リコリス・リコイル 竜胆の花は彼岸の花に何を見る? 作:タロ芋
エタったと思った?私もそう思った(オイ)
初めて自分が目を覚ましたのは半透明の液体で満たされた大きなガラス容器の中だった。
巨大な部屋の中に等間隔で並べられたガラス容器。自分と同じく、そのなかでいくつもの管やコードにつなげられ、胎の中にいるかのようなものがいくつも見える。
そんな容器の中に入れられてるうちの一つに自分がいた。
「コレが例の?」
「ええ。フレイヤは完全に定着に加えて規定値以上の励起率を確認しています」
「ふむ、アレの方は?」
「アレもこの型番にはには多少は劣りますが十分以上でしょう」
「そうか。ならばいくつかの試験の後、あの組織へ送る検体を決めるとしよう」
「了解しました」
自分を見上げる形で容器の中の自分を覗く二つの影。
何を言っているかは聞こえないが、唇の動きで何を言っているかは自分は理解出来た。
───眠いなぁ……
まどろむ意識のなかちょうどいい温度の溶液に包まれ、自分は他人事のように思う。
「おはよう。今日はよく眠れたかい122号?」
眠っていればそんな声が聞こえてきた。
けだるげに目を開け、体を起こして視線を巡らせる。四方を継ぎ目の見えない白い壁で囲い、天井にある無機質なライトが照らし角には机に椅子、空きの目立つ本棚。離れた場所には壁で仕切られた排泄場所があるという簡素な空間。
その中心にあるベッドに自分が寝そべり、めんどくさそうに声のしてきた方向に視線を向ければ胡散臭い笑みを浮かべる白衣の男がガラス越しに見えた。
思わず眉を顰め、ただでさえ無いようなテンションがさらに下回るような感覚に陥る。
「…………」
「ハハハ、そう嫌そうにしないでくれたまえよ。これも仕事でね、起きたのなら着替えて検査だ。そのあとはいつも通り
生まれてから同じことの繰り返し。
二度寝をしたい誘惑を押し殺し、着ていた貫頭衣を脱ぎ捨て下着姿になれば白い壁に近づけば右手を押し当てる。ひんやりとした感触が伝わり体温を奪い、内蔵されてるセンサが脈拍、体温、血圧の測定をした。
それが終われば登録されてる生体データでこの部屋の外に通じるロックが解除され、壁の一角に溝ができ丁度人一人入れるくらいの出口が開かれる。
生ぬるい通路を歩き、一定ごとにに配置されら機械にスキャンされ体感で五分ほどの通路を抜ければ、さっきまで部屋の外から自分を覗いていた胡散臭い白衣の男とその後ろでせわしなく歩きまわる部下らしき科学者たちがいた。
「うん、時間通りだ。学習装置の準備はもう終えるから、いつものようにヘッドギアをつけたら待ってるといい」
「……」
男が指を向けた先には小説の中でありそうなSFチックなチェアがあり、ヘッドレストに当たる部分にごてごてとした機械があった。
その機械には無数のコードが繋げられ、束になったそれを辿れば大小無数のモニターの点ったサーバーに接続され、似たような格好の科学者がモニタリングをしてるのが見える。
男に言われた通り、体に対してサイズがが少々不釣り合いなチェアに座れば待機していた科学者が慣れた手つきで頭に機械を下ろすと丁度顔の上半分をすっぽりと覆われ、視界が闇に染まった。
───これ、好きじゃないんだよな
電気信号を使い、強制的に脳に技術や情報を流し込むこの座学はいつも終わった後は脳を直接掴まれたかのような圧迫感があるし、一時間は平衡感覚が狂い世界が可笑しくなった感覚になる。
どうせ嫌だといって暴れても薬で大人しくさせられて強引にやられるくらいなら大人しく従ってたほうが楽だ。
そんな諦めにも似た感覚に身を預けながら、すぐに来るであろう脊髄にゴキブリが走り回り脳をミキサーでかき混ぜられる不快感がせめて早く終わることを祈りながら僅かに息を吐く。
ふらつく体を壁に預け、ぐわんぐわんと耳鳴りのひどさにたまらず顔をしかめ何度も頭を振るう。
けれど一向に耳鳴りは収まらず、視界のゆがみは余計にひどくなる一方だ。はきりいって今すぐにでもあの白い部屋のベッドに倒れこんで寝てしまいたい気分だ。
まあ、したくても出来ないわけなのだが。
「ふむ……失敗作とはいえフレイヤが励起し、身体能力を異常発達させた個体をこうもたやすく屠るか。かなり耐久性もあったはずなのだが…………アレともどもデータを上方修正する必要があるな」
グロッキーな自分を視界に収めながら、男は手に持った端末に何かを記入していく。
その後ろには元が何だったのか判明が付かないほど身体が膨張し、皮膚を破りその下のピンク色のぶよぶよしたナニカや白くかたい物体を露出させた物体がいた。
ソイツはいたるところに刃物や鉄骨が突き刺さり、強引に引きちぎられたような箇所がいくつもあり、床を流れ落ちる体液で汚している。
座学の後はこうしてふらつく体でもとが何の生き物かわかないほど変異した化け物と戦わされていた。
これの前は異様にすばしっこいやつと戦い、さらに前では体液を圧縮し高速で発射する面倒な奴と戦わされた。
今回のはとにかくタフに加えてパワーがあった。刃渡りの短いナイフでは筋肉の表面しか切れないし場所によっては通りもしなかった。かといって刀身の長いもので切ろうにも必然的に大振りにしなければならないことに加えて何度も同じ場所を狙わなければならなかった。
幸いなことに力が強いだけの案山子だったおかげで難なく屠れはした。屠れはしたが。
───絶対、こいつはいつか殺す
出来もしないことを思いながら、体を汚す生暖かい液体に顔をしかめて息を吐く。
その日はいつもの実験とは違った。
いつもなら銃と刃物を渡され、大型の獣や無人兵器、気色の悪い異形とを相手をすると思っていた。
かなりの広さを誇る白い空間。この場所にいるのは二つの存在。
「あぁ……? 今日はいつもみてぇなキモイやつとヤんじゃねぇのか?」
離れた位置にいるのは自分と姿かたちがほぼ寸分たがわぬ存在だった。唯一違うのは向こうのほうが感情豊かなことだろうか?
相手は自分に気が付いたのか訝し気に何度か周囲を見当たした後に見ているであろう連中に尋ねる。
「そうだ。欲しいデータはあらかた手に入れたからね。最終試験というやつだ。終了条件はどちらかが死ぬか行動不能なほど損傷を受けることだ」
「は~……狩ったら何があんだよ?」
「自由だ」
「へえ……」
スピーカーからその答えが出された瞬間、自分と相手の床がせり出した。
腰の高さまで伸びたオブジェからはいくつもの銃火器や刃物の武器類があり、立て続けに音を立てて広い空間の床が次々とせり上がったかと思えば周りはコンクリートの建築物が屹立してたではないか。
「では君たちの健闘を祈る。有意義なものを期待しているよ」
───疲れた……
右半分が欠けた視界、肩口から先のない右腕を抑えて息を零す。
「くそ、くそくそくそくそ!! もう一度だ。もう一度やらせろ! 俺が勝ってたんだ!」
やかましい声が聞こえる。四肢を貫き、心臓をえぐり、脊髄をへし折り、脳天に何度も鉛玉をぶち込んだはずだというのになぜ生きているんだ?
わめき続けるオブジェと絶えず神経を伝って脳を突き刺す激痛に顔をゆがめていれば。
「ふむ、やはりお前が勝つか……。分かってはいたがシミュレーションでは五体満足だったがこれは計算が外れたかな?」
自分を見下ろし、興味深そうにつぶやく白衣の男。
「それにしても、よくそれだけダメージを与えられて生きているものだな。だてに122号の次にフレイヤを励起させているわけではないか」
男がそう言えばインカムを小突き、喋り出す。
「ああ、私だ。122号に例のモノを移植した後に学習装置で記憶封印措置を行い、件の組織に送ることにしよう。
もう一人のほうはまだサンプルとしては使い道がありそうだから廃棄はしないことにする」
「リッパー、このターゲットを殺せ」
気が付けばここにいた。リッパ―というただ編別のためにつけられた記号。変わらぬ日常。自分の上司という男から言い渡される
何も言わず、その男の言われた通りに仕事をこなす。
殺せと言われたら例えどんなに困難と言われても遂行し、ターゲットをその刃で切り裂く。
変わらず、無表情に声を出さず、感情を見せず、ただ硝子玉のような目で。
でも、その日は違った。いつものように影から陰へ。死角から最速で最短の首を断ち切るつもりでそのターゲットへと刀を振るった。
だが、
「アハハ、残念でした少年。私には不意打ちは聞かないんだにゃ〜♪」
首を切った。確かにそう思った。だって、ずっとそうだった。自分は強い。
相手がどんなに強いと言われた暗殺者でも自分は平気で殺すことが出来た。
相手がどんなに強力な軍隊に護られていようとも、自分ならそれすら突破して殺せた。
それがなぜ、こうして組み伏せられている?
ザーザーと雨が降りしきり、雨粒が体をうつがそんなことが気にならないほど脳内には幾つもの疑問が浮かんでは消えていく。
自分の体は水浸しの地面に倒れ伏し、マウントポジションいう形で馬乗りになって足裏で刀の握る手を踏むことで地面に縫い付け、左肩は膝で抑えられ動きたくても関節が封じられかなわない。
自分を見下ろし、その整った顔をニヤニヤとした笑みに歪めている様が癪に障り仮面越しに睨みつけた。
鮮やかな深紅の長い長髪を一つにまとめ、強い意志を内包した赤い瞳。
整った顔にシミひとつない綺麗な肌。
バランスのいい体躯をリコリスの証である赤の制服で纏い、その右手には不釣り合いな無骨な大型リボルバーが眉間に押し当てられている。
「にしても何者なの君? いろいろと恨まれてる自覚は有るけど、君みたいな子に狙われるようなことしたっけ?
その制服も私のこれと似てるし…………」
ソイツは笑い、顔を覆っていた仮面を銃口でずらし隠されていた素顔を顕にさせる。
まだ幼い顔立ちに、少しだけつり上がった青みがかった紫の瞳。
きめ細かく白い肌。着飾れば人形と間違えてしまうような綺麗なわずかに険しい目つきでこちらを睨みつけていた。
「─────綺麗……」
その奇麗な色に目を奪われた。
はじめて抱いた感情だった。
だから、自然と口からそんな言葉が滑りおちたのかもしれない。
「ッ……!!」
伽藍の瞳に色がともる。
無の内を焦がすは初めての激情。
気が付けば叫んでいた。
「うわっ!?」
「覚えていろリコリス。この屈辱は忘れない。必ず貴様を殺すッ!!」
見た目にそぐわぬほどの怪力で少女の拘束を振りほどけば、少年は顔を手で覆いながら呪うような叫びをあげる。
手の隙間から覗く右目は爛々と紅く輝き、憎悪とも憤怒ともとれる捨て台詞を残して建物の壁を縦横無尽に蹴りあげ夜の闇へと姿を消して行った。
「ひゃあ〜、すっご……。あっちゅう間に見えなくなった〜」
リコリスは尻もちを着いた状態で空を見上げ、ついさっきまで自分を殺そうとした小さな暗殺者の姿を思い出しながら立ち上がる。
「うひー、雨でびちゃびちゃじゃーん……。下着まで濡れてるし」
水滴を払い、ため息を零しながら少女は近くの雨を凌げそうな物陰に移る。
「あー、もしもし〜? 申し訳ないけどこの地点に迎えきてー。あっ、替えの服もよろしくね。じゃ」
手短に通話を終えれば少女は懐から金属製の小箱を取り出し、ふたを開いて中に納まっていた自作のたばこを一本つまみ咥える。
幸いなことに湿気ていなかったマッチで加えた煙草に火をつけ、甘ったるい煙を吸い込み慣れたように吐き出した。
「あの子、また会えるかな?」
頬を僅かに朱に染めて、リコリス″常夏 撫子″のつぶやきは紫煙とともに雨降る夜空に消えていく
そこまで過去話は長くはしないつもりです。