千年樹に栄光を   作:アグナ

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千年黄金樹 Ⅳ

 心の何処かでは、理解して(わかって)いたのだ。

 

「──紹介しよう。来たる聖杯大戦におけるマスター候補……いや、そのような形式的な言い回しは今さら不要か。聖杯大戦における我がユグドミレニアのマスターの一人、アルドル・プレストーン・ユグドミレニアだ」

 

 何処か皮肉げに笑った後、誇るようにダーニックは隣で沈黙する少年を披露した。

 興味、好奇心、羨望、敵意……様々な感情が入り乱れる一族の衆人環視の中、されどユグドミレニアの恐るべき当主に紹介された少年は、その一切に怯むことも無く、圧されることも無く、ただ淡々と。

 

「ご当主よりご紹介に与った、アルドル・プレストーン・ユグドミレニアです。一族の皆様におかれましては、お見知りおきを。一族より代表として選ばれたからには、必ずや一族の勝利に貢献出来るよう努めさせて頂きます。栄光は、我らの一族にこそ相応しい」

 

 一分の隙も無い優雅な礼。

 あまりにも自然に纏う支配者(王者)資質(カリスマ)

 強い意志を湛える蒼鋼(メタルブルー)眼光(輝き)

 

 その少年のことを一族の誰もが知っていた。

 他家を取り込み、命脈を繋いできたユグドミレニアに在って、純血を保ち続ける者。当主ダーニックの血縁にして、一族を担う次代の王。

 

 アルドル・プレストーン・ユグドミレニア。

 

「────」

 

 一族の社交界の席から歓談の声が消える。

 

 褒め称える声はない。

 媚び諂う世辞もない。

 陰口を囁くなどといった雑音(ノイズ)などあるはずが無い。

 

 本当に重力すら伴うような重い沈黙はたった一人によって生み出された空気だ。

 ……即ち、此処に誰もが否が応でも理解したのだ。

 衆人環視の前に立つこの少年こそ、真なる王の器であると。

 

「──この場にはアルドルと直接顔を会わせることが初めての者もいるだろうが……どうやら何の問題もないようだな」

 

 満足げにダーニックが呟く。

 その言葉に同時に誰もが理解した。

 後継者候補──など所詮そんなものはダーニックの政治的配慮(遊び)に過ぎない。初めから、次なる王は決まっていたのだ。

 

 嫉妬など沸かない、敵愾心など生じない。

 そんなものを持てる強さがあるなら、ユグドミレニアに属する屈辱など受け入れられる筈がないから。

 

 所詮は二、三流、だからこそ──眼前の少年が一流(本物)であると理解してしまった。……理解してしまったのなら受け入れるしかない。

 

 衰退を受け入れた(今までの)ように。

 敗北に慣れた(これまでの)ように。

 

 故に──。

 

「………………クソ」

 

 そう言って、ゴルド・ムジーク・ユグドミレニアは俯き、歯がみ、拳を握った。

 

 

 

 ──ゴルド・ムジーク・ユグドミレニアの始まりは虚飾に塗れた栄光の記憶だった。

 父母は言う。

 かつてムジーク家はあの錬金術の大家、アインツベルンの業に迫るほどの成果を有していたのだと。

 他の錬金術師たちなど及ぶべくもない遙か高みへと迫っていたのだと。

 

 さも誇らしげに如何に己たちが在る家が素晴らしいのかを説く両親。

 それは他者が見れば醜いと蔑むか、憐れだと哀しむような無様さだったが。

 少なくとも子供であるゴルドはそう教えられた。

 

 ……そう教えられたのなら、そうであると思うしか無い。

 

「──私はゴルド・ムジーク・ユグドミレニア。かつてはあのアインツベルンにも迫った錬金術師の家系、ムジーク家の人間だ」

 

 だから、言われた通りに振る舞った。

 敷かれたレールの通りに走った。

 

 何処かで……そんな己の姿を冷めた目で眺めながら。

 無気力に、在るが儘を受け入れた。

 

 

 ──過去の記憶(夢想)今の状態(現実)

 

 

 摩擦が生じるのはすぐだった。

 なまじゴルドはムジーク家の人間にしては中途半端に優秀だったから。その優秀さが偽物と本物の差をまざまざと見せ付ける。

 

 孤高を選んだアインツベルンのマネをして、孤独を選ぶムジーク家の方針。ユグドミレニアにありながら同じ一族の他家を無闇に見下し、その癖、当主たるダーニックには敵わぬと媚び諂う。

 醜いと、影でそう囁かれていることに気づきながらも気づかぬ振りをする。

 

 矛盾だらけだった。虚飾まみれだった。

 両親から教わったことなど、そんなものだった。

 

 衰退(現実)から、逃げて、逃げて、逃げて逃げて逃げて、現実逃避を選び続けた果てに彼らは己が負うべき責任をゴルドへと押しつけた。

 

 ──……こんなものを渡されて、私はどうすれば良いのだ。

 

 分からなかった。分からなかった。

 だって教えられてないから。

 今を変えるやり方も。さりとて全てを諦める決断も。

 

 教えられたのはいつだって過去の栄光。

 もはや縋り付くことしか出来ない『名門だった』という記録だけだ。

 ……だから己もそうした。

 

 いつかの自分を見るような、冷めた目で己を眺める息子の視線を受け止めながら。一族の嘲笑と憐れみを受け入れて、己もまた妄想に逃げる。

 

 間違っていることは承知している。

 けれど、だからといってどうすれば良いのだ。

 

 分からない(・・・・・)のだ。

 

 何が正しいのか、一体どうすれば良いのか。

 本当に分からない。

 分からないから考えるのを止めるしかない。

 敷かれたレールを大人しく歩くしかない。

 

 自らが変革を齎す気力は無く。

 何か大きな決断をする勇気も無い。

 

 何にも無いから、縋り付くしかない。

 過去に、虚飾に、偽りに。

 現実を見ないようにして、やり過ごすしかない。

 

 だからこそ……。

 嫉妬に狂わざるを得ない。

 憎悪を覚えざるを得ない。

 

 ……羨望を覚えざるを得ない。

 

 何故だ、何故だ、何故だ。

 

 何故、一流(おまえ)たちはそんなにも強くあれるのだ!

 何故、天才(おまえ)たちはそんなにも輝いて見えるのだ!

 

 壇上の上、主役と言わんばかりに立つ少年に掴みかかる。

 

「お前も! 衰退した家の人間だろうに! お前もッ! 私と同じ所に立っていた男だろうに!! お前と私、一体何が違うというのだ! 答えろッ! アルドル・プレストーン・ユグドミレニア!!!」

 

 睨む視線を真っ向から見返す蒼鋼の瞳。

 猛るゴルドに怯むこと無く、青年は静かに口を開き──。

 

 ──そこで、ゴルドの悪夢()は醒めた。

 

 

………

………………。

 

 

「──……最悪の目覚めだ」

 

 開口一番、今に見た夢を思い出してゴルドは吐き気を覚える。

 せっかくアルコール()に逃げたというのに、逃げた先で見たのはどうしようもない現実と、嘘偽りの無い己の本音。

 酒焼けした喉の痛みも、二日酔いの気持ち悪さも、この吐き気には及ぶまい。現実に向き合うことから逃げ、己の本音からも逃げ続けた男の無様さなど、吐き気を催さずにはいられない。

 

 不意に、空になった酒瓶に己の顔が映る。

 

 醜い贅肉だらけの弛んだ頬、気力など欠片も無い皺だらけの貌。

 そして……あの男とは違う、意志の欠けた諦観にくすんだ己の目──。

 

「ッ!」

 

 衝動的に腕を振るう。

 テーブルから床へとなぎ倒され、割れるワイン瓶。

 

「クソ……クソクソクソクソクソ、クソォ!!!」

 

 ああ何もかもが苛立たしい。

 聖杯大戦! 英霊! サーヴァント!

 大聖杯! ユグドミレニア!

 

 何が気品ある魔術師同士の戦いか!

 何が研鑽された魔術と洗練された英霊同士の対決か!

 

 そんなものは何処にもなかった。

 あるのはただただ……状況に振り回され、何も出来ない己の無様さ。

 

「くそったれが……!」

 

 ガン! と力任せにテーブルを叩く。

 自分以外誰も居ない私室に疲れた喘鳴の音だけが響く。

 

「…………どうすれば、良かったというのだ」

 

 ……思い返すのは今に至るまでの経緯の記録。

 “黒”の陣営のマスターとして選ばれ、聖杯大戦における最優の騎種(クラス)たるセイバーを獲得した。

 屈辱ながらもアインツベルンの縁を辿り、最強たる英霊(ジークフリート)を召喚する手はずを整え、召喚するに至った。

 

 良い。そこまでは良い。そこまでは完璧だ。そこまでは何の問題も無い。

 問題なのは、そこからだ。

 

 いざ、聖杯大戦が始まってみれば絢爛豪華に刃を交わし、武を交えるは英霊ばかりでそこに魔術師の介入する余地はなく、己に出来るのは精々、己がサーヴァントの影に隠れて援護という名の見に回る限り。

 

 勝ち筋を助言することも出来ず、また何か弱点を見いだすような活躍も出来ず、魔術師同士の熾烈な魔術戦を展開することも出来ず。

 ただただ変化する盤面を眺めるばかり。

 挙げ句の果てに……。

 

『──惜しいぜ、お前のマスターが居なければ、もう少し違う結果になっただろうよ』

 

 他ならぬ“()”の英霊(サーヴァント)に余分だと切って捨てられた。

 

「ッ! ッ!!」

 

 その後のことなど思い出したくも無い。

 ダーニックには呆れられ、あの若造には庇われ、セイバーは取り上げられ、己は戦いから遠ざけられてしまった。

 

 出来ることといえばこうして私室で暴飲暴食に耽り、現実を忘れて行き場の無い苛立ちを発散することだけ。

 いずれ戦いが決着し、あの若造が杯を一族へと持ち帰るその時を待つばかり。

 

「ッ~~~~~~~!!」

 

 苛立つ、苛立つ。

 自分が何に対してそんなにも苛立っているのか。

 そんなことも分からずに行き場の無い苛立ちを抱える。

 

 だが──ふと、脱力する。

 

「……負けたのか、私は」

 

 英霊は脱落していないが、実質的に指揮権はもう失われた。

 ならばそれは英霊を失ったも同然だろう。

 事実上の敗北──いいや、否。それは嘘だ。

 

 そもそも己は。

 

「……は、そうか。思えば、勝負の舞台にすら、立っていなかったか。私は」

 

 逃げてきた。今までずっと逃げてきたのだ。

 現実から、家柄から、果たすべき責任から。

 何もかもから逃げてきた。

 

 こうしてユグドミレニアの代表としてマスターに選ばれたのも単純に他の一族と比較して少しだけ己の方が秀でていたから。フィオレのように将来を嘱望されていたからでも、あの若造のように戦力として期待されていたからでも無い。

 

 ダーニックの決定に逆らう気力も勇気も理由も無く、指名されたことを受け入れて自分の能力が評価されたのだと得意げになって、空回りした挙げ句に、この様だ。

 最優のサーヴァントを頂きながら生かし切れず、あわや一番嫌った最初の脱落者となりかけた。

 

 ……あの若造は、最弱とさえ言って良いアサシンのクラスで奮戦しているというのに。

 

「……これが才能の差だと?」

 

 才能があるから、違うのか。

 

「……これが生まれ持った者の違いだと?」

 

 期待を一身に受け、祝福されてきたから、違うのか。

 

「それとも……」

 

 分からない、分からない──考えども分からない。

 

 分からないから……いつものように思考を止めよう。

 もう考えるのを止めよう。

 逃げても何も変わらないことなど分かっている。

 

 けれどもどうしようもないのだ。

 再起のやり方も、変化の仕方も、誰も教えてくれなかった。

 だから教えられた通りにしか出来ない。

 逃げるという選択肢しか持ち合わせていない。

 

 ……どだい、己は既に脱落したも同然だ。

 ならばもう、良いのでは無いか?

 

 諦めて、逃げて、いつものように投げ出して。

 もうそれで良いのでは、と。

 

「…………」

 

 手が、酒瓶に伸びる。

 現実から逃げる魔薬。

 それを再び飲み干して何もかもを忘れようとして──。

 

 コンコンコン。

 

 ──部屋に鳴る、扉を叩く訪問者の気配。

 

「…………誰だ」

 

 給仕のホムンクルスか。

 だとしたら間が悪い。

 いっそこの苛立ちを己が被造物にぶつけてやろうか。

 

 頭に過った黒い衝動。

 だが、その浅はかな欲望は、次の瞬間に凍り付いた。

 

『……その、俺だ。“黒”のセイバー、ジークフリート。突然の訪問と、マスターの命に反していることをまずは謝罪する。その上で……少し、話がしたい』

 

「──────」

 

 数多の疑問がゴルドの脳裏に過る。

 同時に今までの振る舞いを思い出して、恐怖と怯みを抱く。

 提示された二つに一つの選択に迷う。

 

 数秒と流れる重苦しい沈黙。

 その果てに。

 

「──入れ」

 

 酒焼けに痛む喉から吐き出されるガラガラの声。

 耐えがたい苦痛に耐えるように、ゴルドは己がサーヴァントに再会した。

 

 

 

 

 入室の許諾を取り、“黒”のセイバーが扉を開けると飛び込んできた景色は見るも無惨な惨状だった。

 カーテンの閉め切られた薄闇の部屋は、強盗が押し入ったのかと錯覚する程に物が散乱していた。テーブルの周りには乱雑に積み上げられた空の酒瓶の山とそれに囲まれた(マスター)の姿。

 睡眠不足なのか目の下には大きな隈ができ、口元には手入れがされないままの無精髭が生え散らかっている。

 血走り淀んだ瞳は気力など欠片も映して居らず、諦観と失望に濡れている。

 

 一言、見るに堪えない。

 

 少なくとも余人であれば嫌悪すら抱く惨状だ。

 しかし、その光景を目の当たりにしながら“黒”のセイバーの顔には失望も憐れみも無い。

 いつものように何を考えているかが分からない鉄面皮。

 アルドルに似た……それで居て彼以上に情が見当たらない無表情。

 

 即ち──いつも通りの顔で惨状を眺めていた。

 

「いまさら私に何のようだ。マスターを降ろされた、この私に」

 

「話をしに。それに、俺の主は未だに貴方だ。ルク……アルドル殿はあくまで一時的な指示者であって、俺を召喚し、今生における俺の主となったのは他ならぬ貴方だ。マスター」

 

「……ハッ」

 

 静かに告げられた“黒”のセイバーの言葉をゴルドは鼻で笑う。

 ジロリと無遠慮に睨みながら嘲笑と憎悪を口ずさむ。

 

「そのような世辞にもならん嘘偽りなぞ聞き飽きている。私がマスターだと? 馬鹿馬鹿しい! 本当はそのようなこと欠片も思っていないだろうに! どうせお前も私のことを見下しているのだろう! サーヴァント!」

 

「…………」

 

「話をしにきた、と言ったな。私はお前と話したくも顔も合わせたくも無い! 何の気まぐれかは知らんがさっさと失せろ! アルドルの下にでもダーニックの下にでも好きに行けば良い! 私は今、虫の居所が悪いのだ!」

 

「…………」

 

 罵倒に次ぐ罵倒を吼えるゴルド。

 これまでに溜まった鬱憤を晴らすように“黒”のセイバーへと的外れの苛立ちを叩きつける。だが、それにも“黒”のセイバーは動じない。ただ淡々と、主の罵倒を聞いて受け止めるだけだった。

 

「……おい、どうした。私はさっさと失せろと言ったはずだが」

 

「……申し訳ないが、それは出来ない。俺は此処に、話をしにきた」

 

「~~~ッ! 私は話など……ッ!」

 

 ゴルドの罵声になど怯むこと無く、最初の言葉を繰り返す“黒”のセイバーに対してゴルドは苛立たしげに立ち上がりながら拳を振り上げ、不意に脱力する。

 

「……座れ、話をするのだろう。さっさと要件を言って、さっさと帰れ」

 

 ドカッと何処か諦めたようにソファに身を投げ出しながらゴルドは力なく言った。その言葉を聞いた“黒”のセイバーはコクリと頷いて、ゴルドの対面、テーブルを挟んだもう一つのソファに腰掛ける。

 

「…………」

 

「…………」

 

 主とサーヴァント。

 聖杯大戦における主従が無言で相対する。

 

 ……聖杯大戦における主従の関係。

 その種類は様々だ。

 両方に意志がある以上、それは人と人との関わり合い。

 なればこそ一言に主従関係と言っても主の気質と英霊の気質によって、接し方一つとっても大きく変わってくるのは当然であろう。

 

 例えばダーニックと“黒”のランサー。

 彼らの関係は魔術師(マスター)英霊(サーヴァント)の関係としては割とポピュラーなものであろう。

 

 主たるダーニックは接する相手が境界記録帯(ゴーストライナー)ともカテゴライズされる魔術世界における至上の使い魔にして、かつてこの世に在った偉大なる存在と認め、礼を払いつつも、あくまで使い魔(道具)と割り切って、過度な畏れも余分な感情も抱かず、淡々と接している。

 

 “黒”のランサーもダーニックを魔術師と英霊という関係から主としてしっかりと認めつつも、かつて王としてあった己の矜持(プライド)を忘れること無く、王として振る舞い、君臨している。

 

 過度に感情的になることは無く、また必要以上に互いを信用することも無い。あくまで聖杯獲得という同じ目的を果たすためのビジネスパートナーとしての関係性。よく見る魔術師と英霊の関わり合い方だ。

 

 ならばこそ、そんなダーニックと比べフィオレと“黒”のアーチャー、アルドルと“黒”のアサシンは、やや人間的な付き合い方だと言って良い。

 

 ダーニックと同じく、魔術師として相手が精霊に類する強力な使い魔の類いと認知しながらも実際に触れ合った人格を優先し、ダーニックとは異なり、あくまで一人の人間として接している。

 

 フィオレは存在としての敬意と偉大なる功績を残した英雄への憧憬を“黒”のアーチャーに向け、アルドルは頼れる共犯者にして、かつて物語に見た憧れを“黒”のアサシンに抱いていた。

 

 “黒”のアーチャーもまたフィオレの憧憬を受け入れ、数多の英雄を導いてきた教師という役割に即して彼女を導き、“黒”のアサシンは困った主に頭を悩ませつつ、その道行きに付き合うことを決めている。

 

 マスターとサーヴァントと言うよりも人間と人間という関係を優先した主従関係。魔術師としてはやや脇の甘い関係性だが、これもまたよく見られる関係性の一つであると言えよう。

 

 ではゴルドと“黒”のセイバー……両者の関係はどうかと問われれば、最悪とまでは言わずとも、あまり良い関係性とは言えまい。

 

 脱落したセレニケと“黒”のライダーを最悪の関係性だと仮定して、現状のゴルドと“黒”のセイバーはそれに近しい関係だ。

 

 ゴルドは“黒”のセイバーをあくまで強力な使い魔だと認知し、利用し、聖杯大戦に勝つための便利な道具だとしか思っていなかったし、“黒”のセイバーは与えられた役目を全うしようと考えるだけで主にも己にすら関心を払っていなかった。

 

 利用し、利用されるだけの関係。

 お互いに存在を認知しながらも無関心。

 

 一方的な下卑た欲望を英霊に向けるセレニケと比較すればマシとは言え、互いに命を預け合い、共に戦を駆け抜けるパートナーとしては信が不足しすぎている。

 

「…………」

 

「…………」

 

 言葉が無い。だがそれも当然だろう。

 ゴルドの話すことは無いと言う言葉は一面を切り取れば事実である。

 使い魔として、その意志を見なかったゴルドも。

 主というだけで、その存在に関心を抱かなかった“黒”のセイバーも。

 

 互いに理解をしようとしてこなかったから。

 いざ相対すれば何を話して良いのか分からないのだ。

 

 沈黙が横たわる。

 ただ無言の時間だけが流れていく。

 

 そうして数分とも数時間とも感じられる沈黙の後、口を開いたのは“黒”のセイバーだった。

 話がある、と伺ったのは己だ。

 ならば口火を切るのも己であって然るべきだろうと。

 

 口下手である自覚を胸に押し込み、意を決して言葉を紡ぐ。

 

「ルク──アルドル殿に忠告を受けた。口に出さねば、言葉にせねば何を考えているか分からないと。言葉を交わさなければ主従関係は悪化すると。そう、忠告された」

 

「……ふん、あの若造が言いそうな言葉だ。それで貴様はいまさら私の下へやってきた訳か」

 

「ああ、その通りだ。……恐らく、だが。次が最後の戦いになる。だから、その前に。貴方と話す必要があると思った」

 

「…………」

 

 迷いながら言葉を選び、淡々と話す“黒”のセイバー。

 それをゴルドは腕を組んだまま無言で聞く。

 ……己がサーヴァントの言葉を切って捨てるのは簡単だ。己には交わすべき言葉は無いと。もはや戦いから降ろされた己には関係ないと言い切るのは簡単だ。

 

 だが、その選択をゴルドは選ばない。不思議と選ぼうとは思えなかった。

 ただ最後の戦い、その単語を聞いて両の拳に力がこもった。

 

「聖杯大戦に臨むからには、マスターにもサーヴァントにも求めるべき願い、叶えたい願望がある。ダーニック殿やアルドル殿がそうであるように。“黒”のランサーや“黒”のアーチャーがそうであるように。無論……俺にも」

 

「サーヴァントの、願い……」

 

 その言葉を聞いてゴルドは初めて“黒”のセイバーの顔をまともに見る。

 感情が窺えない無表情。

 何を考えているのか、察することの出来ない顔。

 

 ……不死身の英雄。竜を殺し、名声を欲しいがままにした大英雄。

 この非人間的な男にも、大聖杯に求める願いがある。

 そんな当然のことを今更に思い出した。

 

 そして──己はその願いを知らないことも。

 

「……富も、名声も、何もかも欲しいままに手に入れられた男がまだ何かを望むというのか。英雄らしい傲慢さだな」

 

 忌々しいと毒を吐く。

 あの若造のように才気に溢れ、期待を一身に背負っただろう英雄。

 劣るが故に羨望や嫉妬しか抱けぬ己とは違う。

 ただひたすらに突き進むことが出来る本物の輝き。

 

 そんな男が死後に何を求めるというのか。

 

「悲劇の終わりでも覆したくなったか。裏切り者に復讐でも望むのか」

 

 思いついたジークフリートの願望などそれぐらい。

 ニーベルンゲンに綴られた大英雄の終わり。

 栄光にピリオドを打つ、親友による裏切りとそれに端を発する悲劇。

 

 だが、ゴルドの言葉に“黒”のセイバーは静かに首を振る。

 結末を覆すわけでも、復讐を成すことを望むわけでもないと否定の意を示す。

 

「では、お前は何を望むというのだ」

 

「……青臭く気恥ずかしい夢だと自覚しているが、その上で、俺の望みは──正義の味方になることだ」

 

「は──?」

 

 ──あんまりにも予想外の願望に素で困惑する。

 あの大英雄が望むものがよりにもよって正義の味方など。

 馬鹿馬鹿しい──いつもの調子でそう言おうとして。

 

「……なぜ」

 

 口にしたのは別の言葉だった。

 

「ル──アルドル殿と話した後、色々と考えた。今までの俺は誰かに言われるがまま、何も思わず、何も考えずに剣を振るってきた。善人か悪人か、その領分すら見極めず、乞われるがまま求められるがままに期待に応えてきた。それこそ、願望器のように」

 

「…………」

 

「だが──未練があった。頼まれなかったからと貧困にある村人を見捨て、頼まれなかったからと裏で悪行を行う貴族の領民たちから目を逸らした……全ての願いを叶えられぬからと。声なき声を聞き逃すことを許容した」

 

 ……それで良かったのかと疑問がある。

 ……これで良かったのかと迷いがある。

 

 願われなかったからと切り捨てて、願われなかったからと見捨てて。

 それで本当に、それが本当に己がやりたかったことなのかと。

 問いただす声がある。

 

「あの悲劇も、結局は全て俺が原因だった。義兄(ハーゲン)の望む通りに、彼の言う通りにすれば争いは収まると、そう考えて命を差し出して──その結果、彼女(クリームヒルト)を復讐の道に堕としてしまった」

 

 親友が卑劣漢と語られるようになってしまったのも。

 あの物静かな深窓の令嬢たる彼女が復讐の道を歩むことになってしまったのも。

 

 本を正せば全て、大して考えもせず、ただ言われるがままに振る舞ってきた己が原因だ。

 

「英雄として生き、英雄として死んだ。そのこと自体に後悔は無い。だが、そこに至るまでの道、選んできた選択には後悔がある。たとえ悲劇の終わりが約束されていたのだとしても、せめて、己自身が正しいと思ったものを信じて、生きたかったと。死んで、今更に思った」

 

 だからこそ、ジークフリートは望む。

 誰に認められなくてもいい。

 賞賛など必要が無い。

 誰のためでも、己のためにでもない。

 

 己が信じた何かを胸に、ただ信じたもののために戦う者。

 

「──正義の味方になりたい。それが俺の願望だ」

 

 そう言って、英雄は少しだけ気恥ずかしそうに、不器用に、微笑んだ(笑った)

 

「────」

 

「……あらためて問いたい。我がマスター、ゴルド・ムジーク・ユグドミレニア。貴方の願いは何だ? 貴方は何を望んでこの聖杯大戦に臨んでいる?」

 

「わ、私、は──」

 

 誇りある魔術師同士の戦い──そんなものは別に願望というものでもない。

 そも己は流されるままに此処に居る。

 命を賭して叶えたい願いがあるわけでもなく、願望器に託すほどの希望もない。

 

 言われるがまま、命じられるがまま。

 なし崩しの結果として己はマスターになって──。

 

 否──違う。確かにそういう面もある。

 その理由も間違いでは無い。

 だが、それでも……それだけという訳では無い。

 

 ……気づいた。

 

 何に対して苛立っているのか、何に対して怒っているのか。

 虚飾まみれの矜持(プライド)とは違う、責務。

 たとえ期待されていなかったのだとしても。

 

 それでも自分は、選ばれたのだ。

 “黒”のマスターとして、ユグドミレニアの代表として。

 此処に存在しているのだ。

 

 未練が、鎌首をもたげた。

 

「……私はユグドミレニアの代表としてマスターに選ばれた! あのダーニック・プレストーン・ユグドミレニアの命で! 一族を代表する者として! 時計塔に相対するに相応しい、魔術師の一人として選ばれたのだ!」

 

 ──実際の所、真意は知らない。

 単に数あわせだったのかも知れぬ。

 だが、それでも──己は選ばれたのだ(・・・・・・)

 

「聖杯に託す願望など無い! 命を懸けても果たしたい望みなどない! だが、選ばれた以上! たとえ一縷ほどであろうとも期待されて任された以上は! 魔術師として、聖杯大戦に挑む責任がある!」

 

 ──本当の所、疑っている。

 仮に聖杯大戦に勝ったとしても果たしてあの時計塔をどうにか出来るのか。

 栄光ある未来など本当に訪れるのか。

 

 だが知らん。もう知らん。

 そういう難しいことはどうでも良い。

 

 ようやく分かった。

 

 何もかもから逃げ続けてきた人生ではあるが。

 矜持(プライド)は捨てられても、責任だけは捨てられない。

 

 捨て駒であろうとも、任された以上は、その役目を全うしたい。

 

「……いまさら、お前に何かを命じようとは思わん。指揮権は取り上げられたままで、今のところダーニックからの音沙汰も無いからな。その上で、私がお前に言うことがあるとするなら一つだけだ」

 

 真っ正面から英雄の目を見る。

 恐怖も怯懦も、この一瞬に噛み殺す。

 歯を食いしばって耐える。

 

 “黒”のセイバーを相手に、ゴルドは堂々と睨み付けながら──。

 

「勝て。お前が英雄だというのならば、ただ勝利を持ち帰ってこい。ユグドミレニアを代表する“黒”のセイバーとして、“赤”の陣営を打倒し、貢献しろ! お前の願望など知らん! 勝手に叶えていろ! 私の望みはただ一つ、勝利だけだ!!」

 

 言い切った。言い切って見せた。

 身体が震える。相手が見せる反応に恐怖を覚える。

 

 激高するだろうか。逆上し、こちらの首を獲りに掛かるだろうか。

 いい。そんなことはいい。

 言いたいことは言った。自分が英霊に託す望みは言い切った。

 ──此処で斬り殺されても、まあ、仕方ないと。

 諦めが付く程度には、ユグドミレニアのマスターとしての責任は果たした。

 

「──了解した」

 

 密かに怯えるゴルドの予想に反して英雄は穏やかであった。

 否、その表情には何処か晴れ晴れとしたものがある。

 

 英雄が立つ。

 

「“黒”のセイバー、真名をジークフリート。此処に誓おう。マスター、ゴルド・ムジーク・ユグドミレニアが望む通りに。我が剣を以てして必ずや“黒”の陣営に勝利を齎してみせよう──改めて、よろしく頼む、マスター(・・・・)

 

「──……ふん、当然だな。これで話は終わりだ。とっとと私の前から失せろ! そして──さっさと勝ってこいサーヴァント!」

 

「ああ、分かった。次の決戦にて、勝利を持ち帰ってくることを約束しよう」

 

 黙礼した後、振り返らず英雄がゴルドの部屋から去る。

 残ったゴルドは全身から力が抜けたようにソファにもたれ掛かる。

 

 怖かった。恐ろしかった。寿命がだいぶ削れたという自覚があった。

 しかし、胸には、清々しい達成感のようなモノがあった。

 

「は、はは…………言ったぞ、言ってやったぞ。英雄に、一言、かましてやったぞ……」

 

 あのニーベルンゲンに語られし大英雄。

 竜殺しのジークフリートに啖呵を切ったのだ。

 聖杯大戦を彩る武勇伝としては……そう、悪くないんじゃ無いだろうか。

 

「はは、はははは、ははは……はぁ、全く、くそったれめ。やっぱり、こんな戦い、参加するんじゃ、無かった…………」

 

 ばたん、と力尽きたように、ゴルドは気絶する(眠りにつく)

 後に《不屈》と呼ばれる漢は、満足と後悔を抱えながら休息に耽るのであった。




なお、後に《不死鳥》と呼ばれる漢はこの武勇伝を信じていなかった模様。


戦後──

パパン
「儂は昔、あのジークフリートに一発かましてやったんだぞ!」

息子
「はぁ? 酔っ払うのは夜だけにしとけよダディ」


何処かの世界線──

竜殺し
「貴方は……微かだが、見覚えがある。貴方に言うことではないが、良い啖呵だった」

カルデアの不死鳥
「え、マスター? 聖杯大戦? 私の父? ……ウッソだぁ……マジで?」
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