千年樹に栄光を   作:アグナ

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死を越えた先に何があるのか。

ある者は天国だと言い、

ある者は地獄だという。

ある者は救いだと言い、

ある者は虚無だという。

だが、多種多様な意見の中に、

続きがあるという意見がある。

輪廻転生。其は終わりなき徒刑である。


未熟者の懸念/されど盟主は駒を取る

 カウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。

 今回の聖杯大戦に参戦した“黒”のアーチャーがマスター、フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアの実の弟であり、彼女と同じく“黒”のサーヴァント、バーサーカーのマスターを務める魔術師である。

 

 通常、魔術は一子相伝。神秘は秘されることに意味があるという点から魔術師の家はたとえ父母姉弟の家族であっても原則的に祖から続く魔術を受け継ぐ者以外に魔術を伝えることは無い。

 だが、彼ら姉弟……フィオレとカウレスは例外だった。

 フィオレとカウレスが生まれた時点において既にフォルヴェッジ家は衰退しかかっていたため一人でも多くの魔術師を残したかったというのが一つ、次いで魔術回路の変異の影響で足に不安を持ったまま生まれたフィオレのもしも(・・・)を考えたというのが一つ。

 その理由の二つで以てして、彼は魔術師としての薫陶を受けた。

 つまりは優れた姉の予備。それがカウレスの魔術師としての立ち位置だった。

 

 とはいえ、一族の命運を背負うなどという責任ある立場でもなく、また魔術師として生を全うしなくてはならない程の根源到達(使命)を与えられたわけでもない。ただ優れた長子の予備という立ち位置。

 実のところ、カウレスはそれを気に入っていた。

 科学では起こり得ない現象をその手で起こす魔術は好きだが、魔術師として目的のために時に手段を選ばず、情を捨てて魔術を探求するといった魔術師としての生き方は率直に言って御免だったから。

 そこまで人を捨てられるほどカウレスは魔術に狂っていなかった。

 

 ゆえに正直な話、そもそもこの聖杯大戦に参加する事だってカウレスの望むところではなかった。

 たまさか令呪が自身の右手に宿らなければ、他のマスター候補者に睨まれながら三流魔術師の自分がフィオレらに加わり、ユグドミレニアを代表とするマスターとして名乗りを上げることにはならなかっただろう。

 

「……はぁ」

 

 そこまで考えて、ため息を一つ。

 ああ憂鬱だと呟きながらカウレスはPCことパーソナルコンピューター……近年、科学世界で生み出された最新鋭の演算装置に映された画面をスクロールする。

 

 魔術師はその生きざま故こういった科学の産物を忌避する傾向にある。

 自身が神秘を司り、超常をその手で起こすがために、科学という神秘を繰らない人間の技術に頼った手段を軽視し、見下してさえいるからである。

 事実、生粋の魔術師であるダーニックもそうだし、一族の大半もそうだ。

 実の姉すら眉を顰めるほどなのだから、寧ろカウレスのように──科学であろうと便利だから使うという考えの方が魔術師として異端と言えるだろう。

 

 なのでそういった意味でもカウレスは、自分は三流魔術師なのだろうと考えている。

 魔術師としての矜持など、己は持ち合わせていないのだから、と。

 

 しかし、だとすると自室にあるこのPCの初期設定を手伝ってくれたアルドルも──中々に異端なのだと言えるのかもしれない。

 彼を指して三流魔術師とは決して言えないが、それはそれとして、慣れないPCの設定に孤軍奮闘するカウレスを見かねてか、カウレスが驚くほどの速度でインターネット回線を引き、PCの初期設定を済ませ、さらには利便性の高いアプリケーションソフトウェアまでインストールして颯爽と立ち去った兄のような人を思い出し、カウレスはふと素朴な疑問を抱いた。

 

「そういえば、なんで義兄さんはPCに詳しかったんだろう?」

 

 まだ科学の世界においてもPC(これ)は最新鋭の代物だ。世間一般の人間は勿論、科学分野の人間ですら専門家を除けば、十全に使いこなすとまでは至っていない複雑かつ利便性の高いものである。

 あの時はあんまりにも見事な手際で疑問を挟ませる余地など無かったが、よくよく考えてみればダーニックに比するほどの生粋の魔術師とも言える人間がカウレス以上にPCを活用してみせたのは異端というか異質だ。

 思えば義兄(アルドル)のその自室は、難しい魔術本や神話の論文が揃えられたまさに書斎といった様で、PC含む科学的な品は一つも置いていないというのに。

 

「……まあ、でも義兄さんだからなぁ」

 

 何となく義兄が纏う雰囲気──何でも使いこなすし、やってみせる。

 そんな様を思い出し、カウレスは一人納得する。

 

 ……取り留めもない思考をするカウレスであったが、それで現実を忘れられるほど彼は楽観的な性格をしていない。

 どちらかと言えば後ろ向きの性格とも言える彼が能天気になれるはずもなく、現実逃避で逸らしていた現実……PC画面に投影される件の義兄から渡された資料──“黒”のバーサーカーのデータを閲覧する。

 

「アーサー王に仕えた最高の騎士、ランスロット……そりゃあ義兄さんが自分のサーヴァントにしたほどだし、強いんだろうとは思ってたけど」

 

 曰く、“黒”のバーサーカーはその性能から主であっても能力値を把握しかねるだろうと渡されたデータを眺めれば、なるほどその措置も頷けるとカウレスが納得するほどのものだった。

 

 宝具『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)

 

 友がため、己が正体を隠して馬上試合に勝利したというランスロットが伝説に記された逸話を基にした宝具。

 黒甲冑に靄がかった姿はこれが原因であり、またこれによりランスロットは己がステータスを隠蔽することが可能となる。

 

 ……聖杯大戦においてマスターは簡単なサーヴァントのステータスを看破する能力を聖杯より付与される。

 見方は魔術師によってオーラとして見えたり、数値として見えたりと個々人によって異なるが、概ね魔術師はサーヴァントの基礎能力や特性(スキル)といった能力値(ステータス)を閲覧する技能がマスターの能力として聖杯より授けられる。

 

 そんな戦いにおいて“黒”のバーサーカーの能力値(ステータス)を隠蔽する能力というのは敵マスターたちに情報が伏せられるという意味で一定の利になると言えるだろう。

 

 とはいえメリットだけが存在するわけではない。隠蔽能力というメリットは代わりに常時宝具が発動しているようなものである分、魔力の消費は激しくなるというデメリットもある。

 まして彼はただでさえ、マスターへの魔力要求が大きいバーサーカーのクラスで召喚されたサーヴァントである。

 もしもこれが通常の聖杯戦争であれば三流魔術師に過ぎないカウレスの魔力量では一分と持たず、バーサーカーの現界維持を出来ずに自滅することになったであろう。

 

 しかし今回の聖杯大戦においてユグドミレニアにはゴルドの築き上げたシステム……ホムンクルスによる魔力の代替供給という反則的なシステムがある。

 これがあるお陰でカウレスは分不相応にも一級品のサーヴァントを“黒”のバーサーカーとして操ることが出来ているのだ。

 

「でもそれにしたって、強すぎるだろ……」

 

 サーヴァントとはいえ所詮は暴れることしか脳のない狂戦士(バーサーカー)

 恐らくはダーニックやそのサーヴァントであるヴラド三世ですら狂戦士というクラスに大した期待を寄せていなかっただろうその存在はカウレスから見て異常だった。

 

 まず先に挙げた隠蔽能力もそうだが、基礎的な能力値が高すぎる。恐らくは元々高かったステータスに狂戦士クラスの特権、ステータスの底上げが付与されたためだろう。全てのステータスが殆ど最高ランクのAを叩き出してる上、敏捷に至ってはA+と並のサーヴァントならば一瞬で振り切るだろう規格外の数値となっている。

 それに加えてスキルも反則的だった。

 特にこの『無窮の武練』と呼ばれるスキル。これは使い手の正気狂気を問わずして十全な戦闘能力を発揮できるというものであるらしい。だとすれば狂戦士として呼ばれた“黒”のバーサーカーは生前の、最高の騎士とまで呼ばれた騎士としての技量を狂気のままに再現できるということになる。

 

 これでは狂戦士クラスのデメリットの一つである狂気のまま暴れるしかないというデメリットが意味を成さない。

 ……安直な感想だが、最強。下手をしなくても並の三騎士クラスであれば簡単に倒してしまえるほどのスペックがそこにはあった。

 

「こりゃあ、義兄さんが薦めるわけだ」

 

 そして、それこそカウレスが先まで半ば現実逃避じみた思考をしていた原因でもある。これだけのサーヴァントを自分に託してきたというアルドルの期待こそ、カウレスの憂鬱の種であった。

 

 “黒”のバーサーカー、もといランスロットは紛れもなく一級品のサーヴァントだ。マスターとして半ば使い捨て扱いのバーサーカーを当てがわれた時は当主たるダーニックの期待値の低さにホッとしたが、義兄の方はどうも無責任なままでいさせてはくれないらしい。

 これだけのサーヴァントを持たされては何もできずに敗退、などという無様は決して晒すことは出来ない。

 

「と言っても、俺じゃあ何もできないんだけど……」

 

 言葉を交わして戦術を練ろうにも相手は狂戦士。コミュニケーションなどまず不可能であるし、戦闘において技量が狂気の影響に及ぼされないにしても狂気の性質自体はそのままである。

 さらに加えて三流魔術師であるカウレスがこの狂戦士に何か加護なり援護なりが出来るはずもなく……基本的には狂戦士として暴れさせ、行くか進むか撤退の判断を行う、ぐらいしかカウレスにできることは無かった。

 

「ま、らしいっちゃらしいのかな」

 

 はぁと再びため息。せめて自分のサーヴァントに働きかけ(アクション)が取れなくても、これから接敵するだろう“赤”の魔術師なり、サーヴァントなりに何かできればマスターとして活躍できるのだろうが、生憎と時計塔が選んだ一流魔術師やサーヴァント相手に何ができるわけもない。

 

 これだけのサーヴァントを宛てがわれながら自分自身は何もできない──そんな期待に対する後ろめたさのようなものがカウレスを憂鬱にしていた。

 或いはそんなカウレスだからこそ、敢えてただただ強いサーヴァントを宛てがい、何もしなくても勝てるようにしたとも考えられるが……。

 

「まあ、それならそれで安心……は出来るけど」

 

 とはいえカウレスに義兄の真意など読めるはずもなく、全ては推論に過ぎない。単純にスペックが高いから駒の一つとして適当に空いてる枠に当てただけかもしれないし、或いは本当にカウレスに期待して割り当てたとも考えられる。

 ダーニックと同じかそれ以上にユグドミレニアという一族のために立ち回る青年を思い描き、再三のため息。

 

「……一族のため、根源のため、勝利のため、か。……俺はそこまで真剣にはなれないよ義兄さん」

 

 やはりそういった意味でも己は三流なのだろうとカレウスは思う。

 一時期は姉のように、その背中に憧れたこともあったが、知れば知るほど義兄は凡人にとって毒なのだ。

 

 常に全力で物事に取り組み、何事にも真剣で、常に努力をし続け、様々な事柄を考え抜いて、最善を選び取る──。

 

 それはある意味で最善かつ最良の立ち振る舞い。

 優秀な人間になるための模範とも言える生き様だろう。

 

 だが、それは万人が万人に真似できるような生き方ではない。

 特に自分のような大多数……平凡な人々にとってはあまりにも理想的であまりにも難しい生き方だ。

 常に全力なんて出せないし、何事にも真剣になれるほど真面目には生きられない。努力は苦しく、思考は辛く、故に最善を見極められない。否、それが最善なのだと分かっていても、それに踏み出せるだけの意志も気力もない。

 

 強者の生き方。生まれつき出来る人(・・・・)の特権。

 その結論に至ったからこそ、カウレスは彼に憧れるのを止めた。

 ああいうのは姉のような天才にしか真似できない生き方だろうと。

 

「……いや」

 

 ……もしかしたら姉にも難しいのではないだろうか? 

 カウレスはふと、姉にまつわる過去を思い出した。

 姉には一つの脆さがある。

 自分しか知らない姉の脆さとしか言えない思い出がある。

 

 もしかしたらその脆さにとって義兄の強さは毒となりうるのではないか……そんな胸騒ぎにも似た感情を抱いた時だった。

 

「──カウレス、居るか」

 

「あ……」

 

 コンコンコンと三度のノック。

 同時に己の名を呼ぶ声。

 まるで幾たびの嵐にも倒れなかった老木のような堅く、それでいて強い声。

 

 噂は人の影を呼ぶというが、それは思考であっても同じことらしい。

 件の義兄の、聞き馴染みのある声だった。

 

「カウレス?」

 

「あ、っと……すぐに開けます!」

 

 ぼうっとしていると二度目の呼びかけ。

 それにハッとしてカウレスは立ち上がり、自室の扉を開ける。

 開け放った扉の先、廊下に佇むのは一族間で統一された白い礼服の上から白い外套を纏い、右目に片眼鏡(モノクル)を付けた青年……見慣れた義兄アルドルである。

 

「……取り込み中だったか?」

 

「い、いや、ただ義兄さんから貰った資料を眺めてただけですから」

 

「そうか」

 

 そういってアルドルはカウレスの背後……より正確にはPC画面に投影された“黒”のバーサーカーのデータへと目を向け、次いでカウレスの方に目線を戻した。

 

「“黒”のバーサーカーは上手く使えそうか? 私に用意できる出来る限りの者として相応の逸材を選んだと自負しているが……」

 

 アルドルの何気ない言葉にカウレスはう、と息を詰まらせた。

 何せ丁度、先ほどまで考えてた話題だ。

 本音を隠しても見抜かれかねないのでカウレスは気まずそうに本音を口にする。

 

「……使いこなせるかは俺にはちょっと。サーヴァントの方は義兄さんの言う通り逸材ですけど俺の方は義兄さんの知っての通りですし、分不相応かなって思っています」

 

「そうか。確かに狂戦士クラスは使いにくいからな。此度の聖杯大戦が集団戦であることを加味すれば、狂戦士の持つ役割も難しいとも言える」

 

 ふむ、と言いながら納得するアルドル。

 カウレスとしては、そういう意味での言葉ではなかったのだが、義兄の言葉に口を挟む度胸は無いので特に反論はしない。

 

「……ならばやはり丁度良い、か」

 

 が、続けて口にした言葉はカウレスに疑問を抱かせた。

 

「え? 何が丁度いいんです?」

 

 思わず問い返す。

 それにアルドルは一つ頷きをして。

 

「何、簡単な話だ。いきなり“黒”のバーサーカーに集団戦は難しいからな。まずは通常の聖杯戦争らしく戦ってみれば良いという話だ。カウレス、お前の初陣にも丁度良いだろう──“赤”のサーヴァントとの前哨戦、その先陣を“黒”のバーサーカーのマスターであるお前に任せたい」

 

 カウレスが胸の内に抱く不安、心配。

 そんなカウレスの内面を置いて、義兄(アルドル)はあっさりと、またしても分不相応とも言える期待を口にした。

 

 そう──既に開戦の号砲は鳴っている。

 もはや後戻りは出来ず、あるのはただ勝つか負けるか二つに一つの結末のみ。

 未熟者の覚悟も決意も待つことなく、聖杯大戦は次なる展開を迎える──。

 

 

 

 ──『未熟者の心配』

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 ユグドミレニアが遂に四騎のサーヴァントを召喚し、七騎全ての英霊を揃えてから既に一日。

 二度目の夜を迎えるミレニア城塞の私室でダーニックは一人、チェス盤に向き合いながら思考に没頭していた。考えることは無論、ただ一つ。此度の聖杯大戦についてである。

 

“既にこちらが全騎揃えたように“赤”の陣営……協会側も七騎全てのサーヴァントを呼び出し終えたころだろう。動きがあるならばやはり今晩か”

 

 未だ会敵しない“赤”の陣営……実のところダーニックはその政治手腕で培った膨大な情報網を以てして敵マスターについては既に把握していた。

 

 『銀蜥蜴』ロットウェル・ベルジンスキー。

 『疾風車輪』ジーン・ラム。

 『結合した双子』ペンテル兄弟。

 時計塔の一級講師フィーンド・ヴォル・センベルン。

 そして──獅子劫界離に聖堂教会の神父。

 

 いずれも魔術師として一級品の能力を備えている存在として名が通った者たちだ。

 特にベルジンスキーと言えばアルドルと同じく亜種聖杯戦争に参加した経験のある男だ。

 実際にサーヴァントを運用した経験を持つ魔術師が敵陣営にいるという事実はダーニックにより一層の警戒を与えていた。

 

“他に警戒すべきはやはり協会側のセンベルンか。奴は確かエルメロイの先代とも交友関係があったと聞く。落ち目のエルメロイとはいえ時計塔のロードの一角であり貴族派に属する家だ。実力を置いても恐らくかなりの聖遺物を揃えてくるはず……”

 

 ロード・エルメロイことケイネス・エルメロイ・アーチボルト。

 既に故人だが、彼と交友関係にあったということはその実家……アーチボルト家と繋がっていてもおかしくない。

 

 当主ケイネスの死によってエルメロイ一派は時計塔内での政治的立場を悪化させ、アーチボルト家自体、一時期は存続危うしとまで言われたと聞くが、近年はケイネスの生徒であったという男が『二世』を名乗り、時計塔内での立場を復活させたという。

 そして復活のみならず、その優秀な指導力で以てして多くの優秀な生徒たちを送り出したことで多くの『二世』シンパを呼び、現在では時計塔の勢力図自体を塗り替えかねないとさえ言われている人物。

 

 『エルメロイ教室』──時計塔が新世代を率いるその教室の名は時計塔政治から離れて久しいダーニックの耳にも届いている。

 

“現在の『二世』自体、亜種聖杯戦争経験者であるという噂もある。そちらからの増援も視野に入れなくてはならんな。後は……封印指定執行者か。聖杯戦争の術式が拡大したことにより連中の活動も多忙を極めている、今こちらに向ける戦力は無いはずだが……”

 

 しかし油断は出来ない。何故ならばこちらにはアルドルがいるのだ。

 時計塔の封印指定執行者といえば一級品の狩人。ターゲットを必ず追い詰めてきたという自負とその威信を考えればこれまで狩りの対象として追い続けてきたアルドルの存在は見逃せまい。

 幾度も派遣した時計塔の狩人や封印指定執行者を退けられたという事実は彼らにとっては屈辱でしかなく、故に彼らは決してアルドルという不遜な魔術師を逃しはしないだろう。

 

“そして同じことは聖堂教会にも言える、か”

 

 ふう、と熱くなってきた思考を一度冷静に戻すため息を吐く。

 懸念点は山ほどある。

 時計塔の増援、未知なる“赤”のサーヴァント、歴戦のマスター陣。

 不安材料を列挙し、考えていけばそれこそキリがないだろう。

 

 とはいえ、こちらもこちらで出来うる限り盤石の布陣だ。

 

 ゴルド・ムジークはその人格に問題はあるが、魔力供給の分割・代替システムの構築など魔術師として非常に優れた能力を持っている。ミレニア城塞に従属している使用人たち……ホムンクルスの兵も彼が作り、運用しているものたちだ。

 

 フィオレ・フォルヴェッジは二流三流の多いユグドミレニアに生まれた一流の才女。特に足が動かせないという身体上のデメリットを改善するため、彼女が時計塔で研究・開発した魔術礼装──接続強化型魔術礼装(ブロンズリンク・マニピュレーター)。アレは百余年という長き時を生きるダーニックから見ても優れた魔術礼装だと感嘆を覚える代物だった。魔術師として非常に優れていることから此度の聖杯大戦において対魔術戦でもきっと活躍してくれることだろう。

 

 セレニケ・アイスコルもまたフィオレと同じくユグドミレニアに数少ない一流の魔術師だ。此度の聖杯大戦に関心意欲が少ないことと、召喚するサーヴァントに関してアルドルと揉めたことなど幾らか不安点はあるものの、呪いによる呪殺や優れた追跡性能を有するなど何かと戦闘に優位な魔術が多く存在する黒魔術の使い手ということはユグドミレニアに多くの利となるはずだ。

 

 ロシェ・フレイン……彼はまだ年若い魔術師だが、ゴーレムを鋳造するその才覚は既に一族の代表として相応しいものだ。アルドルは自身が指導するエルトフロムの娘のこともあってか、ややロシェを低く見積もってる節があるが、ゴーレムの『機能』を手掛けるロシェの腕はダーニックから見ても見事なものだ。

 

 カウレス・フォルヴェッジ、正直なところ彼に関してはダーニックはあまり期待していなかった。令呪が宿ったためマスターとして指名したというだけで他の魔術師ほどに活躍するとは見ていない。しかし召喚したサーヴァント、“黒”のバーサーカーは流石アルドルが選択に関わったというだけあって非常に優秀だ。或いは此度の聖杯大戦でダークホースとして活躍するやもしれないとダーニックは思考の片隅で考えていた。

 

 そう時計塔が揃える魔術師たちは何れも難敵だろうが、だからと言ってこちらの方が劣っているなどという自虐をするほどダーニックは一族を過小評価していない。

 冬木の聖杯戦争より、いやその遥か昔からダーニックは一族の栄光を夢見てここまで歩んできたのだ。その集大成が、劣っているなどどうして彼が考えようか。

 

 何よりも彼には誇るべき至宝がある。もはや血を広げることでしか存続叶わないと一族の輪を広げることで繁栄を求めたユグドミレニアに生まれた唯一の純血の魔術師。

 魔術自体が廃れつつあるこの時代に、『神代』を再現するユグドミレニアが誇る最強の次世代。

 『先祖返り(ヴェラチュール)』アルドル・プレストーン・ユグドミレニア。

 

 彼がいるという事実がユグドミレニアの栄光をダーニックに確信させていた。

 

「ふ、身内びいきだと笑われるかもしれないがね。ユグドミレニアの血は濁っている、そんな下らない風評で魔術世界から冷遇されてきた我らにとって奴がどれほどの希望であったことか」

 

 まるで風聞が誠であるかの如く、数を増やしながらも質の衰えていく一族を見て、ダーニックが苦心を抱かなかったかと言えば噓偽りになるだろう。

 フィオレやアイスコル、ロシェという一流の秀才が生み出される一方で本物の逸材……家名を背負うに相応しい魔術師が現れないという現実は野心家のダーニックの心に影を残していたという過去は確かに存在していたのだ。

 だが、今は違う。彼は確かに真なる後継者を得たのだ。もはや遥かな過去と忘れて久しい北欧の魔術一族として在ったユグドミレニア、その旧き姿を再び世に現したアルドルはダーニックにとって希望そのものだった。

 彼がためにも此度の聖杯大戦には何としても勝たねばならぬ。

 

 完璧な、魔術世界に新秩序として君臨するに相応しい存在としてユグドミレニアを残し、そして次代に引き継ぐ、それを以て己は魔術師として確かな役目を終える。

 それがダーニックに残された最大の使命であり、最後の役目であると確信している。

 

「勝つのは我らユグドミレニアだ。勝利を手にし、約束された未来(栄光)を必ず手に入れてみせるとも」

 

 千年樹に黄金の繁栄を。

 ダーニックは虚空に手を伸ばし、勝利(それ)を掴むように手を握りしめ宣する。

 その──静かなる宣戦布告に応じるが如く。

 

 ダーニックの私室を訪ねるノックの音。

 

「小父様、フィオレです。少々よろしいでしょうか?」

 

「構わない。入ってきてくれ」

 

 入室を許可すると顔を見せたのはフィオレ。

 アルドルと次期党首候補として肩を並べる逸材である。

 少女の顔は平素よりも強張っており、口調も堅い。

 穏やかな用件でないのは間違いないだろう。

 

「ふむ、何かあったかね?」

 

 時刻は既に深夜。人が訪ねてくる時間帯として相応しくはないだろう。

 あるとすればただ一つ。

 次にフィオレの口から告げられるだろう言葉を予見しながらダーニックはフィオレに尋ねる。

 果たしてフィオレはやや緊張した口調で、ダーニックの予想通りの言葉を口にした。

 

「アルドルから儀式場に集まるようにとのことです」

 

「ほう? アルドルが。要件は聞いているかね?」

 

「はい──『敵だ』と短く一言を」

 

「──なるほど」

 

 その言葉を聞き、ゆらりとダーニックは立ち上がった。

 いよいよ以て聖杯大戦の幕が上がる音を──この時ダーニックは確かに聞いた。




「おい! 僕のゴーレムを勝手に弄ってるなよ! は? 組み手? お前キャスターのサーヴァントだろ。何でそんなこと……って、おい待て! 杖でそんなバシバシ叩くな! ああああ!? 腕が!? 僕のゴーレムの腕がぁぁぁ!!?」

「っく、大体、わしは最初っから時計塔に挑むなぞ反対だったのだ! それをダーニックの奴め……っち酒が切れたか、おい! 何をそこで棒立ちしているセイバー! 何もせぬならせめて替えの酒でももってこい!」

「ああ、本当に美しいわぁ。アルドルはオデュッセウスがどうのなんて言っていたけれど、同じ冒険者でも貴方の可憐さとは比べるまでもないでしょうね。……あら? 交代してくれ? ふふ、そんな酷いことするわけないでしょう? ああ、アストルフォ、貴方は本当に美しいわぁ(ペロペロペロペロ)」


──同刻・ユグドミレニアのマスターたち

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