フォルヴェッジ姉弟が新たな決意を固めていたのと同時刻。
ミレニア城塞の通路にて一人の影が歩いていた。
先ほどまで不躾を承知で壁隔てて主の私室の様子を覗っていた彼、己の気回しなど必要がなかったことに安堵すると同時、家族の絆を目にすることが出来て良い気分だったからだろう。
足取りは軽やかで、顔には柔らかな微笑を浮かべている。
「──やはり家族とは、とても善いものですね。困難を前にしても共に支え合い、励まし合うことで力を合わせて乗り越えて往ける。我々のような者の手を借りずともそうやって人は歩んでいける」
往く道は険しい。
彼らの決断はきっと大変なものになるだろう。
何せ、かの魔術師。ユグドミレニアにとっての最善を指し続ける最強の魔術師に挑むのだ。彼の決断、彼の決意を覆すためには言葉だけではきっと足りない。
だが、それでも、支え合ってともに戦い、挑むというのならば或いは。
「幾千年と年を経ようと善いものは善いもののまま、今の
不意に人影──“黒”のアーチャーは独白から語りかけるように振り返る。
背後には一見して誰も居ない。だが、彼の持つ英霊としての人並み外れた感知能力が彼の背後に何者かの存在を訴えている。
「──ありゃりゃ、バレちゃっていましたか」
気の抜けた、言葉だけであまり残念がっていない声音と共に存在を看破された者が大人しくその姿を顕す。
白いドレスに黒いシルクハット、何処か浮世離れしたような気の抜けた雰囲気が特徴的な女性──“黒”のアサシンが姿を見せる。
「貴女も彼らに気を回して様子を覗っていた、という訳ではなさそうですね。察するところ、アルドル殿の命令で監視をしていた、と」
「あははは……そういうわけでも無いんですけどね。マスターは別に冷血漢というわけではありませんから。彼らがどんな様子か気になっていただけですよ」
「成る程」
頷きつつ、“黒”のアーチャーはその言葉を額面通りには受け取らない。
様子を気にしたというのも一面では真実なのだろうが、それならばわざわざ英霊を遣わせる必要は無いだろう。それも『気配遮断』に特化した自らの英霊である“黒”のアサシンを。
「ふむ、であれば先ほどの会話もアルドル殿に? 少なくとも、彼らの願いはアルドル殿の意に反する話だと思いますが」
「んー、どうでしょう。聞かれれば主を頂くサーヴァントとして答えざるを得ませんからね。でも、個人的にはあの子たちには好感を覚えていますよ。少なくとも応援したい気持ちにはなりますし、聞かれない限りはわざわざ報告するまでもないかと」
「おや、それはまた。良いのですか?」
「さあ? 私はただ彼らの様子を覗うように言われただけですし。その言葉一挙手一投足を伝えろ、とまでは言われていませんので」
「ふふふ、そうですか」
のほほんとした顔でいけしゃあしゃあと詭弁を謳う“黒”のアサシン。
彼女の言葉に“黒”のアーチャーは苦笑を浮かべた。
「それにしても──こうして英霊同士、顔を合わせる機会は初めてですね。フィオレ・フォルヴェッジを主に頂く英霊。“黒”のアーチャー、
「わわ、これはこれはご丁寧に……。本当に今更ですが、アルドル・プレストーン・ユグドミレニアのサーヴァント、“黒”のアサシン、シャルロット・コルデーです。よろしくお願いしますね?」
流れるような所作で礼を取る“黒”のアーチャーに、少しだけ驚いたようにして慌てて同じく礼を取る。
その、何というか隙だらけな対応を眺めながら内心で“黒”のアーチャー──ケイローンは目の前の“黒”のアサシンを観察する。
“シャルロット・コルデー、アルドル殿が召喚したサーヴァント──”
彼女のことは人づてに聞いていたし、時折このミレニア城塞で姿を見る機会もあった。しかしこうして改まって会話するのは初めてのことだろう。
それほどに彼女は、“黒”のアサシンは精力的に暗躍しているようだった。
“戦闘面でアサシンのクラスが活躍できる場面は少ない。ならばこそ、戦場外こそがアサシンという英霊の活躍の場であることを加味すれば頷ける話ですが……”
暗殺、暗躍、諜報、謀略……アサシンの真髄はそういった戦場外での工作行為にあるといえる。そうした意味で彼女もまたアルドルの英霊として、その役目を果たしていたのだろうが、こうして相対してみればその印象も、考えも変わる。
“……とても、そうは見えませんね”
失礼だが、こうして相対して抱いた印象は一つ。
無論、来歴は知っている。
聖杯より与えられた知識が彼女のことを語っている。
シャルロット・コルデー。暗殺の天使、無垢なる殺人者。
かのフランス革命期において、組織的な背景も特別な背景も無いままに、一市民という身分そのままに誰の手も借りずして一人の権力者に刃を突き立てることに成功した暗殺者。
あらゆる過程を単独で成立させ、たった一度の暗殺という行為でその名を後世にまで語り継がれるようになった英霊。
成る程、アサシンというクラスで召喚されるに相応しい功績だろう。暗殺という行為の成功者である点を踏まえ、彼女がアサシンであることに違和感は無い。
だが──シャルロット・コルデーという英霊は言ってしまえばそれだけだ。
武力的な逸話も無く、奇跡のような噂も無く、埒外の異能も語られず。
言ってしまえば一人で暗殺を成功させた実行力を除き、何ら変哲も無い存在だ。
“そして、だからこそ恐ろしくもある。もし彼女に英霊という背景を知らぬままに接触すれば、きっと私であっても気づくまい”
今この時ですら、会話をしていて油断しそうになる。
“黒”のアサシン、あのアルドル・プレストーン・ユグドミレニアの英霊。
その二つの符号があってすら、彼女の印象が変わらない。
その事実が、ギリシャ随一の賢者ケイローンをして恐ろしかった。
暗殺、という行為において敵対者の警戒をすり抜けるスキルは持っていて然るべきだが、彼女はそれを自然体で行っている。
狙ってのことでは無いだろう。
そして狙ってないことだから違和感など発生するわけが無い。
故に──たとえ、ケイローンであっても。
“流石はあのアルドル殿が召喚した英霊ということでしょうね”
“黒”のアサシンに自覚があるかどうかは知らないが、暗殺という行為においてこれほど恐ろしい存在はあるまい。
どんなに警戒をしていてもどんなに油断なく構えていても、思考にまさかという疑念の空白が挟まってしまう。
あまりにも普通の、あまりにも英霊らしからぬ様が、心に隙を発生させる。
暗殺者の英霊としてこれほど怖い存在もそうは居まい。
「? どうかしました? 私の顔をじっと見て。あ、何か付いてます?」
「……いえ、失礼しました。淑女の顔を不躾に見て」
小動物のように小首を傾げながら衣服のポケットから手鏡を取り出して自らを省みる“黒”のアサシンに、ケイローンは首を振って謝罪する。
ともあれ、
過度な警戒も戦力を測る考察も必要ないだろう。
思考を断ち切ってケイローンは会話を再開する。
「何分、こうしてキチンと顔を合わせるのは初めてのことですからね。色々と気になってしまうのですよ。例えば貴女が今までどのような役目にあったのか、とかね。察するにアルドル殿の命令で色々と立ち回っていたのでしょうが」
「そうですねー、と言っても基本的には普通に生活をしていただけですよ。自分で言うのもアレですが、私は他の英霊さんたちと違って全く強くないですし、取り柄もそんなにありません。得意なこともお料理を美味しく食べるぐらいですし」
「それは……何というか可愛らしい特技ですね」
「ふふふ、そうですか? ありがとうございます」
探りを入れたケイローンの問いはマイペースにも受け流される。
これで狙ってやっているなら大した女優だが、彼女の場合、自然体でこうなるのだから恐ろしい。
こういう所も踏まえて才能なのかもしれない。
「……そうですね、せっかくこうして顔を合わせたので一つだけ聞かせて貰えないでしょうか?」
「はい? なんです?」
「貴女から見て、アルドル殿はどう映りますか?」
「……はあ、マスターの印象、ですか?」
「ええ」
彼女を相手に遠回しな会話はあまり意味が無いと判断してケイローンは話題を変えた。
単純に気になったというのもあったが、一番はかの主従の関係性を見抜くための問いだった。
アルドルはケイローンからしてみても規格外だ。
アレほどの魔術師は現代においてもそうはいないだろうし、下手な英霊すら凌ぐその性能は率直に言って怪物的ですらある。
同じユグドミレニアの一族間でもアルドルの名は畏怖の感情が強い者が殆どであった。
だが、“黒”のアサシンからはそういった畏れの感情が感じられない。そも先ほどの言動からして対等か或いは気の置ける仲特有の距離感すら感じられる。
外から見た彼とも同胞から見た彼とも異なる、主従関係における彼の在り方。
それは如何にして映るのか、と。
率直に言うのであれば“黒”のアサシンが主をどのように評するのかが気になったのだ。
果たしてケイローンの質問に“黒”のアサシンは数拍の間をおいて答えた。
「……うーん、そうですねー。強いて言うなら純粋な人、でしょうか?」
「純粋、ですか? その、アルドル殿がですか?」
「はい」
意外な評価にケイローンは目を丸くする。
……確かに彼はある意味では純粋な在り方ではある。
アレほどの才を持ちながら慢心せず、増長せず、魔術師としての本願、一族の未来のために文字通り命を燃やして戦っている。
魔術師としては真っ当すぎるぐらいに真っ当で、寧ろ人間的とさえ言える。
が、時に彼は人とも魔術師とも違う異端性を発揮する。異常なまでの先見性など最たるもので、彼と話す者はケイローンを含め、一体何処まで見通しているのかと畏れを抱く。
だからこそ純粋、などとある意味では子供っぽいとも取れるその評価はケイローンをして意外なものだった。
驚くケイローンをおいて“黒”のアサシンは困ったように続ける。
「何というか、ですね。多分、皆さんが思ってるほどマスターは恐ろしい人でも、凄い人でも無いんですよ。私には魔術はよく分からないっていうのもあるんでしょうけれど、彼はただ自分の感情に何処までも純粋な人なんですよ」
「……感情に純粋? あのアルドル殿が?」
付け加えられた言葉は意外を通り越して別の人間の評価を聞いているようだった。
思わずケイローンは言葉を返す。
「……失礼ですが、アルドル殿は寧ろ魔術師らしい人物だと私は思っています。自らの命すら一族のために焼べるそれは魔術師としての合理性でしょう。周囲の感情や自己保身を考慮せず、ただ与えられた役目に従順であろうとする在り方は魔術師らしいと言えるでしょう」
「そうなんですか? まあ、魔術師らしさというのも私にはよく分からないですけど……マスターは別に自己犠牲の精神で戦っているわけでも、ただ純粋に一族の未来を憂いて戦っているわけでも無いんですよ。いえ、一族のことはキチンと思っているんでしょうけど、それも踏まえて、マスターはただやりたいようにやっているだけです」
「やりたいように、ですか?」
「はい。マスターにとって、この聖杯大戦という場は特別なんです。例えるならば今まで観客として見ていた舞台に自らが主役として登壇する権利を得た、というような。……誰だって憧れの舞台に上がれば喜んで全力を尽くすでしょう? まあ私からみてもちょっと度が過ぎている感は否めないですけどね」
「…………」
肩を竦めながらしょうがない人だとも言いたげに語る“黒”のアサシン。
……その言葉の意味は正しく理解できずとも、ケイローンは静聴する。
もしや己は、いいやユグドミレニア一族すらも、アルドルという青年の本質を思い違えていたのではないかと、主従たる“黒”のアサシンの言葉を聞き逃すまいとする。
そんなケイローンの様子に気づいてか気づかないでか、“黒”のアサシンは続けた。
「“ただこうしてみたい、こんな未来を見て見たい”──そんな純粋な願いでマスターは今までずっと歩んできました。なまじ能力と内面が、
「……それは」
思わず何かを言いかけてケイローンはしかし口を閉じる。
じくり、と何か嫌な予感が胸に過る。
彼のサーヴァントから見た彼の印象。
それは今まで周囲がアルドルに感じていたズレのような隔意が晴れるのと同時に何か途轍もない程に致命的な結論を口にしているようで。
何が嫌なのか、何が致命的なのか。
確かな答えをケイローンは見つけられない。
だが……。
「……ありがとうございます。お陰で少し、アルドル殿のことが理解できたような気がします」
「そうですか? 賢者と呼ばれる貴方にそう言われるとこそばゆいですねー」
「ふふふ、賢者と言っても私も世の中知らぬ事ばかりですよ。故に学ぶことが多くて飽きる暇が無いとも言えますが」
「おおー、賢者っぽい言葉ですね」
「いえいえ──さて、お引き留めして申し訳ございません。この件をアルドル殿にご報告なさるのでしょう? 出来れば若者たちのためにもお手柔らかにお願いしてもらいたいのですが」
「む、まだ監視していたと思われているんですかね? 私は本当に様子を見てくるように言われただけですよ」
「そうでしたか。それならば良いのです」
少し拗ねたように頬を膨らませる“黒”のアサシンにケイローンは苦笑する。
その言葉が事実であれ、真実であれ、どのみち若者たちの決意はアルドルも知るところになるだろう。その際にどのような行動に彼が出るのか、今はそれを知る余地もないが……。
“どうか、少しでも、今を生きる若者たちに幸のあらんことを”
そんなことを思いながら、ケイローンは束の間の邂逅を後にした。
……賢者の背中が遠ざかっていく。
先ほどの会話を脳裏に思い浮かべながら暗殺者は一人独白する。
「……ええ。そもそも報告することなんて本当に
同胞を想う若者たちの純粋な決意。
青臭いがそれを笑うほど彼女は悪に寄った人間では無い。
立場が立場なら己もまた応援する側に立ったかもしれない。
だが、今の彼女は彼のサーヴァントだ。
彼の願いに即し、彼の夢を叶えさせるためにこの場所にいる。
であれば、その道に命を燃やし尽くす結末が待っているとしても。
共に魂が砕け散るその日まで歩み続けることこそが彼女の役目であり、願いだ。
よって──このような展開になるならば彼女の役割は決まっている。
「言ったでしょう、アーチャーさん。彼は純粋な人だって。だから貴方が想っているよりももっとずっと彼はいつだって誰よりも世界も人も信用しているし信頼している」
故に──
ユグドミレニアという組織に立ち大望を叶える際に、歩みの妨げになる最大要因はたった一つ。
周囲の善意。
アルドルのことを憂うその優しさこそ、最後の障害になると信じていたから。
「こういう時、マスター風に言うのであれば──」
本当にしょうがない人だと苦笑しながら。
されど鋼鉄の意志に揺らぎは無く。
「見当違いも甚だしいですが、
此処に、己がやるべき役目は定まった。
では、先ずは得物の確保から。難易度は中々だが、出来ないことでもない。
人間を一人、殺すだけなのだから。
全てはかの賢者の願い──それを
天使は静かに微笑んだ。
☆
「坊主も飽きないねえ。目が覚めたら土いじり、
「…………」
「つか、
「…………」
「良いのか? チビって呼ばれても。当世の流行なんざ知らんが、男なら頼りがいのある
「…………」
「てか仮にもあの嬢ちゃんよりも歳上なんだから少しはシャンとしたらどうなんだ? ちゃんと人の話を聞くとかな。あの嬢ちゃんを見て見ろ。兄ちゃんが通信で聖杯大戦の推移を雑に伝えるたびに流石ですお兄様!なんっつって目をキラキラさせてよう。坊主も少しはあの純粋さをだな」
「あのさぁ……」
「あん? ようやくコッチ見やがったな。で、何だ?」
「邪魔をしに来たなら帰れよお前! 此処は僕の工房だぞ! なんで居るんだよ!」
積もり積もった不満を爆発させるような渾身の叫び。
不満が向かう先は無論のこと目の前の森の賢者こと
ロシェの工房に我が物顔で入り浸り、居座る不届き者である。
「何でも何も俺が坊主のサーヴァントだからだろうが。主を守るがサーヴァントの役目だろうが」
「だったら霊体化でもなんでもして静かにしてれば良いだろ!! それをグチグチグチグチと! 僕は忙しいんだ! お前になんて構ってる暇は無いんだよ! ていうか僕を主って呼ぶなら言う事聞いて静かにしていろよ!」
「忙しいつったって毎度毎度土いじりしてるだけだろうが。俺に命令したいなら坊主も少しはマスターらしい所を見せるんだな」
そう言いつつ、くわっと大口を開けて欠伸をする“黒”のキャスター。
工房に置いてある仮眠用のソファの上で欠伸しながら寝転ぶ姿は紛れもなく
「……クソ! アルドルの奴もとんだ外れサーヴァントを僕に引かせて。これならやっぱりセレニケみたいに命令を無視して最初からあの人を呼べば良かった……!」
「俺が外れとは坊主も言うねえ。大人な俺だから良いものの、聞く奴が聞けば殺されたって文句は言えねえ言葉だぜそれ。特に、何処ぞの偉そうな金ぴか王様とかな……で? 俺の代わりに何を呼ぶ予定だったって? せっかくだから聞かせてみろよ」
やる気の無い風に装っていた“黒”のキャスターだが、ロシェの言葉に興味が湧いたのだろう。初めて興味深そうに横になったまま肘を立てて、聞く姿勢を取った。
「ふん、いいさ、聞かせてやるよ。僕が本当に呼びたかったのはアヴィケブロン。僕達ゴーレム使いにとっては偉大なる魔術師さ」
「ふーん」
基本、
その異常事態にしかし“黒”のキャスターは平時と変わらない口生意気な子供を相手するように適当に相づちを打つ。
興味も敬意もどうせゴーレム関連だからだろと適当に聖杯から与えられる知識を探れば、案の上である。
アヴィケブロン。またの名をソロモン・イブン・ガビーロール。
魔術世界においては稀代の
成る程、他人に興味が無いロシェにして、唯一、興味を持つに値する先人であると言えよう。
「ま、でも兄ちゃんがわざわざ口だしたんならきっと駄目な相手だったんだろうよ。坊主は生意気だからな。知識を視るに厭世家の人嫌いだったんだろ? 目の前に坊主みたいなクソガキが現れた日にゃ、無言で魔術の生け贄にでもされるのがオチだろ」
「まさか。第一、僕がこんなに会話なんて時間の無駄を掛ける嵌めになってるのはお前のせいだろ! アヴィケブロンが来てくれるなら僕だって魔術師らしく、ゴーレム魔術の先人に敬意を──」
「はいはい、分かった分かった。口を開けばゴーレム、ゴーレムと。だったら大聖杯に巨大ゴーレムでも作ってもらうよう願ってみればどうなんだ。名付けて聖杯ゴーレムなんてな」
如何にも揶揄う口調で言う“黒”のキャスター。
軽口の類いではあるが、純粋な疑問もそこには含まれていた。
つまるところ、ゴーレムの傑作を願うならば、それこそ聖杯大戦を勝ち抜き聖杯を獲れば良いという話だ。“黒”のキャスターからすればショボい使い方だが、大聖杯ならば素晴らしい発想なり、超巨大ゴーレムなり願えば完成させてくれることだろう。
だが、ロシェ・フレイン・ユグドミレニアという
それほどまでにゴーレムに固執するならば聖杯という分かりやすい手段に飛び付いた方が早いだろうに。
と、“黒”のキャスターの問いにロシェは今まで以上に不快げな瞳を向ける。
「勘違いするなよ、僕は最高のゴーレムを貰いたいわけじゃ無い。最高のゴーレムをこの手で作りたいのさ」
「……ほう?」
その言葉に“黒”のキャスターが身体を起こして興味深げにロシェを見る。
しかし聞く姿勢を改めた“黒”のキャスターの様子など気にも留めずロシェは語る。
「いいか、僕は聖杯になんて初めから興味が無いんだ。魔術師として単に研究資料として多少関心がある程度で僕にとって一番大事なのは僕の手で最高のゴーレムを作り出すことなんだよ。誰か、や、何か、じゃない。
……ロシェ・フレイン・ユグドミレニア。彼はある意味、技術者である。
己の研究対象であるゴーレムに専心し、その完成度を最大にまで高めんと研鑽する彼は人としては欠陥だらけであっても魔術に対してはアルドル以上に真摯であった。
己が理想、己が夢のカタチ。
それは自らの手で叶えるからこそ価値がある、と。
だからこそ彼は願いの杯になど靡かない。
聖杯大戦に興味が無いのも、アルドルが勝つ出来レースだと信じている以上に、聖杯という魔術師であれば誰であれ求めるだろう願望器に、心底興味関心が無いからに他ならない。
「……クソガキとはいえ、いいや
「なんだよ。ボソボソと言いたいことがあるならいえよ」
「いんや? 坊主はクソガキだが、少なくとも魔術師としてなら認めてやらんこともないって思っただけだ」
「あっそ。何でも良いから、納得したなら出てってくれる。どうせ、勝つのはアルドルだ。お前はアイツの頼みでも何でも聞いてれば良いだろ」
「へいへいっと。分かりましたよっと」
そう言って“黒”のキャスターはガルルルと“黒”のキャスターを嫌うロシェに適当に手を振りつつ、彼の言う通り、決戦前の準備に移ろうとソファから立ち上がり、ふと思う。
「なあ、坊主。せっかくだから、も一つ聞かせてくれよ。お前さん、ゴーレムゴーレム言って他人に興味ないわりには妙に兄ちゃんのことを信用しているようだが、何かあんのか?」
その疑問は、或いはユグドミレニア一族であっても首を傾げる問いだろう。
ロシェは徹頭徹尾、ゴーレムという自らの魔術にしか興味が無い。
彼がユグドミレニアに在籍しているのも、マスターという役目を嫌々、引き受けているのも偏にゴーレム研究のための手段でしか無い。
もしもユグドミレニア一族が負けようが、自らの英霊が敗走して破れようが、彼はきっと気にもするまい。最終的にはゴーレムの研究を続けられる環境さえ手に入るのであれば、彼にとって仔細はどうでもいいのだから。
しかし、それほどまでに周囲に無関心の少年が何故かアルドルにだけは一定の敬意と関心を向けている。
「なんだ、そんなこと?」
その理由。問われたロシェは答えるまでも無いと言わんばかりに、簡潔に。
「アイツは自分の手で自分の理想とする魔術を完成させた奴だよ? ダーニックみたいに途中で妥協したわけでも他の奴らみたいに諦めたり、折れたりしたわけでもない。自分の手で、自分の理想を完成させた魔術師だ。何だかんだと理由を付けて、中途半端のままな他の奴らに、アイツが負けるわけないじゃないか」
「──────ハ」
当然だろうと言わんばかりに、告げられる魔術師としての敬意を示すその言葉。
その迷いも疑いも欠片も感じない様に、“黒”のキャスターは思わず。
「ははははははははは、そうかそうか! なるほどね! そいつはその通りだ! ハハハハハハッ!」
あんまりにもあんまりなその言葉に爆笑しながらロシェの背中をバシバシと叩いた。
「ッ! 痛ッ、クソ! 何すんだサーヴァント!!」
「はははは、いやいや、真っ直ぐかつ真っ当すぎて返す言葉がないとはこのことだな! いや確かに兄ちゃんは事情はどうあれ、自分が思い描いていた通りに進んで、自分が思い描いた通りの姿になって見せたんだ。そんな奴が今更此処に来て遅れを取るとはそりゃあ考えられないわな!」
無論、今までが上手くいっていたからこれまでも上手くいくなんて保証は何処にもない。
これは子供特有の純粋さだろう。
だが、皮肉にもまだ魔術師らしくはありつつも、経験の方は子供のままであるロシェは結果的に一族の中で誰よりもアルドル・プレストーン・ユグドミレニアを信用していたのだ。
下手をすればあのダーニックすらをも上回る勢いで。
故にこそ笑わずにはいられない。
何とも皮肉が効いている話では無いか。
一番遠く、一番関わり合いのなさそうなこの子供が。
一族において誰よりもアルドル・プレストーン・ユグドミレニアを信用していたなどと。
いいや、思えば英霊……興味が無いとは言えサーヴァントという強力な武力を他者に委譲している時点で伏線はあったのだ。だが、それにしても、なんともこれは。
「いやいや、やるじゃねえか坊主! 俺は今までお前のことをただのクソ生意気なクソガキだと思っていたが中々どうして……くくく……!」
「痛いって言ってるだろ! 止めろ、クソ、この……!」
ようやく見所らしい面白さを主に見いだしたのだろう。
“黒”のキャスターは堪えきれぬ笑いを噛みしめながら見直したとばかりにロシェを叩き続ける。
が、そのような
「こっ……のッ! いい加減にしろ馬鹿サーヴァント!! ああもう! 令呪を以て命ずる! いい加減、僕の工房から出て行けッッ!!」
「ちょ、おい! おま、まさか、んなことに令呪を本当に使う奴が──!」
遂に発動される聖杯大戦下にあって、最も信じられない勅令。
ツッコミの言葉を入れる前に“黒”のキャスターはロシェの工房から追放される。
「つぅ……ホント邪魔しかしないな、あのサーヴァント。……さて続きをやらなきゃ」
嵐が過ぎ去ったように一変して静かになる工房内。
ロシェは軽く背中を擦った後、作業の続きに取りかかる。
決戦も前夜に迫る最中。