リコリス・リベリオン   作:千束の笑顔が大好き

2 / 12
 千束よぉ……キミの心臓にはいったいナニがあるんだ!?


Welcome to LycoReco!!

 ────────────

 

 

「本部のリコリスがうちに? マスター、それマジ?」

 

 たっぷりミルクを入れた眠気覚ましのコーヒーを一口飲んでから、大暉(はるき)は問いかける。

 バイト先のカウンター・テーブルである。

 午前九時半。まだ始業前だ。

 

 天井は二階までの吹き抜けで、通路を挟んだ背後には座敷席が二つと、階段を上がった先にも少人数の客席が二つ設けられている。

 外装も内装も木組みを基本としているが、窓枠にはめ込まれているのはどれも特徴的なステンド・グラスである。

 和洋折衷は店主のこだわりらしいが、なかなかどうして、バランスの取れた店舗になったと言えるだろう。

 

「マジだ」

 

 応える人物はカウンターの向こうに立つ、壮年の男性だ。店主である。

 だが、初めてこの店に訪れる者が彼の姿を一目見れば、きっとそのギャップに驚くことだろう。

 

『和』をテーマにした喫茶店だけあって着込んでいるのは薄紫の着物に同系色の羽織だが、しかしそれを着こなす店主はまるで『和』からかけ離れた人物なのだ。

 クセの強い長髪をバックに流した、褐色(かっしょく)の男性なのである。

 加齢によって刻まれた皴はさすがに誤魔化せないが、しかしモスグリーンの眼光はいまだ鋭さを保ち続けている。

 おまけにがっしりした体格はほどよく鍛えられているのが服の上からでも見て取れるものだから、もし彼が着込むのが着物ではなく濃い色のスーツで、彼の掛けるのが黒縁眼鏡ではなく濃いサングラスだったら、きっと『喫茶店の店主』よりも『殺し屋』だと紹介された方が納得するだろう。

 

「いつ?」

「今日だな。そろそろ来ると思うんだが……」

「今日? マジで?」

「何よ、あんた話聞いてないの?」

 

 口を挟むのは、大暉と同じくカウンターに着いている草色の着物をたすき掛けにした女性だ。

 長い亜麻色の髪に赤縁のナイロール・フレームの眼鏡をかけた、彼女は大暉の同僚である。

 

「いや、まったく。そもそもどうしてそうなったんだ?」

 

 応えたのは、店主の方だった。

 

「昨日の現場で、ちょっとな」

 

 こういうことらしい。

 

 その日、とあるビルで行われていた銃取引の現場を押さえるべく、本部からフォーマンセルのチームが一隊、派遣されていた。そこで、リコリスの一人が人質に捕われるトラブルが起こったのだ。

 その対処のために本部からの要請で千束が召喚されたものの、彼女の現着を待たずして、突如、状況が終了したらしい。

 その原因こそ、例のリコリスが()った独断行動にあるのだという。

 

「機銃をぶっ放すとは……なかなかぶっ飛んでるな、そいつ」

「まあ、そう言ってやるな」

 

 指令無視および越権行為による作戦の失敗。

 その責任を取らされる形で、今回の転属と相成ったというわけだ。

 

「人質になってたって()は?」

「無事だと聞いている」

「そうか、そいつぁよかった」

「出来ることなら、大暉にも出向いてもらいたかったんだが……」

 

 店主の言葉を、同僚が引き取る。

 

「肝心のあんたは昨日まで風邪でダウンしてたもんね~」

「はは……いやあ、面目ない」

「まったく、伝説が聞いて呆れるわ~」

「おい、そういうとこだぞ」

 

 言いながら、大暉はカップを持たない方の手で、同僚の座るカウンター・テーブルの上を指差す。

 そこには、純白のドレスに身を包んだ若い女性が華やかな笑顔を浮かべる表紙の雑誌があった。

 結婚情報誌の『ゼクツィ』である。

 

 大暉の大雑把な指摘に最初は眉を寄せていた彼女だったが、彼が指し示すものを見てようやく理解したようだ。

 

「あんだとぉ! 誰が結婚出来ないってぇ!?」

「自覚あるんなら治しなよ」

「上等だあ! 表出ろぃ!!」

 

 ばん、とカウンターを叩く彼女は、しかし妙に酒臭い。紅潮している顔も、怒りの感情だけではなさそうだ。

 それもそうだ。彼女の側には、すでに半分ほど飲まれた一升瓶が置かれているのだ。

 

 中原ミズキ。

 結婚願望に満ち満ちた、独身の二七歳である。

 

「今に見てなさいよ、すぐにアラン機関があたしにイイオトコを支援してくれるんだから!!」

「はいはい。まあ、頑張りなよ」

 

 酔っぱらいの戯言に付き合うのもほどほどに、大暉はカウンター横の棚を見上げる。

 瓶詰めされたコーヒー豆が並ぶ棚の上段に置かれたタブレットが、ちょうど朝のワイドショーを垂れ流していた。

 現在の特集は『匿名支援の代名詞/アラン・アダムス』。奇しくも、ミズキが口にした『アラン機関』そのものである。

 世界的に展開する謎の支援機関としてその名を轟かせているものの、その実態はほとんど明かされていない。個人なのか組織なのかさえ判らないのだ。

 彼らの活動指針はただ一つ。貧困や障害などを抱える『恵まれぬ者達』の中から天才を探し出し、無償で支援すること。

 

「なぁんか胡散臭いんだよなあ」

 

 それが、ワイドショーに映る(フクロウ)のペンダントに向けられた、率直な感想である。

 その時だ。

 がちゃり、と店のドアが控えめに開かれたのだ。

 

「あの……」

「ん?」

 

 突然の声に振り向くと、そこにはスーツケースを引く一人の少女の姿があった。

 一六か一七くらいだろうか。長い黒髪の、紫の瞳を持つ少女である。

 左頬に貼られたパッドが痛ましいが、それでも充分、美少女、と言ってもいいだろう。

 もっとも、その表情は固く、冷たい。

 客ではないことは、すぐに判った。何しろ店先のプレートは、まだ『CLOSED』のままなのだ。

 付け加えて言えば、

 

「お前は……」

 

 見覚えのない少女ではあるが、しかし彼女が身を包むその衣装には、見覚えがあった。

 特徴的な紺色の制服に、胸元には深緑のリボン。

 同じデザインの色違いを身にまとう少女を、大暉はよく知っている。

 つまり、

 

「リコリスか?」

「はい」

 

 黒髪の少女は頷いた。

 

「本日配属になりました、井ノ上たきなです」

「来たか、たきな」

 

 店の奥に消えていた店主が、言いながら手元のリモコンでタブレットの電源を落とす。

 

「たきな?」

 

 ミズキだ。

 

「……あー、DAクビになったっていう」

「クビじゃないです」

 

 食い気味に否定を入れてから、改めてたきなは向き直る。

 

「あなたから学べ、との命令です。千束(ちさと)さん」

 

 ミズキに。

 

 ……あれ?

 

 大暉は思わず眉を寄せた。

 見ると、店主も当のミズキも同様に顔を見合わせている。

 

「転属は本意ではありませんが、東京で一番のリコリスから学べる機会が得られて光栄です。この現場で自分を高めて、本部への復帰を果たしたいと思います」

 

 ようやく判った。

 たきなはここに『錦木(にしきぎ)千束』が在籍していることまでは聞かされているが、誰が『錦木千束』であるかまでは知らされていないのだ。

 その証拠に、現にたきなはミズキを『千束』だと思って話を進めている。

 助け舟を出したのは、店主の方だった。

 

「それは千束ではない」

「それ、って言うな!」

 

 あろうことか顎で指す店主に、たまらず言われたミズキも反論する。

 たきなの方はと言えば、ぱちぱちと瞼を瞬かせたかと思うと、こちらに視線を投げてくる。

 余計な勘違いをされる前に、大暉はコーヒーの入ったカップを口に運んでから言ってやることにした。

 

「俺でもないぞ」

 

 すると今度は、はっとした表情でカウンターの中の店主へと向けられた。

 

「そのおっさんでもねーよ!」

 

 ツッコミを入れるのは、ミズキだ。

 

「ここの管理者のミカだ。よろしく」

 

 言いながら手を差し出す店主に、たきなも改めて名乗りつつ握手に応じる。

 それから、ミカによる紹介が始まった。

 

「彼女はミズキ。元DAだ。所属は情報部」

「元……?」

「嫌気がさしたのよ。孤児を集めて、あんたらみたいな殺し屋を作ってるキモい組織にぃ」

 

 赤いフレームの眼鏡を指で押し上げながら、それが彼女が組織を離れた理由である。

 

「それから彼が……」

 

 ミカが大暉を指した、ちょうどその時だ。

 

「うわぁ! デッカい犬ですね! オオカミみたい!!」

 

 店の外から、キャッキャと騒ぐソプラノが届いて来たのである。

 

「お?」

 

 すぐに判った。

 

「騒がしいのが帰って来たか」

 

 ちりんちりん、とドア・ベルを鳴らしつつドアが開かれると、思ったとおりのボブ・カットが顔をのぞかせた。

 そのまま背中でドアを押し開けるのは、彼女が両手に荷物の詰まったレジ袋を提げているからだ。

 

「ただいまー!」

 

 看板娘・錦木千束のご帰還である。

 

「おう、おかえり」

「あ、大暉! もう元気になったんだ~!」

「おかげさんでな。今日から復帰」

「そっかそっか~! ふふん、私が持ってったお(かゆ)が効いたな~?」

「はいはい、あん時ゃありがとさん。それよか、そっちは買い漏らしないか?」

「もちろん!」

 

 大暉の問いに、座敷に荷物を置いた千束がVサインを寄越す。大暉の背後で酒をあおるミズキとは色違いの、彼女のそれは赤い着物だ。つまりそれがこの店のユニフォームなのだ。

 例によって、大暉もまた男性用の着物に袖を通している。腰紐はまだたすき掛けにしていないが、こちらは淡いブラウンである。

 

「あ」

 

 ふいに、Vサインした彼女の手が、思い出したようにベージュの前掛けのポケットへと伸びた。

 

「それよりセンセたいへ~ん。食べモグの口コミで、この店『ホール・スタッフが可愛い』って~! これ私のことだよね!?」

「あたしのことだよ!」

 

 食い気味に吠えるミズキに、

 

「冗談は顔だけにしろよ酔っぱらい」

 

 振り返った大暉と千束が繰り出した台詞は、一言一句同じだった。

 先生、とは千束だけが使うミカの呼称である。彼女にとって、彼は文字通りの『先生』なのだそうだ。

 

「……ん?」

 

 そこでようやく、千束が見慣れない顔がこの場に混ざっていることに気付いたようだった。

 

「あら? リコリス?」

「ああ、なんか今日からうちに来るんだとさ。聞いてたか?」

「んー……、あれ? どうだったかな?」

 

 見かねたミカが口を挟んだ。

 

「前に話したろ、千束」

「……あー! 思い出した!!」

 

 ぱあっ、と一気に顔を明るくさせる千束に、ようやくたきなも気づいたようだった。

 

「この人が、千束さん……?」

「今日からお互い相棒だ。仲良くしろ」

「この子が!?」

 

 ミカの言葉を合図にたきなのもとへ駆け寄ると、彼女の両手を握って千束は物凄い勢いで言葉をまくしたててゆく。

 

「よろしく相棒! 千束で~す!」

「い、井ノ上たきなです。よろし……」

「たきなー! 初めましてよね?」

「は、はい……去年、京都から転属になったばかりで……」

「おほ~転属組ぃ! 優秀なのね! 歳は?」

「一六です」

 

 大暉の三つ歳下、ということだ。

 

「私が一つお姉ちゃんか~。けど“さん”は要らないからね。“ち・さ・と”で、おっけ~!」

「は、はあ……」

 

 ぐいぐいと迫る千束に、しかし大暉は口を挟もうとは思わなかった。

 止める気がないのではない。

 止めようとしたところで無駄だと知っているからだ。

 大暉はたきなに向けて、頑張れ、と心の中で呟いた。

 千束とは、そういう少女なのである。

 

「いやー、この前のあれ凄かったねー! その顔は名誉の負傷?」

 

 機銃をぶっ放すジェスチャーを取りながらの千束の問いに、しかしたきなは気まずそうに目を逸らしてから、

 

「……いえ」

 

 頬のパッドをさすって、そう答えた。

 

「……ん?」

 

 千束はと言えば、予想していた回答と違ったのか、目をぱちくりさせるばかりだ。

 

 どうやら、そういうわけではなさそうだった。

 

 

 

「だーかーらー! 何も殴らなくたっていいでしょ、つってんの!!」

 

 千束が声を荒げる相手は、店の奥に置かれた固定電話に向かってだ。

 たきなの頬の怪我は、任務によるものではなく、独断行動を咎めたチーム・リーダーによってつけられたものだったのだ。

 そのリーダーが、どうやら千束と昔にいろいろあったリコリスだったようで。

 こうして直接電話を掛けては文句をぶつけているわけである。

 

「想像と違ったか?」

 

 言いながら、ミカがカウンターに着いたたきなの前へ淹れたてのコーヒーを置く。大暉の隣である。

 

「いえ、そんなことは……」

 

 若干戸惑いながら、それでも平静を装おうとするたきなの姿に、大暉は苦笑した。

 

「最強、て雰囲気じゃないよな。あんなん見せられたら」

 

 あんなん、とはつまり、どことなく子供っぽいところがだ。

 とくに、感情のままにすぐに行動に移すあたりが。

 

「まあ、付き合ってくうちに慣れるからさ。あんまし気張らなくていいぞ」

「そうですか。あの、ところであなたは……?」

「ん? 俺か?」

 

 言われて、思い出した。

 

「……ああ、そう言やまだ自己紹介してなかったか」

 

 ちょうどしようとしたタイミングで、千束が帰って来たからだ。

 

「じゃあ改めて、石蕗(つわぶき)大暉だ。歳は、今年ハタチの一九。見てのとおり、ここで厄介になってる。よろしくな」

「よろしくお願いします。あの……もしかして、あなたが例の……?」

「例の、ってぇと……俺のこと、誰かから聞いたのか?」

「はい。転属を言い渡された時に、司令から。千束さんとは別にもう一人、電波塔を護った伝説のリリベルがいると」

「伝説って……よしてくれよ。俺ぁそんな大層なもんじゃないって。だいいち、そりゃ昔の話だ」

「なぁに言ってんの」

 

 ミズキだ。

 

「あんた、自分が有名人だってこと、忘れてるでしょ?」

「有名人? 俺が?」

「そうよ。あたしが本部にいたころは、『孤狼(バッド・ウルフ)』なんて言われて、凄かったんだから」

「は?」

 

 バッド・ウルフ?

 

「なんじゃそら」

「ずぅ~っとチームを組まずに暴れ回ってたあんたのことよ。知ってるでしょ? たきな」

「ええ。電波塔もそうですが、それ以外にも数々の危険な任務を単独で解決してこられたと伺ってます。例えば、日本を標的に連続爆破テロを画策した国際犯罪組織を壊滅させたことや、真水を信仰する新興宗教団体によるバイオテロを未然に防ぎ、関係者を捕らえたこと。それから超能力者を自称する犯罪グループの本拠地に乗り込んだことも。あとは……」

「ちょ、ちょいまち」

 

 たまらず、言葉を割り込ませる。

 

「それ、全部司令が言ってたのか?」

「ああ、いえ。これは地方で聞いた噂話です」

「だはあ」

 

 太い溜め息をついた、その時だ。

 

「司令司令、って、ちょっとは自分で考えなさいよ! ……うっせーアホ!!」

 

 がちゃん、と受話器を叩きつける。どうやら向こうは終わったようだ。

 

「よぅし、さっそく仕事に行こう! たきな!」

「はいっ!」

 

 相変わらず、すごい切り替えの速さだな、と大暉は思う。

 さっきまで受話器に向かってキレ散らかしていたのに、次の瞬間には満面の笑みを浮かべているのだ。

 

 反射的に立ち上がるたきなに、あ、と呼びかけた千束が待ったをかける。

 ご丁寧に、掌までこちら側に向けて。

 

「センセのコーヒー飲んでからでいいよ~。すごくおいしいから~!」

 

 じゃ私着替えてくるね~、と手を振りながら千束が厨房の奥へと消えてゆく。

 そのままたきなが腰を下ろそうとしたタイミングで、

 

「あーたきな!」

 

 戻って来やがった。

 ちょっと予想外だったので、思わず大暉も肩が跳ねてしまった。

 たきなも、また立ち上がる。

 

「はいっ!」

「リコリコへようこそぉ~! うひひひ!」

 

 満面の笑みでそう言うと、今度こそ奥にある更衣室へと消えてゆく。

 腰を下ろしたたきなは、ミカに勧められるままにコーヒーに口をつけた。

 

 喫茶リコリコ。

 今日も、賑やかな一日になりそうだ。




 BDにあった千束からのミカへの呼び方が「先生」ではなく「センセ」だったことが判明したので、該当箇所を修正しました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。