リコリス・リコイル 竜胆の花は彼岸の花に何を見る?   作:タロ芋

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前回書いた話に加筆させてもらいました。無断で消したことをお詫びさせて頂きます。申し訳ありませんでした。

zREXz様、ハルカ様、Ssuga様、BAKA様、久しぶりのバイオレンス様、キヨシ様高評価ありがとうございます!


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 あれから売上は順調に回復し、久しぶりに律刃たちはゆっくりしていた。

 店の雰囲気を良くするため、ミカが前から欲しがっていたレコードプレーヤーを購入したり。

 食器洗いの手間を減らすために食洗機を導入。

 安かったからか、ついでにロボット店員のロボリコもメンバーに加えた。

 

「ここ数日は大変だったなぁ」

 

「そうねぇ……。ほんとたきな様様だわ」

 

 しみじみと呟く律刃とミズキ。

 

「ヤッホー、ゴ注文ドウゾ」

 

「……大丈夫なのか、アレ?」

 

「千束の服じゃん」

 

「一応、動いてて問題は無いっすよ。今のところ」

 

 定期検診により、今はいない千束の制服を着せたロボリコが接客をしているのを見て、そんな会話するミカを含めたリコリコ年長者3人。

 そして休憩に入った律刃が店の奥へ引っ込んだところで、なにやら気まずそうなクルミと固まってるたきなの2人を見つけた。

 

「……どした?」

 

「律刃か……。あー、えーと、その、なんだ」

 

 声をかければ、なにやら歯切れの悪いクルミ。

 律刃は首を傾げながらそばを通り、たきなの背後に回れば彼女の見ているものへ視線を向けた。

 

 どうやらクルミが席を外しているところ、PCの画面がSNSを開いたままだったらしい。

 ユーザーが投稿している内容を見てみれば、リコリコに関するもののようだ。律刃はいくつかその投稿を見てみれば。

 

「……ア、フーン(察した顔)」

 

 スン、能面なような表情が抜け落ちた顔で全てを察してしまった。

 

『見た目が完全にう〇こだけど、味は美味しい』

 

『それを持ってその仕草は完璧に確信犯なのよ』

 

『すごく、アレですね』

 

『麻婆豆腐頼んだ人が一口食べてから皿に顔を埋めたまま動かないけど大丈夫?』

 

『給仕の子にセクハラしようとした客の鼻先にどこからともなく包丁飛んできたわ。ウケル』

 

 たきなが作ったアレの感想。

 それを見て自分の作ったものがどんなものかを、気がついたたきな。律刃は優しくたきたの肩を手を置いて慰める。

 

「気にすることないってたきな」

 

もう、このパフェ辞めます……

 

「いや、ほら見た目はちょっとアレだが美味いし売れ筋だから。な? 

 カナちゃんも面白がってたし」

 

律刃さんはいいですよね。ケーキが好評ですから……

 

「俺的にゃ麻婆豆腐に力入れてたんだけどな」

 

「むー……」

 

 渾身の出来の麻婆ではなく、片手間に作ったケーキが評判がいいのは些か不本意な律刃。しかし、その反応が良くなかったのかたきなが頬を可愛らしく膨らませてしまう。

 どうやらマウントを取られたと感じたらしい。

 

「あー、えーと……」

 

 年頃の少女の相手は難しいな、律刃は半ば現実逃避気味に思ってると電話のベルの音が聞こえてくる。

 

「電話だな! ちょっと取りいってくる!!」

 

 断じて逃げたくなったからではない、律刃は誰に対して言い訳をするでもなくそそくさとその場から離れるのだった。

 

「もしもし、喫茶リコリコで───」

 

『山岸よ』

 

「山岸先生? 律刃です。なにか御用ですか? 

 千束なら行ってるはずですけど……」

 

『その千束に用があるのよ』

 

「え? そっちに行ってないんすか……?」

 

『来てないのよ! 携帯にも出ないし……』

 

「うぇ〜……?」

 

 変な声を上げる律刃。その頭には疑問符が浮かび上がっていた。

 千束は病院が嫌いだ。それはもう、犬や猫のように逃げ回るくらいには。それでも、きちんと約束とその後にご褒美を用意すればきちんと行くくらいには分別はある。

 これまでもそうしてきたからサボるとは考えにくい。律刃が腕を組んで唸ってると、電話が長いことに気がついたたきなが様子を伺ってきた。

 

『千束 病院 居ない 連絡 頼む』

 

「わかりました」

 

 ハンドサインでたきなに伝えれば、意を汲み取った彼女は自分のスマホで千束に連絡を取り始める。

 

「わかりました。こっちで探してみますね」

 

『頼んだわよ?』

 

 受話器を置いて律刃はたきなのもとへと向かう。

 

「千束? どこです? 定期検診行ってないんですか? 

 律刃さん、カンカンですよ?」

 

『あー、ごめんごめーん! 急用でさ〜。ちょっと遅れるって山岸先生に言っといて! 

 あと律刃にはいい感じに言い訳よろしく!!』

 

 早口でまくし立てれば、通話の切れた電子音がスピーカーから聞こえてくる。

 たきなはスマホから視線を外して律刃へと向ければ。

 

「……だ、そうです」

 

「怪しいな。……たきな」

 

「はい。30秒で支度します」

 

 指示を出さずとも、真意を汲んだたきな。

 2人はそれぞれの仕事服に着替え、千束のいるであろうセーフハウスへと向かうのだった。

 

 

 

 〇

 

 

 

「おいおい、健康は大事だぜ? 

 体は資本だろ。俺ら(……)はさ」

 

「ら、ってなに。らって。銃を向ける相手に言うこと?」

 

 セーフハウス内、ソファに座る千束。銃を彼女に向け軽薄な笑みを浮かべる真島。

 

「殺すにはまず生きてなきゃなぁ?」

 

 ダンッ!! 

 

「ハハッ! すげぇな! どうやってんだ?」

 

 真島は躊躇いもなしに発砲したが、千束は当然のようにそれを避ける。

 彼女の後ろで壁に飾られていた一振の刀が半ばからへし折れ、鈍い音を立てて床へと落下した。

 

「秘密。それと、あの刀高かったんだけど? 

 律刃に殺されても文句言えないよ〜」

 

「おー怖い怖い。んで、その心臓に種があるのか?」

 

「なんでソレを知ってんだコノヤロウ」

 

「ハッ! ……秘密だ」

 

 不敵に笑う2人。そのまま撃ち合いに発展するかと思えば。不意に真島が机の上に広げられていた複数の映画を見つけ、そのうちの一つを手に取る。

 

「お、シャーク○ードじゃん。しかも第1作から最新作まで……好きなのか?」

 

「頭空っぽにして見れるからね。律刃は突っ込みまくってたけど」

 

「ハハハ、だろうな! 相棒も突っ込みまくってたが、その反応が楽しくってなぁ。オマケに3作目で主人公がラストで鮫の口に突っ込んで」

 

「「大気圏を突入するところ!!」」

 

 同時に映画のラストでテンションをあげるが、千束は固まり目の前の存在がどんな奴かを思い出す。

 

「はぁ……。珈琲いれるけど?」

 

「俺苦いのダメなんだ。他のない?」

 

「……」

 

 こいつなかなかに図々しいぞ? 

 千束はそんなことを思いながら、キッチンへと向かい慣れた動きで棚からマグカップを2つ取り出す。

 ひとつは来客用。もうひとつは自分のを……と取ろうとしたところでその隣のマグカップを取れば、コーヒーメーカーから作り置きしていたソレを注ぎ砂糖とミルク、お茶菓子を用意して千束は戻る。

 

 

 そして、2人は話す。

 過去、真島たちテロリストグループが旧電波塔を占拠したこと。

 その鎮圧にリコリスが出動し、その中にいた千束が1人でテログループを相手取り壊滅させたこと。

 

「人の事化け物みたい描写なすんなし。あと、私一人じゃなくってそこには律刃もいたからなー?」

 

「実際バケモンだろ? あと、律刃っつうと……ああ、相棒がお熱のリッパーか!」

 

「相棒って……フェイカー?」

 

 顔をフードで隠し、戦斧を操る正体不明の存在。

 真島にその名を言えば、ニヤリと笑って懐からある物体を取り出した。

 

「ソレは……!?」

 

「面白い偶然だよなぁ? こんな身近にコレを持ってるのが3人(……)もいるんだ」

 

 アラン機関に支援を受けた証。

 千束が人助けをしようと決めたソレを、なぜこの男が? 

 

「じゃあ、なんでこんなことをしてんの!?」

 

「は?」

 

「ソレ持ってるからには、なんかすごい才能があるんでしょ!? 

 人を幸せにするような! アンタがやってる事は逆でしょ!?」

 

「……お前だって殺し屋だろ?」

 

「アンタと一緒にすんな! 律刃も私も人助けしてるし!!」

 

「ハハッ!! お前はまだしもリッパーの過去は知ってんだろ? 

 それに、アランが本当に平和推進機関とでも思ってんのか?」

 

「今の律刃はちがう! 

 それに……アンタ以外はそういう結果残してるんでしょ?」

 

「私もメダリストみたいに世界に感動を与えたァい!! ってかぁ? ハハッ、おめでたいやつだなぁ」

 

「……」

 

 真島の心底呆れ返った様子に、千束は憮然とした様子で珈琲を飲む。

 

「お前、アランはそんな連中じゃねぇぜ? 

 なにより、その負の遺産ってのが相棒だからな」

 

「……前から気になってたんだけど」

 

「あん?」

 

「なんで、フェイカーは律刃を目の敵にしてんの?」

 

「…………お前、ナーンも知らねーのな。リッパーからひとつも聞かされてないのか?」

 

 その問いかけに千束は何も答えられなかった。

 千束は律刃の過去を知らない。彼が自分と出会った10年より前のことは聞いていない。

 知りたくない、と言ったら嘘になる。

 

 そんな千束の内心を察したのか、真島はミルクと砂糖を大量に入れた珈琲を飲みながら語り始める。

 

「いいか、あの二人はな、造られた天才なんだよ」

 

 

 〇

 

 

 廃ビルの屋上。フェイカーと律刃は対峙していた。といっても、互いに手に持っているのは武器ではなく煙草であったが。

 

 本来なら律刃はたきなと共に千束のいるであろうセーフティハウスへと向かっているはずだった。だが、道中で以前も感じたことのある粘ついた殺気を感じた彼はたきなを先行させ、殺気の発生源たる廃ビルの屋上へ向かえば、そこには手すりへもたれ掛かるフードで顔を隠すフェイカーがいた。

 律刃は即座に刀を抜き、切りかかろうとした。だが、

 

『まぁ、落ち着けよリッパー。一服でもしながら話でもどうだ?』

 

 そう言い、フェイカーは刀の柄へ手を添えていた律刃を制して懐から煙草を取り出すのだった。

 律刃はそれに対し警戒を示すが、自然体のフェイカーを前にして仕方なく刃を収め、渋々その煙草をとる事にした。

 

「……おい、この銘柄重すぎだろ」

 

「はぁ? 煙草はこれくらいガツンと来るのが美味いんだろ」

 

 フェイカーから受け取ったそれを口に含み、火をつければ律刃が吸う煙草とは違い、パチパチと音がなりオマケに大量の煙とキツイ匂いに堪らず顔を顰めて苦言を呈す。

 対してフェイカーは片方の眉を上げ、紫煙を吐き出した。

 

「……それで、俺に何の用だ? こうして仲良くヤニを吸ってはい解散なわけないだろ?」

 

「なんだ、随分とせっかちだな? ……だがその通りだな」

 

 ニヤニヤと笑みを深くするフェイカーに律刃は問いかけた。

 

「お前は一体なんなんだ?」

 

「そうだなぁ……。説明するよりもこうしたほうが早いか?」

 

「─────ッ!?」

 

「ハハハハ! その顔が見たかったぜ?」

 

 フードを下ろし、顕となったフェイカーの素顔に律刃は息を飲む。

 同じ色の瞳に愉悦の色を滲ませ、フェイカーは腹に溜まる重い煙を吸い込みながら律刃へと幼子に対してのような声で言い聞かす。

 

「そうだな、話をしてやろう。始まりは1人の科学者が作り出したモノだった。

 ソレはとあるナノマシンで、適合すれば人間の限界を超えた力を与える夢のようなヤツだ。

 だが、作ったはいいがそのナノマシンはとんでもない欠陥品でな。適合する確率は数千万に一人の割合で、挙句にゃ適合したとしても起動するかはさらに低い確率。よくて起動したとしても、負荷に耐えきれず体がパァンと弾けるってな。

 科学者は困った。どうすればいいんだ? ってな。

 攫ってきた検体(モルモット)も無限じゃねぇ。それに、バレないようにしているから数も多いわけじゃない。

 警察も馬鹿じゃねぇ。このままじゃ豚箱にぶち込まれるのも時間の問題だ。

 だが、そんな科学者のナノマシンの噂をどこで聞いたのか知らねぇが、都合のいいことにみんなご存知のクソッタレなアラン機関が科学者の前に現れ、自分たちが支援をするとを申し出た。

 科学者は二つ返事で了承。アランに対してナノマシン……"フレイヤ"に完全に適合するスペックの高い検体の提供を要求した。

 そして、アランは検体を提供した。それが」

 

「……俺たちか?」

 

「ご明察〜。といいたいところだが、半分外れだ」

 

「もともと、検体は1人だけだった。だが、その検体はとある事情により既にこの世にはいなかった」

 

「は? なら、どうするっていうんだ。死んでたんじゃ意味ないだろ」

 

「アランの奴らはソイツに痛く執心してたみたいでなぁ。どんな手を使ってでもその才能を世界に送り出したかったのさ。

 ソイツはまさに神の寵愛を受けた存在だった。1を教えれば100を学ぶ。1を見れば100を覚える。

 コイツに比べれば他の奴らはゴミクズだ。だが、ソイツは何よりも体が弱かった。手を尽くしたがソイツは成人する前に死んじまった。だから、造ったのさ」

 

「……え?」

 

 造った? なにを? 律刃の思考は1拍だけ白く染まる。

 何を言っているか理解が出来なかった。

 

「傲慢だよなぁ? 死んだ人間ってのは生き返らないもんだ。

 それを手前の勝手な都合で複製品(コピー)を大量に作りだした」

 

「だが、所詮は紛い物の複製品だ。才能は確かにあったが、オリジナルに比べたら見る影もないとんだ粗悪品だった」

 

「そんな時にアランのヤツらの目にその科学者が止まった」

 

「こいつのナノマシンなら粗悪品をオリジナルに近づけることが出来る。今度こそ神をこの手で作り出せるってな」

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 夜の街並みを見下ろし、セーフハウスのベランダで律刃は手すりに肘を乗せていた。

 飴を咥え、ゆらゆらと棒の部分を揺らし何をするまでもなくじっとしていれば。

 

「な〜にしてんの?」

 

「外見てる」

 

 背後から千束の声が聞こえ、律刃は振り返らずに言う。

 簡素な返答に千束は僅かに肩を竦め、彼の隣へと移動して同じように手すりに肘を乗せて外を眺め始めた。

 

 数分ほど2人は何かを言うでもなく、じっと外の景色を見ていたが千束は彼に言う。

 

「律刃」

 

「どうした〜……」

 

「……真島から律刃のこと教えられたんだ」

 

『リッパーとフェイカーの2人はある人物の細胞から造り出されたクローンだ』

 

 真島が千束に言った律刃の出生の秘密。

 

「……そうか。俺もフェイカーから聞かされたよ」

 

 

「驚いたなぁー。まさか俺とアイツは同じ人間の細胞から造り出されたクローンだってさ! 

 いやー、映画みたいなことってあるんだな? 

 まさか自分がそんな立場に……! だなんて思わねーもん」

 

「…………」

 

「ほんと、事実は小説よりも奇なりってやつか? 

 この目も声も顔も髪も体も! ぜーんぶ俺のものじゃなくて……俺の、俺の知らない俺のオリジナルのもんなんだ……ってさ!」

 

「…………」

 

「ハハハ、最初っから、俺のものなんて……何一つ無かったんだよ。

 全部、ぜーんぶ、何も……無かったんだよ。

 アイツが好きだって言ってくれたものは全部、どこの誰ともしれない俺のオリジナルのおさがりだったんだよ。

 笑っちまうよなー。バカ、みたいだよ」

 

「ほんと…………バカみたいだ…………」

 

 最初はおどけたようにしていたが、段々と声は震え最後には絞り出すように言う。

 千束は何も言わず、彼の独白を聞いた。

 

「……俺って、なんなのかな?」

 

「…………律刃は律刃だよ。どこの誰でもない、ね。

 確かに、律刃はクローンだよ。だけど、ここに居る今の律刃は貴方でしょ? 

 私はここに居る律刃しか知らない。律刃のオリジナルの誰かなんて興味無いよ」

 

 千束は頬へと手を添え、ゆっくりと胸元へと抱きしめれば、優しく頭を撫でる。

 

「私はね先生やミズキ、クルミ。それにたきなたちと一緒にいるリコリコが好き。

 もちろん、そこには律刃も私もいる! 

 だから、あんまり自分を追い詰めないでよ。どれだけ辛くっても律刃なら乗り越えられるもん。なんてたって律刃は強いんだから!」

 

「……」

 

「私はあと少ししか時間が残ってないけど、律刃は違うでしょ? 

 だったら、いっぱいいーっぱい! 楽しい時間を過ごしてその知らない誰かさんやフェイカーの言ったことなんてどうでもいいって言えるくらい思い出作ろうよ。

 私、手伝ったげるよ?」

 

「ちさ、と……」

 

「大丈夫。律刃がどんな過去でも私は律刃のことを嫌わないよ」

 

「…………やっぱり、敵わないなぁお前と撫子には」

 

 どれだけ人間離れした身体能力でも。腕の一振で簡単に殺せるような華奢な体でも。この少女と彼女には勝つことが出来ないだろう。

 律刃は泣いてるような笑を浮かべながら言う。

 

「何か言った?」

 

「なんでもねーよ。……それより、いつまでこうしてるんだよ…………」

 

「んふー、もうちょっとー! それにこの世界四大美女たる千束さまのハグだぞ〜? もっと喜べよー!」

 

「喜ぶも何もこの身長差だと割と腰がきついんだよ。それに……」

 

「それに……?」

 

「……柔いものが当たってるんだよ。さっきから」

 

「…………あ゜っ゜」

 

 千束は自分のやってることに気がついたらしく。どうやって発音したのかわからない声を上げ、慌てて律刃の顔を引き剥がす。

 

「あいたぁ!?」

 

「うわぁごめん!?」

 

 勢い余ってこめかみが手すりにぶちあたり、律刃は叫べば千束が慌てて謝る。

 

「フッ……ハハハ」

 

「プッ……フフフ」

 

「「ハハハハッ!!」」

 

 堪らず、2人は笑い出す。

 

「ほんと、くだらない事で悩んでるのが馬鹿らしいな」

 

「そーそー、人生は短いんだし楽しんですごしたもん勝ちだよ!」

 

「そうだな……。ああ、そうだよなー。辛気臭く悩むよりそっちがいいよな」

 

 飴を噛み砕き、よっこいしょと律刃は立ち上がる。

 

「明日こそ定期検診いけよ〜?」

 

「うぇー、たきなと同じこと言ってるぅ!」

 

「ったく、注射の何が怖いのかねぇ?」

 

「ふーんだ! 避けられない怖さが律刃にはわかんないんだもんね!」

 

「へーへー。さっさと部屋ん中入るぞー。寒くなってきたし」

 

「ココア飲みたーい!」

 

「はいはい」

 

 部屋の中へと入っていく千束見送り、律刃は淡く微笑めば。

 

「……ケホッ、コホッ」

 

 軽く咳き込み、喉奥から鉄錆臭い液体が溢れ出た。

 

「…………まさか、こんなのが俺の代償とはな」

 

『いいことをひとつ教えてやる。フレイヤは確かに力を与える。だが、それには必ず代償があるのさ。

 それらは一貫して長くは生きられないものだ。お前の寿命は何年だろうなぁ?』

 

 フェイカーが最後に言い残した言葉を思い出し、手のひらにこびり付いた血液を握りしめ律刃は呟く。

 

「……お前だけは死なせないさ千束」

 

 自分の大切な光。眩しい星。自分のような薄汚れた存在とは違い、彼女は誰かを照らすことの出来る温かな道標だ。

 彼女のためなら喜んでこの心臓を捧げよう。

 

「撫子。君の残した光は必ず護るよ」

 

 

 

 雨が降る空の下。

 

「うぅ、まだ? まだ? 終わった? 終わったよね? ねぇ?」

 

「まだだから少し待ってろって……」

 

「うー、なんで私がこんな目にぃ」

 

「定期検診サボりまくってたツケだろ」

 

 左手で律刃の服の裾を摘み、顔を埋めて怯える千束に律刃は気だるげに珈琲を飲みながら答える。

 現在2人は定期検診のために山岸医師の病院に来ており、律刃は千束の付き添いと護衛のために同行していた。

 

 千束は注射が怖いのか、ブルブルと身体を震わせており仕切り看護師に尋ね続ける。

 

「でもぉ、やっぱり怖いぃ!」

 

「へーへー。すいませんねぇ看護師さん。うちのバカがお手数かけて」

 

「いえ、聞けば其方方にはトラブルが起きていたようですので気にしてはいませんよ」

 

「そいつはどうも。ところで……」

 

 律刃はそこで区切り、チラリと看護師を見る。

 

「見慣れない人っすね。新しい人ですか?」

 

 茶色い髪を頭頂部に団子のようにまとめ、目つきは鋭いが整った顔立ちの看護師。

 今回の定期検診では山岸医師ではなく、彼女が担当しており律刃は何となく彼女の顔を見て違和感を覚えた。

 

「ええ。数ヶ月前からここに配属になりました。姫蒲と申します」

 

「へー……。なぁ、姫蒲さん」

 

「はい?」

 

「俺とあんたってどこかで会った?」

 

「…………何故、そう思うのですか?」

 

 その問いかけに少し間を開けて答える姫蒲。

 律刃から見た彼女の顔はどこか強ばっているように見えた。

 

 その様子からなにか彼女の気を障ったのかと律刃は思い、慌てて謝罪する。

 

「いや、気を悪くしたなら謝るよ。ただ、何となくアンタの顔をどこかで見たことあるんだよなぁ」

 

「ちょっと律刃〜、何私の前でナンパしてんの? 

 馬鹿なの? 死ぬの? 髪の毛引っこ抜くよ?」

 

「いだだだ、なんでお前が怒ってんの? 

 つか、暴れんじゃないよ……」

 

 そんな彼に対し千束がバシバシと背中を叩いて怒り出し、律刃は彼女の突然の行動に目を白黒させてしまう。

 

 そんな彼らの様子に姫蒲は何も反応は示すことも無く、千束の手に注射器を押し当てれば中の液体を注入する。

 

「あいたぁ! 不意打ちはダメじゃない!?」

 

 意識外からの痛みに千束は叫び、作業を終えた姫蒲は道具を片しながら答える。

 

「恐らくは他人の空似でしょう。それと、毎回こんなに怖がってるんですか? 貴方に付き添いを頼むほど」

 

「やっぱり気のせいかー? あー、俺は今回だけっすね。ちょっと色々とあったんで」

 

「痛いのもあるけど、体に異物入れられるってのがいやなの! 

 山岸先生が言うには『ただのビタミン剤』って言うけどぉ……」

 

「今日のは違いますよ」

 

「「え?」」

 

 姫蒲の言葉に、2人は声を上げると同時に視界がブレる。

 

「なん、だ……れは…………?」

 

「きさ、間……やまぎし、せんせ…………」

 

 平衡感覚が崩れ、今が座っているのか倒れているかも分からない。

 だが、分かってるいることは一つだけある。目の前のこいつは敵だということに。

 

「ッ!!」

 

「無駄ですよ」

 

 律刃は体をふらつくのを強引にねじ伏せ、姫蒲に向けて拳を放つ。

 だが、その動きはいつもの精彩を欠き、おまけに速さも見る影もない。

 

 姫蒲は容易くその拳をいなし、懐へと踏み込めば隠し持っていたソレを突き立てる。

 

「ガっ……!?」

 

 拳にはめる形のスタンガンは律刃の胸の中心にめり込み、激しい電気を放つ。

 律刃の体が電流により震え、声にならない悲鳴をあげればドサリと鈍い音を立てて硬い床に倒れた。

 

「ふぅ……。珈琲に入れて置いた麻酔は、本来ならインド象ですら数秒で動けなくなるモノなのですがね。

 流石はフレイヤの効果といったところですか?」

 

 手に嵌めたスタンガンを外し、姫蒲はベッドに身を預ける千束へと近づいていく。

 

「ち、さ……と」

 

 姫蒲が千束へと歩み寄る様を霞む視界の中で律刃は何とか手を伸ばす。だが、指ひとつ動かない腕は芋虫のように動くだけだった。

 

 視界が落ちていく。

 

 自分の体が深く、くらい水底へと落ちていくような感覚がする。

 

 聞こえてくる雨音が。

 

 自分の無力さを告げる嫌な音が。

 

 雨音が聞こえる。

 

 どれだけ足掻いても。どれだけもがいてもお前は何も出来ないと告げるようで。

 

 雨音が聞こえる。

 

 あの時はこんなに激しい雨音だったな……。

 

 そして、竜胆 律刃は意識を完全に手放した。

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