トキシック イディオット   作:o-fan

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pixivに投稿した同名タイトルの同一作品です。
既読の方はご注意ください。


トキシック イディオット

(くっだらない)

 ホミカはうんざりだった。自身に対して向けられる媚びた視線と、下卑た目線。

ファンの憧れや純粋な好意ならまったくかまわない。が、問題なのはホミカをありていに言って"イケる女"と見た、薄ら笑いを浮かべながら近づいてくる連中だ。

(軽い女じゃないっての)

 格好からしてそう見えてしまうのはある程度自覚している。だが自分が意識している欠点であるガサツさが拍車をかけているとは思ってもいなかった。

自分を高嶺の花とも思わないし周りを見下すわけでもないが、かといってため息が出るくらいにはうっとうしい現実。

バンド仲間に相談するのも気が引けるが、かといって父親に相談するのはもっての他だ。

早々に決着をつけたくはある。ならば、そういった目線を持つ連中を全て跳ね除けるにはどうしたらいいのか。

かたっぱしから敵視しては純粋に応援してくれるファンにも迷惑がかかるだろう。

向こうがあきらめてくれるのを待つしかないか。ならどうやったらいい。

…公認の彼氏でもいれば。

(アタシが?)

興味ゼロ、というわけでは決してないが、今ホミカはバンドにジムリーダーのかけもち状態だ。そんなことにかけている時間はないし、第一まわりに迷惑をかけずに好きなことをするのがホミカの信条である。

時間的余裕なし。そもそも感情として、ホミカはバンドとジムリーダー稼業に夢中だ。

(ふう…悩むなんてあたしらしくもない)

そんなこんなで練習を終えての帰路の途中、ファンを適当に相手した後の多少の疲れといかんともしがだい悩みを胸に、夜照らされた街灯に沿ってベースを担ぐ。

今日は大分遅くまで熱中したため、もう人通りも少ない。早く帰らなければ心配性の父親から大目玉を食らうだろう。疲労のたまった体を無視して自然足早となる。

ふと、いつもとは違う妙な感覚。後方。

(…ん?)

ホミカは振り返る。通行人がいないというだけで、街頭に照らされたごく普通の路地だ。

しばらく目線を左右に動かし、誰も何もないことを確認する。

(気のせいか…?)

なにかが、いたような。

疑問は残ったが、事実として後ろに異常はない。結局頭の上に複数疑問符が飛び交ったあと、また前を向いて歩き始める。

ホミカは先ほどまでの思考を中断し、足音を極力立てないように気をつけ、耳を澄ませながら進んだ。意識の大部分を後方へ向ける。すると。

コツ…コツ…コツ…コツ…

(…!)

即座に振り返る。

(確かに聞こえた!)

目を凝らし、暗闇の隅々まで視線を這わせる。もう確信だった。誰かの足音が聞こえる。

しかし視線を幾度も上下左右と往復しても、その姿はまったく確認できない。

夜。人通りの少ない路地。振り返れば消える足音。先ほどの悩みと相まって、ホミカの思考は一般的な女性の危機意識と符合した。

ホミカの顔は険しい。

(誰だか知らないが、夜道にこそこそかぎまわるとは気にいらねえ)

おびえることも逃げることもしない。不逞のやからならば真っ向から叩きのめすのが筋。

誰に喧嘩を売ってしまったのか後悔させてやる。

「……どこのどいつだ!出て来い!」

乾いた叫びが夜道に響く。ホミカはケースを置いてすぐにポケモンが出せるようボールに指を這わせた。

「……」

気に入らない。ここまで来て姿をさらす度胸もないのか。

(逃げたか…)

「…ちっ」

身構えていたホミカだが、どうにも気配が感じられない。いつまでもそうしているわけにはいかず、態勢を解いてケースを担ぎなおす。

(…あたしをつけてた?なんだってんだ…)

暗闇を睨みながら、ポケットからガムを取り出し包装紙を解いて口へ運ぶ。

(ま、いいさ。今度来たらとっちめてやる)

くちゃくちゃと不機嫌をあらわに音を立てて噛み続ける。

口内のガムの柔らかさがいい頃合となったのを見計らい、口を尖らせぷくーと薄紫色の風船を膨らませる。

(覚悟しとけ。ストーカー野郎)

幸か不幸か、ホミカは問題が起こったとき助けをよぶとか相談するなどという選択肢の優先順位が低い。

誰とも知らぬものに敵意を送る。鼻先まで膨らんだガム風船をしばらく顔を振って遊ばせたあと、中の空気を吸ってしぼませる。

萎んだガムを舌を引いて口内に戻し、再びの咀嚼音。

家方向へ向き直り帰宅を再開する。

後方から足音はもう聞こえない。

(ああめんどくせえっ)

口の中の粘着音が大きくなり、目線がきつく歪む。

自身をつけねらう誰かへの不安より、悩み事が増えたことへの苛立ちがホミカの歩行をさらに早めた。

 

 明くる日。今日の挑戦者とのバトルの終わりを告げるライブ。 

 ドラムスティックが三度打ち鳴らされた後、ホミカはベース三弦を巻き込んで勢いよく引きおろす。

瞬く間に歓声が上がった。ホミカは客席からあがる熱気と紫色の証明をまぶたの裏で感じながら、ベースフレットの上で指を躍らせビートを震う。

ホミカはこの時だけはなにも考えなくてすむ。かき鳴らすという表現が似合うエレキサウンドとロックドラム。アクセントと共鳴するファンの野太い声と嬌声。

まとわりつく男も、昨夜のストーカーも、この時だけは誰も邪魔できない。

ホミカにとってポケモンバトルが仲間との絆の舞台なら、ロックは戦場であり聖域だ。全ての世界から切り離され、ありのままの自分をさらけ出す、激情の自己表現。

インストで客の視線を一身に集中させ、この唇から発する音色でどれだけ身体が熱を帯びるのか、想像するだけで理性がぶっ飛びそうだ。

程なく瞼を開き歯を見せながら片頬を吊り上げる。おおよそお淑やかとは対極に位置する笑顔を張り付かせながら、ホミカはマイクに軽く口をつけながら第一声を放った。

いつもと変わらない、それじゃ自分も観客もつまらない。ならホミカはどうするか。

簡単だ。ホミカの持つポジティブで熱烈な、今しか持たない感情を歌にのせるのだ。そして今のせるホミカの感情は、まとわりつく男やストーカーへの反抗意識ではない。

そして今日行った挑戦者とのバトルの興奮ともまた、違った。

(ああっ違う!)

ああそうだ。あいつだけは違う。あいつだけは忘れられない。あたしからジムバッジを勝ち取り、ワールドトーナメントでも完膚なきまでにあたしを叩きのめした、あいつだけは。

まごうことなき真っ向勝負。ポケモンたちとの絆と若くしてジムリーダーとなった自身の誇りをかけた真剣勝負。

誰もが認める敗北だった。

(だが承諾はしねえ!)

「ホミカさんすげえ…!」

「情熱的だわ……!!」

ロックの色がエモに向かう。

ホミカが持つ反骨と向上心。負けた相手が現リーグチャンピオン?それがなんだというのだ。

ペンドラー達が地に伏したとき、心から沸いた屈辱とあいつへの尊敬の念。敵意と敬意が入り混じった強烈な情念。

(あいつは強い。凄いやつだ。だからこそ、負けないっ)

ホミカはあきらめない。若くして自由と責任の調和を保つ道を選んだホミカは、迷う時間が惜しいことを知っている。

一度決めたら迷わない。自分と仲間の力を疑わない。

あたしならできる。今度こそあいつの理性をぶっ飛ばす。

それがホミカの生き方。

ホミカのロック。

「ドガース!!」

終焉の爆声と共にホミカの両翼から火柱が上がる。

同時に照明が落ち、いつまでも鳴り止まない歓声と悲鳴に浸りながら、頬から流れ込んだ汗のしずくを舌を這わしてなめとる。

しょっぱい味が、ただ前を見据え一歩づつ次へのステップを登るあいつを想起させる。

(負けねえぜ。キョウヘイ)

次いで照明がバンドメンバーをかざし、ホミカは右手を天高く掲げて屈託ない笑顔をファンに向ける。

ホミカのロックと想いは、前を向く強さと不屈さを集約した輝き。

心地よい絶頂と次の目標到達への期待に、ホミカは客を見渡ししばし浸っていた。

 

 

「…え」

 

 

のだが、ふと視界の隅に覚えのある顔が映った。

ファンの顔と顔の隙間。無造作に飛び跳ねた髪に紅色のサンバイザー。丸い大きな瞳が目立つあいつは。

(あいつっ来てたのか!)

自然と心がはねた。望外の喜びが体をかけめぐる。目線があいつへ固定され、唇が妙な形にゆるむ。

(…って……なに喜んでんだあたしはっ!いやっまあっ聞きに来てくれたのは嬉しいけど…)

闘争心剥き出しに奏でたライブ、その感情の矛先が、まさか直に聞きに来ていたとは思いもしなかった。

もちろんそれを知るのはホミカだけなのだが、敵意やら気恥ずかしさやら、純粋に聞きに来てくれた嬉しさやらが入り混じりどこかむずがゆい。

(うっ…なんかっ…)

「みっ…みんな!今日もありがとう!!」

閉めの挨拶も簡潔に、普段とは少々違い足早でステージを去る。

「ホミカさん…?」

「どうしたんだ…?」

いつもとは違うホミカの機微にバンドメンバーであるルーとクックも気づいた。しかし彼らにとっても考えたところでわかることではない。

結局ライブとしては大成功で終わりながらも、彼らには疑問と、ホミカには感情のしこりが残る終幕となった。

 

「なにかあったんですか?ホミカさん」

「別に。たいしたことじゃないよ」

控え室、ルーの質問にそう答えながらも、ホミカの表情は硬い。

とてもステージが終わった後の雰囲気ではないのは、見るからに明らかだった。

(なにが…)

(あったんだ…?)

「ほら、部屋空けるぞ」

「あっはい」

ケースを担ぎながら部屋の電気スイッチを押していく。

やはりホミカの表情はおかしい。ライブの後というのに目線は薄く、口は一文字。

「どうしたんだろ…?」

「けど不機嫌とはちょっと違うような…」

小声で相談する二人だが、その答えはライブハウスを出て知ることとなった。

 

「ホミカさん!今日もすごかったですよ!!!」

「さっサインいただけますか…!!」

ライブハウスを出てると、興奮したファンたちがすぐに群れを成して駆け寄ってきた。

「ああ。もちろん」

嫌いじゃない。むしろこうした直接的な反応は、ホミカ自身好むところだ。

「これでいい?」

「ありがとうございますー!!」

興奮した女性ファンが色紙を大事そうに抱きしめて礼を言う。

それを眺めて、サインなんて書くことになるとはなーと少し感慨深げに悦に浸っていると、またあいつのことが脳裏によぎった。

(リーグチャンピオンになったんなら、キョウヘイもファンとかついてんのかな)

そんな考えが浮かび、きょろきょろと目線を左右させる。ファンと共に待ってたりするのか…まあさすがに

(いたよっ!)

硬直した。遠めにだが見間違えるはずがない。少し人だかりから離れたところで、こちらを見つめていた。

ホミカが見ていることに気づいたのか、キョウヘイは笑顔を見せて軽く手を振り、そのまま背中を向けて去っていく。

「ってちょっと待ちなよ!キョウヘイ!!」

謝りながらファンを搔き分け、小走りにキョウヘイに駆け寄る。キョウヘイも声に気づいて足を止め、ホミカに向き直る。

「やっ」

「おう」

「…聞きに来てくれたんだな」

「うん。一度ちゃんと聞いときたかったから。すごくよかったよ」

「…ありがとう。ったく水臭いな。声かけてよ」

「いやあっ、ファンの相手してるの邪魔しちゃいけないかなって思って」

「んなこと気にしなくていいよ。あたしのライブ、理性ぶっ飛んだろ?」

「それはもちろん!」

「へへっ」

どこか硬かった表情が解けている。

(ルー…これって)

(ええクック。そういうことみたい)

バンドメンバーが盛大な早とちりをしていたが、ホミカは気にせずキョウヘイとの会話を続ける。

「また聞きにくるよ」

「ああっいつでも来な。あと…次のPWTちゃんと参加しろよ」

「…うん」

「次はバトルであんたの理性ぶっとばしてやる!」

挑戦的かつ明朗快活な笑顔。真正面からホミカのこの顔を見ることができる人間は稀少だ。

「ほーみーかさん」

「あっごめんルー。ファンもまたせちまった」

「いいですよー。後は私とクックに任せて、キョウヘイ君と二人の時間をすごしてくださーい」

「…はああ???なに勘違いして…」

「キョウヘイ君、ホミカさんをお願いしますね。はーいファンの方ー!ホミカさんはこれから用事があるんで今日はここまででーす!」

「さあお二人さん行った行った!」

「あっこらクック!押すなって!」

「わわっ」

「…これで噂が立てば、言い寄る男も減りますよ」

ぼそりとクックがホミカに耳打ちした。相談せずとも把握していたらしい。

「…礼はいわないよ。まったく」

そう言いながら、ホミカは自身を気遣ってくれる仲間に心の中で感謝しつつキョウヘイの手を引いた。

「わるい!ちょっと付き合ってくれよ!」

「ほっホミカ!?」

夜まだ人の視線が多いなか、それが何だと言わんばかりにホミカは笑顔で走り出す。

キョウヘイも戸惑いながらも、ホミカの笑顔を見て自然に笑みを浮かべた。走るスピードを速めてホミカに並ぶ。

「どこまで走るの!?」

「わかんないっ!」

「ええ!?」

「とりあえず行くよ!!」

そこまで深い関係ではないはずだ。よくてライバル、戦友といったところ。

なのに、この違和感のなさは何だろう。

考えず本能で動いた結果が、自然に同調した。おおげさだがそんなイメージ。

「…ははっ!」

ホミカはたまらず笑い声をもらした。手をつないだ相手が、今のホミカのロックの権化だからか。

通行人の視線を集めながらも、二人の足は止まらない。

ホミカは楽しかった。

 

 

「はぁ…はぁ…ふぅ」

「はぁ…えっと…楽器大丈夫?」

「やわなケースじゃないから、気にしなくていいよ」

結局二人の走行が終了したのは、タチワキシティ港のヒウン行き船舶停留所。

「手、そろそろいい?」

「ああ」

一抹の寂しさを感じたのは気のせいか。ごまかすようにホミカは少しキョウヘイから距離をとった。

「たまには走るのもいいもんだろ?ここは潮風も気持ちいいし…!」

ホミカは手すりによりかかりながら、んっーと体を伸ばして緊張をほぐす。

実にリラックスした表情だ。そんなホミカに、キョウヘイは笑顔を見せながらも至極当然の疑問を投げる。

「どうしたの急に走り出して?」

「あー…」

ホミカは言いにくい。正直に理由を告げるのもなんか気が引けるが、了承を得ずに巻きこんだ形だ。

「んー…確かに突然すぎたよ。迷惑かけたな…ごめん」

まずは謝罪。

「気にしないで。なんか楽しかったし。特にこれから予定もないから」

「そっか…ええっと…さっき走り出したのは…」

理由も、言うべきだ。ホミカは曖昧にするのもされるのも嫌いだ。頭ではわかっているのだが、どうにも二の句を告げにくい。

「言いにくいこと?なら…」

「いや!言うよ!」

気を遣わせってしまう始末じゃいけない。

「ちょっと最近な…」

気づけば二人並んで手すりによりかかって、自然と時間を共有していた。

突然の逃走劇の理由を告げても、キョウヘイはいやな顔をするどころか少し恥ずかしげに微笑んだ。

(いやじゃ、なかったんだな)

ホミカはあまり考えずにキョウヘイの手を引いたことを、少し後悔していた。もし自分がさして親しくもない男に手を引かれたらいい気分はしない。

だがキョウヘイの表情を見て、その後悔を霧散させる。よかった。

「そういやなんでタチワキに来たんだ?」

チャンピオンには放浪癖がつく。そんな噂は歴代チャンピオンのせいだ。

「そりゃあホミカのライブを見に来たんだよ」

「…本当にそれだけ?」

タチワキと言えばポケウッドがある。そちらの方の用があると言いそうなものだが。

「うん」

即答。

「…ありがとな」

純粋に嬉しい。バトルでは及ばないが、もうひとつの生きがいではこの男の理性をぶっとばせた。

「礼を言うのはこっちだ。本当に楽しかったから、また聞きに行くよ」

「ああ、待ってるよ」

互いに笑顔を見せ合い、見つめあう。甘ったるい雰囲気とまではいかないが、暖かいつながりを感じたのは確かだった。

「あっあの!」

「?」

そんな二人並ぶ空気の中の闖入者。エリートトレーナーの女性が顔を赤くしながら話しかけてくる。

「ああ」

バンドのファンかなっとホミカが言を発しようとした矢先、女性はキョウヘイに近づいていく。

「あっあの!私、キョウヘイさんのファンなんです!こんなところで会えるなんて…!」

「…あっありがとう」

(…こいつも、そういう身か)

現チャンピオンとあれば、この地方に知らぬものはいない。ホミカは手を頭の後ろで組んで、若干あせりながら対応するキョウヘイを見つめる。

「次のPWTも応援します!がんばってください!」

「ありがとう。じゃあね」

キョウヘイは女性に手を振って見送った。彼の頬が緩むのは仕方ない。

「へぇー、えらくなったもんじゃん。"チャンピオン"?」

「あはは…」

今キョウヘイは誰もが認めるチャンピオンであり、あのような好意を向ける者もいれば、ホミカのように超えるべき目標とするものもいる。

「残念だが、あたしは応援しないよ。なんてったって、PWTじゃライバルだからな」

「うん」

「あたしにあたるまで負け」

「あっあの!」

と言い切れないところで、次の闖入者。ミニスカートの視線はまたもキョウヘイに向いている。

「…」

「きょ…キョウヘイさんですよね!私ファンなんです!前の映画、感動しました…!」

「あっありがとう…」

(そういやこいつポケウッドでも主役はってんだよな…)

それでいてチャンピオン。隣でホミカが感心していると、今度はミニスカートの横からお嬢様がキョウヘイへと熱のこもった視線で近づいてくる。

「あっあのキョウヘイさんですよね!?私あなたのポケモンをミュージカルで見て…!」

(ミュージカル!?ああっでもそんなことも聞いたような…)

「あっありがとう…」

さすがのホミカも驚いた。ホミカはバンドとジムリーダーの二束のわらじをはいているが、キョウヘイはチャンピオンとポケウッドのスターとミュージカルのスターの三束。

定期的にPWTにも参加するおまけつきだ。

しばらくしてファンがはけた後、ちょっと疲れた様子のキョウヘイを見てホミカは言う。

「おまえって…もしかしてめちゃくちゃすごい?」

「うーん…普通にしてるつもりなんだけどな…あっごめん。もしもし?キョウヘイです」

そういってキョウヘイはライブキャスターを開く。

「ああっはい。わかりました。じゃあまた明日伺います。それじゃ社長」

「社長?」

聞き耳は立てていなかったが、どうしても最後の言葉が気になった。

「ああ、ジョインアベニューの社長さんから。街のレイアウトについて相談したいから来てくれって」

「…」

今度こそホミカはポカーンとしてしまった。ジョインアベニューの噂もホミカは聞いている。トレーナーに役立つ店が多く立ち並ぶ今日のトレンドだ。

「あんた…ほんと何者なんだ…」

「何者って…ただのポケモントレーナーだよ」

「ただのトレーナーがあんた基準でたまるか!エネルギッシュすぎんだろ!」

「あはは…」

乾いた笑いをもらすキョウヘイを見て、ホミカはひとつため息。

(バトルでは絶対勝ってやる)

本人を前にしながら、反骨の意思を固める。壁は分厚いほど壊しがいがあるものだ。

「さて、そろそろ行こうぜ、キョウヘイ」

当初の目的だった"噂"もこれだけ人目につけば十分だろう。

「うん、もう遅いし送ってくよ」

「別にいらな…」

そこまで言って言葉をとめた。ホミカの脳裏には昨日の帰路が浮かぶ。

(…よし)

「…いや、よろしく。行こうか」

「手つなぐ?」

「ばか」

笑いあって二人並ぶ。ホミカの脳内で、キョウヘイにパラメータが一つ追加された。

 

「そういえばこの前、ポケウッドでホミカパパ見たよ」

「なっ!この前急にいなくなったと思ったらそれか!また迷惑かけて…!」

「まあまあ」

他愛ない会話しながら、二人は後方に注意を向ける。

この道を通る前、ホミカはキョウヘイに昨日の追跡者について話している。

作戦はこうだ。

追跡者が確認されたら、分かれ道でわかれてキョウヘイは身を潜め、追跡者の後ろに回って挟み撃ちにする。

(昨日はこのへんだった…)

(そろそろか?)

程なく、後方に足音が聞こえてきた。

コツ…コツ…コツ…コツ…

(来た。キョウヘイ)

(うん)

目配せし、キョウヘイは準備にかかる。

「じゃあホミカ。今日はこの辺で」

「ああ。また」

キョウヘイが違う道に入る。

ホミカは変わらず同じ道を進み、追跡者が来てるかどうか確認のため耳をすませた。

コツ…コツ…コツ…コツ…

(よし…)

後方からは見えないようにモンスターボールを左手にしのばせる。キョウヘイの攻撃の後、ホミカもドガースを出して参戦する。

(さあ、何時でも来い!)

「よし!行けえ!」

間をおかず、キョウヘイの掛け声が聞こえた。ホミカも即座に振り返り、モンスターボールを投げる。

「爆裂!ドガース!」

相棒を出し、ストーカーの姿を確認する。街灯から離れ影に隠れているためはっきりとはわからないが、形は見えた。

「そこだドガース!ヘドロ爆弾!」

「ドガァース!」

ドガースが猛毒の塊を高速で吐き出す。その軌跡は寸分の狂いもなく影へと向かった。

(よしっあたる!)

命中を確信したホミカ。だが、そのとき。

「まって!!ホミカ!」

「え!?」

次いでキョウヘイが出したであろうランクルスがヘドロ爆弾をガードする。

(しくじった!?まさか…)

影を見間違えたのか。そう思ったホミカだったが、ランクルスの後ろには確かに影がもう一つあった。

ホミカが見違えたのではなく、キョウヘイが意図的に追跡者をかばったのだ。

「なにやって…!?」

言いながら駆け寄って、ホミカは理由を悟った。

「大丈夫…すぐ治療してあげるから」

キョウヘイは追跡者に膝をかし、きずぐすりとなんでもなおしを手に取る。

「ポケモン…だったのか…でも…ゲンガー…!?」

追跡者はゲンガーだった。しかもかなり傷ついて弱っている。

「よし…大丈夫そうだ」

「なんでゲンガーが…普通物や人の影に入り込むポケモンだろ。まして足音なんて…」

「これの音だよ」

キョウヘイがゲンガーの足元から何かを取り外した。

「きょうせいギプス…」

「人のポケモンだよ。間違いなく。ゲンガーが動くたびにこれが地面にあたって音がしてたんだ。ホミカ、このゲンガーに見覚えはない?」

「見覚え?あたしが?」

「ゲンガーが影に潜まずに姿を現して移動してたってことは、ホミカに見つけてもらいたかったんじゃないかな」

「ガー…」

肯定を示すようにゲンガーが呻く。事実、ゲンガーにとってその通りだった。昨日は途中で力尽き影に引っ込んでしまったが、今日またホミカに会うために姿を現したのだ。

「??でもあたしゲンガーは…」

考え込むホミカ。はっきり言ってこのゲンガーに見覚えはない。

確かにホミカの専門である毒ポケモンではあるが…。

(あ)

一つ引っかかった。大分前のことだ。

「まさか…交換で出した…おまえ…あのゴーストか?」

「ンガー…」

通信による進化によって、ホミカはすぐにわからなかった。

「おまえ、なんで、こんなに傷ついて、あたしのところに…」

さまざまな感情が起こり、声を震わせながらゲンガーに手を這わせる。

「ホミカ、その交換した人と連絡取れる?」

「…ああ!もちろんだ!でも今はこいつを運ぶ!」

いったい何がどうなってこうなったのか。感情をふつふつと湧き起こらせながら、ホミカはゲンガーを抱き上げた。

「大丈夫?重くない?」

40.5kgである。

「こいつ元々浮いてるから平気だ…ごめんな、昨日はすぐ気づいてやれなくて。もう大丈夫…」

ゲンガーを撫でるホミカの表情は、慈愛と優しさに満ちていた。薄く開いた目と、柔らかな微笑み。

「おい?キョウヘイ来いよ」

「ああ、うん」

思わず見とれてしまった。彼女の表情に。

(意外と言ったら怒るだろうな。まあ今はそれどころじゃないし)

キョウヘイが見た彼女の新たな一面に、場違いなことを考えてしまった。

それでも、ホミカが見せた表情は本物だ。

(いい子だな。本当に)

年はそう変わらないはずだが、ついそう考えてしまう。

たくましく激しいと言った言葉が似合う彼女と思っていたが、認識を改める。

「…ありがとうキョウヘイ」

「え」

「馬鹿だ…あたし…。あんたがいなかったら、こいつを…」

「…気にしないで。もうゲンガーも無事だったんだから」

「うん……ゲンガー…」

ゲンガーを抱える力が少し強くなる。ゲンガーも答えるようにホミカに擦り寄った。

 

 

「確認は取れた?」

「ああ」

ホミカがゲンガーを抱えながら肯定する。

ホミカの家、ホミカパパに暖かく向かえられたキョウヘイはホミカの部屋で事の顛末を聞いていた。

「プラズマ団に奪われて、向こうもずっと探してたらしい。ったく相談してくれりゃいいのに」

「…そっか。逃げてきたんだね。無事で本当によかった…」

そう言いつつ、キョウヘイもホミカの腕の中のゲンガーを撫でる。気持ちよさそうに鳴き声を出してくれた。

「…けどこいつ、なんであたしのところに…」

交換に出した故、ホミカはもうこのゲンガーの持ち主ではない。ゲンガーが持ち主を求め戻るならば、筋違いである。

「…きっとさ」

「ん?」

「ポケモンとトレーナーの間にも、切っても切れない絆があるんだよ。例え持ち主でなくなったとしても…強い、絆が」

「…」

今の言葉に、どれだけの想いが込められていたか。ホミカもこの地方で起きた事件のあらましを、ある程度知っている。

「今の持ち主には悪いけど…ゲンガーにとって、きっとホミカと過ごした時間が忘れられなかったんだと思う。だから、ホミカの元へ戻ってきた」

「……」

「交換されても、ゲンガーはホミカのことが一番大好きなんだよ」

「…そっか…」

ゲンガーが、撫でるキョウヘイの手をとり、べろんとなめあげる。

「わわっ!」

「ははっ!お前も好かれてるみたいだな!」

キョウヘイはあわてながらも笑顔を見せる。

なんとなくわかった。なぜこの男が、リーグチャンピオンなのか。

(こいつは絆を信じてる。…ポケモンが誰よりも好きなんだ)

だから、頂点に立った。ポケモンのために色んなことができる。

「あのさ、キョウヘイ」

「ん?」

「今日のお礼にさ、今度一緒にタチワキシティ回らない?あたししか知らない最高の場所、教えてやるよ!」

「本当に?ありがとう!」

「ほらっライブキャスター出してよ」

「うん!」

ライブキャスターを出し互いの連絡先を交換する。

「そのゲンガーどうするの?」

「…元々は、あたしが手放したからな…でも…向こうがよければ、こいつをあたしの元に戻したい…」

「…うん、それがいいと思うよ」

話していると、ゲンガーがおとなしくなっていた。どうやら疲れがたまっていたのか、いびきをかいて寝てしまっている。

「あははっ寝ちゃったよこいつ」

「ゆっくりおやすみゲンガー。さて、もう行くよ」

「えっ、もっとゆっくりしていきな」

「あまり夜女の子と部屋で二人っきりてのもね。ホミカパパがちょっと怖いし」

「えっ…あ!!」

ホミカが急いで部屋のドアを開けるやいなや、ドアに耳を張り付かせてたのかホミカパパが倒れ込む。

「なっなっ…!!」

ホミカの頬がみるみる紅潮し、体がプルプルと震えだす。

「あっあの…ホミ」

「バカヤロー!!!」

 

「それじゃ、行くよ」

もう夜も遅いが、こいつも中々に多忙らしい。キョウヘイはキュレムを出して背中に跨った。

「また何時でも来いよ」

本心だ。こいつとなら、また楽しい時間が過ごせる。ポケモンが誰よりも好きな、こいつとなら。

「うん、ホミカも元気で。今度のデート、楽しみにしてる」

「でー…!?まっいいか」

…噂じゃなくなるのも、悪くないかも。

「ん?」

「なんでもない!」

キュレムが唸り、飛行体制に入る。

「じゃあ、また!」

キョウヘイは軽く手を上げてこちらを見つめる。ホミカも手を上げ、笑顔で返した。

「またな!」

しばらくホバリングした後、そのままゆっくりと上空へとあがっていく。

ホミカは風圧に少し押されながらも、キョウヘイに向かって何とか聞こえるよう目一杯声を張り上げた。

「おーい!」

ちゃんと聞こえるだろうか。

「今度のPWTはぁー!絶対負けないからなー!!」

言い終えた後、キョウヘイが手を振って答えた。なら、充分。

「…へへっ!」

こんな日も悪くない。季節はずれの氷の結晶があたりを彩る。

ホミカはこの日を忘れることはなかった。

なぜなら、彼女にとって彼は……。

 

 

 

『毒だらけのライフ&ライブ!その鋭さ発揮しろ!ホミカ!』

最高の歓声だ。ライブとはまた違う。絶好の舞台。

しかも向こうに待っているのは、あいつ。焦がれてやまない、最高の相手。

(見せつけてるよ。なっゲンガー)

新しいパートナーもいる。今まで戦ってきたペンドラー達もこの日のために努力してきた。

今度こそ、あたしのロックを。あたしのポケモンバトルを。

あいつが待っている舞台へ歩き出す。

あたしを応援する声が聞こえる。

一歩踏み出すごとに胸が高鳴る。

この高揚は麻薬だ。

 

階段を上がる。目の前にあいつがいる。

「よっキョウヘイ」

「ホミカ、…全力でいくよ」

「言うまでもないっての!」

この興奮。この絶頂。

やっぱりあんただけだ。あたしがここまで熱を持つのは。

 

『決勝戦ッー!!

ホミカVSキョウヘイ』

 

こいつにいつもの口上は無用だ。

「いつものあたしと思ったら大間違いだよ。チャンピオンもひれ伏す最高の刺激、あんたに見せてあ・げ・る!」

「ああ、楽しみだよ!」

 

その挑戦的な笑顔がたまらない。

 

(ごめんなペンドラー。今回だけ、こいつに見せる先鋒はこいつだ!!)

「爆裂!ゲンガー!」

ゲンガーを見たキョウヘイが一瞬驚いた表情を見せ、そしてすぐ笑顔に戻った。

あたしもたまらず笑みがこぼれる。

 

さあ始まる。体が熱くなり、アドレナリンがほとばしる。

たゆまぬ努力、戦略の深慮。今あたしを夢中にさせる欲望のベクトル。

 

 

 

ああ、そうだ。

 

だからこそ。

 

 

 

「あんたの理性、ぶっ飛ばすから!!」

 

 

 

END

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