リコリス・リベリオン 作:千束の笑顔が大好き
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断続する銃声が、シューティング・レンジの壁に残響する。
レンジに向かうカウンターは横に長く、それぞれ衝立で仕切られた射撃スペースは三つのみ。その全てのブースに、赤と紺、そして黒い制服が並び立つ。
標的との距離は二五ヤード、天井に這わせたレールから人物のシルエットをかたどった厚紙製のマン・ターゲットだ。
照準する。
轟音。
反動。
硝煙の匂い。
同じことを、ひたすら繰り返す。
後退した遊底が解放状態で固定されたら、銃把の中の弾倉が空になった合図だ。マガジンを取り出し、カウンターに並べられたケースから予備のカートリッジをマガジンに装填する。
照準する。
轟音。
反動。
匂い。
装填。
ただ無言で、ひたすらそれを繰り返す。
何度めかのフル・オープンになったところで、
「ふう……」
ようやくたきなは息をついた。
いくつかマン・ターゲットの黒い部分にヒットしているものの、明らかに的から外れた白地の部分への着弾が多い。
一発も急所に当たっていないのだ。
普段の彼女であれば、それはあり得ない成績だった。
「……何ですかこれ。暴れ馬にも程がありませんか」
呆れ混じりに、たきなはカウンターの予備カートリッジの一つを手に取る。
一見すると普通の実包だが、しかし弾頭を見ればそれが通常の弾丸でないことは明らかだ。
赤いのである。
「センセ特製の非殺傷弾だよ」
応えるのは右隣のブースに立つ
たきなと同じようにイヤー・ガードに防護ゴーグルという出で立ちで、カウンターの上には同じく赤い弾頭のカートリッジがケースに収められている。
見ると、同じくらいの回数発砲しているにもかかわらず、彼女のマン・ターゲットには一発も着弾していない。
「まあ、私も全ッ然当たんないけど~」
困ったような笑みを浮かべる千束に、
「殺さない程度に威力を抑えてあるからな。その分脆いんだよ」
左隣の
「というと?」
「こいつがプラスチックと金属の粉末を練ったフランジブル弾だってのは、前に言ったよな?」
「ええ」
そもそも、事の始まりはたきなのちょっとした疑問だったのだ。
すなわち、千束が使っているあの弾はいったい何ですか、だ。
無論、非殺傷弾だということはこれまでの戦闘で理解している。問題はそこではなく、なぜ千束は普通に射撃せずにわざわざ敵の懐に飛び込むような無茶な真似をしているのか、ということなのだ。
その場に居合わせた大暉が簡単な説明を施したものの、どこか要領を得ていない様子のたきなに文字通り目を光らせた千束が、じゃあ撃ってみようよ、と応えた。
それから裏の厨房で話を聞いていたらしいミカが、わざわざたきなの拳銃の規格に合わせた弾頭を練り、固め、削り出したのである。
そして今、喫茶リコリコの営業外の時間を活用して、実際に射撃練習をすることになった。
店舗の地下をくり抜いて造られた、特製のシューティング・レンジで。
床も壁も天井も最新の防音素材を使用した三重構造で、だからどれだけ撃っても店の外に音が漏れることはない。
弾頭が赤く着色してあるのは、着弾の際の血飛沫を偽装するためなのだと言っていた。
これにより、使用者である
とはいえ、当然ながらデメリットもある。
「だから一般的な弾に比べれば軽いが、下手すりゃ撃った瞬間に撃発の衝撃で砕け散りながら発砲されることもある」
早い話が、遠距離での射撃には向かない代物なのだ。
「……だからですか?」
ようやく、たきなは千束が今の戦闘スタイルに落ち着いた理由が判った。
照準の際、構えた拳銃じたいで片方の視界を塞ぎ、一点の目で正確に標的を捕らえるための胸撃ちの姿勢。
それによる超近接射撃。
「そう! 近寄れば、絶対当たる!」
ぱちん、と指を鳴らす、つまりそれが千束の導き出した解決策だった。
だが、それは卓越した洞察力による『弾避け』という神業をやってのける彼女だからこそ出来る芸当だ。
「私には無理ですね」
それがたきなの回答だった。
「この命中率では自分を護れない」
言いながら、マガジン内のカートリッジを実弾のフルメタル・ジャケットに換装する。
照準。
轟音。
反動。
匂い。
同じことの繰り返し。
遊底が解放状態で固定されると、ひゅう、と脇で見ていた千束が口笛を吹く。
「すごいね、たきな。機械みたい」
実弾による発砲は、どれもマン・ターゲットの中心にある赤い円の範囲に収まっていた。
「俺と同じで、急所外す方が合いそうだな」
言いながら
五〇口径が火を吹き、続く轟音は立て続けに発砲される一三発の弾丸である。その全てが、吸い込まれるようにマン・ターゲットの中心に風穴を開ける。
「でも大暉だって弾避けるじゃん」
……え?
「そうなんですか?」
「違ぇよ」
大暉はそう即答すると、
「……いや」
即座に自分で訂正した。
「間違っちゃいなくもないんだけど」
「……どっちなんですか」
「俺の場合、千束みたいな洞察力で避けてるわけじゃなくてな。相手がこっちを撃つ前に、カウンターで相手の照準を強引に変えてんだよ」
「それは……」
つまり、
自分が誰にどこから狙われているかを瞬時に把握し、敵あるいはその獲物を正確に撃ち抜いている、ということだ。
自らは被弾することなく。
驚くべき精度であると言える。
いや、以前DAに赴いた時に一度彼の射撃の腕前を見ていなければ、あるいはたきなもすぐには信じなかっただろう。だが『弾避け』を可能とする千束が身近にいることも相まって、そのパートナーである大暉が人間離れした技術を持っていても不思議ではないのかも知れない。
「……あとは勘だな」
「さらっと『自分こんなことも出来まっせ』自慢しないの!」
「しとらんわ!」
とにかく、と割って入って来た千束が手を打ちならす。彼女の目がこちらを向いた。
「それだけ上手なんだから、無理にセンセの弾撃つことないよ」
「……急所を撃つのが、仕事だったんですけど?」
無論、そのために訓練を受けてきたのだから。
しかし、
「もう違うでしょ?」
にっしっし、と笑って見せる千束に、たきなも半ば諦めたような笑みを浮かべる。
彼女の言うとおり。
今はもう違うのだ。
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喫茶リコリコの営業後に翌日の買い出しに出かけるのは、大暉の日課の一つだった。
無論、店のではなく自宅の、だ。徒歩圏内のスーパーに出向いては、食材はもちろん、不足している日用品があれば都度買い足している。
冷房の効いた店内を廻っては一通り必要なものを買い物カゴに突っ込んで、
「買い漏らし、ないよな?」
大暉は背後を振り返った。
「大丈夫です」
応えるたきなも、トイレットペーパーやら予備の歯ブラシやらが入った買い物カゴを手に提げて。
「うし。じゃあレジだレジ」
店の制服から着替えた大暉がいつものように買い物に出る時、たきなも便乗するように同行を申し出たのだ。その理由がつまり、トイレットペーパーの補充、である。
別に断る理由もないので、快諾した。その際千束にも声をかけたが、その時点で彼女は座敷にどかんと座ってはVRゲームに熱中していたので、けっきょく二人で出かけることに。
会計を済ませ袋に詰め終えたら、後はリコリコに戻るだけだ。
「にしても」
片手にレジ袋、もう片方はズボンのポケットに手を突っ込んだまま、大暉はふと思ったことを口にした。
「たきなもだいぶ、うちに馴染んできたよな」
「そうですか?」
応えるたきなも、片手でレジ袋を引っ提げて。
「おう。最近、よく笑うようになった。それに、ここんところボドゲ大会もしょっちゅう参加してるだろ」
特に、DAでフキ達と模擬戦をしたあの日から。その時は東京行きの列車の中で爆睡をキメていた大暉だったが、店に戻る道中、グループチャットの写真を目にしたのである。
その夜のボドゲ大会も、たきなの参戦で大盛り上がりしたものだ。その日を境にたきなは、定休日のボドゲ会も都合がつけば参加するようになっていた。
「いつもいいところでクルミに出し抜かれますけどね」
「まあそう言うな。でも、いいもんだろ? みんなと時間を気にせず遊んで盛り上がるってのは」
「そう……ですね。千束と大暉さんのおかげで、何となく、楽しめる余裕は出てきました」
たきなからの呼び方までもが、それまでとは大きく変わっていた。
「だから私なりに、この場所で出来ることを一つずつやっていこうと思ってるんです」
本部への復帰ではなくではなく、リコリコの仲間と。
「そうか」
いつの間にか、口元が笑みに歪む。たきなはそれに目ざとく気がついたようだった。
「変ですか?」
「変なもんか」
大暉はそう即答した。
「いい変化だと思うぜ」
大通りから路地へ入れば、リコリコはもうすぐだ。
通い慣れた道を何度か曲がり、一般住宅が立ち並ぶ中でひと際目立つ木造建築に『喫茶リコリコ』の看板が見えてきたところで、
「ぬぅぉぉおぉあぁああぁああ!!」
「うぇっ!?」
「ひゃっ!?」
どたどたと地団駄を踏む千束の絶叫が、近所迷惑などおかまいなしに店の外まで漏れ聞こえてきた。あまりに突然だったので、大暉は顔をしかめたし、たきなも驚いて肩をびくりと震わせた。
「なんだあ?」
ぶつぶつ言いながら、大暉は空いている手で『CLOSED』の札が掛けられたドアを開く。
「おい千束、いつまでやってん……」
帰って来た二人を出迎えたのは、
「悔じぃいぃいいぃいいぃいぃい!!」
テレビ画面に表示されたカラフルでポップな『LOSE』の四文字を前に立ち上がる千束と、
「ムキになり過ぎだろ……」
座敷に腰かけて、その様子を見て呆れ返るクルミだった。
しかし千束の方は納得していないようで、頭に付けたVRゴーグルを外しながらハンカチを噛む勢いで喰いかかる。
「だってこの人、名前がムカつ……」
クルミの方を向いた目が、
「……お、大暉!」
ふいにこちらを捉える。その視線を追って、クルミも振り向いた。
「おー、お前ら帰って来たのか」
「二人ともいいところに~!」
「は?」
何がいいところなのか、さっぱり判らない。
「どっちでもいいから、これやって! これやって!!」
言いながら千束が掲げて見せるのは、SF映画にでも出てきそうな、簡易的な銃のように見える。どうやら、今彼女が遊んでいるゲームのコントローラーのようだ。
だとするならば、
「じゃあ、たきな」
大暉は傍らの少女を振り返る。
「後は頼んだ」
「は、はい?」
突然話を振られたたきなは、目をぱちくりとさせて。
「千束のワガママに付き合ってもらっていいか」
「……別に大暉さんがやってもいいのでは?」
「俺はさぁ……ほれ」
手に持ったレジ袋を掲げて見せる。
「買い物なら私も同じですけど」
「そっちは日用品。こっちは日用品と食品。アイスもあるから、必要なものだけ冷凍庫にいったん仕舞ってくるわ」
「……そういうことなら」
「んじゃ、よろしく」
千束にされるがままにゴーグルを装着させられたたきなを尻目に、大暉はバックヤードに入る。
この時間なら、まだミカも店にいるはずだ。
「マスター? 冷蔵庫借りるぞー?」
きょろきょろと見渡しながら問いかける大暉に、
「好きに使いなさい」
応える深い声は、妙にこもっている。従業員用のトイレの中からだった。
「おおっ……何かタイミング悪かったみたいで、ごめん」
気にするな、と返ってきて、だから大暉は遠慮なく袋の中の冷蔵・冷凍が必要な商品を厨房の冷蔵庫に突っ込んでゆく。
「やばいやばいやばい、ぶつかるじゃん……ぃしょっとぉ!」
座敷の方は早速盛り上がっているようで、どたどたと座敷が騒がしい。
仕舞い終えた大暉がカウンターから顔を出した時には、両手にコントローラーを握った状態で器用にバク転をキメるたきなの後ろで、千束が大急ぎで座卓をどかすところだった。
急ぎ過ぎたのか、なぜか膝を曲げたままの片足を上げた格好で。
そんな珍妙な姿勢の千束が、ちょうど大暉の視線の真ん前に。
図らずも視界に飛び込んで来たものに、
「……は?」
一瞬、大暉の思考が停止する。
再起動がかかったのは、わずか三秒後だ。テレビ画面を振り返っては感嘆の声をあげるクルミに、強引に引き戻されたのである。
千束は大暉の硬直などつゆ知らず、彼女も彼女で鳩が豆鉄砲を喰ったような顔でたきなを見ていたようだ。
「へ?」
クルミを振り向いてからテレビ画面に視線を戻す千束にならって、大暉も画面の方を見る。
「え、あ、勝ったの!? っしゃぁああぁあぁああぁあ!!」
「おー……お見事」
画面に燦然と輝く『WINNER』の文字に、思わず大暉は胸の前で小さな拍手を贈る。ほとんどたきなのプレイを見ていなかったから、だから拍手の半分は、座敷でバク転をやって見せたことの技術点だ。
「……喜び過ぎでしょ」
ゴーグルを外しながら、たきなはやれやれとばかりに千束を振り返る。言われた当人は、腕を組んでむすっと応えた。
「だってさ、こいつ名前がムカつくんだよ!」
「名前ぇ?」
訊き返して、大暉はカウンターから身を乗り出して画面に表示されているものに注目した。
どうやら次戦に進んでいるようで、待機画面ではデフォルメの強い擬人化されたヒマワリと二足歩行のネコのようなキャラクターが対角線に立ち、画面の中央で分断されては両者の間に『VS』の文字が並んでいる。千束が『CHISATO』として操っているのは、どうやら右側のヒマワリのキャラクターらしい。
そして画面左のネコっぽいキャラクターの名前を見て、
「あー……そゆことね」
大暉は何となく千束がムカつく理由を察した。
それはたきなも同じだったようだ。もっとも彼女の場合、その名前が必ずしも自身の知る人物と同じであるとは考えなかったらしい。
「偶然じゃないですか?」
さっきの千束のようにムキになっている画面の向こうの『FUKI』の姿が、大暉には見えた気がした。
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解せない。
いっこうに解せない。
はたしてあの瞬間目にしたものは一体何だったのだろうかという疑問が、延々と千束の脳内を駆けめぐっていた。
「クルミ」
奥のテーブル席に腰掛け、腕を組みながら。
「んー?」
応えるクルミは小上がり席で、こちらに背を向けて、さっきまで座敷に広げていたゲームセットを段ボールに片づけているところだった。
「たきなのパンツって見たことある?」
「あるわけないだろ」
「ちぇ~っ。何でも知りたいんじゃないのかよぉ」
「ボクにだって興味の矛先が向く向かないはある」
つまり、たきなの下着なんて別にどうでもいい、ということだ。
「なんだ、千束はノーパン派か?」
「いやいやいや」
「なら、何穿いていようと、たきなの自由だろ?」
それを言われてしまうと、さすがに突っ込み辛い。
とは言え、ずっと気になっていることに変わりはない。
気のせいかも知れない。
だがあの時……ゲームを文字通り『躯』で遊んでいたたきながバク転した時に見えた『あれ』は、たしかに……。
そして錦木千束という少女は、一度気になったらとことん自分の目で『見』て確かめなければ気が済まないのだ。
立ち上がった千束は小上がり席とカウンターを抜けると、そのままバックヤードへと続く引き戸に手を伸ばす。
直前で、開かれた。
「お、ちょうどよかった」
中から現れたのは大暉だった。その手にはさっきまで冷蔵庫に仕舞っていた食材やらが詰まった袋を提げて、つまり帰宅の準備を進めているのだ。
「支度出来たか? そろそろ帰るぞ」
「ごめん、ちょっと
「は? あ、おい!」
半ば強引に彼の脇を擦り抜けて、さらに奥へと進む。
目的地は厨房のすぐ隣にある、更衣室だ。
一切躊躇せずに扉を開ければ、中にいるのはたきな一人だ。
中に入った千束はすぐさま
お願いします。
どうか、私の見間違いであってください。
そんな念を込めて勢いよくスカートをまくり上げた千束は、
「………………」
「なんですか」
頭上から千束の奇行に呆れ果てたたきなの声が降ってくるまで、完璧にフリーズしていた。
「え、あ……え……?」
かろうじて絞り出した声が、驚くほど震えている。
理解が追いつかない。
「……なに、これ……?」
「下着です」
即答するたきなは、スカートをまくられているという非常事態に恥ずかしがることもなく、堂々としていた。
「見て判りませんか」
いや、判る。
判るよ?
判るんだけど……、
「男物じゃん! なんで!?」
やはり、見間違いではなかったのだ。
たきなのスカートに隠れた下着は、千束が持っているようなものではなかった。
トランクスだったのだ。
しかも黒の!
ところが帰ってきた答えに、今度こそ千束は目眩がしそうになった。
「これが指定なのでは?」
「し、してい……?」
してい……指定?
指定って言った!?
次の瞬間、千束の脳細胞が、トップ・ギアで回転を始める。
下着は黒のトランクスであると指定されたということは、つまりそれを彼女に指定した人物がいるはずだ。
ミズキは論外として、クルミもさっきの発言からしてたきなに下着を指定するとは考え辛い。
だとしたら当然ながら、残るは男性スタッフのミカと大暉になる。
そのどちらかが犯人であるとするならば、
「もしかして……」
思い当たる人物は、一人しかいなかった。
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「全部まるっと聞かせてもらいましょうかぁ?」
ばん、とカウンターの天板を叩いて、千束はさながら取調室の刑事のように正面の相手へと詰め寄った。
「まるっともなにも……」
ぽりぽりと指で頬を掻きながら、応えるのはカウンターの向こうに立つミカだ。
そう。
彼こそが今回、たきなが男物のトランクスを穿いていた理由なのだ!
なぜなら、
店長だから!
名探偵チサト、渾身の推理である。
「店の服は支給するから下着だけ持参してくれ、と言ったんだ」
……ふむ。
今のミカの証言だと、たきながトランクスを選ぶ理由としてはいささか弱い。指定された、とたきなは言っていたから、つまりその『先』があるはずなのだ。
「なあ千束ー」
クルミだ。千束の隣の席に座ってしれっとこの緊急取り調べ室と化したホールに混ざるあたり、たきなが男物の下着を穿いていた事実については興味があるようだった。
「さっきから気になってたんだが、どうしてそこで大暉が候補に挙がらなかったんだ?」
冷凍庫から取って来たスイカのアイスバーをむしゃむしゃ齧りながら、彼女は座敷に腰を下ろして頬杖で事の成り行きを見守っていた大暉を振り返った。
「は? なんで俺なんだよ」
「歳ならミカよりもお前の方がよっぽど近いだろ。普通なら、話しやすくて歳も近いお前の方が疑われそうなものだがな」
だが千束は、そんなクルミの疑問を一蹴する。
「あー、ないない」
「なぜそう言い切れる」
「大暉、トランクス穿かないもん」
千束の回答に、座敷の大暉が補足した。
「俺はボクサー派だ」
「ボクは別にお前のパンツに興味はないが」
「ああ、それもそうか」
それから立ち上がった大暉が、千束の隣のカウンター席に腰を下ろす。
「で? それがどうして、たきながトランクスを選んだ理由になったんだよ?」
「そうだよたきなー。何でトランクスにしたのさ?」
「どんな下着がいいか判らなかったので……」
言いながら、たきなの視線がミカを向く。すると思い出したように、カウンターのミカが頷いた。
「ああ、そういえば好みを聞かれたな」
「阿呆かー!?」
そこで莫迦正直に自分の好みを伝えちゃうからこんなややこしいことになってるのが判らんのかセンセは!?
「これ、穿いてみるとけっこう開放的なんですが……」
「レビューは聞いてなーい!」
駄目だこれ。
根本的にたきなの考え方を変えなきゃ駄目だ。
とにかく、と千束は話を戻す。
「たきな!」
「は、はい」
「明日一二時に駅に集合ね」
「……仕事です?」
「ちゃうわ! パ、ン、ツ! 買いに行くの!」
それだけ言って足早に帰ろうとして、
「あ」
思い出した。
「制服着て来ンなよ? 私服ね、し、ふ、く。あと大暉!」
なんだ、と応える大暉は、ちょうど荷物を座敷から手に立ち上がるところだった。
「大暉にも付き合ってもらうからね!」
「なんだぁ!?」
慌てて、大暉が駆け寄って来る。
「ちょちょ、ちょいまち。別にたきなと二人で行けばいいんじゃねえの!?」
「荷物持ちに必要でしょー? それにこの前、ショッピングに行くって約束したじゃんか!」
クルミの護衛任務の時だ。しかしその実態は、わざと敵勢力に殺させて『ウォールナット』という存在を表舞台から完全に消す、というフェイクではあったが。
大暉はそれをあらかじめ知っていて、けれどあえて千束には黙っていた。
あの時、ほんの少しだけ心の奥がチクっとした。いくら口止めされていたとはいえ、長年の付き合いなのにもかかわらず信用されていないように思えて。
もちろん大暉にそんな意図がないのは判っているし、千束自身も割り切れないほど子供ではない。
だから、許す条件として大暉にいくつか約束を取り付けたのだ。
その一つがつまり、ショッピングに付き合ってもらうこと。
「あー、言った。言ったわ、たしかに」
「ほらほら~、ね~?」
「……判った。行くよ。行きますよ」
「おっしゃ荷物持ち確保ー!」
じゃそういうことだから、と千束は大暉と店を出る間際で、たきなにもう一度念を押す。
「明日、一二時ね! 待ってるから!!」
そのまま、ばたん、とドアを閉めた。
───────────────
千束と大暉が店を出てから少しして、たきながこちらを振り返る。
「店長」
「なんだ」
「指定の私服はありますか?」
ミカは天を仰いだ。