──その男は
強者ではある、優れた魔術師であることに間違いは無い。
オカルトに傾いていたとはいえ、あの髑髏の帝国を誑かし、当時はマイナーな極東の儀式にしか過ぎなかった聖杯戦争に参戦、あのキエフの老人と渡り合い、他の参加者や御三家を出し抜いて大聖杯を奪取し、数十年に及んで時計塔の目を盗み、闇に潜伏し、決起の時を待った。
これら全ての段取りをたった一人で完遂したのだ。
断じて並の所業ではあるまい。
その能力を総合的に判断するなら、時計塔の
しかし──なまじ個人の能力が高すぎたからだろう。
彼はその道のりも、その戦いも、その末路も常に孤独であった。
『我々は是が非でも大聖杯を手に入れねばならない! あれを象徴とし、魔術協会に一矢報いるために。あるいは、根源へと到達するために』
フィオレ・フォルヴェッジは魔術師としても人間としても優しすぎる女性だった。カウレス・フォルヴェッジはまだまだ未熟な魔術師だった。ゴルド・ムジークは能力はあっても戦向きの性格も性能も有してはいなかった。ロシェ・フレインは一族にも戦いにも関心を持っておらず、セレニケ・アイスコルは能力があっても人格が論外だった。そして相良豹馬は戦いにすら参加できなかった。
ユグドミレニアに所属する魔術師としては有力な六人の魔術師。だが、彼らはユグドミレニアの魔術師としては悉く戦力外だ。
皆、同じ方向を誰一人として向いていない。
彼という支配者、彼という長の命に唯々諾々と従い、消極的に聖杯大戦に参加しているに過ぎない。
……一族の未来を真に憂い、切実な意志の下、一欠片の希望に縋り付くように聖杯大戦に参じた者は誰一人としていなかった。
そういう意味では“赤”の陣営の魔術師にすら彼らは劣った。
無論、彼にも落ち度はあった。そもそも大聖杯という特級の聖遺物を手に収めた時点で態々、時計塔に宣戦布告を行う理由は無かったはずだろう。
本来の魔術師の生態であれば時計塔の目から逃れた身分で研究を続行できる環境を確保できた時点で大聖杯の研究に勤しみ、根源到達を目指していたことだろう。
それを見せびらかすように披露したのは偏に彼自身の復讐心と執念が招いた失策だろう。たとえその復讐心と執念こそが彼の八十年に及ぶ人生の原動力だったのだとしても、その起点が結果的に悲惨な末路を招いたのだから。
『ははははは! これは失礼、我がサーヴァントよ! 詫びに我が血を吸うがいい! お前はやはり
──結果的に彼は負けた。
孤独なまま戦い、戦い、戦い続け、最後には人ですら無くなり、夢半ばで朽ち果て、ユグドミレニアは再び時計塔に隷属することとなった。
一人の男から始まった一族は、一人の男の死と共に一族として終わったのだ。
黄金千年樹は成らなかった。
八十年に及ぶ執念は何一つ実らず、犠牲は悉く無意味に終わった。
この終わりが一つの姉弟の成長に繋がったのだとしても、
この終わりが一人の男の心変わりに貢献したのだとしても、
この終わりが──恋に落ちたとある少年と少女の奇跡的な未来を齎すのだとしても。
ユグドミレニアという夢においては、何の意味も無い出来事だ。
ゆえに悲劇。ゆえに悲惨。ゆえに──憐れだ。
だからこそ──。
「お前は一族の誇りだ」
──見たことのない/
俺が見たい
栄光の果てにある誰も見たことが無い未知の結末。
それをみたい。それがみたい。それが
そのためならば二度目の人生──使い潰しても悔いは残るまい。
「聖女を殺し、救済者を破り、そして──少年の目覚めを挫く。好んだ若葉を自ら摘みあげ、筋書きを変える大罪。重々承知しているとも。その上で、私は、この願望に全てを懸けよう」
ああ──かつて死に瀕して見上げた空。
囁くように希った今際に見た《光》が見える。
終わりの刻は近い、邯鄲の夢は終わる。
栄枯盛衰──夢幻から
「誓いを果たそう、我が叔父ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア──貴方の願いはようやく叶う」
☆
ゆらゆらと揺らめく篝火が照らす階段。
規則正しい二つの足音が、薄暗い闇の先へと歩き下る。
先導するのはユグドミレニア一族における最強の魔術師にして“黒”のアサシンの主たるアルドル・プレストーン・ユグドミレニア。その後ろに続いているのは彼の叔父にして“黒”のランサーの主、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアだ。
話がある──そう言ってアルドルはダーニックを連れ出したが、両者の間に会話は無い。ただ無言でアルドルはダーニックを促し、ダーニックも無言でアルドルに続いた。
……ダーニックの記憶が正しければ、今向かっている先は恐らくミレニア城塞の地下深くにあるアルドルの地下工房だ。北欧より出土したユグドラシルの枝木を下地に北欧神話世界を固有結界として再現、霊脈上に定着させて見せた規格外の工房。アルドルが誇る大偉業が安置された場所だ。
あの日、あの光景を目の当たりにした時点でダーニックは何かが終わったことを確信した。それが何だったのかはダーニック自身、今でも分からない。
絶望のようなものではなく、されど希望のようなものでもない。
強いて言うならば、疲れ、だろうか。
身体から力が抜けるその感覚は今まで逃げ続けてきた天命の終わり。時間の圧迫に似ていた。
野望を目指す活力は残っている。
復讐を成すという昏い炎は残っている。
しかし──不思議と、両肩にあったはずの重みだけが消えている。
昔ほど、身体に掛かる負荷を感じることが出来ない。
「…………」
身体は軽いが、空虚さに満ちている。
何故か淋しさにも似た安堵がある。
分からない──分からないが、これで良いという確信だけがある。
“──老いたか、私も”
自嘲する。元より赤子の魂を生け贄に肉体と精神の劣化から逃れてきたが、次は無いという確信はあった。だとすれば名実ともにこの聖杯大戦という時間がダーニックに残された最後の刻だ。
だというのに、不思議なほどに脱力しているのはこれが“老い”が齎すという成熟しきった精神の行き着く果てなのか。
何にせよ……変わらない。
今も昔も願いはただ一つ、そのためならば──。
“……そうだとも、屈辱は忘れない。炎は未だ燃えている。樹の根は腐り堕ちてなどいない。私は必ず時計塔を破り、ユグドミレニアを”
「──結論として、時計塔に挑戦した時点で結末は決まっていた。告白しよう、叔父上、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。私は、貴方が時計塔に挑んだ時点でユグドミレニアの負けを確信していたよ」
「──────」
甥の声が、耳朶を打った。
一瞬にして、思考が白紙となった。
何を言っているのか、その言語が聞き取れなかった。
足を止めなかったのは、無様に疑問を口から漏らさなかったのは、動揺を態度に反映しなかったのは、八十年もの月日を積み重ねてきた本能のお陰だ。
政を操る者として安易に真意を悟らせない。動揺しているときにこそ余裕を持って優雅に。憎悪が胸にあるときこそ、穏やかに。
望みを遂げるその瞬間まで、決して内心を相手に見せない。
その本能が働いた結果だった。
少なくともそれが無ければ、ダーニックは無様に狼狽していたことだろう。
だが内心を掻き乱されるダーニックとは対照的に、甥は世間話でもするかのように滑らかに語る。いつもの無表情のまま、されど少しだけ親しげに、まるで甥が叔父に日々の出来事を語り聞かせるように。
アルドル・プレストーン・ユグドミレニアは、この瞬間に自らの本音を語る。
「まあ当然の話だろう。土地、財産、情報、人材、研究成果……いずれの分野においてもユグドミレニアがかの組織に勝る点は一つたりとしてない。総合力という観点において我が一族がかの組織に及ぶものなど何も無い」
確信を持ってアルドルは言い切る。言葉の迷いの無さは恐らく幾度も分析を繰り返してきたからだろう。アルドルはずっと敵としてみた時計塔、ないし魔術協会を分析し、解析し、研究し、対策し……その結論として勝機が無いと確信したのだ。
「強いて言うならば叔父上の入手した大聖杯だが……アレには使用制限がある。抑止力という使用制限がな。世界という名のセーフティーがある以上、叔父上がそうしようとしたように精々が
魔術師であれば目を見張るだろう暴論だろう。
確かにかの聖杯には抑止力という使用制限はある。あるものの、逆に言えば世界が働くほどの危険な思想を持ち合わせてなければ持ち主の願望を無限界に叶えることが出来る万能の願望器ではあるのだ。
それを優れた聖遺物程度のものだと評するなど、魔術師として審美眼にあまりにも欠けていると言わざるを得ないだろう。
故にダーニックは批判のための指摘を──。
「成る程──お前が見てきた魔術協会は、それほどまでに遠かったか」
「ああ。遠かったとも」
ただただ当然のように、ため息と共に甥の言葉を肯定した。
批判は無い、反論も無い。
あるのはただ、甥の言葉は一つの真実を指摘しているのだという確信だけだった。ダーニック以外のユグドミレニアであれば誰もが動揺するであろう会話は続く。
「時計塔、アトラス院、彷徨海……その全ての魔導を見て触れた、とまでは言い切らないが、連中の有する神秘は概ね認知している。貴方も知っている通り、私は神代の世界を再現し、その術理を己が内に取り込んだが──そんなもの、とっくに彷徨海が達成している。時計塔の地下世界アルビオンの遺骸、アトラス院の七大兵器。大聖杯に迫る神秘を奴らは幾つも隠し持っている」
魔術が衰退を辿るこの時代になってなお、桁違いの神秘の質と量を揃えた組織。それこそが魔術協会という伏魔殿であり、無謀にもユグドミレニアが殴りかかった敵の正体なのだとアルドルは言う。
「人材もそうだ。私や叔父上を上回る逸材などゴロゴロと居る。時計塔の
絶望的な宣告、希望の無い展望。
アルドルの分析の通りであればユグドミレニアの行動は正しく自ら破滅へと向かう愚行だろう。ダーニックが一族に告げた勅令こそ、他ならぬ一族を滅びへと導く号令になったのだと弾劾しているに等しい、言葉。
なのに、甥の目には絶望の影一つとして見えない。
その言動に失望に濡れた色など何一つとしてない。
歩む足取りに重いものなど感じられない。
結論として──アルドルは、欠片も絶望を抱いていない。
「……それで、それを踏まえてお前は何を考え、何を思う。私の判断を愚かと断じ、弾劾し、連中に投降するという選択を取るか?」
「投降?
「ほう──言い切るか」
「言い切るとも──何せユグドミレニア最強の魔術師らしいからな、私は。私が後退したら一体誰がその算段を付けられるという」
甥の鉄面皮が崩れる。余裕げに、或いは傲慢に、吊り上がる口元。大胆不敵な三日月を描いた表情。
そこには絶対的な確信と自信が満ち満ちていた。
野望に燃える無謀かつ我武者羅な若者。
不意に──古い鏡を見ているようだとダーニックは思った。
「条件は揃えた。魔術協会の中立派と貴族派は黙らせた。ロードの二家が口を挟めば余分な横やりはエルメロイⅡ世でも出せまい。後援者気取りの魔法使い殿にも許可は取ったからな。流石にあの魔術オタクでも干渉は出来ないだろう。今からではどのみち距離も時間も足らん」
そして──そんな若者から語られる妄想染みた大業。あっさりと口ずさまれる真実はあらゆる意味で常軌を逸していた。
「アトラスの巨人共は今頃シミュレーションに掛かりきりだろう。新しいデータをくれてやったからな。舞台狂の院長含め、引き籠もっていることだろうよ。彷徨海はそもそも地上の些事に興味はあるまい。聖堂教会の連中も口の悪い『人間使い』を通して伝えた情報を確認するのに忙しいだろうしな」
言葉は聞く者が聞けば卒倒する内容だった。事もあろうに神秘世界の二大派閥。魔術協会と聖堂教会の二つの組織における重役の行動を封じきったとアルドルは断言しているのだ。
確かにユグドミレニアにおいて最強と、魔術師としてもずば抜けた才気を持っていると一族からも他の魔術師たちからも謳われるアルドルではあるが、その所業は天才などという一言で済まされて良いものでは無かった。
天賦、天稟──並ぶことを許さない、怪物的な資質。
最強と呼ばれるに足る規格外の所業であった。
「……お前は、何処まで見据えて」
「無論、勝利を見据えて。ユグドミレニアの栄えある未来。文字通り、そのためだけに生きてきた。そのためだけに全てを費やしてきた──貴方と同じだよ、ダーニック。私はユグドミレニアを勝たせるために此処に在る」
カツンと、一際大きな足跡が鳴り響き、アルドルの歩みが止まる。
気づけば最深部にまで到達していたらしい。
アルドルが振り返る。
彼の背後には眩い程に生え誇る翠玉の魔晶樹とそこに生け贄の如く捧げられた一人の若者の姿──そして太陽の如く、輝ける《光》。
「今こそ語ろう。私の
かくして此処に──全ての真実が明かされる。
「これは、一体どういうことだ……」
ダーニックの口から掠れた音色の声が漏れる。
一〇メートルを優に越す巨大な大樹とそこに実る翠色の輝き。信じがたいほどの質と量を誇る魔力結晶体の集合。九つの巨大な枝にはシャボン玉のようにして時折、泡沫が浮かび上がり、彼方には神秘渦巻く九つの絶景が見える。
……いい、それはいい。それは知っている。
これぞ誇るべき我が甥が完成させた規格外の魔術工房。
北欧神話世界を再現する固有結界。
神代息づくアルドルの研究成果である。
しかし、そこに見覚えの無い者が居る、者が在る。
生け贄の祭壇に捧げるが如く、或いは十字架に貼り付けられる聖人の如く、その大樹に捧げられている人物は紛れもなく。
「アルドル、なの……か……?」
「然り。私だ、七度目に参加した亜種聖杯戦争で全身に不治及び不死殺しの手痛い攻撃を浴びてね。解呪もままならないものだから、こうして『その時』のままを固定して強引に延命を図っている。この通り、仮初めの肉体とはいえ意識を浮上させているものだから苦痛は永続していてね。協力者からは途中で発狂するだろうと呆れられはしたが……案外、成るようになったな。気が狂うほどの痛みも、慣れてしまえばそれまでだ」
「────…………」
……先ほどアルドルの口から披露された大業など一瞬で霞み消えてしまうほどの最悪にして最大の真実。フィオレをして絶望しかけた現状をアルドルはあっさりと自らの口で明かした。
「常に魔術を使用せねば
以降の聖杯大戦の準備も捗った……と肩を竦めながら言うアルドルの言葉も耳からすり抜けてゆく。
絶句という言葉でしか形容できないほど、ダーニックは言葉を失って固まる。
「まあ、私の事情などどうでも良いか、話は私が進める計画の方だったか。と言ってもそう大層なものではない。言ってしまえば魔術協会のやっていることを我らが主導で行うというだけの話だ」
言葉無く立ち尽くすダーニックに気づかずに、或いは気づいた上でアルドルは雄弁に語る。自らが考え、実行した一族を勝利へと導くその構想を。
「
アルドルの言葉は魔術師が聞けば垂涎の内容だった。
魔術師にとって血と家柄は絶対の宿命だ。血が長く、より濃いほど魔術という神秘の濃度は跳ね上がる。故に魔術協会ひいては時計塔において、血の浅い者は軽視され、血の廃れ行く者は嫌厭される傾向にある──かつてのユグドミレニアがそうだったように。
だが、アルドルの言葉が真実であれば紛れもなく、新興の家柄や衰退しつつある家柄に取っては救済にも等しい魔力があった。
ましてやユグドミレニアという一族に属するだけで、純血を放棄するだけでその恩恵に預かれるというならば、それは伝統と歴史を放棄しても勝るほどの魅力に満ちた話だろう。
「夢物語だ、と笑われるかも知れないが、それを成すためのこの工房だ。私は大聖杯を以てしてこの偽りの大樹を、九つの世界をシミュレーションするに過ぎない私の工房を、次代の世界樹として確立させ、これを惑星にテクスチャとして永久不変に固定する。彷徨海が土地一つを神代のままに固定化させ、世界を彷徨するように。或いは時計塔やアトラスが地下という人知未踏を神秘の聖域として保つように。私はトゥリファスという土地を神住まう聖域として昇華する」
途方もなく壮大かつあまりにも遠大過ぎる構想だった。
確かに大聖杯を用いれば、可能だろう。元より独力で神話環境を再現する傑物がアルドルだ。然るべき手順、然るべき用意があれば、その構想を現実のものとして成すことも可能かも知れない。
とはいえ、不可能だ。何故ならばそれを行えば先ず間違いなく抑止力が敵に回る。先ほどアルドル自身が口にしたように如何な大聖杯の力を以てしても、過ぎた願いはそれを抑止力が阻みに来る。
だからこそ身の丈に合わない構想は万が一にも結実しない。魔術協会や聖堂教会よりも恐ろしい世界という枷がそれを阻みに来る。
しかし……。
「そんなマネをすれば抑止力が阻むという意見は勿論承知しているとも。一応、二度に渡って撃退したが、それで諦めるほど緩い生存本能はしてないだろうからな。ましてや、それだけの変化を世界に晒せば日々を暮らす普通の人間にも気取られる。そうなれば神秘の終わりか、そうで無くとも剪定事象……この世界線ごと切り捨てられるのがオチだろう。或いは……そう、星見の連中が出張ってくるか」
クツクツとアルドルが笑う。意図は不明だが、それはそれで楽しいだろうとでも言いたげな愉快げな笑みだった。
「だからこそ──私の世界は九つに区切ってある。北欧神話を採用したのは何も私との親和性だけじゃ無い。それぞれに分かたれた九つの世界が存在するという世界観。これがあるからこそ、私の世界は人々の目からも抑止力の干渉からも逃れられるのだ」
言いながら、アルドルは自らの右目に手を当てる。
そうして目を細める。
さながら自分の視界を確かめるように。
「人間にとって基本的に世界とは視覚であり、認識だ。今この目に映る世界、今認識する視界こそが個人にとっての世界であり、全てだ。そして、視界は何も一つだけではない。目の良い者が見る世界と目の悪い者が見る世界は違う。若者が見る世界と老人が見る世界は違う。異性の差。背丈の差。眼球の有する性能の差。障害病の有無。即ち──個々人によって世界は、認識は、常に異なる」
誰もが共有する普遍かつ不変なる世界など存在しない。
一般人で括ってもこれほどまでに視界は異なるのだ。此処に、異能や先天的な異常をも含めれば、同じ世界を視ている人間など無きにも等しい。
にも拘わらず、それで世界は崩れない。視界が違う程度、認識が違う程度では、抑止力が働くほどの事態にはなり得ないのだ。
当然だろう。それは世界そのものが違うのでは無く、認識の違い。言うなればそれぞれ個人が持つ所感の違いとも言えるものだから。
遍く多数が共通して認識する異常でなければ……たとえ死を直視するような皹だらけの世界が個人に映し出される
「だからこそ私の世界は九つに分かれる。一般人の視る世界と魔術師の視る世界は違う。ヒトの抑止力が捉える世界と星の抑止力が感じる世界は違う。つまるところ、ユグドミレニアが容認する存在を除いて世界樹は現れない。そして認知されない異常は、そもそも異常で無いのだから。抑止力が、排除する理由にはならない」
“罪の無き者は通るが良い”──楽園へと続く道にはそんな文言があるという。ならばそれ倣うのみ。たとえ世界であろうとも、星の化身であろうとも、その身がユグドミレニアに容認された存在で無いのなら、世界樹を認識することは出来ない。
分かたれた世界の境を越えて九つの世界を認識できるのはそこに息づく住人と神々にのみ許された特権なのだから。
「──これが私の
純血たる誇りを捨て、復讐を誓って根を伸ばした。
太く広く……いずれ訪れる大いなる開花の時を目指して。
千年の繁栄を望む一族は、執念深く、いつかの未来を信じた。
その果てに、遂に黄金は成ったのだ。
目を覆うほどの輝き、狂気にも似た情熱の焔。
世界をも塗りつぶす、絶対の《光》。
「それこそが──私が思い描く、千年樹の栄光だ」
千年樹は、此処に
………
………………。
「──と、以上がこれまで私が当主殿に無断で勝手に進めていた計画の全容だが、どうかな? 決戦前に真実は明らかにすべきと認識した故、全てを明かした。というよりフォルヴェッジ姉弟には聖女相手に大立ち回りをしたせいもあって気取られたのでな。隠す必要のある段階も通り越したことだし、此処らで種明かしをしても問題はないと判断したのだが……さて」
語るべき事は全て語り終えた。その言葉に偽りは無いのだろう。
他に何か質問はあるかと言わんばかりにアルドルは息を吐く。
当人的にはあくまでユグドミレニアの利益を目指した結果に過ぎないだろう。壮大な会話の内容とは対照的にアルドルの態度に普段との差違は見受けられない。
一族における必要なことを自らの能力が許す範囲で行った。
それがアルドルの認識なのだろう。
……問題があるとすれば当人が当代最高峰の才能を有する魔術師であり、自己保身というものに一滴ほどの興味を有していないことだが。
「……何故、一人で事を為そうとした」
言葉無く立ち尽くしていたダーニックが呟くように問うた。
俯いているため表情は見えない。
声から感情を伺うことは出来ない。
淡々と、ただ音を紡いだだけのような声。
その変化の重さをアルドルは認識しないまま、淡々と返す。
「概ね、貴方と同じような理由だよ。一族の者は頼れん。信用信頼の問題では無く、単純に性能的な意味で彼らでは私には及ばない、その覚悟も無いだろう。それに情報を知るものが少ないほど計画の完成度は上がる。善意にしろ悪意にしろ、数が増えれば状況は煩雑化し、不確定要素も増える。故に個人が最善だと判断した」
「……それは私であっても、か」
「
「そう……か……成る程──お前の計画は私の間違いから始まっていたのだな」
「……そこに気づくか。流石だな」
「……気づくとも。お前であれば最短かつ最善の道を選ぶだろう。時計塔や聖堂教会を完全に敵に回すことを前提とした計画などらしくも無い。お前ならば気取られる前に全てを終わらせていたはずだ」
「そうだな。少なくともこのプランは初めから抱いていたものでは無い。幾つかの可能性。幾つかの選択を考慮し、複数の計画を進めていた内にこれを選ばざるを得ない状況になった。それだけだ」
ダーニックの指摘にさして隠すことでも無いとアルドルは裏の事情を明かす。そもそもアルドルの計画は聖杯大戦……ひいては現状のあらゆる組織や秩序を敵に回すことを前提に成立している。
つまるところ、魔術協会や聖堂教会を相手に裏を掻かず、正面から正々堂々と打倒するための策略である。
その難易度や前段階として必要な手順。ありとあらゆる意味で手間が掛かりすぎている。アルドルであれば、魔術協会や聖堂教会に抵抗する暇さえ与えず、屈服させていたことだろう。
それをしなかったのはユグドミレニアの舵を取るのがアルドルでは無かったから。ダーニックを尊重し、ダーニックの選択に付き合った結果、アルドルはこれほどに迂遠な手順を踏まざるを得なくなったのだ。
「……ここまでしたのは時計塔を屈服させるためか」
「ただ単に戦でユグドミレニアが勝った。というのであれば、地方の魔術一族が独立を勝ち取ったと言うだけの話になってしまうからな。それではアインツベルンやマクレミッツの本家のようなものだ。貴方の意図にそぐわないと判断した。なればこそ連中の基盤に亀裂を入れてこそ、勝利であると言えると判断したまでだ」
「……実にお前らしいな」
「やるのであれば徹底的に、だ。中途半端や妥協はあまり好きでは無い。失敗したときに悔いが残る。……誰もが生まれつき才能に恵まれているわけでは無い。往けるものは躊躇いなく往くべきなのだ」
小さく呟いた一言にはアルドルという人間の地金が見えた。
彼にとって何らかの琴線に触れるモノなのだろう。
自分に言い聞かせるように、或いはそうでありたいと願うような。
切実な祈りが込められていた。
「……仮に、仮に聖杯大戦に勝利し、お前の計画が成ったとしよう。その時、お前はどうなるのだ。概ねお前の計画は把握した。神代魔術の詳細は私も把握していないが……お前の現状と工房を見れば
「────…………」
沈黙が、場に満ちる。
アルドルは顎に指を当て、微かに躊躇した後、
諦めるように息を吐いて、現実を口ずさむ。
「貴方であれば察するだろう。降霊科の元講師殿。人の魂では神格という膨大な情報に耐えきれない。我が工房が真実、世界樹へと至った時、私という個人は神の器として塗りつぶされることになるだろう。完膚なきまでにな」
「………………」
「消滅が恐ろしくないかと問われれば、恐れる気持ちも無論ある。とはいえ元々半ば死んでいるような身の上だ。見ての通り亜種聖杯戦争で痛い目を見てね。満身創痍だ。それこそ聖杯に願いでもしない限り助かるまいよ」
「………………ならば」
「一族の一人の命と一族に訪れる栄光ある未来、貴方であればどちらを選ぶダーニック。魔術師であるのか、人であるのか。貴方はどちらだ」
「………………」
「──そういう事だよ。だからこそ私は貴方を尊敬し、信頼しているのだ。ユグドミレニアの魔術師ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア」
そう──それは意味の無い仮定だ。意味の無い“もしも”だ。
命を惜しむのであれば……そもそも宣戦布告などしない。
八十年以上の時を生きていない。
聖杯戦争に──参加してなどいない。
命を懸けても達成したい願いがある。
命を賭しても叶えたい手にしたい野望がある。
ならば、選択肢は初めから一つしか残されていなかった。
「…………────ふぅぅぅぅ……」
息を吐く、重く、長く、呼吸をする。
……両肩に消えたはずの重さを感じ取る。
これでいい。アレは錯覚だったのだ。
微睡む中で見た夢幻の類い、あり得たかもしれない可能性の話。
「アルドル、私は間違えたのだな」
「ああ、そうだな。貴方は間違えた」
間違えた。そう、間違えたのだ。
ダーニックは選択を間違えた。
だからルートはズレた。
栄光の道に生け贄が必要となった。
それを認めよう。認めた上で、尚も諦められる筈も無く。
カン──と杖を鳴らす音が響く。
──顔を上げる。
「──アルドル」
「何だ、叔父上」
願いは今も昔もただ一つ。
たとえ、この血、純血が失われたのだとしても。
「プレストーンの魔術刻印を今よりお前に委譲する。略式ではあるが、今よりお前がユグドミレニアの当主を名乗れ」
「──……それは」
「どのみち、これはこれからに不要なものだ。これよりユグドミレニアが歩む道には不必要なものだ。なればこそお前に送る徒花として丁度良かろう。当主の肩書きぐらい持たねば、ユグドミレニアを導く者として格好が付かないだろう」
千年樹は途絶えない。
何度でも、何度でも、蘇る。
枝葉が手折れ、枯れ落ち、幹が裂けようとも。
約束された栄華を手にするその時まで。
千年紀を生き続けるのだ。
「──承った。短く、刹那の如き生ではあるが、当主として我が全てを賭け、ユグドミレニアを栄えある未来へと導こう」
「それで良い──お前はそれで良い」
──私の希望は叶わなかったが、私の野望は確かに受け継がれたのだ。
それで十分だろう。それ以上を望むのは強欲だ。
ユグドミレニアは勝つ。勝って魔術世界を凱旋する。
残る結果はただ、それだけで良い。
「では当主として、最初で最後の仕事に取りかかるとしようか。“赤”の陣営を打倒し、時計塔を屈服させる。……手間の掛かる作業だが、まあ問題はあるまい」
そう言って軽く笑う若きユグドミレニアの当主。
彼の背中に、少しだけ未練の景色を幻視する。
己の後継がユグドミレニアを統べ、導く。
そんな、あり得たのかも知れない未来。
──首を振る。
幻視は掻き消えた、その光景は忘れた。
故に掛けるべき言葉はただ一つ。
「勝つぞ──そしてユグドミレニアに栄光を」
「無論──そのために此処まで積み重ねて来たのだから」
アルドル君の信頼度
「ダーニック」A+
めちゃ強、ユグドミレニア当主
能力あるのに発揮できなくて残念だった。
だから、今回は俺君も力貸すで!
一緒に頑張ろ!!
「フィオレ」B
優しくて穏やかで美人な可愛らしい人物。
好感も持てるし、好意を持ってくれるのも嬉しいけど
魔術師としての戦力にはちょっと期待できんかな。
「カウレス」B
勇敢で逞しくて覚悟も決められる好青年。
兄貴扱いも嬉しいし、未来ある若者として期待してる。
けど現状、魔術師としての戦力には期待できんかな。
「ゴルド」C+
傲慢なのは玉に瑕だがいい人。
でも精神成長してホムンクルス愛好家になるのは、
今はちょっと困るから良い感じにそのまんまでいてね?
「ロシェ」D
ゴーレムヲタ。ちょっと手が足りない時に
手伝って貰える便利な後輩。
死なすには惜しいからオタク交流は無しね。
「相良豹馬」D
正直会ったことないのよね君。
試しに新宿に行ってみたら、
何か殺人未遂で捕まってるし。
路地裏の殺人鬼?赤いジャケット?
……ちょっと心当たり無いですね。
「セレニケ」E
うん。能力はあるんだろうけどね。
……ショウジキナイワー
「レミナ」EX
げんさ……君がどんな未来を辿るのか
分からんから取りあえず知識だけでもあげとくね。
取りあえずシグブリュ夫妻とワルキューレ姉妹と女神様と……。
ああ、そうだついでにパーシヴァルのステータスとかスキルとか。
え?もっと知りたい?
しょうが無いな。知ってる分だけだよ?(既出全鯖情報)