神秘は闇の中に秘するもの──もはや衰退するだけとなった先の無い魔術を延命させるための唯一の措置は限られた少数で占有することだけだった。
信仰を手放し、不可思議を解き明かし、今や自らの知恵と意思だけで宙へと昇ることが出来るようになった人類にとって、神秘に価値はなくなった。
神々はとうに地上を去り、幻獣たちは星の内海に還り、地上に残されたのは古き時代にしがみ付く、報われぬ探求を続ける学徒のみ。
よって、学徒たちの秩序である魔術協会はそのように定めた。
神秘を知るものが増えることによって、これ以上神秘が薄れないように。
地上に残る神秘がこれ以上、人類の知見によって解き明かされないように。
終わりが必然であることを理解した上で、その事実ごと神秘に不可侵の蓋を強いた。
だが、そのような常識、そのような秩序など大義に邁進する者たちには関係の無い事情だ。
目指すは救済、或いは栄光へと至る唯一の活路。
今ある世界すらも容易に捧げる
聖杯大戦を、始めよう──
──夜明けと共に、それは現れた。
暁の空に落ちる巨大な影。
太陽を背に、ゆっくりと侵攻する威容。
目覚めのトゥリファスを覆い隠す天蓋。
魔法のような非現実さで空に浮かぶ、巨大な城。
まるで高名な画家が描いた油絵を切り抜いたかのように。
冗談のような現実が、“黒”の陣営に叩きつけられた。
「なんだよ、あれ……」
「空中城塞……? まさか“赤”の陣営の──」
「アレが“赤”の陣営の切り札、と言ったところか」
ミレニア城塞に集う魔術師たちは投影機に映し出される空中城を前にそれぞれ違う反応を見せるが、概ねそれは驚きに統一されている。
英霊の宝具──そう考えれば成る程、別段驚くべきことでは無いだろう。
されど古今東西、様々な英霊あれどよもや空中に浮かぶ巨大な城を持ち出せるほどの存在がいるとは予想外であった。
これほどの神秘、これほどの規模の宝具ともなれば先ず間違いなく神代に名を連ねる古き英雄。それも空中に浮かぶ城ともなれば、その名の特定も──。
集合を辞したロシェを除き、この場に集う五名の魔術師、カウレスは呆然と呟き、フィオレは驚愕しながらも眼前の情報を何とか飲み干し、ダーニックは視線を鋭くさせながら即座に脳内で“敵”の推測を始め、ゴルドは絶句し完全に停止する。
そして──早朝の襲撃という魔術師としての常識からは先ず考えられない事態を想定し、臨戦態勢を此処まで整えさせたアルドルは──。
「────馬鹿な『
衝撃に、目を見開いていた。
「あ、アルドル……?」
変化に気づいたフィオレがおずおずと言葉を掛ける。
だが、アルドルに反応する余裕は無かった。
常識外の知識を有する彼は、いいや、そんな彼だからこそ、この事態を前に誰よりも動揺したと言って良いだろう。
あの異常の正体も詳細も、完璧なまでに把握している。
故に、頭脳が高速で事態把握に駆け巡る。
“──天草四郎時貞がルーラーとして成立している以上、“赤”のアサシン・セミラミスは確かに死んだはずだ。いいやそうで無ければ奴の生存はあり得ない”
眼前の城──その正体自体に驚きは無い。何故ならアレはアルドルにとって既知の存在にして此度の戦における最大の鬼門。真正面からでは攻略不能と判断したアッシリアの女帝、天草四郎時貞がこの世に呼び出した世界最古の暗殺者たるセミラミスの宝具である。
開幕前よりアルドルはかのアサシンの宝具に対して最大限の警戒を行っていた。なにせアルドルの知る現実において、あの宝具こそユグドミレニアの敗北を決定付けた言わば、致命的な運命そのものだ。
元よりアレに大聖杯を奪取されたからこそ“黒”の陣営は負けたのだ。
だからこそアルドルは開幕と同時に首魁とその忠実なるサーヴァントを狙った。勝利を確実とするために一番最初に敗北の運命を打倒しに掛かったのだ。
結果は予想外の地点に着地したが、それでも間違いなく次善の結果は獲得できたはずだ。
“私とて節穴では無い、霊脈から通じる魔力反応、ユグドミレニア一族の監視、何より私自身の目が奴の状態は確認している。“赤”のアサシンは間違いなく消滅している”
ならば何故、あの空中庭園が成立しているという。
“……あの宝具は現実に素材を揃えて初めて起動する宝具。ならば“赤”のアサシンが消滅する以前に完成していた? 多少の時系列の狂いはバタフライエフェクトで説明はつく。だが、宝具所有者である“赤”のアサシンが消滅した以上、術式の発動は……”
そこまで考察して、アルドルはふとある可能性に至る。
『
それは
だからこそ召喚直後の彼女はこの城を有しておらず、宝具を成立させるためには現実に素材を揃え、最低でも三日にも及ぶ長時間の大儀式を行った上で、初めて成立させられる切り札である。
だが──。
“……儀礼的な
そう考えれば成立させうる手段はある。
何せ彼女のマスター──天草四郎時貞の両腕は大聖杯にすら接続し、
千年黄金樹にすら不正接続可能な魔術殺しだ。
あの宝具を使えば或いは……。
「……しかしアサシンが消滅した時点で、所有者はもういない。たとえ魔術的干渉を可能とし、動かせるとしてもそもそも成立が、いや……それ以前に魔力資源はどうやって……」
「──おう、兄ちゃん。色々と考えているところ悪いが……
「……!」
“黒”の魔術師たちよりも比較的冷静に現実を受け止めている英霊たち──内の一人、城の守りを全面的に預けられている“黒”のキャスターが警鐘を鳴らす。
弾かれるように視線を送るアルドル。
投影される先にある城は──今まさに、砲撃態勢に入っていた。
「『
「あいよ!」
声かけと同時にアルドルは即座に術式を走らせる。
先の戦い以降、城の守りは当然のように強化している。
“赤”のランサー──その宝具との攻防を経て改善と強化を加えた結界は、今アルドルが持ちうる限り最高と呼べる状態にまで強化している。
それに加えて、この場に在るは智慧の大神が代理を務める神代の大英雄。唱える詠唱、神代魔術は並の侵攻を許さない。
「やはり、一筋縄ではいかないか……!」
砲撃──同時にミレニア城塞を覆い尽くす、黄金の離宮。
開幕を告げる号砲とでも言うように、爆発が、城を揺るがした──。
「──初撃は防がれましたか。動揺は誘えたと思うのですが、やれやれ……やはり一筋縄ではいきませんね」
庭園内部──玉座には座らず、その下で空中庭園を制御するシロウ神父は肩を竦めながら微笑む。
彼の横顔には言葉とは裏腹に納得の色があった。
この程度で“敵”が倒れる筈が無いという一種の信頼。
主の反応に“赤”のキャスターが手を叩いて喜ぶ。
「ええ! ええ! そうでしょうとも! 『
何事も
対して“赤”のキャスターに比べれば
「まあ、この城には驚かせられたし、実際たいしたモンなんだろうが……」
「城は汝が攻略する、と言ったはずだが……防がれたぞ。どうするつもりだ?」
「……──ふむ」
“赤”のライダーは反応に困ったように頭を掻き、“赤”のアーチャーは結果のみを求めて神父を糾弾し、“赤”のランサーはミレニア城塞に張り巡らされた結界をつぶさに観察して何かを考え込む。
「……むう、ノリが悪いですなぁ」
「そりゃあ、お前さんと違って、こっちは戦いに来てるからなァ」
「遊び紛いの汝と一緒にするな」
その反応に口を尖らせる“赤”のキャスター。
すかさず“赤”のライダーとアーチャーの両名は呆れたように稀代の劇作家に目を向けた。
「仲良きことは素晴らしきこと哉! ですが、そう焦らずにご安心召されよ各々方! ……そうですな? マスター?」
「ええまあ。二言はありませんよ、あの城の守りは私が崩します」
“赤”のキャスターに水を向けられたシロウ神父は冷静に頷く。
……元よりアレだけの準備と魔術を余念無く用意した相手だ。
多少の搦め手にならば即興でも対応してくると信頼している。
不意に、シロウ神父は玉座を見上げる。
空の玉座、今は亡き、協力者にしてシロウ神父のサーヴァント。
“──全く、手間の掛かる男よな”
──何処からかそのような幻聴が聞こえてきた。
左手の指に填めた指輪ごと、手を握りしめる。
「──ありがとうございます」
瞑目し、礼を口ずさむ。
本人がどう思っているにせよ。
シロウ神父にとってかのサーヴァントは信頼できる唯一無二の相方だった。
故に。
「──信じられ、託された以上、オレに敗北は許されない。我が願い、我が誓いを阻むというならば……枯れ果て朽ちろ、千年樹」
眼下に君臨する神話を語る古城。
そこに居るであろう“敵”を睨み付けながら──。
「
庭園の制御という過負荷に紫電の迸る両腕の痛みをも飲み干し、再度、彼は攻撃命令を下した。
「ッ!」
──再び着弾した二発目の砲撃。
それを防いだ瞬間に、アルドルは全ての疑義を放棄した。
城が成立した謎も、敵の生存有無も、敵の手札も考慮しない。
今大事なのは敵が侵攻してきたという事実と。
これが決戦であるという確信のみ。
この二つの事実を認識した時点で考察など、どうでも良い。
「さて──ダーニック。私の想定通り、こうして敵が攻めてきたわけだが」
「分かっている。迂遠な言い回しはよせ──今はお前が当主だ」
「──そうだったな」
叔父に告げられる言葉を受けて、アルドルは笑う。
「ダーニック。貴方には大聖杯の守りを。元より“黒”のランサーの性能は守戦向きだ。“黒”のキャスターがいるとは言え、万が一はあってはならない。最後の守りを任せたい」
「承った。王よ──」
「皆まで言うな。余はサーヴァントだ。マスターの決定に異論は無い」
「カウレス。“黒”のバーサーカーは予定通り、
「わ、分かった……!」
「フィオレ──は……“黒”のアーチャーは城から降りてくる連中を迎撃してくれ。頼めるか?」
「……アーチャー、頼めるかしら?」
「マスターのご意志であれば」
「ゴルド」
「っ、分かっておる! セイバー! “赤”の連中を倒し、力を証明しろ!」
「ああ」
「キャスター。次の砲撃はこちらで何とかする、此処から黒棺の破壊は可能か?」
「此処からあの質量を狙うとなると、ちと厳しいが……ま、頼みとあらばやってみるさね」
各人へと指示を下すアルドル。
その手際に隙は無く、迷いは一切存在しない。
何故ならば彼はこの日のために盤面を組み立てた、この日のためにあらゆる用意を重ねてきた。予想外の一つや二つで揺らぐほどアルドルの準備は浅くない。
元より最悪の想定は今よりもっと悪かった。本来の主演たちが存在していない時点で、空中庭園が一つ増えた程度、温い状況だ。
「……どんな手品にせよ。魔力だけは誤魔化せまい。大聖杯を獲得していない以上、貴様に限界はある。空中庭園程度では千年樹は揺るがぬと知れ」
三度輝く、砲の輝き。
その向こうにいるであろう“敵”を睨みながらアルドルは神話を物語る。
神代の脅威を防ぐ、神代の神理。
不可侵を唱える神域の防御が女帝の遺産を打ち払った。
「これで三つ。やはり、これだけでは何度やろうと防がれますか」
眼下で繰り返される三度目の光景を眺めながらシロウ神父は淡々と呟く。
……ある程度は想定される事態ではあった。
敵は魔術師において尚、常識外れの神話奏者。たとえ“赤”のアサシンから間借りした空中庭園を以てしても容易に破りがたく、寧ろこの空中庭園以上の切り札を持ち出してくる可能性だって簡単に思い至る。
“今を生きる魔術師風情が……などと、とてもではないが言えないのが貴方という相手だ。故に──”
打てる手は、当然のように尽くしている。
彼の謳う神話賛歌。
勇猛独立な協力者を仲介し、その
此処はユグドミレニアが根付く支配地域。遙か古の時代を再現する巨大な
この場で戦う限り、あらゆる地の利はあちらに生きる。
敵の用意した盤上で戦って勝ちの目を見いだせる程、シロウ神父は卓越していない。
「だから、ひっくり返して差し上げましょう。アルドル・プレストーン・ユグドミレニア。貴方の弱点は貴方の他に抜きん出て並ぶ者がいないこと。──戦争とは一人の強力な駒でなし得るものでは無いことを、教えて差し上げましょう」
城を強引に動かすために捧げたために、“赤”のセイバーのマスターを除く“赤”の陣営のマスターたちから取り上げた分含め、令呪の残りは僅かだ。
令呪は本来、英霊へと急急如律の命令を下すための
一瞬限りとはいえ、魔法紛いの真似事すら可能な令呪。これを変則的に用いれば極々短時間という条件付きだが城を動かすに足る魔力源となる。
使い潰すことには一切の躊躇いは無いものの……。
“……ミレニア城塞の頭上まで距離を稼ぐのに一画、もう少しだけ空中庭園の維持に回すのに一画──あと二つ。砲撃の威力は悟らせた、実際に対応もさせた。間合いは測れた”
見るべきもの。確認すべきものは確認した。
勝負を仕掛ける場面があるとすれば此処しか無いだろう。
──己の宝具と“赤”のキャスターの宝具を用い、崩れかけた“赤”のアサシンの宝具を強引に己自身に組み込んだ。
──トゥリファス市内及び、ブカレストに潜り込んでいたユグドミレニアの魔術師を襲撃し、連中が一族の証したる魔術刻印を取り上げた。
──時計塔の高名な学士に仲介を通して、敵の魔術の詳細を解体させ、仕込みの全てを見切り、対処法を考案させた。
出来る手は、全て打った。
これでダメならば一種の諦めはつくがそうならない確信がある。
敵は一見して全知を思わせるほどに思慮深く、注意深い存在であるが、それが完璧であるならば、そも自分は此処まで生き抜いていない。
“赤”のランサー──シロウにとっても想定外だった彼の行動を、敵もまた読み切れていなかったように。
彼の未来識には──間違いなく限界が存在する。
そして単身強力な彼は、単身で挑む傾向がある。
強者故の孤高、存在する先読みの陥穽、個ゆえの限界点──。
「キャスター──演者たちに用意を」
「いいでしょう! ド派手に行きましょう! マスター! 亡き女帝殿に代わって、この吾輩が結末をしかと見届けましょうぞ!! さあ、開幕だ! 舞台に上がれ! 台本を用意しろ! 衣装と化粧を纏っていざお披露目!! 国王一座、堂々登壇!!」
シロウ神父の呼びかけに声高らかに応じる“赤”のキャスター。
いつの間にか握られていた分厚い本を彼が開くと、それはパラパラと独りでに捲りあがり、破れ千切られ、空中に円を描いて舞い踊る。
「──へえ、何だ。腐ってもキャスターって訳か」
「汝、何をするつもりだ」
何らかの魔術の発動──それを認識して“赤”のライダーと“赤”のアーチャーが問いを投げる。
彼らの反応に稀代の劇作家は野太くニヤリと笑みを見せる。
「吾輩は脚本を書き、演者を舞台に並べたのみ。主演は変わらず、我がマスターに他ならない」
視線を送る。果たして期待の眼差しを向けられた神父は祈るように、集中するように中空を望みながら手を伸ばし、そして。
「──
短い一言共にその意識が地上へと下る。
意識の先にあるのはトゥリファスの街中に突き刺された幾つもの黒鍵。それらは街中にいたユグドミレニアの魔術師たちの工房に悉く突き刺さっていた。
──ダーニックが受け、アルドルが把握した尖兵たちの襲撃記録などほんの一部。既に五十余名にも及ぶユグドミレニア一族は昏倒させられ、キャスターの劇団員に入れ替えられ、その空席を埋められていた。
魔術師たちの工房──ユグドミレニアの魔術師として霊地の一部、小霊地と呼ばれる区画を守護していたはずの住人は既に破られ、その支配権を刻印ごと、奪取されている。
……相当の土地を有する魔術一門を打倒するためにはどうすれば良いか。
或いは霊地に紐付く強力な存在を無力化するためにはどうすれば良いか。
奇しくも──答えは既に他ならぬユグドミレニア創始者の手によって示されていた。
「──貴方が誰かの下を頂く魔術師で無ければ或いは防がれていたのでしょうが、忙しすぎましたね、アルドル・プレストーン・ユグドミレニア」
令呪が輝く。同時に小霊地を通じて、次々に支配の輪が途絶していく。
それが意味する所を、ユグドミレニアは身を以て知る。
「これで、四度目か」
装填される砲弾の輝きに目を細めながらアルドルは結界魔術を走らせながら疑惑の目を向ける。
……最初の一撃には驚かされながらも対応した。続く一撃にも対応できた。三度の輝きには完璧な対応をして見せた。
事態は予想外なれど威力自体は許容の範囲。いいや、寧ろ一撃の威力ならば先に大戦にて放たれた“赤”のランサーの方が遙かに強力であった。
この程度の威力であればアルドル一人でも対応可能。現に、キャスターの方は既に撃墜のための術式を走らせている。
魔力資源にしても、元よりアルドルの工房は霊脈を基盤とした土地と結びつく、神話由来の強力かつ特殊な形態。冬木に安置されていた大聖杯の理論を参考にしながら組み上げた世界樹の再現である。
予備の亜種聖杯や魔力電池を含め、蓄えとしては十分以上に揃っており、それこそ“黒”の陣営全ての英霊を引き受けた上で全力戦闘させても一日持たせられる余力が存在する。
防御の厚さ、土地の優位。
あらゆる面で『
だというのに……。
「何が狙いだ──天草四郎」
魔眼を通じて工房へと接続する。
樹に展開する泉の中より術式と魔力を組み上げ、現実に起こす。
以て再現される
古今東西の英霊集う、戦士達の城に踏み入ることは勇士を除き許されぬ。
斯くして四度目の砲撃も、アルドルは難なく防ぎ切る──。
──はずであった。
「は──?」
途絶える。魔眼に捉えていた世界樹の影。
それが視界から消え失せる。
のみならず、急速に形を失い始める夢想軀体。
まるで硝子に皹が入るように、アルドルの身体に亀裂が走った。
“────”
呆然とする意識の中で思考だけが駆け巡る。
何をされた? 何が起こった?
工房への干渉は間違いなくなかった。
『彼』がいる以上、それはあり得ない。
魔力は潤沢、防御は完璧、精神防護、認識干渉、運命耐性、因果律の不正対応。知人の知恵を借りて築き上げた移動式三重結界ならぬ、魂魄に施された対抑止力の四重防護壁。
物理的な破壊を除けば、アルドルの根本を破壊することは不可能だ。
異常の原因を精査する、程なくして、気づく。
千年樹が伸ばした根から吸い上げられる栄養が何一つとして存在していない。
「──まさ、か……」
古い記録を思い出す。
それはある魔法使いに挑んだ魔術師のお話。
雪降る夜に、魔法ごと何もかもを奪わんと丘の上に住まう魔女を襲撃した魔術師は、そのために先ず霊脈に手を付けた。
土地の利権、時計塔から認められ、分け与えられた
「間抜けが──ッ!!!」
かつて無い己の失策を悟って、吼える。
霊地に紐付く術式を考案した時点で真っ先に対応しておかねばならぬことに考え至らなかった己への怒りでアルドルは痛烈に己を弾劾する。
──元より彼が当主になったのはつい先日。聖杯大戦佳境に踏み入ってからのことである。如何に彼が強力な魔術師にして次代を約束された者であろうとも、あくまで当主はダーニックだった。
なればこそ、土地の所有者はダーニックであり、アルドルはそれに手を出す権利を持たない。工房設置のようにあくまで一族の者として霊地を利用するまでならば問題ないが、その運営に口を出すのは越権行為に当たるからだ。
加えて彼にとってトゥリファスがユグドミレニアの支配地域であるということは当たり前の前提条件。敗北すれば接収されると知っていても、未だ結果を見ないこの世界戦においてはトゥリファスはユグドミレニアのものであるという認識が先ず第一前提だった──などという言い訳など慰めにもならない。
「“さて、真夜中に私が見た夢の中で最も美しいものを話そう──!”」
残された自前の魔力で急造の術式を強引に組み上げる。
魔術師たちを庇護するように四方に立ち上がるルーンの石柱。
古英詩に語られる『夢』の碑文から引用した詩を以て聖なる守りが起動する。
「“多勢に無勢、されどトネリコの樹は揺らがず聳ゆ”!」
咄嗟に反応したアルドルに僅かに遅れ、異常を察して“黒”のキャスターもまた攻勢を中断して防御の術式を組み立てる。
神代のルーン。世界樹の基盤とも謳われる聖なる樹を指し示すルーン文字が魔術師個々を守るために覆われる。
瀬戸際で避けられる壊滅という最悪の事態。
されど守りが崩された事実は依然揺らがず。
斯くして──直撃する『
それはミレニア城塞の外壁を薙ぎ払い、完膚なきまでに城塞を粉砕した。
「ライダー、アーチャー、ランサー」
「ハッ! 上等だ!」
「確かに、約定通りだ」
「…………」
短く告げられる出撃命令。
“赤”のライダーは戦車を呼び出し、忽ちに彗星と化して進軍を開始し、“赤”のアーチャーもまた戦車に飛び乗り、降下を開始する。
“赤”のランサーは言葉無く王の間を辞し、消える。
残されたのは神父と、その道行きを楽しむ劇作家。
「では始めましょうか──人類の救済を」
崩れ去った敵城を見下ろしながら聖者は静かに告げた。