千年樹に栄光を   作:アグナ

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神々の黄昏 下

 ──その魔術師(・・・・・)を交渉相手に選んだ理由は大したものではない。かの神父が警戒していたという理由もあるが、一番はただ単に主戦場を駆け抜け、直接敵へと切り込むというその剛毅。

 およそ魔術師には見合わぬ振舞いに戦士を見たからこそ賭けたのだ。

 

 自分に──“赤”のランサーにとって、優先すべきは聖杯を取るというマスターの願いを叶えることだが、同時に正気を失ったマスターは戦から遠ざけるべき存在……守るべきものでもある。

 戦うことはできても、その後(・・・)に付き合うことが出来ない“赤”のランサーはこの時点で聖杯獲得は第二目標、第一にマスターの生存を確約することが自らの使命であると認識している。

 

『──……何故、お前が此処にいる』

 

 だからこそ、その者と相まみえた瞬間に“赤”のランサーは先ず以て安堵した。

 『貧者の見識』──人間の本質を見抜く慧眼は一瞬にしてその魔術師の本性を見て取ったから。

 

 才に恵まれ、努力を重ね、魔術社会においても天才と称される魔術師と聞いて、最初に“赤”のランサーが思い描いたのは己と宿命にあるかの存在。

 神々に愛されしあの英雄のような人物像を描いていた。

 

 だが……。

 

“──ドゥリーヨダナ”

 

 ……神父の語る情報も当てに出来ないと内心で微笑んだ。

 

 過去に今も息づくかの悪漢。

 奴とは性格は似ても似つかないが、本性は同じだろう。

 敵の見せる恐れ、警戒──それに混ざる何処か憧憬するような視線を受けて“赤”のランサーはそう確信した。

 

 アレは自己の中の過ぎたる欲を自覚しながらも尚、手を伸ばさずにはいられない愚者。秩序を知り、善を知り、正義を知った上で、己の愚かさを自覚し、悪性を自覚し、露悪に走りながらも、外道には堕ちない。

 己の中に秩序を引いて悪を成す者。

 

 なればこそ、無駄な血を求める者に非ず。

 少なくとも戦意無きものを虐殺する趣味はないだろう。

 

 案の定、殆どメリットもなく約定を守る義理も無いのにも関わらず、魔術師は魔術師ならざる誠実さで“赤”のランサーの交渉を受け入れた。

 後から裏切る──という可能性も相手が魔術師なれば想像し得るが、その本性が己なりの義を誇るものならば問題ないだろう。

 

 己の美学というものは時に倫理や制約よりも己を深く縛るもの。

 あの者があの在り方である限り、約定は守られると確信している。

 

 なればこそ、次に優先すべきはもう一つ──即ち、聖杯を取るために、あの者を打倒することだろう。

 

 矛盾はない。確かにあの者は懐かしき過去を連想させる人物で、好感が持てる。交渉の土台に乗り、話に乗ってくれたことにも感謝しよう。

 しかし、それはそれ。これはこれだ。

 情で己の役割を放り投げるほど“赤”のランサーは甘くない。果たすべき義理、通すべき筋を通した上で正々堂々と障害を排除する。

 

 激情で走る“赤”のライダーのような英雄ではなく、誰かの依頼で立ち上がる“黒”のセイバーのような勇者でもなく、己が役目を認識し、私情を交えず実行する戦士であるがゆえに“赤”のランサーは槍を取る。

 

 まして敵が奴以上の愚か者であるならば尚のこと、だ。

 性格以外に奴と彼を隔てるもう一つの要因。

 奴と彼とを隔てるもう一つの異なる点。

 

「神をも、利用する(・・・・)──とは。成程、お前は奴よりもよほど愚か者であるらしい」

 

 愚者(フール)ではなく、愚者(ジョーカー)

 迫る“光”を前に英雄(カルナ)は静かに槍を構えた。

 

 

 

 

 天が墜ちて来た。

 その光景はただそうとしか形容できなかった。

 

 太陽の輝きすら霞ませる光り輝く天上。

 審判の日を連想させる高貴なる“光”。

 

 今まさに一つの世界が生まれたような激変を伴って、戦域に光は下る。

 雲間より降り注ぐ天使のはしご(エンジェルラダー)のような絶景は、しかし悠長に見ていられるほど優しいものではない。

 

 何故ならこれが審判の日であるというならば。

 この光は正しく世界を二色に分けるモノ。

 即ち──信仰には祝福を。

 そして敵対者には苛烈なる裁きを、である。

 

「『大神号令(ミスティルテイン)()神軍突撃(グングニル)』」

 

 ……仮に“赤”のセイバーが生きていれば、その光をこう表したであろう。

 まるで──星を繋ぎ止める錨(ロンゴミニアド)のようだ、と。

 

 あまりの事態に手を止め、呆然とする“黒”と“赤”の陣営。

 手を止め、光を見上げるその様は正しく神を仰ぐただの人間のようだ。

 その──歴戦の英雄たちですら動揺する中で、英雄は槍を構えていた。

 

「────!」

 

 目を見開く、光を見据える。

 成程、凄まじい。

 魔術師たちに言われるところの『最上級(A+++)』。

 この光を前にすれば英霊とて簡単に砕け散るだろう。

 

梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)……!」

 

 出力差、魔力量、神秘の彼我。

 数字(ステータス)の不利を無視して英雄は迎撃を選ぶ。

 不可能だと余人は笑うだろう。

 だが英雄は──そしてもう一柱(・・)はそうは考えなかった。

 

 この程度の挨拶であっさりと倒れるほど温くないと。

 不倶戴天であるがゆえに他の何者よりも信頼していた。

 

 果たして──炸裂する焔の投擲。

 光を晴らす明けの焔。

 天を満たす神の光輝を、日輪が照らし晴らす。

 

『は……マジかよ。やるだろうとは確かに思ってたけど、真逆(まさか)本当に真正面から打ち消してくるとは。参考までにどうやったのかな?』

 

「特別なことは何もしていない。ただ単に光成す層の薄い部分を穿っただけだ。出力をそのままに受けたのでは確かに勝ち目は薄いが、内から撹拌してしまえばそう力は必要ないだろう」

 

『ふむ。何言っているか全くわからないが、要は威力の比較的薄い部分を狙って相殺したと。やれやれこれだから人間(きみたち)はとんでもない。相変わらず無理を跳ね除けるのが得意技だ。少しは秩序(ルール)を守ってほしいんだけどねぇ』

 

 コツ、コツ、コツと光り輝く天を逆光に何者かが降りてくる。

 何もない空中を散歩するような気軽さと愛嬌を感じさせる気軽さ。

 まるで近所の知人を訪ねるように、それ(・・)は降臨する。

 

「無理な話だろう。人が自立を選び、彼方(ソラ)を目指して歩き出した時より我々と貴方方(・・・)は相容れぬもの。愚か者の誹りを免れぬほどに我らは貴方方と道を違えてしまった」

 

『ああ。勘違いはしないでくれ給えよ。別に非難はしていない。むしろ好ましい。世界を拓き、未来を自ら切り開くその様はボクたちには持ちえない美点だ。ほら、短所は長所の裏返しというのだろう? 全てはモノの見方さ。少なくともボクは好きだぜ、そういうの』

 

「成程──それが貴方が魔術師に力を貸す理由か」

 

『それだけではないけど、それが一番だね。ボクが見てきた人類()で、とびっきりの愚者だったから、手を貸そうと思ったのさ』

 

 敵対を頑として示しつつ、しかして会話する“赤”のランサーには確かな敬意があった。それは目上に対する尊敬というよりも礼儀の類。

 失礼(・・)それ自体を犯した瞬間に、身を亡ぼすと分かっているからこその立ち振る舞い。

 

 ──これは正しく敵対(・・・・・)せねば打倒し得ない敵であるが故に。

 

「無礼を承知でお伺いしたい。我が名はカルナ。敬愛すべき母クンティーと偉大なる父スーリヤより命賜りし者。聖杯の寄る辺に従い、今生にて“赤”の旗を掲げ、我が主がためにこれより貴方と敵対する者。戦士(クシャトリヤ)として戦の倣いに従い、我が敵の名をお教えいただきたい」

 

『──良いねぇ。心躍る口上だ。ボクを眼前にそんな口火を切るとは、流石は我が契約者が大敵と見込んだ戦士。当然、勇士(エインフェリア)の資格は持っているか』

 

 礼儀を示しつつ、清々しいほど大胆不敵に不倶戴天を謳う“赤”のランサーにくつくつと笑う。

 大英雄──その名に違わぬ大器であり、勇士であり、敵であると認める。

 抑止の使者とは違う、あまりにも堂々とした挑戦者。

 不撓不屈を目の前に頷く。

 

『英雄カルナ──その礼と勇に敬意を示し、ボクもまた応えよう』

 

 天下る足が止まる。

 敵を眼前に見据え、対等な目線にて立つ。

 

 それは──彼は戦場を控える者とは思えぬほどに悠然と微笑んだ。

 

 風に舞う金砂を思わせるような髪の毛。宝石のように輝く瞳。

 少年のような腕白さと少女のような無垢を感じさせる中性の黄金比を体現する輪郭の整った美男子。

 痩身でありながらも鍛え上げられた肉体は贅肉の余地を残さず、同時に簡単に手折れてしまいそうな細く傷一つ無い手先からは書に目を落とす深窓の婦女を連想させる。

 

 少年であり、少女。

 男性であり、女性。

 本来同居せぬ概念を体現する黄金比の在り様。

 完全に拮抗する天秤のようだ。

 

 完璧──そういった概念(ことば)が脳裏を過る。

 そう、完璧(・・)である。

 

 ──森羅万象よ、言祝ぐがいい。

 人よ、頭を垂れよ。これぞ北欧の神々が至宝。

 黄金比の体現者。愛すべき光の君。

 智慧の大神が後継にして次代を担う未来(希望)の化身──。

 

『我が身を知るがいい、英雄カルナ。我を示す敬称歌(ケニング)は「オーディンとフリッグの子」「フリングホルニとドラウプニルの所有者」「ホズの敵」「ヘルの友」──即ちバルドル。光明を司る者。太陽神に系譜を持つ誇り高き異国の英傑よ、我が名を聞き、尚も敵対する覚悟ありや?』

 

 言葉とは裏腹にバルドルと名乗ったそれは慈しむように微笑んだ。

 瞬間──戦意が死んだ。

 

 ──あ

 

 “黒”のセイバーが膝をついた。

 “黒”のランサーが呆然と槍を置いた。

 “赤”のアーチャーが弓を取りこぼした。

 遠くから様子を伺っていた“黒”のアーチャーすら、我を忘れて見入る。

 

 宝具ではない。

特性(スキル)でもなければ或いは何らかの魔術というわけでもない。

 そもそも、これに理由などない。

 

 何故ならば──そも誰に言われるまでもなく神とはそういうものだ。

 人は神を前に敬い、崇め、付き従う。

 そこに理由などありはしない。

 

 ましてや、彼は『完璧』を体現する存在なれば。

 完成(かなた)を目指す人間に、それを侵すことはできない。

 

 例外は槍を手放そうと震える腕を気合で繋ぎ止める“赤”のライダーと、何処か懐かしそうに見る“黒”のキャスター。

 そして──。

 

「是非も無し」

 

 動揺一つ見せず、真正面から不倶戴天を謳う大英雄のみ。

 

『──素晴らしい』

 

 やはり契約者(マスター)の見立て通り、彼こそは最強。

 外訪者の描く脚本において、数少ない例外中の例外。

 一度動けば盤をひっくり返しうる()に他ならない。

 

『ならば戦をしよう、英雄カルナ。なに、生前のような無粋無作法はさせぬよ。印度の神々とは異なり、我ら北欧の神族は情に厚く、誇り高く、真摯であるがゆえに。正々堂々、真正面からその命を貰い受ける』

 

「──異なる空にあるとは言え、天に仰ぐべき神々にこの身を対等と見ていただけたことには感謝しよう。……だが、知るがいい。偉大なりし北欧の大神よ。その言葉は我が尊敬すべき父スーリヤをも愚弄する言葉。仰ぐべき天に優劣はなく、価値観は相違あれど善悪で語るものではなし。然るに──神々の王より賜りし我が槍、これを以てお前の傲慢を打ち砕こう」

 

「──ふ」

 

 威風堂々たる“赤”のランサー。

 尚も敵対を吼える大英雄を前に笑う言葉(思念)が不意に()に代わる。

 心底愉快だと人間のような笑みを浮かべ、

 

「──決戦(ラグナロク)を始めよう」

 

「応」

 

 

 ──斯くして神話が具現した。

 

 

 ……瞬きをした瞬間に夢が覚める。

 そうとしか表現できないほどに気づけば土台(セカイ)が変わっていた。

 

「────」

 

 不意の光景にさしもの“赤”のランサーも瞠目する。

 先ほどまで荒野にいたはずの“赤”のランサーは見知らぬ世界に放り投げられていた。緑の絨毯、そよ風が駆け抜ける大地、雄大な空、平穏な世界。

 

 そして──。

 

 

第一世界観(パターン・アースガルド)

 

 

 星を撫でるように調べを謳う理想神。

 まるでこの世全てを慈しむように彼は穏やかに笑いかけ、

 

 

「『フリッグ』」

 

 

 その神名()を謳った瞬間、嫋やかな自然は生命を滅ぼす災厄と化した。

 

「なにッ!?」

 

 奔る地裂は瞬く間に大地を引き裂き、暴風と化した大気の流れが大地を捲りあげ、文字通り目につく全てがひっくり返る。

 生命を慈しむべき豊穣と安寧を担う大地はあらゆる生命を刈り取る暴威に変貌し、滅ぼすべきただ一人目掛けて世界そのものが牙を剥く。

 

 眼前に迫る大瀑布の如き土石流と壁のような岩盤。

 スカンディナヴィア半島に匹敵する(・・・・・・・・・・・・・・・・)質量が“赤”のランサーを殺すためだけに襲い来る。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 逃走? 逃げ場などない。

 回避? 出来ようはずがない。

 防御? 叶うわけがない。

 

 文字通り世界が敵たる袋小路。

 英雄カルナを殺すためだけの箱庭に脱する場所などなく。

 だからこそ選べる手段はただ一つ。

 

「アグニよ、スーリヤよ……!」

 

 絶体絶命。故に選ぶ迎撃は全身全霊。

 後先など考えぬ、魔力の事情など考慮に能わず。

 この窮地を乗り越えんがため──大英雄は死力を尽くす。

 

梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)ッ!!」

 

 発動する日輪照射。大槍に纏う焔の具現。

 挨拶代わりとはいえ先ほど光の槍を防いだ奥義を躊躇い無く切る。

 

 無論、無意味だ。

 この程度の火力では大地そのものに対抗できまい。

 なればこそ。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 足りぬのならば足すまでだと英雄は決断する。

 己の魂の熱すらも吐き出す勢いで槍を振るう。

 本来設定された性能数値(パラメーター)気合(・・)で押し上げる。

 

 端的に言ってあり得ない。

 “赤”のランサーに令呪はなく、援護の魔術もなく、何らかの加護もない。

 素面である。外的要因など一切ない。

 即ち──“赤”のランサーは完全なる自力で本来設定されているはずの理論限界値を塗り替えた。

 

 大地が融解する、流れる土石流がそれ以上の火砕流によって跳ね返される。

 此処に偉業が達成される。

 かつてギリシャの大英雄が大河の流れを捻じ曲げたように。

 “赤”のランサーは眼前の脅威を退けた──。

 

 

第二世界観(パターン・ミズガルズ)

 

 

 その偉業に驚くこともなく、神はただ穏やかに微笑み、

 

 

「『テュール』」

 

 

 その神名()を謳った瞬間、惑星をも切り裂く斬撃が“赤”のランサーの眼前に迫った。

 

「……ッ!!」

 

 一見してそれは光の波濤だった。

 視界全体を覆うあまりにも広大な光。

 だが、戦士としての経験値がこれは斬撃の類だと看破する。

 

 仮に身を以て神の化身となった魔術師がいれば言うだろう。

 敵対者という罪人に齎す軍神の裁き。

 罪頸(ゴルゴダ)を下すギロチン(カルヴァリア)

 

 敵対者という集団国家ごと輪切りにする勝利の加護()であると。

 

「────!!!!」

 

 打ち破ることは即不可能だと看破する。

 何故ならこの斬撃は斬撃という形を取った『勝利』の権能。

 戦闘という行為を強制的に終わらせる都合のいい幕引き(デウス・エクス・マキナ)

 

 なればこそ振るわれた瞬間にこちらは敗北(・・)しているのだ。

 

日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)ッ!!!」

 

 故に負け方(・・・)を選ぶ。

 何を以て勝利とするか、何を以て敗北とするか。

 仮にこの斬撃が『戦を終わらせる』ものだとすれば抜け道はある。

 直感的に選び取る選択肢。戦死ではなく、敗走。

 

 “経戦能力喪失による終わり”。

 それに賭けて“赤”のカルナはあらゆる攻撃手段を放棄し、全力でその身を守る。

 

「ぐ……──ッ!!」

 

 太陽神より賜りし黄金の鎧が軋む。

 本来あらゆる攻勢を十分の一にまで貶める絶対防御が過去かつてない力に圧され、拉げていく、生前でも敢行したことのない完全防御。

 未踏の手段をぶっつけ本番で実行する。

 

 果たして──満身創痍なれど大英雄は立っていた。

 息を乱し、焼け焦げ、肩から下腹部にかけて袈裟切りの深手を負いながら、それでも“赤”のランサーは命を掴んでいる──。

 

 

第三世界観(パターン・ヨトゥンヘイム)

 

 

 その奇跡に驚く様子もなく、やはりバルドルは穏やかに微笑み、

 

 

「『トール』」

 

 

 その神名()を謳った瞬間、神々の王(インドラ)の怒りを連想させるほどの膨大な雷霆が世界を覆いつくしていた。

 

「────」

 

 ようやく現実を理解する。ようやく原理を理解する。

 事ここに至って“赤”のランサーは絶え間ないこれが何なのかを理解する。

 前兆などない、予備動作などない。

 ただ世界の名と神の名を呟く。

 それだけで世界は斯くあるべしと変貌する。

 

 自然法則(権能)

 

 宝具のように魔力を消費し、偉業を再現するものではない。

 ただこういうものだと、理屈を超えて行使される権利。

 眼前の神霊はまさにそれを行使しているのだ。

 

 だが、有り得ないとも思う。

 太陽神、天空神、地母神、雷神、風神、軍神──。

 神霊は千差万別の形を取るにしても方向性というものがある。

 行使できる権利、保有する権能はある程度定まった特性が備わるはずだ。

 

 例えばバルドルならば光明……光を齎す権能だろう。

 しかし彼は明らかに他神の権利を……権能を行使している。

 無差別に、無造作に、代価も消費もなく、である。

 

 そんなことは一神話体系の主神ですらあり得ない。

 

 異常事態を認識した“赤”のランサーに察したか。

 雷霆越しに神が嘯く。

 

「不思議そうな顔だね。なぜ他の神の権利を執行しているのかと。うん、その疑問は尤もだし特に隠す理由も無いので答えよう」

 

 渦巻くスーパーセル(ミョルニル)を前にもはや瀬戸際で命を踏みとどませるため、魔力を回すことしか出来ない“赤”のランサーを尻目に、バルドルは優しく答える。子供に世の理を諭すような、穏やかな口調で。

 

「『愛すべき光の君』──ボクはね。北欧(みんな)に愛されてるのさ。神々にも、大地にも、大河にも、大海にも、植物にも、動物にも、風や冬や銅や狼、文化英雄(ロキ)というただ一つの例外を除き、全て(みんな)に愛されている。だからさ、ちゃんと真摯に頼めばみんな応えてくれるのさ」

 

「────」

 

 その無法ぶりにさしもの“赤”のランサーも絶句した。

 保有する権能を行使しているのではなく、その所有者の力を借りる。

 この一連は単にバルドルのお願い(・・・)森羅万象(みんな)が応えてくれるに過ぎないと言ったのだ。

 

 消耗がないのは当然だろう、これはバルドルの力ではない。

 世界そのものが(・・・・・・・)彼に力を貸しているのだ。

 

 それでは──まるで──。

 

真祖(星の化身)のようだ。とでも思ったかい? 勘違いを晴らしておくとボクはあくまで惑星運動の一環、とりわけ古い『光』という概念の化身だよ。真祖のように事象収納だの、空想具現化だのという星そのものを司る越権行為は行えない」

 

 己はあくまで神霊の領域。

 始原(最古)より発生した概念に在り方(名前)を吹き込まれたものに過ぎないとバルドルは念を押す。

 

「だけどね。たとえ惑星の所有権がなくても領地(・・)ならば融通が利く。北欧神話という世界観、宇宙観においてはそう見せる(・・・・・)ことは出来る。ボクのマスターは勤勉でね。ユグドラシルという世界観を利用した魔術式でトゥリファスという街そのものに根を張り巡らせた」

 

 ──ここは北欧の神秘息づく聖なる土地。

 ──世界樹が聳える城塞都市。

 ──神話の神と幻獣と人々が共和する神聖不可侵。

 

「『建国宣言(リーヴ)()伝承降誕(ユグドラシル)』──本来のボクは持ちえない()がボクに与えた(・・・)宝具。……大聖杯が手元にないからこれでも制限を食ってるけど、此処トゥリファスにおいて、ボクは神話に記されている全知全能を見せることが出来るのさ」

 

「そういう、ことか……!」

 

 彼は惑星を書き換えているのでもなければトゥリファスを書き換えてるわけでもない。そも、此処(・・)北欧神話(・・・・)地球ではない(・・・・・・)

 ……おそらくは視点/視座を操り、認識そのものを叩きつける固有結界の亜種。

 周辺が変わったのではなく“赤”のランサーの認識が書き換えられたのだ。

 

「言ってしまえば視点を変えただけの見せかけさ。例えば他の英霊たちがいつの間にか見えなくなっているが、彼らは今もただ見えないだけでそこにいる。視点が違うだけで今も同じ世界に立っている」

 

 ほら、と指さす先。

 雷霆と曇天の狭間に泡のように『外』の景色を見る。

 そこには“赤”と“黒”のサーヴァントたちが映っている。

 

「とはいえ、見せかけとは言いつつ、認識の書き換えだ。脳や精神どころか魂や惑星をも騙す空想(うそ)のような現実。そうだな、陳腐な言い回しだがアルドルに言わせるところの本当に死ぬ仮想現実世界(VRデスゲーム)といったところか」

 

「…………」

 

 認識を誤魔化しているだけとはいえ、痛みも流血も、実感として認識してしまっている以上、ならばそれは現実と変わらない。

 幻術だ、と強く認識しようが、視点を戻そうと現実逃避しようが意味はない。

 世界の認知すら塗りつぶす仮想は一体現実とどう違おうか。

 

「さて、納得と理解をしてもらったところで、君にはこのまま一方的に死んでもらおう。大英雄カルナの恐ろしさはマスターからよく聞かされてるからね。まかり間違って気合や根性やらで跳ね返されたら堪らない」

 

 その微笑は相も変わらず万象全てを愛していると言わんばかりの穏やかな微笑み、だが紡ぐ言葉は残酷なまでに一方的な処刑宣言。

 憎悪はなく敵愾心はなく、“赤”のランサーに向かって友人に語り掛けるような有様は何処までも気安い。

 

 実に神らしい、人間とは思えないその倫理観。

 味方も敵も、或いは無関心な第三者ですら彼にとっては愛すべき者なのだろう。

 世界に愛される彼は、それ故世界を愛している。

 故に、その生も死も──やはり等しく愛なのだ。

 

「“光あれ(斯くあるべし)”……か」

 

 何処か感慨深く“赤”のランサーは呟いた。

 

「おや、流石の君とて折れたかな?」

 

「いや……そうではない。ただ感心していた。かの魔術師に(・・・・・・)、全てが平等である(愛すべき)はずの貴方にとっても、あの魔術師は例外中の例外だったということに。ただの人間が、神の関心を引いたことにな」

 

「────」

 

 初めて、バルドルの笑みが崩れる。

 驚いたように、思わぬところを突かれた様に止まる。

 

「利用と評したことを訂正しよう。マスター……いや、神の友人(・・・・)か。成程、やはり奴に似ている」

 

 己の肩を叩いて笑った王の貌を思い出す。

 なればこそ(・・・・・)、やはり倒すべきは神に非ず(・・・・)

 

「やはり聖杯を獲るには、お前(・・)を倒さねばならぬらしい。故に──スーリヤよ、今再び、オレに力を。どうやら貴様(・・)を倒すには同じ土台に上がらねば成し得ぬと理解した」

 

「なに──を!?」

 

 瞬間、バルドルの眼前で“赤”のランサーが煌々と燃え上がる。

 一見してただの魔力放出現象。

 だが、間を置かずバルドルは目を見開いて異常事態を悟る。

 

 “赤”のランサーが──英霊たるカルナの霊格が。

 突如として急激に膨張を始める。

 

「此処は惑星(地球)ではないと理解した。ならば、配慮をせず全力を尽くしても問題あるまい。お前が勝つために、神の力を借り受けるというならば、オレもまた、持てる全て(・・・・・)を使って挑むとしよう」

 

 変質していく。

 灰のような白髪は焔を思わせる紅蓮に。

 白皙の肌には太陽を示す眼のような文様が浮かび上がる。

 変調する鎧、変質する大槍。

 

「────マジかよ」

 

 何よりも──渦巻く太陽神(・・・)の如き膨大な神威を感じ取り、思わずバルドルは苦笑し、嘆息し、頭を掻いた。

 

「……ボクの親父殿も割と過保護な方だけどさ。君んところも大概だね」

 

「オレの私情()父の力(・・・)を持ち込むのはオレとて不本意ではあるが、お前と対等に戦うためには是非も無し。出し惜しむことこそ礼を失すると考えたまでだ」

 

 ──伝承に曰く、英霊カルナはその死後、父たる太陽神スーリヤと一体化したのだという。なればこそその力に、矛盾も、驚くべき要素もない。

 ただこの場を惑星の外だと知り、神話の中だと理解し、全力を出すべき相手だと納得した故に本気(・・)を出した。

 

 それだけの話である。

 

「文字通り、死力を尽くすとしよう」

 

 霊基が歪む、想定される出力以上の力に英霊カルナは急速に自壊していく。

 以て三分。その寿命は神の化身となったアルドルよりも短い。

 だが、渦巻く神威は、神秘は、尋常ならざる魔力はバルドルと相違ない。

 

 即ち──太陽神スーリヤの化身がそこに立っていた。

 

「なるほどね。()が警戒していた本命はこれ(・・)か。君にボクが成立した以上、同じことが相手に出来ない、なんて。そんな甘いことを考える奴じゃないもんね、君は。しかしまあ、何というか、かわいそうなくらい世界の敵だね、君」

 

 てっきり宝具を凌げば容易いと思っていたが、成程。

 確かにこれは、自分でなければ対応できまい。

 

 

「なら、ボクも気合を入れて対応するとしよう。命がけとはさて、あの正義の味方君以来か──来なよ、太陽の後継。同じ次代として誇りを競い合うとしようか!」

 

 

「誇るべき我が父の力を行使する以上、もはや呵責なし。行くぞ、神話の語り部。千年を願う大樹の祈りを、この身に賭けて打ち砕かん……!」

 

 

 光と太陽が衝突する、もはや比喩でもなんでもなく。

 ──真なる決戦(ラグナロク)が、始まった。

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