リコリス・リコイル 竜胆の花は彼岸の花に何を見る? 作:タロ芋
ジワジワとお待ちしててください
「殴らなくたってもいいでしょ!」
カウンターの裏に回り、犬猿の仲の人物に向けて電話でがなる千束を横目に律刃はたきなへ珈琲を出す。
あっけに取られてる様子のたきなに律刃は僅かに苦笑しながら語りかけた。
「想像と違ったか?」
「いえ、そんなことは……すみません。聞いていた話との違いように驚いています」
「へぇー。例えばどんな感じなんだ?」
「そうです、ね……。悪人のアジトに乗り込んでバッタバッタと切り倒したり、二人だけで1個大隊を壊滅させる、任務があまりの過酷さに1週間と経たずにほかのメンバーは死んでいくなどでしょうか」
「え、なにそれ知らん……怖っ」
「流石に面倒だからそんなことはやらねぇぞ」
「できないって言わないところで十分バケモノよアンタ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
ミズキの指摘に肩を竦めながら律刃はたきなへ珈琲のお供として彼岸花と鈴蘭を模した練り切りを出した。
「……とっても綺麗です」
「だろう?」
「これは貴方が作ったのですか?」
「ああ。ここのメニューは基本的には律刃が調理したものを出している。常連客にも好評なんだ」
ミカが説明し、律刃は誇らしげに腕を組む。そして、用が済んだのか千束は「うっせぇ、アホ!」小学生のような捨て台詞を残して受話器を叩きつけた。
「よし。早速仕事に行こうたきな! あ、お菓子と珈琲食べてからでいいから! 律刃のお菓子はとても美味しいよ! 珈琲はともかく。 それと、リコリコにようこそ〜!」
「一言余計だバカタレ。はよ行け」
だが、事実なのでそれ以上は言い返さず千束が着替えるために2階へと向かっていくのを見送る。いつかはミカの淹れる珈琲を超えることが律刃の最近の目標だ。
「やっと少しは静かになったか。ほら、千束が来る前に食べてくれ」
「あ、はい」
律刃はたきなに勧めれば、思い出したようにたきなが出されたものに口をつけ始める。
「……おいしい」
「お、お気に召したようだな。自信作なんだよソレ」
「器用なんですね竜胆さんは」
「まぁな。と、まぁ、こんな感じ緩い空気だから肩の力を抜くといいさ。千束はあんなんだが面倒みがいいから男の俺とミカさんに言い難いことがあったら存分に頼ってやってくれ」
そして着替え終えた千束はたきなを連れて仕事へ向かうのであった。
◎
「銃が1000丁……ねぇ」
ミカが通話していた内容を聞いていた律刃は胡散臭そうにカウンターへ寄りかかって呟く。
「ミカさん、どう思います?」
難しそうに顎へと手を添えているミカに尋ねれば、重々しく口を開いた。
「まだ何も言えないな。誤情報を掴まされた可能性がある……というのもある」
「有り得ます? あのラジアータが」
「難しいところだ」
「たきながここに来たのってそういう責任を押し付けてのってことでしょう? 連中、昔と手口が何一つかわっちゃいねぇ」
忌々しい記憶を思い出し、咥えていた飴を噛み砕いて胸の内に抱いた思いを吐き捨てた。
「落ち着け律刃。ここで文句を言ってもどうにもならない」
「すいませんミカさん。はぁ、面倒くさいことになったもんです」
「だな……。こちらでも色々と調べてはおくがあまり期待はしない方がいいだろう。荒事になった時は頼むぞ?」
「了解です。にしても遅いっすね千束たち」
店内から窓越しに見れば、外はもうお日様が傾いてる時間帯だ。いつもならもう終わってるはずなのだがと思っていれば裏にいたミズキがこちらへ顔をだけ出して声をかけてきた。
「律刃〜、千束から応援要請だよ」
「おん? なんでまた」
「なんかSNSに取引現場が写った自撮りを上げちゃったんだとさ。その護衛」
「嫌な偶然もあったもんだな……。了解、すぐに行く」
苦い顔で呟き、足早に2階へと向かう。
◎
「お、いたいた」
『どんな感じ〜?』
物陰の裏、たきなと一人の女性を見つければ耳につけたインカムから千束の声が聞こえる。
そのまま2人を見守りながら千束と会話を続けた。
「今ん所は異常はない。だが、後ろなら怪しさ満点のバンがゆっくりと着いてきてる。処理するか?」
『んー、沙保里さんがいるから余り大事にはしたくないかなぁ。たきなが護衛にいるしもう少しで私も着くからそのまま感じをお願い。あ、でもそれ以外での問題があったらやっちゃってね!』
「へいへい」
千束に現状維持と言われ、それに従い律刃は次の物陰に移動しようと視線を外そうとして驚愕に声を上げる。
「はぁ? なんで護衛が護衛対象ほっぽり出してんだ?」
何故かたきなが護衛対象を置き去りにし、どこかへ去っていってしまった。
すぐに千束へ通信し、律刃が説明すれば同じように千束が驚きの声を漏らす。
「おい千束! 井ノ上のやつ護衛対象囮にしてどっかいったぞ?」
『ちょ、ちょ、ちょぉい!? まだ私付かないんだけどぉ! なんとかして律刃ぁ!?』
「なんて無茶言うのかねこの子は……」
といっても堅気の人間が無闇に傷つくのはこちらとしても本意ではない。体勢を低くして地面を滑るように走り、女性が車の中に引きずり込まれた所でベルトのホルスターからナイフを三本引き抜き、無言で投擲する。
ナイフは容易く後部ドアのガラスを貫通。何かに突き刺さる鈍い音と共に車内からくぐもった悲鳴が聞こえた。
ゆっくりと車に近寄り、律刃は佩いた刀の柄へと手を添えた瞬間右腕がブレる。済んだ音と共に一筋の銀閃が走りゴトリと音を立てて後部ドアが断ち切られ、車内が外気へと触れた。
車内には居たのは運転席と助手席に1人ずつに頭に麻袋を被された護衛対象と彼女を抑えた男2人に彼女の持ち物であろうスマホを持った男の計6人。放ったナイフは丁度女性を抑えていた2人に刺さったようだ。
「なッ……アッ!?」
「よぉクズども。女性引きずり込んで1晩のアバンチュールってかァ? ハハハ、反吐が出る」
口角を歪め、ズカズカと車内に入っていく。そして固まっていた一人が動きだし、懐から銃を取りだしたところで。
「な、なんだてめェ!!? ゲフゥ!」
「寝てろ」
男の顔面を掴んで床に打ち付ける。床が埋没し金属のひしゃげる音と汚い悲鳴が車内にひびき、手を離して次の獲物へと目を動かす。
「このっ───ギャッ!」
真横にいた1人に刀の収まった鞘を振るい、横殴りにぶつける。こめかみに当たったことにより、男が車内で半回転して沈黙。ようやく状況が呑み込めたのか残りが銃を抜こうとしたがあまりにも遅すぎる。
「おっとあぶねぇ……なぁ!!」
「んな!? ゲハァ!!」
既に銃を持っていたスマホのもつ男が3発ほど発砲したが、右手を盾にして防ぐ。金属どうしがぶつかる甲高い音が連続して響いた。弾丸を防がれるとは思わず、あまりの出来事に硬直した男の顔面に拳がめり込んだ。
顔面が陥没するほどの衝撃と勢いで運転席と助手席の間からフロントガラスへと吹っ飛んでいき、勢いそのまま車外へと吹っ飛んでいく。
「ば、バケモンがァ!!」
「そいつはどーも。あとんな事言う暇あるなら撃った方がいいぞ? 意味ねぇけど……なぁ!!」
「ギャッ!!?」
あっという間に半数が制圧され、残った男は恐怖に引きった声で運転席から銃口をこちらに向ける。しかし、銃弾を放とうとしても既に律刃はその銃をもった手を左手で掴んでいた。
グシャリ、鈍い音と何かの碎ける音。銃の残骸と赤い液体が散らばる中で右腕が残像が見えるほどの速さでワンツー。
パァン!! 空気の弾ける音と運転席の男のグラサンが砕けフロントガラスを突き破り意識を刈り取る。
「はい最後〜」
「ひ、ひぃ〜!!?」
「お、逃げんのかァ?」
リーダー格のアフロが慌てて外へ飛び出るが、外にはたきながいる為、特に焦ることはなく女性を優しく抱え外へと出る。
案の定、外に出てみればたきながアフロを捕縛し銃口を眉間に押し付けて尋問していたではないか。
「取引した銃の所在を言いなさい!」
「あんまりやりすぎんなよ、井ノ上」
「っ、竜胆さん。どうしてここに?」
声をかければ肩を僅かに震わせ、たきながこちらへと視線だけを向ける。銃口だけは逸らさないのはプロとしてだろうか?
「本来なら見てるだけに留めておこうと思ったが、お前……護衛対象囮にしてただろ?」
「っ……合理的な判断をしたまでです」
「合理的ってお前なぁ……。人質になったらどうするんだよ?」
女性を下ろしながらたきなの主張に苦い思いを隠すとはできず、追求しようとしたが。
「やっと着いたァ!! 沙保里さんは無事!? 無事だね! 流石律刃! 相変わらずの馬鹿力! 誰も殺してないよね?」
息を切らした千束がやってくる。
「やかましい。セリフと顔がうるさい。誰も殺してねぇよ多分」
「よくやった! お姉ちゃんが褒めたげる! ……多分?」
「誰が姉だっつの!」
駆け寄って人の頭を撫でようとしてくる千束をあしらい、護衛対象の縛っていた紐を引きちぎって麻袋を外す。
「ち、千束ちゃ〜ん!! 怖かった〜! って誰!?」
「おー、よしよしもう大丈夫ですよ〜。怖いやつらは律刃が追っ払ってくれたので!」
熱い抱擁を交わす二人に千束が説明をすれば、女性はおずおぐといった様子で律刃を見る。
「こ、この人が?」
「どうも。怪我は……ないな」
「目つき悪いし言葉も悪いし性格悪いけど危険は無いですからね〜。刀もってるけど」
「お前、人の事バカにしてんのか?」
出番の無かった愛刀の柄を握り、抜きかけることにはなったが一般人の前では自重することにして苛立ちを抑えるために飴を取り出して舐めずに噛み砕く。
そして千束が女性を自宅へと送っていくのを見送り、2人で後始末をすることになる。
「もしもし、俺。ああ、仕事を頼みたい。ワンボックスカー1台に5人。ああ、地点はここだ。宜しく。じゃ」
顔なじみと言ってもいい様子でクリーナーとの通話を終え、携帯をしまえばたきなのほうへ胡乱気な視線を向けた。
「知らないなんて信じられるわけないでしょう!? 言いなさい! あんな大量の銃火器を用意して何をするつもりなのですか!?」
「あぐっ! 誰が死んでも言うかよッ!!」
襟をつかみ、前後に揺らしながら意識のあるアフロに問い詰めるがアフロはテコでも言う気は無いのか口を閉ざしてしまう。
「ッ……! ならお望み通りに!」
「おっと、タンマタンマ。あまり熱くなるなよ女子高生。つか千束からも言われてるだろ『いのちだいじに』って」
危うく引き金を引きかけたたきなの銃を抑え、律刃が頭に血の昇ったたきなに言いつける。だが、納得いってないのかたきなは律刃へと吠えた。
「その対象は敵も含まれてるというのですか!?」
「そうだ。俺とあのバカは10年間やってきた。敵も味方も殺さずに、な」
「ッ、意味がわかりません!! 敵を殺せば確実に任務を遂行できるというのに──ムグッ」
「ほい、あんまり起こると血圧あがるぞ。飴でも舐めてリラックスってな」
「…………あまり美味しくないですねコレ」
「日本人の口には合わないフレーバーだからな」
口に飴を突っ込まれ、不承不承たきなは銃を下ろす。
「さて、と。何故標的を殺さないかってか……そうだなぁ。確かにお前の言うことも間違いじゃない。というか合ってるだろうな」
「なら、なぜ?」
「『気分が悪いから』……かね」
「意味がわかりません」
「フッ、だろうな」
幼い頃から殺すための技術を叩き込まれ、自分がそのように育てられていた。機械的に遂行していたそんな意識を変えるきっかけになったのが彼女とあの
彼女には人間らしさを。千束には殺しへの忌避感を。
「なぁにお前さんはまだ若い。少しずつ分かっていけばいいのさ」
「ちょ、頭を撫でないでください。髪が崩れます」
「おっと、悪い悪いだいぶ加減したんだがな」
手を離し、不貞腐れた様子のたきなに苦笑して律刃はそろそろかと思う。
「もう撃っちまっていいぞ。目障りだ」
「了解しました」
言うやいなや、振り返るとたきなは手にもつ拳銃でこちらをずっと監視していたドローンを打ち落とす。正確な射撃に律刃は拍手を送った。
「上手いもんだ」
「どうも。それとなぜ放置を? 気づいていたのならすぐに消せば良いものを」
「残しとけば何か知ってるのが来るかもしれないだろ? ほれ、お前のためにな。結局無駄骨だったが」
「……そうですか。クリーナーがそろそろ来るので店に戻りましょう」
素っ気ない返事に肩を竦め塩対応に仕方ないかと割り切る。千束みたいに距離感がバグったように行けるほど自分器用ではないのだ。
返事を待たず、歩き出したたきたの後ろをゆっくりと歩み始めた。
◎
「いちゃついた写真をひけらかすからこ〜んな事になんのよ」
次の日、騒動の原因となった写真をみたミズキがそのように言う。彼女の言うとおり、この写真をネットに上げなければ起きなかったのだが内心ではカップルに対しての嫉妬やらなんやらの醜い感情が大部分を占めているのだろう。
「僻まない」
「僻みじゃねーよ! SNSへの無自覚な投稿がトラブルを招くっていってんのよ!」
千束の言葉に内心同意しつつ、ミカに手渡されたスマホを律刃も覗き込む。ラブラブなカップルが写り、どこに原因の取引現場が写ったのかひと目では分からない。
「どこだ?」
「ここ、ここ」
千束が画面をズームすればぼやけているが、確かに映っていた。
「あの日のか。にしても、よくこんなのに気がついたな。どんだけバレたくなかったんだ?」
「3時間前だってさ。楠木さん偽の取り引き時間掴まされたんじゃなあい?」
「その女を襲ったヤツらどうしたのよ律刃」
「俺がボコしてクリーナーに頼んだ」
「んなっ!? アンタまたクリーナー頼んだの!? アレ高いのよ!?」
「DAに渡したら殺されちゃうでしょ〜? だから私の指示!」
不殺の誓いを立てている千束。それを尊重している律刃。それを知っているミズキはそれ以上は言及せず、酒を一気に煽るのだった。
「そ、れ、に! DAもこいつら追ってるんでしょう? 私たちが先に見つければ、たきなの復帰が叶うんじゃない? そう思わない? たきな〜!」
「やります!!」
着替え終えたたきなが食い気味に答える。リコリコの和テイストの制服と下ろしていた髪を2つに縛って纏めてるのはかなり似合っている。
「おっほ〜! か〜わいい〜! くぁwせdrftgyふじこlp;@:「」!!!」
当然、テンションが即座にふりきった千束が彼女に飛びかかり意味不明な言語を喋りながら引きずってくる。
「ほら、先生も律刃もミズキも寄ってよって!」
「へいへい」
ミカの隣に立ち、5人で写真を撮る。即座にSNSへアップするのであった。
「悪くない」
転送された写真を見て、律刃は僅かに微笑めば懐から飴を取り出し包装を解いて口へと運ぶ。
独特な風味と甘みのあるソレを味わいつつ、スマホを操作して画像を新しい待ち受けにするのだった。