千年樹に栄光を   作:アグナ

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我が夢見る勝利の剣

 神霊のデミ・サーヴァント。

 その可能性を追い始めた時点でアルドルは高い確率で己が死ぬことを確信していた。

 後に亜種聖杯戦争を経て、生存を完全に放棄することとなるが、それ以前より彼はその可能性について考えていた。

 

 アルドルは自殺志願者でも自滅衝動の持ち主でもないが、一族のためならば……運命を覆せるというのであれば命を捧げることに否は無い魔術師だ。

 確実に勝ち切れる──その確信があるならば躊躇なく命を差し出すだろう。

 

 一方でそれはただ自身の死ぬことを認めるというわけではない。

 

 あらゆる可能性、あらゆる結末を想定し、考察し、備える用心深さを持ち合わせるアルドルにとって死ぬことを覚悟したからといって、ただそれを座して待つことはあり得ない。

 死の可能性を知った上で、ではどうするかを考える。

 本当に死ぬしかないのか? では死を引き伸ばす手段はないのか?

 死んだ後に何か残せるものは? 

 助言、知識、手段、記録、自動詠唱による魔術行使──。

 自身が死んだ上でそれでも一族に残せる何か……。

 

 そういった模索の過程で彼は一つの『抜け道』を見付けていた。

 それが『神名接続(セイズマズル)の二重行使』である。

 

 アルドルが発掘、再構築、改良を加えた魔術基盤『神名接続(セイズマズル)』はその名の通り、神々に名を繋げ、その力を代行する祭儀技法。

 物語、伝承、縁……たとえ異聞であろうとも親和性のある神々の有り様に自身または被祭者をなぞり、名を名乗ることによって名が意味する力を獲得する魔術だ。

 

 ならばこそ名を名乗った後に、そこからさらに別の名を纏うことでさらに強力な力を手にする……とその可能性を考えていた。

 とはいえ、話はそう簡単なものではない。

 

 何故ならば──そもそも不可能だからだ。

 『名』は軽んじて扱えるものではない。

 他ならぬ設計者であるからこそアルドルは確信していた。

 

 なんせ神名接続(セイズマズル)は遡れば古代北欧の祭儀。

 巫女(ヴォルヴァ)の儀礼を元型(アーキタイプ)にしたものだ。

 神々への感謝、祈り、宣誓、契約……そういった真摯な祈祷を魔術的に行うもの。ましてや、恐れ多くも神の代行者を名乗り、瞬間的にとはいえその力を行使するのだ。

 

 名を名乗った後に別の名を借りるなど言語道断。

 被祭者の身体が持たないなどと言った以前に、受ける祝福がそのまま呪いとして跳ね返ってくる。神々は真の祈りなればこそ力の借用を許す、そこに不純が混ざれば罰するのは当然であろう。

 この術式は対象を選ばず、単純でいて、強力だからこそ、基本的に応用は不可能だ。使用外の扱いをすれば問答無用に破滅する。

 

 後にアルドルは神々の持つ『別の呼び名』から着想した術式、その存在が持つ複数の可能性(かお)を利用した『異名存在(ケニング・アバター)』など別に応用策を講じたりもするが、原則的に名を重ねて名乗ることは不可能、この制限は絶対だ。

 

 だが──重ねた名と全く同じ名前(・・・・・・)ならば……どうか。

 

 別の神話体系によって変容した名前ではない。

 別の伝承異聞によって改名した名前でもない。

 

 同じ神話体系に語られる同じ存在、同じ名前……纏った名前に繋がる全く同様の存在に繋がる名前……これならば、どうか。

 例えばケルト神話にはクー・フーリン、という英雄がいる。

 クランの猛犬を意味するこの名は、かつて彼がとある番犬を殺傷してしまったことを契機に、番犬の代わりに番犬の主人を守るという宣誓を意味を持つ名であるが、彼にはこの他にセタンタという幼名がある。

 成長に合わせて名前が変わることは歴史的にも世界的にもままあることだが、重要なのはそこではない。

 

 異なる二つの名前──それが全く同様の存在を指すこと。

 その上で本人(・・)が名を変えていること。

 その一点が重要なのだ。

 

 同様の人物に通じる別の名前……それだけでは難しいだろう。

 時期、年代を跨げば異名である。

 成長すれば感覚も感情も考え方も変わる以上、子どもと大人は本人であっても同一人物ではない。故にこれでもきっと術式は通らないだろう。

 

 しかし……名乗るのが、纏った名前の側なら?

 語った存在自身が、もう一度己自身の名を再定義したならどうだ?

 

 無論、普通ならあり得ない、不可能である。

 神名接続(セイズマズル)の機能は『借り名』であって、召喚ではない。

 これはあくまで力の行使、この一点にのみ絞った術式。

 名を名乗ったからと言ってその存在そのものになるわけでもなければ、その神の意志を具現化するわけでもないが──。

 

 此処に──光神(例外)は存在している。

 他ならぬ神自身が、現実に顕現しているのだ。

 

 ──試すことは出来ない。

 単なる『借り名』ならばいざ知らず、アルドルは光神にとって真の意味での神の代行者(アバター)だ。他の存在、他の可能性たちならばいざ知らず、アルドル自身が光神の名を名乗ってしまえばまず間違いなく上書きされる。

 

 幾らアルドルがずば抜けた魔術師とはいえ、神の情報量に耐えきれるはずもなし。どれ程に超人的に映ったとしてもアルドルは生身の人間なのだ。

 神自身が力を抑えたところで意味はない。

 滝の水量では手加減したとて一飲み分のコップに収まるはずもなし。

 かけ離れたスペック差は害意の有る無しに関わらず周りを傷つけるのだ。

 

 だからこそ──行使するならば完全無欠に一発勝負。

 万が一、億が一、兆が一の賭け事に等しい。

 成功しても長くは持たない……そもそも自我が戻る保証はなく、単に纏った名に新たな力を付与することになるだけかもしれない。

 

 正に卓上の空論。

 考慮に能わぬ可能性ではあるが──どうせ死ぬなら最期にもう一つ花火を仕込む。保険にもならない可能性をアルドルは残した。

 

 成功させるカギはアルドル自身が耐える事。

 神の情報量を前に、圧倒的な性能差を前に、ただただ他ならぬ自身の意志で抵抗する事。何の理論も根拠もない、推測を下地にした根性論。

 

 話にならないと魔術師たちなら嘲笑(わらう)だろう。

 不可能に決まっていると凡夫であれば語るだろう。

 

 けれど──彼ら(・・)は往々にして、不可能(それ)を遂げるからこそ、賞賛され、尊敬され、語り継がれていくのだ。

 

 

 

 

「──他ならぬ英雄(オレ)が断言しよう。その魂、もはや現世の魔術師に留まるまい。ユグドミレニアを救わんとする英雄(・・)よ。貴様を倒さねば、聖杯には届かないと確信していた──故に」

 

「約定の刻だ。決着をつけるとしようか──“黒”のアサシンのマスター」

 

 英雄の誕生を寿ぐ荘厳なる声。

 太陽を背負いし遥か先を往く偉大なる先達(えいゆう)は、最新の英雄譚を前に深く頷きながら祝福代わりに大槍を振るう。

 

 鋭い薙ぎ。武人として培われた敵の虚を討つ英雄の武技。

 この距離、この間合いでは達人であっても防御不可能、卓越した魔術師であっても魔術の行使が間に合わないだろう。

 故に試される純粋な地力。即ちは──。

 

「────……ッ!」

 

 英雄(サーヴァント)に対する英雄たる証明である。

 

「……ふ」

 

 大槍が弾かれる。

 居合斬りの要領で抜き放たれる神剣(ティルフィング)

 槍を伝って、手が痺れる感覚にカルナの口元が綻ぶ。

 

 得難い難敵を前に、武人としての心が喜びを抱いたのだ。

 

「……づぁッ! はぁ……はぁ……ハァぁぁ…………ハッ、どうやら、ここ一番で私は幸運を拾ったか……!」

 

 対してアルドルの方にはそんな余分はありはしない。

 賭けには勝った。自我を取り戻した上での神霊霊基適合。

 ある世界線におけるデミ・サーヴァント事例の完全再現。

 

 みごと不可能を果たし、可能性の先に踏み込んだ。

 だが、本能的に理解する。もう(よめい)はない。

 用意した先は使い切り、備えた可能性はゼロ。

 運命力をも含む自分自身の何もかも──その結論こそ現状なのだと。

 

 此処から先は実力勝負。

 魔術でもない、神力でもない。

 己自身(・・・)で英雄を打倒せねばならない──!

 

「……──ふぅぅぅぅぅぅ」

 

 正眼──剣を構える。

 駆け引き、戦術、戦技、奇策──打ち合うことなど端から不可能。

 技量の差は余りにも明確。

 根底は魔術師であるアルドルに最強の英雄(カルナ)は越えられない。

 

 だから競うなら全身全霊、全力で──二度と再現不可能なまでの生涯最高の一撃を叩き出す他ない。

 次善など不要、この一瞬に最良を叩き出すのみ。

 

「……どんな結末であれ、これが貴方との最期の邂逅になるだろう──最後に教えていただけませんか? 何故?」

 

「何のことだ?」

 

「貴方が私に何を見ていたかは分かりかねますが、薄々私の存在に気づいていたのでしょう? 光神であれ、容易く抜いた貴方だ。そもそもこうして私に最後の逆転を与えずに勝ち切る……そういうことも出来たでしょう。それなのに、何故?」

 

 疑問(ことば)はかつてない程に真摯だった。

 黄昏の空に仰ぐ太陽の化身。

 それを奉る巫女のように、アルドルは神の意を問う。

 

 両者の立場、戦況には意味を成さない。

 本当に、本当に、ただ心の底から思う疑問。

 先達に教えを乞う後進の様に、純粋な声。

 

 ああ──と、それに英雄は何て事もないような声で。

 

「お前には我がマスターの安全を保障してもらった。故に、お前を討ち果たす時はお前自身の全力とぶつかると決めていた。ただ、それだけの話だ」

 

「──……そんな、ことで?」

 

「お前は武人ではなく魔術師だ。そんなお前に本来であれば戦士の誓いなど何の意味もないだろう。だが、お前はオレと約定した。命惜しさではない、オレの言葉を信頼し、信用し、認めた。……もう一度、言葉を尽くして礼を言わせてもらおう。あの時、他ならぬオレ自身を信じてくれて感謝する」

 

「────ああ。全く────」

 

 北欧(ふゆ)の空を照らす太陽。

 曇りなき施しの英雄。

 無窮の空を思わせる透徹した精神(こころ)に触れ、思わず吐息を漏らす。

 

 これが、英雄。

 これが、カルナ。

 

 神々の王が認めた──この世界において間違いなく最強のサーヴァント。

 なればこそ──。

 

征くぞ(・・・)──大英雄」

 

来い(・・)──最新の英雄(ユグドミレニア)

 

 逃げも隠れもしない。正真正銘真っ向勝負。

 両者の視線、意識、想い。

 全てが噛み合ったその瞬間に──星の終わりを思わせる桁違いの魔力が爆発した。

 

「──神々の王の慈悲を知れ」

 

 ……元より次がないのは“赤”のランサーも同じだった。

 霊基はボロボロに燃え尽き、残された魔力も刹那で尽きる。

 

 何より鎧を捧げ、槍を抜いた以上、真名解放の有無はもう関係ない。

 これなるは神々の王より賜りし一撃限りの必滅の槍。

 勝利を約定する神槍。

 後などない──最強の一撃。

 

「──インドラよ、刮目しろ」

 

 余波で氷城が消し飛んだ。

 白い雪原が火焔の地獄に飲み込まれた。

 顕現する太陽の暴威。神話をも塗り替える灼熱の威容。

 

 太陽神へと献身した大英雄の一撃はもはや『世界』程度では防げない。

 習合神霊をも屠り、異聞の大樹をも焼き払う究極の一撃。

 最強(・・)としか評せない、宝具。

 

「絶滅とは是──この一刺」

 

 天より地へ。

 振り下ろす槍は試練を与える神が如く厳かに。

 

「灼き尽くせ、『日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)』──ッ!!」

 

 ──いざ挑め。栄光を求める最新の英雄。

 過去(イマ)より現世(ミライ)へ。

 我らが足跡、我らが託した切なる希望(祈り)

 その成果を、此処に示してみせるが良い──。

 

 

 必滅必死──覆してみせよッ!!

 

 

「────────ッ!!!」

 

 ……灰が焦げる。意識が挫ける。

 目の前の光景に脳髄が凍り付く。

 

 不可能だ、勝てるわけがない──。

 絶対死の光景に身体(本能)が先に諦観を泣き叫ぶ。

 

 古来より輝く太陽はあらゆる生命を慈しむ祝福にして、あらゆる生命を気分一つで薙ぎ払う大災厄。隠れれば地表を凍らせ、爆発すれば大地を焦がす生命の天秤を握る終末装置。

 多くの神話体系において太陽が中心に置かれるのは生命としての当然の本能だ。アレに生命は抗えない、抗う様に設定されていない。

 そもそも地球ですら、アレに抵抗なんて出来はしない。

 

 手段がないのだから勝ち目など絶無。

 まかり間違って挑むなど狂気の沙汰。

 

 そんなものは風車に挑んだ騎士以上の愚──。

 

黙れ(・・)

 

 そんな──身体(本能)の悲鳴を光り輝く意志(言葉)が塗りつぶす。

 後退? 退却? 何を馬鹿な(・・・・・)

 是を越えねば勝利は無く、是を超えねば栄光は無い。

 

 ならば道は一つのみ。

 我が全力を以て、太陽を落とす。

 

「──神々(なかまたち)は滅び去り、古き故郷(しんぴ)は露と散り、誰そ彼刻(たそがれどき)大樹(せかい)は沈んだ」

 

 無意識に──言葉を紡ぐ。

 神剣が照らす極光。装填されるは光の神力。

 眼前に迫る太陽を睨みながら、その向こうに理想(ひかり)を視る。

 

「されば紡がれるは人の世界。誰そ彼刻は終わりを告げ、天地狭間に生きる人間()に、確かに次代は託された」

 

 それは祈り。

 それは希望。

 それは訣別。

 

 かつて偉大なる智慧の大神は認めた。

 是より先は人の世界。

 我らの役目は此処で終わり、何もかもは滅び去る。

 人の生きる未来に我らは既に不要(いら)ず、歴史(ものがたり)は次に手渡された。

 

 故に──指し示すは未来への指針。

 過去(イマ)より現世(ミライ)へ。

 我らが足跡、我らが託した切なる希望(祈り)

 私たちが/お前たちが、是より紡ぐ、明日の具現。

 

「さあ──夜明けの時だ。次代に芽吹くその生命(全て)、その誕生を寿ごう」

 

 光の神バルドルの宝具ではない。

 代用した真名──半神の英雄バルデルスの宝具でもない。

 

 これは他でもない自分自身で編み上げる宝具。

 明日を夢見て歩き出し、歩き至った終点。

 運命を覆し、未来を切り開く──私自身の生涯(宝具)

 

明日(ひかり)を見よ──『我が夢見る勝利の剣(ラグナロク・ヴェグタムルエッダ)』!!」

 

 網膜に太陽を返す望郷の眼。

 知を辿り、再現される練成過程、蘇る精霊の奇蹟。

 理論は我が手に。

 何であれ──それが技術(まじゅつ)の延長なれば。

 

 我が(ひとみ)は、全知(・・)足ることを証明する──!

 

「これは──ッ!!」

 

 太陽を阻む極光に大英雄が息を飲む。

 其れを直接見た記憶も記録もこの霊基にはありはしない。

 だが分かる。見る者全てに訴えかけるこの光は紛れもなく──。

 

星の(・・)……聖剣(・・)……!?」

 

 ──彼方で万里を視る花の魔術師が息を呑む。

 ──万華鏡を眺める魔法使いが苦笑する。

 

 あり得ないことなどあり得ない(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 贋作でもなく、されど真作でもない。

 理論を元に新たな過程で編み上げられる正真正銘の新作(・・)

 誰一人として見たことがない宝具(せいけん)が此処に顕現した。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

 吼える吠える──戦士の様に勇者の様に、古の英雄の様にただ叫ぶ。

 これが己が想像しうる最強の証明。

 これが己に出せる最善の答え。

 

 全ての物語(うんめい)の始まりはこの剣に。

 我が憧れを携えて、太陽を超える──!!

 

「……面白い(・・・)ッ!」

 

 

 ──我が父よ赦し給え。

 ──是よりは我が私情、我が意志を以てその力を行使せん。

 ──空前絶後、かの光を打ち破らん!

 

 収束、収束、収束、収束、収束──。

 燃ゆる太陽は猛る力をただ一点に集中する。

 現実(地球)であれば問答無用。

 惑星すらも穿つ限界出力を振り絞る。

 

 でなくば──宿敵(アルジュナ)に比肩する、目の前の英雄を倒せぬと確信したが故に。

 

「ブラフマーも照覧あれ、これがオレの最後の戦いだ! 受けよ! 全身全霊、我が最強の一撃を!!」

 

 星の祈りなぞ何するものぞ。

 この宇宙に太陽に勝る輝きなど無し。

 

 神話を焦がす窮極が星の光を押し返す。

 

「ぐっ──うううううううううう!!!」

 

 足りない──足りない足りない足りない。

 これでは足りない、これでも届かない。

 

 頂点は例外を許さない(・・・・・・・・・・)

 

 最も強いが故の──最強(・・)

 星の聖剣の再現(エクスカリバー)では真の神造兵装(さいきょう)には及ばない。

 

「だっ……たら────ッ!!!」

 

 前を見ろ。顔を上げろ。

 まだだ、まだだ……千年樹(わたし)の夢は終わらせない。

 

 彼を見る、神槍を視る。

 それ(・・)が最強だというのならば──。

 

「私はッ! 全知(後継者)たることを証明する──ッ!!!」

 

 頭蓋が割れるような痛みを覚える──それがどうした。

 脳髄が膨大な情報に溶けていく──それがどうした。

 認識が人ならざる理論を前に砕け散っていく──それがどうした。

 

 眼球(魔眼)の痛みも、灰と化していく魔術回路も、軋みを上げる骨肉も、それがどうしたという──!

 

「私は明日(ひかり)の証明、未来を担う後継者! 栄誉は我が手に! 何人であろうと……我が希望(ユメ)を奪うに能わず──墜ちろ! 大英雄!」

 

 神剣に託された星の奔流の出力が上がる。

 解き明かした神々の秘技。

 発現するは本家本元をも凌ぐ未知の極光。

 

 

 目にする者全て、太陽よりも鮮烈なる輝きで世界を照らす光。

 

 その中で──大英雄は奇蹟(ひかり)を見た。

 

「──────」

 

 相対するは最新の英雄。黄昏色の魔眼が美しい光彩を放つ。

 極彩色の虹色(・・・・・・)

 全知足ることを──英雄(後進)は証明していた。

 

 

 

「フッ──是非もなし。さらばだ──次があればオレが勝つ」

 

 

 

 ──太陽を飲み込む光の奔流。

 斯くて日輪は黄昏に消え去り、英雄譚が輝いた。

 

 

 

………

………………。

 

 

 

 …………終わった。

 戦いは終わった。

 

 刹那の断絶。意識が覚めたその後に、アルドルは呆然と青空を見上げていた。

 二羽の烏が蒼天を円を描く様に飛んでいる。

 気のせいか、何処か呆れた気配を感じた。

 

「………………………………勝った」

 

 虚ろな言葉が口から洩れる。

 確信の無い、自身を疑うようなニュアンス。

 茫洋としながらふと、立ち上がろうと身体に命令し、激痛に固まる。

 

「いっ……づぅ……!」

 

 のたうち回らず済んだのはその余力すら無いから。

 顧みれば自らの身体は生きているのが奇跡のような有様だった。

 

 ……魔眼に世界樹(工房)の影が映せない。

 ……本来駆動する魔術刻印の自動延命が起こらない。

 ……自身の中に微細な魔力すら感じられない。

 

「…………────あー……」

 

 間の抜けた声が漏れる。

 内心で死んだな、と他人事のように呟く。

 命は拾った、しかし──魔術師としての機能は死んでいる。

 

 要するに、満身創痍所か、死に体である。

 自分で思うのもアレだが、何故生きているのだろうか。

 

「参った……な、ぁ…………」

 

 “赤”のランサーは倒した。

 最強は下した。

 これでアルドルが想定する残る最後の障害は例の神父のみ。

 残存する“赤”の英霊たちはまだ居るだろうが、この戦の根幹にかかわる神父を廃することが出来れば後は、真っ当に戦わずとも押しつぶせる。

 

 だからこそ後一戦、最後の敵を下さなければならないのだが──。

 

「さ……すがに……少し、かなり、ちょっと……厳しい、かも……」

 

 苦痛を噛み殺し、指を動かす。

 気持ち的には万力を込めて……それでも動いたのは微細。

 魔術回路ごと神経も逝かれている。

 動くこと自体が奇跡だった。

 

「クソ……頼む、もう少し、もう少しでいい。あと一度だけ……持ってくれ……!」

 

 もう手が届くところまで来たのだ。

 もう終わりが見えるところまで歩いて来たのだ。

 

 安穏とした未来は要らない。都合の良い希望も要らない。

 栄光を……夢を……運命を……手に入れられるなら他は要らない。

 

 だから──動け……念じた刹那に光が宿る。

 

『────』

 

「え──」

 

 風の音に似た誰かの声。

 気づけば、アルドルは暖かな光に護られていた。

 

「これ、は──」

 

 傷が、塞がっていく。

 途切れた神経が縫い留められ、焼け焦げた魔術回路が癒されていく。

 理解しがたい奇蹟。都合の良い現実に呆然とアルドルは息を飲んだ。

 

 訳が分からない。何が起こっている──。

 

 全知を名乗る魔術師は思わず知らないと呟いた。

 そうして。

 

『──がんばって、ね』

 

「────」

 

 幼い子供のような声。

 男とも女とも──そもそも人間にすら聞こえぬ異形の音階。

 それを聞いてアルドルの脳裏に電撃的に閃くものがある。

 

「……愛すべき光の君」

 

 其は星の嬰児、その証明。

 世界に守護されし、理想の君へ──。

 

「──ありがとう」

 

 我知らず、そう呟いた。

 そうしてアルドルは胸の内に意識を向ける。

 ドクン──と奏でられる存在証明。

 

 人格が──魂が──それに引き寄せられていく。

 

「なるほど、上書き、だったな。自分で言っておきながら実感は無かった。もっと永眠するように我が消えるものと思っていたが……」

 

 ……自分に起こる未来をアルドルは知っていたが、それがどういうものかをまだ体験していなかった。

 神の化身、存在の上書き……それは間違いなくアルドルの人格を消し飛ばすだろう。

 だが、その過程はどうやら突然の消滅とは違うらしい。

 

 神霊がアルドルを塗りつぶす──のではない。

 アルドルが神霊に成るのだ。

 

「ありがたい──十分な人生(猶予)だ」

 

 立ち上がる。

 彼ら(・・)のお陰で傷は癒えた。

 だが、損失は補填できない。

 

 魔力は尽きた。魔眼()は視えない。

 工房の力も頼れない。

 

 自分にあるのは光を託した神剣と我が身一つのみ──。

 

「……いや、もう一つあったな」

 

 振り返る。そこに──。

 

「────マスター」

 

 呆れたように、困ったように。

 どんな英雄よりも頼りになる戦友(相棒)がいる。

 

「……律儀だな。令呪はもう無く、この通り、魔力供給も出来ん。つまるところ今の私は君のマスターたる全ての資格を失っているわけだが」

 

「ですね。見事なまでに満身創痍。何があったのかは詳しく聞きませんけど、呆れるほどにボロボロです。英霊の私が言うのもアレですけど消えかけてるように見えますよ、マスター」

 

「む、それを言うなら君も……」

 

「私、燃費がいい(アサシン)ですので。一日二日ぐらい、マスターの力を借りずとも大丈夫ですとも」

 

「知ってる、君の実力は誰よりも。でなくばこの戦いに選んでいないよ」

 

「それは良かったです」

 

 何が良かったのか──それは聞かない。

 聞く必要がない。

 息を整え、顔を上げる。従者はその背に無言で寄り添う。

 

「状況は?」

 

してやられてますね(・・・・・・・・・)

 

 天使が指さす。

 その先には……崩壊した、ミレニア城塞の姿があった。

 

「──……成程」

 

「驚かないんですか?」

 

「驚いているとも。取り乱したいほどに。だが、神父から目を離すという事がどういうことなのかは分かっていたからな」

 

 “赤”のランサーに注力する。

 その選択肢を取ることは、例の神父を一時的にでも自由にさせることになる。

 危険性も、脅威性も十全にわかっていた。

 過程は知らないし分からないが、どうやらあちらも最後の一歩に迫ったようだ。

 

「君が此処にいる、という事は終わっていないのだろう?」

 

「ええ。聖杯戦争は、まだ続いています。今のところは、ですけど」

 

「十分。……ついてきてくれるか?」

 

「今更ですねー──当然です。私は、貴方のサーヴァントなんですから」

 

 魔術師とサーヴァントが駆けだす。

 迷いのない、阿吽の呼吸。

 己が願いを叶えるために、彼の願いを叶えるために。

 

 聖杯大戦最強の二人は、最後の戦場へと走り出した──。

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