千年樹に栄光を   作:アグナ

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千年樹に栄光を

 ──ある意味で、この結末は運命だったのだろう。

 

 本来は存在しえぬ登場人物。

 変わってしまった物語。

 聖女や聖人、かの少年は私にとって敵であり、障害だった。

 我らが当主殿は私にとって運命だった。

 

 では彼女は?

 

 彼女は私にとって何だったのだろうか。

 

 年の近い幼馴染?

 ──まあ、合ってはいるが些か弱い。

 

 放っておけない妹?

 ──少々お転婆な気質があるが気にしてはいない。

 

 或いは──好きな相手?

 ──まさか。自分は恋をしないとは断言しないが、恋愛憎悪を演じるには私は魔術師が過ぎる。

 

 だとすれば。同じユグドミレニアを背負う彼女もまた私にとって、

 

『アルドル──私は、私は貴方の願いを止める。貴方の夢を挫く。この戦争に勝って貴方の命を救いたい、それが、今の私の願いです』

 

「──ああ、なるほど」

 

 以前、告げられた言葉が脳裏を過る。

 アレ(・・)は■■にはない展開だった。

 私が、私であるが故に結ばれた言葉だった。

 

 大聖杯を前にあらゆる敵を打ち砕いてきた“最強”と本来の聖杯戦争における主演の一人が相対している。“黒”のサーヴァントを引き連れ、正史における後語りの弟を控えさせて私の前に立っている。

 

「なら、これはそういうことだろう──喜べ。いつかの少年、(キミ)の願いはようやく叶う」

 

 栄えあるユグドミレニアの一人として、あらゆる意味で“敵”であり続けた者として、単なる読み手ではなく『特別』な者として。

 ──此処に、最期の清算を。

 

 

 

 

「……──」

 

「…………」

 

 戦いは終わった。“赤”の陣営の全滅という結末を以て外典の物語はアルドル・プレストーン・ユグドミレニアの勝利という幕引きに済んだ。

 ならばこそ、本来であれば此処から続く物語など存在しない。

 アルドルの願望と聖杯の使い方はユグドミレニアの魔術師にとって完璧だ。何一つ矛盾なく、瑕疵なく、問題はない。

 願いが叶えば確実に、ユグドミレニア一族は千年の栄光を手にすることとなるだろう。それを拒否する魔術師など存在するはずがない。

 

 故に──もしも、アルドルの前に現れるものがいるとするならば、ユグドミレニアにとっての敵に他ならない。

 

「……念のため、問おう。先ほどの言葉は私の聞き間違いか、或いは幻聴だったかもしれないからな──私を止めると、そう言ったのか? フィオレ。ユグドミレニアの魔術師にして、聖杯大戦における勝者である、この私を?」

 

「──はい。聞こえなかったというならば何度でも。私は貴方を止めに来ました。ユグドミレニアの魔術師としてでは無く、一人の参加者として……幼馴染として、一族のために命を投げ打たんとしている貴方を、止めに来ました」

 

「死んで欲しくないから、か?」

 

「ええ。貴方が亡くなると、私は悲しい」

 

「だから、止めると?」

 

「ええ。私は私のために、貴方の夢を挫く」

 

「ふむ……そうか──」

 

 車椅子の手すり(アームサポート)を強く握りながらアルドルの視線に真っ向返すフィオレ。再び暫しの静寂が場を包む。

 やり取りを無音で見つめる“黒”のアーチャーと、カウレス。今のところは何の問題もない。一族同士にしては嫌な緊張感が場を包んでいるが、アルドルに敵愾心の類は感じられない。

 突然の横やり、勝者の天秤を揺らす介入。

 決して穏やかならぬだろう提案を受けても、アルドルは変わらないように見えた。少なくとも姉の供として立つカウレスから見て。

 

 アルドルはフィオレの言葉を吟味し、咀嚼し、ゆっくりとした動作で顔を上げる。そして、フィオレと“黒”のアーチャー、カウレスを真正面から見つめ返し、

 

 

「────正気か(・・・)

 

 

 鋼の意思を宿した瞳で、三人へと問いかけた。

 

「…………!」

 

「…………ッ」

 

「…………く」

 

 ……悲鳴を漏らさないのは奇跡だった。

 ……今すぐこの場を逃げ去らなかったのは奇跡だった。

 

 今まで身内として、魔術師として厳しい側面は幾度か見て来た。

 冷徹な魔術師として振舞う幼馴染、或いは義兄としてのアルドルをユグドミレニアの二人は見て来た。

 だが、アルドルを“敵”という立場から見たことは無かった。

 

“つまり……これが、ゴルドやダーニック、セレニケが見ていた光景──!”

 

 事ここに至ってアルドルのことを正しく(・・・)見ることが出来たフィオレやカウレスは戦慄と共に理解する、これが最強、これが至高、これが千年黄金樹(ユグドミレニア)

 “赤”の陣営の悉くを打ち破り、勝利して見せたユグドミレニア最強の魔術師。

 敵意を見せたわけではない、憎悪を見せたわけではない。

 

 透き通るような、それでいて鋼のように堅く分厚い“覚悟”を宿した瞳が、ただそれだけで相手を圧する。

 常軌を逸した意思を前にして、ただ委縮する。

 

“……参りましたね、よもやこれほどとは”

 

 戦慄するユグドミレニアの二人を傍目に“黒”のアーチャーも目線を鋭く配りながら頬に一筋の冷汗を流す。

 元々“黒”のアーチャー──ギリシャ神話に高名な英雄たちの師であるケイローンはアルドルがただの魔術師でないことをよく理解していた。

 時代にそぐわぬ神秘の数々、常軌を逸した精神性。そういった一面を何かにつけて見てきてはいた。

 だからこそ“赤”の陣営を打倒し、神々をその身に降ろして、遂に完成へと至った最強の魔術師を見て、思う。

 

 こと精神力だけを切り取って評価するなら──アルドルは今まで見たことがない(・・・・・・・・・・)ほどに強い。彼ならばきっと、ヒュドラの毒の痛みすら涼風のように受け流してしまうのではないかと思うほどに。

 

“流石に──マスターには酷だ”

 

 英雄ですらこれの相手は容易ではないだろう。

 故に──此処で気張らなければならないのは自分だろう。

 主の剣として盾として、かの魔術師を打倒する。

 そして、それは相手も同じことだろう。

 

“────”

 

 一対三──この主の危機に際しても影一つ見せない“彼女”を思いながら“黒”のアーチャーは敵の一挙手一投足を油断なく観察する。

 カウレスと“黒”のアーチャーが改めて敵の強大さを認識しなおす中、フィオレはすっと呼吸を整え、さらに前へ踏み出して応える。

 

「正気です。別に暗示に掛けられたわけでもなく、何かに脅されているわけでもない。私は、私自身として貴方を止めると決めています。そして、聖杯を手に入れ、貴方の命を救う」

 

「余計なお世話だな。生を惜しんだつもりはない」

 

「でしょうね。生きてほしいと願っているのは私ですから。私はその、余計なお世話をしに来たんです」

 

「迷惑だ、帰れ」

 

「嫌です。絶対に帰りません」

 

「当主の言に背くと?」

 

「次期当主候補は私も同じです。ユグドミレニアを構成する者として、ダーニックの独断を認めたわけではありません」

 

「やれやれ──」

 

 ああ言えばこう言うフィオレに痺れを切らしたのか、アルドルもまた一歩と踏み出す。その手に──神剣を携え、ゆるりと構えながら口を開く。

 

「……私に身内の情を期待しているなら、念のため警告しておこう。私は私の障害になるならば如何なる敵も排除する。たとえ幼馴染が相手であろうとも、敵となるならば切り捨てる──いつか言ったな。私はユグドミレニアの魔術師だと。命を捧げることにも幼馴染と殺し合うことに躊躇がないとも」

 

 ──神剣に尋常ならざる魔力が装填される。

 激戦に次ぐ激戦を潜り抜けて来たにも拘らず、欠片も衰えない闘志が立ち上る。

 アルドルが問う。

 

「最後の警告だ。引け──フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。千年樹の宿願の、邪魔を、するな」

 

「──拒否します! 絶対に! アーチャーッ!!」

 

「……サーヴァントとして、私はマスターの願いに沿います。──お覚悟を、アルドル殿」

 

「そうか──」

 

 アルドルの警告を足蹴りに、フィオレは己が礼装、『接続強化型魔術礼装(ブロンズリンク・マニピュレーター)』を展開しながら、“黒”のアーチャーへと檄を飛ばした。

 弓を展開し、フィオレの前に立つ“黒”のアーチャー。

 最後の一線を踏み越えた。以てアルドルは諦めるように瞑目し、

 

「──ならば死ね」

 

 己が知己を問答無用の“敵”と認識した。

 地を蹴り、駆け出すアルドル。

 迫りくる敵影にフィオレと“黒”のアーチャーは礼装を、弓を構えて対応する。

 もはや話し合いによる相互理解は不可能。己が願いを叶えるため、同じ陣営を名乗る両者は遂に激突を開始する──。

 

 

『だから──此処だ(・・・)

 

 

 ──その刹那に、アルドルと“黒”のアーチャーの意識が同じ絵を描いた。

 動く。

 

「え──」

 

 予期せぬ光景に呆けたような表情(カオ)を浮かべるフィオレ。意表を突かれたのは“黒”のアーチャーの動向だ。

 “黒”のアーチャーは正面から向かってくるアルドルなど意に止めることもなく突如として構えた弓を投げ捨て、くるりと反転するとフィオレを庇う様にして後ろに回る。

 

「……姉ちゃん!!」

 

 少し離れていた位置に立っていたカウレスは“黒”のアーチャーに遅れて気づき声を上げる。姉の背後から音もなく迫ってきた人影──“黒”のアサシンの存在に気が付いて。

 

 何故考えなかったんだろう──義兄は“黒”のアサシンのマスター。であれば、敵対者を最も効率よく排する手段として暗殺を選び取るという可能性に。

 殺すことに容赦はない、躊躇いはないという意味をようやくカウレスは正しく認識する。これがアルドルだ。敵であるならば情を完全に切り捨てて無慈悲な判断を選べる魔術師らしい魔術師の──。

 

 ──そうして、天使のような死神の一撃がフィオレの心臓を、

 

「──故国に愛を、溺れるような夢を(ラ・レーヴ・アンソレイエ)

 

 トスっとあっけない音と共に突き刺した。

 

「…………ぐっ!」

 

 漏れ出る苦悶、舞う鮮血。

 但しそれはフィオレのモノではなく。

 

「アーチャーッ!?」

 

「ッ……問題、ありません!!」

 

 苦悶も流血も“黒”のアーチャーから漏れ出たもの。フィオレの背後から近づいてきた死神に対応するため、差し出した腕から流れ出たものだ。

 驚愕する“黒”のアサシン。暗殺の失敗に彼女はナイフと共に身を引こうと飛び退くが、その咄嗟の判断速度は一歩遅い。

 “黒”のアーチャーが動いた。

 

「はあああああ!」

 

「くっ……きゃッ!?」

 

 “黒”のアーチャーが伸ばした手が“黒”のアサシンの腕を掴み取る。

 掴み取った腕を“黒”のアーチャーはそのまま引き込み、背中に抱えるようにして固めると、背負い投げに似た要領で“黒”のアサシンを壁面目掛けて投げ飛ばした。

 

 弾丸のように宙を舞う“黒”のアサシンの身体。その剛力だけならば“赤”のランサーに匹敵する力で投げ飛ばされた“黒”のアサシンは身動きも取れぬまま壁面へと剛速球で迫る。

 英霊としては並み以下の“黒”のアサシンは耐久も相当に低い。このまま素面で壁面に衝突すればそれだけで致命傷。消滅に匹敵する傷になることは免れない。

 だから……。

 

「アサシン……!」

 

 突撃態勢からアルドルは身を翻して咄嗟に飛んだ。

 投げ飛ばされる“黒”のアサシンの軌道を読み、その延長線上に身を置く。

 果たして、アルドルは投げ飛ばされた“黒”のアサシンを横抱きに受け止め、衝撃を地面に逃がしながら着地する。

 

「ハッ──!」

 

「フッ……!」

 

 その着地の瞬間を狙って穿たれる“黒”のアーチャーの矢。

 あらかじめ展開を読んでいたらしい“黒”のアーチャーは投げ捨てた弓をすぐさま拾って速射してくる。

 狙いは“黒”のアサシン。意趣返しのようにその心臓を狙う弓矢を、アルドルは反射的に神剣で払う。

 

「──無事か? アサシン」

 

「ええ。マスターが受け止めてくださったので。掴まれた腕は多少痛みますけどね。酷い目に遭いました」

 

「まあ、それは仕方がない。酷いことをしに行ったからな」

 

「全くです」

 

 口を尖らせながら言う“黒”のアサシンにアルドルは苦笑しながら応じる。

 何処か余裕ある主従を傍目に、危うく命を落とす場面まで追い詰められた方はと言えば、顔を蒼くした弟は姉に駆け寄り、サーヴァントは無事な方の腕で主の身を庇いながら視線を鋭くアルドルと“黒”のアサシンに向けている。

 

「ぶ、無事か!? 姉ちゃん!!」

 

「え、ええ……私は何とか、それよりも大丈夫ですか? アーチャー、貴方私を庇って腕が……」

 

「問題ありません。骨までは届いていませんし、この程度は浅傷ですよ。それよりも……」

 

 心配する主の声を受け流しながら“黒”のアーチャーは敵を見る。

 

「やはり狙ってきましたね。アルドル殿、流石というか、容赦がない」

 

「何度も警告したろうに。敵となるなら容赦はしないと。しかし、よく気付いたなアーチャー。幾多の“赤”を暗殺してきた歴戦の技だったのだがね」

 

「……予想はしていましたが“黒”のアサシンはそういう立ち位置でしたか、癖の強い英霊をよく使いこなしているようですね」

 

「誰よりも使いこなせる自信が無ければ自ら暗殺者の英霊のマスターを立候補しないさ」

 

 警戒心を向ける“黒”のアーチャーの視線に恐れることなく肩を竦める“黒”のアサシンのマスター。

 裏でどれほどの活躍をしたかは不明なものの、“赤”の陣営と敵対するにあたって、アルドルの下で“黒”のアサシンが相当に活躍したのは見て取れる。

 

「それはそうと、よく対応できたな。タイミングは完璧だと踏んでいたのだが」

 

「でしょうね。予期していなかったらきっと対応できなかったでしょう」

 

「参考までに、何故分かった?」

 

「簡単です。貴方の供に“黒”のアサシンがいなかった。それだけで警戒するに値する」

 

 ──この場を訪れた段階で“黒”のアーチャーが真っ先に警戒したのは“黒”のアサシンによる暗殺だ。

 暗殺者(アサシン)の英霊──シャルロット・コルデー。

 歴戦の大英雄集う聖杯大戦においては、表面上の性能面だけ浚えば先ず以て負けないと判断できる最弱の英霊。

 戦闘面での能力値(ステータス)は勿論のこと、暗殺者としても身に着ける『気配遮断』スキルは低く、このように警戒していた“黒”のアーチャーに気取られる始末。

 

 真っ当に戦えば誰であっても、まず負けない──誰もがそう判断するだろう。

 

 だが、そもそも敵は暗殺者。

 真っ当に戦わないからこそ脅威となる敵だ。

 

 だからこそマスターの暗殺という手段を取ることは間違いないと踏んで“黒”のアーチャーは警戒していたのだ。

 

「“黒”のアサシン──彼女の厄介な所は、気配遮断とは別の所でその動向を気取りにくいことにあります」

 

「ほう?」

 

「まず──そこの彼女は善良だ。それこそとても英霊とは思えないほどに」

 

「むぅ……あってますけど、面と向かって言われると複雑ですね……」

 

 今も片頬を膨らませいじけてる様に見るように“黒”のアサシンは低すぎる性能とその立ち振る舞いも相まって、一見してとても英霊には見えない。

 それこそ魔力と英霊としての気配を隠してしまえば、その辺の町娘に簡単に溶け込めてしまうだろう程、“黒”のアサシンは英霊としての存在に欠ける。

 物理的脅威のみを脅威と判断するなら、文句なしに欠点ではあるが、暗殺者としてこれは脅威だ。

 

「──ですが、彼女のそういった英霊らしからぬ側面や振舞いはそのまま油断に繋がる。マスター殺しの英霊としては成程、素晴らしい強みです。何せ、気配遮断をするまでもなく、彼女は簡単に油断した敵に近づけるのですから」

 

「その通り──お陰で色々と助かったよ。盤面を整えるのに彼女の活躍には私も助けられた。流石は私のサーヴァント、と讃えたいくらいだ」

 

「……あの、聞こえてます。あ、あと、流石に私も直接聞くのは恥ずかしいのですが。それとこの体勢もいい加減恥ずかしいので降ろしてもらえると嬉しいですけど」

 

 横抱きにされたまま薄く頬を赤くする暗殺者を傍目に、“黒”のアーチャーとアルドルは互いに油断なく観察しながら動かない。

 言葉を交わしながら相手の挙動を観察する。

 

「そして厄介なアサシンに加え……貴方だ(・・・)。貴方の存在が、より彼女の気配を薄くする」

 

「ほう、私がか?」

 

「ええ。貴方が、です。……貴方は強い、多くの英雄を見て来た私から見ても貴方ほどの逸材はそうはいない。神代の英霊である私にとってもそうなのですから、神秘薄れた現代においては貴方の鮮烈さは尚のことに強烈だ」

 

 アルドル・プレストーン・ユグドミレニア──神代の神秘に手を掛け、神をもその身に降ろして見せた壮絶な魔術師。

 英霊すら単騎で渡り合える男が持つ衝撃と印象は凄まじい。ともすれば、彼が英霊のマスターであることを忘れてしまうほどに。

 

「貴方という強烈な光に、人の認識を縫うアサシン──東洋の言葉ですが、鬼に金棒、とは正にこのことでしょう。貴方という脅威を認識すればするほどに、その影はいっそう薄くなる」

 

 そうして事実、多くの英霊と魔術師を暗殺者は屠ってきたのだろう。

 アルドルを警戒した者の、悉くの足を浚ってきたのだろう。

 故に、アルドルと相対する上でまず警戒しなくてはならないのはアルドル本人ではなく、アルドルのサーヴァントその人。

 

 元よりこれは聖杯戦争。サーヴァントを従えた魔術師同士による、サーヴァントの戦い。その基本を見落としてはアルドルに勝てるわけがない。

 相手は聖杯戦争における“最強”なのだから。

 

「お見事、百点満点だ。流石はギリシャ神話随一の教導者。こちらの立ち回りなどお見通しというわけか」

 

 ようやく“黒”のアサシンをそっと地面に降ろしながら、アルドルは微笑みながら立ち直る──その態度を見て、“黒”のアーチャーは顔を厳しくする。

 暗殺は失敗した、不意の奇襲は頓挫した。

 

 なのに──何故、彼はこれほど余裕に満ち溢れているのか。

 

「……思いの外、動揺なさらないのですね、アルドル殿」

 

「元より知略で貴方に勝てるわけがないからな。よく、色んな者に誤解されるのだが、私は人より多くを知っているだけであって、人より優れているわけではない。その上、本分は魔術師なのだ。歴戦の英霊や謀略家に比べれば、私の駆け引きなどまま事が如く、だろうさ」

 

 魔術の分野ならともかく、知略や謀略といった盤上において、自らは決して最強なのではないと魔術師は謳う。

 ただただ真実を語るような様はとてもユグドミレニア最強の魔術師のそれに見えないが、本当にただの真実なのだろう。彼は、その価値観や視点が異形なのであって、決して何者をも凌駕する卓越した黒幕などではないのだ。

 

「だからこそ、私は決して油断しない。自分の限界も、自分の弱みもよく理解している。故に──“黒”のアーチャー、貴方と駆け引きをするつもりなどハナからない。貴方には私の強みで、私の舞台で、一方的に死んでもらう」

 

「何を──」

 

「私が動揺しないと言ったな、“黒”のアーチャー。当たり前だ。読まれることなど読んでいた。思考が一歩足りなかったな大賢者。よってお前の命脈はもう終わっている」

 

「こほっ─────な…………に…………?」

 

 不意に“黒”のアーチャーは咳き込む。

 ごぼり、と。吐いた息に血が混ざる。

 それだけでは終わらない、つぅと瞼から鼻から伝わる出血。

 顔の穴からこぼれ出る命の輝きと共に、“黒”のアーチャーは全身に自覚する。

 

 痛みが──痛みが、──痛みが痛みが。

 痛みが痛みが痛みが痛みが痛みが痛みが。

 痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み。

 痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛────。

 

 全身に回る激痛。正気を蝕む痛覚の輪唱。

 “黒”のアーチャーの膝が折れる。

 気が狂ったかのようにのた打ち回る。

 

「アアアアア▇▇▇▇▇▇▆▆▆▂▂▂▂!!!」

 

「アーチャーッ!?」

 

 フィオレの口から悲鳴が漏れる。

 当然だろう。平時の“黒”のアーチャーからは考えられないほどの絶叫。

 血をまき散らしながら倒れ暴れまわる姿はとても信じられなかった。

 

「何をしたの!? アルドル!!」

 

「何をと言われてもな──事前の宣戦布告はやり過ぎたなフィオレ。“黒”のアーチャーが敵に回る可能性があるというなら対策するのは当然だろう?」

 

「対策……? まさか、貴方!」

 

 アルドルの言葉にフィオレが目を見開く。

 対策された“黒”のアーチャー、用意される弱点。常軌を逸したこの様子。

 ……“黒”のアーチャー、真名ケイローン。

 彼がこんな様子に至る弱点となれば答えは一つしかない。

 

「ヒュドラの……毒……?」

 

「その通り」

 

 呆然と呟くフィオレの答えをアルドルは肯定した。

 

「有名な話だ。英霊ケイローン、元より神の子として生を受け、生来に不死を有していた賢者だが、彼は神話において弟子の一人であるヘラクレスのヒュドラの毒矢に撃たれ、痛みに耐えかね不死を天へと返したという。……死因が分かっているならば、それを用意するのは当然だろう」

 

「────」

 

 あっさりと告げるアルドル。

 ……確かに彼の言葉は正論だ。弱点が分かっているならばそれを用意する。

 魔術師として、聖杯戦争の参加者として、当然のことだ。

 

 だが──ヒュドラの毒など思いついても簡単に用意できる品ではない。

 そも毒の抽出先であるヒュドラはギリシャ神話に語られる幻想種。

 現代においては疾うに地上から去った存在だ。

 それを予め用意するなど思いついても実行しようなどと──。

 

「さて、運がなかったな“黒”のアーチャー。私の暗殺を読んでいたのは流石だが、そこまで読んでいたのならば先に“黒”のアサシンを討つべきであった……まともに相手取れば“黒”のアサシンも脅威ではないと踏んだか? 悪いがまともな状況など私は最初から用意するつもりはない」

 

 アルドルにとって優先すべきはユグドミレニアの勝利であり、そのために必要とあればどのような非情手段でも取ることが出来るのが最大の強みである。

 故に──そもそもアルドルを前にしてまともな戦場(フェアプレイ)を想定した時点で思考が及んでいない。如何なる状況においても数多の手数や知識で以て、勝ち筋を作り出す(・・・・)のがアルドル最大の武器だ。

 ならばこそ“黒”のアーチャーの敗走は必然だったといえよう。

 

これ(・・)に限っては怠慢とも慢心とも言い難いがな。まあでも知識(・・)の差も考慮しておくべき当然の要素ではある、か”

 

 鉄面皮の下に少しばかりの同情をアルドルは浮かばせる。

 ヒュドラの毒──今回用いたこの毒は、“赤”の陣営は亡きセイバーのマスター、獅子劫界離から奪い取ったものだ。アルドルはその知識(・・)において、高い確率で彼がこの聖杯大戦にヒュドラの毒を持ち込んでいることを事前に知っていた。

 

 “黒”のアサシンに“赤”のセイバーを討たせたのは何も戦術的な想定だけではなく、彼が“黒”のアーチャーに対する特攻策を有していたことを知っていたからでもある。

 果たして狙い通り、ヒュドラの毒を入手することに成功したアルドルは神名接続(セイズマズル)によって、効力をさらに高め、“黒”のアサシンに持たせていたのだ。

 

「一撃必殺──“黒”のアサシンの一撃を見誤ったのが貴方の敗因だ。私と“黒”のアサシン、その両方を警戒したと貴方は言ったが……過小評価しすぎたな“黒”のアサシン自体の能力を」

 

「……フィ──……もう──……ん──……」

 

 死に体で己がマスターに謝罪を述べる“黒”のアーチャー。

 ──アルドルが剣を抜く。

 煌めく一閃、奔る斬神魔剣(ティルフィング)。以て事は全て終わった。

 “黒”のアーチャー──フィオレやカウレスにとって頼りになる剣であり、盾である英霊は完全に消滅した。

 

「うそ……だろ……──?」

 

 あまりの衝撃に呆然と立ち尽くすカウレス。

 しかし、それも仕方がない話だろう。

 

 あのケイローンなのだ。ギリシャ神話において多くの英雄を導き、“黒”の陣営においても知略と多彩な武技を使い、頼れる味方として活躍してきたあの賢者が、こうもあっさり倒されたのだ。

 

「さてと──どうする?」

 

 剣を携え、二人を見つめるアルドル。

 ……甘すぎた。……認識が低すぎた。

 三対一なら数的優位で? 卓越した英霊がいれば?

 まさか。そんな楽観的思考が初めから通じる相手ではない。

 

 “最強”の呼び名が示す通り、目の前に立っているこの青年こそ“黒”の陣営……否、この聖杯大戦において最強の男。全身全霊、死力を尽くさねば勝てない相手だったのだ。

 止める、など。甘いにも程がある。

 初めから殺すつもりで挑まなければ、とてもではないが遠く及ばない。

 

「ッ! ──戦火の鉄槌(マルス)ッ!!」

 

「……ほう」

 

「姉ちゃんッ!?」

 

 心折れかけたカウレスを正気に戻す声。

 振り向くとこの絶望的な状況下においても姉は尚も不屈だった。

 悲鳴にも似た悲壮感漂う声で以て己が礼装に命令を下す。

 

 変形した車いす──『接続強化型魔術礼装(ブロンズリンク・マニピュレーター)』の腕が変形し、機関銃の如き勢いで光弾を吐き出す。

 それを見て感心したようにアルドルは軽く息を吐くと、次いで少しだけ口元に笑みを浮かべながら駆けだす。

 

「──面白い」

 

 フィオレから時計回りのように横へと逃げ出すアルドル。

 ……フィオレは認知していないことだが、今のアルドルは此処に至るまでの激戦の代償に魔術を扱うことはできない。アルドルに許されているのは英霊並の身体能力と神剣、この二つに限られる。

 どちらも殺傷に至る能力こそ高いものの、反面防御力に欠ける。

 つまり、フィオレを制圧するにあたって、アルドルはその自力で『接続強化型魔術礼装(ブロンズリンク・マニピュレーター)』に対応しなければならない。

 

「……思えば、模擬魔術戦など時計塔入学前の話だな。最期の誼だ。餞別代わりに付き合ってやるぞ、フィオレ!」

 

「要りません! そんなもの……! これを最後になんて、させないんだから──!」

 

 駆け巡り、壁面まで辿り着くアルドル。

 壁際までアルドルを追い詰めたフィオレはここぞとばかりに光弾を連射した。

 だが、逃げ場がないと思われた壁際に立ったアルドルは冷静だ。

 冷静のままに──その脚力で壁を蹴って走り出す。

 

「くっ──貴方……!」

 

「今の私は限りなく英霊に近い──そう想定した上で相手すると良い」

 

 言いながらアルドルは剣を構える。

 ──来る。

 それを見て、フィオレは足代わりに延ばしている『接続強化型魔術礼装(ブロンズリンク・マニピュレーター)』のアームを使い、大きく後ろへ飛び退いた。

 

斬神魔剣(ティルフィング)

 

 チン、と鋼がぶつかる金属音。

 刹那振るわれる無数の遠隔斬撃。

 フィオレが先ほどまでいた地点を一瞬にして斬り飛ばした。

 間一髪潜り抜けた死地にしかしてフィオレは安堵しない。

 

「ふっ……!」

 

 僅かに遅れてフィオレのように宙へと身を投げるアルドル。

 斬撃を回避するフィオレよりも遅れて跳んだにも関わらず、アルドルはフィオレが着地するよりも早く、彼女へと肉薄する。そして……。

 

「神権、装填……」

 

「くっ! 轟然の鉛腕(ザトゥルン)!」

 

 アレを振るわせてはならない。

 咄嗟に判断したフィオレは武装を重機関銃から変形させ、アルドルを打ち払う様にしてその腕を振るう。

 クレイモア地雷の衝撃すら押しつぶして見せる剛腕。

 直撃すれば如何にアルドルとてただでは済まないだろう。

 

 しかし──それはまともに受ければの話だ。

 

「……掛かったな」

 

「な……!」

 

 ガンと押し弾かれる剛腕。

 剣を使うと見せかけたアルドルはその柄で以て、轟然の鉛腕(ザトゥルン)の腕を衝撃ごと打ち払った。そして勢いのままフィオレの方へとさらに距離を詰め、

 

「言ったろう。今の私は英霊に匹敵すると……人間を殺すのに態々宝具を使う必要はないぞ?」

 

「守って、守護者の錫腕(ユーピター)……!」

 

「はあ!!」

 

 フィオレを庇う様に展開する結界。

 それを、アルドルは構わず結界越しにフィオレを蹴り飛ばした。

 力任せの蹴撃、だが当人の自己申告通りに英霊に比肩する運動性能で振るわれたその一撃は、あろうことか結界を簡単に破壊し、フィオレを地へと蹴り落した。

 

「あ、ぐ……そんな…守護者の錫腕(ユーピター)……!」

 

 自動制御で地に落ちる衝撃を受け止める足代わりのアーム。

 無傷で済んだのは不幸中の幸いだが、そんな幸運を受け止める暇はない。

 アルドルに蹴り飛ばされた『腕』にフィオレは目を向ける。

 折れ曲がり、火花を散らすそれはもう使い物にならない。

 

 今の一撃でフィオレは完全に防御の手段を失った。

 

「よそ見している場合か?」

 

戦火の鉄槌(マルス)、払って……!」

 

 冷酷に告げるアルドル。

 その声に弾かれてフィオレは即座に迎撃命令を下す。

 が、咄嗟のことで銃身が定まっていないそれは射線に対して身を低くして迫るアルドルに届きはしない。

 光弾の重機関銃に対し、恐れることなく直進で迫るアルドル。

 死を恐れず選んだ最短コースはあっという間に再びフィオレの方まで肉薄する。

 

 五メートル──剣の間合いには未だ遠く、アルドルが構える。

 斬神魔剣による遠隔斬撃。

 『接続強化型魔術礼装(ブロンズリンク・マニピュレーター)』ごとフィオレを切り捨てるつもりだろう。

 逃げようと動くフィオレだが、その判断は遅きに過ぎる。

 

斬神(ティル)──」

 

 魔剣が少女を捉える──その刹那に。

 

「いけ!」

 

「むっ」

 

 突如としてフィオレとアルドルの間に影が割って入る。

 影はそのままアルドルを横合いから突き飛ばし、地に転がったアルドルへと飛び掛かる。

 しかし突然の出来事にも関わらず動揺しないアルドルは、飛び掛かってきた影を反射的に蹴り飛ばし、衣服についた埃を払いつつ、蹴り払った影を観察する。

 

 虎──霊体で出来た。使い魔の類。

 

「姉ちゃんだけじゃない。俺だっているぞ、義兄さん……!」

 

「カウレスか」

 

 声の方向に視線をやるとそこには手を翳して立っている少年の姿。

 カウレス──アルドルを前に心折れて戦意を喪失したと思われた少年は姉の窮地にあって立ち直ったらしい。

 

「見事な横やりだが、一発限りの手品だろう。良いのか? 今私の注意を引き付けて」

 

「……姉ちゃんをやられるわけにはいかないからな」

 

「ふ──それは素晴らしい姉弟愛だ。是非、私亡き後もフィオレを支えてやってくれ」

 

「ッ! 義兄さん! アンタだって──」

 

斬神魔剣(ティルフィング)

 

 アルドルの言葉が琴線に触れたのか咄嗟に叫び返そうとするカウレス。

 その言葉を待たずしてアルドルは素早く魔剣を振るって虎の霊を一瞬で両断。

 次いで二閃、三閃と剣を振るうとカウレスの周辺を適当に滅多切りにして、砂煙を発生させる。

 

「うおおお……!!」

 

 弾け飛ぶ瓦礫に視界を覆い尽くす砂煙。

 咄嗟に顔を伏せて庇うカウレスの下、崩壊する瓦礫の音に紛れてアルドルが着地する。

 

「寝ていろ」

 

「ガッ────!」

 

「カウレス……!」

 

 後頭部を叩く魔剣の鞘。

 外部から与えられる衝撃にカウレスの脳は震盪を起こし、壊れたコンピューターのようにその意識を断絶させた。気絶して倒れ行く弟の姿にフィオレは悲鳴を上げた。

 

「これで一人、まだやるか? フィオレ?」

 

戦火の鉄槌(マルス)!」

 

「──そうか」

 

 絶対に諦めない──。

 千の言葉よりもそう語るフィオレの瞳に愚問と悟ったか。

 納得する様にアルドルは呟くと飛んでくる光弾を振り切る様に駆けだした。

 

「貴方を……死なせやしない……!」

 

「…………」

 

 機関銃を吐き散らしながら射線にアルドルを追うフィオレ。

 しかし届かない至らない追いつけない。

 アルドルの疾走をフィオレは決して捕まえられない。

 

「私は貴方を諦めない……!」

 

「…………」

 

 再び壁走りからの、今度はフィオレの頭上にまで至るアルドル。

 重力を完全に無視した動きで天井を足場に剣を構えると天地入れ替わったままに斬神魔剣を抜き放つ。地上を滅多切りにする幾重もの剣閃。

 何とか躱そうと動いたお陰か、フィオレは直撃こそ避けることに成功するものの、巻き添えに唯一の強みであった遠隔攻撃の手段、戦火の鉄槌(マルス)を失う。

 

「だって、私はまだ……!」

 

「──斬神魔剣(ティルフィング)

 

 それでも尚とフィオレは構える。

 破壊された両腕の代わりに機動力を失う覚悟で足に使っていたアームをアルドルへと向ける。

 大した決意と覚悟だが、残酷なことに悪手である。

 動けない的を捉えることなどアルドルにとって造作もない。

 

 謳いあげるは所有者の破滅と共にその勝利を約束する魔剣が遂にフィオレを捉えた。

 迸る剣閃、アルドルの最後の慈悲か、必ず当たるとも伝承される剣閃演舞はフィオレの礼装のみを狙いすまして切り裂き、悉く破壊する。

 

 手足(礼装)を失い、地に落ちるフィオレ。

 足の不自由な彼女は礼装なしには歩けない。

 武装をも失った彼女は、アルドルを追う手段を完全に失った。

 

「ぁ……そんな……!」

 

「──終いだ」

 

 鈴のように鳴る納刀の音。

 勝利したことに大した感慨を抱くこともなく、アルドルは淡々と事実だけを告げるような言葉を口にする。そしてそのまま、敗者に目を向けることもなく、聖杯へと歩み出した。

 

「あ……待って、駄目! アルドル……!」

 

「────」

 

 進む。その歩みに、この戦いを静観していた“黒”のアサシンが無言で付き添う。

 

「行っちゃダメ! 止まってよ……アルドル……!」

 

「────」

 

 進む。眼前に在る大聖杯。最後の勝者を受け入れるようにその懐を開き、溢れんばかりの輝きが担い手を待ち構えている。

 

「行かないで……置いて、行かないでよぉ……!」

 

「────」

 

 立ち止まる。少しだけ、僅かに振り返る。

 そして──。

 

 

「ごめんな。こればかりは譲れない────じゃあなフィオレ。良き人生を。お前たちとの日々は、楽しかったよ」

 

「────ぁ」

 

 

 ──閉じていく。──閉じていく。

 最後の勝者を受け入れ、聖杯の門が閉じていく。

 影一つ存在しない光の中、最期にそう言い残して、フィオレの大切な人は消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白──一面に広がる無の光景。

 気づけば絶景とも地獄とも呼べるような光景が一面に広がっている。

 異界に迷い込んだような事態に、されどアルドルは動揺しない。

 

 ただ淡々と成すべきことを行う。

 

「──私が最後の勝者だ。聖杯よ、我が願いを聞き入れよ」

 

 純白の中に成される宣言。

 その言葉を認識したのか、場に変化が生じる。

 

 眼前、アルドルの前に光の粒が集い、人影を成す。

 

 

「『──大聖杯を起動しますか?』」

 

「────」

 

 

 ──アルドルをして見惚れるほどに、それは美しいモノであった。

 小雪のように靡く白髪、宝石のように赤い瞳。

 白いドレスに身を包んだ、冬の聖女。

 

 大聖杯の原形となったユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルン。

 それを象った大聖杯の端末──。

 

 

「──ああ。聖杯大戦最後の勝者として、その権利を実行する」

 

 

 自失も一瞬に、アルドルはすぐさま正気を取り戻す。

 告げるのは此処まで至った理由。

 聖杯大戦に命を賭しても叶えたかった願望。

 

 

「聖杯よ、その万能たるを成す魔力で以て神宿る大樹の輝きを永遠のモノに──これを以て我が一族に永遠の繁栄と栄光を」

 

 

 明かす。ずっと叶えたかった願望を。

 ユグドミレニア──世界によって没落が約束された一族。

 己が生まれ、育まれ、想い誓った愛おしき者たち。

 その、救済に至る道筋を。

 

 

「『──よろしいのですか』」

 

「なに?」

 

 

 返答は思いがけぬものだった。

 端末が──冬の聖女だったものが小首を傾げる。

 

 

「『その願いは貴方の破滅を意味するもの。その願いは貴方の終わりを意味するもの。本当に願いのために、誰かのために、貴方はその命を捧げるのですか?』」

 

「────」

 

 

 無垢に問う端末。

 それにアルドルは目を見開き、次に苦笑する。

 ──返答した。

 

 

「貴女と一緒だ──この身を捧げても構わない願望(ユメ)があった。これはただ、それだけの話だ。だから、余分な気遣いは不要だよ、聖女殿。私には、この結末で十分だ」

 

「『────分かりました』」

 

 

 端末が頷く、承認する。

 一瞬見えたような人間性は幻の如く。

 満たす白が、全ての景色を塗りつぶしていった。

 

 

「ああ────」

 

 

 光の中、解けていく意識、記憶、感情。

 後に残るものは何もない。後に残すものは何もない。

 ■■■■と名乗った魔術師は、何もかもが上書きされる。

 

 

「────」

 

「──今更だな、後悔はないよ」

 

 

 声が聞こえる。

 

 

「────」

 

「──そうだな。面倒を掛ける」

 

 

 自分自身の/神としての、声が。

 

 

「────」

 

「──どうか、彼らを見守ってやってくれ」

 

 

 託されたものとして、自分もまた、次代に──。

 

 

「──後は、頼む」

 

「──分かったよ。違う世界の違う(ボク)。願い通り、千年ぐらいは付き合うさ」

 

 

 その言葉に安堵する様に    は笑う。

 もう、その表情も身体も、何もかもが塗りつぶされる刹那に──。

 

 

「俺には過ぎた──()い、人生だった」

 

 

 斯くて勝者の祈りを大聖杯は叶える。

 大樹に捧げられるは大神の末。

 以て訪れる千年の黄金時代。

 

 次代を担う光が新世を言祝ぐ中、魔術師は命を閉じる。

 

 

 

「──千年樹に栄光を」

 

 

 

 春風に呟かれる祈り。

 後にはもう──何も残っていなかった。

 

 全てをやり切った魔術師は舞台から静かに立ち去った。

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