リコリス・リベリオン 作:千束の笑顔が大好き
感想や誤字報告もありがとうございます!!
アンケートのご協力、ありがとうございました。圧倒的『ちょうどいい』だったので、今後もこんな感じで進んで行こうと思います。
今回から原作第三話です。少しずつ、大暉の秘密にも触れていけたらと。
それでは、どうぞ。
──────1──────
『喫茶リコリコ』を訪れる者に、年代的な偏りはない。
学生を始め、会社員や主婦、強面の中年男性に液晶タブレットを小脇に抱えた疲れ気味の女性など、まさしく老若男女に愛された、そんな店なのだ。
洒落たモダンな店舗に目を惹かれて入れば、最初はそこで働く店員と店じたいが醸し出す気楽な雰囲気にギャップを憶えるかも知れない。だが、それも初めのうちだけだ。
足繁く通ううちに顔と名前、そしていつも頼むメニューを店員に憶えてもらえれば、晴れて『常連客』の仲間入りである。
そして常連客になれば、可愛い看板娘や舌鼓を打つメニューの他にもう一つ、ある『お楽しみ』が店に足を運ぶ理由に加えられるだろう。
「と、いうわけで~?」
店先の看板を『OPEN』から『準備中』に替えて、そう音頭を取るのは
「毎度おなじみ、閉店ボドゲ会スタァートォッ!!」
どう、と湧くのは、小上がりになった座敷席の卓を囲んだ七人の男女だ。
比較的若い者もいれば、そこそこ歳を喰った者もいる。まばらな年齢層である。
「締め切り、明日って言ってたッスよね?」
最初に口を開いたのは、赤いハットに色付き眼鏡の男性だ。作家の
「今日の私には関係ないし~」
応えるのはその隣、前開きのパーカーを着た女性である。いつもくたびれている様子の彼女だが、今日はどうやら色々吹っ切れているらしい。
漫画家の伊藤である。
「よしましょうよ、仕事の話は」
こちらは赤い革ジャンの痩身の男性だ。額や目尻に刻まれたシワは深く、一目でグループの最年長だと判る。後藤だ。
「いやあ、実は自分も勤務中でしてね」
特徴的な黄色いネクタイにオレンジのジャケットを羽織った中年の男性が、苦笑を浮かべてぼりぼりとクセの強い髪を掻く。
平然とサボリを自白する、しかしこれでもれっきとした国家公務員だというから驚きだ。
阿部である。
「刑事さん、ワルだねぇ」
そう皮肉るのは、上等そうな白いスーツをまとった小太りの男性だった。髪をきっちりとオールバックに撫でつけて、しかしこの中では彼が一番『ワル』そうに見えてしまう。
山寺だ。
「早く始めましょうよ!」
そう急かすのは、ミディアムヘアの若い女性だ。
ソバカスの残る顔には、まだどこか少女のような面影がある。北村である。
以上、喫茶リコリコの常連客・六人衆だ。
そんな六人に囲まれて一際楽しんでいるのは、金髪の小柄な少女だった。
クルミである。
「じゃあ順番決めるぞ~!」
「
座敷に腰を下ろした千束が、そう呼びかけてくる。
「はいはい、今行きますよ~!」
厨房の奥で応えながら、大暉は冷蔵庫から取り出したオレンジ・ジュースを人数分のグラスに注いでゆく。
それらをお盆に載せてホールに出た時、カウンターの中でレジ締め作業中の
だがそれも一瞬のことで、彼女はすぐに作業に戻ってしまった。
頭をよぎるのは、クルミを店に居候させることになったあの日のことだ。
こりゃあ、嫌われたか?
肩をすくめて、大暉は座敷へと歩いてゆく。
「はい、どうぞ」
その声に、阿部が反応した。
「おお、ありがとう。大暉くんもやるかい?」
「スペースありますかね? だいぶキツそうですけど」
「心配ない心配ない!」
これは伊藤だ。
「そん時は米岡くんにどいてもらうから」
「ちょ、そりゃないっしょ!?」
突然の名指しに、当の米岡本人が素っ頓狂な声をあげた。
さすがにそれは可哀相だ。
「じゃ、1ゲームめで最下位になった人と入れ替わる形でいいですかね?」
大暉の提案に、色付き眼鏡の米岡が振り返った。
「それ! それで行こう!!」
2ゲーム以降は、負け抜けということになった。
座敷に腰かけた千束が、ちらり、とカウンターの方を向く。
「ねえ、たきなも一緒にやろーよ! レジ締めなら私も手伝うから!」
「もう終わりました」
がこん、と点検と会計を終える鈍い音が響く。
「レジ誤差ゼロ、ズレなしです」
「てことは、もう暇でしょ?」
「たきなちゃん、ほらおいでよ。こっちこっち!」
伊藤を筆頭に、常連が次々とたきなに声をかける。
だが、
「どうだー、たきな?」
「いえ、けっこうです」
クルミまで彼女を勧誘してみても、青い少女は一瞥もくれることなく店の奥へと行ってしまった。
たきながリコリコに来てから、早いものですでに一ヶ月と少しが経っている。その間ボドゲ大会はずいぶんと開催されているが、いまだ彼女が参加したことがないのが実情だった。
彼女が何をそんなに急いでいるのか、判らない大暉ではない。
だが、だからこそ、変に肩肘張らずにやって欲しいと願うのだ。
無理もないとは思うが。
「おじさん、多過ぎなのかな?」
肩を落とす阿部刑事に、お盆を抱えたまま大暉は応える。
「んー、男女率はほぼ半々だから、多過ぎってことはないと思いますけどね」
「きっと恥ずかしいのよ。そういうオトシゴロなの」
「店で遊ぶのがおかしいんだけどね」
「そうか? 閉店してるんだし、別に問題ないだろ」
対照的に、クルミはこの短期間でずいぶんと店に馴染んだように見える。こうして卓を仕切ってしまうくらいには、常連客達とも打ち解けているのだ。
だからこそ、一人であることを選ぼうとするたきなが余計に気になったのだろう。立ち上がった千束が、とてとてと更衣室の方へと歩いてゆく。
大暉も、追いすがるように卓を離れた。
「大暉、どこ行くんだー?」
背後からのクルミの声に、
「お菓子取ってくる」
応えて、従業員用の扉を開ける。ちょうど、更衣室に入ったたきなに千束が声をかけているところだった。
「ほぉら、大暉も来たしさ! みんなでやったら楽しいよ?」
「今日はもう帰るので……」
「じゃ明日は?」
「明日は定休日ですよ?」
「そ。だから明日も集まってゲームするんだよ!」
「たまには遊んでみるのも悪くないぞ? いいリフレッシュにもなるしな」
「そんなことに費やしてる時間はないんです。……すみませんが、着替えるので」
ぴしゃりと言い放つと、たきなは更衣室の引き戸を閉めてしまう。
やっぱ駄目か。
「千束」
その時だ。
厨房からことの成り行きを見守っていたらしいミカが口を開いた。
「ん?」
「健康診断と体力測定は済ませたのか?」
「え?」
千束は、きょとん、と目を見開いてみせる。
それから視線が上を向いてきょろきょろと右往左往してから、今度はそっぽを向いて唇を尖らせる。
「あ……いや、その……まだ……」
完全に忘れてた、とばかりに、その声には力がない。
思わず、マジか、と言ってしまった。
「たしか明日が最終日だろ?」
「だってぇ、あんな山奥まで行くのダルいし……」
駄々をこねる千束に、思い出したようにミカがこちらを向いた。
「そう言えば、今度のお前のメンテナンスも明日だったな?」
「ああ?」
そうだったろうか。
前掛けから携帯を取り出して、カレンダーアプリを点ける。明日の日付を見ると……彼の言うとおり、そこには『メンテナンス/DA本部』と予定が書き込まれていた。
「……おお、そうだ。明日だわ」
忘れてた、とは言えなかった。
「ならちょうどいいな。悪いが、ついでに千束を連れてってくれないか」
「えー!? やっぱ行かなきゃ駄目なのぉ?」
「ライセンスの更新に必要だ。仕事を続けたいなら行ってきなさい」
リコリスに与えられるマーダー・ライセンスは、運転免許証と同じように一定期間ごとの更新が必要になる。この期限を過ぎれば当然ながらライセンスは停止となり、千束はリコリスとしての一切の権限を失効してしまうことになるのだ。
ただのジュウシチノコムスメに戻ってしまうのである。
無論、そんな状態で拳銃の携行や車両の運転をしようものなら、問答無用で犯罪行為と見なされる。
いいことナシだ。
「ま、明日のゲームは諦めるんだな」
「うぅううぅうぅぅうう~……」
あからさまに面倒臭そうな返事を漏らす彼女は、さながら親に『早く宿題を済ませなさい』と叱られている子供のようだ。そんなに嫌か。
そうして唸り続けること、一〇秒ほど。
仕方なしとばかりに、千束は渋々頷いた。
「……まあ、大暉が行くんなら」
俯き加減に、視線だけこちらに寄越しながら。
「でもさぁ、その辺は先生が上手く言っといてくれてもいいじゃん? 先生の頼みなら聞いてくれるでしょ?
「いや、無理だろ」
彼女の無茶ぶりに速攻で否定をぶつけた、まさにその時。
閉ざされた更衣室の引き戸が勢いよく開かれ、
「司令と
中から着替えもろくに終えていないたきなが姿を現した。
「うぉあっ、
びしゃあん、と脊髄反射で引き戸を締めた千束が、きっ、とばかりにこちらを睨む。
扉の真正面に立つ大暉は、顔が見えた、と思った瞬間に顎を撥ね上げて天井を見上げ、脇に立っていたミカは更衣室とは反対側の壁を向くことで、それぞれ視線を逸らしていた。
「……見た?」
「見てない」
嘘は言っていない。
せいぜい肩紐までだ。水色の下着なんて見えていない。
千束の無言の圧力を受けて冷や汗を垂らしていると、ものの数秒で再び引き戸が開かれる。
当然出てきたのはたきなだったが、しかし今度はきちんとセカンドのリコリス制服に着替え終えていた。
「私も連れて行ってください」
「は、
思わず漏らした声が、奇しくも千束と重なった。
そんなことおかまいなしとばかりに、たきなは深々と頭を下げる。
「……お願いします」
リコリコに来てからというもの、たきなはとにかく『早く本部に戻りたい』一心で店の仕事に就いていたように見える。
異動してすぐに銃取引の瞬間を押さえた写真を入手・提出したものの何の進展もないことに、おそらくだが彼女は痺れを切らし始めている。
そんなところへ、大暉達が本部へ出向く用事が舞い込んできたのだ。
彼女が便乗しないわけがない。
藁にもすがる思いで頭を下げるたきなには、何としてでも本部に戻る、その強い意志が感じられた。
そんな少女の懇願に、三人は顔を見合わせる。
互いのその目は、どうしようか、と伺っているようで。
だから大暉はミカに目配せすると、彼が肩をすくめるのを確認してから、千束に頷いてみせた。
「判ったよ、たきな。いっしょに行こ」
そういうことになった。
──────2──────
断続的に銃声が響きわたる中を、赤い旋風が駆け抜ける。
加速の勢いそのままに跳躍すれば、視界の下に広がるのは大勢の武装した男達の頭だ。
銃口が、一斉にこちらを向いた。
発砲。
だが、その弾丸が彼の躯を貫くことはない。状況的に不利であるにも拘らず器用に空中で姿勢を変えては、両手に握られた二丁の拳銃によって次々とテロリストどものの腕や肩を撃ち抜くのである。
絶叫をあげるのは、彼を蜂の巣にしてやろうと銃口を撥ね上げた男どもの方だった。負傷箇所を押さえる手からは、どくどくと脈拍に合わせて真っ赤な鮮血が溢れ出している。
着地するなり、舌打ちした。返り討ちにした奴の一人が、銃を取り落として倒れ込んだのだ。
額のど真ん中に、穴が開いていた。
糞っタレ。
またやっちまった。
幼いころから戦闘訓練を積んできてはいるが、正直なところ殺しに対してあまりいい印象を持っていないのは事実だ。だがどんなに致命傷を避けて発砲しても、当たりどころが悪ければ相手を死に追いやってしまうこともままあるのだ。
例えば、今のように。
彼の力量では、急所のみを外す正確な射撃は困難なのである。
だが、自分への苛立ちもほどほどに、次の標的に意識を集中する。なにしろ彼が着地したのは、変わらずテロリスト達が息をひそめるフロアの真っ只中なのだ。
突然、視界の隅で何かが動いた。
標的だ、と意識する前に、躯が反応していた。
水平に伸びた腕の先で、握り込んだ拳銃が発砲する。
少しずつ前へ前へと歩きながら、彼は右へ左へと旋回する。踏み出した脚を軸に、あるいは残した脚を中心に半歩ばかり戻って、次々と姿を現す標的を撃ち抜いてゆく。
がちん、という金属音とともに、左右の銃が両方とも遊底を開ききった状態で止まった。
弾切れだ。
弾倉が空になったために、フル・オープンの状態で固定したのだ。
好機と捉えたのか、それまで沈黙を決め込んでいた奴らが一斉に動き始めた。
だがそれこそが、彼の狙いだったのだ。
弾倉を吐き出すと、赤いジャケットの袖口に仕込んだ金属製のアームが素早く次の弾倉を銃に装填する。
一瞬のうちに換装を終えると、振り向きざまに発砲した。
五メートルほど背後で、銃を構えた男の肩が炸裂した。
その時だ。
視界の端に、ふいに赤い影が映り込んだ。
彼と同じように武装集団が放つ弾丸のことごとくを避けながら相手に接近すれば、超至近距離から胸の前に構えた拳銃をぶっ放すのである。
知らない、白金の髪の少女だった。
赤い学生服。
肩口にある彼岸花の
ぴん、ときた。
つまるところ、同業なのだ。
しかも、同じくファースト。
だが驚くべきは、少女が扱う弾丸だった。
撃たれた緑の短髪の男は苦痛に顔を歪めこそすれど、彼が撃った奴らのように血を流してはいないのだ。
非殺傷弾なのである。
変わった奴だ、と思った。
彼岸花の名を冠する者ならば、特別に捕縛命令などが下されない限り対象を殺害するのが原則だからだ。
ましてや、相手はテロリストである。慈悲もなく射殺するだろうことは、容易に想像がついた。
だが、少女はそれをしない。
異端であることは明らかだった。
負けじと、こちらも敵の鎮圧を続ける。
敵の真っ只中へと前進しつつ、軸線をずらしながら旋転し、両手に持った銃を上下に、左右にと展開して流れるように連射してゆく。その動きは、さながら拳法の演舞に酷似したしなやかさだ。
結局、少年少女によって部隊が鎮圧させられるまで、大した時間はかからなかった。
だが。
その直後、腹の底に響くような爆発音が轟いた。
激しい揺れに壁や床がヒビ割れ、凄まじい勢いで爆風が叩きつけてくる。
目に包帯を巻いた緑髪の男が、手にしたスイッチを押し込んだのが見えた。彼が起爆したのだ。
赤い少女の真上で、天井が炸裂する。爆破によって柱が折られたのか、自重に耐え切れず崩壊を始めたのである。
赤い少女は、まだそのことに気づいていない様子だった。黙々と標的に照準を合わせては発砲し、意識を刈り取ってゆく。
明らかに引き時だった。
だが彼が撤退に動けなかったのは、ついに少女の頭上へと崩れた瓦礫が真っ逆さまに落ち始めていたからだった。
理由は判らない。
だが気がついた時には、彼は駆け出していた。
前方へ。
銃を捨てて、両腕を前に伸ばして。
知らないはずの少女の名前が、叫ぶように口から出てきていた。
少女が振り向く。敵かと思って伸ばされた銃が、彼の身にまとう服装によって降ろされた。
赤い瞳と目が合う。
澄んだ、美しい瞳だった。
自分にはない輝きだ、と思った。
引き伸ばされたような時間感覚の中で、彼は少女の手をとると、渾身の力でたった今彼が走ってきた方向へと投げ飛ばす。そちらはまだ、崩壊の被害に遇っていないからだ。
突然のことに、しかし少女は慣れた動作で受け身をとると、弾かれたようにこちらを振り返った。
何かに驚いたように声をあげている。
直後、
押し潰されるような圧迫感と、全身を引き裂くような凄まじい痛みが襲いかかってきた。
─────────────
「
その声で、目が覚めた。
驚愕の顔でこちらを振り向いた少女の顔は一瞬で無意識の混沌に沈み、代わりに別の顔が彼を見つめていた。
同じ白金の髪。
大きな赤い瞳と、薄いけれど桜色の唇。
しかし、瓦礫に埋もれる寸前に見た時よりは、ずいぶんと成長している。
「大丈夫? 」
覗き込む少女に、
「ああ」
そう応えるのが精一杯だった。
「何かすっごい私のこと呼んでたけど……なに、そんなに恋しくなっちゃった?」
「……そりゃないな」
「何だよ、もう」
夢か。
ああ、そうだ。
夢だ。
全てが終わり、全てが始まった、あの日の夢だ。
一〇年前の。
大暉は身を起こした。
そのベッドの端に、寝間着姿の少女が腰を下ろす。
「わりぃな、起こしちまったか」
「ううん」
ゆったりとした大きめな白いTシャツの裾を引っ張りながら、少女は首を振った。裾から素足が伸びているのは、大暉の記憶が確かなら、その下が白く縁取られたグレーのショートパンツだからだ。
「さっきまで映画観てたさ。もうすぐ寝るとこ」
「そうか」
嘘だ、と一目で判る。
少女の髪が、ところどころ枕に押しつけられたように潰れている。それはつまり、彼女がついさっきまで寝ていた証拠だった。
だが、大暉は話を合わせてやることにした。
「あんま夜更かしすんなよ……明日、朝早いんだぞ」
とっくに日付は変わっているだろうから、厳密に言えば『今日』だろうが。
「判ってるって」
少女が腰を浮かせて座り直す。
さっきよりも近くに。
腰をひねって伸びてきた華奢な手が、大暉の額に触れる。
「汗、すごいね」
「ああ」
「大丈夫?」
「ああ」
笑みを浮かべることは、何とか成功したようだ。
少女も、釣られたように微笑む。
「また、あの夢?」
「ああ」
「そっか……」
彼女の手が、今度は大暉の右腕に触れる。指先でなぞるように、ゆっくりと。
「まだ、痛い?」
「いや」
一〇年前の怪我だ。今さら痛みがぶり返すことはない。
だが、
「でも、夢じゃ痛かったんだよね?」
「……ああ」
今日だけは、別だ。
少女は彼の右手をとると、掌で優しく包み込む。
「ごめんね」
「なんで謝るんだよ」
「私のせいだから」
彼女は、そう言った。
「大暉の怪我は、私のせいだから」
普段の彼女を知る者からすれば、信じられないほど思い詰めた顔で。
今にも泣き出しそうな顔で。
だから、
「気にすんな、って言ったろ?」
空いた左手で、右手に触れる彼女の手に触れた。
「あん時のこと、俺は別に後悔しちゃいないぜ」
結果として彼女も助かったし、大暉も死ななかった。
それが全てだ。
そしてそれこそが、二人の始まりだったと言える。
支払った代償はたしかに小さいものではなかったが、それでもあの日を境に今の生き方の基盤が出来上がったことを考えれば、ずいぶんと安い買い物だったと断言出来る。
「俺もお前もこうしてピンピンしてる、それでいいじゃねえか。な?」
「そっか……ん、そうだね」
それから、
「ね、一緒に寝たげようか?」
笑み。
つられて、大暉も苦笑を浮かべた。
「ンなこと言って、本当はお前がそうしたいだけだろ?」
「ありゃ、バレちった?」
バレバレだ、と応えて、大暉はブランケットをめくってやる。にしし、と笑いながらベッドに入り込んでくるなり、少女は身を寄せてきた。
二の腕に、柔らかな二つの隆起が押し当てられる感覚がある。
「おい、流石に近過ぎだ」
「えー、久しぶりなんだしイイじゃんこのくらい。ケチケチすんなよ~」
「……当たってんだよ」
「……当ててんの」
「今すぐ追い出してやろうか?」
「うそうそ、ごめん。冗談。今のナシ。ちゃんと離れますぅ~」
ぷぅ、と頬を膨らませて大暉から少しだけ距離を取ろうとする少女の肩を、
「……ふぇっ?」
しかし伸ばされた大暉の腕が捕まえると、言葉とは裏腹に彼女の躯を抱き寄せる。
「ちょーいちょいちょいちょい、ちょ、ま、え、なに? どしたの急に?」
困惑の声が、大暉のすぐ耳元から。
大暉は応えることなく、少女を抱きしめる力を強くする。
「あー……もしかして、本当に寂しくなっちゃった?」
「……どうだろうな」
「素直じゃないなあ、もう」
そう言って、少女も応えるように両腕を大暉の首へと回すと、ぎゅう、とばかりに抱きしめた。
互いに密着し、肉付きのいい少女の脚がスウェットを履く大暉の脚へと絡んでくる。
「だ~いじょうぶだよ。私は、ちゃんとここにいるから」
ほとんど囁きで、耳にかかる彼女の吐息がくすぐったい。
だが、それで充分だった。
それだけで、充分だった。
「……もう、これじゃどっちが
「千束」
「ん~?」
「……ありがとな」
「……うん、どういたしまして。……大暉も、いつもありがとね」
「ああ」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
そして、再び目を閉じる。
確かな温もりを肌に感じながら。
今度は、夢は見なかった。
爆速で間に合えば、土曜日にも更新したいなあ、と思う今日この頃。
いっそ、リコリコ放送時間に合わせた投稿時間に変更するかな?
お気に入り登録、感想、評価などいただけますとモチベーションに繋がりますので、なにとぞよろしくお願いします。