千年樹に栄光を   作:アグナ

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分岐点

 冠位調停者(グランドルーラー)・ジャンヌダルクの第一宝具。

 其の名を『敬虔なる乙女の証明(ベアティテュード・オラクル)』という。

 そして、それこそがアルドル(パッシオ)が編纂聖典と呼んだ天使の正体であり、冠位を戴くにあたってジャンヌ・ダルクが抑止力()より授かった神託である。

 

 その特性は理の遵守。人理を絶対的な正しさの基準点として、人理基盤を損なう全てを間違いと正す異端廃絶の教典。あり得ざる外典を語る脚本家を舞台から引きずり下ろすための神聖である。

 

 既に考察されたように、この宝具は魔術師の使う神秘は勿論のこと、幻想種や精霊種、果ては神霊にまで絶対的な猛威を振るう。

 

 人の世(教え)に在らざるもの、是一切異端なり──天使より乙女に授けられた神託は、全ての神秘を拒む。故にたとえ英霊の宝具であろうとも、天使に傷一つ付けることは叶わないのだ。

 例外があるとすれば、それは教えに沿うモノ。教典と起源を同じくする信仰より出でた聖遺物のみ。

 正しき信仰の下に認められた聖人君子でなければ、天使の教えを弾劾することは出来ないのである。

 

 よって『天使』の機械的な思考は眼前の戦乙女を脅威として認識していなかった。

 

『────』

 

 『天使』の思考は自動人形のそれだ。元より秩序(ルール)を視覚化したとも言うべき教典に自我というものは無い。とある少女を生贄に捧げて作り上げた教会秘蔵の第七聖典とは異なり、たった一人を仕留める為だけに抑止力から分け与えられた宝具というのが『天使』の起源だ。

 この『天使』という形すら、ジャンヌ・ダルクという英霊に合わせられたものであり、名前も、姿形も、特段意味を成していない。

 

 『天使』の存在意義はたった一つ。

 即ち、物語に紛れ込んだ異聞の廃絶。ただ其れのみである。

 

 故に天使は無機質な演算を繰り返していた。

 如何にして、この世界(エラー)を廃するべきかを。

 

『────』

 

 ──最優先すべき標的(ターゲット)は決まっている。

 他ならぬ異聞の中心。

 忌むべき異端詩人の存在そのものである。

 

 この創られた世界(ドラウプニル)を焼き払うことだけなら簡単だ。

 天使と聖女に与えられている第二宝具『汝ら教えに従うべし(クロワザード・デ・アルビジョワ)』を最大出力で振りかざせばいい。

 

 場に満ちたエーテルごと、全ての変化・変更を焼き尽くす最強の神秘殺しはたとえ神話由来の創界であろうとも問答無用に焼き尽くすことができる。カテゴライズとして粛清宝具に類するこれに破れない守りなど、それこそ古代エジプト太陽王や聖なる教えとは異なる救世主の言葉ぐらいだ。

 

 旧秩序が滅ぶことを良しとし、人の世界を肯定した黄昏の後継者ではこの炎を超える術は存在していない。『天使』はその様に判断していた。

 単に土台を破るだけなら焼き払うだけで十分なのだ。

 

 しかしそうと分かっていながら、それをしないのは不確定要素が存在しているからである。それは他ならぬ仇敵そのもの。

 こと此処に至って尚、力の全容が見えない魔術師の脅威を『天使』は警戒していた。

 

『────』

 

 回線を妨害されているため、都度に合わせて敵戦力の情報を更新する抑止力の特権を今は使うことは出来ない。が、再召喚に当たって仇敵に纏わる交戦履歴を『天使』と聖女は取得している。

 

 かつて──抑止力は一度、あの魔術師に後れを取っている。

 原因は幾らか存在しているが、最大の理由としてはあの土壇場で抑止力が遣うことが出来たのが、ある使徒のサーヴァントであるのに対して、あちらが神霊を持ち出してきたことが原因だった。

 

 如何に抑止力の支援があるとはいえ、英霊(サーヴァント)の器と神霊とではそもそもの存在規模(スケール)が違い過ぎた。

 その差こそ敗因であったと抑止力は判断している。

 故に再び見えたこの事態に、抑止力は前回の情報をもとに神霊をも食い破る存在規模(スケール)を聖女に与えた上で、より対象の排除に特化した能力を付与している。

 

 天使にしろ、聖女にしろ、今の彼らはアルドル・プレストーン・ユグドミレニアという魔術師を殺すことに特化した使徒である。彼が彼である限り、どう足掻いても勝機は存在しない。

 にも拘わらず、運命を確定させるだけの確信がなかった。

 

 抑止力との繋がりを絶たれているから? ──否。

 未だ敵が諦めず抵抗を続けているから? ──否。

 

 アルドルは未だに全力を出していない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。過去の記録から読み解ける単純なその事実こそ、『天使』をして撃滅を確信できない理由である。

 

 過去の記録を参考にするならば彼の最大出力は主神級。それも、かの大神に引けを取らない極大規模の霊格だ。どのような原理で人の身にそれだけの力を宿せるのか。その原理は不明であるものの、少なくとも、この聖杯戦争において全ての英霊を相手取れるだけの存在がアルドルの背後にいる。

 

 抑止力は──正義の味方はそれに敗走したのだ。

 

 だが今のアルドルは所詮、神代魔術を繰るだけの魔術師。霊格こそ人間にしては規模が大きいものの、恐らくそれは彼の背後にいるモノに関係する事象だろう。

 戦況が此処に至るまで、彼は魔術師として戦っている。

 

 そして『天使』には、その意図が読み切れない。

 何か思惑があるのか、狙いがあるのか、隠している手札があるのか……。

 

 勝利の方程式に乗せられていない数字が、アルドルには隠されていると『天使』は判断していた。

 そして、それが分からない。

 本来であれば、それすら見切る抑止力との繋がりを妨害されている故に必要な情報を観測できずにいるのだ。

 

『────』

 

 だから使徒は未だに全力を出すことができない。後先を考えない出力が齎す結果を測り損ねているからこそ、慎重に事を進めているのだ。

 

 そして──そんな敵の思考を戦乙女は読めない。

 主をして未知なる相手の意図を完全に読み取ることは出来ない。

 だが、それでも、敵が全力を出したくない(・・・・・・)という機微を彼女らの戦術眼は確かに見抜いていた。

 

 これが単に戦乙女が脅威にならないから出力を絞っている、という前向きな余裕であるならば付け入る隙は無いだろう。

 だが、備えているからこそ余裕を残したいという判断であるならば話は別だ。

 

「ではヒルド、手筈通りに。さあ、我らが勇士に勝利を」

 

「まっかせて!」

 

「了解……行きます!」

 

 たとえ相手が戦乙女の神格すら上回る抑止の化身なのだとしても。

 自らの持つ力の上限を抑え込むというのであれば、今の『天使』と彼女らは対等だ。

 

「……権能の差を抜きに戦闘機体(我々)と戦うこと。その無謀を知りなさい」

 

 意図はどうあれ、戦乙女(ワルキューレ)を前に手を抜く『天使』目掛けてスルーズが駆ける。

 魔術無効・宝具無効──相性はおよそ最悪。

 だが、しかし……。

 

「《(エゼル)》、《(ダエグ)》、《(イング)》……」

 

 無謀を押し通し、蛮勇で以て奇跡を貫く。

 そんな勇者を導く戦乙女が、この程度で怯むことなどあり得ない。

 能力を上乗せするルーンの加護。

 空に光跡を刻みながら『天使』へと突進した。

 

『────』

 

 その無謀に『天使』は嘲りも称賛もしない。

 そのような機能を『天使』は持たない。

 ただ淡々と、向かってくる脅威に対応する。

 

「フッ──!」

 

 接触直前──十メートル。

 スルーズの指が虚空に文字を描く。

 同時に発動する原初のルーン。

 ただ描くだけで発動する意味のある文字が『天使』に向かって炸裂する。

 

『────』

 

 攻撃か? 牽制か? 何れにしても全てが無意味だ。

 『天使』の羽が力を帯びる。

 天使という存在の何よりの象徴(イコン)

 聖なる存在であることを指し示す力の起点が異端の魔術を跳ねのける。

 

 だが、魔術は無力化される以前に現象を引き起こしていた。

 不意に、視界が白に閉ざされる。

 

 視覚からの情報を閉ざされたことに『天使』は一瞬も動揺しない。

 不意打ちだったものの、行われたこと自体は魔術による視覚阻害であることが明白だからである。恐らくは『天使』の持つ対神秘が届く先に効果を発揮したのだろう。

 直接的な干渉ではなく、『天使』周辺環境に対する干渉。

 

 であれば『炎』とは異なり、干渉から身を守る聖なる加護をすり抜けることもあるだろう。

 

『────』

 

 とはいえ、やはり無意味だ。

 どのような攻撃手段に頼るにせよ、神秘由来ならたとえ宝具であろうとも天使の羽が、あらゆる神秘を振り払い、物理的な干渉であっても銀の鎧があらゆる衝撃を受け止める。

 特別な力を持たずとも、元より抑止力の使徒。そのステータスは神霊たるワルキューレを素で上回っている。直線的な攻撃も、搦手を用いた策略も、『天使』には等しく無意味。

 

 特異点(アルドル)ならば、いざ知らず、彼の使徒程度では勝負になるわけがない。

 確信は果たして、現実となる。

 

 自身へと投擲された槍を『天使』は容易く弾いた。

 

 視覚外からの真名解放された宝具(グングニル)の発動。

 『天使』の防御をすり抜けるための作戦だったのだろうが、身体ごと羽で覆えば、何処から来るかは関係ない。人型存在の致命部位は得てして、胸か心臓。

 狙いがはっきりしているならば、そこに盾を構えて待ち構えることは容易極まる。

 

 ──やはり戦乙女はその気になれば、いつでも下せる程度の脅威だ。

 

 そう結論付けて『天使』は視覚封じの煙ごと、戦乙女を断ち切らんと剣に焔を纏わせる。

 刹那、煙に覆われたはずの視覚に金色の髪が靡いた。

 

『────』

 

 戦乙女(ワルキューレ)・スルーズ。

 大した脅威にならぬと結論した敵は、気づけば息がかかる程の近距離までに接近していた。

 だが、やはり無意味だろう。

 

 剣の間合いを踏み越えられたのは想定外だが、彼女は槍を既に投擲(手放)している。

 得物あって尚、『天使』の鎧を貫くことが出来ぬ相手だ。

 先に打たせて、反撃で獲る。

 対応はそれで十分だと『天使』は下した。

 

 次瞬、その対応が悪手であるとスルーズは咎めた。

 

「やあああぁぁぁぁぁ──!」

 

 両手をさながら大顎を広げた狼の様に合わせ、『天使』の胸に渾身の掌底を叩きつける。

 

 とはいえ、スルーズの能力値では単なる衝撃、物理的な干渉は全て銀の鎧に阻まれる。

 下手な宝具に匹敵する防御性能を備える鎧を単なる力で貫くには恐るべきことに、かの大英雄ヘラクレスほどの力が必要となるのだ。

 渾身の一撃であっても、スルーズの力ではこの防御は突破できない。

 

 ──そう、純粋な力だけでは。

 

『────!』

 

 衝撃に『天使』が揺らぐ。

 その予想外の結果に初めて『天使』は困惑した。

 演算結果に間違いはない。

 『天使』の能力(スペック)は戦乙女を上回っている。

 

 なのに、どうしてこちらが押し負けている──?

 

「やはり、そちらの設計は戦闘に特化しているわけではないようですね。我ら戦乙女、大神オーディンより来たる決戦に備えて創られし戦闘機なれば、魔術に頼らぬ技も当然体得しています。例えば、堅牢な鎧をすり抜けて衝撃のみを相手の身体に伝播させるという風に」

 

 いわゆる鎧通し。徒手空拳を用いた東洋の武芸だが、全知司る大神が創りし戦乙女ならば、戦闘技巧の一つとして似たような技は当然有している。

 戦乙女はただ勇士に侍る手弱女に非ず。

 時に勇者と共に戦場を駆ける強さあってこその戦乙女なのだから。

 

 立て続けにスルーズは二打、三打と叩き込む。

 少女の華奢な見た目からは想像もつかない打撃は、大した損害(ダメージ)こそ与えられないものの、『天使』の体勢を完全に崩した。

 

『────』

 

 スルーズに体勢を崩される最中。

 予想外の出来事に『天使』は無機質な演算を再度行う。

 敵の脅威度を更新──その上で、やはり無意味と判断を下す。

 

 鎧を突破されたことには驚きを覚えたが、それだけだ。

 致命的な損害は受けていないし、めぼしい敵の戦果はこちらの体勢を崩しただけ。

 これだけならば結論は変わらない。

 

 敵に有効打がないならば受けて、返す。

 それだけで話は終わりだ。

 最大の脅威は依然、かの魔術師のみ。

 

 『天使』を討つには戦乙女では役者不足だ。

 

「──貴方(・・)にとって我らは本命の前にある前座程度のようですが……」

 

 不意に、スルーズが言葉を紡ぐ。

 『天使』の無機質な思考に語り掛けているのか、単なる独白か。

 

当機(わたし)たちにとっても、それは同じことです。ルーラーも、抑止力も、全ては是よりマスターが駆け抜ける戦場に無粋な介入を持ち込ませぬためのもの」

 

 大聖杯を手に入れる、一族に栄光を齎す。

 それこそがアルドルの悲願、アルドルの誓い、アルドルの戦いだ。

 『天使』もルーラーすらも、彼にとって前座に他ならない。

 

 故に──。

 

「失せなさい。戦の作法も知らぬ無粋の輩。我らが意義にかけて、その存在を剪定します」

 

 勇者の戦場に踏み入る使徒に、半神の女神が冷淡に告げる。

 時には女神として戦場の運命を差配する乙女。彼女らの役割は勇者の魂を掬いとること。

 なればこそ──勇無き者を選別するのだ。

 

 スルーズが天使の背後に回り込み、組み付く。

 掴み取ったのは『天使』の持つ純白の羽。

 その一翼を力強く掴み取り、決して離すまいと両手に力を籠める。

 

「ッ!、ぐぅ、ぅぅぅ!!」

 

 しかしそれは、動きを抑えるというには自滅行為に過ぎる。

 『天使』の羽は魔術・宝具といった異端なる神秘を骨子とする、ありとあらゆる現象を無効化する。その中には当然、英霊たるサーヴァントの存在までも含まれる。

 

 異端否定における起点とも言える『天使』の羽に直接触れるなど、自ら火の中に飛び込むような無謀である。たとえ霊格を構成するのが神霊級のものであるとはいえ、相手は抑止力の化身。その輝きであらゆる神秘を焼き殺す教えは容易く少女の身体を焼き払うだろう。

 

 両手が焼け焦げる、存在そのものを焼く痛みに苦悶の悲鳴が上がる。

 秒単位で意識が白く削られていく。

 

 その中でもスルーズは決して離さない。

 羽を掴み取り、『天使』の背を足場に踏みしめて……。

 

「今です! オルトリンデ!」

 

 思考と想いを同期する、僚機の名を叫んだ。

 

「……行きます」

 

 応える声は『天使』とスルーズが戦う戦場より遥か上空。

 漆黒の宙と蒼穹の空が交錯する境界線。

 小さな吐息を漏らしながらオルトリンデは一点を見据える。

 

 ……挑むは自壊するに等しい片道旅行。

 今も身を焼くスルーズに倣う愚行に他ならない。

 だけれど……。

 

「……贔屓した勇者を導くことこそ我らの歓び」

 

 ならば何処に恐れる要素があろうか。

 誉高き勇者に道を示せるのであれば本望。

 

 躊躇う理由など存在しない。

 

「対象視認……落とします……!」

 

 目標はスルーズが押さえつける天使。

 ただそれだけを見据えてオルトリンデは降下を開始した。

 

 盾を構え、全速力で空を下る。

 

「ッ…………!」

 

 降下、というには余りにも暴力的な急降下。

 惑星の重力と慣性を味方につけながら尚も自らの羽で加速するオルトリンデは既に速度にして第三宇宙速度に匹敵している。

 景色は一瞬で視覚を通り過ぎ、聴覚は轟々と暴風の音に染められる。

 

 加速、加速、加速……盾を構え、訪れる衝撃に心と体を備えながら、オルトリンデは一切の減衰も躊躇いもなく、『天使』目掛けて急降下突進を喰らわせた。

 

『────ギ!!』

 

「……いっ………ぅぅぅ!!」

 

 反動は予想通り最悪だった。

 盾は粉々に砕け散り、盾を構えていた腕もへし折れた。

 衝撃は全身に激痛を齎し、苦悶の悲鳴が口から洩れる。

 

 だが……反動が最悪であるのならば。

 標的となった『天使』が受けた損害もまた甚大だった。

 

 鮮血が宙を舞う。

 出血は『天使』の羽だ。

 

 余りの衝撃に押された『天使』は地にまで吹き飛ばされたが、その際にスルーズが羽へと組み付いていたため、引き千切られるような形で『天使』は六枚の羽の内一つを失った。

 それ以外の損傷は目立ったものは無い。鎧は依然、無傷であり、衝突による物理的な被害は殆ど無効化したと言える。

 

 故にこそ──たった一点、羽を毟り取られたという結果のみが重要だった。

 

『ギ、ギギ────ギ!』

 

 今まで戦乙女を相手に余裕に構えていた『天使』がまるで空を飛ぶ術を忘れた蝶のように、地面にのたうち回っていた。

 物言わぬはずの機械が痛みに苦しむ生き物のように金属が擦れるような悲鳴を上げる。

 

「うん、考えた通り。やっぱり、その羽は最大の防御であり、最大の弱点でもあったんだね」

 

 確信するように頷く少女の声。

 視線をやれば、そこに居たのは戦乙女・ヒルド。

 何処か消耗したように呼吸を乱しながら地に落ちた天使に言葉を投げる。

 

天使(アナタ)天使(アナタ)の形である限り、破られぬ存在だというのであれば、私たちが為すべきはその在り方を崩すだけでいい……!」

 

 ──天使とは天上の者たちの言葉を人間へと伝える伝令者。

 羽の生えた人型の神託である。

 

 たとえこの『天使』の名前にも形にも意味はないのだとしても。

 「ジャンヌ・ダルクに神託を授けし存在」。

 その因果を利用して顕現することを許された外付けの存在なれば、伝承に矛盾が生じてはならない。

 

 故に──。

 

「此処は既に古く懐かしき私たちの黄昏(ソラ)。異教の翼が舞うこと許されぬ聖域と知りなさい!」

 

 『天使』の周囲に魔法陣が生じる。

 そこから金色の紐のようなナニカが絡みつき残る五枚羽を縛り上げた。

 ……しかし『天使』の機械的な思考に動揺も焦燥も発生しない。

 

 こちらの数少ない弱点を見抜かれ、突かれた。

 それは認めよう。

 だが、その程度では多少脅威度が上方修正されるのみ。

 

 何故ならば羽を一枚失ったとはいえ、カタチは未だに顕在。旧き秩序を否定する純白の輝きはこの程度の拘束、簡単に振りほどいてみせる。

 

 そう、『天使』は確信していた。

 

『────ギッ!!』

 

 ──解けない。

 権能を発揮し、ずば抜けた筋力値(ステータス)を力任せに振り回しているのに。

 金色の紐は微動だにせず、解ける気配を全く見せない。

 

 予想外の出来事に『天使』はその原因を探る。

 こと此処に至って、『天使』の計算は戦乙女たちに出し抜かれる。

 

「──言ったはずです。此処(・・)は既に私たち(・・・)の世界だと」

 

 声は、ヒルドのモノではなかった。

 

暴食の金糸(グレイプニル)。『猫の足跡』『魚の息』『鳥の唾液』『熊の健』『女の髭』『岩の根』より創られし神々の知恵。《力》を封印する北欧の秘伝だよー」

 

「かの貪狼すら動きを止める絶対拘束の法律です。外界では失伝しているようですが、此処には生き残りの皆さんがいますから」

 

「そして、キミにその宝具は解けない。僕らの領域外ならいざ知らず、僕らの世界の中で僕らの法律を否定することはキミにも叶わない」

 

 交戦中の戦乙女(ワルキューレ)とは別個体の戦乙女(ワルキューレ)

 彼女たちがヒルドの言葉を繋いでいた。

 いいや、彼女たちだけではない。

 

 見渡せば二十機以上の機体が『天使』を取り囲んでいた。

 混乱する『天使』を見下ろしながらスルーズは言う。

 

「……そちらが人理の秩序を使うならば、こちらは我々の秩序を使うのみ。此処が……我らの世界ならば……宝具による限定的な現界を経ず、とも、我ら、戦乙女は語らうことができる……無論、魔力消費は尋常ならざるものになりますが……貴方をこの地に縫い留める。──それこそが、私たちの、マスターからの命令です、ので……」

 

 スルーズ、ヒルド、オルトリンデ。

 彼女たちの肉体が霞み始める。

 傷は負えど致命傷は無く、固有結界(ドラウプニル)は続いている。

 だが、他の機体と異なり、仮初にもサーヴァントの規格を纏って三機は顕現している。なればこそ身の丈に合わぬ魔力行使を行えばたちまち仮初の霊器は魔力切れで形を失い、『工房』へと強制返還されることとなる。

 

 戦乙女として、共に勇士(マスター)と戦う。

 それは不可能となってしまう。

 

「もとより、マスターにとって、これは寄り道、泡沫の逢瀬。……結末が見れないことは、少しだけ残念ですけれど」

 

 勇気ある者に栄光を。勇者の魂を送るのが、戦乙女(ワルキューレ)の使命ならば。

 

「我らがマスターに勝利を!」

 

「我らがマスターに栄光を!」

 

「そして、我らがマスターに祝福を……!」

 

「「「「「最終攻撃(フュルギア)天槍光輪(ワルキューレ)!!!」」」」」

 

 『天使』を囲う戦乙女たちが輝きを放つ。

 膨大な魔力の放出。それらは光の輪となり、膨大な魔力光帯となる。

 それはまるで大神の槍。

 光は容赦なく『天使』の身体へと降り注ぎ、悉くを殲滅する。

 

 ……敵性脅威度、更新、更新、更新。

 ……対象存在を……目的執行への障害とににに認定……。

 ……ははははいじょ、はいじょ、はいじょ……

 ……かみはいだいなり、かみはいだいなり

 ……、てき、はいじょ、てき、はいじょ、て────。

 

『────────────』

 

 光が消失する。

 そこには既に誰も何もない。

 

 神々の黄昏に顕現した使徒たちは確かに己が役目を全うした。

 よって──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────再起動(リブート)

 

『────』

 

 無傷の聖女(ルーラー)再顕現(・・・)を果たした『天使』は、硝煙を上げる銃を構えたまま立ち尽くすアルドルに相対する。

 

「つくづく、反則だな」

 

 心の底からの感想だと言わんばかりに、アルドルの言葉は重かった。

 『天使』──それが歴史においてジャンヌ・ダルクが聞いたという『神の声』の逸話を元に顕現していることは簡単に看破できる。『神の声』という宝具(チカラ)を分かりやすく象徴化したもの。それが『天使』の正体であると。

 

 だからこそ、『天使』は自らの在り方を保証し、象徴する羽を失えば減衰する。

 その考え、その予測に間違いはなく、弱点を突かれた『天使』は戦乙女に敗走した。

 しかし。

 

「先に私を獲りにきた際、『天使』に顕現の気配はなかった。魔力も介さず、概念も介さず『天使』は気づけば私の前に顕れていた……ふん、『私は確かに神の声を聞いたのです』か。信仰は今も朽ちず、お前は教えを忘れていない。『天使』の本質が『神託』を形にしたものであれば、お前が信じる限り、教えは決して消えはしない、か」

 

「はい、信じる者は(・・・・・)救われる(・・・・)。それが主の愛、主の教えですから」

 

「……ハッ、是非とも何処ぞの神父に聞かせたい言葉だ。……いや、あちらも大概否定はしないか。下総ならばいざ知らず、大望がため、捨てる選択を選んだあの男ならば」

 

 一瞬、皮肉気な笑みを浮かべるが、その表情はすぐに苦虫を潰したようなものになる。

 何を意図した発言かは不明だが、何か思う所があるようだ。

 アルドルはやれやれと嘆息した。

 

「それにしても──『天使』に加えて、対粛清防御(・・・・・)とはな。幾ら抑止力とはいえ、それほどまでの過剰強化(インフレーション)はどうなんだ? 力任せとは、いつもの悪辣な手際の良さは何処へやった?」

 

 『起源弾』──とある魔術師から強奪したその魔弾は、直撃した対象の魔術回路を、魔弾の保有者たる魔術師の『起源』、『切って嗣ぐ』という原理に基づき、ズタズタに切り裂き、繋ぎ直す。

 そうなれば最後、魔術師の末路は破滅だ。

 魔術師にとって神経とも言える魔術回路を切り裂かれたうえで無茶苦茶な接合をされるのだ。体内の魔力は暴走し、魔術師は内から破壊される。

 

 そして、この魔弾は悪辣なことに『起源』だ。前世という概念とは異なる、『根源』より分かたれた事象の始まり。その存在そのものの起こり、原型(アーキタイプ)

 生を転輪しようともその存在に強く刻みつけられたその原理は何よりも強固な秩序だ。

 

 故にその秩序は、英霊の肉体であっても突破する──。

 だが──強力な概念は、より強力な概念によって塗りつぶされる。

 

 聖女ジャンヌ・ダルク──彼女の身を白輝が加護していた。

 それはさながら光の鎧の如くに。

 光の中心には、ひときわ輝く十字架の紋様と『Jhesus Maria』の文字。

 

 アルドルの問いに、裁定者は静かに答えを告げる。

 

「私はかつて主の声を聞き、その悲しみを止めんがために旗を掲げ、故国を戦いました。自らの末路を知った上で、少しでも多くを救いたいがために戦うことを選びました。そして、その覚悟と願いは今も昔も変わりません。私は使命を全うする、それだけです」

 

「……成程、因果の逆転(主人公補正)か。悲劇的な末路を絶対とする代わりに、過程を保証する条件付きの絶対防御」

 

「ええ──貴方を倒す。それこそが人理の代行者としての我が使命、我が運命です。そのために私は我が身に代えても旗を振るい続ける」

 

 第三宝具・『冠位指定・救済聖女(グランドオーダー・アポクリファ)』。

 脚本(ものがたり)が続く限り以上、主人公(聖女)は旗を掲げ続ける。

 たとえ筋書きが書き換えられようとも、運命は此処に。

 

「やはり、どう足掻いても勝てない。お前はそういう現象だということか」

 

 アルドルが銃を下ろす。

 ……魔力は殆ど使い切った、手持ちの聖遺物も出し切った、戦乙女たちは神話へと還った。

 

 魔術師アルドル・プレストーン・ユグドミレニアが有する手段は、此処に全て使い果たした。

 

「認めよう。魔術師(わたし)の負けだよ、ジャンヌ・ダルク。この身ではどうやら貴様に勝てぬようだ」

 

 怒りも悲しみもなく、ただ事実を告げるように。

 アルドルは自らの敗北を認めた。

 

「……────」

 

 だが──聖女は知らず息を飲む。

 敗北の認識。見て取れる満身創痍。

 魔術師は確かに、勝機を失っている。

 

 どう足掻こうと、どう戦おうと、アルドルはルーラーを倒すことは出来ない。

 彼も、彼女も、それを認めている。

 

 しかし──予感がするのだ。

 この、目の前の存在こそ……世界にとって最悪の異物(イレギュラー)

 運命の脚本(アポクリファ)を突き崩す、主人公(怪物)に他ならぬと。

 

 男が一歩、歩み出る。

 ──気づけば、その手には一本のナイフが握られていた。

 

「そうだ、他ならぬ()が憧れた主人公(特別)の一人だ。もう一人のか弱き運命は邂逅を待たずして斃れたが、貴女は違う、強き英雄。たとえ自らの運命に出会わずとも、貴女は貴女を全うする。ああ、姿形は変われども、ルーラーはやはり、ルーラーなのだから」

 

「何を──」

 

 言っているのか、そう呟こうとしてルーラーは気づく。

 踏み出した彼とは対照的に自らの足が一歩引いていたことに。

 

「故にこそ、筋書きを書き換えんとするものとして()()の願いを全うする。出し惜しみなど、やはり選ぶべきではないのだ。憧れを抱き、尊敬する相手だからこそ全力で相対しなければなるまいよ」

 

 要領を得ない言葉の羅列。誰に向けられたわけでもない独白。

 星を見上げて憧れる少年のように、男はソラを仰ぎ。

 

 

真名封鎖(・・・・)疑似宝具展開(・・・・・・)、『神格装填、(わたし)は神の名を名乗(かた)る』」

 

 

 自らの心臓にナイフを振り下ろした。

 瞬間──心臓から極光が生まれ出でた。

 

「ッ────!!!!」

 

 光と衝撃に聖女は思わず、目を庇う。

 同時にルーラーたる自らの特性があり得ぬ情報を叩きつける。

 

 霊器向上、仮想設定クラス・ランサー(・・・・)

 霊器出力、主神級。

 霊器変性、憑依継承(サクスィード・ファンタズム)

 

「まさ、か────ッ!!?」

 

 読み解ける情報に聖女は戦慄する。

 予想はしていた、予見はしていた。

 恐らくはかの魔術師の影に神霊が在ると、抑止の輪は訴えていた。

 予想を肯定するように。

 

 斯くして──次なる千年紀(ミレニアム)を継承する最後の裔が顕現する。

 

「────」

 

 風に吹かれる、黄金の髪。太陽のように輝く、黄金の瞳。

 表情は穏やかな性質を示すように柔らかく、微笑はさながら静かに咲く花のようだ。

 その身に纏うは、眩いほどに純白の布を金の装飾で彩った豪奢な衣装(ドレス)

 

 青年の立ち姿はまるで、物語に出てくる理想の王子様だ。

 驚愕に凍り付く聖女を傍目に、青年が口を開く。

 

性質は引っ張られる(・・・・・・・・・)がこればかりは仕方ないな。さて──寄り道も長くなってしまった。この戦いも、そろそろ終幕(フィナーレ)といこうか、聖女。悪いが、どうあっても此処で貴女には斃れていただく……!」

 

 青年が虚空へと手を伸ばす。

 すると、青年の手に光が収束し、白亜の槍が顕れた。

 騎乗槍(ランス)──武具というより装飾品の類に見える槍だった。

 

 木で出来たそれは槍の表面に複雑に絡み合う蔦の紋様と太陽をイメージしたと思われる天に輝く十字架の意匠が刻まれている。

 外敵を殺傷する武器というより祭儀に使う祭具を思わせる。

 ──槍の銘は『偽名宝具・神殺しの槍(ミスティルテイン・ロンギヌス)』。

 

 とある神を殺した正真正銘、神殺しの槍である。

 もはや、疑うべくもない。

 

「宝具に、その気配。やはり貴方は、いいえ、御身(・・)は……!」

 

「礼は不要。名乗るつもりもないし、どのみち主体は私のままだ。知っているだろう、デミ・サーヴァントという奴だ。それに、やることは依然変わらない」

 

 青年が槍を構え、戦意を漲らせる。

 それに応じるように動揺を押し殺して聖女もまた剣を構えた。

 

「お前はお前の秩序を守るために。私は私の世界のために。どちらも譲れない以上、力で以て貫くしかあるまい。──決着の時だ、征くぞ聖女。我らが栄光(みらい)は奪わせん!」

 

「ッ! 人理にとって貴方は余りにも危険です! 秩序を乱す貴方の大望、世界を壊すに等しい願望です! 断じて認められるものではありません! 秩序を担うものとしてその罪を裁定します!」

 

 光と光が交錯する。

 それぞれが担う願い、想い、運命……。

 

 全てを懸けた最後の決戦が此処に幕を上げた。

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