千年樹に栄光を   作:アグナ

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神々の黄昏 上

「あ──」

 

「カウレス? どうしたの?」

 

 不意に声を漏らすカウレス。

 此処はミレニア城塞、フィオレ・フォルヴェッジの私室。姉弟としてユグドミレニア一族とは違う意図で行動し始めた彼らは開戦以降、行動を共にしている。

 その最中、苦虫を嚙み潰したような表情で何かを悟ったカウレスに対して、フィオレは心配そうに尋ねた。

 

「……バーサーカーがやられた」

 

「っ、バーサーカーの相手は確か」

 

「ああ、に……もういいや、義兄(にい)さんの作戦で“赤”のセイバーと戦ってた。義兄(にい)さん曰く、相手の真名はモードレッドらしいけど……」

 

「叛逆の騎士モードレッド……バーサーカー、ランスロットと同じ円卓の騎士ね」

 

「ああ。狂戦士とは言え、アイツは円卓の騎士の中でも最高と言われた騎士だ。早々負けることは無いと思ってたけど……ごめん、姉ちゃん。これは俺のミスだ。俺ももう少し何かできれば、姉ちゃんの役に立てたかもしれないのに……」

 

 無念そうに歯を噛み締めるカウレス。

 それにフィオレは微笑んで首を振る。

 

「いいえ、こうして私を手伝ってくれると言ってくれただけでも十分よ、ありがとう。それに──そうだ、カウレス。“赤”のセイバーは? “黒”のバーサーカーに勝ったということはまだ生き残っているのでしょう?」

 

「あぁいや、それが……」

 

 出来ることは殆どなかったが、仮にも“黒”のバーサーカーのマスターだ。

 カウレスとて何かないかと使い魔を通じて戦場を俯瞰していた。

 だからこそ、事の顛末も見ることが出来た。

 激戦を繰り広げる、円卓の騎士たち。拮抗に決死の行動で風穴を開ける敵のマスター。発動した宝具の激突。勝利する“赤”の陣営。そして……。

 

 その背を穿つ、“黒”のアサシン。

 

「──直後に義兄(にい)さんのサーヴァント……“黒”のアサシンに討たれたみたいだ」

 

「──そう」

 

 カウレスの報告にフィオレは顔を伏せる。

 “黒”のアサシン──アルドルの方針か、はたまた単にタイミングが合わなかったのかは判別がつかないが、彼の英霊はミレニア城塞でも見かける機会が少なく、碌に言葉を交わすことも出来ていない。

 彼女の真名……結果的にかのフランス革命の引き金の一つとなってしまった暗殺の天使、シャルロット・コルデーであるということは聞かされてはいたものの、どういった特性、どういった能力を秘めているのかまでは聞いていなかった。

 

「正直な話、俺にランスロットの聖遺物を譲ったぐらいだからとんでもない英霊を引き当てたのかと思ってたから、アサシンの真名を聞いた時は拍子抜けしたけど……」

 

「アルドルが態々、選んだだけはあるということね」

 

 仮にも最優のサーヴァント……敵陣営の中でも主力の一角と思われる英霊を討ったのだ。あまり強力な逸話のない英霊だが、能力に疑いないのは間違いあるまい。

 

「それにしても……バーサーカーが倒された直後に、“赤”のセイバーは暗殺されたのよね」

 

「ああ。間違いない。姉ちゃん、もしかしてこれ……」

 

「……決戦に際し、どういった布陣で“赤”の陣営を迎え撃つかを決めたのはアルドルよ。“黒”のバーサーカーを遊撃として行動をさせることを指示したのもね」

 

「やっぱり、そういうことだよな。一体どこまで読んでたんだろうな」

 

「流石のアルドルも戦いの結果までは判断できなかったでしょうから、多分、保険程度だったと思います。高名な騎士とはいえ、狂戦士。相手がセイバーである以上、万が一もあり得ると踏んでアサシンを控えさせたのでしょう」

 

 アルドルは超人じみているが、それでもあくまで魔術師の範疇だ。

 何もかもを想定通りに進められるわけではないということは一度目の大規模な戦いから理解できるし、フィオレ自身、長く接してきた身として彼の不完全性も幾度か見て来た。そしてアルドル自身も、それを自覚している。

 

 だからこそ彼は用心深く、慎重だ。あらゆる可能性を考慮し、常に万全の態勢を整えて対応するし、その予想を外してもすぐに取り返せるように策略を巡らせている。

 破られたら次の、失敗したら次の、次の次の次の次の……。

 彼の無敵性は恐らくそこに帰結するのだろう。

 

 安心しない、満足しない……これで大丈夫だと足を止めない。

 常に未来に目を向けたその姿勢。

 それこそがかの魔術師を最強たらしめる土台なのだろう。

 

 聖杯大戦に勝利する──もうずっと前から考えてただろうその目的を達するその日まで彼が安寧に足を止めることは無いだろう。

 

「……本当に。私が足踏みしている間も、彼はずっと考えていたんでしょうね。この、聖杯大戦に勝つための方法を」

 

「姉ちゃん……」

 

 決戦前──集うマスターたちにダーニックは告げた。

 これより先はユグドミレニア当主をアルドルに譲ると。

 

 その宣告に対して反応は三者三様だったが、驚き自体はそれほど多くなかった。

 元々、出来レースであったのは暗黙の了解だ。

 フィオレも当主の宣告に受けた衝撃はそれほど大きくなかった。

 

 だが……ダーニックの決意に満ちた目を見れば察するところもある。

 アルドルはフィオレたちに内情を語った。

 であれば、当主にも話を通したのだろう。その上で……ダーニックの結論はそれだったのだ。アルドルがそうであるように当主は親縁であるより先に魔術師であったということだろう。

 

「ダーニック叔父様はアルドルの方針を認めた……ユグドミレニアにとって多分、アルドルの計画はそれほどまでに“正義”だったのでしょうね」

 

「……正直、俺は今でも信じられないけどな。神代の魔術を独占する、だったか。ま、結果として現実に見せられているわけだけど」

 

 言いながらカウレスは自らの手に目を落とす。

 ……あの“黒”のバーサーカーという破格の狂戦士を御するほどの大魔力。本来は三流に過ぎないカウレスに信じ難い魔力が充足している。

 “これ”で不完全な状態だというのだから、大聖杯が手に入った際に得られる恩寵は正しく規格外のものとなるだろう。

 それをユグドミレニア全体で共有できれば、成程、魔術社会は一気にひっくり返る。

 

「実現性、具体性、計画性……過程はとんでもないけど、やってることは極めて現実的だ。計画が成功するまでは義兄(にい)さんの才能と腕力頼りだけど、成功してしまえば義兄(にい)さん自体は居る必要が無くなる辺り、きっちり事後(・・)まで考え切ってる」

 

「…………」

 

 ──きっかけは七回目の亜種聖杯戦争だったとは言うが、聖杯大戦が殺し合いである以上、彼は考えていたのだろう。自分の命と一族のその後を。

 その二つを天秤にかけ、後者を選んで彼は此処まで歩み進めていたのだ。

 

 痛感する。文字通り、覚悟が違う。

 フィオレたちが状況に翻弄されるのも仕方のない話だ。だって、そもそもの出だしからして周回遅れにも程があるのだ。

 とっくの昔に、彼は全てを懸けてこの戦いに挑んでいるのだから。

 

「いいえ、それでも……!」

 

 まだ戦いは終わっていない。聖杯は誰の手にも収まってない。

 たとえゼロに等しい可能性でも、まだゼロではないのだ。

 諦めることなんていつでもできる。

 心からの願いの灯が消えない限りは、歩みを止める理由はない。

 

「戦いの最中に気を散らすことになるのは申し訳ないですけど……」

 

 フィオレは魔力パスを通じ、自身の意思を契約の回線に繋げる。

 サーヴァントに対する念話、対象は無論、自身の英霊。

 まずは“黒”のバーサーカーの脱落を伝える。

 

 違う戦場で活躍する“黒”のアーチャーは恐らく、“黒”のバーサーカーの脱落を知らないだろう。戦いが一歩推移した以上、何か新たな提案があるかもしれない。

 フィオレ自身、アルドルほどに出来ることが多くないのは自覚している。なればこそ、一つでも出来ることがあるなら亀の歩みでもしないよりはずっといい。

 

 行動すると決めたのだ。もうジッとしてなどいられない。

 

“アーチャー、聞こえますか? アーチャー”

 

“──ええ。聞こえております、マスター。どうかなさいましたか?”

 

“たった今、“黒”のバーサーカーが“赤”のセイバーに討たれました。その直後に“赤”のセイバー自身もアルドルの“黒”のアサシンに倒されましたが……”

 

““黒”のアサシンに? ──成程。真名を既に探り当てていたと聞いてはいましたが、やはりある程度、どういった事態になるかは当たりを付けていたようですね”

 

“はい。ですので……”

 

“アルドル殿が勝ち切る前に何か、行動を起こしたいところ、ですね。とはいえ……”

 

“……アーチャー?”

 

 不意に“黒”のアーチャーの意思(言葉)が止まる。

 痛恨そうな沈黙、それに思わずフィオレは不安そうに問いかける。

 

“……この展開(・・・・)も予想の範疇ならいよいよ以て隙が無い。敵の戦力も含みに入れての配置なら、そもそも──”

 

 アーチャーが言葉を言い切るより先。

 突如としてミレニア城塞を揺らす衝撃。

 

 弾かれた様に姉弟が窓の外へと視線を向けるとそこには。

 ──荒野に輝く、焔の陽炎。

 立ち昇っていく早朝の朝日と重なるように、もう一つの太陽が輝いていた。

 

 

 

 

 ──これは言うまでもない話であるが通常の聖杯戦争において、召喚された七騎の英霊が同時に同じ戦場でぶつかることは無いに等しい。

 それぞれクラス別に特性が異なる上、通常時ではセイバー、ランサー、アーチャー、キャスター、アサシン、バーサーカーのそれぞれ一種一騎ずつであるという条件もあるが、そもそもの問題として神秘は潜ませるものという常識が共有される魔術師同士において最終決戦という事態があり得ないのだ。

 

 乱戦などはあるにしても多くて三騎から四騎。

 それも大抵は偶発的に同じ戦場で遭遇してしまったなどという状況で、同盟があるにしても全ての英霊が全力で戦うような決戦になることは無いに等しい。

 

 故に──複数の英霊が死力を尽くした乱闘というのは正しく聖杯大戦ならではの出来事であるといえよう。

 

「おお──ッ!」

 

「ぬ、ぐぉ……!」

 

 振り下ろされる大槍。受け止める魔杖。

 気合とともに叩きつけられたそれは、“黒”のキャスターをして苦悶を漏らすほどに凄まじい威力を発揮していた。

 何とか受け止め切ったものの、衝撃を逃がした両足の地面は陥没し、衝突の衝撃に周囲は軽く抉れている。

 

 通常攻撃でこの威力……記憶にある騎士王の一撃も斯くやと言わんばかりの破壊力に思わず“黒”のキャスターは唇を舐める。

 

「ハッ、半端ねえ威力だなその槍! 大英雄の肩書は伊達じゃねえってことか!」

 

「それはこちらの台詞だ、光の御子。術者の身分でよく我が槍に耐える。防戦に徹することしか出来ないとはいえ、今の状態で俺の槍を凌ぎ続けるのは驚嘆に値する」

 

 言いながら放たれる音速を超過した突き。

 さらに跳ね上げ、姿勢を崩したところに踵を支点にしての回転を入れた横薙ぎ。

 近接戦闘で発揮される“赤”のランサーの巨槍が持つ制圧力はもはや面に等しく、並みの英霊であれば回避は勿論、その防御ごと一合と持たずに粉砕されるだろう。

 

 だが、目の前の“黒”のキャスターは術者の英霊(キャスター)にも関わらず、その一連を、見切り、躱し、爆撃も斯くやという横薙ぎを這うような姿勢から後方にのいて、やり過ごす。

 

 身体性能(フィジカル)任せの俊敏性を発揮する“赤”のライダーとは似て非なる速さ。同じ槍使いとしての経験則と戦場での見切りの速さ。

 尋常ならざる修羅場を潜り続けた戦士特有の死への洞察が、“赤”のランサーの槍技から逃れる地点を完璧に割り出している。

 

 加えて“黒”のキャスター……目の前の英霊は明らかに防戦に慣れている。

 一般に戦に巧くないとされるキャスタークラスだが、そんな常識は目の前の英霊には通用しないのだろう。

 

「──とはいえ守りだけでは先がないだろう。そちらの本分を見せるがいい、“黒”のキャスター。それとも、全力を出さずして我が槍の錆となるか?」

 

「抜かしやがる。全力を出していないのはテメエも同じだろうが。まさかとは思うが俺を相手に全力を出さずとも十分──なんて舐めたこと考えてんじゃねえだろうな」

 

 “赤”のランサーの挑発に殺気立つ“黒”のキャスター。

 ジリジリとした拮抗を演出する両者だが、彼らは互いに基本的な武の行使しかしていない。“赤”のランサーはその本分たる焔を見せず、“黒”のキャスターもまた、槍技に対応するための身体強化を除けば、魔術ではなく杖術で応対している。

 

 つまるところ互いに出し惜しんだ状態での戦いだ。

 

「別に、侮っているわけではない。だが、今の俺の望みは聖杯大戦に勝利し、マスターに聖杯を捧げること。そのために最善を尽くしているにすぎない」

 

 淡々と述べる“赤”のランサー。

 出し惜しんでいるのではなく勝ちに徹している。

 それはつまり──。

 

「テメエ……」

 

「止めはしない。誇りを見せるがいい、“黒”のキャスター。それとも、このまま仲間を見捨てる選択を選ぶか?」

 

 告げた直後、“黒”のランサーの背後で爆発が起こった。

 

「はははははははははははは!!!」

 

 戦場に響き渡る哄笑、旋風、衝撃。

 千の杭を踏破しながら韋駄天が戦場を爆走する。

 

「弱点を刺した程度でこの俺の首が獲れると思ったか!? 数で押せばこの俺を獲れると思ったかッ!? この程度の差、この程度の不利で……このアキレウスの疾走を止められるとでも思いあがったかッ!?」

 

「ぐっ……おのれ──!」

 

「ランサー……!」

 

 乱舞する神速の槍に対応しきれず、三合と掛らず体勢を崩した“黒”のランサーに迫る超速の一撃。あわや“黒”のランサーを胴体から真っ二つにしかけた一撃を紙一重で割って入った“黒”のセイバーが弾く。

 

 剣で受ける威力と衝撃……思わず“黒”のセイバーは歯噛みする。

 

“合わせるのに四つ、これで……ギリギリ追える速度か!”

 

 それは踏み入るのに掛かった時間だ。

 “黒”のランサーが狙われて、その間に敵が振るった攻撃回数。

 即ち──弱点を撃たれ、大幅な弱体化と減速を受けた現状の“赤”のライダーの速度域だ。

 信じられないことに負の枷を負いながらも“赤”のライダーは未だ凄まじい速度を武器に“黒”のセイバーと“黒”のランサーを圧倒していた。

 

 だが、それも可笑しな話ではない。

 相手は速度の代名詞。世界に名を轟かせるアキレウス。

 不死身を失おうとも足に傷を負おうとも、その快速は突き抜けている。

 むしろ、後追いでも何とか“黒”のセイバーであっても対応できる辺り、十分に減速しているといえよう。

 

 しかし、逆に言えばそれは“黒”のセイバークラス……万全たる竜殺しの大英雄を以てしても食らいつくのがようやくであるということ。

 

極刑王(カズィクル・ベイ)ッ!」

 

「遅ぇ!!」

 

 “黒”のランサーでは追うことすら叶わないということだ。

 現に“黒”のセイバーによって“赤”のライダーの槍が止まった直後に発動した“黒”のランサーの宝具があっけなく振りほどかれる。

 杭が虚空を刺した時には既に“赤”のライダーは三十メートルもの距離を一足で跳んで回避。そのまま時計回りに“黒”のセイバーの背後を取るように疾走を開始する。

 

 追撃に“黒”のランサーは杭を発動するが杭は砂埃を刺すばかりで、気づいた時には既に再び接近を許している。

 

「くっ……!」

 

「どうしたどうした!? お前たちの力はこの程度か!? 英雄たらんとするならば死力を尽くせ! 全力を見せてみろッ!!」

 

 跳躍しながら飛び掛かる“赤”のライダー。

 勢いそのままに槍ごと突進を行う“赤”のライダーに、“黒”のセイバーは対応するが速度と重量が乗った一撃に弾かれ思わずたたらを踏む。

 

 姿勢を崩される“黒”のセイバー。

 その背後、十三メートルほどの間合いに着地した“赤”のライダーは間を置かずして再び跳躍。守りの剥がれた“黒”のランサー目掛けて再度迫る。

 

「杭よ……!」

 

 近接戦では勝ち目はないと悟ったか“黒”のランサーは宝具を発動させ、眼前に杭の防壁を作り上げる。

 その光景はさながら日本の戦国の世で用いられた馬防柵のようであった。

 しかし、“黒”のランサーをも覆い隠す長大な守りに対して“赤”のライダーはただ獰猛な笑みを浮かべ──。

 

「それがどうしたァ!!」

 

 正しく踏み込む二の足で減速しながら手元の槍をぶん投げ、三歩目で二段目の再加速。杭の馬防柵に風穴を開けて、そこから“黒”のランサー目掛けて飛び込み、ハイキックを見舞う。

 

「ガッ────ぐぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

「ランサー!?」

 

 砂埃を尾に引きながら数十メートルと蹴り飛ばされる“黒”のランサー。

 アレだけの“足”を持つ英霊の蹴打。

 もはやその威力は並の英霊が振るう剣や槍の一撃と相違ない威力を秘めている。

 

 元より“黒”のランサーは護国の鬼将と名を馳せ、その武勇も功績も凡百の英霊を凌ぐ実力者ではあるものの、その本分は王であり指揮官……即ち君臨者である。

 対して相手は血風吹きすさぶ戦場の最前線を駆け抜けた大英雄。加えて、神秘や神の息づいた神話の時代を駆け抜けた猛者である。

 

「そらそらそらそら! 休んでいる暇はないぞッ!?」

 

 倒れ伏す“黒”のランサーに降り注ぐは容赦のない追撃。

 あろうことか“黒”のランサーが発動させた杭をサッカーボールのように蹴り上げ、弾丸のようにして打ち放つ“赤”のライダー。

 

 その凶悪すぎる発射(シュート)は数にして実に数百。

 “黒”のランサーが守りのために発動させた杭の壁をそのまま攻撃に反転させる。

 

 大気の壁を破って迫るそれは一つ一つがミサイルも斯くやといった威力。“黒”のランサーが放つ杭よりも凶悪さが増大した槍投げならぬ杭蹴りは絨毯爆撃のようにして“黒”のランサーに襲い掛かる。

 

「間に合わないか……ならば……!」

 

 “黒”のランサーの窮地を見て、“黒”のセイバーの判断は早かった。

 剣の柄を操作し、魔剣に宿る宝珠を露出させると、“黒”のセイバーはすぐさま魔剣を魔力で満たす。

 

「おおおぉおぉぉぉッ!!」

 

 杭の弾雨を押し流す青白い魔力の波動。

 魔剣から放たれた斬撃が“赤”のライダーが放つ弾丸を悉く撃ち落とした。

 

「……は、騎士の鑑ってな。だが、良いのかい? “黒”のセイバー。庇うことにばかりかまけて? おたく、弱点は背中なんだろう?」

 

 投げ落とした自身の槍を拾いながらニヤリと笑う“赤”のライダー。

 意味深な言葉が“黒”のセイバーの耳に届いた直後、背筋に走る死の予感。

 

「フッ──!」

 

「!」

 

 身を捻る。戦士としての直感で死を避ける。

 気配もなく獲物に忍び寄った狩人の一撃を寸前で“黒”のセイバーは受け切る。

 何とか弱点への直撃を避けるものの、番えた“赤”のアーチャーの矢は“黒”のセイバーの肩に当たり、衝撃でその体を吹き飛ばす。

 

「くっ……!」

 

 傷こそないものの、まともに受ければ只では済まない。

 ましてや弱点狙いの一点攻撃。

 一つでも受ければそれだけで一巻の終わりだ。

 

「はぁ……!」

 

 敵を牽制するために放つ魔力を帯びた五つの斬撃。

 背後を取りに来る“赤”のアーチャーの追跡(マーク)を振りほどこうと“黒”のセイバーは追い払いにかかる。

 しかし、“赤”のアーチャーは無言で両手の弓を口に加えこむと、そのまま密林を駆ける四足獣のように、軽やかな動きで牽制を躱していく。

 

 “赤”のライダーとは違った身軽さが生む俊敏性。足のみに頼らず両手も使って身体を操るその動きはスポーツ競技として行われる移動動作(パルクール)のそれに近い。

 呆気なく牽制を受け流した“赤”のアーチャーはお返しとばかりに三本の矢を同時に束ね、番える。

 

「タウロポロス……!」

 

 強く弓を引きながら唱えるその名は自身が愛弓。

 守護神アルテミスより授かりし『天穹の弓(タウロポロス)』。

 その特性は矢を重く引くほどに威力が増大するというもの。

 

 矢を束ね、大きく引いて放たれるその矢は、もはや砲弾に等しい。

 

「ぬぅ……!」

 

 狙い違わず獲物を穿つ狩人の矢。

 今度は剣で受け切ることに成功するが、その威力は完全に受け止めたはずの“黒”のセイバーすら後退させるもの。

 大剣を握る両手に奔るビリビリとした衝撃に思わず“黒”のセイバーは顔を顰める。

 

「ナイス援護だ、姐さん……!」

 

 そんな“黒”のセイバー目掛け飛び込んでくる“赤”のライダー。

 その顔には明確に勝利を悟る強気な笑みが浮かんでいる。

 

“しまった……! 挟まれたか……!”

 

 位置関係の悪さに奥歯を噛み締める“黒”のセイバー。

 正面には“赤”のアーチャー、後ろから接近する“赤”のライダー。

 如何な“黒”のセイバーとて、両者へ同時に対応するには単純に手が足りない。

 

 背中という弱点を明確に抱えているため、乱戦においては孤立しないよう立ち回っていたが、敵対する二騎がよりにもよって二騎とも高い敏捷性を有しているために“黒”のセイバーの対応力をも上回った結果だろう。

 

「まずは一つ……!」

 

「ぐっ……!」

 

 矢と槍。どちらに対応しても次がない。

 その事実に“黒”のセイバーはいっそ一騎でも多く道づれにしようと決死の覚悟を胸に決めるが……それが行使されるよりも先に起死回生の一矢が戦場に放り投げられる。

 

「む……!」

 

 ミレニア城塞から荒野まで数キロを横断する長距離狙撃。

 踏み込まんとする“赤”のライダーを牽制するように放たれた一矢が、大英雄の疾走を止めに掛かる。

 

 その一瞬の隙を竜殺しは見逃さない。

 放たれる“赤”のアーチャーの矢を弾きつつ、すぐさま挟み撃ちの状況から逃れるために離脱を図る。

 それを見て足を止めた“赤”のライダーは追いかけようと再び足を踏み出すが、その足はすぐに回避のための跳躍を選ばされる。

 

極刑王(カズィクル・ベイ)!」

 

「チッ……!」

 

 寸前まで立っていた場所を刺し貫く杭。

 視線を向ければ復帰したらしい“黒”のランサーが息を切らしながら“赤”のライダーを睨みつけていた。

 

「すまんな、姐さん。取り逃がした。……ま、そう一筋縄ではいかないってことかね」

 

「その割には楽しそうだな汝は」

 

「せっかくの聖杯大戦だ。これぐらいはやってもらわないとつまらんだろう」

 

「……私は狩りに遊びを持ち込むつもりはない」

 

「堅いねえ。姐さんらしいっちゃらしいが……」

 

 一息入れる余裕を得て軽口を叩く“赤”のライダーに、面倒そうに応じる“赤”のアーチャー。

 双方ともまだまだ余裕といった振舞いだが、対する“黒”の陣営の方にそんな余裕は欠片もなかった。

 

「……すまんな、“黒”のセイバーよ。足を引いてしまっている」

 

「そんなことは──」

 

「良い。戦場で無意味な気遣いは不要。貴様が苦戦を強いられる要因の一つが余にあることに疑いはあるまい」

 

「…………」

 

 “黒”のランサーの言葉に沈黙する“黒”のセイバー。

 断言する彼の言葉に反論しないことが言外に物語っている。

 

「余は生前に武人として振舞ったこともあるが、元より余の本分は統治者であり、指揮官である。かの大英雄が相手では純粋な武の比べ合いでは勝ち目が薄いことなど判っていたとも」

 

 重々しく息を吐く“黒”のランサー。

 その様は無念そうであり、痛感したようでもあり、同時に冷静だった。

 この苛烈な暴君は不利な状況下であっても勝負を捨てていない。

 

「其方の背中は余が庇おう、頼めるか“黒”のセイバーよ」

 

「──了解した」

 

 そう言って一歩引く“黒”のランサーと一歩踏み出す“黒”のセイバー。

 明確に立ち回りを定めることによって乱戦を少しでも優位に進めようという方針か。

 

「──目は死んでねえみてぇだな。上々上々……なら、続きを始めようか? “黒”の陣営! せいぜい楽しませてくれや……!」

 

「ほざいたな! “赤”のライダー! その傲慢ごと串刺しにしてくれよう……!」

 

「……こい」

 

「次は外さん……!」

 

 そうして再び苛烈さを増していく主力同士の激突。

 熱を帯びて迸る戦場の猛りは正しく決戦に相応しい光景である。

 

「──へ、あの通り、俺が態々加勢しなくても十分だろ。今はテメエの相手を務めるだけで十分だ」

 

「ふむ」

 

 槍と杖を激突させながら互いに牽制し合う中、“黒”のキャスターと“赤”のランサーは戦場の熱から一歩引いたところで冷静に事態を俯瞰する。

 押されてはいるが、双方ともに英雄を名乗るに相応しい存在が揃う陣営同士。多少のことでは拮抗は崩れない。

 

 “赤”のランサーの挑発をそういって笑いのけた“黒”のキャスターに、“赤”のランサーは一つ頷いた。

 

「確かに。そちらの陣営も中々粘っているようだ。だが貴様であれば気づいていよう。“黒”のアーチャーの遠距離狙撃があるとはいえ、そちらの手勢では“赤”のライダーを相手にするのは厳しいだろう。押されているのがその証拠だ」

 

「…………ッ!」

 

「加えて言うのであれば……俺自身、戦いを長引かせるつもりはない。悪いが後が閊えている。何より──今の俺は武人としてではなくサーヴァントとしてマスターに寄り添うもの。この名に懸けて、我がマスターが願いのため押し通らせてもらう」

 

「ッ──こいつは!」

 

 言葉を言い切ると同時、急速に膨れ上がる“赤”のランサーの魔力。

 瞠目する“黒”のキャスターに、“赤”のランサーは飛びつくと、槍でその動きを止め、強引に組み合う状況を作り上げる。

 

 そしてそのまま、“黒”のキャスター越しに背後を睨み──。

 

「武器など無粋──真の英雄は目で殺す……!」

 

「なにぃぃぃぃ!?」

 

 鉄をも溶解させる高火力の熱線。

 それは“赤”のランサーの瞳から放たれた。

 

 視線はそのまま光線(ビーム)のように、“黒”のキャスターに向け放たれ、そのまま背後に広がる主戦場目掛け、敵も味方も巻き込んで炸裂する。

 身を逸らして何とか直撃を避けた“黒”のキャスターだが、その後方にて戦う者たちにとっては完全なる不意打ちだ。

 

「なんだ!?」

 

「これは──!?」

 

「………くっ!」

 

「ランサーの力か……!」

 

 火山の噴火を思わせる大爆発。

 忽ち土煙は噴煙のように立ち上り、今まさに激突せんとした両陣営のサーヴァントを一纏めにして吹き飛ばす。

 

「押し通る……!」

 

「ぐおっ……しまった……!」

 

 大槍を振り抜く、動揺する“黒”のキャスターを押し退けて一時的に無人となった戦場のその先──大聖杯が安置されるミレニア城塞を睨み、“赤”のランサーが翔ぶ。

 

 焔の魔力放出を利用した天駆翔(ニュークリアスラスター)

 太陽へ挑むイカロスのように飛び立つ。

 

「行かせるか……!」

 

 体勢を崩しつつも咄嗟に“黒”のキャスターがルーンを唱える。

 飛翔を妨害する神代魔術。

 壁のように隆起する大地、足を引く蔦、驟雨のような氷の弾丸。

 だが、その全ての妨害を──太陽の化身は粉砕した。

 

「────!」

 

 戦場を抜け出し、大聖杯を目指す“赤”のランサー。

 その瞳に満ちるのは揺らぐことなき決意の眼。

 

 もはや主に正気はなく、英霊の身では大聖杯には手が届かず、この戦いに意味はない。だが、意味がないからと言って、それは“赤”のランサーが諦める理由にはならない。

 

 英霊として、聖杯に祈りを捧げられ召喚された。

 サーヴァントとしてマスターの剣として盾としてあり、その意思を遂行することを使命として授けられた。

 

 ならば動く理由はそれにて十分。

 元より施した結果に報酬を求めない彼にとって全ては些末な問題だ。

 

「──どのような困難であれ。この身が果てるその瞬間まで、俺はマスターがためにあるもの。故に何人であれ、この槍を以て打ち砕こう。それがたとえ──」

 

 視界に迫るミレニア城塞。

 敵の本陣に手を掛ける寸前に、しかし“赤”のランサーの意思は別の所へ向けられていた。全身に満ちる闘気、充足する魔力、先ほどまでの様子見とは違う、今まさに死力を尽くさんとする英雄がそこにいた。

 

 ──空を仰ぐ。

 

「──()であろうとも」

 

「『大神号令(ミスティルテイン)()神軍突撃(グングニル)』」

 

 告げた瞬間──天が墜ちて来た(・・・・・・・)

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