リコリス・リベリオン   作:千束の笑顔が大好き

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「評判の高いリコリコ、どんな作品なんやろ」と思って見てみたら……。


 千束めっちゃ可愛いやんけ!


 ということで初投稿です。


Prologue

 その日、夕刻から降り始めた雨は、夜半前には本降りとなった。

 あるいはしかし、それは彼らにとって恵みの雨であったかも知れない。

 まさか、こんな土砂降りの中、貨物港の集積場へ足を運ぼうなどという酔狂者など、いないだろうからだ。

 だが、

 

「はいはぁい、そこの人達。ちょっとその手止めてね~」

 

 この少女は、違う。

 

「お仲間を解放してほしいなら、大人しくするんだな」

 

 そして、その隣に立つ青年もだ。

 コンテナとコンテナに挟まれた暗がりの中から出てきた二人に、いあわせた全員が凍りついたように動かなかった。

 いや、動けなかったのだ。

 なぜなら青年のすぐ横には、港の入り口を監視させていた部下が一人、両腕をケーブルのようなもので縛られた状態で連れられていたからだ。

 

「お前は……」

 

 でっぷりと太った男は、男性秘書の差す傘の下で、どんぐり(まなこ)をさらに大きく見開いた。

 

「……誰だ?」

 

 知らない二人組だった。

 学生だろうか。少女は赤、青年は黒と、色こそ違うが二人とも似た形状の制服を着込んでいる。せいぜい、スカートかズボンかの違いしかない。

 青年の方は、部下を引きずっているのとは反対側の手に銀色のトランクを下げていた。

 

「私達? んー……なんて言えばいいかな?」

 

 暗闇の中でもよく見える白い髪の少女が、隣に立つ青年を見上げる。

 

「さあな。何でもいいだろ」

「じゃあ正義の味方ってことで!」

「そんな大層なモンでもないだろうに」

「何でもいい、って言ったのはそっちじゃんかー」

 

 少女と軽口を叩き合う茶髪の青年の方は、服装も相まって対照的に闇に溶け込んでいるかのようだ。

 

 午前二時の東京港、第三埠頭の、通称『マル3』倉庫の前である。

 閉じられたシャッターの両脇に、倉庫に収まりきらなかったコンテナが、いくつも積み上げられている。

 

 そのうちの一つが、開かれていた。

 雨に打たれながら、十数人の男達が、コンテナの前に停めた五台の小型トラックに荷物を移している最中なのだ。

 高そうなスーツを着込んだ男と秘書に比べて、全員が安っぽい服装だった。

 年齢もまちまちだ。

 セーター姿の青年、ジャンパー姿の中年も、果ては革ジャンの少年まで混じっている。人混みに放り込めば、とても彼らが同じ集団の仲間だとは思えないだろう。

 

 だが、二つの共通点があった。

 それも、いささか厄介な共通点だ。

 

 まず第一に、日本国籍の人間に見えない、ということ。

 そして、全員が肩からストラップで突撃銃らしき武器をぶら下げている、ということ。

 

「とぼけるな。お前らは何者だ? どうしてここが判った?」

 

 男の問いに、口を開いたのは青年の方だった。

 にやり、と口元を笑みに歪めたのだ。

 

「それは企業秘密だよ、波岡社長」

「ほう……私のことはすでに調査済み、ということか」

 

 そういうこと、と応えたのは白髪の少女の方である。

 

「製薬会社の社長が麻薬密売の元締めだなんて、いったい何の冗談?」

「そこまで調べてるのなら、なぜ警察が動かずに、お前らのようなガキがやって来るというんだね」

「そりゃあ、お役所にはいろいろと踏まなきゃならん『手順』があるからでしょうに」

 

 彼の言葉はつまり、警察はまだ令状を取りつけられるほどの証拠を握っていない、ということだ。

 その事実に気づいた時、波岡は思い出した。

 

「そうか……お前らが噂の……」

「あ、気づいちゃった?」

 

 暗闇の中で爛々と光る少女の赤い瞳は、白髪も相まってまるでウサギのようだ。

 

「私としては、このままおとなしく捕まってくれると助かるんだけどなあ。怪我しなくて済むし」

 

 少女の言葉に、ああ、と青年が頷いた。

 

「言っとくが、今さら逃げようなんて考えるなよ? こっちの仕事が増えるだけだし……」

 

 そう言う青年は、周囲の様子が怪しいことに気づいているだろうか。

 十数人の男達が、コンテナやトラックから離れて、波岡社長の周囲に集まりつつあるのだ。

 ゆっくりと、

 銃に手をかけて。

 

「……何より、俺らが逃がしゃしない」

「それはどうかな」

 

 波岡が、突然、右手を挙げる。

 がちゃがちゃと続く金属音は、十数丁の突撃銃が一斉に安全装置を解除する音だ。

 

「若き暗殺者よ、この機会に憶えておくといい。世の中、ヤバいブツほど金になるし、その金はヤバい相手ほど持ってるもんなんだよ」

「はあ」

「もっとも、お前がこの教訓を活かす機会があるかどうかは、疑問だがね」

「やめといた方がいいけどなあ」

 

 言いながら、青年は引きずっていた浪岡の部下を解放しつつ、その尻を蹴って転倒させる。

 

「無駄遣いはおすすめしないぜ?」

「やれ」

 

 波岡が、右手を振り下ろす。

 それが、合図になった。

 何十もの銃声が、一続きの轟音となって港に響き渡る。

 標的を逸れた弾丸が積み上がったコンテナを抉りつつ、甲高い音をたてて跳弾する。

 

 ほんの数秒。

 

 そして静寂。

 

 だが、

 

「おい」

 

 誰かが、呻いた。

 

「嘘だろ」

 

 恐怖の声だ。

 十数人が構えた十数丁の銃口は、全て二人の闖入者(ちんにゅうしゃ)を捉えていた。

 それなのに、

 

 立っている。

 

 二人の暗殺者が、ゆらぎもしないで、立っている!

 

「無駄だ、って言ったろ?」

 

 青年が笑うと、白い歯が剥き出しになる。

 

「あんたらの弾は、俺らにゃ当たらねえよ。……千束(ちさと)!」

「ほいっ!」

 

 言葉に合わせてしゃがみ込む千束の前に、少年が手にした銀色のトランクを振り上げる。

 叩きつけるのは、千束の目の前の地面だ。

 しゃがみ込んだ彼女の躯をすっぽり銃弾から護るようにタテに置かれたトランクの、その上面でシャッターが開く。

 垂直に飛び出すのは、二丁の拳銃である。

 大型にして大口径、長大なブル・バレルと二列装弾(ダブル・カラム)の弾倉、ボルト・タイプの遊底(スライド)を持つオートマチックだ。

 

 黒い凶器がまだ宙にあるうちに、ダンサーさながらのスピンで、青年は斜め前方へと回転する。その動きの中で、トランクから跳ね上がった銃を青年の腕が、空中から引ったくった。

 どん、と響くのは、彼がアスファルトを踏む音である。

 竜巻のような一瞬の回転運動が停止した時、青年は銃を手に、千束とトランクの前に立っていた。

 神速である。

 一八〇センチ近い青年の、それは重力と慣性と大気の抵抗を無視した動きだ。

 

 同時に、青年の背後から赤い影が飛び出した。

 千束だ。受け身を取りつつ彼の隣に片膝を突く彼女の手にもまた、一丁の黒光りする拳銃が握られていた。

 

 彼らに向けられていた全ての銃口は、標的を逸れている。

 しかし青年は、その隙を狙ったりはしなかった。

 

「こっちだ、おら!!」

 

 十数の銃口が、一斉に動いた。

 こちらへ向かって駆け出す千束とは違って、青年はその場から動く気配はない。

 迎えるのは、たった三つの銃口である。

 

「痛いから覚悟しなよ!!」

 

 無数の銃声は、連続する音ではなく、一つに融合した轟音となる。発射された高温・高速の弾丸は、潮の香りのする大気を切り裂き、アスファルトを粉砕し、コンテナを穿ち、小型トラックのフロント・グラスをかち割る。

 

 全ての銃弾が、青年を逸れた。

 彼を狙う銃口が、発砲の寸前に、ことごとく標的を逸れるのである。

 

 それはまさしく神業だった。彼の目は、十数におよぶ敵の、十数におよぶ銃から弾丸が発射される瞬間を、コンマ・ゼロ秒以下の精度で見極めているのである。

 そして相手が引き金を引く寸前、その腕を、肩を、あるいは銃そのものを狙い撃つのだ。

 もしも、この場に青年と同じ『目』を持つ者がいたとしたら、その驚くべき光景を目撃することだろう。彼の銃は、銃口から飛び出した弾丸がまだ標的に到着する前に排莢と遊底の封鎖を完了し、次の標的に向かって次の弾丸を発射しているのである。

 

 おまけにその弾丸は、組織の構成員へ接近する千束には一発たりとも当たることはない。それどころか彼女の場合は、敵が発射した弾丸のことごとくを最小限の動きだけでかわしているのだ。

 

 たった数秒の出来事だった。

 銃声が、途絶えた。

 

「いで! いでで!」

「なんだ! なんだこれ!!」

「うわああ! 手が! 手が!!」

 

 ようやく自分が撃たれていることに気づいた連中が、腕を、肩をおさえて悲鳴をあげる。それ以外の男達は、手にした銃がひん曲がっているのを見て目を剥いた。大口径の弾丸の、直撃を受けたのだ。

 そして得物を失った奴から順番に、千束が至近距離で弾丸を撃ち込んでゆく。

 だが、どういうわけか彼女が撃った連中はどいつも鈍い痛みにうめくだけで、血が出ている様子はない。

 次々と部下が昏倒してゆく中、波岡は見た。

 

「どうだい」

 

 黒衣の青年を。

 

「ちょっとしたもんだろ。え? おい」

 

 白い煙をまといつかせる、二丁の拳銃を。

 

「射撃は得意でね」

 

 雨に濡れた前髪から覗く双眸は、まるで肉食獣のごとき獰猛さをたたえていた。

 

「さて、どうする? まだ遊び足りねえなら、相手になるぜ」

 

 あまりの恐ろしさに、波岡はただ、阿呆のように口をぱくぱくとさせることしか出来なかった。

 

「償い時だ、おっさん」

 

 麻薬密売組織が壊滅したのは、それからすぐのことだった。

 

 

 

 歴史に“もしも”はない、と言ったのは、誰だったろうか。

 

 もしもあの時、ああしていれば。

 もしもあの時、こうしていれば。

 

 過ぎてしまえば、どうとでも言えることだ。

 

 けれど、もしも、は絶対にあり得ない。現に、なかったから、今の有り様があるのだ。

 

 優しく温厚な日本人の規範意識の高さにより、首都・東京から『危険』が消え去ってから、もうすぐ八年になる。

 

 一〇年前のテロを最後に、今や日本は世界一位の治安を誇る法治国家として世界にその名を轟かせているのだ。

 

 だが、

 それが事実と異なることを、知っている人々がいる。

『危険』は消え去ったのではなく、ことごとく『なかったこと』にされていることを、知っている人々がいる。

 

「何が『世界一の治安』だよ、莫迦(ばか)莫迦しい」

 

 上半身と両足をそれぞれケーブルに拘束されて昏倒している波岡を見下ろし吐き捨てる青年も、その一人である。

 それが本当なら、と大暉(はるき)は思う。

 俺らは必要ないはずだろうが。

 

「ん? どったの大暉?」

 

 ばしゅん、と最後の一人の拘束を終えた千束が、こちらを振り返った。

 全員、気を失ってはいるが、屍者(ししゃ)は誰一人としていない。大暉に撃ち抜かれた連中も、応急処置は済ませてある。

 そう。

 誰も殺してはいない。

 それどころか、構成員に混じった数人の少年に対しては、手にした突撃銃を直接撃ち抜くことで無力化し、その肉体にはいっさい出血の跡は見られなかった。

 

「んにゃ、何でもない」

「そ? ならいいけど」

「クリーナーへは連絡したか?」

「うん。一〇分くらいで着くってさ」

「んじゃ後片付けは向こうに任して、とっとと帰るとするか」

「そーしよー! あーぁあ、もう全身ずぶ濡れだよー」

 

 ぶんぶんと振る頭に従って彼女の髪が広がるが、水気を弾いたそばから新たな雨滴に濡れるので、大した意味はない。

 

「仕方ないだろ、傘持って制圧するわけにもいかないし。それに、これは俺が受けた仕事だぞ? お前まで出張らなくてもよかったんだ」

「何ですと~? じゃあパートナーの千束ちゃんがいなくても平気だったと?」

「当然」

 

 即答してやった。

 

「うわ、ひっでぇ!」

 

 だが、

 

「でもまあ」

 

 それだけでは終わらない。

 

「助かったのはマジ。お疲れさん、あんがとな」

「ふふん、判ればいいんだよ、判れば~」

 

 再びにまにまと上機嫌になった少女を見た大暉は、やれやれ、とばかりに溜め息をつく。

 そして、雨の埠頭を歩きだした。

 

「帰ったら、風邪引かないようにちゃんと風呂入れよ」

「子供じゃないんだから、それぐらいちゃんとやるって~。それより大暉の方が心配だよ」

「なんでさ?」

「今、モーレツに眠いでしょ? 家着いたらソッコーで寝るんじゃない?」

「そんなヘマしねぇよ」

「どーだろうねえ。なんたって、ズボラな大暉だから」

「うっせ」

 

 因果律は、不変の法則だ。

 原因があって、結果がある。

 でも人は、原因が生じた瞬間に結果を知ることは出来ない。結果を見てから、その原因を探り、あの時のあれが原因だったのか、と理解するのだ。

 

 今の俺があるのは、と大暉は前方を歩く相棒に目をやった。

 背後からの視線に気づいたのか、こちらを振り返った千束は、にひひ、と満面の笑みを投げてくる。その笑みに釣られて、思わず大暉も苦笑を返した。

 間違いなく、こいつと出逢ったからだろうな。

 

 一〇年前、あの電波塔テロの時に。

 

 

 

 波岡は、若き暗殺者、と大暉達を呼んだ。

 

 だが、彼は自身の認識の誤りに、ついぞ気づくことはなかった。

 

 史上最強のリコリス・錦木(にしきぎ)千束(ちさと)

 伝説のリリベル・石蕗(つわぶき)大暉(はるき)

 

 この二人こそ、組織の中で『不殺』を貫く問題児と反逆者(リベリオン)であるということを。

 

 

 

 翌朝、大暉は見事に風邪をこじらせた。




 勢いのままに書いたので、細かい修正が後々入ることでしょう。


 続くかは未定だす。
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