千年樹に栄光を   作:アグナ

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謀略の影/獅子は牙を研ぐ

 アルドルが主導したトゥリファス市街地での大規模な戦闘。

 聖杯大戦における調停者ルーラーが脱落し、“赤”の陣営の主力たるライダー、アーチャー、セイバーが手痛い打撃を受けることとなった戦から一夜明け、トゥリファスには束の間の平和な刻が流れていた。

 

 無論、その平和は仮初めのもの。“黒”の陣営も“赤”の陣営も未だ健在であり、両陣営ともに決戦を前に態勢を整えているにすぎず、戦の終わりはまだ先の話になるだろう。

 とはいえ、終局に近づくにつれ、両陣営における形勢が現れ始めている。

 

 たとえば──“黒”の陣営は先の陣営同士の決戦から数えられる損失は“黒”のライダーの脱落のみで殆どのサーヴァントは健在のままだ。

 

 あくまで先の市街地戦を主導したのはアルドル一人であり、魔力や資源を消費したのはアルドルただ一人。またアルドルが動いている最中にもミレニア城塞が“赤”のランサーに受けた損害を“黒”のキャスターが中心となって補強したため、城の防御は復活していた。

 つまるところ、“黒”の陣営は聖杯大戦が開戦する以前の状態を取り戻すことが出来たと言って良い。

 

 一方で“赤”の陣営──こちらの被害は中々に厳しいと言って良い。先の陣営同士の決戦においては“赤”のバーサーカーという駒を失い、陣営の長たる天草四郎時貞も手傷を負わされた。

 

 さらにはアルドルの計略によってライダー、アーチャー、セイバーという駒が決戦前に負傷。特に踵を攻撃されたライダーは快速と不死を失うこととなり、アーチャーは精神に大きな傷を受けることとなった。

 セイバーも傷こそマスターの獅子劫の魔力によって補填できる程度だったとはいえ、快復に少なくない魔力を費やしているため、即座に開戦するような事態が発生した場合、消耗は少なからず響くだろう。

 

 双方の陣営を比較した場合、状況は明確に“赤”の陣営が劣勢であると言えよう。

 

「ゆえに私の消耗を知れば、電撃的に仕掛けてくる可能性も高いとみていたが……杞憂だったと喜ぶべきか、敵の慎重さを警戒するべきか、貴方はどちらだと思う?」

 

『さて、ボクは戦働きが得意というわけじゃないからね。というか君の方が秀でているだろう。その辺り、今更確認する必要があるのかい?』

 

 ミレニア城塞。

 アルドルは自らに与えられた私室の執務机に向き合い、座っている。

 対面に会話する対象はいないが、虚空に向けられた彼の右目の魔眼には、自らの工房に住まう《光》がしかと映っている。

 

 ──ルーラーとの決着から一夜明けた次の日。

 陣営同士の決戦からずっと活動を続けていたアルドルは一つの大きな懸念事項が消えたことでようやく一時の休息に付くことが出来た。

 

 アルドルにとってルーラー排除は、ともすれば“赤”の陣営との決着よりも優先される課題であった。だからこそ休む間もなく、彼女の排斥に動いたのだ。

 

 ……流石に抑止力の使者とも言うべきルーラーとの戦いはアルドルに多大な消耗を強いた。

 少なくとも今この時“赤”の陣営に攻め込まれていたならばまともに対応することは出来ないため、必ず何処かで一息入れなければ満身創痍のまま決戦へ移行するというあまり宜しくない事態に発展していたわけだが。

 

「三騎を封じたとはいえ、相手にはまだ“赤”のランサーが居る。アレは下手をすれば我が陣営を全て喰らい尽くせるだけの能力(ステータス)を保有しているからな。或いは……何も陣営を落とせなくても私の命を直接狙うという選択もあった」

 

『確かに。向こうからしてみれば“黒”の陣営における最大の警戒対象は君だからね。君一人だけの活躍でライダー、アーチャー、セイバーという歴戦の英雄たちが悉く後手に回され、挙げ句、損失を被ったんだ。そんな君が討ち取れるチャンスがあるなら多少のリスクを背負うだけの価値がある』

 

「だが敵は仕掛けてこなかった。途中で“赤”のライダーに令呪を用いた辺り、キチンとこちらの様子を窺っていたようだが……」

 

 しかし、様子を窺っていたにも拘わらず、シロウ神父は仕掛けてこなかった。

 介入する余地は幾らでもあったであろうに、彼はあくまで様子見に徹し続けた。

 

「まあ、少なからず奴の意図は理解できる。奴の大本命は私の命や“黒”の陣営の全滅では無く、ユグドミレニアが握る大聖杯だ。事ここに至っては“赤”のアサシンの脱落はまず間違いないだろうから、そちらの課題を優先しているのだろう」

 

 ──本来の筋書き(・・・・・・)であればシロウ神父は“赤”のアサシンの宝具……かの空中庭園を以てして大聖杯をユグドミレニアから奪取し、“黒”の陣営との決着に備える、という構想であった。

 しかし、半ば反則的手段によって、それを事前に知っていたアルドルの計略で構想は破綻。開戦以前に“赤”のアサシンは脱落するという事態に発展した。

 

『だとすると、その準備に今を費やしている。そういうことかな?』

 

「そう考えるのが妥当だろう。実際、私がルーラー排除に動いている間に、奴は悪戯(・・)を仕掛けてきたのだろう?」

 

『……悪戯(・・)、ねぇ? 君の工房に攻撃(ハッキング)が仕掛けられたって言うのに随分と余裕そうな反応だ』

 

「奴の宝具を考えれば元々予想された事態だ。先の戦いで私の魔術も全容までとは行かずともある程度は把握できただろう。様子見がてら仕掛けてくるのは予想できる」

 

 机に頬杖を突きながらあっさりと言い切るアルドル。だが彼の語る内容は普通の魔術師であるならば無視できない出来事だ。

 シロウ神父は確かにアルドルの戦いに直接的な介入はしてこなかった。

 しかし、だからといって何もしてこなかったわけでは無い。

 それをアルドルが知ったのはミレニア城塞に帰還した後である。

 

 工房の宿主の報告によってシロウ神父の暗躍は確認された。

 

『ユグドミレニアの魔術刻印を用いた不正接続(アクセス)。ボクが此処に居る以上、感知するのは簡単だったし、中枢への介入を許すこともしなかったけど、仕様上の恩恵を絶つことは出来なかったよ』

 

 工房主の報告によって判明したシロウ神父の暗躍。

 それはアルドルの工房への直接攻撃(ハッキング)という事態であった。

 

 どうやらシロウ神父は何からの手段によってユグドミレニアの魔術刻印を入手し、それを利用してアルドルの工房へと不正な接続を試みたのだ。

 

「魔力供給と魔力回路の強化、霊器の向上か。後者二つは元より工房が未だ完全で無いから問題外だとしても、魔力供給は面倒だな。どれぐらいやられた?」

 

『さて。君が工房を全力稼働していたせいで、何とも。ただ少なくとも向こうの英霊たちを一人で賄えるぐらいは持って行かれたんじゃないかな?』

 

「そうか」

 

 アルドルは瞑目しながら息を吐く。

 決して楽観できる事態では断じてないが、アルドルとしては仕方が無いと割り切るしか無いことでもあった。工房の機能や特性がある程度、外に露見した時点でこのような仕掛けがあることは予め想定していた。

 

「……ユグドミレニア一族となることで神代の恩恵を与える。その仕様の都合上、刻印を持つ者への恩恵付与は防ぎがたい事態だ。勿論、裏切り者への保険として刻印を取り上げるという機能も工房には備わっているが」

 

『それはあくまで工房が完全に起動した時の機能。ボクがボクたる形を明確に得た後の話だからね。現状では一つ一つの刻印を選別して干渉するのは厳しい。一応、全部の経路(パス)自体の機能を停止させて恩恵の流出を防ぐという手段もあるにはあるが……』

 

「“黒”のバーサーカーだな」

 

『その通り。君自身が行ったことだから当然知っているだろうけど、工房は現在カウレス君への魔力供給を行っている。全部閉じればそちらへの影響が出てしまう』

 

 仕様上の理由と機能上の理由。

 それがシロウの干渉を感知しながら完全に対応することが出来ない理由であった。

 尤もこれ自体は厄介ではあっても別段、頭を抱えるようなことではない。

 

 シロウ神父──天草四郎時貞の持つ宝具。

 ありとあらゆる魔術基盤に接続できるという万能鍵(スケルトンキー)

 『右腕(ライトハンド)悪逆捕食(イヴィルイーター)』『左腕(レフトハンド)天恵基盤(キサナドゥマトリクス)』。

 この宝具の特性を考えれば、アルドルの脅威と魔術を知った時点で、いずれ成されていただろう攻撃だ。

 

 予め想定できる事態である以上はアルドルは、このような事態を当然予測済みである。だからこそ考えるべきは仕掛けに対する対策では無く、その狙いの方である。

 

「単に私の工房の機能を停止させるためか、私の工房の恩恵を悪用するため、というのであれば分かりやすかったが……」

 

『ふむ。此度の事は何かしら狙いがあってのことだと?』

 

「奴の性質を考えれば、単純な狙いだけだとは思えん。何せあからさますぎる」

 

 言いながらアルドルは執務机に置いてあった資料を手に取る。市内に配置しているユグドミレニア一族の者から上がってきた報告書だ。聖杯大戦開戦より常にダーニックの下に上がってきていた日々の報告書だが、今はアルドルが当主の座に付いたことでアルドルの手元に回ってきていた。

 

 その中に、無視できない情報が紛れ込んでいた。

 

「『“赤”の陣営の魔術師と思わしき相手によって既に十三人が襲撃され、魔力枯渇状態で発見された』か。ダーニックはこれを“赤”の陣営との牽制合戦の一環だと処理したようだが……」

 

『君がこれを神父くん……天草四郎時貞が主導したものだと見ているんだね』

 

「恐らく。奴は主を持たぬ独立したサーヴァントとなり果てていた。となればどうしても自前で魔力を何とかせねばなるまい。……最初の襲撃自体はそちらが目的だったのだろうが」

 

 本日上がってきた最新の報告書──被害者は十五人に増えていた。

 

「……私の工房から十分な魔力は奪っているだろうに、襲撃が続いている。となれば目的は恐らく」

 

『ユグドミレニアの魔力刻印。君の工房に通じるチケットという訳か』

 

「報告書にその辺りの情報がない辺り、偽装が施されているな。考えるに“赤”のキャスターが同行しているのだろう。中々に不穏すぎる組み合わせだな。ある意味、“赤”のアサシン以上に」

 

 目的のためならばありとあらゆる手段を取る神父に、面白い展開のためならば裏切りや背信も躊躇わない“赤”のキャスター。

 人物像や能力を把握しているだけにアルドルは、此処に何らかの意図を見出していた。

 だが……。

 

『珍しいね。君が分からない、なんて言うとは』

 

「……貴方ならば知っているだろうに。こういうと言い訳じみて好かないが──正直な話、私はまともな(・・・・)腹芸ならダーニックを下回る。ダーニックを出し抜けるほどの謀略家相手では普通にやれば普通に負けるぞ」

 

 当たり前のように自らの弱点を語るアルドル。その口調に悔しさや歯がゆさの色は無く、寧ろ当然の事実を語るような、あっけらかんとした割り切りがあった。

 

『はははは、キミは意外と真っすぐだからね! 性格の曲がったやり取りは確かに苦手そうだ。その割には意地の悪いやり方は身に付いているようだけど』

 

「短所を長所で埋めるのは当然だろう。弱みが分かっているから強みを押し付けているだけだ」

 

 共犯者の指摘にアルドルは嘯く。彼の言う強みとは、無論、まともじゃない腹芸のことだ。

 確かにアルドルは謀略の類は苦手としているが、事前の情報戦においては無敵に等しい。手の内は分からなくても相手の手札は完全に見て取れる上、盤ごと引っ繰り返す手段にも富んでいる。

 

 圧倒的な情報量を土台とした傍若無人の立ち振る舞い。

 生半な謀は発動の予兆すら事前に叩き潰してしまう。

 

「この件に関しては後手の対応になるが、警戒しつつ、向こうの動きに合わせて対応するしかない、か。念のため工房の防御強化を高めておこう。どのような仕掛けであれ、ユグドミレニアの刻印を利用して何かを狙ってくるだろうからな。此処は友人からの餞別品を使わせてもらう」

 

『ああ、例の結界師くんの奴か。泉を通して魔術式を閲覧させてもらったけど、アレなら確かに攻撃(クラッキング)に対する防御壁(ファイアウォール)として十分だろうね』

 

「それから万が一の機能不全も考えて予備の電池も使い切る。収集した亜種聖杯モドキも、ガリアスタから買い上げた電力も、だ」

 

『流石に大盤振る舞いだねぇ、如何にも決戦前といった感じだ』

 

 前者は文字通り死力を尽くして手に入れてきた亜種聖杯の戦利品、後者は中東の出身の魔術師家系との共同開発の末に入手した霊脈上に設置することで魔力充填を行い、必要に応じて臨時の魔力源として利用できる魔力電池の事だ。

 両方とも使い切ることを前提に使用するならば、一時的にとはいえ工房を全力稼働させながらも全ての“黒”のサーヴァントの魔力を賄うことが出来るほどの大魔力となる。

 

 即ち、アルドルにとって文字通りの全開出力だ。

 

「それと……そろそろ貴方の出番になる(・・・・・・・・)。出撃の準備を」

 

『────へぇ』

 

「神父……天草四郎も脅威だが、“赤”のサーヴァントにはまだ最強が残っている。あの英霊だけは“黒”のサーヴァントではどうにもならんだろう。()は『ジークフリートの力はこんなものじゃない』などと言ってはいたが、令呪勅令を賭して尚、上回る神殺しが相手では魔剣では対抗できまい」

 

『成程ね。神殺しには、神殺しをか。こういう時、了解したマスター(・・・・)っていえばいいのかな?』

 

「……マスター、か。その言葉も聞き納めだと思えば感慨深いな」

 

 軽口を叩く相方の反応にアルドルは小さく微笑む。

 ……決着の時は近い。

 その予感を改めて強く認識する。

 

「何がどうあれ──勝つのは我らだ。敵が謀略の策を張り巡らすというならば、その策ごと敵の悉くを粉砕するのみ」

 

『初志貫徹、終始変わらずか。オーケー、ならば手が欲しい時はいつでも声を掛けると良い。──九つの宙を抱く神理を神代の終わりに再現してみせた最後の末よ。転輪する永遠の光が、キミの神話を記録しよう。どうか後悔なき航海を』

 

「協力に感謝する我らが祖よ。運命を超えた先にある可能性を、証明してみせよう」

 

 ──瞬きをする。

 その刹那に輝いていたアルドルの右目は光を失い、元に戻る。

 

「……ふう」

 

 謁見(・・)を済ませたアルドルは一息付いた。

 決戦前ともなれば、流石に考えることも気を回すことも多くなる。

 敵にしろ、味方にしろ、何が起こるか分からない以上、その全てに意識を割かねばならない。

 

 陣営に属しながら個人で大戦に望むが故の難点。

 仮初の平和の最中とは言え、アルドルに気の抜ける時間は無かった。

 

「あ、悪だくみは終わりましたか?」

 

 そんなアルドルに降りかかる、気の抜けた声。

 応接用のソファーに座り、書棚から持ち出したであろう本を机に積み上げながら、紅茶とスコーンを共に読書を楽しんでいたもう一人の共犯者が会話を終えたアルドルに話しかける。

 

「……何というか。満喫しているな」

 

「マスターに任されていた仕事は大体終わってしまいましたからねー。やることは残ってますけど、もう潜伏の必要も別行動の理由もありませんから。……美味しいですね、この紅茶。あとスコーンのジャムも」

 

 何処か呆れているようなアルドルの視線を受け流しながら共犯者──“黒”のアサシンは気に入ったように手元の紅茶と付け合わせのお菓子を見る。

 頬杖を突きながらアルドルは少しだけ嬉しそうに解説する。

 自室に備え付けていた当たり、お気に入りの品々なのだろう。

 

「紅茶はディンブラだ。程よい香りと癖の無さが特徴だな。紅茶特有の苦みも少ないからストレートであっても飲みやすい。スコーンに付け合わせているジャムはオリジナルのダマスクローズジャム。以前、日本に足を運んだ際に気に入って持ち帰ったものだな。甘すぎず、香りが良いため、紅茶にもスコーンにも相性がいい」

 

「マスターって意外と趣味人ですねぇ」

 

「……この世界の影響でね。最初は履修程度だったんだが、いつの間にか趣味になっていたんだ」

 

「世界の影響?」

 

「ん。やたらと茶会の描写が多かったので……いや、何でもない。戯言なので忘れてくれ」

 

「はあ……?」

 

 何処か目を遠くしながら「私はマリアージュよりメイソンの方が……」などと譫言を呟くアルドル。要領の得ない反応だが、こういう時のアルドルは大概、()のことを懐古しているのだと、付き合いの長い“黒”のアサシンは知っているので適当に聞き流す。

 

「それにしてもマスターもこういう娯楽小説読むんですねえ。もっと小難しい本ばかりかと」

 

「うん? 何の話……ああ、書棚から持ち出した奴か。何を読んでいるんだ?」

 

「この聖杯戦争みたいな小説です。あの神父さんの名前も出てますよ」

 

「……ああ、それか。一応、それも広い意味では参考資料なんだがね」

 

 “黒”のアサシンが見せる文庫本の表紙を見てアルドルは苦笑する。

 ある意味ではこの世界の発端(・・・・・)の一つとも言える物語だったので何かの参考になればと手元に置いておいたが、どうやら“黒”のアサシンはアルドルの趣味だと捉えたようだ。

 

「──そういえば宝蔵院も出てたのだったな。結局、旅の終わりを見ることは出来なかったが、どうなったのやら。森宗意軒や十兵衛辺りは召喚されてても不思議ではないが……」

 

 懐かしい未練を思い出して一人呟く。

 もはや知識としてしか思い出せない事象だが、それでも思い出は思い出だ。

 

「あとは、読み物としてこれが良かったですね。良い人だったと記憶していたので、内面が知れてよかったです」

 

「……それは…………」

 

 もう一冊と手に取った“黒”のアサシンの選本にアルドルは困ったように眉を顰める。

 それは──とある死刑執行人の回顧録だった。

 

「……無意味だろうが、忠告しておこう。万が一、本人に会っても言わないようにな。流石に可哀想だ」

 

「ほえ?」

 

 小動物のように小首を傾げる“黒”のアサシン。

 アルドルは内心で著者に同情した。

 

「んん──それで? 雑談もいいが君が態々、私の部屋に訪れたという事はそういうことで良いのかね?」

 

 用事がないのにアルドルの私室を訪ねる──ことも普通にあるが。それはそれとして態々、アルドルを謁見が終わるまで部屋で待っていた辺り、全く何の用事もなくただ茶会を開きに来たわけではないだろう。

 切り替えるように問うアルドルに“黒”のアサシンは然したることもないとばかりに、紅茶を嗜みつつ、あっさりと応える。

 

「あの子たち、マスターを助ける方を選んだようです」

 

「そうか」

 

 言う方もあっさりしていれば、答える声もあっさりしていた。

 

「なら君は次の決戦で“黒”のバーサーカーに付いておいてくれ。そういう配置にする予定だからな。隙を見て恐らく持ち込んでいるだろう例のナイフを奪取できれば、それで詰みだ」

 

「酷い人ですねえ」

 

「自覚はしている。が、命よりも願いの方が惜しい」

 

「そういうと思いました。なら、私も悪い人にならなきゃですねー」

 

 アルドルの言葉にスコーンを口にしながら“黒”のアサシンが応える。

 破滅願望に近い願いを宿す主を止めるでもなく、サーヴァントは肯定した。

 

「──感謝する。貴女が私のサーヴァントで良かったよ」

 

「ふふっ、熱烈なお言葉ですが、そういうのは勝った後に改めて聞かせていただきます。──どうか、後悔の無い余生を存分に」

 

 奇しくもそれは先ほど、掛けられた言葉と似通ったものだった。

 後悔の無い生を──。

 未練を想うことはあれど、後に悔いを残す生き方はしてこなかった。

 

 だから、返す答えは決まっている。

 

「無論だ」

 

 運命を超えた先に誰も見たことのない未知の結末を。

 椅子の背に凭れながら、アルドルは静かに瞑目した。

 

 

 

──『謀略の影』

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 ──俺はあの子の■■になりたかった。

 

 ……なんて浅はかな願望だろう。

 魔術師(人でなし)の癖に、人間の真似事のような事を望むなんて。

 その勘違いこそ全ての過ち。

 

 そも“幸せ”なんてものは善く生きる人間に与えられる権利だ。

 人でなしである魔術師がそんなものを掴める筈が無かった。

 安息も、救済も。

 俺たちのようなものが享受して良いものではない。

 

 永遠に救われない探求の学徒。

 徒刑が如き一生。

 それこそが魔術師と呼ばれるものの本質。

 

 だから……。

 

『次に目が覚めた時は──』

 

 ──ああ。そういって淡く微笑む彼女を前に。

 願って全てが罪の始まり。

 

 罪があるから生き続けた。

 罪があるからまだ死ねなかった。

 

 死ぬ思いを何度もして、傷だらけになりながら戦場を彷徨ってきた。

 その果てに──ようやく見つけた旅の終わり。

 本能の部分で理解している。

 

 死ぬにせよ、生き残るにせよ。

 獅子劫界離の贖罪の旅は、聖杯大戦(此処)で終わるのだと──。

 

 

「──それがあのうさんくせえ神父に協力することにした理由かよ」

 

「開口一番何言い出すかと思えば……ま、察しは付くけどよ」

 

 ルーマニア首都のブカレストにあるホテルの一室。

 そこが獅子劫界離と“赤”のセイバーが構えた新たなる拠点だった。

 

 今までは地下墓地を拠点に活動していた二人だが、トゥリファス市街地戦以後は戦地から大きく後退したこの街を拠点としてミレニア城塞の情報収集に努めている。

 理由としては、市街地戦後に行われた“赤”の陣営首魁との会談を経て、今後は連携の取れる地で活動しようという方針になったこと。そして、もう一つは……霊地を完全に掌握し、あろう事か環境すらも改変して見せた敵陣営の強大さが故、敵陣に居を構えるのは不味いと判断したからである。

 

 地下墓地からおさらばできるとあって先日は“赤”のセイバーもご機嫌でベッドに付いたはずだが、いざ目覚めるとこの通り、いつもの仏頂面。理由を聞いてみればこれだ。

 大方、夢見が悪かった(・・・・・・・)のだろうが、マスターとサーヴァントの関係性に生じる必然の出来事なのだから獅子劫とて不満を言われても困る。

 

「……ま、でも、胡散臭いってのには同意見だな。あの神父は信用も信頼も出来ない」

 

「なら──」

 

「──だが、それ以上に“赤”の陣営を抜きにアレ(・・)とやり合えるとも思えん」

 

「…………ちぇ」

 

 獅子劫は“赤”のセイバーの方へ目を向けぬまま、ロッコから餞別代わりに頂いた品の手入れ作業を行いながら神妙な顔をして言い切る。

 それに対して、不満を態度に表す舌打ちは飛んできても、反論の声は無い。

 “赤”のセイバーとて口では何を言おうが内心では分かっているのだろう。“黒”の陣営に──否、あの神話に立ち向かうには総力(・・)が必要となるのだと。

 

「……何だったんだ。ありゃ」

 

「見たまんまだろ。信じられんがユグドミレニアは神話に手を出したみてぇだな」

 

 ──今でも思い返せば信じがたいし、悍ましい。

 空間に満ち満ちる高濃度の魔力。人知及ばぬ絶海の神秘。

 科学を知らぬ原初の星の形。古き神話に謳われる奇跡の宙。

 

 神々の北欧神話。

 

「まだ向こうのキャスターの仕事って言われた方が信じられる悪夢だったな。理論も魔術式もテンで見当も付かんが、アレが一魔術師の手によって作られたってんなら、とてもじゃないが個人の手に負えるもんじゃ無い。時計塔なら冠位や封印指定クラスの所業だ」

 

「あの青いのは魔術より棒振りの方が得意な奴だったぞ。裏でチマチマするような奴じゃねえよ」

 

「だろうな。となると最有力はアルドル・プレストーン・ユグドミレニアか」

 

 重いため息を獅子劫は吐いた。

 ……優れた術者なのは知っていた。

 ……油断ならぬ魔術師なのも知っていた。

 

 だが、想定を上回るほどに敵はあまりにも強大だった。

 故にこそ、悪魔と手を組んででも対応する必要があった。

 

「悪魔っつうか聖人だが……詐欺師という意味じゃどっちも似たようなもんか。これも家系の呪いかね」

 

「あん、何だって?」

 

「何でもねえよ」

 

 ボリボリと頭を掻きながら、つくづく星の巡り合わせの悪い己の宿痾に呆れる。

 脳裏には、底の知れない笑顔で獅子劫に提案する少年の顔と声が思い出された。

 

『──単刀直入に言いましょう。手を組みませんか?』

 

 シロウ神父──“赤”の陣営のマスターたちを計略に嵌め、まるごと乗っ取った聖人は一通りの事情を語り終わった後、いきなり切り出した。

 

『はあ……一応、聞くが、これまでの事情(・・)を聞いて、俺が「はい」というと思って言ってんのか』

 

『ええ。あの光景を見て、貴方が今も尚、戦いから降りようとしていないということは、貴方にもまた譲れない願望があるということだと認識しています。──だからこそ、我々は手を組める。少なくとも私はそう思っていますよ』

 

 “赤”のライダーから獅子劫は“赤”の陣営で何が起こっているのか概ね把握している。

 シロウ神父──聖堂教会から派遣されてきた男の正体が冬木の第三次聖杯戦争にて生き残ったサーヴァント、天草四郎時貞であるということ。彼は人類救済という願いのために聖杯を求めているということ。その野望のために“赤”のアサシンの助力で“赤”の陣営を乗っ取ったこと──。

 

 つまるところ──自身の願望のために悉くを裏切ってきたという事情を把握している。

 そして他ならぬ神父もまた、それを事実と肯定した。

 

 信頼など出来ようはずも無く、信用など築けるはずも無い。

 提案は即刻蹴られて然るべきものである。

 しかし──魔術師としての冷静さが、その当然を選ばせなかった。

 それ程までに敵は強大すぎた。

 

『彼は──アルドル・プレストーン・ユグドミレニアは強いですよ。少なくとも貴方一人でどうこうできる相手ではない。無論、貴方の“赤”のセイバーにしてもね』

 

『ふん、やっぱりあの光景はプレストーンの次代の仕業か……確かに、その部分に関しちゃ肯定するしかねえわな。信じられねえがありゃもう魔術師としての性能は下手なキャスターを凌駕してやがる』

 

『そうでしょうね。──そして恐らくですが、その背後には英霊すら上回る存在が控えている。あの光景を目の当たりにしたならば貴方も察しているのでは無いですか。アレは個人の領分を越えていると』

 

『だろうな。アレが神話だって言うならば──話を送る“相手”がいるって事だ。どれかは分からんが、奴の背後には高確率で英霊以上の奴がいるんだろうよ』

 

 獅子劫とて古くは論文を漁り、魔術師としての研鑽を怠らぬ学士であった。

 だからこそ敵の魔術理論は紐解けずとも効果範囲や特性を把握できれば、ある程度は発動に必要な要素を察することが出来る。

 神父の言う通り、アルドルという魔術師の背後には十中八九、英霊以上のナニカがいる。

 

『だがな……それを踏まえた上でも信頼も信用も出来ない奴を俺が背後に回すと思ってんのか? ただでさえ不利な状況でこれ以上の不穏因子を俺が戦場に持ち込むと?』

 

『おや、これは随分と嫌われたものです。貴方は傭兵では? 昨日の敵が、今日の味方……そのような考えは出来ないのですか?』

 

『出来るとも。実際、そういうのはザラにある。が、その上でお前は今日の味方って奴にもならんと考えてる。今まで裏切りに裏切ってきた奴が俺たちを裏切らないっていう保証は無いだろ』

 

『ありませんね。私は貴方方を駒としか思っていませんし』

 

『……おい』

 

 貼り付けたような笑みを浮かべたまま、さらっと本心を言い切る神父。

 思わず獅子劫は顔を顰めて突っ込みを入れた。

 

『ですが、協力に信は要らないと思っていますよ。要はアルドル・プレストーン・ユグドミレニアという強大な敵を倒すまでの協調路線の提案です。同行も、共闘も、必要ありません。信頼も信用も出来ない以上、同じ戦場を駆け抜けたくは無いでしょう?』

 

『何? ……分からねえな。なら何を協力しようっていうんだ? お前』

 

『それは──』

 

 ──その言葉に獅子劫は悩んだ末に、乗ることにした。

 奴は嘘を語らなかった。きっと野望が成就するとなれば、獅子劫のことを平気で裏切り、背中を刺しに来ることだろう。戦いも、奴は終始一貫して獅子劫を駒として利用するに違いない。

 その上で、それでも奴の提案には利益があると獅子劫は考えた。

 

 何故ならば成功しようが、失敗しようが獅子劫にリスクは無い。

 己はただ全てを出し抜く準備をしておけば良いだけなのだから。

 

「あーあ、ヤダヤダ。悪魔にしろ聖人にしろ、腹に一物も二物も抱えている魑魅魍魎の相手はしたくはねえな」

 

 “黒”の陣営にしても“赤”の陣営にしても、この聖杯大戦においては己の領分を軽く越えた怪物たちの思惑が蠢いている。流石に大聖杯という賞品が懸かっているだけあって、つくづく二度と巡り会いたくもない連中がうじゃうじゃと存在する。

 だが──だからこそ、戦の果てに在るものに一抹の希望を見いださずにはいられない。

 

 試練の難易度が高ければ高いほどに、いよいよ報酬に“もしも”を抱く。

 

「…………」

 

 不意に懐に手を伸ばす。手に取るは煙草とライター。

 以前の折、顔見知った魔術師から頂いた「煙龍」という銘柄の煙草。

 味は最悪な程にクソ不味いが世の虚無感が感じられて、こういう時に妙に吸いたくなってくる。あの魔術師が好んで吸っていた理由も何となく理解できる独特の中毒性だ。

 

「おい、煙いから部屋で吸うなよ」

 

「へえへえ」

 

 ベッドでふんぞり返っている相方が文句を言ってくるが、適当に聞き流す。

 大人というのは吸ってなきゃやってられない場面に往々にして遭遇するのだ。

 これぐらいの贅沢は許せというもの。

 

「でもま最後は結局、勝つか負けるか、だな」

 

 思い返せば、英霊などと言う慮外の存在を使役し、戦うのが聖杯大戦である。どのみち参戦した時点で半ば死んでいるような身の上なのだ。今更、聖人やら神様やらが出てきたところで怖じ気づくには、自分はあまりにも踏み込みすぎている。

 あの日、老爺の依頼に乗った時点で己に後退という選択肢は無くなっていたのだ。

 

「セイバー」

 

「……んだあ?」

 

「お前、もしも悪魔が戦いに勝ったらお前を選定の剣に挑ませてやるって言ったらどうする?」

 

「……ハン! んなもん乗るに決まってんだろ?」

 

「そいつが戦いの後に手痛く裏切るかも知れないとしても?」

 

「当然。裏切るってんならそいつもぶった切ってオレはオレの願いを叶える。何にも関係ねえよ。願いはテメエの手で掴むもんだろ」

 

「……くっ、くく、確かにな。なら、そうするか」

 

「おう!」

 

 賽はとっくに投げられている。動き出してる以上、もう止まれるわけがない。

 悩むだけ時間の無駄だと即断即決する相方に、この時だけ感謝した。

 

「“黒”の奴らも、聖人も、時計塔も。要は全部俺が出し抜きゃ良いってだけの話か」

 

 肉食獣のような笑みを浮かべて、獅子劫は不敵に笑って煙草を遊ぶ。

 契約はとうの昔に成立している。

 ならば後は“黒”を潰し、聖人(メフィストフェレス)をぶん殴ってでも、この手に願いを掴むまで。

 

 獅子劫は携帯電話を手に取った。

 番号を入力し、呼び出しを掛ける。

 数コールの後、相手が出る。

 

「おう。忙しいところ悪いな、二、三頼み事が出来てな。ちょっとばかし頭を貸してくれねえか。ロード・エルメロイⅡ世」

 

『──状況は理解している。こちらで出来ることはそう多くは無いが……何だね?』

 

 電話先から聞こえてくるのは若く、それでいて気難しそうな男の声。

 時計塔に君臨する十三の支配者の一角……ロード・エルメロイⅡ世。

 偉大なる亜種聖杯戦争の生き残り(サバイバー)の先輩だ。

 

「何、簡単な話だ。ちとばかし、先生の講義を聴きたくなってな──神話環境の再現、古き巫女(ヴォルヴァ)の使う、降霊術(セイズマズル)。今から語る魔術式を──アンタならどう通す?」

 

『────ほう』

 

 ──“黒”の知恵者はかつて語った。

 距離も時間も、時計塔では足らないと。

 その確信は正しいものだ。彼は完璧に盤面を整えて見せた。

 

 侮りも油断も無く、“彼”の宿敵と命を結び、牙を隠して本番を迎えた。

 正しく最善手。その判断に間違いなど無かった。

 

 されど、予定調和を破壊することこそ、彼の脅威の本質。

 魔術世界を食い荒らす、悪逆非道の暴食家に距離も時間も関係ない。

 彼の魔術的好奇心(興味)を誘った時点で、問答無用で盤面をひっくり返す鬼手は発動した。

 

 彼方にこそ栄えあり──獅子へ知恵を。

 悍ましき魔術世界の征服王が此処に蹂躙を開始する。

 

 

──『獅子は牙を研ぐ』

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