千年樹に栄光を   作:アグナ

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聖杯大戦 Ⅻ

 暁の空を駆ける彗星。

 不規則な動きでミレニア城塞に迫る超速の戦車(チャリオット)

 三馬が率いる無双の宝具、『疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)』。

 

 一番槍こそ英雄が誉れ。

 そう言わんばかりに開戦の号砲と同時に神殿を飛び出した“赤”のライダーは決戦の高揚感とこれから始まる激戦を喜ぶように眼下の敵城を見下ろした。

 

「空気が重い。風が止まってやがる──良いねえ、これぞ戦場。英雄が檜舞台ってな!」

 

 不敵な笑みを浮かべながら“赤”のライダーが笑う。

 古今東西の英霊が集う聖杯大戦。

 戦とは斯くも激しく華々しいからこそ英雄の活躍が映えるというもの。

 ただ己が無双して終わるなど詰まらないにも程がある。

 

「喜ぶのは汝の自由だが。油断して呆気なく脱落するのだけは避けろよ“赤”のライダー。汝を守るその無敵、もはや無いのだと忘れてくれるな」

 

 その傲慢に掛けられる冷や水。

 燃える英雄とは対照的に狩人は何処までも醒めていた。

 踵を射貫かれた代償──とても万全とは言い難い相方を、同乗する“赤”のアーチャーが辛辣に咎める。

 

「別に忘れちゃいねえよ姐さん。ただまあ、追い詰められてからが英霊の本領って奴さ。不死で無くなろうが、足が多少遅くなろうが、テメエの力で何とかしちまうのが英雄足るが定めってな」

 

「……汝の根性論か?」

 

「違うね。英雄の美学だ」

 

「よりにも寄って汝の口から美学とはな。全く似合わんな」

 

「あー……なあ姐さん。薄々思ってたが、アンタ、何かオレのことをガキか馬鹿かと思ってやしないか?」

 

「別に他意は無い。ただ私が知る英雄と呼ばれる者と汝の毛色が違うというだけだ」

 

 脳裏に過る口数の少ない偉丈夫の姿。

 ……ギリシャが誇る『最強の大英雄』と比べれば、些か“赤”のアーチャーの目には“赤”のライダーは幼稚に映る。

 

 しかし、そんな感想はどうでも良い。

 今はただ勝つ。それだけだろう。

 

 言葉を打ち切り、“赤”のアーチャーは鋭い視線をミレニア城塞へと向ける。

 

「…………」

 

 その後ろ姿に思うところがあるのか、“赤”のライダーは眉間に皺を寄せる。

 別に先の言葉を不愉快に思ったわけでは無い。

 あの程度はただの軽口だ。

 激情家ではあるものの、あの程度で気分を悪くするほど器の狭い性格を“赤”のライダーはしていない。

 

 だから、懸念するのは自らではなく、相方の方。

 一見して平時と変わらぬ厳しい在り様だが……何処かそれが追い詰められた者のようだと“赤”のライダーは感じ取る。

 

“……クソ、やりにくい”

 

 もどかしい。やはり戦端が切られる前、直裁に“赤”のアーチャーに尋ねてしまえば良かったのだ。何を悩んでいるのか、何を思っているのか。

 だが、既に刻は遅い。

 戦ともなれば“赤”のライダーとて他を気に掛けている余裕はない。

 そもそも先には他を気に掛けて不覚を取ったのだ。

 

 もう、同じ失態は許されない。

 

「……まずは勝つ。話はそれからするしかねえわな」

 

 気持ちを切り替え、“赤”のライダーもまた視線を敵城へと向ける。

 此処から先、踏み入ればもう、後は己のみの世界。

 他者を気に掛ける余裕は無く、相手の生死は相手を信頼するしか無い。

 

「──行くぜ、姐さん。まずは敵の顔を拝むとしようか!」

 

「迎撃に気を付けろよ、ライダー」

 

「ハッ──出来るものなら、なァ!!」

 

 手綱を引くと同時、戦車が進軍を開始する。

 左右に揺さぶるような軌道で敵を翻弄しながら城へ取り付かんと急接近を行う。

 瞬間、ミレニア城塞から五月雨のような黒い影が飛び立つ。

 

 集団で飛び立つ鳥群のようなそれは杭。

 領土を侵さんとする侵攻者に下す鬼将からの鉄槌。

 されど、予期された迎撃に驚きも恐怖も“赤”のライダーは感じない。

 

 どころか、嘲笑うように吼える。

 

「温いッ! その程度の弾幕で我が疾走を止められるとでもッ!?」

 

 大気の壁をぶち破る轟音と共に彗星が加速する。

 万を上回る杭の雨。

 それを躱すどころか、“赤”のライダーはその最中に突入する。

 

 かつて数多の侵攻者に恐怖と絶望を覚えさせた“黒”のランサーの杭。

 “赤”のライダーを串刺しにせんとする杭らはしかし、裁きを齎すよりも先に“赤”のライダーの戦車を前に屈服する。

 

 戦車の速度が生み出す空気の壁に圧し弾かれ、逆に粉々に砕けているのだ。

 

「はははははははははは────!!! この程度かッ、“黒”の陣営!!」

 

 障害にすらならぬと笑う“赤”のライダー。

 地に反り立つだけの杭では、空に輝く彗星には届かぬと笑う。

 ミレニア城塞へと肉薄する翠色の光。

 

 天高らかに響き渡る英雄の大笑を──懐かしむように“黒”のアーチャーが見上げる。

 

「変わりませんね。貴方は」

 

 微笑む“黒”のアーチャーに敵愾心は感じられない。

 敵対する陣営の英霊に対して、“黒”のアーチャーは感慨すら浮かぶ表情で空を駆ける彗星を眺める。

 

「──もしも巡り合わせが違っていたのならば、成長した貴方と心ゆくまで戦う、そんな展開も有り得たのかも知れませんね」

 

 たらればの話。“黒”のアーチャーのマスターが聖杯を望まず、ただこの戦いに決着を付けんがために進んでいたのならば……魔術師としてでは無く、人として歩み出すようなことがあれば……或いはそんな展開もあったのかも知れない。

 

 ただ一人の男として、成長した弟子と殺し合う。

 そんな未来も。

 

「ですが、今の私はサーヴァント。主の願いを……教え子の未来を祈る者」

 

 たとえ救いの無い結末に至るしか無いのだとしても。

 それでも、その道に少しでも幸いがあるように。

 “黒”のアーチャーは弓矢を取るのだ。

 

「──申し訳ありませんね、アキレウス(・・・・・)。此度の戦は、勝ちに徹させて頂きます」

 

 そうして怒りも憎しみも無く。

 苦笑しながら“黒”のアーチャーは彗星へと矢を放った。

 

「! ライダーッ!!」

 

「!?」

 

 敵愾心無く放たれる殺意なき必死の一撃。

 それをいち早く察知したのは“赤”のライダーでは無く“赤”のアーチャーだ。

 彼女は戦士の持つ直感では無く、狩人として研ぎ澄まされたその五感で大気を引き裂く小さな風切り音を聞き咎めたのだ。

 

 忠告と同時に“赤”のライダーは首を咄嗟に引き下げる。

 間を置かず数瞬前まで“赤”のライダーの顔があった位置を通り過ぎる一筋の流星。戦場へと入った英雄の直感すら通り抜ける技巧の一撃に“赤”のライダーは戦慄した。

 

「今の……敵のアーチャーか!」

 

「間違いないだろうな──ふむ、殺気すら隠すか。以前見た長距離狙撃といい、良い腕をしているな。それに、随分と神がかった読みだ」

 

 同じ弓兵だからこそ“赤”のアーチャーは敵の凄みを理解する。

 単純に獲物を正確に打ち抜く腕もそうだが──あの矢の速度では通常、“赤”のライダーを仕留めることは出来ない。

 空中を駆け抜ける彗星は矢の到達速度よりも断然早いからである。

 

 しかし、先の矢は確かに“赤”のライダーを捉えかけていた。

 速度では無い。

 その地点に“赤”のライダーが至ると読んで、先に矢を放っていたのだ。

 

 敵の挙動への深い理解……つまるところ未来視じみた先読み。

 それに弓への純粋な技巧が混じり合って、必中必殺の矢へと至っている。

 

「強いな」

 

 “赤”のアーチャーが賞賛を口ずさむ。

 それに応と、“赤”のライダーが笑いかける。

 

「なればこそ、我が槍で討ち果たすに値するというもの──さあ! 約束の刻だ! “黒”のアーチャー!! 貴様の顔を拝み、そしてその首を我が槍の誉れとしてくれようぞッ!」

 

 倒すべき獲物を見定め、戦車の軌道を修正する。

 目標は敵方のアーチャー。

 己が槍で討つに相応しい難敵へと挑みかかる──。

 

 ──その、刹那に。

 

「悪いねぇ。テメエの相手はそっちじゃねえよ」

 

「なにッ!?」

 

「後ろだと!?」

 

 唐突に降りかかる、背後からの声。

 超高速で駆け抜ける空中戦車という場所にあって背後を取られたという驚愕に両者は声を上げ、敵の顔を確認するよりも先に、遮二無二攻撃を見舞う。

 矢による速射(クイックドロウ)と槍による迎撃。

 

 後手から先手を奪う、最速の二手に対して、されど敵は飄々と笑う。

 

「悪くない反応だが──」

 

 最速の槍は、杖によって捌かれ。

 速射の矢は、まるで定められたかのように当たらない。

 

「コッチの準備が上回ったな」

 

 よって──韋駄天を思わせる突きが、“赤”のライダーへ突き立てられた。

 

「ぐっ!?」

 

「ライダーッ!」

 

 咄嗟の反応で槍の柄で受け止め、直撃は避けたものの、その一撃の重さによって“赤”のライダーが戦車より押し出される。

 そうして、空中の“赤”のライダーに相対する青いフードの男。

 

「よぉ。テメエの相手はこの俺だ」

 

「……貴様、“黒”のキャスターか!」

 

「おうよ。空間置換──置換魔術(フラッシュエア)って奴さ。俺の魔術じゃねえが……甥っ子(・・・)が用意した手札の一つってね」

 

 流石に夢幻召喚(カード)の再現は出来なかったようだがね──そんなよく分からないことを嘯きながら杖を槍に見立てて構える“黒”のキャスター。

 それを見て“赤”のライダーは目を向けずに叫ぶ。

 

「クサントス! バリオス! ペーダソス! 姐さんを任せる!」

 

『合点承知!』

 

 戦車に取り残してきた相方を駆ける騎馬たちに託す。

 応じる念話を背後に聞きながら“赤”のライダーもまた敵を眼前に槍を構えた。

 

「この状況で相棒の心配たぁ随分と余裕があるじゃねえか、色男!」

 

「そりゃあコッチの台詞だ。キャスター風情がランサーの真似事とはなァ!!」

 

 斯くして始まる壮絶な撃ち合い。

 

 最初の一合で両者の攻撃は音速を振り払い、一瞬のうちに十合を超える。

 地上まで落下する僅か数十秒。

 その間に交わされる万を凌駕する超高速の死闘。

 

“──コイツッ!!”

 

 落下しながら“赤”のライダーは思わぬ手応えに驚嘆する。

 槍が、敵を掠めない。

 それ即ち、自身の一撃が全て完璧に捌かれているということ。

 

 “黒”のキャスター──あろう事か後方で陣を構え、魔術にて計略を掛けることを本分とする英霊が世界屈指の槍士(ランサー)でもある“赤”のライダーに食らい付くどころか、上回らんとしているのだ。

 獲物に追随する猟犬の如く、的確にこちらの先を読んで動きを封じ込めるような技は巧みかつ老獪。歴戦の経験が生み出す職人芸。

 断じて昨日今日に編み出した腕に非ず。

 

 目を見張る現実に、驚きを隠せない。

 

 地上に落ちきる寸前、一際高い衝突音と共に。

 両者は図ったように弾き合い、距離を取って着地する。

 

「──テメエ、まさか……」

 

 息の一つも乱さず、己に匹敵する体捌きで悠然と着地した青いフードの男を“赤”のライダーは睨み付ける。

 英霊として大聖杯より与えられし、知識。

 それが目の前の“黒”のキャスターを探り当てる。

 

 己の速度域に同等以上に付いてこれる()使い。

 魔術師(キャスター)としての適性を持ちながら槍士(ランサー)たるもの。

 その確信を証明するかのように。

 

 次瞬──不意に頭上の戦車より飛来した“赤”のアーチャーの矢を“黒”のキャスターは僅かに一瞥しただけで対応した。

 

「チッ!」

 

「へえ、自分の宝具じゃ無いだろうに。その足場、その速度でよく当てる。良い線行ってるが……悪いね、その距離じゃあ俺には厳しいだろうよ」

 

 歯がみする“赤”のアーチャーに“黒”のキャスターは太々しく笑う。

 眼前の“赤”のライダーに意識が傾いていたにも拘わらず“黒”のキャスターの反応は素早い。

 ──と言うよりまるで自動的に身体が動くような対応だった。

 

 直感、或いは危険予知や慣れ。

 自身に対する攻勢飛来物への耐性とも言える対応力であった。

 

 同盟者たる“赤”のアーチャーの腕は“赤”のライダーとて熟知している。

 狩人として機に優れた直感。

 その身が持つ俊敏性と鷹の目が如き観察眼。

 それらが生み出す、獣狩りとして最上級の技量。

 

 “黒”のキャスターはそんな弓兵の腕を軽くあしらったのである。

 思わず、笑みが溢れる。

 眼前の敵が強敵たる確信を得て、歓喜が漏れ出る。

 

「は、アンタ、魔術師なんかよりよっぽど前に出て戦う方が向いてるんじゃないか? なあ、そうだろう? アイルランドの大英雄さんよ」

 

「……何だバレちまったのかよ。こりゃしくじっちまったな」

 

「抜かせや。俺の速度に真正面から付いていける槍使いなんてそうはいねえ。加えて魔術に経験値とそんだけ多才なら名は限られる……てか隠す気ないだろ、アンタ」

 

「ま、名前がバレたところでお前さんと違って分かりやすい弱点なんてモンはねえからな。形式に乗っ取ってるだけで身軽にはやらせて貰ってるんでね」

 

「成る程、その点については羨ましいねえ。マスターには恵まれてるってことかい?」

 

「さて、そうとも言えるしそうとも言えないと言ったところかね。直接の雇い主にせよ、その上にせよ、任されてるのは子守なんでね」

 

「ふむ?」

 

 肩を竦める“黒”のキャスターに“赤”のライダーは首を傾げる。

 何やら煙に巻くような言い回しだが。

 向こうも向こうで複雑なことになっているということか。

 

「まあいいさ。何にせよ……アンタが相手なら存分に楽しめそうだ。態々、会いに来てくれたんだ。俺の相手はアンタってことで良いんだろ?」

 

「若いねえ。その血気盛ん振り、もしも槍兵(ランサー)で呼ばれていたなら俺も付き合ってたんだろうが、生憎と今の俺はちっとばかし年寄りでね。若いもんの相手は若い奴に任せるわ」

 

「なに……?」

 

 “黒”のキャスターの言葉に“赤”のライダーが訝しんだ瞬間。

 黄昏の光が横合いから“赤”のライダーへと襲いかかった。

 

「──ハ、そういうことかよ!」

 

 何かを確信したように笑い飛ばす“赤”のライダー。

 不意の攻撃から飛び退いて躱した直後、回避地点を先読みしていたように影が飛び出す。

 影は一瞬にして間合いを詰め、回避直後の“赤”のライダーへ容赦なく斬撃を浴びせる。

 だが、流石と言うべきか。

 完全な意識外からの不意打ちだったにも拘わらず、この通り、“赤”のライダーは初撃を完璧にいなし、追撃の斬撃も手元の槍で簡単に捌き切る。

 

「今回はあの嬢ちゃんは連れてねえみたいだな、“黒”のセイバー?」

 

「……一時的な契約は終わった。今はただ、己の責務を果たすだけだ」

 

「へ、そうかい。だが、あの嬢ちゃん抜きで何処までやれる? もう前みたいな小細工は通じないぜ? まさかとは思うが……無敵を取っ払った程度で俺の疾走を止められると思っているのかい」

 

「ッ!!」

 

 槍の穂先がブレる。

 以前見た、完全に視界から失せるような速度は無い。

 “黒”のセイバーの動体視力を以てすれば捉えられる速度圏。

 しかしそれ故に対応は簡単などとは……口が裂けても言えぬ鋭さ。

 

 弱体化など苦にもならぬ。

 そう証明するかのような彗星の如き七連撃。

 見えていても動きが追いつかぬ。

 

「ハァ──!」

 

 刹那で全てに対応することは不可能と悟った“黒”のセイバー。

 致命部位への攻撃に意識を注力し、それのみを剣で弾く。

 後の攻撃は生身で受けることになるが、問題はない。

 宝具『悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)』。

 鉄壁を誇る防御は“赤”のライダーの加護とは違い、未だ健在。

 

 この程度の攻撃では傷一つ負わない。

 受けた攻撃の衝撃に押し返されながらも“黒”のセイバーは冷静に息を入れる。

 

「相変わらず堅えな。大した防御力だ」

 

「──そういう貴様は相変わらず速いな。だが……余の目でも辛うじて追い切れる様子を見るに、どうやら報告に間違いはないようだな」

 

 冷酷さに満ちた、言葉。

 “黒”のセイバーの影を追うように、漆黒の影が歩み出る。

 

「おっとッ!」

 

 地面から杭が飛び出す。

 予備動作の無い、完全なる視覚外からの心臓を狙う不意打ち。

 されど、“赤”のライダーは直感で対応する。

 命を狙う殺気を頼りに、攻撃地点を先読みして見せた。

 

防いだな(・・・・)?」

 

 対応されたにも拘わらず、攻撃者は不敵だった。

 黒い衣装を風に靡かせながら領主が“赤”のライダーを射貫く。

 

「アンタも来たか、領主殿?」

 

「領土が侵されんとしているならばこれを守るが領主の努め故な。領民を守り、愚かなる侵攻者に誅罰を与える。生前も今も、余のやることに変わりは無い」

 

 つまるところ串刺しである。

 言外にそう告げる“黒”のランサーに英雄は笑みを深める。

 

「いいねえ、せっかくの祭りだ。英雄集う華々しい戦場だからこそ、武功も輝くってもんだ」

 

「余裕だな。もはや貴様に無敵は無い……その意味する所を知れ、『極刑王(カズィクル・ベイ)』」

 

 “黒”のランサーが虚空へと手を伸ばし、握りつぶすように拳を固める。

 次瞬、それを合図としたように数百、数千の杭が一斉に大地より隆起する。

 

 同時に動き出す、“黒”のセイバーと“黒”のキャスター。

 王命に従う臣下のように、声も無く連携に入る。

 

「上等──!」

 

 声を上げて真正面から迎撃に移る“赤”のライダー。

 だが彼が動き出すよりも、先攻するは“黒”のセイバー。

 “黒”のランサーが宝具を解放した直後、真っ先に飛び込んできた剣士は大剣を振り下ろし、“赤”のライダーの行動を抑えつけた。

 

 身内の宝具の巻き添えを恐れぬ特攻。

 これも自身の防御能力に絶対の自信があるからであろう。

 “黒”のセイバーと“黒”のランサーの視線が一瞬に交錯する。

 

 領主の判断は迅速だった。

 

「杭よ、侵攻者に鉄槌を……!」

 

 驟雨の如く杭が一斉に“赤”のライダーへと殺到する。

 “黒”のセイバーをもまとめて一網打尽にする絶対包囲網。

 

“被弾は……避けられないか”

 

 それを見て、態度とは裏腹に“赤”のライダーの脳は冷静な判断を叩き出す。

 こと戦闘においてはシビアである彼の戦術眼は一定の損傷を確信する。

 怯えは無い、畏れは無い。

 成る程、この網に穴は無いが、だからといって命までやる積もりは無い。

 

 第一、この程度の戦法で足を屈するほど、大英雄は甘くない。

 

「目の前に丁度良い盾もあることだしな。 なあ、そうだろ? “黒”のセイバー!」

 

「な、くっ……!?」

 

 不意に鍔迫り合いに掛かる力を抜く“赤”のライダー。

 そして槍の柄で“黒”のセイバーの剣を滑らせ、踏み込む。

 “黒”のセイバーの驚愕も尻目に素早い体捌きで“黒”のセイバーの腕を絡み取り、そのまま背後へと回り固める。

 

「師匠仕込みのパンクラチオンってな! んじゃ、その無敵、存分に発揮してくれ!」

 

「ぐっ……!」

 

 振りほどこうと力を込める“黒”のセイバー。

 能力上(ステータス)での両者の筋力値は互角。

 力比べに差は無いが、此処では体勢の差が勝った。

 如何な“黒”のセイバーでも完全に決まっている関節技を力任せに振りほどくことは不可能だ。

 

 ニヤリと悪童のように笑う“赤”のライダー。

 そのまま彼は“黒”のセイバーの身に隠れるように屈め、杭の雨をやり過ごす。

 

「おのれ……」

 

「たかだか数の暴力程度でこの俺を取れると思わないことだ、“黒”のランサー!」

 

 その犠牲に“黒”のランサーの宝具を浴びる“黒”のセイバー。

 流石の防御性能で容赦無い杭の雨にも無傷ではあるが、その防御力が仇となる。

 

「さて、まずはあん時のお礼だ。大した防御力だが、何も全部が全部防ぎきれてるってもんじゃない。要は生身自体が堅い鎧みたいなモンなんだろ? なら、コイツは効くだろ! なぁッ!!」

 

「ガッ……!」

 

 杭の雨を抜けた直後、“赤”のライダーは“黒”のセイバーを地面に叩きつける。

 受け身を取ることも侭ならない“黒”のセイバーは全身を打ち付ける衝撃に苦悶を漏らす。

 表層上の傷は無いモノの、芯に響く衝撃までは吸収しきれなかったか。

 倒れ伏す“黒”のセイバーを尻目に、軽やかな跳躍で“赤”のライダーは距離を取る。

 

「は、数騎掛かりでこの程度か! 俺はまだまだやれるぞ! “黒”の陣営!」

 

「威勢が良いことで──なら、こういうのはどうだい?」

 

 余裕を浮かべる“赤”のライダーに挑むように杖を翳す“黒”のキャスター。

 恐らくは何らかの魔術を発動させる気なのだろう。

 “黒”のキャスターを中心に、幾つものルーン文字が瞬いている。

 

「させるか、よッ!」

 

 だが、詠唱などと言う悠長を許すほど“赤”のライダーは甘くない。

 剣士(前衛)とは引き離した、槍兵(領主)に正面からやり合う技量は無い。

 そして魔術師(キャスター)は詠唱に入っている。

 

 この間合いなら十分だ。

 一足に彼我の距離を埋め、“黒”のキャスターに接近する“赤”のライダー。

 “黒”のキャスターが魔術を発動する前に、その命脈を射止める……!

 

「獲った!」

 

 確信の言葉。

 同時に“黒”のキャスターの身を貫通する“赤”のライダーの槍。

 霊核を打ち抜く必死の一撃。

 それを受けた“黒”のキャスターは。

 

「へ、森の賢者を舐めんじゃねえ」

 

 動かない筈のものが動く。

 致命打を浴び、朽ち果てると思われた“黒”のキャスターの身体が動く。

 伸ばされる両腕、“赤”のライダーの両肩を押さえるのと同時に、“黒”のキャスターの身体が変貌していく。

 

「何ッ!?」

 

 肉は樹木へ。気づけば“黒”のキャスターは樹となって“赤”のライダーを拘束する。

 事ここに至って理解する。

 既に魔術は発動していたのだ。

 眼前の“黒”のキャスターは本物の“黒”のキャスターに非ず。

 その身を模した身代わりに他ならない。

 

 俊足を誇るその足が、停止する。

 こうも絡め取られている以上、槍を満足に振るうことも出来ない。

 よって、その様子を城より観察していた射手は悟る。

 

 ──この矢は外れない。

 

「──さらば、我が愛弟子」

 

 その一言は弓兵が敵へと向ける最後の優しさか。

 絶命の矢が放たれる。

 彼方を射貫く長距離狙撃。

 平時であればその俊足で振りほどかれるか、槍で弾かれるかしたのだろうが、今この瞬間は例外だ。

 回避も防御も封じられたこの状況で“赤”のライダーに出来ることはない。

 

「ッ……!」

 

 “赤”のライダーの全身が泡立つ。

 その身に宿る経験値が、彼方より飛来する死を悟る。

 懐かしの既視感(デジャブ)

 かつて己を射止めた()を思い出す。

 

 だが……その予感が真実になることはなかった。

 

 飛来する死を、横合いから弾き飛ばす矢。

 いつか“黒”の陣営がやって見せた絶技を狩人が此処に再現する。

 

「ライダーッ!」

 

「助かるぜ、姐さん……!」

 

 木造の“黒”のキャスターを粉砕しながら戦車を引いて“赤”のアーチャーが乗り付ける。

 

「取りあえず、無事のようだな」

 

「まあな。とはいえ、流石にあの数は厳しかったが、やれやれ格好悪いね、全く」

 

「……ふむ、軽口を叩ける余裕はあるか」

 

 窮地だったことは疑いないものの、“赤”のライダーに呼吸の乱れは無い。

 流石は大英雄とだけあって、猛攻を浴びて尚、その身には余力がある。

 追い詰められたとはいえ、まだまだ継戦能力に支障はないということだろう。

 

「つか、良いタイミングで助けてくれたのは有り難いが、援護してくれるならもうちょい早くして欲しかったぜ」

 

「ふん、汝が一人でも問題ないよう振る舞っていたのでそのまま任せていただけだ。それに下手に動いてはあの矢の的だ。私一人ならばともかく、汝の愛馬たちではあの矢は凌げまい」

 

「ああ……そういうことかい」

 

 “赤”のアーチャーの言葉に“赤”のライダーは頷く。

 “赤”のライダーの戦車は確かに卓越した性能を持つが、それはあくまで騎手たる“赤”のライダーが乗っていてこそのもの。宝具『疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)』を引く三頭の馬は言葉を介し、自立思考を有するため、ある程度操縦が任せられるものの、“赤”のライダーの動きを先読みしてみせる弓兵の腕から逃れるほど卓越していない。

 

 狙われている可能性がある以上、安易な動きを見せることは出来なかったのだ。まして、本来の乗り手が降車し、騎手ならざる“赤”のアーチャーが騎乗しているともなれば、特に。

 

「戦車は返す。私はこの足があれば十分だ。それから向こうの狙撃は私が打ち落とす」

 

「そりゃあ有り難い。援護が一つあるのと無いのとでは大違いだからな。これで二対四。まあ、互角にするならもう一人ぐらい手が欲しいが、十分だろ」

 

「──では、もう一人分は俺が担うとしよう」

 

 “赤”のライダーの言葉に返答する、予想だにしない言葉。

 明ける太陽の光を背後に、トンと空中から舞い降りる人影。

 涼やかな顔のまま“赤”のランサーが“赤”のライダーの隣に降り立った。

 

「……意外だな。アンタは一人で動くモンだと思ってたぜ」

 

「マスターの勝利を優先するならば、今はお前たちと協力する方が早いと見た。それだけだ」

 

「そうかい、なら遠慮なく手を借りるとするか」

 

 素っ気ない“赤”のランサーの言葉に“赤”のライダーは肩を竦め、ブンと大きく槍を振るって構える。

 “赤”のランサーもまた無言で槍を構えた。

 

「ふむ、アレが“赤”のランサーか。顔を見るのは初めてではあるが……強いな」

 

「……ああ」

 

 先の戦いではミレニア城塞を宝具にて強襲した相手だが、終ぞ姿を見せなかった“赤”のランサー。

 “黒”の陣営にとって彼の面貌を伺うのはこれが初となるが、それでも伝わる、圧倒的存在感。

 間違いなく強敵であることを“黒”のランサーと“黒”のセイバーは確信する。

 

“……出てきたか、足止め気分で抑えられるほど温い相手じゃねえが、何とかなるだろ”

 

 対して“黒”のキャスターだけは無言のままに杖を構える。

 

 ……()に曰く、彼こそがこの聖杯大戦にて最大最強のサーヴァント。

 付けいる隙のある“赤”のライダーとは異なり、能力、精神ともに完成され尽くした大英雄。

 主役不在である以上、手ずから手に掛ける必要があると睨んだ英霊。

 

 指し手(プレイヤー)としての最大の脅威が天草四郎であるならば。

 あの英霊こそ、“赤”の陣営が有する最強の駒。

 あらゆる謀略を真っ向から粉砕する切り札(ジョーカー)に他ならない。

 

 ジッと観察する“黒”のキャスター。

 その視線に気づいてか、不意に“赤”のランサーが口を開く。

 

「伝え聞く様子とは些か異なるな、太陽の御子。なるほど、差し詰め今のお前は後見人ということか」

 

「……大した観察眼だことで。兄ちゃんが警戒するだけはある。悪いがこっちの準備が整うまで、俺が代行だ。この霊器(身体)じゃあちっとばかしキツイが……多少混ざっているとは言え、俺にもつまらない矜持の一つや二つはある。親父の手前、アンタが相手なら早々引けないってね」

 

「そうか……ならば我が父(スーリヤ)の名にかけて、オレもこの槍を振るうとしよう」

 

 “赤”のランサーに変わりは無い。

 敵の事情を悟ろうとも関係が無い。

 この身は英霊、サーヴァント。主の願いを叶える者。

 己の役目を理解し、全うする彼にとって向かう者は敵であり、打倒すべき障害に過ぎない。

 たとえ、そこに英霊ならざる影を見たとしても……。

 やるべきことは変わらない。

 

 ──空気が張り詰める。

 

 ミレニア城塞を背に立つ、“黒”のセイバー、“黒”のランサー、“黒”のアーチャー、“黒”のキャスター。

 ミレニア城塞を前に立つ、“赤”のライダー、“赤”のアーチャー、“赤”のランサー。

 

 本来は七騎による生存競争たる聖杯戦争にてこれほどの英霊が集い、組み、相争う戦いはかつて無く、まさしく大戦と呼ぶに相応しき状況だ。

 もはや双方に後退は無く、互いが互いの目的がため、譲れぬ願いがため、争う。

 決戦と呼ぶに相応しい舞台に緊張が極限へと高まる。

 

 暴発寸前の風船を思わせる、沈黙。

 

 そうして──。

 

 

「いくぞ──“黒”の陣営ッ!」

 

「裁きの刻だ──“赤”の陣営」

 

 

 ──激突する。

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