リコリス・リベリオン   作:千束の笑顔が大好き

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 ────────────

 

 

 それは急な(しら)せだった。

 

 見慣れた赤の制服に着替えた千束がたきなを連れて外回りの仕事に店を出てからしばらくして、やれそろそろ店を開けようかと玄関先のプレートを『OPEN』にしようかと大暉が立ち上がった時、一本の電話に引き止められたのだ。

 ミズキは裏の居間に、ミカはちょうどトイレに立っていたので、大暉が受話器を取った。

 一言めは当然、毎度ありがとうございます『喫茶リコリコ』です、である。

 だが電話の相手は、客でもなければ得意先の人間でもなかった。

 久しぶりだな、電話の向こうで『彼女』はそう言った。

 ご無沙汰してます、大暉はそう返した。

 ミカがトイレから戻ってきたタイミングで、大暉は受話器を彼に渡した。彼に繋ぐように、『彼女』に言われたからだ。

 

 改めて大暉は外に出ると、店先のブラック・ボードを手入れしてから、プレートを『OPEN』にする。

 そうして店内に戻ってきた時、

 

「銃が消えた?」

 

 受話器を耳にあてたミカが、困惑の声音でそう訊き返していたところだったのだ。

 それから二、三言ほど言葉を交わすと、頭を抱えながら受話器を電話機に置く。

 

「はあ……参ったな」

「マスター、どした?」

 

 腰紐でたすき掛けをしつつ、大暉はカウンターに近寄る。

 開店させたからと言って、何もすぐに客が来るわけではない。大通りに面しているわけでもなく、それどころかいくつか路地を曲がらなければ辿り着けない立地にある店舗は、ちょっとした穴場であるとともに新規顧客の獲得がしづらい一面も併せ持っているのだ。

 

楠木(くすのき)さんだったんだろ。何だって?」

「いや、ちょっとややこしいことになってきてな」

「……ていうと?」

「ほら、たきながうちに来ることになった銃取引の件なんだが……」

 

 ミカはそう前置きしてから、

 

「あいつが言うには、取引に使われたはずの銃がまるごと消えたらしいんだ」

「……は?」

 

 銃が消えた?

 

「量は?」

「約一〇〇〇丁」

「うぅわ……」

 

 戦争でも始める気だろうか。

 

「おそらく、本部側が誤情報を掴まされたんだろう。となると考えられるのは、そもそも取引自体がまだ成立していないか……」

「……あるいはとっくに取引された後か、だろうな」

 

 出来れば、後者であることは避けたいのが本音だ。そんな膨大な量の銃器がもしも市場に出回ってしまえば、瞬く間に日本社会は混乱の渦に陥れられてしまうだろう。

 

「そう言や、商人の方は? いることはいたんだろ? 何か情報は聞けなかったのか?」

「無駄だ」

「どうして?」

「全滅したらしい。たきなの機銃掃射でな」

「ああ……」

 

 なるほど、そこに繋がるわけか。

 

「今からミズキには、裏で闇市場の方を見てもらうつもりだ。午後までのシフトは、お前一人でも大丈夫そうか?」

「ん? ああ~」

 

 大暉は天井を見上げる。

 伝統的な木造の、吹き抜けの天井だ。

 だがすぐに視線を戻して、

 

「まあ、その辺は何とかなるだろ。自慢じゃないけど、あんまりこの店、混む方じゃないし」

 

 眉を寄せ、困ったような笑みを浮かべる大暉に、ミカもまた苦笑を返した。

 

「それもそうか」

 

 とは言え、と大暉は自身の頬を両手で思いきり叩く。

 

「気合を入れてしっかり稼がないと、今月も厳しいからなあ……」

「……それもそうだな」

 

 裏の仕事を順調に進めるためには、まず表の仕事をきっちりとこなさなければならない。

 たきなのことはとりあえず千束に任せるとして、こちらはこちらでやるべきことをやろう。

 がちゃり、と店のドアが開いた。

 心地よい鈴の音とともに、二人組の若い男女が入って来る。

 大暉はスイッチを入れ換えた。

 

「あ、いらっしゃいませ!」

 

 喫茶リコリコの経営は、つねに苦しいのである。

 

 

 

 ──────────────

 

 

 今でも、あの時なぜ隊長に殴られたのか、たきなには判らなかった。

 たしかに、切羽詰まった状況ではあった。だがその状況下で与えられた任務を遂行するためには、あれしか手がなかったのだ。

 敵に捕まったリコリスに誤射する心配はしていなかった。立ち上がっている武器商人とは違って、跪く格好で捕えられている彼女に弾が当たるとは考えられなかったからだ。

 取引される武器を押収するのは、敵を一掃してからでいい。そう思っていた。

 

 果たして、たきなの行動は功を奏し、敵の殺害および人質の救出に成功した。

 ところが。

 肝心の武器がなかった。

 綺麗さっぱり消えていたのだ。

 

 たきなを待ち受けていたのは、それだけではなかった。

 合理的な行動を取ったにも関わらずリーダーに殴られ、あろうことか本部からの転属を言い渡された。

 それでも転属先に『最強のリコリス』がいるということで、無理やり自分を納得させた。彼女と行動をともにし結果を残せば、きっとすぐ本部に復帰出来るはずだと。

 

 なのに、とたきなは思う。

 この部署は、あまりにも謎過ぎる。

 

「ごめん……先生から聞いてると思ってたよ」

 

 そう呟く千束は、さっきコンビニで買ってきたトマトジュースに挿したストローをくわえている。

 広大な敷地の、区立公園である。広場には遊具で遊ぶ子供達とその親、そして美しい桜の木々が一望出来る。

 

 もうすぐ昼に差しかかろうとしている。二人は、並んでベンチに腰掛けて小休憩をとることにした。

 そのきっかけこそ、千束への質問だったのだ。

 すなわち、

 この部署は、いったい何をするところなのか。

 

「何するところ、か……改めて()かれると考えちゃうな」

「保育園、日本語学校、組事務所……共通点が見出せません」

 

 特に組事務所に関して言えば、怪しげな袋を取り出した千束と組長のやり取りが違法薬物の取引にしか見えなかったため、彼女に止められなければ間違いなく背負った鞄に収納した銃を抜いていた。

 実際に袋に入っていたのは、ミカが挽いたコーヒー豆だったのだ。

 

「ん~、一言で言えば」

 

 千束はそう前置きしてから、

 

「困ってる人を助ける仕事だよ」

 

 そう言った。

 

「……個人のためのリコリス、ということですか?」

「そそ。コーヒーの配達も外国語の先生も保育園のお手伝いも、喜んでもらえるよ」

「私達リコリスは、国を護る公的秘密組織のエージェントですよ?」

 

 日本の治安維持を目的に設立された、秘密組織である。その源流を辿れば、明治政府樹立以前に組織された暗殺部隊『彼岸花(ヒガンバナ)』にまで遡る。

 彼岸花(リコリス・ラジアータ)……すなわち、リコリスとは彼女達のコード・ネームなのだ。

 無論、その存在は一般には秘匿(ひとく)されている。

 

「お~、そう言うと映画みたいで何かカッコイイ~!」

 

 けーど、と千束は背もたれに腕を回して背を預ける。

 その口元には、皮肉な笑みが浮かんでいた。

 

「凶悪犯を処刑して廻ってる殺し屋、って言われたりも……ねえ?」

「……ああいうことが起きる時代ですから、私達が必要です」

 

 言いながら、たきなは千束に向けていた視線を正面に戻す。

 

「そーねー。そーなんかもねー」

 

 応えて、千束も前を向いた。

 二人の視線の先には、一〇年前に起きたテロ事件の標的となった旧電波塔が、半ば倒壊した恰好のまま取り残されていた。

 

 ……そう言えば、

 

「千束さん」

「ん? なにー?」

「あの人とは、もう長いこと組まれているんですか?」

「へ……あの人?」

「石蕗さんのことです。あの電波塔も、お二人で護ったんですよね?」

「ああ、あれ? うん。そだよ」

 

 一〇年前の事件のことは、さすがにたきなも知っている。鎮圧のために多数のリコリスが動員されたと聞いているが、テロリストが持つ武装や爆発によってことごとく死亡した。

 そんな中、本部から派遣された二人のエージェントが、あっという間に敵部隊を鎮圧したのだ。

 その二人こそ、錦木千束と石蕗大暉その人である。

 

「懐かしいなあ。もう一〇年になっちゃうのか、大暉と初めて逢ってから」

「え……もともとお知り合いだったわけじゃないんですか?」

「いやあ、違うんだな~これが」

 

 ずずっ、とストローでジュースをすすってから、千束は応える。

 

「あの時の現場が初めましてだよ。お互いの組織から、それぞれその時イチバン強いのが派遣されたってことだけは知ってたけど、誰が来てるかまでは判らなかった。そしたら、ほれ……」

「石蕗さんだった、と?」

「そゆこと」

「では、その後すぐにあの店に?」

「私はね。大暉はもっと後になってから」

 

 ふいに、千束の目が変わったことに気がついた。

 視線は変わらず旧電波塔を見つめているが、さらにその『向こう』を見据えているように感じられたのだ。

 そして、

 

「……まあ、そうなるまでに、いろいろとあったんだけども」

 

 ぽそり、と小さくこぼした。

 唇に、かすかな笑みを浮かべながら。

 

「……千束さん?」

「まあ、ともかくっ!」

 

 突然、勢いよく立ち上がったかと思うと、最強の少女はこちらを振り返った。

 

「DAが興味持たなくても、困ってる人はいっぱいいてさ。助けを求めてる。私達はそんな人達の助けになりたいの。でも今の私達が伸ばせる手の数には限りがあるからさ」

 

 だから、と彼女は右手を差し出した。

 

「たきな、力を貸してくれる?」

 

 正直、このままでいいのかという焦りはある。

 しかし、ここで実績を残さなければ本部への復帰が叶わないことも、また事実だ。

 だとすれば、

 

「……はい」

 

 今は、その手を取るしかないだろう。

 右手で応じると、軽く引き上げられた。

 その力に乗じて、たきなもベンチから腰を上げる。

 

「なんか質問ある?」

「……あり過ぎますね」

 

 次の行先は、警察署だ。

 

 

 

 ────────────

 

 

 大暉と千束との付き合いは、ミカに次いでそこそこ長い。

 リコリコに来てからは仕事で組むこともしょっちゅうだったから、お互いが考えていることもだいたいは読めるようになってきていた。

 だから、

 

「あん?」

 

 カウンターに置いた携帯のバイブレーションに気づいた大暉が、画面を覗いてから事態を把握するまで、五秒とかからなかった。

 コミュニケーション・アプリ『JOIN』で千束から送られてきた、それは一枚の画像だった。

 カップルのツーショットのようだ。若い女性と体格のいい男性が、人影が見えるビルを背に仲良く肩を寄せ合って笑顔を浮かべている。

 すると立て続けに、メッセージが送られてきた。

 

「仕方ねえなあ」

 

 メッセージを確認した大暉は、よっこらせとカウンターから立ち上がると、のそのそと更衣室の方へ向かう。

 ブラウンの着物を脱ぐと、ロッカーの中からハンガーにかかった黒の上下を入れ違いに取り出す。

 シャツを着て、ズボンを履き、上着に袖を通す。

 ボタンを全て留めれば、彼は『リコリコの店員』から『リリベル』へ変身だ。

 更衣室を出る。

 厨房を横切って従業員用の居間へ上がろうとした時、

 

「出かけるのか?」

 

 カウンターで椅子に腰かけてタブレットのテレビを眺めていたミカが、声をかけてきた。

 

「千束からお呼び出し。それと、お泊まりセット出しといてくれってさ。あいつの、どこに仕舞ってたっけ?」

「押し入れの中だ。お前のトランクの隣にある」

「あいよぅ」

 

 言われた通り押入れの中を探してみると、すぐにお目当てのものが見つかった。ずっしりとした重みの、青いボストン・バッグである。

 いっしょにトランクも取り出して、押入れを閉めた。

 

「んじゃ、行って来ますよ~」

「気をつけてな」

 

 そうしてドアノブに手をかけようとした時、突然、一方的にドアが開かれた。

 店の内側……すなわち、その真正面に立った大暉へ向かって。

 

「あだあっ!?」

 

 両手が塞がっている上に警戒すらしていなかった大暉は、当然、避ける暇などなく。

 勢いよく開けられたドアが思いっきり顔面に叩きつけられ、大暉は激痛に悶絶しつつ後退る。

 

「やっば、やっちゃたぁ……って、大暉!? ごめん、だいじょぶ!?」

「こ……これが、大丈夫に……見えるかぁ?」

 

 ドアを開けたのは、やはりというかなんというか、さっき連絡を寄越してきた千束だった。

 

「ほんッとごめん! それよりお泊まりセットは!?」

「ちゃんとあるよ。いちち……ほれ」

「わ~! ありがとお~!!」

 

 大暉からバッグを受け取った千束は、よし、ともう一度外に出ようとする。

 その背中に、

 

「千束ー。シフト交替の時間だよー!」

 

 二階でテーブルを拭いていたミズキから声がかかった。

 だが、

 

「ごめーん! ちょっと急用出来たから!」

「へ!? あ、ちょっ……千束ぉ!?」

「ほ~ら! 大暉も行こ!」

「うぉっ、おいおい!? 引っ張らなくても行くってば!」

 

 そう言って大暉の手を取ると、あっという間に外へと連れ出してしまう。

 そのまま店を飛び出す格好になった大暉は、千束に連れられるまま夜の路地を歩いてゆく。

 

「さっきはごめんね~。今度何かお詫びするからさ」

「期待しとく。んで? 何を手伝えばいいんだ?」

 

 千束からのメッセージである。文面には『護衛のお仕事入りました~!』と『あ、お泊まりセット用意しといてね』としか書かれていない。

 しかし、それをわざわざ寄越すということはつまり、大暉の手を借りたい、ということに他ならない。

 

「写真は見た?」

「見た」

 

 ストーカー被害に遇っているらしい、と千束は言った。

 篠原沙保里(さほり)。今回の依頼者である。

 例の画像をSNSにアップしたところ脅迫の内容が書かれた返信などが付くようになり、画像を消した後も、彼氏ともどもずっと不審な人物に付きまとわれているのだという。

 

「あの後ろのビルは?」

「ガス爆発事件が起きたビルだよ。ニュースとかで見てない?」

 

 そう言えば今朝、そんな映像を見たような気もする。早朝だったために、人的被害は皆無だったとか何とか。

 

「……まあ、それ昨日の銃取引の現場なんだけど」

「ああ!? そうなのか?」

 

 千束は頷きで応える。

 突如として消えた、一〇〇〇丁の銃が取引された現場。

 嫌な予感がした。

 

「じゃあ、あそこに写り込んでたのは……」

「うん。たぶん商人と、取引してた人達だと思う。ヤバいよね?」

 

 ヤバいなんてもんじゃない。

 やはり取引はすでに行われた後だったのだ!

 

「だから、お泊まりセットってわけか」

「せいか~い! 今夜はパジャマ・パーティーなのです!」

 

 ピンポーン、とサウンドが聞こえてきそうな明るさで、千束は人差し指を立てる。

 

「あ、中に大暉のも入れてあるからね。クマちゃん柄のやつ」

「なっ、いつの間に!?」

「へっへーん、千束さまに抜かりはないのだよ~」

 

 まあ、仕方ないか。

 相手が暴漢ではなくテロリストなら、戦力は大いに越したことはない。

 

「お前がここに来たってことは、今は新人が護衛に付いてるのか?」

「たきなね。うん、命大事に、て念押ししといたから、何か起こってもちゃんと護りながら立ち回ってくれると思うよ」

「そうか、それならい……」

 

 …………それならいいけど、と言おうとした。

 だがその途端、頭の中に映像が流れ込んできたのだ。

 

 それも、よくないものが。

 

 千束が大暉の異変に気づいたのは、立ち止まってしまった大暉を置いて何歩か進んでからだった。

 

「……大暉?」

 

 怪訝そうに、こちらを振り返る。

 その時になって、ようやく大暉も我にかえった。

 

「もしかして、また『見』えちゃったの?」

「……みたいだ」

「よくないやつ?」

「ああ。下手すると、その沙保里さんが危ない」

「ええっ!? それガチでヤバいやつじゃん!」

「そうだよ! だから急ぐぞ!!」

「あ、うん!」

 

 次の瞬間、二人は同時に駆け出した。

 

 

 

 ───────────────

 

 

 

 夜道を照らす外灯の下を、黒と赤の影が疾駆する。

 右折、左折、直進……およそ考え得る限りの最短ルートで、二人は入り組んだ路地を駆け抜けた。

 

「大暉! あれ見て!」

 

 並走する千束が、夜空を指差した。

 指先を追って見上げると、上空に小さな黄色い何かが浮かんでいるのが見える。

 四つの小振りなプロペラによって揚力を得た、それはドローンである。

 何年か前に仕事先で似たようなものを見た気もするが、問題なのは、なぜ住宅地の上空を……しかもこんな時間に飛んでいるか、ということだ。

 そんなもの、決まってる。

 

「あのカメラが向いてる先が現場だ!」

「りょーかいっ!」

 

 大暉の思ったとおりだった。ドローンに付いた映像記録用のレンズが向いた先を目指すにつれ、徐々に耳馴染みのある音が聴こえてきたのである。

 ぱしゅん、ぱしゅん、と乾いた、しかし決して静かではない、音。

 サプレッサー装備の拳銃による、それは断続的な発砲音である。

 何度めかの路地を曲がった時、二人はついに目的の場所へ辿り着いた。

 向こうの通りに、今日知り合ったばかりの少女が立っていた。

 井ノ上たきなだ。

 両手で拳銃を構えて。

 厳密には、立ちはだかっている、と言った方が正確かも知れない。曲がり角のせいで何に対してそうしているのかは判らないが、それでも彼女の行動を見れば何となくの予想がつく。

 

「取引した銃の所在を言いなさい!」

 

 たきなは『正面』に向かって、そう言い放ちながら発砲を繰り返しているのだ。

 

「……どこが『命大事に』だよ、千束」

「うぅうう~……私に言わないでよ! あー、もう!!」

 

 頭を掻きながら、仕方ないな、とばかりに千束が駆け出す。ちょうど、たきなの拳銃の遊底が開ききった時だった。

 弾切れだ。

 予備の弾倉を装填したタイミングで、こちらの存在に気づいた彼女を千束が強引に路地の方へと連れ込んだ。

 大暉も、二人のもとへ駆け寄る。

 若干の困惑とともに口を開いたのは、千束の方だった。

 

「な・に・し・て・ん・の~!」

「尾行されてたので、おびき出しました。彼らが銃の所在を知ってるはずです」

 

 たきなの応えに、大暉は路地の角から通りの方を覗いてみる。

 停まっている白いワゴンが、どうやらそれらしい。その証拠に、フロント・グラスはおろか、前照灯やタイヤまでもが、撃ち込まれた銃弾によって破壊されているのである。

 だが、

 

「ちょーちょちょ、沙保里さんは?」

 

 肝心の沙保里の姿が見当たらないことに、千束が気がついた。

 応えたのは、大暉の方である。

 

「車ン中か」

 

 背中をコンクリートの塀に沿わせ、通りの方を覗きながら。

 

「へっ!?」

 

 無論、白いワゴンの、である。

 

「ちょーちょちょちょ! まさか護衛対象、囮にしたの!?」

 

 だが、たきなの言い分はこれだけではなかったようだ。

 

「彼らの目的は、スマホの画像データです。沙保里さんを殺す意図はないと思います」

「何でそう言い切れるんだよ。間接的とは言え、目撃者なんだろ?」

「そうだよ! 人質になっちゃうでしょ!?」

「この女がどうなってもいいのかぁ!!」

 

 突如、張り上げられた男の声に、ほらぁ、とばかりに千束の眉が寄る。

 同時に、ワゴン車から何人か出てくると、車の陰に隠れ始める。どうやらこちらの出方を伺っているようだ。

 たきなが移動手段の足となるタイヤを撃ってくれたおかげで、今すぐ彼らがここから遠く離れたところへ逃げてしまうということだけは避けられた。だが相手に人質を取られている以上、悠長にはしていられない。

 その証拠に、早くも連中は車を乗り捨ててトンズラかまそうとしているのだ。

 早急に、護衛対象を助け出す必要があった。

 

「あなた方が止めなければ、もう終わっていました」

「沙保里さんに当たっちゃうでしょ!」

「そんなミスはしませんよ。この距離からでも射殺出来ます」

「おいおい。命大事に、て言われたんだろ?」

 

 たきなの方を振り返ってそう言った時、隣にしゃがみ込む千束と目が合った。

 

「ねえ大暉。来てもらってさっそくなんだけどさ……いける?」

「当然」

 

 応えて、手にしたトランクを置く。

 側面を蹴ると、ばしゃ、と上面のシャッターが展開し、内側から黒い物体を一つ、垂直に撥ね上げた。

 そいつを、右手で空中から引ったくる。

 

「いつでも行けるぜ」

 

 彼の手には、大型の拳銃が握られていた。

 

「おっけー。じゃあさ、たきな。射撃に自信あるなら、七時方向にこっち見てるドローン撃ってくれる? あ、音出してね」

 

 さっき、移動中に見つけたやつだ。それを、サプレッサーを外してあえて『銃声』を聞かせるように言っているのである。

 

「撃った後は、どうすれば?」

「ここで見てな」

 

 たきなの肩に左手を乗せて、大暉はそう言った。

 

「バトン・タッチだ。こっからは俺らでやる」

「そうそう。私達のやり方、ちゃ~んと見ときなよ? リコリコに来たからには、こっちがスタンダードだから」

「で、ですが私も……」

 

 言いかけるたきなに、しかし千束は容赦なかった。

 

「あーゆーおーけい?」

 

 ぐい、と顔を近づけて、そう言っただけだ。

 だがそれだけで、彼女を黙らせるには充分だったようだ。

 

「……判りました」

「ちょっと~! そこは『おーけい』って言うところでしょーが! たきなさん!!」

「別にどっちでもいいだろ」

 

 とにかく、と大暉は続ける。

 声をひそめて。

 

「カウント(スリー)だ。(ゼロ)で、たきなの発砲と同時に動く。いいな?」

「……はい」

「りょーかい」

 

 そして、大暉はカウントを始める。

 

「3……」

 

 銃を握った方の親指で、セーフティを解除する。

 

(ツー)……」

 

 千束と互いに顔を見合わせ、頷き合う。

 

(ワン)……」

 

 しゃがみ込む格好のたきなが、瞬時に振り返って夜空に銃を向ける。

 照準は、真っ直ぐに上空のドローンを向いていた。

 そして、

 

(ゼロ)!」

 

 暮夜の空に、轟音が響いた。

 銃声である。

 

 二人が路地を飛び出した時、ワゴン車の連中は皆、突然の爆音に身をかがめていた。開け放たれたドアの向こうに隠れる格好で、だから向こうが立ち上がりでもしない限り、こちらの姿を見ることは不可能だ。

 大暉は向かって左から、千束は右から助手席の前へと回り込む。

 

「やあ、取引したいんだけど」

「うおぁっ!?」

 

 駆け寄った千束に気付いたのか、男が驚きながら発砲したのが聞こえた。

 だが、その弾丸が千束に当たることは、決してない。

 その証拠に、立て続けに五発、金属を穿つ音とともに銃声が轟いた。ドアを思いきり蹴って相手を車体にドアと車体に挟みつつ、ドアごしに銃弾を叩き込んだのだ。

 

 大暉も、続くように車両後部へ回り込む。

 

「よう、お兄さん(がた)。ちょっといいかい?」

「……あん?」

 

 思ったとおり、リアに背中をつけて、助手席側の様子を窺っていた奴がいた。

 金髪と銀髪。どちらも青いツナギを着た、サングラスの男どもだ。

 

「何だ、てめぇっ!」

 

 先に動いたのは、手前の銀髪だった。こちらの得物に気づいたのか、手にした自動式拳銃を、迷うことなくこちらに向ける。

 しかし、銀髪が引鉄を引くよりも、大暉の反射神経の方がはるかに上回っていた。

 発砲の寸前、一歩踏み込んで間合いを詰めつつ、突き出された右腕を右手の外受けで流す。

 銃口が逸れた隙に相手の右腕を左手で掴むと、受け流した勢いのまま腰のひねりを加えて華麗なターンを決める。

 一瞬で大暉と銀髪の位置が入れ替わり、二人の誘拐犯に挟まれる格好になった。

 掴まれた銀髪の銃と大暉の銃が、今度は金髪の方を向いている。

 

「お、お前っ!」

 

 ようやく事態に気付いた金髪が咄嗟に銃を構えるが、

 

「はい残念」

 

 それより早く、大暉は金髪に向かって発砲した。

 人体で最も打撃に弱い一点……額のど真ん中を、正確に狙い撃ったのだ。

 一片の躊躇もなく。

 

「あぐっ!」

 

 とてつもない激痛に呻く金髪の、しかし撃ち込まれた眉間から鮮血が噴き出すことはなかった。

 代わりに弾けるのは、着弾した弾頭の方だった。瞬間的な加圧に耐え切れず、標的に叩き込まれた途端に破裂したのだ。

 

 そう。

 実弾ではない。

 特殊な加工を施された、それはゴム製の非殺傷弾(ひさっしょうだん)なのである。死ぬことはないが、撃たれればかなりの激痛を伴う代物だ。

 

「お? 終わった?」

 

 にょき、とワゴンの陰から千束が顔を出した。

 

「まだ」

 

 言いながら、足を銀髪の膝裏に入れて跪かせると、間髪入れずにミゾオチと眉間にノールックで銃弾を叩き込む。

 人体の急所を突かれた銀髪は、くぐもった悲鳴をあげながら悶絶した。

 

「よし。こいつで終わりだ」

「お~し、お疲れ~!」

 

 差し出された左手に、

 

「お疲れさん」

 

 応えて、大暉も左手で互いにハイ・ファイブする。

 それから誘拐犯どもを拘束用のワイヤーで身動きを取れないようにしてから、大暉は運転席の方へと向かって行く。

 

「ひぃっ!?」

 

 ドライバーの男は、こちらの姿を認めると判りやすいくらいに動揺した。

 苦痛に顔を歪めながら。

 

「こ、殺さないでくれ!!」

「心配しなくても、殺しゃしないよ」

 

 喚く男に応えて、気がついた。丸刈りのドライバーの、右肩が血に濡れているのだ。

 どうやら、たきなが撃った弾が運悪く当たってしまったらしい。明らかに酷い出血だった。

 

「千束。何か縛る奴あるか? 止血したい」

「あるよ。私やろうか?」

「おう、さんきゅ」

「あ、たきな! 沙保里さんお願い!」

「……『命大事に』って、敵もですか?」

「そ。敵も!」

 

 たきなに、ドライバーの止血作業に入った千束が応える。

 

「私達、ずっとこれでやってきたから」

 

 その時だ。

 気絶していたかに思われた助手席側の赤髪が、痛む躯にムチを打って拳銃を構えるのが大暉の視界に入った。

 銃口は、今まさにドライバーの止血作業中の千束の方を向いている。

 

「おっとっと」

 

 呑気な声をあげながら、しかし腕の輪郭がぼやけるくらいの速度で銃を向けると、問答無用で発砲する。

 赤髪の男の眉間に、吸い込まれるように着弾した。

 それで、終わりだった。

 

 沙保里の方は手足を縛られた状態で麻袋を被せられていたが、特に目立った怪我はしていないようだった。

 袋を外された途端、涙まじりの声でたきなに抱きつく依頼人を見てから、大暉は携帯を手に取る。

 連絡先は、いつもの掃除屋だ。

 

「……ああ、俺だ。頼めるか? ……ワンボックス。四人。……ん? ああ、まあ一人いるが、応急処置はしたから死にゃしないよ。……おう。じゃ、頼むぞ」

 

 電話を切る。ついでに拳銃にもセーフティをかけて、人目に付かないように上着の中に仕舞いこんだ。

 

「おし。これでとりあえずは片づいたろ」

「だね~。あとは沙保里さんを無事におうちに送り届ける!」

「あの……」

 

 声をあげたのは、当の沙保里本人だった。一しきり泣いて落ち着いたのか、しかし若干の戸惑いを憶えつつもこちらを見上げている。

 

「千束ちゃん、その人は……?」

 

 彼女の疑問も無理はない。何せ、彼女とはこの場が初対面なのだ。

 訊かれた千束の方はと言えば、誇らしげに、胸を張って答えた。

 

「ああ、彼は石蕗大暉くん。私の同僚です! さっきの人達も、大暉がやっつけてくれたんですよ!」

 

 本当は千束と二人でやったことなのだが、沙保里には千束の言葉を信じたらしい。

 

「そうなの? ありがとう、大暉くん……!」

「ああ、いや。そんなお礼を言われるほどじゃないですよ」

 

 それじゃあ、と千束はたきなを振り返る。

 

「クリーナー来る前に、私達も移動しちゃおっか。大暉もそれでいいよね?」

「ああ。そうしよう」

 

 その後、千束の口添えもあって本当に大暉もパジャマパーティーに参加することになってしまったのは、言うまでもない。

 

 

 

 ────────────

 

 

 翌日。

 

「イチャついた写真をひけらかすから、こんなことになんのよ~ぅ」

 

 例の写真が表示された千束の携帯を眺めながら、ミズキはそう言って唇を尖らせる。

 だがそんな彼女に対する千束の反応は、何とも辛辣なものだった。

 

(ひが)まない」

「僻みじゃねーよ! SNSへの無自覚な投稿がトラブルを招く、って言ってんのよ!」

「でも本当は?」

 

 ミズキから渡された携帯をカウンターのミカに渡しつつ、大暉は口を挟んだ。

 

「リア充爆発しやがれコンチクチョー!! ……はっ!? しまった、つい本音が!」

「はい、よく言えました」

「どこだ……?」

 

 ミカだ。近眼なのか、眼鏡をずらして携帯をまじまじと見つめつつ、そうこぼす。

 

「ん~? ああ、ここここ」

 

 言いながら、身を乗り出した千束が携帯の画面をズームさせる。ようやく、ミカも理解したようだった。

 

「あの日か?」

 

 銃取引のあった日だ。

 千束は頷いた。

 

「三時間前だって。楠木さん、偽の取引時間掴まされたんじゃなぁい?」

「やっぱりな」

「なに? 大暉気づいてたの?」

「いや、可能性があるとしたら多分それくらいだろって、昨日マスターと話してたんだ」

 

 で、とカウンターにミズキが肘を突く。

 

「その女襲った奴らはどうしたのよ?」

「クリーナーが持ってった」

「あんたら、またクリーナー使ったの!? あれ高いのよ!?」

「DAに渡したら殺されちゃうでしょ」

「別にいいだろ。減るもんじゃないんだし」

「減るのよ! 貴重なお金が!!」

「DAもこいつら追ってんでしょ? 私達が先に見つければ、たきなの復帰が叶うんじゃない? そう思わない、たきな!」

 

 奥の更衣室の方へ向けられた千束の言葉に、応えて出てくるたきなの姿は、これまでのリコリス制服とは違っていた。

 

「やります!」

 

 ばん、と勢いよくドアを開けてホールに姿を現す彼女の出で立ちは、千束達と同じ着物を着込んでいるのだ。

 鮮やかな、青い着物である。

 その姿を見た千束の反応は速かった。

 

「うっほー! か~わ~い~い~!!」

 

 ばっ、とカウンターから立ち上がると、真っ直ぐにたきなのもとへ抱きつきに行く。そのまま言葉にならない歓喜を意味不明な言語でもって騒ぎながら、たきなの手を引いてこちらへと歩いてくるのだ。

 当の本人はと言えば……ああ、面倒くさい、て顔してるな、ありゃ。

 

「ほらほら! 先生もミズキも、もっと寄って!」

 

 携帯を手に、千束が声をあげる。どうやら集合写真を撮る気らしい。

 

「お。なら俺が撮ろうか?」

 

 そう言った大暉の提案は、

 

「なに言ってんの! 大暉も写るの!」

 

 真っ先に却下されてしまった。

 

「ほら、こっちこっち!」

「おいおい、ちょっと……ったく、仕方ねえなあ」

 

 ぼりぼりと頭を掻いて、大暉はミズキと千束の頭の上に写り込むようにカウンターに身を乗り出した。

 右手をカウンターに突いてバランスをとりつつ、ぽん、と空いた左手を千束の頭の上に乗せる。

 柔らかな髪を軽く撫でると、インカメに設定された携帯の画面に映る千束が、気持ちよさげに目を細めるのが見えた。

 それから、すぐに満面の笑みになる。

 

「えへへ……よーし、じゃあ撮るよー! はい、チーズ!!」

 

 シャッターを切る。

 

「さっそくお店のSNSにアップしたわ~」

「キミはさっきの私の話を聞いてたのかね? 無自覚な投稿が……」

「だ~いじょぶだって。ここには向かいのビルもないよ」

 

 がちゃり、と店のドアが開かれたのは、その時だった。

 

「あ! ほらたきな、お客さんだよ! 練習どおりにね!」

 

 大暉は、客を出迎える二人を尻目に店の奥へと入ると、手元の携帯を起動させた。

 

 開くのは、喫茶リコリコのSNSだ。

 

 そこには、一人の店主と四人の従業員の、個性的ながらも楽しげな写真がアップされていた。

 

 大暉に頭を撫でられて満面の笑みを見せる千束の表情に、思わず大暉の口元にも笑みが浮かんだ。




 TV本編が、千束の余命宣告だったりとだいぶ不穏になってきましたが……どんな結末に転ぶにせよ、本作では可能な限りハッピーエンドに辿り着きたいなあ、なんて思ってます。
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