは足止めすらできずに敗れるのが道理だろう。

 

 しかし現実は、天使は自らの散漫ぶりで戦乙女たちに抑え込まれている。

 

『魔力の揺らがぬ空間転移……視界に突如として顕れる現象……天使の託宣……聖女と分断されてからのあの散漫ぶり、もしや今の状態だと本当に知覚(みえ)ていないのか?』

 

「……マスター?」

 

『おっと失礼。あの二人が気を逸らしている間に講義を再開しよう』

 

 呼びかけられて、再びパッシオは言葉を再開する。

 編纂聖典──天使のカタチを取る概念武装の正体を。

 

『先に話した通り、アレは改教……教会が布教に当たって、現地の信仰を取り入れるためにその土地の神や偉人を聖典に取り込み、信仰の形を変えさせたという歴史(かてい)の具現。異教神話の編纂を概念(カタチ)としたものだろう』

 

「神話の書き換え、伝承の改ざんを為す機能……では、こちらの魔力を否定するようなあの能力の無効化は」

 

『無効化というより、無力化というべき代物だろうね。推測通りアレが編纂聖典とでも言うべき代物ならば、こちらの魔力(教え)を触れた先から向こうの都合の良いものに書き換えているのだろう。そして意味を消された魔力は宙に霧散し、効果を失う』

 

「それが、あの光の正体……」

 

『名称はどうあれ、アレが聖典だとするなら説明は通る。差し詰め能力は教会に迎合しない一切の教えを否定する機能。そしてあの天使は聖典を形どる精霊、とでもいった所かな』

 

「精霊? あの天使が、ですか?」

 

『転生批判の第七聖典……っと、こちらはいいか。まあ、アレが教会の特性を多分に受けた存在であること、そして教会の持つ概念武装の特性を鑑みるに、そう考えた方が道理が通るというだけの話さ。この場において重要なのは、アレは特性上、教義にない干渉を一切払いのけるということだろう』

 

 そこが一番重要なのだと、パッシオは強く言う。

 

 ──教義にない干渉を一切払いのける。

 その意味は今更考えるまでもない。こちらの能力の基盤が北欧神話(他の神話体系)に存在する限り、魔術だろうが、宝具だろうが、天使はその全てを無力化する。

 

 理解して、スルーズは静かに告げた。

 

「つまり──あの天使を討伐することは出来ないと、そういう事ですね」

 

『その通り。実に抑止力らしい容赦の無さだね。アルドルくんがやったように教義に組み込まれた干渉ならばともかく、こちらの北欧由来(メインアプローチ)の全てが無力化される以上、それは覆しようのない現実だ』

 

 困ったように結論を口にするパッシオ。

 間違いなく絶望的な内容のはずだが、告げるパッシオにも、結論を耳にしたスルーズにも、絶望の色はない。当たり前の現実を、当たり前のように受け止めていた。

 

「情報共有──完了。箴言、感謝いたします」

 

 攻略不能であるという結論のみにも拘わらず、スルーズは満足したように礼を取った。

 これで戦えると、これ以上の助力を頼むことなく当然の様に。

 

 その違和感のある対応を気にも止めず、パッシオは頷いた。

 そして彼もまた不可解なほど後ろ向きな結論を口にしながら応答する。

 

『うむ。悪いが引き続き、足止めは頼んだよ。アルドル(わたし)君はもう少しばかり試したいことがあるのでね。反応の確認が終わったならば、こちらも終幕(フィナーレ)に移る。何、ようやく敵の全容も見えてきたからね。後はこちらの負け方次第だよ(・・・・・・・)

 

 回線が切れる。

 

 ──ふと、スルーズは眼下を見下ろす。

 そこには猛吹雪に覆われた球体(ドーム)型の結界が見える。

 あらゆる生命を受け付けない氷獄の奈落からは、絶えず轟音と、幾重もの魔術の輝きが見える。

 

 “──……もう少し掛かりますか”

 

 もうじき設定された期限が近いが、主の検証はもう暫しの時間を有するようだ。

 それまではこの天使の足止めを続ける必要がある。

 

 敵はこちらの術理(ルール)を一切無効化する天使。

 倒すことは出来ず、かと言って受けに徹しているだけでは、あの炎が結界を焼き切ってしまう。

 自らの思考回路の発する熱を逃がすように、スルーズは薄く息を吐く。

 

 “仮に当機(わたし)たちが破壊されたとしても、結界は死守しなければいけません。祭壇を破壊されてしまえば、予定が台無しになる。この基盤を抜きに人理の使者を跳ね返すことは出来ない”

 

 重要なのは敵戦力を正確に把握したうえで、この世界を維持する事。

 その後に至っては……最悪、マスターさえ無事であるのならばどうにでもなる。

 

「であれば……」

 

 組み上げる。必須事項、不要項目。

 戦乙女は保身の概念を無視して、目的達成に必要な戦術(アプローチ)を演算する。

 

 彼女たちは戦乙女。

 その存在意義は自らが生き残ることなどではなく。

 

「──戦術、同期。……北欧が末の願い、勇士の祈りを我らが羽で導きましょう。在りし日の大神よ、我らに勝利の加護を」

 

 静かに祈りを口ずさみ、戦乙女が飛翔を開始した。

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