千年樹に栄光を   作:アグナ

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聖杯大戦 ⅩⅣ

 アーサー王の伝説──かの逸話を聞いたこともないという人間は神秘の薄れた現代社会においてもそうはいないだろう。

 かの伝説が後世に齎した影響力、特に文化的な価値は他の神話や伝説、叙事詩を見渡しても比肩するものは無く、現代文化への影響力に関してはそれこそ最大級のものであると言える。

 

 ギリシャの『イーリアス』『オデュッセイア』、インドの『リグ・ヴェーダ』、或いは北欧神話に、それよりも古きエジプト神話にメソポタミアの英雄叙事詩。

 世界を見渡せばアーサー王の伝説よりも規模も考古学的価値も高い逸話などそれこそ多く存在しているが、所詮は考古学者や神話学者といった一部の人類史を記録することに価値を見いだす奇特な人間が価値を見出すだけのもの。

 

 文化も社会も発達し、自立した発展を手に入れた人類にとってそれらは既に記述される記録以上の何者でも無く、単なる情報(文字)に他ならない。

 だからこそ多くの神話が後世に与える影響力というのはそう大きいモノでは無く、文化的な価値という見地においてはあまり存在感がないと言えよう。

 

 だが、アーサー王の伝説は違う。

 かの伝説には神々こそ不在で在るものの、神々にも引けを取らない王威とそれを支える騎士たちの勇姿が存在している。

 その価値、その輝きは数十世紀の歴史()を経て尚、何ら薄れることはなく、時代に合わせて形を変え不朽の伝説として語られ続けている。

 

 演劇やミュージカル、或いは大衆文学史。

 過去、これほど多くの文化的な娯楽に取り上げられた伝説はアーサー王の伝説を措いて他になく、かの帝国が生んだ『楽劇王』が謳った北欧神話を除けば、これほど広範囲において文化的な価値を創出した伝説は存在していない。

 そういった見地で語れば神話の代表格として知られるギリシャ神話や世界最古の創世叙事詩『エヌマ・エリシュ』などよりも遙かに価値の高い伝説だと言えるだろう。

 

 かの伝説に記述されし、衣装や風俗、そして幻想が見せるロマンティックな中世的価値観は後世を生きる多くの人々の『中世に生きる騎士たち』という価値観に多大なる影響力を与え、中世時代における騎士物語と言えば、必ずアーサー王の伝説が持ち出されるほどに人々の記憶と心に大きな影響を与えている。

 

 王は偉大であり、あまりにも完璧に過ぎた。

 

 ……いつかの騎士たちが洛陽の前日に漏らした苦悩を証明するように、その伝説はいつ如何なる時も輝き続け、故にその伝説の日陰の黒さをより色濃く残し続ける。

 

 人々は忘れない。

 人々は語り続ける。

 人々は記憶し続ける。

 ──『裏切りの騎士』。

 その汚名が人々の記憶と心から消え失せることは永遠にないだろう。

 

 

 怨念が響く。高潔な騎士は堕落する。

 王よ、王よ、王よ、王よ、王よ……!

 何故、許した?

 何故、弾劾しなかった?

 何故、何故、何故何故何故何故何故何故何故何故───!

 

『何故──貴方は私を裁いて下さらなかったのだ……!』

 

 身を焦がす憎悪。騎士を腐らせる情念。

 なんて醜く無様な逆恨み。

 自責に狂った狂戦士は吼え続ける。

 

 Arthur、Arthur、Arthur。

 断罪の日が訪れるその日まで、かの王の名を唱える。

 永遠に失われた罪の購いに狂い続けるのだ。

 

 

 

 

「よくもまあ……その面をオレの前に出せるもんだな、ランスロットォ!!」

 

「Arrrrrthurrrrrr──!!」

 

 憤怒と憎悪が交錯する。

 円卓の騎士──かの王を囲んだ古い知己、同じ王を仰いだ同胞にも拘わらず振るわれた一撃に加減も容赦も一切無くただただ相手を殺すという殺意だけがぶつかり合う。

 

 裏切りの騎士ランスロット。

 叛逆の騎士モードレッド。

 

 両者はかの王の伝説を幕引いた要因として悪名を同じくするモノの、そこに対して共感意志は無く、寧ろ激しい嫌悪感だけが存在している。

 だが、それも当然だろう。

 少なくともモードレッドにとってランスロットは……。

 

「うるせえ! 王を愚弄した裏切りもん風情が王の名を口にすんじゃねえッ!!」

 

 ……モードレッドにとって王は一言に表せる相手ではない。

 騎士として王と仰ぐ存在であり、母たるモルガンより仇と唱えられ続けた相手であり、同じ容姿を有する父であり、理想の王として目指すべき存在であり、自身を路傍の相手とうち捨てた憎悪の対象である。

 

 だからこそ彼女にとってかの王の存在は鬼門であり、禁句であり、彼女自身もその複雑な内心を全て把握しているとは言い難い特別な相手だ。

 だが、そんな相手だからこそ見間違えない。

 

 王は“完璧”だった。

 

 その認識に狂いはなく、疑いはない。

 間違いなくアーサー王は完璧だったのだ。

 一分の隙が入る余地もなく、その差配も手腕も完璧だった。

 それこそ付けいる隙が無いほどに。

 

 しかし“赤”のセイバーは伝説に致命傷を与えた。

 叛逆の騎士として狼煙を上げ、名を立てた。

 その原因は間違いなく──。

 

「元々テメエは気にくわねえ奴だった! 忌々しいのはガヴェインの奴も同じだが、テメエのそれは奴以上だ!」

 

「Arrrrrrrrrr──!」

 

 激突する。激情が混じり合う。

 王剣と魔剣が交錯するたびに騎士たちの激情がうねりを上げて衝突する。

 互いに振るう剣は目の前の存在を抹殺するためのモノ、かつて同胞であったなどと想像が出来ないほどに殺意のみが宿った剣戟。

 

 だが、両者の殺意越しの感情は相手を見ているようで見ていなかった。

 相手の姿越しに遠くを見ているような、相手を通して別人を見ているかの如く噛み合っているようで噛み合っていない。

 

 戦闘の激しさが増すたびに、それが顕著になっていく。

 

「ギネヴィアもテメエもつくづく下らねえ! やれ個人の幸せがどうこうと、そんな下らねえ理由で王の信に背き、あまつさえ許され生き恥を晒すたァ結構な『理想の騎士』も居たもんだなァ!」

 

「Arrrrthurrrrrrッ──!」

 

「王は完璧だった! 騎士王には我欲はなく必要なものは必要なだけ、不要なモノは存在せず、夢など見ないし抱かない! その身はただ故国ブリテンの統一と発展のためだけに、研ぎ澄まされた刃のように完璧だった!」

 

 完璧だった。完璧だった。完璧だったのだ。

 本来ならばモードレッドがその叛逆の刃を届かせることが出来なかったほどに。付けいる隙など無いほどに王は完璧だったのだ。

 

 その美しい在り方を──眼前の騎士は穢した。

 

「テメエの下らねえ私情を広めたのはオレだがな! 吹聴するたびにその愚かさに吐き気がしたぜ! その一点に関しちゃきっと堅物のアグラヴェインすら同意するだろうよ! 騎士ランスロットこそ、王の心からの信頼を見事に裏切って見せた最低最悪のクソ野郎だってなァ!!!」

 

「Arrrrrrrrrrッ──!」

 

「そんなテメエが! 裏切り者が! どの面下げて王の名を口ずさんでやがるッ! ランスロットォォォォォ!!」

 

「Arrrrthurrrrrrrrrrrッッ──!!!」

 

 身に余る激情に両騎士の剣舞は勢いを増していき、それはさながら削岩機のようだ。触れるモノ近づく者を悉く粉砕する激しい衝突。

 ただただ視界に映る相手を殺すためだけの技は防御を知らず、両者の身体を加速度的に傷つけ崩壊させていく。

 

 だが、身体を斬り裂かれる痛みにも流れ出る血液の損失にも両者は全く反応しない。自壊を厭わず正気を失った騎士たちは切り結ぶ。

 

 黒騎士の剣が叛逆の騎士の肩口を斬り裂いた。

 

「効かねえんだよッ!」

 

 お返しとばかりにクロスカウンターで黒騎士の脇腹を叛逆の騎士が抉った。

 

「Arrrrrrrrrrrrrッ!!!」

 

「おおおおおおおおッ!!!」

 

 ガソリンをぶち撒かれた炎のように尚激しく燃え上がる激情の炎。

 流れ出る血潮が魔力が損失がそのままエネルギーに化けるが如く。

 破滅へと加速していく二騎の英霊。

 

 本来であればやや剣士を上回る筈の黒騎士の『無窮の武練』が機能していないことこそ、狂気の証明。

 もはや此処が聖杯を争う舞台であることを忘れ、終わりへの暴走を強める。

 よって──唯一、その間に割って入ることが出来る者が動く。

 

「Ar──ッ!?」

 

「何ッ!?」

 

 互いの刃がその身に届く直前。

 投じられる、閃光弾。

 突如として両者の間に炸裂する強烈な光。

 

 予想だにしない変化に両者は一瞬、その激情を鈍らせ──。

 

 

「“()()セイバー(・・・・)ッ! 選定の剣はどうしたッ!」

 

 

 ──その叫びが叛逆の騎士を叩き起こした。

 

「ッ──!」

 

 視界。迫る漆黒の魔剣。

 アーサー王が持つ『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』と同一の起源を有する『無毀なる湖光(アロンダイト)』。同胞を切ったことで魔剣の特性を有することとなったかつて星の聖剣で在ったもの。

 

 それが首元に迫っている。

 自身の剣が相手の首へと迫っているように。

 

 そのまま振り抜けば敵も自分も死ぬだろう。

 相打ち──激情に身を任せた結末。

 

 それは──。

 

「ッぐ、おぉ、おおおおおおおおおおッ!!」

 

 腕を引く、軌道を変える。

 既に放った一撃を強引に捻じ曲げ防御に回す。

 衝撃──結末は紙一重で塗り替えられた。

 

 吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を這う“赤”のセイバー。

 第三者の不意打ちが剣士に齎せた正気と黒騎士に与えた僅かな動揺は間違いなく終わっていた。その結末を変えて見せたのは、

 

「──目は覚めたかよ」

 

「ああ……悪いな。どうやら助けられたみてぇだな、マスター」

 

 嘆息しながら低く呟く主に。

 仏頂面で返す“赤”のセイバー。

 先の言葉はまさしく冷や水に相応しい一撃だった。

 

「ったく勢いが良すぎだお前さん。後少しブレーキを踏むのが遅れたならどうなっていたことやら……」

 

「……は、ドライバーが幸運にもそれなりに気が合う奴だったからな。ブレーキを任せといて問題ないとついつい甘えちまってたのかもな」

 

「軽口が叩けるようになっただけでも上等か……取りあえず落ち着けよ。お前まで狂戦士になってどうする? 剣士(セイバー)だろ、お前は」

 

「言われずともわぁって……分かってるよ畜生。もう大丈夫だ、あんまりにも気に食わない奴の顔を予想外の所で見たモンでちっとばかし我を忘れてただけだ」

 

「ちょっと……ねえ」

 

 獅子劫の含みある一声。

 呆れとともに吐き出されかけた言葉はしかし実際に発音されることはなかった。

 赤い剣士は確かに正気を取り戻したが、黒騎士は狂気の檻に囚われたままだ。

 

「Arrrrrrrrthurrrrrrrrrrr──!!!」

 

 故に取り逃がした怨敵を仕留めるため、再び駆けだし殺しに掛かる。

 

「チッ──!!」

 

 それに応じる“赤”のセイバー。

 相変わらず怨念と共に王の名を唱える様を忌々しいと舌打ちしつつ、今度は冷静に敵の攻勢を受け止める。

 幸い、というべきか。正気を取り戻したお陰で今なら相手の剣が見える(・・・)。技巧の差はあれど馴染んだ技だ。

 冷静になれば思考を動かす程度の余裕は取れる。

 

 波状に押し寄せる憎悪の剣舞を撃ち墜としつつ、先ほどまで白熱させられていた脳に血を回していく。

 

 ──“黒”の陣営が狂戦士(バーサーカー)、湖の騎士ランスロット。

 

 その事実をまずは冷静に受け止める。

 

“はっ、円卓随一といわれる騎士を狂戦士として呼び出すたァ“黒”の陣営も豪勢なことで”

 

“あぁ!?”

 

“……円卓の騎士を狂戦士に据えるとは贅沢なことで”

 

“ふん、腐っても王の騎士だからな。魔力の問題が解決できんなら強い英霊を狂戦士化させれば最強なんて頭の悪いことでも考えたんじゃねえの? それに狂戦士なら余分な言葉も喋らねえし、魔術師らしい非道行為もやれるだろ”

 

“その冷静さと分析力をもうちょい平時から発揮してほしかったぜ……”

 

 “黒”のバーサーカーの猛攻を的確に捌きつつ、念話で獅子劫に応じる“赤”のセイバー。

 仮に眼前の騎士が十全な状態ならば、流石の“赤”のセイバーであれど、余裕はなかっただろうが、相手は技量が卓越していようとも所詮は理性なき狂戦士。

 しかも何やら平時以上に暴走状態にあるのか、その剣舞からは精細さが欠けているようにも見受けられる。

 

 ならば冷静ささえ失わなければ対応できない相手ではない。

 “赤”のセイバー、叛逆の騎士モードレッド。

 円卓でも特に勇猛すぎるが故、純然たる腕においては一枚落ちると見られがちだが、彼女は生前、あの太陽の騎士ガヴェインをも打ち取った騎士である。

 

 あの時も相手は負傷しており、完全とは言い難い状態であったものの、逆に言えば相手に踏み込む隙があるなら叛逆の騎士は容易に踏み込めるほどには卓越している証明でもある。

 『傷』を見咎める獅子の剣。

 まさに肉食獣めいた勘の良さは黒騎士に生じる不純を見逃さない。

 

“外から見る分には援護も必要なく勝ちそうだが……どうよ、私見を聞かせてくれや”

 

“生前と比べりゃマシだ。相変わらず腹立つほどの腕前だが、だからこそ荒っぽさが目立つ。業腹だが純粋に剣術勝負ができてる時点で有り得ねえからな”

 

“なんだ意外とシビアに見てんのな”

 

“敵を過小評価する叛逆者がいるかよ。腹は立つ、立つがそれはそれだろ。個人の腕、人望、財産……観察して分析して、弱点を突く、基本だろうが”

 

“成程ね……”

 

 平時の荒っぽい性格に気まぐれな猫のような言動に勘違いされがちだが、“赤”のセイバーは存外に聡い。「円卓の騎士である」、その称号は彼女に対しても例外ではないのだろう。

 無能にかの王の騎士は務まらないのだから。

 

 改めて獅子劫は自身のサーヴァントが最優の剣士であることを実感する。

 

“このまま真面目に打ち合い続けりゃそのうち見切られんだろうな。なんかの気まぐれであの陰険野郎が多少の落ち着きを取り戻しちまえば悠長に切りあってる場合じゃなくなる”

 

“さよけ。なら早いうちに決着をつけなきゃならんか……さっきの空での反応速度を見るに多少の不意打ちは簡単に見抜かれて対応されちまうだろうし、地力が高いと分かりやすい弱点は少ないか。ったく、普通ならこれだけの英霊を狂戦士で運用すれば魔力が持たない筈なんだが……”

 

 もしもこれが『聖杯大戦』ではなく通常の『聖杯戦争』であれば、狂戦士の寿命は早いだろう。英霊が強大であればあるほどにマスターに掛かる負荷は大きくなる。

 ましてや魔力消費の激しい狂戦士。

 一流の魔術師であってもあっという間に魔力は枯渇するだろう。

 

 しかしこの陣営に分かれて戦う聖杯大戦では事情は変わる。

 陣営という集団で英霊を運用する以上、魔力の融通は通常の聖杯戦争とは比べ物にならないだろう。

 加えてこの場がトゥリファス……“黒”の陣営が居を構える本拠地ならば尚のこと。

 

「さて、どうしたもんか……」

 

 如何にして黒騎士を破るか、奥歯を噛み締めながら思案する獅子劫。

 だが、その余裕は長くは続かなかった。

 焦れる“赤”の剣士主従だが、それは敵も同じこと。

 

 小手先の技では優を決することが出来ないと分かれば、さもありなん。

 そも理性なき騎士に魔力がどうの、切り札がどうのと理性的判断が出来るはずもなし。

 

 ()を手に取った時点で騎士はその手段を平然と使って見せる。

 

Ar(アァ)──thurrr(サァァ)……ッ!」

 

「ぐ、お……クソッ、宝具か!!」

 

「セイバーッ!?」

 

 狂戦士の斬り払いが、剣士の身体を弾丸のように弾き飛ばす。

 絶望にしわがれた老爺の如き叫びとともに魔剣に灯る紫光の魔力。

 主の狂気に唸りを上げて、同胞殺しの堕ちた聖剣がその本領を発揮する。

 

「Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!」

 

 体勢を崩した“赤”のセイバーに血に飢えた猛獣のように飛び掛かる“黒”のバーサーカー。

 大上段からの振り下ろしから“赤”のセイバーを防御姿勢へと移行させると、そのまま反撃のしようがないほどの猛撃を加える。左右上下、息つく間もない攻勢は“赤”のセイバーを直接狙うというよりも、彼女の得物……王剣クラレントを嬲るような連撃である。

 

「く……テメェ……ッ!」

 

 宝具『無毀なる湖光(アロンダイト)』。

 

 手にした武器を宝具と化す『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』。

 自らの詳細を隠蔽する『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)』。

 

 二つの宝具を封印することによって発動する“黒”のバーサーカーが最終宝具である。

 その能力は全てのパラメーターのワンランク上昇とST判定での成功率を二倍にするという一見して地味な能力だが、その凶悪さを“赤”のセイバーは文字通り我が身で知ることとなる。

 

 猛攻を剣を通じて浴びるたびに失われる手の感覚。

 剣越しの衝撃は痺れとなって感覚を破壊し、十合を数える頃には剣を握っている実感を殺した。

 

 身のこなしは先とは見違えるほど段違いに変わり、剣の振りは目の端で捉えるのがやっとだ。一息入れる余裕を消されたために体力が急速に失われていくことを自覚する。

 

「Arthur、Arthur、Arrthurrrrrr───!!!」

 

 敵の狙いは明白だ。

 そも、抵抗が目障りというならばその原因を取り除けばいい。

 “赤”のセイバーが有する王剣。

 それを集中的に嬲ることでその手元から弾き飛ばしてしまおうという魂胆だろう。

 単純だがそれ故に防ぎようがない狙いだ。

 

 得物がなければ如何に“赤”のセイバーとてこの狂騒から身を守る術が無くなる。

 破落戸上等の喧嘩戦法を有する“赤”のセイバーではあるが無手で眼前の狂戦士とやり合うのは無謀にもほどがある。

 剣を手放せば最後、堕ちた騎士は涎を垂らしながら餓えた獣のように剣士の命を喰らうだろう。

 

「アーサー、アーサーってか……! てめえの失態を責任転嫁してんじゃねえぞ! 身勝手な逆恨みたァオレ以上の見苦しさじゃねえか! 第一、オレはアーサー王じゃねえ! それ以上はオレは勿論のこと、王への侮辱に他ならない! ──我が名は叛逆の騎士モードレッド! 同じ円卓の名すらも忘れるほどに堕ちたかッ!」

 

 もはや名を隠す理由がない故か“赤”のセイバーは真名を晒す。

 駆け引きの一種か、或いは眼前の騎士の体たらくに元同胞として思うところがあったのか。

 粗野な彼女にしては珍しい、騎士の名乗り。

 

 だが、その声、その言葉を解す理性すら蒸発しているのか。

 黒騎士が呻く名は変わらない。

 

「Arthur────!」

 

「ギ──ぐぉおおおお!?」

 

 王剣を真芯に捉える渾身の一撃。

 鋼と鋼の衝突に耳障りな高音と火花が散る。

 

 何とか防いだが、今のは不味い。

 ただでさえ感覚の失せた両手が今の一撃で痙攣し出した。

 

「Ar─────!!」

 

 そこに追撃と躍りかかる黒騎士。

 眼前の敵が晒した隙を好機と見たか止めに走る。

 しかし──死中にあって、“赤”のセイバーはそこに活路を見出した。

 

「赤雷よ!!」

 

「Aaaaaa!?」

 

 “赤”のセイバーの総身から溢れ出す深紅の稲妻。

 狂戦士が振りかぶった剣を下すよりも早く、放たれる銃弾のごとく“赤”のセイバーの体当たりが狂戦士へと突き刺さる。

 

「いい加減……ッ!」

 

 赤い稲妻を尾に引きながら“赤”のセイバーは耐え難いとばかりに歯噛みする。

 ……あの王をして「我が友」と称した『最高の騎士』。

 他の円卓の騎士は元より、その腕っぷしは湖の騎士を嫌悪していたあのアグラヴェインすら認めていた実力の持ち主。

 騎士の鑑と謳われ、忠節の騎士として王に仕えた男。

 

 その堕落極まった様は、叛逆の騎士をして義憤を覚えずにはいられない。

 

「目を覚ませ、馬鹿が──ッ!!!」

 

「Ga──!?」

 

 甲冑(ヘルメット)越しに突き刺さる強烈な打撃(ストレート)

 魔力放出を伴って放たれた拳は黒い装甲を弾き飛ばして、狂戦士の風貌を露わにする。

 

「多少は目は覚め……お前、ちょっと見ない間に随分と人相が変わったな」

 

「────」

 

 ──その面貌は生前を知る“赤”のセイバーをして一瞬、誰か判別がつかなかった。

 

 騎士の鏡たる精悍な顔つき、町娘たちを虜にした爽やかな青年の貌は何処へ行ったのか、遂に露わになった黒騎士の面貌はあまりにも様変わりしていた。

 乱れに乱れた婆娑羅髪、瘦せこけた頬、年老いた老爺のように眉間は皺だらけだ。

 その暗闇めいた様相の中、眼光だけが怪しい光を灯している。

 

「裏切った後の詳細なんぞ知る余地もなかったが……仮にもギネヴィアが惚れたとは思えねえザマだな」

 

「…………何故だ」

 

「あん?」

 

 返答など期待していなかったが、不意に狂戦士から言葉が漏れる。

 それは話しかけているというよりも譫言めいた独白であった。

 

「何故、お怒りにならなかった……何故、(オレ)をお許しになられたのだ……」

 

「……お前」

 

「貴方が(オレ)とギネヴィアに下した沙汰は無罪であった……怒りを見せることもなく、憎悪に顔を歪めることもなく、不貞に嫌悪することもなく、ただ許すと……! “貴公の行いであるのなら必ずや誠があろう。私はそれを信じている”などと……!」

 

 憎悪の眼光が“赤”のセイバーを射抜く。

 否──その面貌。

 モルガンの計略によってアーサー王の因子から作られた人工生命(ホムンクルス)

 度し難い出生からなるアーサー王と瓜二つであるモードレッドの面貌越しに狂戦士は王を見ていた。

 

「貴女は間違いなくギネヴィアを愛していた。王の妻として無二の友人として、貴女は彼女を愛していた。その信頼と友情を踏みにじったのは他ならぬ(オレ)だ……! (オレ)なのだ……! なのに……ッ!」

 

 あの言葉が体面だけのものならば、良かった。

 円卓最高の騎士を前に王としての立場を優先していただけというならば救いはあった。

 

 王は心を鉄に変え、国の利益を最優先し、己という裏切り者を憎みながらも許していた──。

 そんな、そんな人間的な(・・・・)反応であったならばどれほど良かったのだろう。

 

「こともあろうに、貴女は……貴女は本気で我らを祝福していたッ!! (オレ)と王妃を!! 度し難い裏切り者を!! それが何よりも正しい結末なのだと、安心するように!!」

 

 恐怖が、あった。

 絶望が、あった。

 

 まさしく理想の王。まさしく国を守るためだけの王。

 己を殺し、ただ人々を守ってきた王。

 

 ……人間としての幸福を知ることなく、ただ人々の幸福を愛した怪物(アーサー王)

 

 城を去ったのは恐ろしかったからだ。

 逃げたのは怖かったからだ。

 人間として、一個人として、その在り方は容認できなかった。

 

 その時、騎士はようやく悟ったのだ。

 ギネヴィアの流す涙の意味を。王の妻が抱く苦悩を。

 

「アーサー、アーサー……! 清廉潔白なる王よ、理想の王よ……! 陰ることなく輝き続ける永遠の王よ……! 貴女だ、貴女があの時、王ではなくヒトであったのならば……! (オレ)は、私は……此処まで堕ちることはなかったッ!! 彼女を!! ギネヴィアを!! あの(ひと)を救えたかもしれないのだッ!!!」

 

 血を吐くような咆哮。

 悲鳴のような憎悪。

 『完璧な騎士』がその胸に抱いていた苦悩。

 明かされた本音を聞き届け、“赤”のセイバーは厳しい表情で瞼を閉じ、

 

「そうか──」

 

 剣を下げる。そして──。

 

「──言いたいことはそれだけか?」

 

 ──王剣を構えなおす。

 

「マスター」

 

「──ん、なんだ」

 

 振り返らず剣士は念話ではなく、言葉を紡ぐ。

 それに剣士の後方に立つ魔術師は苦笑しつつ、応じる。

 

「聖杯大戦を勝つ──それを目的とするなら最善は一時撤退か?」

 

「そうさな……仮に聖杯を手に入れることに専心するなら此処は引き一択だろ。相手は円卓の騎士という知己、しかも明確に格上で宝具を抜いている。相手は強力とはいえ、狂戦士だ。他の増援や、マスターが碌に姿を見せない様子から察するに適当に暴れて、適当に脱落しても問題がない駒ってところだろう」

 

 聖杯大戦に限らず、聖杯を争う戦いにおいて魔力消費が激しい上、理性もないバーサーカーというクラスは強力な暴力装置以上の何物でもない。

 文字通り兵器たる彼らは過去、召喚された聖杯戦争でその多くは使い捨ての駒として扱われたという。

 

 実際、この聖杯大戦一つとっても“赤”の陣営は早々に“赤”のバーサーカーを使い切ったし、眼前で暴れている“黒”のバーサーカーも同じことだろう。

 ここで目の前の英霊が脱落したところで“黒”の陣営としては大した損害はなく、むしろ使い捨ての駒で最優のクラスたる“赤”のセイバーを消耗させられるなどそれだけで十分すぎる成果だ。

 或いは討ち取ることまで叶ってしまえば“黒”の陣営は聖杯獲得へ大きく前進することにも繋がる。

 

 故に──ここでの最善は一時撤退。

 機を見て別角度からの侵攻を試みる、その一択だろう。

 その上で。

 

「んで? お前さんはどうしたいんだ?」

 

「聖杯は欲しい。勝って、選定の剣に挑みたい──それは今も変わらん。だけど──」

 

 ──今更、円卓の騎士の同胞に未練はない。

 恨まれようが、憎まれようが好きにせよというのが本音だ。

 元より彼女、モードレッドは人間嫌いだ。

 

 母親(モルガン)が復讐のために生み出した人工生命が己の正体。

 生まれながら短命を定められ、聞きたくもない憎悪を植え付けられ、結局、その通りに生きてしまった叛逆の騎士。嫌いなものに同情はしない。だが──。

 

「二度、だ」

 

「…………」

 

「こいつは二度、父上を侮辱した。昔と今、手前(てめえ)実力不足(・・・・)の責任をよりにもよって父上に──王に転嫁しやがった」

 

 女の涙を止められない? 笑止にもほどがある。

 人間の情動などサラサラ興味もないが、お前はそれ(・・)のために不貞を犯したのではないのか?

 

 涙するギネヴィアを笑顔にするために──愛し合うために罪を背負ったのではないのか?

 そして父上は──アーサー王はその思いを信じたからこそ祈ったのではないのか?

 他ならぬ最高の騎士に──王の臣下にして友たる男を。

 

「オレはそれが気に食わねえ。オレとは違う、王に信頼され、王に託され、その癖、王の信を裏切った。そんなテメエが気に食わねえ」

 

 言ってしまえば、これは嫉妬だろう。

 単純に王たる資格なしと烙印され、逆賊の徒として裁かれた己。

 王に確たる信を受けながらも、その身を憎悪と狂気に満たした奴。

 

 同じ王政を破壊した(かたき)でありながら、その実対極に位置する両者。

 

「裁きが欲しいんだったか? ならくれてやるよ。オレはいずれ選定の剣を抜き、王と成るものだ。アーサー王の裁定が気に食わねえってなら未来の王たるオレが裁きをくれてやる。その、見苦しい暴走に終わりをな……!」

 

「やれやれ……」

 

 剣を構える“赤”のセイバーに退却の二文字は見受けられない。

 奴は此処で殺す。万の言葉より雄弁に語る剣士の背中に獅子劫は肩を竦めた。

 

「悪いな、マスター。というわけで此奴を倒す、もちろん異論はねえよな?」

 

「そう思うならこっちの方針に従ってほしいんだが、けどま、王様のいうことなら仕方がないか。──その代わり」

 

 “赤”のセイバーの背に獅子劫は手を伸ばす。

 手の甲に刻まれた絶対命令権。そこに魔力を込めながら、

 

「やるからには勝て、叛逆の騎士。最高の騎士を此処で越えろ」

 

「応ッ!!」

 

 令呪による援護。

 効果が行き渡りづらい抽象的な命令のため、強制力は小さく収まるが、今の“赤”のセイバーにはその背を押す命令だけで十分に過ぎる。

 ささやかに上昇する能力値。その僅かな強化に獰猛な笑みを浮かべる。

 上等な援護だ。

 

「いくぞ、湖の騎士──断末魔は用意できてるか?」

 

「ア──アァ──アアァァァサアァァァ!!!」

 

 同時に地を蹴る円卓の騎士。

 憎悪を、怒りを胸に騎士としての在り方(プライド)を賭けた最後の決闘が始まった。

 

 王剣と魔剣の衝突。

 

 火花散る交錯の中、叛逆の騎士の思考は冷徹に切り替わった。

 平時の荒っぽい言動からは思いもよらない彼我の差を客観視する直観。

 叛逆(クーデター)を成功させた者として敵を冷静に分析していく。

 

 湖の騎士ランスロット。円卓随一の技量の持ち主。

 湖の妖精に愛され、アーサー王の信厚き忠節の騎士。

 

 言わずも知れず、眼前の騎士の技量は卓越している。

 太陽が出現している状態のガヴェインを相手に夕刻まで粘り勝ち切った地力は、聖剣や妖精、宝具の加護で人間離れしている円卓の騎士の中でもずば抜けており、純粋な技巧にのみ限定した場合、間違いなく最強と言って差し支えないだろう。

 

 まともにやればまず勝ち目のない相手だ。

 今に曲がりなりにも剣の舞台でやりあえているのは今の奴が狂戦士というクラスだからである。

 

「Ar────ッ!!」

 

「づ──!!」

 

 だが、それも精度が僅かに落ちる程度。

 この通り、一瞬でも見落とせば防御し損ねてしまうほどの差だ。

 頬を微かに抉ったことに眉を顰めつつ、“赤”のセイバーは分析を重ねる。

 

 『無窮の武錬』──狂気に身を浸していようと失われぬ太刀筋。

 

 狂戦士としてこれほど凶悪な特性はないだろう。

 狂気の中にあった正気と変わらない隔絶した技量は狂化と相まって強力だ。

 さらに魔剣によるブーストも含めれば手の施しようがない。

 

 技量も能力値も──全て敵が上。

 であればこのまま、押しつぶされるが道理だ。

 

「攻勢を通しちまう以上、攻め優先の前がかりってのはポジティブな情報とは言い切れねえ。奴を倒す方法、それは奴の得意分野(決闘)では不可能だ」

 

 そう──勝てるとしたら己の得意な盤面。

 即ち、叛逆者らしい、計略と謀略と手段を選ばぬ大胆さだ。

 

 奴に無くて、オレにあるもの──この場において、それは明白だ。

 

「マスター、手を貸せ! 何でもいい! 奴の気を逸らせ!」

 

「ああ!? 気を逸らせって、おま──どうやって?!」

 

「オレのマスターだ! 頼りにしてるぜ!!」

 

「んな無茶を──!」

 

 泣き言を置き去りにそれだけ言って“赤”のセイバーは思考を打ち切る。

 これだけ言えば何だかんだ言いつつ、獅子劫(マスター)は何かするだろう。

 それぐらいの信頼はしている。

 

“はっ、信頼か──!”

 

 そこまで考え、口元に浮かぶ諧謔の笑み。

 よりにもよって人間嫌いの己が人間の中でもいっそう小賢しい魔術師を信頼するなど、想像だにしていなかった。しかし、それも悪くないと考え直す。

 思えば、王の下にも宮廷魔術師がいた。

 胡散臭い笑みが特徴のクソ野郎ではあったが、その見識と知略は王が確かな信頼を置く者であった。

 ならば己にもそういうものがいても悪くない、そう思ったのだ。

 

「さて──」

 

 息を吐く。余分な思考は全てカットする。

 今やるべきは耐え忍ぶこと。

 マスターが作るだろう好機に身構え、集中する。

 

 現状、戦場における狂戦士最大の脅威は“赤”のセイバー。

 なればこそ己との攻防に敵を引き付け、意識から第三者を外す。

 これが、今の己ができる最良の選択。

 

 円卓最強──ランスロットの攻勢をただ耐え忍ぶ。

 そんなこと──。

 

「当然──やってやらぁ!!」

 

「アアアァァァァァァァ!!」

 

 死線に飛び込む。

 斯くして死と隣り合わせの殺陣が幕開ける。

 

 袈裟切りに振り下ろされる斬撃。

 近接下での見えにくい角度からの攻撃は対応し難い。

 まして剣筋に一切のブレがない完璧な軌道を描く、恐ろしい剣速の技。

 一撃一撃を捌くだけでも集中力が削られていく。

 

「らぁ──!」

 

 守るだけでは削り殺される。それを直感して強引に剣をねじ込む。

 無理な攻勢は代償に腕を籠手ごと斬られることに繋がるが、こんなものはかすり傷だ。

 魔力を乗せた横一文字の一薙ぎ。

 それが“黒”のバーサーカーに迫り──不意に対象を見失う。

 

「くっ──!」

 

「アアァァサアァァ!!」

 

 仰け反りブリッジをするように“赤”のセイバーの攻撃をやり過ごす“黒”のバーサーカー。

 そのまま地につけた両手を軸に下半身を持ち上げ、お返しとばかりに強烈な蹴撃を“赤”のセイバーの顎へと見舞う。

 

「ガァ!?」

 

 衝撃に脳が揺さぶられ、平衡感覚を失う“赤”のセイバー。

 常人であれば今ので頭蓋が吹き飛ばされるほどの威力だったが、英霊の肉体はそれを軽い脳震盪程度でやり過ごす。だが、この一瞬に“赤”のセイバーは対応力を失った。

 

 そして一瞬あれば、湖の騎士には十分すぎる。

 

 蹴り上げた勢いを利用し、“黒”のバーサーカーは倒立姿勢から跳ね上がり、一回転しながら四点着地を決める。そのまま四足獣めいた姿勢から魔剣を脇に構えて突進、慣性を活かした突きを繰り出す。

 狙いは一点、“赤”のセイバーの心臓。

 

 受け止めれば絶命必死の攻撃を前に視界をぐらつかせたまま“赤”のセイバーが叫ぶ。

 

「しゃらくせェ──!!」

 

 魔力放出。赤雷を伴う、魔力の噴出で強引に肉体を動かし、直撃状態から僅かに逃れる。

 狙いを外して“赤”のセイバーの左肩を深々と貫く魔剣。

 激痛と失血に叫び出したい衝動を腹のうちで押し殺し、右手に握る王剣を“黒”のバーサーカーの足めがけて突き立てる。

 これで動きを止めた、こちらの反撃から逃がさない。

 

「ガァァァァ!!」

 

「耳元で騒ぐな! うる、っせえええ!!」

 

「ギ──!!」

 

 苦悶を漏らす“黒”のバーサーカー目掛け、“赤”のセイバーは自滅も躊躇わない頭突きを見舞う。

 先ほど揺さぶられた脳が再び激震に悲鳴を上げ、鼓膜にノイズめいた耳鳴りを発生させるが、痛み分けなら問題ない。魔力放出を伴う体当たりは狂戦士にも相当に効いたらしく、瘦身が乱れ揺れる。

 

「しゃあ──! これで──!!」

 

「アアアアアアアアア!!!」

 

 反転攻勢、勝鬨を上げんとする叛逆の騎士にやられっぱなしでは終わらないと騎士が叫ぶ。

 斬り払いの要領で“赤”のセイバーに突き立てられた魔剣を引き抜くと、間髪入れず下段から斬り上げるように魔剣を振るう“黒”のバーサーカー。

 その一撃を前に“赤”のセイバーは動きを急停止させ、身を逸らして寸前のところで回避するが、動きを止めた“赤”のセイバーの胴体を膝蹴りが打ち抜く。

 

「ご、ふッ!!」

 

 鮮血が宙を舞う。

 苦痛を厭わずに王剣の突き立てられた足を引き上げて、強引に拘束を振りほどいたのだ。

 足の甲の負傷を代償に更なる深手を負うが“黒”のバーサーカーは気にも留めない。

 そも肉体の機能が死なない限り、狂気に満ちた戦士に躊躇いはない。

 

 痛みで身を竦ませる理性など、騎士の身体からは蒸発しているゆえに。

 自滅を問わぬは狂戦士も同じこと。

 いいや寧ろ肉を切らして骨を断つを地で行く“赤”のセイバー以上に、自分の骨ごと相手を砕く狂戦士はまさしく死兵だ。最小の損害で敵に最大の被害を与えるという兵士としての強みは狂戦士には存在していないのだ。

 

 だが皮肉にも傷の代償は高いリターンとして狂戦士に降り注ぐ。

 深手を代償に見舞った蹴撃は“赤”のセイバーと王剣とに距離を隔てた。

 対して狂戦士の手元には魔剣が確と存在している。

 

 そして徒手空拳で“黒”のバーサーカーとやり合えるだけの技量も能力も“赤”のセイバーには存在していない。

 

「アアァァァァァサァァァァァァ!!」

 

 歓喜にも似た憎悪と怨念の叫び声。

 本懐を喜ぶような、嘆くような音とともに、遂にその麗しの王の首に魔剣を突き立てんと“黒”のバーサーカーは飛び掛かり、直後、カランと乾いた音が足元に響く。

 

「──!?」

 

 破裂音。同時に視界を完全に覆いつくす白煙。

 不意の出来事に僅かに“黒”のバーサーカーが硬直した直後、視界から“赤”のセイバーの姿が失せる。

 何が起きたのか、今起こった一連の出来事を狂気が直観的に理解するよりも早く。

 後頭部を揺らす衝撃。

 

「──チッ、ショットガン(この)程度の武装じゃ揺らす程度かッ!」

 

「────!」

 

 唐突に視界を覆った白煙(目くらまし)

 意識外から不意打ちを見舞った第三者。

 

 英霊のマスター。

 

 それを理解した瞬間、“黒”のバーサーカーは行動を再開する。

 踏み込み、斬る。

 動作にしてしまえばたったそれだけ。そしてたったそれだけで十分すぎる。

 

 敵は魔術師、己は英霊。

 “黒”の陣営に属するただ一人の例外を除けば、その差はあまりも致命的すぎる。

 英霊のマスター──獅子劫の首に魔剣が迫る。

 

 強化魔術を重ねた肉体ですら突風のようだとしか認識できない神速の一撃。

 魔剣が獅子劫の肩から脇腹まで一閃する。

 守ることも躱すことも叶わなかった獅子劫の肉体はそのまま鮮血をまき散らしながらずり落ちていき、煙のように幻と消える。

 

「──?!」

 

「──っぶねえな! 一か八かだが助かった! クソ、こんなことならもっとまじめに幻術を学ぶべきだったか!」

 

 獅子劫だと捉えた影の先、冷や汗を流す獅子劫の姿を見て“黒”のバーサーカーが惑う。

 距離感を誤認した? 否、今のは間違いなく捉えていた、ならば──。

 ──幻術、敵の漏らしたその単語を狂気が理解すると同時に。

 

「ナイスアシストだ、マスター」

 

「──!」

 

 白煙を散らす、赤雷の極光。

 膨大な魔力のうねりが戦場を覆う。

 

 眼前、“黒”のバーサーカーを正面に捉える“赤”のセイバー。

 その手には手放したはずの王剣が握られていた。

 

 ──あのマスターが介入した一瞬の攻防。

 “黒”のバーサーカーの意識が乱れた隙に“赤”のセイバーは白煙の中、霊体化し、己が得物を回収し、王剣を再びその手に収めることに成功したのだ。

 目についた新たな敵に狂戦士の意識が奪われている隙に、詰み筋を完成させた。

 

 宝具──『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)

 

 発動は間に合い、そしてこの距離なら、この一撃は外れない。

 

「この一撃で逝けることを光栄に思って死ね、ランスロットォ!!」

 

「────アアアアアアアアアアア!!」

 

 さしもの円卓最高の騎士とはいえ、対応が追い付かない。

 回避は叶わず、防御は不可能。

 なればこそ、この窮地を切り抜ける術など何処にもなく。

 

「アアアアサアアアアアアアアアアッ!!」

 

「なに──!?」

 

 故に斬り開く(・・・・)と魔剣に魔力の輝きが灯る。

 縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)

 その絶技は本来、剣士として聖剣を握る最高の騎士に許された技だ。

 

 光の一斬として放たれるはずの膨大な魔力を聖剣に止めたまま、相手を切りつけると同時に開放することによって敵を斬り開き、甚大な損害を与える絶技。

 溢れ出る魔力の輝きはまさしく澄み渡る湖面が如く、湖の騎士を由来するような一撃である。

 

 狂戦士として振るわれたその一撃は、とてもではないがかの絶技には程遠い。

 だが、身に沁みついた要領を元手に振るわれた一撃は王剣の一撃を受け止めるには十分だった。

 溢れ出る漆黒の魔力は赤雷の中にあって湖の騎士の身を守り、叛逆者の牙を届かせない。

 

「ぐっ──!!」

 

 届かない──あと一手が届かない。

 一連を凌ぎきった“黒”のバーサーカーに対して、“赤”のセイバーに次手はない。

 そして此処を逃せばもう千載一遇の好機は訪れないだろう。

 余力は既になく、出せる力は出し尽くした。

 

 その上で負けるのか──予感が現実となる、刹那に。

 

 

「ブチかませ! セイバーッ!!」

 

 

 剣士の背を押す、魔術師の激励。

 降り注ぐ最後の令呪の加護。

 “赤”のセイバーの意識に引っ張られるがごとく、弱気を見せた赤雷が唸りを上げて弾け出す。

 

「ハッ──」

 

 口元に浮かぶ獰猛な笑み。

 まったく、どうやら自分は、ここ一番で大当たりを引いたようだ。

 己の我儘に此処まで付き合ってくれたことへ内心感謝しつつ、叫ぶ。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「アアア──サ!」

 

 赤雷に圧されながら騎士が手を伸ばす。

 憎むように、怨むように、惜しむように、悲しむように。

 騎士は嘆きとともに、忌々しきその名を唱えようとして──。

 

違う(・・)!」

 

 それをかき消す、騎士の声。

 

「我が身は王に非ず、その背中を追うもの! 我が名は叛逆の騎士モードレッド! いずれ選定の剣を引き抜き、偉大なる王の道程を超えんとするものであるッ!」

 

「────」

 

 黒騎士の動きが止まる。

 魔剣から輝きが失せる。

 

 よって赤雷が“黒”のバーサーカーの総身を覆いつくし、その身を光の中に散らしていく。

 

「──流石は円卓の騎士モードレッド、その勇猛さは英霊となっても陰ることはない、か」

 

「…………」

 

 果たしてそれは幻聴か。

 赤雷が散り、静寂が満ちたその時に──黒騎士の姿はもう何処にもなかった。

 

 

………

………………。

 

 

「──チッ、やっぱり気に食わねえ奴」

 

 はぁと息をついて“赤”のセイバーはその場に崩れ落ちた。

 粗野な騎士らしく胡坐を組んで手をつき、虚空を仰ぐようにして茫洋とする。

 ……狂戦士とは言え、相手は円卓最強。

 消耗は激しく、傷も決して浅いものではない。

 

 何より魔力をだいぶ使った上、マスターの令呪も完全に切らしてしまった。

 得た報酬に対して、払った代償はなんと大きなことか。

 

「よぉ、何とかケリがついたな」

 

「……マスター」

 

 だというのに主に“赤”のセイバーを詰る様子はない。

 先の空戦で負った傷で顔を血に濡らしたまま、労う様に話しかける。

 

「すまん、マスター。私闘でだいぶ消耗した。聖杯は──」

 

「なに、まだまだだろ。俺もお前さんも生き残った。少し休んで傷を治せば、まだまだ目はあるさ」

 

 獅子劫はそう嘯いて懐から煙草を取り出すと、火を付け、紫煙を燻らせる。

 ……まだ目はある、とは嘘ではないが、本心でもあるまい。

 確かにまだ戦いは続いている上、“赤”の陣営もまだ健在。

 

 やり方次第では十分に“赤”のセイバー主従にも勝ち筋は残っている。

 だが、陣営は一枚岩ではない。

 聖杯が受け入れる願いはただ一つ、それを競争するにはもう──。

 

「そうだな、少し休んでから──また獲りに目指すか、聖杯」

 

「その調子だ。ったく、未来の王様がしおらしくなってちゃあ、臣下が不安になるだろうが」

 

「言いやがる。しかし臣下たァ、吹かすじゃねえかマスター? 冗談は顔だけにしとけよ」

 

「──おい!」

 

「ははは」

 

 屈託なく笑う“赤”のセイバー。

 “アンタは良いマスターだった”

 思わず、そんならしくもない台詞を吐き出しそうになり、誤魔化すように“赤”のセイバーは獅子劫の咥えタバコを見上げて。

 

「オレも一服する。それ、寄越せ」

 

「あん? 吸えんのかお前」

 

「知るか。吸ったことはねえ、とにかく寄越せ」

 

「……ったくしゃあねえな。知らねえと思うがな、こいつは希少な代物で──」

 

 そう言いながらも煙草に火を灯し、“赤”のセイバーへと手渡す獅子劫。

 気の置けない仲間のような、やり取り。

 不意に先ほど倒した騎士の姿を思い描く。

 

 王の朋友──友とは、もしかしたらこのような──。

 

「なあ、マスター──」

 

 “赤”のセイバーは不意に思い描いた言葉をマスターに告げる。

 第二の生で得た、新たな人間関係。

 王に侍った忠節の友のように、野心を持つ者同士、上を目指す戦友として。

 

「アンタはきっと、良いマスターだった」

 

 そう口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして、銃声が鳴り響いた。

 

「────────────────は?」

 

 声は、どちらから漏れ出たものだっただろうか。

 獅子劫か、それとも“赤”のセイバーか。

 いずれにせよ主従はその時、起こった出来事をすぐに理解できなかった。

 

 否応なく理解できた事象は僅かに三つ。

 

 一つ、セイバーの面貌に掛かった深紅の液体が血であったこと。

 一つ、獅子劫の胸元が弾け飛び、鮮血の花が咲いたこと。

 一つ、それが肉を持つ人間にとって致命的であったこと。

 

「マス、ター……?」

 

 煙草が地面に落ちて、か細い煙を空へと伸ばす。

 まるでそれは死者を悼む線香のようだ、と“赤”のセイバーは思った。

 

 遅れて、ゆっくりとマスターの身体が崩れ落ちていく。

 ──その向こうに、一人の人影が立っていた。

 

 それは──。

 

「──良かった。使い慣れない武器(ナイフ)でしたが、ちゃんと当たりました」

 

 火薬の残滓が燻る銃口を下しながら、穏やかに微笑む少女。

 天使のような爛漫さで、死神が笑う。

 

 聖杯戦争による魔術師の死因、第一位。

 ──アサシンクラスによる英霊のマスターの暗殺。

 

 その凶悪さを証明するように。

 “黒”のアサシンは音もなくそこに立っていた──。

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