千年樹に栄光を   作:アグナ

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聖杯大戦 Ⅺ

『──再現とは、一度失われた事象、既に消えた光景を蘇らせることだ』

 

『魔術における照応や模倣、逸話をなぞって成立させるそれとは違う。ある種の蘇生技法……要は『復活』に他ならない』

 

『失われたモノを、再びそのままに現世に顕す、呼び戻すというのはそれほどまでに困難なことだ。魔術に限らず言うまでも無いことだがな』

 

『たとえ本物に寸分たがわぬ偽物を複製する能力がこの世に在ったとして、しかしそれは本物ではない。あくまで限りなく本物に近い偽物だろう。贋作から生まれる真はあっても、贋作は、どう足掻いても贋作のままなのだから』

 

『故に失われた真作を真作のまま再びこの世に顕すとは、即ち魔法にも等しい事象。一種の死者蘇生だよ。件の魔術師がどれほど卓越していたとしても、魔術師である限り、それはあり得ない』

 

『だとすれば、キミが見たという『神話』は地続きだろう。魔術世界において今まで黄昏を経て終わったとされた北欧神話には続きがあった……そうでもない限り成立はしないはずだ』

 

『世界樹の新芽か、或いはそこに住まう何れかの神格……遺産(レガリア)とも言うべきものをかの魔術師は有しているのだろう。それを基盤に自らの一族をエッセンスとして術式に組み込み、成立させたユグドミレニアの神話──君が見たものはそういうものだ』

 

『ああ。君の言う通り、とんでもない話だ。正直私としても驚きだよ。偶然か必然かはともかく、この術式を作り上げるためには魔術師として卓越しているだけでは足りない。神話に対する深い理解は当然として、広い魔術知識に前例に囚われぬ柔軟な思考、何より探索者としての高い行動力が要求される』

 

『遺産を引き当てるだけでは、それを完全に利用しきったかの神話は成立しないからな。こちらで観測した霊脈異常や、そちらで見た環境の激変から察するに土地の霊脈を利用しているのだろうが……これは恐らく冬木の大聖杯の原理を参考にしているのだろう』

 

『そうでなければ魔力量(リソース)が足りん。北欧神話を構成するのが世界樹という在り方であることを考えれば、樹に対する根を霊脈として見立てる……照応の概念。そして樹の内部に世界を見る、こちらは固有結界の理論か。様々な複合的な魔術式を統一させ、最も遺産が活きる方法で活用している』

 

『発想や規模こそずば抜けているが、根元にあるのは魔術師としての常識を下地にした王道的な在り方……何とも『天才』という言葉がこれほどまでに似合う魔術師はそういまい。……道理でカルマグリフが推すわけだ。推測するに遺産に対するスタンスも、彼と似通っているのだろうな』

 

『ともあれ、それと真正面からやり合うのはお勧めしない。君たちの話を聞く限り、かの魔術師は下手なキャスタークラスすら凌駕しかねん。特に魔術戦を戦場とした場合、現代の魔術師では勝ち目を見出せるのはごく少数となるだろう』

 

『ゆえに戦うならば戦場を移す必要がある。少なくともユグドミレニアの支配する領域においてこちらの不利は揺るがないだろうな』

 

『魔術工房というよりも魔術要塞……今のユグドミレニアはそういうものだ。英霊であっても正面から攻め入ることは難しいだろう。それでも城攻めを敢行するのであれば、兵糧攻めか、要塞をも粉砕する攻城兵器……極めて強力な宝具を用いる必要があるだろう』

 

『……他の心当たりか? ふむ……そうだな。……我が師にして先代ロード・エルメロイはかつて亜種聖杯戦争に挑み、その渦中にして命を落としたわけだが、かの戦いの経過において先代もまた要塞に等しい魔術工房を敷いていたという』

 

『だが、崩された。魔術的にでも、強力な宝具にでもない。物理的に、だ。先代は高階層のホテルを陣として敷いたが、それを物理的に爆破されたことによって工房を失っている』

 

『つまるところ、どれほど強力な城でも根元が崩されればどうしようもないという話だ。当然のことだがな。日本の戦国時代において天下を取ったヒデヨシは水攻めを得意としたというが、似たような話だ。城とは堅固にして強力な守りであるが、同時に敵陣にとって最後の砦だ。動けず、下がれず、後がない』

 

『仮にユグドミレニアという城塞の根元を引っ繰り返すのであれば、それこそ文字通りの意味となるだろう。樹は、根が腐れば亡くなる。ユグドミレニアという樹を枯らすのであれば、それは大樹の根元……ユグドミレニアの支配を失わせる必要がある。例えば──かの一族の霊地を奪還する、とかな』

 

 

………

………………。

 

 

「げほ、ごほ……一体、何が起こったってんだ……!」

 

 何秒か、気絶していたのだろう。

 土煙も未だ収まらぬミレニア城塞の王の間。

 うつ伏せの状態からカウレスは毒づきつつも立ち上がる。

 

 周囲は瓦礫の山で天井からは日の光が降り注いでいる。

 直前までの記憶から推測するに、“赤”の陣営が用いていた空中庭園からの魔術砲撃。それが直撃した結果だろう。

 

 城は半壊し、天井は崩れ去り、辺りは一面の瓦礫の山。

 即ち、ユグドミレニア一族が本拠地。

 ミレニア城塞は此処に粉砕されてしまったのだ。

 

「……ッ、そうだ、姉ちゃん。無事か!? 姉ちゃん!?」

 

 そこまで思い至り、咄嗟にカウレスは叫ぶ。

 そう、王の間に居たのはカウレスだけではない。

 他のマスターたち……ひいては自らの姉もこの場に居合わせたのだ。

 

 これほどの規模の破壊だ。

 カウレスは悪運を拾ったようだが、他のマスターたちは分からない。

 もしもが一瞬脳裏を過ぎるカレウスだったが、その杞憂は次の瞬間には晴らされた。

 

「大丈夫です──カウレス殿。マスターは……」

 

「──ええ。私は無事よ、カウレス。アーチャーが、守ってくれたから」

 

 土煙の向こうから現れる弓兵の侍従。

 “黒”のアーチャーに横抱きに抱えられながらフィオレが姿を見せる。

 多少煤汚れているが、傷らしい傷は無く、どうやら彼女の言う通り、攻撃が直撃する一瞬にアーチャーが庇ったのだろう。

 

 無傷の姉の顔を直視して、カウレスはほっと息を吐く。

 だが、安堵と同時に今度はハッと疑念が過る。

 

 ……ミレニア城塞は堅固な守りを有していた。

 “黒”のキャスターと、義兄アルドル。

 二人は先の崩壊直前まで庭園からの砲撃を完璧に防いでいたはずだ。

 

 それなのに一体どうして……。

 

「何で、城の守りが破られたんだ?」

 

「──忌々しいが、“赤”の連中は我らが土地の支配圏に手を出した。そうだな? アルドル」

 

「──の、ようだな。一生の不覚という奴だ。まさか、この聖杯大戦中に魔術侵攻を受けるとはな。やれやれ……あらゆる事態を想定していても、陥穽というものは発生してしまうという事だな」

 

 疑問に答えたのはユグドミレニアの両翼。

 土煙が晴れた先、不快そうに顔を歪めるダーニックと自らの失態を嘆く様に額を押さえるアルドルである。流石というべきか、この両者は先の渦中にあっても、英霊の力すら頼ることなく無事に生き残っている──。

 

「……あ、アルドル!? その傷は大丈夫なんですか!?」

 

「え?」

 

 焦る様に問いかける姉の声。

 それで、安心感は木っ端と砕けた。

 

 カウレスはアルドルの姿を凝視する。

 

 よく見ればアルドル……自らの義兄の身体は心臓を中心に肩から下腹部まで、硝子の様に罅割れていた。

 血は流れておらず、アルドル自身、苦痛に顔を歪める様子もないが……ユグドミレニア最強の魔術師は何処からどう見ても無事とは言い難い状況であった。

 

「落ち着け、フィオレ。傷自体は問題ない。君には詳細を説明していなかったからその反応は当然だが、今の私は生身ではない。損傷を受けたとて、戦いに支障はない……と、言いたい所だったが、ふむ……」

 

 言った傍から……アルドルの五体から燐光が漏れる。

 その現象、まるで英霊が形を失い、消失していくような。

 それと似た既視感をカウレスは受けた。

 

「アルドル」

 

「すまんな、ダーニック。当主を譲り受けて早々、格好が付かないが、この躯体はどうやら此処までのようだ。想定以上に魔力を消費したのもそうだが、霊脈を奪われたため、工房の運用に支障が出ている。悪いが、復旧するのに……」

 

「分かった。お前はいったん下がれ。指揮は私が預かろう。時間があれば良いのだろう?」

 

 動揺するフォルヴェッジ姉弟とは対照的にプレストーンの両名は窮地において何処までも冷静であった。気の知った者同士、事態を冷静に受け入れ、淡々と自らがやるべきことを確認し、対応する。

 

「……どうやら言うまでもなかったか。すまないが暫し“赤”の連中の相手を頼む。──ただ向こうの頭……天草四郎にだけは注意してくれ。英霊は英霊で対応できるだろうが、こうなった以上、奴は……」

 

「問題ない──アインツベルン(・・・・・・・)()英霊(・・)に邪魔はさせんよ。大聖杯は私自ら受け持つ」

 

「く、頼もしい限りだな。第三次聖杯戦争の参加者」

 

「急げよ」

 

「無論」

 

 軽口を叩きながらアルドルは微笑する。

 次の瞬間、罅はアルドルの身体全身に巡り、程なくして硝子が割れるような音と共にアルドルの身体が光となって霧散する。

 

 当人の自己申告曰く、魔力が足りずに身体が保てなくなったのだろう。

 魔力を失った英霊の様に、魔術師の姿が王の間より掻き消える。

 

「アルドル……」

 

「そんな、あの義兄さんが……」

 

 彼らは冷静だが、ユグドミレニアにとってアルドルの一時脱落の衝撃は大きかった。

 何せ彼こそは一族最強の魔術師。

 一人で“赤”の陣営を翻弄し、英霊に対しても真っ向から怯むことなく戦える最大戦力にして、精神的な主柱でもある存在だ。

 

 そんな彼がこうもあっさりと退却させられる事態を前に、動揺を抑えるというのは無理な話だろう。

 

「……王よ」

 

「うむ──セイバー! キャスター! 無事であるな!」

 

 それを見てダーニックは即座にマスターの復帰よりも英霊の行動を優先させた。

 懸念すべきはアルドルがアレだけ警戒していた天草四郎の動きだが、それに対応するにしても、まずは攻め行ってくるだろう英霊の攻勢を防がねばそれ以前の問題だ。

 

 自らの英霊に声を掛ければ、ダーニックの意図を汲んで“黒”のランサーは即座に行動を開始する。

 無事を断言する生存者確認。

 間を置かず、大きく振るわれる大剣の一振り。

 

 崩落する瓦礫の山も、敵の攻撃の余波も悉く切り払ったであろう無傷の“黒”のセイバーとその背後で口を大きく開き白目を剥いて伸びているゴルドが姿を見せる。

 

「…………」

 

 無言のまま仁王立ちする剣士。

 満ち溢れる闘志を理性で完全に支配してみせる竜殺しの英雄。

 彼は無言のままにランサーの下す命令を待った。

 

「──おう、こっちも問題ないぜ」

 

 そして、一歩遅れて杖を鳴らしながら歩み出る“黒”のキャスター。

 城塞の破壊という守りの任を果たせなかった現状を思ってか、やっちまったなと言わんばかりに後頭部を掻きながらも、余裕そうな態度を見せている。

 

 失敗は成果で挽回してみせる──そんな不敵さが見え隠れする笑みであった。

 彼らを見て、“黒”のランサーは満足げに頷く。

 

「良し──英霊たちよ。敵は不遜ながら我が領土にあのようなものを持ち込んできたが、我らのやることは変わらない。アレは、蛮族だ。我が領土に土足で踏み入り、我らの宝物を奪わんとする愚かなりし敵である。容赦は要らぬ、攻め入る彼奴らに血と恐怖を味わわせてやるがよい!」

 

「城の守りは引き続き、俺に任せな。一発不覚は取ったが二度目はやらせねえよ」

 

「──では、敵は俺が斬ろう。マスターはこの通りだが……勝利せよ、と命令されたからな」

 

 “黒”のランサーの声に応とする“黒”のキャスターと“黒”のセイバー。歴戦の彼らは守りを崩されたところで変わらない。

 どだい、これは聖杯大戦。

 “赤”の陣営を討つことによって決着を見る戦いだ。

 

 勝利することを至上として地上へと呼び出された英霊たちは自らのやるべきことに迷うことは無かった。

 

「……マスター。“赤”の陣営はあの通り、空を駆ける手段を擁しています。“黒”のライダーが脱落した以上、申し訳ありませんが──」

 

 少しだけ迷うような歯切れの悪い言葉を紡ぐ“黒”のアーチャー。

 主の願いとこの状況、二つの意味で主の安全を守り難いことに躊躇を覚えているのだろう。

 だが、そんな“黒”のアーチャーにフィオレは、

 

「──ええ。大丈夫、分かっています。行ってください、アーチャー。私のことは構いません、貴方も、どうかお気をつけて」

 

「マスター……」

 

「私は大丈夫です。貴方は貴方の役目を全うしてください。戦うと決めた以上、覚悟はできていますから」

 

「分かりました。ですがどうかご無理はされませんように。何かあれば直ぐに令呪を。必ずや駆けつけてみせます」

 

「ええ。頼りにしています。ご武運を」

 

「はい、マスターも」

 

 彼らに次いで、“黒”のアーチャーもまた戦場に続く。

 背中を押すマスターの言葉を聞き、憂いを断ち切った弓兵は迫る敵を撃ち落とさんと弓をその手に駆け出した。

 

「──さて、ゴルドはともかく、お前たちも気を引き締めろ。こうなった以上、此処が我らの行く末を定める決戦の日だ。敗走に明日は無く、故に我らに許されるのは勝利のみ。分かっているな?」

 

「分かっています。小父様。この戦い、負けるわけにはいきません」

 

「……ほう?」

 

 英霊たちを見送って残された魔術師たちに檄を送るためだろう。ダーニックは気を引き締めるように言葉で訴えかけるが、その言葉を聞くまでもなく、強い戦意を真っ先に返したのは意外にもフィオレであった。

 

 僅かに驚くような態度を示すダーニック。

 しかし、その戦意の理由を問うことはしない。

 大方、アルドルと何かあったのだろうと察することは容易かったし、何より。

 

「分かっているならば良い──私は大聖杯へ向かう。お前たちはお前たちのやるべきことをやれ」

 

 ──戦意が衰えていないのであれば十分だ。

 言外にそう告げながら、ダーニックは身を翻して大望を守るために王の間を後にする。

 

「……ええ、そうです。負けるわけには、いかない……絶対に……!」

 

 そう──彼女にも負けられない理由が出来た。戦うための理由が出来た。

 だからこそ、この戦い、もう負けるわけにはいかないのだ。

 

 ダーニックが去った後もそういって自らを強く鼓舞するフィオレ。

 それでカウレスの浮ついた動揺もようやく収まる。

 

「ッ! シャンとしろ、俺……!」

 

 両頬を自ら叩いて目を覚ます。

 そうだ、迷うな思い出せ。やるべきことは単純だ。

 戦って、勝つ。

 それ以外にどの道、ユグドミレニアに活路は存在しないのだ。

 

 拳を握りしめる。

 勝利を得るために戦う、その手段はこの手に令呪と共に宿っている。

 アルドルより既に一番槍の命は下っている。

 

 ならば、口ずさむはただ一言。

 

「よし──やっちまえ! バーサーカー!」

 

 ──主の命を受け、黒い怨念が起動する。

 

 

 

 

「──アルドル・プレストーン・ユグドミレニアもとんでもない奴だったが、あの神父も神父でとんでもないもん隠してやがったな。全くどいつもこいつも」

 

 曲者揃いで嫌になるぜ──と、“赤”のセイバーのマスター、獅子劫は吐き捨てる。

 地上には砕け散ったミレニア城塞。空には太陽を背に飛ぶ空中庭園。

 この数日で神話の世界に迷い込んだのかと錯覚するぐらいのトンデモに呆れてくる。

 

「ハッ、良いじゃねえか。骨のない雑魚とやるよりは何倍も上等だろ?」

 

「……お前さんは相変わらずポジティブで羨ましいねえ。それにしても……」

 

「あん? 何だよ?」

 

「いいや、ちょっとな。戦闘機を操作する円卓の騎士ってのはまあ、なんだ……」

 

 こっちもこっちで大概だな、と。

 魔術協会の伝手で持ち出したルーマニア空軍の戦闘機、ミグ21近代改修型“Lancer”の操縦桿を握る相棒の背を後部座席で見ながらぼやく様に獅子劫は感想を漏らす。

 

 空から攻め入る──その方針自体には同意したものの、シロウ神父率いる“赤”の陣営とは異なる道を選ぶ“赤”のセイバーたち主従は空中庭園には同乗せず、こうして自前の手段で以て戦場へと乗り込んだのだ。

 

 戦闘機を操縦するのは“赤”のセイバー。

 本来は円卓の騎士として遥か昔に生きて戦った彼女に戦闘機を操縦する知識なぞ絶無ではあるが、彼女の英霊としての能力『騎乗』スキルによって、戦闘機という生前には未知の乗り物であっても、彼女は乗りこなすことを可能としていた。

 

 ……まあ、尤も。乗りこなすというには些か乱雑な操縦ではあるが。

 

「んじゃ。城も崩れちまったみたいだし、このまま俺たちも突っ込むぞ! マスター!!」

 

 戦意がためか、本人の性格か、そのままセイバーは短絡的に突撃を意図する。

 それを獅子劫は慌てて制止した。

 

「待て待て待て待て──! セイバー! まずは敵の様子をだな! それに今ので“黒”の陣営がどれだけの打撃を受けたかも分かってないんだ。状況を確かめてから──」

 

「おっ──?」

 

 その時、だった。

 黒煙が上がるミレニア城塞より一筋の光が空中庭園へと──厳密にはそれを守護するように回る黒棺へと延びる。夜明けの空を引き裂く一条の光は黒棺に突き刺さり、爆発。

 黒棺は粉砕までには至らぬものの、その表層に亀裂を与えた。

 

「今のは……」

 

「アーチャーの弓だな。どうやら“黒”の陣営はまだまだやる気満々みたいだな」

 

 こちらの作戦で敵拠点の破壊は成功したようだが、少なくとも今ので“黒”のアーチャーが健在なのは間違いないだろう。即座に反撃してきた辺り、“黒”の英霊は無事という判断をしても良いだろう。

 或いは今ので一騎か二騎でも脱落してくれていれば、嬉しい所だが。

 それの楽観も次瞬、放出される杭の嵐を見て否定される。

 

 矢の光跡を追うように伸びる夥しい程の杭の山。

 まるで巨人が手を伸ばすように、杭が黒棺へと掴みかかり──粉砕する。

 十の黒棺の内、一基が瓦礫となって空中分解していった。

 

「──守りを破った上で頭上を取っている分、こっちが多少優位だろうが、無策で突っ込めばあの通りだ。分かったか、セイバー」

 

「へいへいっと。じゃあ、どうすんだマスター。このまま見てるだけかよ?」

 

「そうも言っていない。まずは様子を見る、その上で機を窺えって言ってんのさ」

 

 獅子劫とセイバーの利点は独立遊軍であるという点だろう。

 “赤”の陣営の内輪事情を“黒”の陣営が何処まで把握しているかはさておき、空中庭園に同乗していない彼らは空中庭園とは別口からのアプローチが可能なのだ。

 

 敵の迎撃が空中庭園に向けば向くほどに獅子劫とセイバーの行動の自由度は跳ね上がり、切り込める隙も大きく広がっていく。

 

「いいか? この戦いは俺たちにとって最後にどれだけ大聖杯の近くに居られるかが勝利の鍵だ。たとえ“赤”の連中が全滅しようとも“黒”の陣営が全滅しようとも、どの陣営とも相容れない俺らは何処かで大聖杯を横からかすめ取る必要がある」

 

 ただ戦争に勝つ、それだけではダメなのだ。

 英霊をどれだけ脱落させようとも、マスターをどれだけ殺害しようとも、大聖杯がつかめなければ、それは敗北だろう。己が願いを叶える為には英霊を倒した上で、大聖杯を獲得しなければならない。

 たとえ何騎の英霊を脱落させようとも、この手に聖杯が無ければ意味が無いのだ。

 

「だからこその、待ちだ。態々、空中庭園から距離を取って高度を稼いでいるのも、魔術を使って静音飛行をさせてんのもここ一番で仕掛ける為だ」

 

 獅子劫は希少な魔術礼装や手持ちの資産を用いて、この戦闘機に光を屈折させ、透明に見せる魔術や音の伝導を小さくする魔術など、可能な限り存在を伏せる術式をふんだんに用いている。

 少なくとも今の彼らを目視するのは弓兵であっても難しく、見つけ出すならば索敵を目的とした魔術や結界を張り巡らされでもしない限り気取られることはないだろう。

 

「勝負所を見誤るなって話だ。分かったか?」

 

「わぁったよ。ったく……」

 

 窘める獅子劫の言葉に一定の理があることを“赤”のセイバーも認めたのだろう。

 不承不承と口を尖らせながら同意を示すと獅子劫はほうと息を吐いた。

 ──と、不意にセイバーが顔を上げる。

 

 何かに気づいたような反応。

 次いで、ニヤリと楽し気に彼女は笑った。

 その様子に気づいて、獅子劫は壮絶に嫌な予感を覚える。

 

「──でもよマスター。取り合えずバレないように黙って様子を見るってのは分かったが、バレちまった時は、もう戦うしかねえよなぁ?」

 

「……そりゃあお前。その時は……否応が無いだろうな。だが、こっちから動きを見せない限り、早々に見つかることは……」

 

 ない──と言い切ろうとした瞬間。鳴り響く警告音。

 機内に響く敵機接近の気配を断ずる警報(アラート)

 

「ハア!? 嘘だろ、もうバレたのか!?」

 

「みたいだな! 来るぜ、マスター……上だ!!」

 

「上!? 此処は12000ftの空だぞ! その頭上を取るなんて──まさか……!」

 

 ──戦闘機を用いて敵の城へ乗り入れる。

 成程、その発想は魔術師には出来ぬものだ。

 

 魔術師は科学を迎合しない。

 魔術衰退の要因となった科学というものを忌避する。

 だからこそ、戦闘機を聖杯大戦に持ち込むというのは魔術使いである獅子劫ならではの発想だろう。

 

 だが、“黒”の陣営に属するアルドル・プレストーン・ユグドミレニアという魔術師は純粋な魔術師でありながら同時に異端なる視点を有する人物でもあるのだ。

 なればこそ、獅子劫が戦闘機で攻め行ってくることは可能性として、当然、想定していた。

 そして、その対策も。

 

 セイバーたちが駆る戦闘機を追うように迫る影。

 高高度の後方より黒い機影が暁の空を引き裂いて姿を現す。

 

 空に響くは身を竦ませる威嚇音(サイレン)

 約束の地へと進撃する死の音楽。

 聖書の逸話を彷彿とさせる皆殺しの戦歌(ジェリコのラッパ)

 

 人類史上最強の航空機操縦員(パイロット)、“空の魔王”が代表機『Ju 87 シュトゥーカ』。

 かの髑髏の帝国において急降下爆撃機の代名詞とまで呼ばれた機体。

 

 それを駆るものこそ──。

 

 

「Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr──!!」

 

 

 けたたましい威嚇音すら塗りつぶす怨念の声。

 狂える黒騎士(ニグレド)が獅子の首へと食らいついた。

 

「“黒”のバーサーカー……!? アイツも騎乗スキルを……いや……!」

 

 思わぬ襲撃に驚愕する獅子劫。

 狂戦士というには多芸な英霊であることは聖杯大戦の初戦から知っていたことだが、よもやこちらと同じく航空機を持ち出してくるとは想定外にも程がある。

 だが、よく見ればセイバーと異なり、“黒”のバーサーカーは操縦席に座って、航空機を制御しているのではなく、その上、機体上に四足獣のように張り付いている。

 

 あの様子を見るに機体を操縦としているというよりも操作しているといった印象を受ける。

 黒騎士を中心に蜘蛛の巣の様に伸びる赤黒い魔術回路にも似た線。

 獅子劫の脳裏に過る銃器を操る黒騎士の姿。

 

“……特別なのは武器の方じゃなく奴。恐らくはスキルか、宝具……手にしたもの全てを自らの得物に変える力か!

 

不明だった黒騎士の特性を獅子劫は此処に至って理解した。

 情報を隠匿する能力に、手にしたものを武器として昇華する力。

 そして狂っていながらも衰えぬ武技。

 

“精神状態に左右されない卓越した騎士、姿を偽る逸話と得物を選ばない力量……いや、その時武器としたものを得物として十全に操る逸話か…? いや待て、そんな英霊何処かで……”

 

 覚えがある。これまでに得た情報から獅子劫の脳裏に掠めるものがある。

 それを自覚した獅子劫は自らの英霊に警戒するように檄を飛ばそうとしたが、しかし一歩遅かった。

 敵は既に交戦圏内。加えて何より……。

 

「──あんの野郎……!」

 

 ギリ、と歯を鳴らしながら迫る黒騎士を睨みつける“赤”のセイバー。

 その瞳には怒りの色があった。

 ──最初に会敵した時から気に食わないとは思っていた。

 陰険なやり口、自分に似通った能力。

 それでいて、バーサーカーでありながら最優(セイバー)を上回る総合値。

 

 覚えがある。アレと似たものにセイバーも覚えがある。

 誰かは知らない、あった覚えも特にない。

 だが、彼女の直感が、野生が、彼女に囁いている。

 

 

 ──アレは、()の名を穢す不届き者だ。

 

 

「いちいち、オレの真似ばっかして邪魔しやがって忌々しい──」

 

 旋回する。機首をミレニア城塞から敵機へと向ける。

 真正面に睨む、黒騎士の姿。

 逡巡は消えた、方針は決まった。

 

 何にしてもこうして敵に捕捉された以上、対応しなければならないだろう。

 背中を取られたままでは“黒”の陣営とことを構えることは厳しく、実に陰湿そうなアレを振りほどくのはかなりの手間となることだろう。

 そして何より一番重要なのは敵の戦力でも敵に捕捉されたことでもない。

 こちらの琴線を触れるように、こちらの気を逆なでするように、何かとつけて己に噛みついてくるその有り様。たかたが狂戦士の分際でこちらの首を取らんとする傲慢。

 

 何もかもが度し難い程に気に食わない。

 つまり──。

 

「ぶっ殺すぞ! このパクリ野郎──ッ!!!」

 

「ちょっと、待てセイ──」

 

 戦闘機が火を噴き、加速を開始する。

 急加速に加えて急上昇に際して発生するGにマスターの静止も掻き消された。

 此処に始まる前代未聞の空中戦闘(ドッグファイト)

 

 騎馬ではなく、航空機を操る空の騎馬戦。

 時代も世界観も超え、二人の騎士が衝突する。

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