千年樹に栄光を   作:アグナ

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聖者の行進 下

 “黒”の陣営とは異なり、“赤”の陣営──シロウ神父こと、天草四郎時貞の陣営において仲間意識というものは希薄だ。

 元々時計塔に属する魔術師としての単なる目的の一致で始まり、シロウ神父に支配が変わってからも利害関係でのみ繋がっている陣営である。

 それ故、彼らは基本的に連携や共闘という姿勢に興味を持たないのだ。

 

 無論、“赤”のライダーと“赤”のアーチャーのような例外は存在しているが、各々が別の目的と理由で聖杯大戦に参加している以上、彼らは陣営(チーム)であると同時に競合相手でもある。そのため“黒”の陣営を討つという目標は一致しているが、同時に虎視眈々と聖杯を獲ろうと画策する面従腹背の関係だ。

 

 だからこそ──期せず働いた最高のタイミングでの連携は、盤石と思われた戦場を一変させるに足りうるのだ。

 

「なんだと!? 彼奴らの城が……!?」

 

 “赤”のライダーが動き出す刹那に、急変する状況。ミレニア城塞の守りを突破したことを最後に全ての力を使い果たしたと思われていた“赤”の陣営の空中城塞が突如として脈動を開始する。

 大気を震わせ鳴動する魔力。ミシミシと不穏な音を奏でる石造りの城塞。

 ただならぬ気配を漂わせる敵の居城に、この地の領主たるヴラド三世の気が取られる。

 

「!」

 

 “赤”のライダーは判断する──踏み込めば獲れると確信する。

 だが、その選択は正解であり不正解だとも直感する。

 

 ……確かに“黒”のランサーは強力だ。

 知名度補正などもある英霊にとって、このルーマニアは“黒”のランサーが最大限の知名度を発揮できる絶好の場所。数千の杭を呼び出し、圧倒するその戦いぶりは並みの英雄では敵うまい。

 されど所詮は神秘なき神代以後に語られる歴史の英雄。

 時代を理由に侮るつもりは毛頭ないが、既に見た通り、ギリシャ神話最速最大級の英雄を相手取るほどの地力を持たないのは明白だ。

 

 少なくとも決闘(タイマン)なら順当に、状況を凝らしても高い勝率が望める相手なのは間違いない。

 であれば……先ず以て狙うべきは容易に落としがたき相手だ。

 複数を相手取る際、数を削ってからという選択もあるが、少なくとも“赤”のライダーにとって単なる数自体は脅威足り得ない。

 

 彼がこれほどの苦戦を強いられるのは、魔術師に弱体化を強いられ、騎馬を引き離された上で“赤”のアーチャーを庇いながら複数の英雄を相手取るという状況そのものに圧倒されていたからだ。

 言ってしまえば、この枷あってこその推移(これまで)

 

 しかし此処に均衡は崩れた。隙は生まれた。

 目下、“赤”のアーチャーを庇う己にとって最も厄介な数の圧し(・・・・)が叶う英雄が止まった以上、残る脅威は二つ。

 一つは強力な防御性能を有する優秀な前衛、そしてもう一つは……。

 

「ハッ──やっぱりこっちに来たか! “赤”のライダー……!」

 

「テメエが一番邪魔で、かつ色んな意味での要だろうからなァ! “黒”のキャスター!!」

 

 接敵、激突。

 凄まじい勢いで突進してきた“赤”のライダーを受け止めた“黒”のキャスターの杖が軋む。聖杯戦争においてアサシンと同じく、本来はさほど脅威と見做されない魔術師の英霊にあるまじき、この戦闘技能(センス)

 目を見張るほどの腕はしかし、その名を聞けば誰もが納得するだろう。

 

 太陽神に由来する半神半人の大英雄。恐らくは──ランサーとして在れば“赤”のライダーと互角以上の戦いを演じたであろう存在。

 アイルランドの光の御子、ケルト神話に名高きクー・フーリン。

 この場においては後衛(ヴラド三世)前衛(ジークフリード)を結ぶ、唯一無二の調整役(バランサー)

 

 純粋に“赤”のライダーの圧倒的な速度を追える最大の脅威にして、最大の弱点。

 

「此処で潰す……!」

 

 “黒”のキャスターを潰せば、後は己の足で事足りる。

 その確信とともに“赤”のライダーは一世一代の勝負に踏み込んだ。

 

「抜かしやがる! やってみろよ小僧!」

 

 残る力を振り絞る凄まじいまでの槍技乱舞。

 これまでの人生で培ってきた手練手管、その全てを余さず放つような猛撃に、されど“黒”のキャスターは対応して見せた。

 原初のルーンによる身体強化があるとはいえ、キャスタークラス。

 少なくとも近接戦闘におけるその性能はランサーの時に比べて劣っているはずだ。

 

 現に力の競り合いでは“赤”のライダーに分があり、手数も速度も圧倒している。にもかかわらず重ねること数合、数十合、数百合──崩れない。

 

「チィ、目じゃなくて経験で追ってやがるのか! しかもご丁寧に引き打ちしやがって! 忌々しい、あのクソ親父の兄弟か何かかよ……!」

 

「誰のことだよ知らねえし、親父ではあるがテメエにそう呼ばれる義理はねえなァ!!」

 

 押し込まれるように後方に引きながら、しかして“赤”のライダーの猛攻を前に致命傷だけを凌いで見せる“黒”のキャスター。

 獰猛な笑みを浮かべながら好戦的な様は余裕そうに見えるが、よくよく見れば彼の眼は“赤”のライダーの槍捌きに追いついていない。

 にも拘らず対応できているのは偏に経験値、それに尽きる。

 槍使いとして培ってきた“赤”のライダーにも勝るとも劣らない膨大な戦闘経験が、敵手の放つ猛攻の未来を探り、先取るのだ。

 

(く……!)

 

 一瞬はやがて一秒に、そして秒針は一つ二つと重なっていく。

 時間はない。ここで決めねば次はない。

 期せず動揺を勝ち取った、攻守を逆転させるに至った。

 既に盤面は詰み筋。掛けられたチェックを払い退けるには此処で必至を解除せねばならない。

 

 ──不意にいつかの情景が思い起こされる。

 

 眼前には国を背にする槍使い。

 ヘラヘラとふざけた態度で軽口を嘯きながら、決して隙を見せない槍捌き。

 如何にも頼りない昼行灯を醸しながら鷹のように鋭き眼光。

 

 ありとあらゆる手段で徹底的に交戦し、大英雄をして決闘に持ち込んでようやく追いついた護国の大偉人。

 

 記憶が問う──お前に捕まえられる(追いつける)のか?

 槍使いとして、奴をついぞ捕まえる(勝ち切る)ことが出来なかったお前に。

 

「上、等ォォォ!!!」

 

 ならば今超えよう──と、嗤う記憶に大英雄は挑戦状を叩きつけた。

 

「オオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 一秒──。

 

 刃先近くに持ち手を選び、短剣の要領で強く捻じ込む。短く構えた効果で余計な他力が加わらず直に力が伝導する運びは距離の優位を取れずとも速度においては十二分。

 脇腹狙いで放たれたそれは力の方向のみを逸らすように差し出された杖の軽打で逸らされる。

 

 二秒──。

 

 捌かれることは想定範囲内。

 槍先から目標が消えたことにしかし“赤”のライダーは狼狽えず、勢いを損なわせぬまま得物を握る手を僅かに脱力させる。短剣を振るうような短い握りから槍本来の長く持って間合いで制圧する短距離武器としての構えへ。

 そしてそのまま得物の末端を脇に抱え、突き放った勢いの方向性を強引に横へとシフトさせる。大気の悲鳴を割いて振るわれる横一文字。

 一気に間合いを制圧する薙ぎ払いは、されど跳躍でもって一蹴される。

 跳ねた敵手は、“赤”のライダーを見下げるように中空へ。

 

 三秒──。

 

 眉間に迫る反撃。中空に跳んだ“黒”のキャスターが突き出すように杖を振り下ろす。頭蓋を叩き割らんとする一撃は神の加護無き生身で受ければ致命傷は不可避、上を取られている以上、回避すれば背中を取られる位置取り。

 ならばと槍に身を隠すようにして力を逃がせるように斜めに構えて受け止める。

 

 四秒──。

 

 強打の衝撃に槍を握る手が痺れる。ズッと力に押されて両足が僅かに後ろへ引く。受けた“赤”のライダーにすかさず繰り出される追撃の二打目。凄まじいまでの体幹制御で受け止められた杖を起点に姿勢を整え、槍越しに“赤”のライダーを捉えた脚撃。

 鞭のようにしなりながら放たれたそれの狙いは間合いを突き放すこと。

 既に“赤”のライダーの目の端には横やりを入れんと迫る“黒”のセイバーの影。あと一秒もすれば動揺した“黒”のランサーも復帰するだろうことを考えれば、此処で距離を離されれば次はない。だからこその一撃。これで終わりだ、という死刑宣告(牽制攻撃)。当たらないことを前提とした──しかしてチェックメイトを前提とした攻守を兼ねた緩手。

 

 五秒──ここだ。

 

「──ッ! らァ!!」

 

「なにッ──!?」

 

 下がらない。踏み留まる。

 牽制打に合わせて繰り出す“赤”のライダーの頭突き。

 真正面から大英雄の脚撃に立ち向かった代償に“赤”のライダーは眉間から軽傷では済まされない出血をし、脳を揺さぶられて気を失いかけるが、舌を噛む激痛で強引に意識を繋ぎ止める。想定済みの痛みで気を手放すほど大英雄の覚悟は甘くない。

 

 一方で頭で受け止めるという選択を想定していなかった“黒”のキャスターは此処にきて初めて虚を突かれたような反応をする。この瞬間に“赤”のライダーの選択は“黒”のキャスターの経験値を上回ったのだ。

 

 距離は離れず、未だ槍の間合い。“黒”のセイバーがあと一歩の間合いに迫り、向こうでは“黒”のランサーが手をかざし、杭の召喚を試みている──。

 その上で──。

 

「──追いついたぞ(・・・・・・)

 

 ──繰り出される三閃の軌跡。

 あらゆる反応を抜き去る最速が遂に賢者を捉え切る。

 

「ガッ──!!」

 

 反射的に攻撃に備えようとした“黒”のキャスターの反応を上回る勢いで一閃した槍が“黒”のキャスターの手元から杖を弾き飛ばし、続く二閃目が視線も寄越さず横合いから迫る“黒”のセイバーの気勢をそぎ落とし、止めの三閃目が“黒”のキャスターの右目を斬り飛ばす。

 

 そして──。

 

「“黒”のキャスター──ッッッ!!!」

 

 地面から伸び始めた杭群を地盤ごと踏み砕き、血を流しながら崩れ落ちてゆく“黒”のキャスター目掛けて渾身の突撃。自分ごと短槍と共に飛び込み、“黒”のキャスターの心臓へ槍を突き立てる。

 

 ──砕かれる霊核。

 完膚なきまでの致命傷。

 此処に──“黒”のキャスターは死んだ。

 

「獲ったぞ……!」

 

「キャスター!!」

 

 歓喜を叫ぶ“赤”のライダーと間に合わなかったことに歯噛みする“黒”のセイバー。

 しかし。

 

「──森の賢者を舐めんじゃねぇッ!!!」

 

 致命傷など笑止千万。

 この程度で死ぬなら英雄になぞなっていないと魔術師が嘲笑う。

 

「なに──がああああああああああ!?」

 

 心臓を破壊され、それでも尚、血反吐を吐きながら“黒”のキャスターが動く。

 体に遺された力を振り絞る様に渾身で“赤”のライダーの両肩を押さえるや否や、突如として地面から巨大な“腕”が生え、“黒”のキャスターごと、“赤”のライダーの全身を握りつぶす。

 

「こいつ、は……!」

 

 万力に締め上げられるように圧迫に抵抗する“赤”のライダーが瞠目する。

 察したであろう若造に賢者は年季の違いを突き付けるようにニヤリと壮絶な笑みを浮かべて嘯く。

 

「──捕えたぜ(・・・・)

 

「!!!」

 

「──我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める社──」

 

「“黒”の、キャスター!!」

 

 宝具、発動──術者ごと敵を握る腕。

 その全容がミシミシと音を立てながら露わになっていく。

 英霊二騎を軽々握りしめる腕の主は巨大な人形だ。細枝で編み込まれたその総身は大木のように太い四肢を持ち、数十メートルを超える巨体は聳える山のようである。

 そして胴体……不自然に空洞が作られた網細工の腹部は開閉式らしく、巨人は空いている片腕でそれを開くと、その中にもう片腕に握る英霊を投げ込んだ。

 

 ──多くの名言と権力者(カイザー)としての名声を欲しいままにした男の遺した文に曰く、『ある者らは、恐ろしく巨大な像を持ち、その編み細工で編み込まれた肢体を人間たちで満たして、それらを燃やして、人々は火炎に取り巻かれて息絶えさせられるのである』という一節に遺されし古代の儀式。

 

 ドルイド教にて在るとされた人身御供。

 それこそが──。

 

「──倒壊するは灼き尽くす炎の檻(ウィッカー・マン)!」

 

 生贄を捕え、大炎上する炎の巨人。

 命の炎を燃やすように、炎の檻が“赤”のライダーの足を引く。

 

「テメエは……!」

 

「悪いな、無効試合だ……!」

 

 全身を炎に炙られる激痛も忘れて叫ぶ“赤”のライダーに“黒”のキャスターは燐光を放ち、消えゆく霊基越しに太々しく笑いかけた。

 そして仲間に遺す言葉も、視線も、何もなくただ一言……。

 

やれ(・・)、セイバーッ!!」

 

「──邪悪なる竜は失墜し、世界は今落陽に至る」

 

 ……応じる声にも惜しみはない。

 間髪入れず、ただ迷いなく発動する魔剣。

 それを聞いて、安心したかのように“黒”のキャスターはフッと笑い、

 

(んじゃ、後は精々上手くやれや。事の仔細はフギンとムニンが伝えるだろうさ──)

 

 最後に内心で己を選定した例の魔術師に檄を送りつつ、炎に巻かれて消滅した。

 

「──幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!!」

 

 ──斯くして戦友に送る手向けのように竜殺しの魔剣が解き放たれる。

 迫る黄昏の光、覆い捉えるは炎の檻。

 逃げも隠れも出来ない詰み王手。

 宝具を発動するには間に合わない。

 

「クソ、クソ! 俺はまだ──!!」

 

 それでも尚、大英雄は手段を探し続ける。

 まだだ、まだだ──己にはまだ、やらねばならぬことが──。

 

 

「ならば汝は生きるがいい──ああ、まだ諦めていない汝の方が聖杯は相応しいだろう」

 

 

 寸前、黄昏に身を躍らせる神風。

 頬を撫でる疾風に大英雄を目を見開き、叫ぶ。

 だが、その絶叫が届くよりも先に──魔剣があらゆる全てを両断した。

 

 

………

………………。

 

 

「キャスター……」

 

 剣を降ろし、残心しながら“黒”のセイバーは呟く。

 “赤”のライダーを討つがため、自らごと焼き尽くして捕える最後の献身。生を惜しむこともなく、仲間に遺す言葉もなく、ただ己が成すべきことを成し、消えていった戦友に内心で静かに偲ぶ。

 

 とはいえ、事態は未だ終わっていない。

 戦友に黙祷を捧げる“黒”のセイバーに間を置かずして“黒”のランサーが言葉を投げる。

 

「“黒”のキャスターの件は無念だが……」

 

「分かっている──あの城だな」

 

 “黒”のランサーに促され、“黒”のセイバーは終わった戦場から視線を移し、次いで上空に浮かぶ敵の空中城塞を見上げた。

 自壊しながらも鳴動して輝く空中城塞。はち切れんばかりに渦巻く膨大な魔力は、敵がどんな選択をしたのかをあまりにも明白に表している。

 

「彼奴等め、よもや自爆とは。己が城ごと我が領地を吹き飛ばそうという算段か……」

 

「……勝てないと見て、拠点を放棄したということだろうか? 例の魔力砲であれば、まだ悲観するほどのことではないと思えるが」

 

「さてな。だが先ほどまで沈黙していたのを見るに敵にもそう余裕が無いということだろう。アレだけの質量を持つ宝具だ。維持に掛かる魔力も少なくなかろう」

 

「成程……」

 

 細かな事情は把握できないが、ともかく敵陣営の首魁は自陣の焼き払いを選択したということは間違いない。その上で、自陣ごと敵陣をも焼き払わんとしている。

 

「魔力砲の威力を見るにアレだけの魔力を撃ち出す炉心を有する城だ。自壊させた時の規模は相当なものになるだろう。よしんば爆発を防いだとしても、今度は城の質量が城塞を襲う」

 

 敵は丁寧にミレニア城塞上空に寄せている。

 あの位置取りでは自爆は勿論のこと、砕けた空中城塞の瓦礫は砲弾となって、ミレニア城塞を襲うだろう。空中で、それも大爆発した余波で飛ばされる瓦礫は砲弾と変わらない。先の砲撃で結界は崩され、守りの要の“黒”のキャスターは消滅した。

 

 よって、ただ良い様に自爆されてた場合、こちらもまたただでは済まない。

 

「……口惜しいが余では火力が足りぬ。セイバー、いけるか?」

 

「魔剣は使える……が、俺の魔剣の威力では──」

 

 幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)は使いまわしに優れた宝具だ。

 威力・連射性・即射性とあらゆる面で隙が無く、正に最優を位置づけるに相応しい切り札であるが、それでも尚、あの巨城の全容を見れば、相殺するには厳しいと判断できる。

 

 爆発それ自体は“黒”のセイバーが防ぎ、二次被害を齎す瓦礫は“黒”のランサーの力で打ち払う。理想はそれだが、しかし……。

 もう一押し……あの自爆を押さえきるにはもう一押しが必要だ。

 

「…………」

 

 必要なものは分かる。

 手段の方も、思い至る手段はある。

 だが……問題は信頼(・・)だ。

 

 果たして彼は、自分を信じてくれるだろうか。

 その猜疑心が、剣士に行動を躊躇わせる。

 

 時間があれば“黒”のランサーに伝え、彼のマスター経由で促すことも出来たのだろうが……。

 

(──いや、違う)

 

 僅かに顔を出した甘えに首を振る。

 ……思えば、例の少女に話せと言われるまで碌に行動を取らなかったのは己も同じだ。彼が問題児であることは誰もが認める事実であろうが、同時に“黒”のセイバー自身、何の瑕疵もなかったかと言えばそれも嘘だろう。

 

 彼には、彼の、自分には自分の。

 それぞれに問題があったからこその不和。

 なればこそ──その責任(ツケ)を此処で支払わねばならない。

 

“マスター……聞こえるか? マスター”

 

 英霊と魔術師(マスター)

 両者を繋ぐ魔力の経路越しに念話を繋げる。

 相手は──“黒”のセイバーの主、ゴルド・ムジーク・ユグドミレニア。

 

“ひ、ひぃい!? な、何事だッ!?”

 

“落ち着け、俺だ。“黒”のセイバーだ”

 

“せ、セイバーだと!? 貴様から連絡してくるなどとは……い、いや、そんなことはどうでもいい! ええい、セイバー! 何をしておるか! “赤”の連中と戦っている最中なのだろうが!!”

 

 念話越しでも“黒”のセイバーが蒼くなったり赤くなったりと主の表情の変化を想像できる程度に動揺しているゴルド。

 とはいえ、流石に言動から察するに状況自体は概ね把握しているらしい。敵の初打で気絶していたはずだが、その辺りは“黒”の魔術師の同胞の誰かが気を利かせたのだろうか。なんであれ、手間は省ける。

 

“すまない。唐突で申し訳ないが頼みがある”

 

“頼み!? 頼みだと!? 英霊である貴様が私に!? い、一体何が起きて”

 

“説明している時間はない。俺に令呪をくれ。今すぐに宝具を使えという令呪を”

 

“な、なん──”

 

“────頼む”

 

“む、むぐ────”

 

 ……言うまでもなく令呪とは英霊を縛る三画限りの制約だ。

 上手く使えば英霊を瞬間的に強化する代物にも窮地を脱する切り札にもなるが、同時にこれは英霊を操る魔術師自身の生命線でもある。

 

 英霊が反骨心を見せれば魔術師はこれに抗う術を持たない。

 だからこその令呪。

 英霊に対する魔術師が持つ三つ限り、唯一の抵抗権なのだ。

 

 アルドルや、或いはフィオレなどであれば必要に迫られれば躊躇い無く切るだろう。相応の信頼関係を英霊と培っている彼らは令呪が無くともお互いを信じている。

 なればこそ勝つために必要であればと絶対命令権を手放すことに躊躇はない。

 

 だが、ゴルドと“黒”のセイバー、彼らはそこまでの関係に至っていない。

 

 先日、少女の手引きでようやくある程度心を打ち明けたものの、信頼関係を構築したとまでは言い切れずお互い不干渉が精々だ。

 果たして、この短いやり取りでマスターが令呪を差し出してくれるか……“黒”のセイバーは正直なところ、信じ切れていない。

 

 それでも……或いは己が責任を口ずさんだ主ならば……。

 

“──ええい! 『令呪を以て我がサーヴァントに命ず! 全力で宝具を発動せよ!』──これで良いのだろ!? 何がどうなっているのか知らんが私に令呪を使わせたからには絶対に勝て!! 良いな!?”

 

「──心得た」

 

 ──全身に満ちていく多大なる魔力の強化。

 それを受け入れながら“黒”のセイバーは苦笑する。

 

 例の少女に笑われるわけだ。

 お互いに色々と口下手が過ぎる。

 

「ランサー!」

 

「皆まで言うな! 任せたぞ……! セイバーよ!」

 

 勝てと言われたからには勝たねばなるまい。

 自分は、英霊は、それを望まれ、此処に召喚されたのだから。

 

 魔剣を構える──眼前には空中城塞。

 崩れていく城の最中に見える魔力の光はまるで竜の顎が喰える咆哮(ブレス)のようだ。並みの英雄、並みの勇者では一掃されかねない暴力の化身。脅威の権化。

 

 恐れはあるかと聞かれればあると答えよう。

 不安はないかと問われればないと答えよう。

 

 怖くない戦場などジークフリートをして一度もなかった。

 生命のやり取りをする場において恐れ無き状況など絶無。

 竜の血を浴び、無敵となった後も、戦慄はゼロにならなかった。

 

 けれどそれは弱みではなく強みだ。

 恐れ無きは驕る。怖れ無きは侮る。

 命の取り合いをするものとして対等と見るからこそ脅威を思う感情は生じる。

 

 故に──。

 

「──往ける」

 

 この状態こそ万全(・・)だ。

 恐れを胸に竜を討ったからこそ──この身は、竜殺しなれば!

 

「──俺は誰かの願いを叶えるのではなく、自分の願いを叶えたかった。欲深で浅ましいと思うが、その想いを捨て切れなかった。一度でいい、自分の意志で誰かを助けて、それを誇りにしたかった」

 

 願望機のように誰かに乞われ、機械のようにそれに応じるだけの人生。

 己が死でさえ、誰かの望みだった。

 自分の意思で何かを願い、自分の意思で何かを成すことは終ぞなかった。

 

「だから──この一撃は俺の望んだことだ。自分の意思で希い、自分の意思で是を認めた」

 

 打ち明けた自らにマスターはただ言った。

 勝てと。聖杯に挑む者として、一族を代表するものとして。

 その責任を果たすべしと。

 

 なればこそ己がやるべきこと成すべきことは明白だ。

 

 ──性格の違いはあれど、周りに流されるままに生きて来た者同士、お互い矜持と責任ぐらいは自らの意思で貫き通してみせようとも。

 

「我が一撃は邪竜を討ち滅ぼし、勝利を齎す黄昏の魔剣──」

 

 大剣に満ちる真エーテル。

 両腕に渾身の力を込め、頭上に掲げる陽光を返す黄昏の光。

 

「撃ち落とす── 幻想大剣・天魔失(バルムン)

 

 宝具発動──その、刹那に。

 

 

 

宙駆ける星の穂先(ディアトレコーン・アステール・ロンケーイ)──!!」

 

 

 

 起死回生を嘲笑う、逆転劇。

 脅威を払う破邪の一撃を大英雄が横殴りにする。

 

「なっ────!?」

 

 世界が止まる。

 自爆寸前の城も、黄昏の魔剣も、傍らに立っていたはずの“黒”のランサーも。

 全てが時間の檻に捕らわれ、硬直する。

 

 その中で、一つだけ、動くものがある。

 

「──ったくよォ、せっかく格好つけたってのに台無しだぜ」

 

 ザッと足音を当てながら歩み寄る人影。

 軽妙な軽口は聞き覚えのあるそのままだが、威勢はない。

 気分が少し落ちているのか、ため息を吐きながら迫る『彼』に今までほどの気迫はない。──その上で。

 

「それに結構アレだな、ちょっとばかし鈍すぎる。あ、いやまぁ? 天然自然の中で育ったってなら情緒もまあそれ相応なのはしょうがないかもしれんが、あそこまで言ったってのに伝わってないってのはどうなんだ? なあ?」

 

「馬鹿な──貴様、何故──!?」

 

 ──“黒”のセイバーと“黒”のランサー。

 彼ら二人には一つの失策があった。

 

 絶え間なく変わる状況下において、“赤”のライダー討伐を優先する。この選択自体には何の問題もない。危機迫る状況において多くの択は取れない。“黒”のキャスターが命を張った以上、何としても“赤”のライダーを討つ、これは正しかった。

 

 その上で脅威が去ったことを認識し、次の脅威に目を向けたのも自然のこと。少なくともそれは戦意を無くし、脅威どころか大英雄の弱点となり得る存在よりは優先してしかるべきことだろう。

 

 とはいえ──優先することと、目を離すことは全く別だ。

 たとえ脅威たり得なかろうと相手は英雄。

 彼らの成す一手は何であれ、鬼手たりうるのだ。

 

 天使の一撃が聖人たちを翻弄したように。

 狩人の本領とは、狩るべき隙を見過たないことにあるのだから。

 

「何であれ、起こっちまったことはしかたねぇ。理由はどうあれ、助けてもらった命だ。無駄遣いをするわけにもいくまい。──姐さんは“赤”の陣営として俺が本気で勝ち切ることを望んでいると感じ取った。なら、その勘違いも真実にしてやるのが、英雄として相応しい格好の付け方ってもんだろ?」

 

 眼前──現れた人影は満身創痍だ。

 “黒”のキャスターとの戦で消耗した体力と魔力。全身を炎に巻かれたせいで焼け焦げた肉体。直撃こそ避けたものの、魔剣によって袈裟切りにされ血を流す様は紛れもなく、致命傷の類。

 消滅寸前。正しくそんな有様だ。

 

 だが、死んでいない。

 鋭く輝く眼光がこれでもかと意思の不屈を訴えている。

 そう──奴もそうなら己もまた大英雄。

 

 この程度(・・・・)で死ぬなら英雄になどと呼ばれていない。

 

「ってなわけで、続きといこうや“黒”のセイバー──悪いが、後一つは持っていく」

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