千年樹に栄光を   作:アグナ

68 / 84
聖杯大戦 ⅩⅢ

 トゥリファスの上空を過る二つの飛行機雲(コントレール)

 “赤”と“黒”が描く空戦。

 さながら古の龍騎士(ドラグーン)が如く、狂戦士は機体に跨がり、赤き剣士の背中を追う。

 

「▇▇▇▆▆▆▅▂▇▆▆▆▂▂▂▂──ッ!!」

 

 空に響き渡る怨念の咆吼。

 それを背に受けながら機体が出す轟音に負けない声量で、“赤”のセイバーは後部座席に座る己がマスターへ問いかける。

 

「チッ……背後(ケツ)を取りやがって……オイ、マスター! コイツの武器は!?」

 

「搭乗前に伝えた固定の機関砲(GSh-23)と牽制程度の対空短距離ミサイル(パイソン3)だ! 使い方は教えてあんだろッ!!」

 

「シケてやがるな! もうちょっと何とかならなかったのかよ!」

 

「無茶言うな! 急遽用意した代物な上、元より突入用だぞ! 寄りにも寄って英霊同士の聖杯大戦で現代の空戦を演じるハメになるなんて想定できるか!!」

 

「無茶でも何でも想定しとけ! ったく仕方がねえ……これで何とかしてやらぁ!」

 

 泣き言とも怒声とも取れる獅子劫の絶叫を傍目に、“赤”のセイバーは乱雑にレバーを操り、機能限界まで燃料機関(エンジン)を焚く。

 何にせよ、こうして空戦を挑まれた以上は泣き言に意味は無い。

 剣は使えず、手綱を握る航空機()は使い慣れない現代兵器。

 加えて背後を取られたという状況は圧倒的に不利だが、それでも勝つためにはやるしかないのだ。

 

「テメエの顔もいい加減飽きてきた……此処らで脱落させてやるよ! 黒助!!」

 

「▇▇▇▇▆▆▆▅▂▂▂▂▂!!!」

 

 機体越しに“赤”のセイバーの煽りが聞こえたのか、“黒”のバーサーカーが絶叫で応じる。

 “黒”のバーサーカーが駆る機体の両翼から放たれるタングステン徹甲弾。

 3.7cm高射砲Flak18を内蔵した専用ガンポッドBK3.7から放たれる一撃は元より対戦車攻撃機として想定された攻撃である。

 射撃の代償に衝撃(インパクト)で減速するが躊躇いはない。

 直撃すれば簡単に“赤”のセイバーの機体を吹き飛ばすだろう砲撃を“赤”のセイバーはシザース機動で回避。

 そのまま斜めに上方宙返り(シャンデル)を行い、対面で“黒”のバーサーカーを取る。

 

「おらぁ!!」

 

 威勢と同時に放たれる機関砲。

 けたたましく火花を散らしながら鉛の雨を“黒”のバーサーカーへと降り散らす。

 

「▇▇▇▂▂▆▆▆▅▅▂──!!」

 

 しかし散弾に飛び込む寸前に“黒”のバーサーカーが絶叫。

 瞬間、機体は物理法則を無視するかのように九十度の直角で急上昇する。

 

「んな、無茶苦茶な──!」

 

 “黒”のバーサーカーの宝具化によって成されるあまりにも強引な空中機動(ハイ・ヨー・ヨー )

 思わず後部座席に座る獅子劫は唖然と感想を漏らすが、驚く余裕は無かった。

 何故ならその動きを見た“赤”のセイバーがすぐに応対したからである。

 

「黙ってろマスター! 舌嚙むぞ! 上は取らせねぇ!!」

 

「ぬおおおおおお!?」

 

 減速すること無く成される追走。

 機体に掛かる負荷など考慮せずに行われる急制動。

 上昇していく黒い機影の背中に、真紅の機体が突き放されまいと追いすがる。

 

 “赤”のセイバーが使うということで魔術的にも多少強化されている“Lancer”だが、それでもこの無茶振りには堪らないらしくミシミシと大気の抵抗と重力に不穏な音を奏でている。

 そして機体に限らず、それはマスターも同じだった。

 獅子劫とてある程度の荒場を想定して、強化の魔術や高度圏での呼吸の確保、肉体に掛かる負荷の軽減などの措置は自らに課しているがそれでもこの急制動には悲鳴を上げる。

 

 だが、そんな相棒たちの負荷を“赤”のセイバーは気にも留めない。

 ……いいや、否。そんな余裕など発生しない。

 何故ならば、これだけ必死に追いすがっているというのに──。

 

「クソ、離される……!」

 

 黒い機影との距離は一方的に離されるばかりだ。

 機体制御の腕もあるだろうが、そんなものはささやかな要因。

 現実はもっと単純で厳しいもの。

 

 端的に言えば、使用する馬の性能が違いすぎるのだ。

 現代魔術師に多少強化された程度の機体と、神代の魔術師が再構築(チューン)した逸話持ち(伝承)宝具(機体)

 その差は本来であれば爆撃機に抜きん出て然るべき戦闘機という現実を容易く覆す。

 

「▆▅▂▇▇▆▆▅▅▅▂▂!!」

 

 先攻した“黒”のバーサーカーが頂点に至る。

 黒い宙と青い空の境界線。

 オゾン層の上を仰ぎながら黒い機体が反転する。

 

 

「▇▇▇▇▇▇▆▆▆▅▂▂▂▂▂▂──!!」

 

 急降下。弾丸のように大気の壁をぶち破って落ちる。

 その行動に赤い機体は追いつけない。

 上昇する赤と下降する黒。

 空と宙の境界線に見る交錯する影(コントラスト)はしかし。

 

「あれは……!」

 

 身体に掛かる重圧(G)に顔を顰めながらも戦いを傍観する獅子劫が気づく。

 “黒”のバーサーカーの両腕。

 機体に張り付いていた手が離れ、何かを抱えている。

 

 一目で分かる。アレは銃器。

 それも拳銃や小銃(ライフル)などという易しいものではない。

 歩兵の身にして重厚な戦車の装甲を粉砕するべく創り上げられた叡智。

 

「パ、対戦車擲弾(パンツァーファウスト)……!? ホントに騎士か、アイツッ!?」

 

「▇▇▇▇▇▇▇▇▆▆▆▅▂▂▂▂────ッ!!」

 

 明らかに世間一般的には中世を生きただろう騎士から繰り出される現代兵器の釣瓶打ちに思わず皮肉を叫ぶ獅子劫。だが、現実は笑い事では済まされない。

 何故ならば、あの正体不明の騎士は手に取る武装全てを宝具と変える英雄。

 加えて、あの武装は元来、戦車を粉砕するための武器である。

 

 空中を舞うために軽量化を追求して作られる戦闘機では、とてもではないがあの火力には耐えられない。直撃すれば木っ端微塵は避けられず、この高度で爆散すれば“赤”のセイバーはともかく間違いなく己は死ぬ。

 

「セイバーッ!!」

 

「ぐっ……!!」

 

 マスターの檄の意味を“赤”のセイバーは理解する。

 しかし、理解したところでどうなるという。

 接触(エンゲージ)まで三秒。

 この一瞬では回避も防御も碌に出来ない。

 

 機体制御の腕も、機体の性能も負けてるとなれば出来ることなど限られる。

 脳裏に過る死の予感、敗走の屈辱。

 幻視する未来(イメージ)に、“赤”のセイバーは歯を噛みしめ──。

 

 ……如何なる絶望を前にしても。

 屈することの無い“理想の王”の姿を思い出し、叫ぶ。

 

「な、め……ん、なぁ──!!」

 

 己を誰と心得る。

 この身はいずれ選定の剣を引き抜く者。

 偉大なる王を超えんとする者。

 

 なればこそ、この程度の窮地に膝を屈することなどあり得ない。

 我が身に理想を後押しする“風”は無くとも。

 身を焦がす“赤雷(ほのお)”は斯くと燃えているのだから。

 

 ジジッと耳障りな音を奏で、“赤”のセイバーの身体を通し、“Lancer”が帯電する。

 操縦席から電力は流れ、熱量(エネルギー)心臓(エンジン)へと点る。

 ……父に成せたことが、息子に出来ないはずが無い。

 風王の結界が如く機体そのものを変状することは叶わずとも、その性能を底上げするならば宝具など無くとも自らが持つ技能(スキル)があれば十分に過ぎる。

 

「▇▇▅▆▅ッ?!」

 

 黒い影が動揺している。

 加速する相対速度。潰される三秒の余裕。

 狂戦士が行動を起こすよりも速く、赤い稲妻が通り過ぎる。

 

「おっしゃあッ!!」

 

 身を翻し(ループ)ながら、“赤”のセイバーが勝ち誇る。

 そちらが真似事を繰り返すならば、こちらもそれを行うのみ。

 勝つために手段を選ばない泥臭さはかの王も持たない叛逆の騎士にのみ許された強み。

 さしもの黒騎士もこの展開は読めなかったのだろう。

 

「見たかよ黒助! やってやれないこたぁねんだよ!! おい、マスター! これから一気に……あん? マスター?」

 

「お、おお、おえ、お前さんね……せめて一声掛けてくれ! 死ぬかと思ったぞ!」

 

 情けない泣き言を漏らす獅子劫。

 一言も成さずに行われた『魔力放出』に伴う超加速は獅子劫を心身共に痛めつける。

 

 何せ間違いなく内臓を破壊するだろう殺人的加速である。

 咄嗟に強化を全力にしなければ致命傷を負っていただろう。しかも『魔力放出』を“赤”のセイバーが全力で回すものだから体内魔力を大量に消費しながらというおまけ付きだ。

 

 自らの身体性能と魔力貯蔵量のやり取りを刹那でこなす紙一重は色んな意味で心臓に悪い。

 よりにもよって敵では無く味方に殺されかけるとは獅子劫も思わなかった。

 

「細けえな。生き残ってるんだから別に良いだろ。生きたもん勝ちって奴だ!」

 

「絶対違うが……クソ、まあ確かに細かいことを気に出来る相手でもないか」

 

 相棒の荒っぽさに思わずため息を吐きつつ、鋭い視線を眼下に向ける。

 ……気づけば黒い機体は雲間を通り過ぎながら距離を置いて飛行している。

 (うえ)を取られたと判断して、次の展開に備えたのだろう。

 

 頭上から襲ってくるだろう機銃掃射や誘導弾(ミサイル)を警戒し、障害物(群雲)を利用してこちらの追撃を許さない。

 

「判断が早え、アイツホントに狂戦士かよ」

 

「知るかよ。ネチネチと陰険なのは間違いないだろうがな」

 

「……お前さん、ヤケに敵視するな。初戦でしてやられたのがそんなに気に障ったのか?」

 

「別に。ただ何となくやり口が似てる奴がいて気に食わん。……ふん、狂戦士ね。あの野郎に限ってまさかだが……」

 

「──知り合いか?」

 

 毒づく“赤”のセイバーに対して、獅子劫の言葉に真剣味が宿る。

 知り合い(・・・・)、それが事実であれば、色んな前提が変わってくるからだ。

 だが、視線を鋭くする獅子劫とは対極に、“赤”のセイバーは醒めていた。

 

「──どうでもいい。“誰”にせよ、父上を理解しなかった連中になんざ、興味はねえ。苦悩だろうが、後悔だろうが……逆恨みだろうがな。何にせよ、敵なら殺す。それだけだ」

 

 “赤”のセイバーの殺意にも闘志にも何ら衰えは無い。

 その言葉は真実だったのだろう。

 彼女にとって重要なのは己の願いと父の背中。

 “理想の王”を取り巻いた環境の方には何ら関心が無いということか。

 それとも或いは……。

 

「そうか、なら良い」

 

 質問を打ち切る。問いただすべき問いを収める。

 仮にも聖杯戦争に参ずるマスターならば相方に敵の情報を抱え落ちさせないためにも、此処は問うべき場面だが獅子劫はそれを選ばなかった。

 敵の弱点や欠点を見抜く機会を自ら捨てる。

 

 ──過去の因縁が戦いに支障が無いのであれば問題は無い。

 

 “赤”のセイバーは強力な英霊であり、間違いなく自分と同じく聖杯を望む相棒である。

 その二つが分かっているならば無用な過去の掘り下げは不要だろう。

 短い期間だが、その程度の信頼は、獅子劫とて持っている。

 

「だが、どうする? 敵を倒すのは良いが易くはねえぞ? 今ので速力で勝れることは証明したが地続きじゃねえ。地力は依然向こうが上な以上、一瞬の優位じゃ勝利に繋がらねえぞ?」

 

「チッ、忌々しいが分か(わぁ)ってるよ」

 

 高度を取りながら黒い影を追っているが、気を抜けば再び簡単に振りほどかれるだろう。

 こちらの全力を気にして向こうは速力を落として余裕を残しているが恐らく長くは続かない。

 今のが限られた燃料(魔力)による見かけ倒しと判断すれば、こちらの余力を削るため、向こうは再び複雑な機動を武器に襲い来るだろう。

 

 そうなれば完全に体力勝負。こちらの不利は免れまい。

 

「なら、やっぱ一発勝負だな。決め打ちを確実に当てて、アイツを倒す」

 

「ま、お前さんならそういうと思ったぜ」

 

「へえ? 止めないのか。さっきはあんなに文句言ってたのに」

 

「止めても止まんないだろお前。それに勝負勘に関しちゃあ俺は何よりも相棒を信頼してるんでね」

 

「は、煽てたってなんも……いや、いいぜ。勝ち馬(・・・)には乗せてやる」

 

「そいつは良いな。是非とも乗せて貰いたい」

 

 悪童のようにニンマリと笑う主従。

 この程度の窮地なんぞ糞食らえ。

 元より“黒”と“赤”の双方当主が幅を利かせる大戦で優勝賞品を掠め取ろうと企てているのだ。

 賭け事に負けた後のことなんぞ考えてないし、考えない。

 

 死か勝利か(デッドオアヴィクトリー)、聖杯大戦に参加するということはそういうことなのだから。

 

「だが、一発かますにしてもどうするんだ? 悪いが一連の交戦から見積もるに、宝具うんぬんを除いてもあっちの機体は盛られて(・・・・)やがる。誰の仕事かは知らねえが、こっちの機体の火力を当てても落とせるかは怪しいぞ」

 

 それは現代兵器も扱う魔術使いならではの見立てであった。

 確かに“黒”のバーサーカーの宝具は強力だが、あの機体性はそれだけでは済まされまい。火力に、機体性能……さらに先ほどの対戦車擲弾(パンツァーファウスト)と、明らかに英霊固有の能力だけに頼らない、魔術師の采配が見え隠れしている。

 

“それに、あの機体……”

 

 視線を鋭く、獅子劫は黒い機体に見る気になる異物(アンシンメトリー)を眺める。

 爆撃機の両翼に備え付けられたガンポット。

 それに加えてもう一つ──明らかに機体重量を無視した大型の大砲が付いている。

 

“……考えた奴はたぶん、最高に頭が王道(バカ)だな”

 

 英霊の宝具によって機体が強化されるならば下手に現実的な計算は必要の無いということか。

 高い速度に高い火力が付けば強い。

 ある種、真っ当とも単純とも取れる理屈で、“それ”は搭載されている。

 

 まさに主砲だ。

 宝具化の特性を考慮すれば対戦車擲弾(パンツァーファウスト)など比じゃない。

 獅子劫は疎か、“赤”のセイバーの命も、“それ”は獲るだろう。

 

「馬なんぞ最初から当てにしてねえよ。第一、オレはセイバーだ。野郎の機体なんぞこの剣がありゃあ十分」

 

「宝具か、ま、ミサイルで墜とすよりは現実的だろうな。だが……」

 

「言わなくて良い、この空でどうやってっていいたいんだろ? キチンと考えてるよ」

 

 懸念する獅子劫とは対照的に“赤”のセイバーは強気な笑みだ。

 ……思えば彼女は最初からこうであった。

 自身が負けることなど一切考えず、信じる勝利を疑わない。

 

 それはある種の傲慢であるが、それに加えて勝つためなら手段を選ばないという泥臭さが、傲慢をそのまま強さへと変えているのだ。

 

 きっと彼女は──最後の最後まで諦めない。

 

「──成る程ね。やっぱお前さん、案外向いてんのかもな、王様」

 

「あん? 何だって?」

 

「何でもねえよ。……俺の命、お前に任せるぜセイバー。一発勝負、きっちり決めてくれや」

 

「……──ハッ、誰に言ってやがる。任せろマスターッ!」

 

 主の言葉に英霊が応える。

 赤雷を帯び、再び加速する真紅の機体。

 青い空を過る赤い輝きはまるでもう一つの太陽が如し。

 

 王の背中を追走し続ける叛逆の星が彗星となって線を引く。

 

▇▇(A)……▆▆(ur)……!」

 

 不意に追われるもの、黒騎士の身体がガクガクと揺れる。

 何か、苛立つように。何か、憎むように。

 

 “光”──そう、“光”である。

 

 忌々しい光。かつて敬服した光。

 畏れ遠ざけた光。憎み、狂い焦がれた光。

 

 恨み、狂って、憎悪に我を忘れ──それでも光が消えないのだ。

 

▇▇▇▆▆▆▅▂▂▂(Arrrrrr)───ッ!!」

 

 吼える。憎悪を、怨念を。

 己の胸を焦がし続ける光を消すために騎士が吼える。

 

 この身を現世に呼び戻した魔術師は“殺せ”と命じた。

 ならば殺せ。

 敵を殺せ。

 目に付くもの全てを殺せ。

 

 でなくば、己は……私は──。

 

“我が友。我が誇り。我が理想の騎士よ。貴公の行いであるのなら必ずや誠があろう。私はそれを信じている”

 

 ……人々が思い描く。

 あの都合の良い理想(じごく)に焼き殺されるだろう。

 

 尊敬は憎悪へ。

 怒りは呪いへ。

 

 そして──敬愛は、怨念へ。

 

 かつて王妃を連れ立ち、フランスの領地へと逃げるように去った夜。

 騎士が抱いた忌々しい未来は此処に。

 理想の王を呪い続ける狂乱の騎士は悔恨の昨日を振り払うべく理想無き剣を振りかざすのだ。

 

「くたばれ“黒”のバーサーカー!」

 

「▇▇▇▇▇▇▇▇▆▆▆▆▆▆▆▅▂▂▂▂──ッ!!」

 

 加速する真紅の星。

 自壊を恐れぬ叛逆者が空を駆け抜ける。

 魔力放出によって得た速力は機動性こそ失うものの、直線的な速度域に関しては既に“黒”のバーサーカーを上回っている。

 マスターの魔力を多大に消費するため、長時間の使用は不可能なものの短期決着においては、気にする要素ではない。出し惜しみをして敗走してはそれこそ愚の骨頂。

 此処が勝負所と決めた“赤”のセイバーは躊躇無く、その手札を切る。

 

 対して吼える“黒”のバーサーカーはその狂乱振りとは真逆に何処までも冷静だった。敵が複雑な機動を取れないと見抜くや否や、背後の“赤”のセイバーを振りほどかんとシザースは勿論、急旋回(ブレイク)などの多彩な空中動作(マニューバ)で背後の騎士の追撃に応戦する。

 

「ちょこまかと……!!」

 

「▇▆▆▅▅▅▂▂▇▇▇▇▇▇▆▆▅▂▂──ッ!!」

 

 だが、それでも叛逆の騎士は追いすがる。

 複雑な機動、その一つ一つに対応は出来ずとも速力で勝るという一点に駆け、背後の優位を手放さない。

 そのしつこさに耐えかねたか狂乱の騎士はフレアや迎撃用の機銃、さらには持ち込んだ短機関銃(シュマイザー)を手ずからばら撒き、赤い機体を打ち落としに掛かる。

 

「ぐっ、おのれ……!」

 

 黒騎士の抵抗に“赤”のセイバーが歯がみする。

 必死に猛攻を避けるが、距離が縮まれば縮まるほどに敵機から来る迎撃の命中率は当然のように上がる。

 鉛の雨が真紅の機体を掠め、次々にその薄い装甲を跳ね飛ばしている。

 

 もう少しで届く。だが、そのもう少しを黒騎士は詰めさせない。

 全力で行けば、届く。しかし……。

 

「ガッ──!?」

 

「マスター──!?」

 

 僅かに胸に抱いた躊躇が隙を生んだか、唐突に操縦席(コックピット)を銃弾が割る。

 弾痕から流れ込む暴風。生命の火をかき消す、無謬の空の冷気。

 だが、それよりも問題なのは流れ弾の行く先だろう。

 

 貫通による減衰、被弾したのが短機関銃の方だという条件があるにせよ、流れ弾は後部座席に座る獅子劫の方へと流れた。

 被弾した獅子劫が苦悶の声を上げる。

 平時から常用しているサングラスは欠け、恐らく掠めただろう左目の辺りから流血をしている。

 脳に至らぬのは幸いだったとはいえ、代償は大きい。

 

 このまま距離を詰めれば、或いは今度こそ──。

 

「──そのまま行けぇぇ! セイバーッ!!」

 

「──!!!」

 

 その躊躇いを見抜いたか、主が命ずる。

 百の言葉よりも雄弁に語る、決着への後押し。

 それで全ての迷いは消え去った。

 

 英霊は──騎士は──マスターに仕え、その剣となるもの。

 なればこそ、やるべきことはあまりにも明白であった。

 

「おおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 魔力を燃やす、機体に有らん限りの熱を叩き込む。

 鉛の雨が機体を削るが、そんなことは知ったことか。

 前へ、ただ前へ。

 

全力全開(フルスロットル)だ! 落ちろッ! “黒”のバーサーカー!!」

 

「▇▇▇▆▆▆▅▂▂▂──!?」

 

 眼前。敵の顔色すら見える距離までに接近する。

 受けた被弾に既に機体は黒煙を上げているが気にしない、気にも留めない。

 剣を呼び出す、赤雷を呼ぶ。

 

 宝具──『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』。

 

 それは英霊・円卓の騎士モードレッドの生き様を結晶化した宝具。

 一軍をも焼き払う血に染まった厄災の魔剣。

 

 抜剣は代償に『不貞隠しの兜(シークレット・オブ・ペディグリー)』という鎧を手放すことにも通じるが事ここに至ってはどうでもいいこと。

 元より弱腰に防御を選べば、眼前の黒騎士には届かない。

 死力を尽くし、一点に狙いを付け、この一瞬に全てを懸けなくては勝利など訪れようはずがない。

 

「▇▇▇▆▆▆▅▂▂▂▂▂▂▂──ッ!!」

 

「──────」

 

 ──だが忘れるなかれ。

 眼前にあるは狂っていようと至高の騎士。

 地を生きた騎士たちに縁の無い空戦において尚、高みにある英傑である。

 

 眼前から黒い機体の姿が掻き消える。

 真紅の剣士の剣先から黒騎士は逃れる。

 

 ダイブ&ズーム。

 

 その空中機動(わざ)は奇しくも本来の乗り手。

 一撃離脱戦法を得意としたかの空の魔王が絶技。

 

 時代を超え、戦場を変え、異なる空を駆けるその機体は古き逸話を此処に再現する。

 

 下に抜ける黒い機体を、上を過ぎる赤い機体。

 高低差の不利は発生するものの何ら問題は無い。

 

 これにて前後の位置は反転する──以て詰みだと黒騎士は謳う。

 

「▆▆▆▅▆▆▆▅▂▆▆▆▅▂▂▂▂▂▂!」

 

 ガンと音を立てて機体に取り付けられた安全装置を外す。

 搭載するに当たって付けられた固定具を外し、鎧の装飾具を触手のように伸ばし、“それ”を手に取る。

 

 元来、対空砲として開発されながらも対戦車、陣地攻撃など幅広い戦場で扱われた兵器。その独特の射撃音と威力から敵国には畏れを、自国には戦意を沸かせた大砲。

 

 8,8 cm Flugabwehrkanone──即ち『アハト・アハト』である。

 

「▇▇▇▇▇▇▆▆▆▆▆▆▅▅▅▅▂▂▂▂──!」

 

 天高らかに響き渡る大轟音。

 勝利を確信した一撃を黒騎士が撃ち放つ。

 回避、防御など出来ようはずも無し。

 

 撃ち放たれた一撃は斯くと真紅の機体に狙いを定め、寸分違わず飛翔する。

 斯くして、空を裂く粉砕の花火。

 弾丸は“赤”のセイバーが駆る“Lancer”を完璧に破壊した。

 

「▇▇▆▆▆▆▆▆▅▅▅▅▂▂▂▂▂▂▂──!!」

 

 勝ちどきを上げるかのように両腕を開き、仰ぐように黒騎士が吼える。

 それはさながら慟哭する獣のように。

 狂える黒騎士は憎悪と怨念に染まった音を奏でる。

 

 その、背後を。

 

「──捕まえたぜ、この野郎」

 

 ダン、と敵の消えた空に在るはずの無い衝撃音。

 振り向きざまに“黒”のバーサーカーがすぐさま短機関銃(シュマイザー)を構える。

 ……完全な不意打ちにも拘わらず完璧な反応速度。

 

 成る程。優秀にして歴戦である。

 勝利の油断にあっても、その足を引く隙などなし。

 もしも狂っていなければ、さぞ素晴らしい騎士だったのだろう。

 

 だが────。

 

 止まる。振り向いた騎士は反撃をするまでもなく固まる。

 

 敵が生存していたから? ──否。

 

 敵が宝具を構えていたから? ──否。

 

 その顔、その姿、その影を見て──あらゆる全てが消し飛んだのだ。

 聖杯にかける願いも、慚愧も、怨念も、呪いも……。

 この一瞬、その顔を見て全て忘却された。

 

 その不自然な硬直を、されど叛逆の騎士は目にも留めず。

 主を脇に抱えながら、勝利を得るために征く。

 

「オレの方が一手早い。終わりだ、死に晒せ“黒”のバーサーカー!」

 

 かつて燦然と輝ける王剣だった宝具が憎悪に染まる。

 理想を砕いた叛逆の剣、災禍の魔剣が真名を高らかに謳う。

 

「『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』ァァァ──!!」

 

 黒騎士を飲み込む、赤雷の波。

 逃れる術の無いその宝具を前に騎士は呆然と銃を手放し、

 

 

「▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇────『無毀なる湖光(アロンダイト)』」

 

 

 空に響く二度目の爆発。

 以て凄絶な空戦の幕は閉じたのであった。

 

 

………

…………………。

 

 

「~~~ぉぉぉおおおお!?」

 

「よっとッ!」

 

 天から尾を引く悲鳴を連れながら砂煙を舞い上げ大地を穿つ衝撃。

 高さ数千メートルからの安全装置の無いスカイダイビング。

 英霊であってもただでは済まない高さからの落下に、しかし叛逆の騎士は完璧に着地する。

 魔力放出を使用した速力を殺しての着地。

 さらには両脚から生じる衝撃を身体制御で完全に逃がしきった。

 

 実に器用かつマスターに配慮した動作であったが、過程の荒っぽさは全く相殺しきれていなかった。

 

「し、死ぬかと思った……いや、“黒”のバーサーカーと戦っている時よりも」

 

「オレが居るんだから死にはしねーよ。んだよ情けねえなー、マスター」

 

「こういうのは気持ちの問題なんだよ、ったく」

 

 ようやく安心安全の地を踏みしめる感触を両脚に得てほっと獅子劫は息を吐く。

 何はともあれ、生き残ったのは僥倖。

 本来の目的が城への突入だったことを考えれば平野に落ちたのは失敗だったが、そも“黒”のバーサーカーの強襲という想定外に出会ってしまったのだ。

 こうして命を拾っただけ、まだ挽回の余地はあるだろう。

 

「“黒”のバーサーカーは死んだか?」

 

「知らねえ。けどオレの宝具を受けて無傷なんてのは有り得ねえよ」

 

「だろうな。今ので消滅してりゃあ、このまま城に乗り込んでいけるわけだが──」

 

 獅子劫が言葉を言い切る寸前。

 三十メートルほどの先の眼前に衝撃と砂塵が舞う。

 

「……どうやら、そう簡単にはいかないらしい」

 

「は、問題ねえよ。死に体の奴に止めを刺すなんて造作も──あん?」

 

「どうした? セイバー?」

 

 怪訝そうに“赤”のセイバーが剣を構えつつも止まる。

 その視線を追うように獅子劫は“黒”のバーサーカーを見た。

 

 ギギギと壊れる寸前のロボットのような音を立て立ち上がる“黒”のバーサーカー。

 “赤”のセイバーが言う通り、狂戦士は死に体だ。

 命こそスレスレで拾ったものの、宝具をまともに受けた以上、無事では済まされない。

 

 仮に戦えるとしても数分そこら。

 それも自壊を前提とする戦となることだろう。

 だが、戦意は衰えるよりも──。

 

「……剣?」

 

 と、気づく。

 “黒”のバーサーカーの両手。

 そこに一振りの剣が握られている。

 

 黒く塗りつぶされた、大剣。

 素人目にも分かる研ぎ澄まされた刃と凄絶な神秘。

 黒騎士の本来の宝具だろう、それを“黒”のバーサーカーが握っている。

 

「まさか、お前……」

 

 譫言のように、“赤”のセイバーが声を漏らす。

 だが、彼女が何かを言うよりも先に。

 

Ar(アー)……thur(サー)……」

 

 ガクガクと黒騎士が揺れ出す。

 発作のように、何かに耐えかねるように。

 

Arthur(アーサー)……ッ」

 

 視線は眼前の剣士(セイバー)に固定されていた。

 その顔、その面貌、その姿……黒騎士がただの一瞬も忘れたことが無い、その名前。

 

「Aarrrrrrrrrthurrrrrrrrr──!!」

 

 麗しくも忌々しい敬服すべき憎む姿を遂に見定め、黒騎士は壮絶なる暴走を再開した。

 身が竦むような憎悪、怨念。

 しかし、その名を聞いて正気でいられないのは“赤”のセイバーとて同じ事。

 

「……──アーサー(・・・・)だと…? は、はは、ははははは、そうかよ、テメエ……!」

 

 “黒”のバーサーカーが突進する。

 その手には……同胞殺しの神造兵装、魔剣・アロンダイト。

 かのエクスカリバーと起源を同じくする星の聖剣だったもの。

 

 ならばこそ、その真名なぞ語るに及ばず。

 

「オレが言えた義理じゃねえがな。よくもまあ……その面をオレの前に出せるもんだな、ランスロットォ!!」

 

Arthur(アーサー)──!!」

 

 遂にその正体を見る円卓の騎士たち。

 互いに許しがたい激情を胸に、再び戦いは再開された。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。