千年樹に栄光を   作:アグナ

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冬の因縁

 ──時は第二次世界大戦前夜。

 力を持った国同士が互いの尊厳を、権益を、欲望を抱えて激突する混沌の時代を前に、極東は地方都市冬木の街でも、後の魔術社会を大きく変える大規模な儀式が行われていた。

 その戦いの名は『聖杯戦争』。

 七騎の英霊、七人のマスターがそれぞれ争い、殺し合い、最後の勝者には千年を超える錬金術の大家『アインツベルン』が鋳造したという万能の盃……聖杯が与えられるという。

 

 そんな、時計塔の魔術師であれば一笑するだろう噂を聞きつけ、それでも集まった七人は皆が皆、英霊という奇跡を前にその噂が事実であったことを実感していた。

 特に時計塔にてその風評を聞きつけて参戦したダーニックにとっては、大きいものだった。

 

 既にある程度それぞれの陣営が『顔合わせ』を済ませ、戦は中盤を迎えているというのに高揚は未だ収まらず。

 貿易船に偽装したドイツの輸送艦……冬木市港湾区に位置する拠点でワインを傾けながらつくづくに実感する──聖杯はある(・・・・・)。この戦いに勝利することが出来れば、我が一族は間違いなく復興……否、それ以上の地平に立つことが出来ると。

 

「ははぁ……随分と機嫌が良さそうだなマスター」

 

「ランサーか。……偵察は終わったのか?」

 

「ああ、周囲に問題は無し。知っての通り、水には縁があってな。たとえ暗がりに澱んだ下水の中であろうとも、蟲一匹(・・・)たりとも見逃しはしないとも」

 

 不意に艦橋内の艦長室──ダーニックが自らの工房として展開する一室に人影が生じる。

 微塵も気配無く現れたそれは金色の長髪を靡かせた偉丈夫。涼やかな微笑が特徴的な美貌の男──ダーニックが聖杯戦争に際して呼び出した英霊であるランサーだ。

 

「それは重畳──騎士団の団長を務めたお前につまらない雑用を任せて済まなかったな」

 

「いやなに、気にするなマスター。私としてもあの物の怪は見逃しがたい。私も悪性化した妖精など色々と見てきたが、あの邪悪さ……恐らく、既に魂が腐りかけている。アレはサーヴァントである前に英霊として放置できるものではない」

 

 話の話題は先刻の遭遇戦──聖杯戦争において『御三家』と言われる創始者の一角、間桐の魔術師との一幕だ。

 未だ正体不明のアサシンのマスター……アメリカに地盤を持つと予想される人形遣いの姿を追っている際に偶発的に起きた間桐との戦闘。

 戦い自体はお互いに手の内を隠しながら行ったため、戦力の全てを把握できたわけではないものの、魔術師としての才覚はダーニックと同等かそれ以上。

 経験差を考慮すれば圧倒的な格上であった。

 

 撤退こそこうして叶ったものの、何か細工を施されていないとは限らない。そのためランサーを外に出し、周辺を探っていたのだが……今のところは問題ないようだ。

 

「マキリの翁といえば既に百年を超えて生き続ける魔術師。外法によって生きながらえているのは間違いなく、その上、この戦の創始者の一人だ。どんな裏技を仕掛けてくるか読めん……そういった意味では序盤で接敵して手の内を見れたのはこちらにとっては運がよかったな」

 

「確かに。敵の全貌が明らかになっていない以上、まずは多くの情報を集めるのは基本だ。とはいえ、それは兵法における基本。我がマスターは魔術師にも関わらず中々どうして、要点は押さえられているようだ。ふふん、これは当たりを引いたかな?」

 

「なに、魔術師には魔術師の戦がある。特に時計塔などは政一つで一門の未来が容易に変わる戦場だ。私とて……この程度の死地などウンザリするほど経験しているさ。ああ、本当に、ウンザリとするほど、な」

 

「ふふ、それはそれは……少々、侮りが過ぎたか。すまないなマスター」

 

「気にはしていない。それに戦場をよく知るお前の感想だ。邪険にはしない」

 

 自らの軽口を肩を竦めながら詫びるランサーの言葉をダーニックは聞き流す。

 

 ……魔術師である以上、使い魔に侮られれば不快感を覚えるものもいるだろうが、相手は英霊、極限の神秘の具現。

 少なくともその言霊を軽んじることをダーニックは選ばない。

 過剰に侮ることも過剰に恐れることもなく、戦を勝ち残るべく自分と対等な存在として認識して、扱っている。あくまで、道具として、だが。

 

「さて、マスター。次の方針はどうするかね? 或いはその様子を見るにここらで一服、というのであれば私もご相伴に預かりたいものだが」

 

「一服をするつもりはないが……そうだな、丁度いい。方針を話し合う故、お前も少し席に着くがよい」

 

 言いながらダーニックはもう一つグラスを用意すると自らが飲んでいたワインの瓶を傾け、グラスに注いでランサーへと差し出す。

 それをランサーはニヤリと笑いつつ、優雅な仕草で受け取った。

 

「マスター自らとは光栄だな。ならば、せっかくのことだ。一つ、乾杯といこうか」

 

「ふむ、では……そうだな、まずは、緒戦を生き残ったことに──」

 

「うむ、そしてこれからの死闘を前に──」

 

 乾杯──そう言って両者はグラスを掲げると、同時にワインへ口を付けた。

 

「──まずはお前の所感を聞かせてくれ。英霊として、騎士団を率いて戦場を駆けた戦士として、お前はこの戦いをどう見る?」

 

「──そうさな。悪くない、といったところか」

 

「その心は?」

 

「ふむ……──マスターも知っての通り、序盤も序盤、始まったばかりの段階でセイバーとバーサーカーが脱落したのがまず大きいかな。聖杯の知識曰く、優れた英霊なのだろう? セイバーのクラスで召喚される英霊は」

 

「そうだな、セイバーのクラス──お前も含め、いわゆる『三騎士』と呼ばれるセイバー、アーチャー、ランサーの中でもセイバーは最優の英霊が呼ばれると聞いている。そういった意味で突出した英霊なのは違いあるまい」

 

「そう、そしてその英雄が脱落した。……今となっては名前も顔も知らぬままいなくなってしまったのは流石に惜しいが、これからのことを考えれば良い風なのは間違いないだろう」

 

 バーサーカーはともかく聖杯戦争における最優の英霊セイバー脱落──その報が流れた際にはダーニックに限らず、全ての陣営が少なからず動揺したはずだ。

 少なくともダーニックは虚報だと疑ったし、次いで真実だと知った際には喜びより先に呆れた感情を抱いた。

 

 彼か彼女……今となっては名前も顔も知らないセイバーのマスターはかのエーデルフェルト姉妹だ。

 エーデルフェルトはダーニックと同じく北欧に源流を持つ魔術師一門。宝石魔術を伝えるこの一族はルネサンス期より世界中であらゆる争いごとや騒動に首を突っ込み、秘宝や魔術礼装を簒奪することで成り上がってきた一門で、そのことから「地上で最も優美なハイエナ」と称される者たちだ。

 今回の聖杯戦争も、何処からか噂を聞き入れ、介入してきたのだろうが結果は序盤での敗退。しかも原因は姉妹の仲違いであったと聞く。

 

 これにはダーニックをして呆れざるを得なかった。

 

「まさか姉妹喧嘩で勝手に潰し合うとはな。敵ごととはいえ最優の英霊も不憫なことだ」

 

「……ふむ。念のため、改めて確認するが情報に間違いはないのだな?」

 

「少なくとも姉妹が冬木から退いたのは間違いない情報だ。マスターを失った英霊はそう長く顕現できるものではない。状況からして英霊共々、資格を喪失したとみて間違いあるまい」

 

「そうか……まあよい。ともかく七騎のうち二騎が落ち、残るは私を含めて五騎。その上、アーチャーのマスター、ライダーのマスター、そしてアサシンの気配をこちらは掴んでいる。まあ、その分、こちらの情報も抜きとられてはいようが、ある程度戦場を把握しているというのは間違いなくこちらの強みだろう?」

 

「そうだな、外様である我々にとって情報の価値は大きい。それをこの段階でこれだけ揃えられたのは十分なアドバンテージではある、か」

 

 ランサーの言葉に一理を見てダーニックは頷く。

 元々『御三家』が内々で執り行ってきた儀式に参戦した形のダーニックは主催者側に比べ持つ情報に劣った状態からスタートしている。それを此処までに補えたことは大きな戦果であるといえよう。

 

「参考になる──その上でランサー、お前ならどう動く?」

 

「ふむ? そうさな……この上で次の一手を私が打つならば……キャスターを狙う」

 

「何故? 正体の割れている他の英霊たちではなく?」

 

「簡単だ。……キャスターのクラスは陣を敷くことでその本領を発揮する。つまるところは時間が味方をする英霊であろう? アサシンまでをも含め、これだけの英霊と魔術師たちが姿を見せる中、キャスターだけは未だに姿も形も見せずに沈黙している。推測するに、恐らくは──」

 

「水面下で着々と準備を進めている、か」

 

「然り。ならばこそ早期にこれを討つ。時間が味方する類の英霊であるならば尚のこと、強力になる前にこれを討ち果たす……私としてはそんなところであるが、マスターはどうかな?」

 

「──……同意見だ。何より、気になる情報も掴んでいることだしな」

 

「ほう?」

 

 興味深そうにダーニックへと視線を送るランサー。

 ダーニックはグラスを脇に置き、テーブルの隅に置かれていた冬木の地図を手に取るとこれを広げて、指をさす。

 

「此処だ──数刻ほど前、レイター少佐から報告があった。此処に──アインツベルンの拠点がある」

 

「アインツベルン──この戦争の仕掛け人の一人だな。ああ、そういえば此処に至るまで錬金術師は見なかったな。……彼らがそうなのかな?」

 

「と、私も見ていた。……気になる情報というのはそれでな、どうも、キャスターがいないらしい」

 

「ふうむ? いない……とは、つまりどういうことかな?」

 

「言葉の通りだ。どうやら、アインツベルンは何かしらの反則を使っているらしい。全容は把握できていないが、本来は存在しないエクストラクラスの英霊……そういったものを呼び出しているという情報だ」

 

「ははん、流石はあの翁と同じ仕掛け側の人間だな。いやはや戦争に公平も平等もないとは分かっているが、こうもルールをころころ変えられてはやり難いな!」

 

「仕方があるまい。寧ろ遠坂のように真っ当にやり合うという発想が異質なのだ。奴らからすればこちらは横取りする側だ。少なくとも『御三家』以外に渡らぬよう何としてもの策を構築するのは当然のことだろう。多少の不利には目を瞑るさ」

 

 愚痴りながらに肩を竦めるランサーの言葉をダーニックは諫める。

 元々、無茶振りを重ねて介入している戦いだ。

 全力こそ傾けているが、万全の状態で事に臨めるなど初めからダーニックは楽観していない。イレギュラー含め、一挙手一投足が命取りになることを承知している。

 

 ……だからこそ、踏み込むことにも躊躇いがない。

 失敗すれば命はないのは、負ければ先がないのは同じこと。

 後がないからこそ、ダーニックは聖杯を望んでいるのだから。

 

 よって。

 

「──ランサーのいう通り、ルールは奴らの手の内にある。ならばこそ、連中のジョーカー。話に聞くエクストラクラスがその本領を発揮するよりも早く、奴らを叩く。ついてはランサー、お前には敵の英霊を……──」

 

 

 

 

「夢──……? ……いかんな。戦いの最中だというのに」

 

 眩暈のような記憶(幻覚)を振り払うように、ダーニックは首を振る。

 眼前にはいつか夢見た万能の願望機、聖杯。

 

 第三次聖杯大戦にて冬木の地より簒奪し、ミレニア城塞に持ち込んだアインツベルンの傑作礼装。

 数十年前より続く、ダーニックの野望の果てが沈黙している。

 

「……思えば、遠くまで来たものだ」

 

 息を吐き、思い返す。

 己が生きて来た、これまでの足跡を。

 

 野心を抱いて時計塔に乗り込んだあの日。

 あらゆる手練手管で上へ上へと昇る日々。

 若かりし日、己がユグドミレニアを拡げるのだと邁進する時間。

 

 疑ったことなどなかった。

 一族の未来を、これからの繁栄を。

 

 そして──それが叶わぬと知れた絶望と怒りと嘆きを。

 

 春の日は終わり、始まった冬の時代。

 背負い、抱え、踏みしめて食いしばり……未来を切り開こうと進む日々。

 閉じた未来を取り戻すため、無心に歩き続けた。

 

 年を重ね、時間を重ね、最後の一歩が見えるところまで辿り着いた。

 

「…………あと一歩、か」

 

 あと一歩、あと一歩で何もかもは終わる。

 あの日から始まった絶望も怒りも嘆きも何もかも。

 ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアの抱く野心の原動力たる何もかもが終わるのだ。一族を照らす栄光と輝かしい未来が訪れ、己の望む大団円が待っている。

 

「…………」

 

 大団円。そう、大団円だろう。

 “赤”の陣営という時計塔の代行者。

 これを真正面から完膚なきまでに叩きのめし、“黒”の陣営(ユグドミレニア)の優勢をこれ以上ないほどに証明した上で、聖杯によって一族の有名と繁栄は永久に約束されるのだ。これを大団円と言わず、何という。

 

 これがダーニックの望んだこと。この未来がダーニックの結末だ。

 これ以上、一体何を望むというのだろうか。

 

「────」

 

 不意に右腕に目を落とす。

 ……魔術刻印。魔術師一族が後世に託す後継の証明。

 未来への祈りであり絶望。既にダーニックからは失われた証の痕を見下ろす。

 

 刻印が生み出す不快感も異物感ももうそこにはない。

 それは既に託された、既に任せられた。

 であれば尚のこと、後顧の憂いなどあるはずが無いのに。

 

「──或いは、お前(・・)がもう少し早く、この世に顕れていたのならば……」

 

 意図せず自ら握りつぶしたあり得ない未来を妄想する。

 

 ──フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアを

 ──ゴルド・ムジーク・ユグドミレニアを

 ──セレニケ・アイスコル・ユグドミレニアを

 ──ロシェ・フレイン・ユグドミレニアを

 ──カウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニアを。

 

 そして──ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアを。

 

 彼らを率い、従わせ、白の外套を纏って立つ後継者。

 その辣腕を余さず発揮し、瞬く間に“赤”の陣営を駆逐し、“最強”を証明する魔術師の姿。聖杯を手にし、一族を広げていく青年の姿。

 

 ……もしも、もしもアレが初めから全力で才能()を広げていたならば、一体どこまで飛んでいけたのかと、絶対に()い未来を幻視する。

 

「……ふ、何だ。結局、人の人生に満足など無かったか。これほど長く生き、これほど自らの願いに迫りながら、未だ私は満足には程遠いらしい」

 

 泣き言のような未練を思い、嘲笑う。

 此処まで来ても変わらない。

 ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアとはとことん、救いがたい男らしい。

 

 だが、無いものねだりはそこまでだ。

 賽はとっくに投げられてしまった。

 これは自ら始めた物語(人生)だ──ならばこそ。

 

 ──城塞が揺れる。

 

 外から生じた激震が城の外郭を破壊し、その衝撃が聖杯を安置する此処、ダーニックの下まで伝わってくる。

 追い詰められた敵が勝負に出るなど予想できたこと。アルドルが一時離脱した以上、その穴を突くべく、渾身の一撃が振るわれるであろうことなど想定内だ。

 故に──最後の門はなんとしても割らせない。

 私が成すべきことは後継に、この道を繋ぐことなのだから。

 

「──これは私が望んだことだ。お前がそうあることを肯定したように。私もまたこうあることを貫き通そう。そうだろう? アルドル──」

 

 聖杯へと通じる長い長い暗闇の回廊。

 その向こうから誰かが向かってくる気配がある。

 

 逃げも隠れも潜みもせず。

 真正面から向かってくる、人の気配。

 聖杯を望む、敵の首魁。

 

 ──名は知っている。

 ──姿は知っている。

 

 ダーニックと同じく──無様にも生き足掻いた男をダーニックは知っている。

 

 

………

………………。

 

 

 走る走る走る──。

 息を切らして一直線にただ走る。

 

 自爆に乗じて空中城塞から飛び降りた彼は、砕け落ちた敵の城塞を脇目も向けずにただ走り抜ける。

 敵の襲撃も妨害も、考慮に能わず。

 敵への追撃も止めも、考慮に能わず。

 

 行く先も目的も最初から決まっている。

 故に一直線、ただ走る。

 そうして此処まで来たのだから。

 

 

 無我夢中の中、旧き記憶が再生される──。

 

 

『貴方は調停者(ルーラー)、天草四郎時貞に相違ありませんか。私は──』

 

 ……無念を抱き、人類救済を夢見て死んだ四郎が目覚めたのは冬の森だった。

 人界を寄せ付けぬ神秘に途絶した絶界の孤城。

 そこにいる白い女との出会いが第二の生の始まりだった。

 

 人工生命(ホムンクルス)──それも生前に知るそれに比べれば圧倒的な完成度を誇る生命体。──森宗意軒が鋳造するそれなどとは比べ物にならない、完璧無垢。

 それが、四郎のマスターだった。

 

『私たちの目的は聖杯──第三魔法『天の杯』を再びこの世に顕現させること。私はそのために作られ、貴方を呼びました』

 

 完璧であるが故──彼女に個人としての感情の起伏は薄かった。アインツベルンという魔術一族の総体が一……そのためにあらゆる反応は機械のよう。

 目的を入力された演算機のように壊れるまで歩むような在り方だった。

 

 ……比喩ではなく実際、彼女はそういうものでもある。

 聖杯の裏事情、マスターにして聖杯の器として、英霊の魂を受け入れ正しく聖杯を機能させるためのパーツとして作られた彼女は、勝敗に関わらず、初めからその人格はかき消される運命にあった。

 端的に言えば生贄だ。

 聖杯が顕現することとは即ち、彼女の死である。

 

 だから……一度だけ問うたことがあった。

 意味のないことだと分かりつつ聞いた、怖くないのか、と。

 それに彼女は……。

 

『何故? 私が作られた目的は初めから聖杯がため。目的通り器として機能することに何故恐れを感じるという話に至るのでしょうか?』

 

 解答は予想された通りのもの。

 献身的なわけでも、諦観しているわけでもなく。

 解答は初めから定められた通りに出力された。

 

 まさに完璧だ。余分を排し、目的のために生ける生命。

 これが完成しきった人工生命(ホムンクルス)というもの。

 

 ……余分な憐憫で無意味な質問をしたことを四郎は詫びた。

 彼女たちに余計な同情は不要だ。

 寧ろ、失礼に値すると言えよう。

 

 ──だから。

 

『──けれど、ありがとうございます。私のこと、心配してくださったのですね。その感情は知識で知っていても経験はしてきませんでしたが……誰かに想われるとは、胸が暖かくなるものなのですね──』

 

『────』

 

 予想していなかったその感謝は、完全に不意打ちだった。

 彼女──感情が薄くても、無いわけではない。

 作られた彼女にも希薄であっても個我はある。

 

 ──その上で、彼女は使命に従順なのだ。

 

 恐れることも無く、惜しむことも無く。

 魔術師として、人工生命として、与えられたオーダーを完遂する。

 それこそに喜びを覚える。それはなんて──。

 

『──勝ちましょう。必ず、聖杯を我らが手に──』

 

 始まりの誓いともう一つ、一人のサーヴァントとして彼女を守ると約束した。

 

 

「──っく、ハッ──ハッ──ハッ──!」

 

 呼吸が乱れる。息が切れる。

 ……私は負けた。

 生前も、そして生後も。

 臨んで挑んで戦って──ただ負け続けた。

 

 奇跡の子など嘘偽りだ。

 いつもいつも私の両手は誰かを取りこぼしてきた。

 

 民も、友も、主も──大切なものは皆すべて。

 

 それでも涙を拭って何度でも立ち上がり、何度でも歩き出すのだ。

 でなければ彼らの犠牲は、彼女らの犠牲は無意味になる。

 何のために失ってきたのか、何のために取りこぼしてきたのか。

 

 この、傷だらけの身体は何のために此処まで来たのか。

 

 損失に報いるだけの報酬を。

 代価にしてきた者たちが納得できる結末を。

 

「もう二度と……誰も、悲しむ者が出ない、世界を──!」

 

 そうして──聖者は辿り着いた。

 

 ミレニア城塞中枢。彼女が、アインツベルンが夢見た奇跡の顕現。

 己が此処まで焦がれ、追い求めてきた救済の杯──。

 

「大聖杯──」

 

「──因果は巡るものだな」

 

「!」

 

 見上げる大聖杯。

 思わず一歩と踏み出そうとした悲願の願いを阻むように冷徹な声が四郎の足を縫い留めた。聳え立つ巨大な願望機を前に、コツコツと足音を奏でながら人影が姿を見せる。

 

「かつて私はユグドミレニアの再興を願って聖杯戦争に参加し、アインツベルンの悲願を奪い取った。そんな私の前に最後に顕れるのがそのアインツベルンの英霊とはな。運命、というものは存外馬鹿に出来たものではないな」

 

「……──私の国には因果応報という言葉があります。始まりの因縁は巡り巡って結末に繋がるという言葉です。聖杯という人類の夢を奪った貴方は、それ故、奪われる結末にあった。勧善懲悪、悪しきを行ったものに相応しい末路ですよ」

 

「ほう──私を悪だと断ずるか。聖人君子(サーヴァント)

 

「ええ──それは個人の欲望で取り扱って良いものではない。万人のため、世界のために使われるべき願いの集合だ。下らない虚栄心のために消費されていいものではないのですよ。魔術師(メイガス)

 

 懐から黒鍵を取り出し、構える天草四郎時貞。

 眼前に相対する魔術師──懐かしき宿敵を睨みつけながら吐き捨てるように言う。

 

 

「そこを退け千年樹(ユグドミレニア)。過去を夢見る死にぞこない」

 

「貴様には言われたくないものだな。夢物語を信じる忌々しい亡霊め」

 

 

 時代は流れる。因果は巡る。

 冬の戦より幾星霜、譲れぬ願いを胸に秘め、聖杯が見守る中、始まりの両人はかつて逃した決着を付けるべく、対峙する──。

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