リコリス・リベリオン   作:千束の笑顔が大好き

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 ご無沙汰してます。

 リアルに忙殺されて半ばエタってました。
 ぼちぼち、不定期でも更新再開出来たらと思います。


That's so refreshing!

 待っていたエレベーターのドアが開くと、

 

「お?」

 

 大暉は思わず声をあげた。

 先客がいたのだ。

 二人組の女性である。スーツ姿の若い女性がファイルを小脇に抱えて行先階ボタンの前に立っていたが、大暉の目が向いたのはもう一人の方だった。

 

 長身の、細身の女性である。

 暗い色のシャツにパンツ・スーツという出で立ちで、その上に白いロング・ジャケットを羽織っている。

 赤みがかった茶髪は全体的に短く切り揃えられているが、重い前髪の下に見える顔はほとんど表情を変えない。大暉の姿を見ても、わずかに眉を動かしたていどだ。

 相変わらずの無愛想ですこと。

 楠木(くすのき)

 DA本部の司令官である。

 下の名前がどうだったか、大暉は憶えていない。

 

「お邪魔しますよ、と」

 

 言いながら、大暉(はるき)もエレベーターに乗り込む。スーツの女性とは反対側のドア脇に立った。銀色のトランクは足元に置いておく。

 ドアが閉まる。

 無言の中、シャフト内をエレベーターが上昇してゆく。

 

「勝手に出て行っておきながら、我が物顔に本部内を闊歩されるのは困るな」

 

 ふいに、楠木が口を開いた。

 

「別に闊歩してるつもりはありませんがね」

「ただでさえ、お前は組織の厄介者なんだ。反逆者(リベリオン)

「そうだ、それで一つ訊きたかったんですけど」

 

 応える大暉はズボンのポケットに手を突っ込み、ドアの上に並ぶ階数表示のランプを見上げながら。

 数字型の光が一つずつ横へ……上の階へと移動してゆくのを眺めつつ、呟いた。

 

「『リベリオン』はともかくとして、『バッド・ウルフ』ってぇのは、いったい誰が言い出したんで? ダサ過ぎて、言われるこっちが恥ずかしいんだが」

「不満か」

「ええ、とっても」

 

 二つ名を付けるにしても、もっといいのがあったろう、ということだ。

 千束の『電波塔』も大概だが。

 もしかすると、と大暉は思う。

 ここにいる職員連中は、総じてネーミング・センスが壊滅的だったりするのだろうか?

 しかし、

 

「有名税だな。文句はお前の担当医に言え」

「よりによって先生かよ」

 

 したり顔の荻野(おぎの)アヤメが浮かんできて、たまらず大暉は鼻で笑ってやった。

 だが、同時に納得もしてしまった。フリージアのアイコンがオオカミの横顔なのは、そこに理由があったのか。

 上昇を続けるエレベーターが、徐々に地上階へと近づいて行く。

 

「なぜ来た?」

「やだなあ、俺がここに来ると言やあ、メンテしかないでしょうよ。そっちは会議終わりで?」

「……そんなところだ」

 

 ぽつりとこぼす、楠木の声はどこまでも不機嫌そうだ。

 

「話はそれだけか? 用が済んだなら、とっとと帰るんだな」

「いやあ、そう言われましてもね」

 

 鬱陶しそうに呟く彼女に、大暉はぼりぼりと頭を掻きながら。

 

「連れが終わるまで暇なんですわ。もう少し、ここでゆっくりさせてもらうとしますよ」

「……千束(ちさと)か」

「正解。でも、あいつだけじゃないんだな」

 

 ちらり、と顔色を窺ってみたが、彼女は相変わらずのポーカーフェイスだ。

 

「たきなのことだ」

「なに?」

 

 ついに、楠木があからさまな不機嫌をたたえた視線をこちらに向けた。

 よし、喰いついた。

 訊くなら今だ。

 

「あんたらが追い出したリコリスだよ。憶えてんだろ」

「ああ……あいつか」

「エントランスで聞いたぜ? ずいぶんな噂を流してるみたいじゃねぇか」

 

 曰く、味方殺し。

 曰く、組んだ相手を皆病院送りにする。

 

「あいつの処遇に関してとやかく言うつもりはねえよ。ちょっとした命令無視なんか、俺からすりゃ日常茶飯事だからな。だが噂はそうじゃない。事実を捻じ曲げてまで、全てをあいつになすりつけるのは違うんじゃねえか?」

「組織を護るためだ」

「組織を護る?」

 

 なるほど。

 そっちがその気なら、こっちもカードを切らせてもらおう。

 

「偽の取引時間掴まされてたってのに、よく言うぜ」

 

 もっとも、と大暉は楠木司令を見やる。

 

「そのラジアータまでクラックされてちゃ、世話ないがな」

 

 その言葉に、彼女は軋むような動きで顔を合わせてきた。

 動きの少ない表情筋が浮かべて見せたのは、困惑だろうか。

 だが、そんなこと、こっちの知ったこっちゃない。

 

「通信障害のせいで、現場と本部の連絡が途絶えたらしいな。たきなの命令違反も、けっきょくはそいつが原因なんだろ?」

「……お前、それをどこで聞いた?」

「さあ……どこでしょう?」

 

 大暉の挑発的な笑みに、ふん、と司令は鼻で笑って見せた。

 

荻野(おぎの)の奴か。あいつは耳が早ければ口も軽い」

「ノーコメントで」

 

 ちん、とエレベーターが音を鳴らして停止する。

 ドアが開いた。

 

「この件が解決したら、たきなはここに戻れるんですかい?」

「はて……そんなことを言った覚えはないな」

 

 彼女の答えはつまり、戻すつもりはない、と言っているのと同義だった。

 溜め息。

 やっぱりな。

 開いたドアから、楠木司令とその秘書がエレベーターを降りて行った。

 大暉が用のあるのは、この一つ上だ。男性用トイレのあるフロアへ向かう最中なのだ。

 

「楠木さんよ」

 

 秘書を連れてリノリウムの廊下を去って行く白い背中に向かって、大暉は声をかける。

 

「最終的な判断は、あんたに任せるよ。ここの司令はあんただからな。だが、せめてあの噂だけはどうにかしてやってくれや」

 

 ありもしないことを言われた時の、彼女の横顔が甦る。

 怒り、

 悔しさ、

 哀しみ、

 絶望、

 いろいろなものがごちゃ混ぜになったような、そんな横顔が。

 

「あれは……あんまりだ」

 

 楠木司令は、何も答えなかった。

 分厚いドアが、目の前で閉じた。

 

 

 

 ────────────

 

 

 だぁん、だぁん、と断続する銃声が、DA本部の射撃訓練施設に響き渡る。

 S&W‐M&P。警察や軍隊での使用を想定して設計されたアメリカ製の自動式拳銃(オートマチック)だ。

 そんな銀色の銃が、たきなの華奢な手に握り込まれて、フルメタル・ジャケットの弾丸を撃発し標的へと撃ち出してゆく。

 

 ただ、撃つ。

 ひたすらに、撃つ。

 こうしていると、ほんの少しだけ、脳が『思考』から解放されるのだ。

 何も考えなくていい。

 何も気にしなくていい。

 イヤー・ガードによって外界と遮断された状態で、彼女の視線は真っ直ぐに標的を見据えていた。

 

 後退した遊底(スライド)が解放状態で固定するのは、銃把(じゅうは)の中の弾倉が空になった証拠である。

 撃ち尽くしたのだ。

 

「……ふう」

 

 張り詰めた息が、唇の隙間から漏れる。

 

 天井に張られたレールに沿って、きりきりと標的が近づいてきた。

 標的は厚紙製で、黒く人型がプリントされてある。その人型の頭のあたりに、まばらだが一〇発近い穴が開いているのだ。M&Pの装弾数を考えれば、過半数が標的に着弾した計算だ。

 

「大した腕だな」

 

 イヤー・ガードを外したたきなの耳に、馴染みのある男性の声が聞こえてきた。

 背後から、こつりこつりとリノリウムの床を叩きながら。

 

「よっ」

「……石蕗(つわぶき)さん」

 

 振り返ると、思ったとおりの人物がすぐ側まで来ていた。

 お馴染みの、銀色のトランクを手に下げて。

 

「ずっとここにいたのか?」

「ええ、そうですね。石蕗さんの方は、もう用事は済んだんですか?」

「おう。あとは千束の奴が終わるまで暇だから、ちょいと様子を見に来たわけさ」

 

 言いながら、ちらり、とたきなの隣のレンジを見る。

 

「隣、いいか?」

「どうぞ」

 

 そもそも、たきなと石蕗大暉の二人しかこの訓練施設にはいない。彼女が陣取る5番以外は、全て空きなのだ。

 

「じゃ、お邪魔して」

 

 4番に入る。タテに置いたトランクをいつものように足で蹴ると、ばしゃ、と上部のシャッターが開いて、二丁の拳銃が宙に撥ね上げられた。

 そいつを、大暉の両腕が空中で引ったくる。

 

 思えば、彼の射撃を間近で見るのはこれが初めてだ。篠原沙保里の護衛任務の時は、どちらかというと千束の非殺傷弾の方に気を取られて、彼の方にまで気が回らなかったのである。

 

「ああ、そうだ。耳、護っとけよ」

 

 カウンターの上のイヤー・ガードを手に取って装着しながら、大暉が振り返る。

 

「俺のは、音がデカいからな」

「わ、判りました」

 

 たきながイヤー・ガードを再び着けるのを確認してから、大暉はカウンターに向き直った。

 銃把を右手で握り、左手で遊底を掴む。

 それから、慣れた手つきで遊底を引っ張り始めた。

 

 自動式拳銃は、銃把に内蔵された弾倉から薬室に実包(じっぽう)を送り込み、これを引鉄(ひきがね)と連動した撃鉄で撃発することで発砲する。弾頭が発射されると、弾頭と火薬を失って空になった薬莢は、発射の反動で後退した遊底によって銃の外へ、空薬莢(からやっきょう)として排出される。

 そしてさらに前進して戻ってきた遊底は、次の実包を弾倉から薬室へ送り込むのである。つまり、排莢と装弾を自動的に行うので、オートマチックと呼ばれるのだ。

 

 ただし、初弾は例外である。

 

 弾丸を装填した後、最初の一発だけは手動で遊底を後退させて、薬室に送り込まなければならないのだ。

 

「うし、これでいいな」

 

 ばしゃ、と小さな金属音をたてて、遊底が後退した。

 同じことを、もう一方の銃にも行う。

 

 真っ直ぐに、銃を上げる。

 銃口の先、射撃場の奥には、人の上半身を象ったマン・ターゲットが吊るされている。

 

「いくぜ」

 

 宣言の直後、それは始まった。

 射撃である。

 だが、彼の言ったとおりだった。

 とにかく、轟くような銃声なのである。

 ライフル弾なみの弾薬量を持つ特殊な実包が、50口径の巨大なフルメタル・ジャケットを撃発させる轟音だ。

 常人の……少なくともたきなの腕力では初弾の装填さえ困難なほどに強力なリコイル・スプリングが、高圧ガスの反動で後退する。ボルト式の遊底が前後する反動でさえ、彼女の腕では押さえ込むことが出来ないだろう。

 

 改めて、大暉の銃を観察してみる。

 イヤー・ガードが役に立たないほどの轟音をたてる、二丁の大型拳銃。

 全く同じ大きさ。

 全く同じ重さ。

 だがその形状には、微妙な差異があった。排莢孔とマガジン・リリース、そして安全装置の位置が、逆なのである。

 右手用と左手用、それはまさに、目の前の男が両手に握って撃ちまくるために設計された、彼専用の銃なのだ。

 左右同時に、遊底が解放状態で固定された。

 

「ふむ」

 

 石蕗大暉が、満足げに鼻を鳴らす。

 レールに沿って近寄ってくる標的に視線を向けたたきなは、

 

「これは……」

 

 思わず声をあげた。

 黒い人型の中で赤く塗りつぶされた胸のあたりに、拳ほどの大きさの大穴が空いている。普通の人間の拳大、である。

 

「すごい」

 

 それは、左右の銃から発射された合計二六発の弾丸が、全てその拳大の範囲に集中したことを意味している。二五メートルの距離で、連射であることを考えると、それは驚異的な集弾率であると言える。

 

「それだけ大きいのに、よく手元がブレませんね」

 

 たきなの口から漏れる、それは素直な感嘆である。

 

「いやあ、銃がいいんだよ」

 

 こちらを振り返った大暉は、苦笑を浮かべて銃を軽く掲げて見せる。

 

「昔は射撃はからっきしでな。当てたいところに満足に当てられやしなかった。咄嗟の判断で相手の動きを止めようとしたら、とんでもない方向に弾が飛んじまう。殺す必要のない敵さえ殺しちまうことだってあったくらいだ」

「そこまで……」

 

 ……酷かったんですか、と言おうとして、たきなは口ごもる。

 だが、返ってきたのはさっきと同じ苦笑だった。

 

「いいさ。てんで駄目だったのはマジなんだから」

「でも……だとしたら、その腕前は銃だけが理由ではないと思います」

「ん?」

「石蕗さん自身の努力が報われたんですよ」

 

 一瞬、彼が目を見開いた。

 驚きに。

 それから、どこか困ったような笑みに。

 

「参ったな……後輩に励まされるなんて」

 

 照れくさそうに頭を掻きながら、言った。

 

「ありがとよ、そう言ってもらえると助かるぜ。おかげで、今は無駄なコロシをしなくて済んでるからな」

「いのちだいじに、ですか?」

「ああ。いのちだいじに、だ」

 

 そう言って大暉が笑みを浮かべた、その時だ。

 視界の端に、人影が見えた。射撃場の出入り口付近だ。

 振り返ると、一人のリコリスがこちらを覗き込んでいることに気がついた。しかし向こうはこちらの視線に気がつくと、弾かれたように廊下の奥へと走って行ってしまった。

 

「どうかしましたか?」

 

 誰も見えなくなった出入口をじっと見つめていると、ふいにたきなに声をかけられた。

 

「あぁ、いや。何でもない。たきなは、まだここで撃つのか?」

「そう……ですね。司令が戻ってくるまで、他にやることもありませんし」

「そうか。んじゃ頑張れよ。俺ぁもう少し本部を周ってくるわ」

「千束さんを待つんじゃないんですか?」

「気が変わった。あいつが来たら、連絡くれ」

 

 言いながら、大暉は銃を仕舞って、トランクを持つ。

 

「また後でな」

 

 そう言って、大暉は射撃場を後にした。

 

 

 

 ─────────────

 

 

 

 走る。

 ひたすらに走る。

 

 まただ。

 また、声をかけられなかった。

 

 本部のエントランスでたきなの姿を見かけた時からずっと、言わなくちゃ、と思っていたことがあるのに。

 言わなきゃいけないのに。

 なのに、

 

「何やってんだろ、私……」

 

 居住用の寮が完備されたリコリス棟、そのシンボルとも言える大きな噴水が見える広場までやって来て、はたと立ち止まる。

 それから太い溜め息をついて、蛇ノ目(じゃのめ)エリカは両手で顔を覆った。

 

 異動を命じられたかつてのチーム・メイトへの周りの態度はあまりに酷いものだったことは、本部に身を置いている自分が一番よく知っている。

 味方殺しだとか、組んだ子をみんな病院送りにしているとか。

 冗談もいいところだ。

 現に、私はこうして今も生きているのに。

 無事なのに。

 

 ……助けてもらったのに。

 

 それなのに、

 

「……何やってんだろ……」

 

 溜め息とともに呟くその言葉に、

 

「お~い」

 

 応える声があって、がばっ、とエリカは顔をあげる。

 弾かれたように振り返ると、大きな銀色のトランクを提げた黒いジャケットの青年が、五〇メートルほど向こうから歩いてくる。

 

「どうしたんだ?」

 

 その言葉が自分にかけられていることは、すぐに判った。

 同時に、さっき射撃訓練場にいた人物であることにも気がついた。もっと言えば、今日エントランスでたきなの姿を見かけた時に、ファーストの赤い制服を着込んだリコリスの傍らにいたはずだ。

 スカートではなくパンツであることやネクタイを締めていることを除けば、全体的な意匠はリコリスの制服にどことなく似ている。だが彼の場合、その色はベージュでも濃紺でも赤でもない、黒なのだ。

 

「ずっと、見てたよな? たきなに用があったんじゃないのか?」

「え、えっと、あの……」

 

 だから彼の口からたきなの名前が出たことに、エリカは少し驚いて、けれど観念したように肩を落とす。

 その行動に、しかし向こうはどうやらこちらが委縮してしまったように見えたらしい。

 ぼりぼりと頭を掻きながら辺りを見渡すと、噴水を円形に取り囲むように等間隔で設置されたベンチの一つを指差した。

 

「座るか?」

 

 エリカは頷いた。

 

 石蕗大暉だ、と青年は名乗った。

 

 

 

 ──────────────

 

 

 

「私のせいなんです」

 

 蛇ノ目エリカと名乗った少女は、そう言って話し始めた。

 たきなとはもともと同じチームで、他にもセカンドが一人と、チーム・リーダーのファースト・リコリスが一人の四人一組(フォーマンセル)で、これまでも何度も任務を遂行してきたのだという。

 ところが二ヶ月ほど前、ある一件でそれが一変した。

 

「銃取引か」

 

 約千丁の銃が消えた、あの密売現場だ。

 

「はい」

 

 頷くエリカの手には、オレンジジュースの缶が握られている。さっき、大暉が自販機で買ってやった奴だ。

 

「私が敵に捕まっちゃって……それでたきなは私を助けてくれたんです。でも、そのせいで……」

 

 たきなは本部からの異動を命じられ、喫茶リコリコへ転属となった。

 待機命令を無視し、生け捕るはずだった武器商人達を皆殺しにしてしまったから。

 その後のことは、大暉も知っている。

 千束に振り回され、ウォールナット護衛の任務では千束と大暉の方針と衝突したり……。

 

「ずっとあの時のことを謝りたかったんですけど……いざたきなの姿を見たら、私、たきなに恨まれてるんじゃないかって思って……それで声かける勇気が出なくて」

「恨む?」

 

 たきなが?

 

「いや、少なくともそれはないと思うぞ」

「え?」

 

 きょとん、とした顔で、エリカがこちらを振り向く。

 大暉はペットボトルのコーラをあおって、あのな、と話を続ける。

 

「まあたしかに、あいつはウチに来てからもずっと本部への復帰を目標に掲げちゃいるが、だがキミを助けたことを愚痴ることはなかったぞ。……少なくとも、俺が見た限りじゃな」

 

 付き合いは短いが、しかし何となく、大暉は井ノ上たきなという少女のことが判り始めていた。

 不器用なのだ。

 酷く。

 でもそれでいて、自分の考えははっきりと持っている。それを表現するのがまだ下手なだけで、芯のある少女なのだ。

 そんな彼女が、

 

「自分の意思で選んだ行動を後悔するような人間じゃないだろ」

 

 たぶん、と大暉は口元に笑みを浮かべて。

 

「それは俺よりも、チームを組んでたキミの方がよく判ってるのかも知れんが」

「で、でも……なら何て言えば……」

 

 エリカは言葉に詰まると、そのまま俯いてしまう。

 噴水広場を行き来するリコリス達の足音が聞こえる。歩いている者もいれば走っている者も、ほとんどはベージュの制服を着たサードで、あとはセカンドがちらほらと見えるていどだ。

 何やらこちらを遠目に眺めてはひそひそと話し込んでいる、その内容はしかしあまりいいものではないのだろう。

 大暉は眉を寄せて、ぼりぼりと頭を掻く。

 

「そうさなあ……ま、少なくともキミのことを恨んじゃいないのは確かだ。だったら、伝えるべきは謝罪じゃないだろ」

 

 大暉の言葉に重なるように、

 

「ここだと思った」

 

 聞き慣れた声は、背後から。

 噴水を挟んだ向こう側だ。

 

「リコリスはみんな好きだもんね~、ここ」

 

 振り向くと、水の幕の向こう側に二人のリコリスが立っていた。

 

「たきな……?」

 

 エリカに、

 

「千束……?」

 

 大暉も呟く。

 

「この寮で暮らすことは、DAに拾われた私達みんなの憧れ……。この制服に袖を通した時も」

「嬉しかったよね……ちょぉっと、意外そうな顔しないで。私だってそうだよ」

 

 だが、二人はどうやらこちらには気がついていないようだ。

 

「……なら、千束さんにも判るでしょう? ここが目標だった……それを私は奪われた! どうして、こんな……!」

 

 その言葉に、大暉のそばで聞き耳をたてていたエリカの顔が曇る。

 

「たきなを必要としてる人が、街にはたくさんいるよ。ここじゃなくたって……」

「あなたはDAに必要とされてるからいいですよね! 私には……私の居場所は、もうここにはない……」

 

 それはたきなの心の叫びだった。

 リコリコに来てから一度も表出することのなかった、内に秘めたたきなの本当の気持ち。

 やっぱり、と大暉は思う。

 こんな時でさえ、助けなきゃよかった、なんて言葉は出て来ない。

 千束は、それを穏やかに見守っているようだった。

 

「たきな」

「ごめんなさい、判ってます。全部自分のせい……」

「……あの時、たきなは仲間を救いたかった。それは命令じゃない。自分で決めたことでしょ? それが一番だいじ」

 

 それに、と千束はベンチに腰掛ける。ちょうど、大暉達の座るのと正反対の位置だ。

 

「たきなの処遇はそれとは関係ないよ。あの日、通信障害あったってホント?」

「ええ、数分ですが。技術的トラブルだと」

 

 確認するようにエリカに視線を送ると、こくり、と頷くのが見えた。

 

「ハッキングだよ」

 

 千束の言葉に、大暉の眉がぴくりと動く。

 なんだ、知ってたのか。

 隣でエリカが、うそ、と小さく動揺した。助けを求めるような彼女の視線に、今度は大暉が頷いて見せる。

 

「ラジアータが……?」

「それ。DAの機密性を担ってる最強AIだよ? 全てのインフラの優先権を持ってるのに通信障害なんてあり得ない」

 

 だが、当然ながらそんなことは報告出来るわけがない。

 DAの根幹が揺るぎかねない事案だからだ。

 

「だからリコリスの暴走ってことでたきなを……」

 

 言いかける千束を置いて行くように、急にたきなが走り出す。その腕を千束が掴んだ。

 

「ど、どこ行くの!?」

「理不尽です! 司令に話して……」

「ちょーちょちょい! シラ切られるだけだってば!」

「ならどうすれば……!?」

 

 振りほどこうとするたきなは、いつの間にか抱きしめられていた。

 千束に。

 

「たきな……今は次に進む時。失うことで得られるものもあるって。たきながあの時ああしなかったら、私達は出逢えなかったよ? ん?」

 

 そして、たきなのお尻の下で両腕を組むと、よいしょ、とばかりに抱き上げる。

 

「私はキミと逢えて嬉しい!」

「ちょ、ちょっと……」

「嬉しい嬉しい!!」

 

 ひとしきりそうして回ると、たきなを降ろしてやる。

 

「誰かの期待に応えるために悲しくなるなんてつまんないって! 居場所はある。センセやミズキ、クルミもいるし、私も大暉もいる。まずはお店のみんなとの時間を試してみない? それでもここが良ければ戻ってきたらいい。遅くない。まだ途中だよ。チャンスは必ずくる。その時、したいことを選べばいい」

「したいこと……」

「そう! 私はいつも、やりたいこと最優先! まあ、それで失敗も多いし、大暉に怒られることもあるんだけど……今は! たきなに酷いこと言ったあいつらをぶちのめしたいので、ちょっと行ってきますよ」

 

 そうして、千束は歩き出す。

 噴水広場を出る時、水の幕の向こうで一瞬だけ、千束がこちらを振り向いたような気がした。

 思わず、笑みが漏れる。

 ったく、気づいてるならそう言やいいのに。

 

一四〇〇(ヒトヨンマルマル)より、状況演習を開始。リコリス各員は、当該時間までにキルハウス・ブースに集合してください」

 

 本部のいたるところに設置されたスピーカーから、女性のアナウンスが流れる。繰り返される放送に、あちこちの部屋からリコリス達が出てくると、ぞろぞろとキルハウス・ブースへ続く通路へと移動を始めた。

 

 そんな中で、噴水の向こうで、たきなは一人佇んでいる。

 こちらに背を向けて。

 その背に向かって、

 

「た、たきな!」

 

 いつの間にか大暉の傍らから飛び出したエリカが呼びかける。

 

「エ、リカ……?」

 

 弾かれたように振り返ったたきなは、かつてのチーム・メイトの姿を目にして素っ頓狂な声をあげる。

 

「あの……あのね……私、たきなにずっと言いたかったことがあったの……」

 

 必死に言葉を紡ごうとするエリカの、その拳が震えている。

 なにに?

 決まってる。

 奮い立たせているのだ。

 己を。

 

「ぁ……ありがとう!」

 

 その言葉に、たきなの目が見開かれる。

 きっと、さっきとは別の驚きに。

 

「あの時助けてくれて、ありがとう!!」

 

 勢いに任せて言い切ってしまうと、エリカはくるりと回ってこちらにお辞儀した後、足早にキルハウス・ブースへと走って行ってしまった。

 たきなにしてみれば、きっとエリカが誰にお辞儀をしたのか見えていないはずだ。

 大暉は残りのコーラを飲み干してから、席を立つ。

 そして、たきなの前に姿を現した。

 

「っ……石蕗さん」

「よっ。さっきぶり」

「今の、聞いてたんですか?」

「あの子の話を聞いてたら、偶然な」

 

 答える大暉は、エリカが走っていった方向を親指で指しながら。

 

「悪かった、盗み聞きするつもりがなかったことだけは判ってくれ」

「別にいいです。……もう、終わったことですし」

「楠木さんには会えたのか?」

 

 大暉の質問に、ほんの一瞬だけ、たきなの顔が曇る。

 

「……はい」

「その様子じゃ、あんまりいい話じゃなかったみたいだな」

「ええ、まあ……」

 

 おおかた、たきなを本部に戻すつもりなどさらさらないのだろう。その事実に打ちひしがれて、たきなはここに来たのだと推測した。

 

「で? さっきは千束に色々言われてたみたいだが、答えは出たのか?」

「……正直、まだ判りません」

 

 たきなは、そう言った。

 

「今まで、ただ任務を遂行することだけを考えていました。それ以外のことなんて、考える余裕すらなかった……。必死に訓練して、必死に戦って、必死に生き残って、ここに来るために全てを懸けてたんです」

 

 でも、とたきなは続ける。

 

「エリカの顔を見て、エリカの言葉を聞いて……少しだけ、自信が持てたような気がしました」

「自信?」

 

 ええ、と頷くたきなの口元に、わずかだが笑みが浮かぶ。

 

「あの時、私がとった行動は間違ってなかったんだって」

「それこそが答えだよ、たきな」

「え?」

 

 きょとん、とするたきなに、大暉もかすかに笑みを浮かべた。

 

「千束も言ってたろ? だいじなのは命令じゃない、自分で決めたかどうかだ、って。」

 

 それから、大暉は右の拳で自分の左胸を小さく二回叩いて見せる。

 

「自分の心に正直になれ。心の思うままに動け。建前なんざどうだっていい。お前が今、やりたいことをやればいいんだよ」

「……やりたいこと、最優先……」

 

 ぽつりと彼女の呟くそれは、千束の座右の銘ともいえる言葉だ。

 

「そういうこった」

 

 にやり。

 

「ところで」

「はい?」

「これからやる演習ってのは、千束も出るのか?」

 

 さっきアナウンスされていた、状況演習のことだ。

 ぶちのめす、とか何とか言ってたし。

 

「そのはずです。私も数に入っているみたいなので」

「そうなのか」

「ええ……」

「行くのか?」

 

 大暉の質問に、しかしたきなはすぐには応えなかった。

 

「……ま、一度腹を括れば、後はたいていどうにかなるもんさ」

 

 そして、

 

「ぶちのめすとこ、しっかり見届けるからよ」

 

 待ってるぜ。

 そう残して、たきなに背を向ける。

 

 必ず来る。

 そう確信して。

 

 

 

 ───────────────

 

 

 リコリス達のギャラリーを抜け、管制室の中へと入る。ドアが開いた途端に、突き当たりに設置された複数のモニターに映る千束の姿が目に入った。

 

「おーおーおー、やってんな」

 

 わざとらしく声をあげると、

 

「まだいたのか」

 

 呆れたような溜め息とともに、楠木司令肩ごしに振り返る。その横にいた秘書も一緒にだ。

 

「だぁから言ったじゃないですか。連れの用が終わるのを待ってるって」

 

 ほら、と大暉はモニターを顎で指す。

 

「ま、こんなに時間かかるとは思わなかったがな」

 

 キルハウス・ブースは、例えるとするなら鋼鉄の迷路だ。

 木箱、平積みされたタイヤ、ドラム缶……さまざまな遮蔽物を駆使しつつ、張り巡らされた迷路の中を行き来して模擬戦を行う。

 演習じたいは単純で、双方ペイント弾を装填した銃を使って、先に急所にペイントを付けられた方が負け、というもの。

 だが単純であるがゆえに、その銃撃戦が意味を成さないことを大暉は知っていた。

 少なくとも、千束にとっては。

 

 千束が相手しているのは二人組のリコリスだった。ファーストとセカンドが一人ずつで、セカンドの方は中々の射撃制度らしい。すばしっこく移動する千束を相手に、的確に動きを停められるような銃撃を正確に撃ち込んでゆくのである。

 相手が千束でなければ、おそらく最初の一発で標的の膝を破壊出来ただろう。

 だが、千束は急制動をかけると、その勢いを殺すことなく身を翻す。そのまま、戸惑うことなくセカンドへと接近した。

 怯むことなく発砲を続けるセカンドは、今度は千束の頭部に狙いをつけたらしい。だが銃身から解き放たれた弾丸はことごとく千束の頭部を避けて……いや、最小限の首の動きで避けられて、その後ろの鉄の壁に無様にペイントを付けるだけだ。

 もう一人のファーストの少女に、大暉は見覚えがあった。

 

「なるほどな、フキが相手だったか」

 

 春川(はるかわ)フキ。何度か顔を合わせたことがあるファーストのリコリスだ。かつて千束が本部にいたころ、寮で同室だったと聞いたことがある。

 千束に撃破されそうになったセカンドを間一髪で救出すると、いったん千束から距離を取りつつ遮蔽物に隠れたようだ。

 

「これが千束ですか……」

 

 ファイルを抱えたまま、楠木の秘書が呆然と呟く。その見開かれた目は、モニターの千束への驚愕だ。

 

「まさか本当に弾を避けるとは……どういう魔術ですか?」

 

 彼女の問いかけに、

 

「卓越した洞察力で、相手の射線と射撃タイミングを見抜く天才だ」

 

 応えたのは楠木司令だった。

 それから親指と人差し指を立てた銃の形で秘書の顔の前に持ってくる。

 楠木の手と秘書との距離は五〇センチもないだろう。かなりの至近距離だ。

 

「この距離でも千束を撃つのは難しい」

 

 もっとも、と司令は付け加える。

 秘書に向けていた銃の手を、今度は大暉に向けて、

 

「似たような芸当をやってみせる者もいるが」

 

 その言葉にこちらを振り向く秘書に、大暉は苦笑を返すしかない。

 

「だがそれ以外は……生意気なクソガキだ」

 

 普段は表情を感じさせない声音で喋るわりに、そう呟く楠木はどこか愉快そうだ。

 

 モニターの中で、サクラ、とフキが叫ぶ。

 見ると、サクラと呼ばれたセカンドが遮蔽物から飛び出して、真正面から千束を迎え撃とうとしていた。

 だが、やはり彼女の弾が千束に当たることはない。それどころか遊底が後退したまま固定され、発砲すら出来なくなってしまった。

 その隙を千束が見過ごすわけもなく。

 弾切れを起こしたサクラは千束に二度めの接近を許し、獲物を奪われると、あっという間に千束のペイント弾の餌食になる。

 だがフキにしてみれば、今の千束は背を向けていて狙い放題だ。照準を合わせて発砲しようとしたその時、

 

「うぉおおおぉぉおぉぉおおお!!」

 

 画面外から突如、千束でもサクラでもフキでもない別の少女の雄叫びが割り込んで来た。

 千束を狙うフキの背後に、長い黒髪が写った。

 振り返ったフキの顔面に、拳が叩き込まれる。

 勢いそのままに前方へ転がり込んで、しかしその最中に器用に背中に背負った鞄から銃を引き抜くと、すかさず照準を相手に合わせた。

 千束を挟み込むように、

 防護用のゴーグルを着けた、井ノ上たきなが。

 

 殴られた方もすぐに体勢を整えると、同じように真正面の千束に照準を向ける。

 千束は一瞬だけ二人のことを確認すると、たきなの方を向いてわずかに躯を開いた。

 その瞬間、

 

 たきなの拳銃から放たれた弾丸が、千束の左腕と左脇腹の隙間をくぐり抜けるように直進する。それは寸分違わず、フキの額を撃ち抜いた。

 追い打ちをかけるように、尻もちをついた彼女へと四発、青いペイントを叩きつける。

 

「ほう」

 

 それで、終わりだった。

 

「……やるじゃん」

 

 笑みを浮かべる大暉の言葉と、モニター内で呟く千束の言葉が重なった。

 

 

 

 ──────────────

 

 

 キルハウス・ブース間の移動を助ける足場は、頑丈な金属製のメッシュである。金属製の手摺りに護られて、それは迷路の頭上にさらに張り巡らされたキャット・ウォークだ。

 がじゃん、がじゃん、とメッシュを軋ませる足音に、千束は誰が来たのかすぐに気がついた。

 

「あっ、大暉ー!」

 

 にぱっ、と笑みを浮かべて休憩用のベンチから立ち上がると、ぴょんぴょんと両手を振りながら音のした方へ跳びはねる。

 思ったとおり、銀色のトランクを携えた大暉が

 

「二人ともお疲れさん」

「なに、さっきの見てたの~!? どうよどうよ、私とたきなの打ち合わせナシの連携プレイ!」

 

 ぶいっ、なんて効果音が聞こえてきそうなピース・サインを大暉に向けると、

 

「おう。上でしっかり見てたぞ」

 

 金属製の階段を下りながら、彼も笑みで応える。

 

「そっちはちゃんとメンテ終わった?」

「ンなのとっくに終わってるっつの。お前の方こそ、体力測定にどんだけかかってんだよ。待ちくたびれたわ」

「ごめ~ん! ちょーっとその後いろいろとありまして……」

 

 ね、と千束が振り返るのは、同じベンチに座っているたきなだ。

 

「ええ、まあ」

 

 応えるたきなは、さっきまで千束が座っていたのと同じベンチに座って、演習に使った銃と鞄の整理をしながら。

 

「みたいだな。表に帰りの車が停まってる。そろそろ行くぞ」

「おっけーい! ほら、たきなも行こ!」

「今行きます」

 

 立ち上がったたきなも連れて、三人でキルハウスから出ようとした時、

 

「おい」

 

 曲がり角から不機嫌そうなフキに呼び止められる。その顔面は、青いペイントにまみれていた。

 腕組みで彼女が睨み据えるのは千束ではなく、どうやらたきなのようだ。

 

「模擬戦なんだぞ。後ろから撃てばよかったんだ。それを突っ込んで殴るなんて莫迦げてる」

「これでおあいこですね」

 

 応えるたきなの、その口元にはかすかに笑みが浮かんでいた。それが気に入らなかったのか、フキは小さく舌打ちをしてからたきなを指差す。

 

「やっぱりお前、使い物にならねえリコリスだよ。命令違反に独断行動……二度と戻って来んじゃねえ」

 

 見ると、さっきたきなにぶん殴られた頬が赤く腫れていた。その様子がおかしくて、つい千束は笑ってしまう。

 ぴき、とフキのこめかみに血管が浮かびあがったような気がした。

 

「おい、笑ってんじゃねえ」

「だぁってぇ、フキってば酷い虫歯みたいな腫れ方してるんだも~ん」

「ちっ、クソが」

 

 それから、今度はその視線が千束の隣に立つ大暉に向く。

 

「あんたも、この莫迦達の手綱はしっかり握れよ、リベリオン」

「それで制御出来るようなら、ハナから苦労してねえよ」

 

 フキの挑発的な物言いも意に介さず、大暉は千束の肩に手を乗せる。

 

「な?」

「もち!」

 

 自信たっぷりにピースする千束に、

 

「……このバカップルめ」

 

 フキはやれやれとばかりに溜め息をついた。

 

 

 

 ───────────────

 

 

 

 建物を出る頃には、雨はすっかりやんでいた。それどころか茜色に染まる空が妙に心地いいくらいだ。

 

 来た時と同じような黒い車に揺られ、来た時と同じ道で駅まで送られ、東京行きの列車に乗る。向かい合ったボックス・シートに座ると、千束とたきなは鞄を荷物棚へ、大暉のトランクは通路を挟んだ向かい側のボックス・シートの隙間に入れ込む。

 他に乗客もいない、ほとんど貸し切り状態の車両だった。通路側に座った千束は昼間に食べそこねた飴の一つを取り出すと、包み紙を剥がして口の中へ放り込む。舌の上で転がすと、たちまち待ち望んだ甘味が口の中に広がってゆく。思わず顔がとろけそうだ。

 同じ物をもう一つ、

 

「たきなさあ」

 

 相棒の名を呼びながら千束はそれを差し出した。同じイチゴ味である。

 

「なんです?」

 

 応える相棒は隣の窓側の座席で、ぼんやりと夕焼けに染まる町並みが納まった車窓を眺めながら飴を受け取ると、同じように包み紙を剥がして口に含んだ。

 

「私を狙って撃っただろ?」

 

 思い出すのは、さっきの模擬戦だ。フキをぶん殴ったたきなが千束を挟み込むようにフキへ照準を合わせた、あの瞬間のことである。

 少なくとも、射線上には間違いなく千束が立っていた。にもかかわらず、たきなはとまどうことなく発砲して見せたのだ。

 別にそのことについて、千束はかけらも怒ってなどいない。あくまで、これはただの確認だ。

 

「……きっと避けると思いましたから」

「おおう、言うねえ」

 

 しかしその言葉が、たきなが初めて見せた信頼の表れであることを、千束は理解していた。

 だから、

 

「非常識な人ですよ、千束は」

 

 今までどこか他人行儀だった彼女がきちんと『対等に』名前を呼んでくれたことが、たまらなく嬉しくて。

 みるみるうちに千束の顔に笑みが広がってゆく。

 

「でも……スカッとしたな!」

「……はい」

 

 振り向くたきなもまた、したり顔で。

 ぴろん、と千束の携帯が鳴ったのは、その時だ。ポケットから取り出すと、

 

「お、クルミからだ。見てみ~」

 

 それは喫茶リコリコのグループチャットに送られたクルミのメッセージと、一枚の画像だった。

 

《クルミ:ボドゲ大会、延長線中! 間に合いそうなら連絡PLZZZ!》

 

 添付された画像には、ミカやクルミはもちろん、阿部刑事やソバカスの北村などが楽しそうにゲームを楽しんでいる様子が写っていた。

 

「どうする? たきなもやる?」

「そうですね……せっかくですし、私も参加させてもらいましょうか」

「いいね、いいね~! 人数は多いほどボドゲは楽しいもん! 大暉も……」

 

 ……大暉もやる?

 そう正面に座る青年に問いかけようとしたところで、千束は言葉を詰まらせた。

 

「……あらら。大暉、寝ちゃってるや」

 

 腕を組み、千束の邪魔にならないように足をやや通路側に向けて足を組んだ格好で、大暉はこくりこくりと夢の世界へと旅立っていた。

 

「本当ですね」

 

 大暉の顔を覗き込んでから、たきなは彼を起こしてしまわないように声を潜ませた。

 

「じゃあ大暉は強制参加ってこっとでー」

 

 ぱしゃっ、と千束はカメラモードに切り換えた携帯で、大暉の寝顔を写真に収める。

 

「いいんですか? 大暉さん、お疲れなんじゃ」

「いーのいーの。言ったでしょ? 人数多い方が楽しいって。ほらほら、私達も撮ろうよ~!」

「あ、ちょっと……!」

 

 それから、千束はグループチャットに返信を書き込んだ。

 

《ちさと:二人で行くぜ》

 

 添付した画像は二枚。

 一枚は、千束とたきなが笑顔で一緒にピースをした自撮り。

 そしてもう一枚は、

 

《ちさと:with大暉も行くってよ》

 

 心地よさそうに眠る、夕日に照らされた大暉の姿だった。

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