thε seβen woαld   作:アルゴ・ノヴァ

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1つ目のセカイ
イチ


 第三次世界大戦の終戦から約10年後。戦時中に進んだ技術を用いた復興がある程度終わり、人々が余興という言葉を思い出した頃。

 国境なき、人種間の争いなき、されど果てしない世界で、閉ざされた戦いが幕を開けた。

 

「はぁ⋯⋯」

「おいおい、ため息なんて吐くなよぉ小僧。ほれ、酒でも飲みな」

「僕は酒を飲みたくない。そもそも未成年だし」

「いぃだろうが、実際に酒飲んでるわけじゃねぇしよぉ」

 

 街のざわめきが一際大きい夕刻、空を駆けた太陽が沈む青年がひとり、ため息を吐く。

 

「いつになったら⋯⋯」

「あぁん?」

「いつになったら、ここを出られるんでしょうかね」

「さぁな。俺だってそれぁ思っとるさ」

 

 皿に乗っている謎肉を突っつきながら愚痴を吐く。

 

「何人、いなくなったんでしたっけ」

「えーと、確か先月の集計で1割じゃねぇか? だから残り九百人だ。まぁそう焦るなって、マップはまだ広がっとるが、メインクエスト完走率は40%を超えてるんだから」

 

 そう答えると、30代後半くらいのオッサンは酒瓶をそのまま逆さに、愚痴も一緒に飲み込む。

 

「っかぁー! いいねぇ、勝手に入手した金でこんな美味い酒飲めんだからよぉ」

「ここで酒飲んでも脳が錯覚してるだけなんですけどね」

「んなこたぁわぁっとる! 錯覚を受け入れて何が悪いんだよぉ」

「⋯⋯はぁ」

 

 机に上には大きな肉塊や謎のサラダが置かれ、レストランは夕食時ということもあり賑わっていた。喧騒が街を支配し、やがて上る月を待っているかのだ。

 

「そんでぇ、お前さん。解析は進んだかい?」

「……あと少し」

 

 机を囲むように、オッサンと青年、そしてフードを深く被った人物がいた。

 

「解析を焦らすな。情報が逆に漏れるかもしれないし、ミスるかもしれないだろ」

「んなこたぁわかっとる」

 

 先ほどと同じ返事を返す。

 

「わかってるけどよぉ、焦りたくなるってのは……ゲーマー魂だろぉ?」

「ゲーマー魂の価値を下げないでもらっていいですかね」

「いえ、ゲーマー魂ではあるけど、オッサンがいうと価値が下がってるだけです」

 

 フードを被った人物に鋭く言われ、オッサンは「俺は悪くねぇ」と肩をすくめながら酒をチビチビと飲み始めた。

 

「解析、終了しました」

「おつかれー。どうだった?」

 

 青年に催促されると、フードの人は空中に浮かぶディスプレイを二人に見えるように広げる。

 

「左側面に魔力痕があるので、おそらく以前に人にやられてるものだと思います。中央の魔塊は無傷で、このまま売れば今のレート的に10は行くかと」

「10……って単位はメガだよね」

「当たり前です」

 

 解析をしていたものをウィンドウから実体化させる。ゴトリと硬質な音を鳴らしながら机の上に出現した。それは拳大の大きさを持つ水晶のような物体だった。

 青白く発光するその結晶体は、一見すると宝石のようにも見える。

 

「これが魔塊ですか。初めて見ました」

「あぁ、俺もだ。こんな綺麗なもんなんだなぁ」

 

 2人が興味深そうに見つめていると、フードの人物はその魔塊を手に取り、指先で転がし始める。

 フードの人は魔塊を再度机に置くと、ウィンドウからもう一つ魔塊を取りだした。

 

「こっちは普段、私が使用している物です。解析が済んでいれば使用可能ですが、『呪われて』いる可能性もあるため売ることも推奨しません。それに……」

「ああ、僕は山伏。それでこっちの酔っぱらいは職業が戦士。使う機会なんてないよな」

「まだ酔っぱらってねぇよ」

 

 まさに宝の持ち腐れ。お荷物でしかないそれは、今抱える問題だ。

 

「とりあえず、9日の朝に教会行って、呪いの確認だけしよう」

「そうだなぁ、ついでに教会関連のクエストも報告しとくかぁ。おい女将ぃー! 酒追加ぁ!!」

 

 話は終わったとばかりにオッサンが酒を追加し始めると、フードの人は魔塊を片付け席を立つ。

 

「後は頼みます、アストラ君」

「あ、ああ。任せて……」

 

 フードを深く被り直し個席を離れ店を出ると、喧騒が少し遠ざかった。左右の店から漏れる光を浴びながら、数百メートル先の街外れへと向かう。

 

「……疲れた」

 

 パーティーメンバーと会話しただけ、ただそれだけのはずなのに。

 空を見上げる。城壁に囲まれた空は、すでにいくつもの星を散りばめていた。

 

「私たちは、一体いつになったら——」

 

 ひとつ、流れ星が空を駆ける。月が空を統べ、時を刻み始める。

 

「——この檻から、解放されるのだろうか」

 

*****

 

「西暦2138年、11月第3週。

死者、行方不明者:約100。

部位欠損、精神異常等による戦場撤退者:ほぼゼロ。

活動可能数:約900」

 

 毎週載せる記事を書き終え、セミヤは伸びをする。ゲームなのだから肩や腰を痛めることはないのだが、人間の習慣とは怖いものだ。いつもの癖でその行為を繰り返してしまう。

 現実でも新聞記事——裏ではゲーム関連の攻略記事——を書いていた彼女は、データを送信すると食堂へと向かった。

 

「オセフさん、こんばんは」

 

 調理場で作業をしていた料理人に声をかける。

 

「おお、セミヤ君。仕事が終わったのかい?」

 

 初老の男性の笑みをもらい、セミヤも微笑み返す。

 

「ええ、今丁度。オセフさんにコーヒーを1杯、いただこうかと思いまして」

「おう、お疲れさん。いま淹れてやっからな」

 

 オセフの作業が見える位置に座り、彼の動きを見守る。

 

「最近どうだ。変わったことはないか?」

 

 オセフにそう聞かれ一瞬戸惑う。

 

「んー、そうですねえ。強いて言えば、攻略速度が緩やかになってきたということでしょうか」

「……そうか。ま、わし新作の新作メニューがなくなる前に終わってほしいのう」

 

 苦笑いしながらそう返した彼は、コーヒーと一緒にデザートを一皿持ってやってきた。

 

「その新作だ。深夜のスイーツは爆弾と……どこかで聞いた覚えはあるがまあ、ここは仮想の世界だ。問題ないだろう」

「わあ、ありがとうございます!! 美味しそうですねえ」

 

 まずはオセフさんが直接仕入れているコーヒーを飲む。深い味わいが口の中で広がり、少しの酸味がアクセントとなる。

 

「美味しいです!」

「ははは、ありがとよ」

 

 オセフが嬉しそうに笑った。

 

「……ところで一つ。お前さんの書いてることはさっぱりわからないんだが、わしの持論をちと聞いてくれぬか。なに、『深夜テンション』と言うやつだ」

「深夜テンションって言葉を使うあたりそこまで歳行ってないと思いますけど……」

 

 オセフが正面に座り、話し始める。

 

「例えばこのコーヒーだ。コーヒーはコーヒー豆から、そして『豆の質』『焙煎度合い』『淹れ方』で味が変わることは知っておるな?」

「うーん、まあなんとなくは。いつもインスタントだったので」

「そうかそうか……まあそれで続きだ。このコーヒー1杯に、何人が関わってるかって話さ。セミヤ君も思ったことがあるだろう?」

「『この世界に新しく生まれた物に、何人のプレイヤーが関わっているか』ですね? この間記事にしました」

 

 スイーツとして出されたケーキを一欠片食べる。間違いないクリームの味が口を包む。隠し味だろうか、レモンの酸っぱい味が甘味と共に後から広がってくる。

 そのままコーヒーを一口。無糖ながらもほのかな甘みを灯し、その残響を苦味が程よく解く。まるで起承転結に沿った物語のように、豊かなハーモニーを描きながらも瞬間の想いを伝えてくれる。

 

「とても、美味しいです。その……」

「ああ、そうだろうとも」

 

 オセフは和かに笑う。

 

「『本当に感動した時、人は言葉を失う』。最高級とは言われていないモノであったとしても、それがその人にとっての最上なのであれば、ね」

 

 オセフも自身のコーヒーに一口付ける。満足そうに頷くと、彼はガラス越しに外を見渡す。

 

「たかが数年、されど数年。まさにそんな日々だった。街中でコーヒー店を営むだけ……それだけの閉鎖的で限られた世界から、こんな世界に連れて来られてしまっては、わしも動かなくてはと思ったよ」

「そう、ですね……あ、でも今日のニュースで、攻略が50%に届いたそうですよ!」

 

 彼女なりのフォロー。しかしそれは、初老の男性に無言の時間を与えただけだった。

 

「……わしが小さい時、すでに2Dゲームが流行っていた。子供でも当時では大きなフィールドを探索していた。もちろん、RPGも」

 

 第三次世界大戦直前の頃だろうか。

 

「さまざまなタイトルがあった。わしの親世代がようやく根付いた頃だったのだろうな、両親からの理解はあった」

「……」

「RPGとは、人の成長を紡ぐ物語だ。故に時には絶望に当たり、時には主人公が苦しみ、時にはヒロインと結婚し、時には魔王に支配された世界であり……時には、誰も救われない物語が、その世界にはあったのだ」

 

 その言葉の重みは、恐らく彼女の思う物とは違った。

 

「わしらは、絶対に安全な場所から、登場人物が定められた行動しかできない……つまり、どんな結末であろうと通過せねばならなかったのだ。フルダイブの技術は違う。AIがストーリーを上書きしてくれるから、わしらが通りたくないストーリーを望めば、回避できるだろう」

「でも……」

「では質問だ。『画面の向こう』という絶対的な隔たりを持ってして、お前さんはお話を進められるか?」

「……」

「わしらの世代……いや、2Dゲームしかなかった時代は思ったのだ。『ああ、画面の向こうの主人公になって、悲しみを回避したい』と」

「そう、ですか……」

 

ふう、と一息吐くと、オセフは苦笑いした。

 

「まああれだ。『感情に左右されてしまうような物語は』もしかしたら過去の遺物の方が良かったのかもな」

「……」

「老人の戯言と思ってもらっていいさ。それに現実に争いを生み、世界を破壊したのは……わしらの負の遺産だ」

 

 違う。技術の行き着いた先を、オセフが背負う必要はない。

 

「お、オセフさんには第三次世界大戦は関係ないです!」

「……知らないことに口を挟まない方がいい」

「二年間もお世話になった人のことを知りたいって思うのが普通じゃないんですか?」

 

 束の間の捩れ絡まった空気が、二人を包む。

 

「……すまない。少し話し過ぎたようだ」

 

 

 

 食堂には常夜灯だけが影を照らしている。明日の朝には再び活気を取り戻すその場所で、一人の初老が光を浴びている。

 無言が支配するその場所から、静寂と言う音が響き渡る。喜怒哀楽。人類が保持し続ける、環状の感情表現。手放したらなどとは思いもしないソレらは、人々に物語を植え付けている。

 六情とも言われる心は、やがて一部を繰り返す戦争に染められていく。

 喜び、怒り、哀しみ、楽しみ。

 タブーの領域は、全て人が。その領域の設定すら、感情に揺らぐ人が。

 「戦争犯罪者」。戦争の元とされた事件や出来事、活動、思想。これらの原因は全て人であり、無意識のうちの行われたものが多く、またその計画の多くが因果によって裁かれる。

 人は繰り返す生き物だ。その繰り返しがやがて作物の効率化を図り、人同士の信頼を作り、過ちを犯す。

 罪は、後から気づくもののだ。あのとき、こうしていれば一一

 何かが動き去っていく物音がした後、食堂から人はいなくなっていた。

 

*****

 

「右陣営被弾多数の報告!壁移動させて!」

「左に罠 設置した!」

「スポーンエリアの消失確認!これが最後だ!押し込め!」

 

なんて事のない昼下がり。彼ら一団は、命を賭けて戦っていた。

 

「赤ゲージ入った!下がる!」

「了解! 戻るまで埋めるぞ!」

 

 数十のゴブリン相手に十数の人間が挑んでいるのは、草原から岩壁エリアに続く一本道に、ゲートとして立ち塞がっていた出現場。

 それは西側の連峰に接続する大事な道路だ。

 攻略に必須な道ではないが、安全が最優先なこの世界で「解放しておくと便利になる」程度の場所だ。

 しかしその程度が、この世界では時に命を委ねるものとなる。彼らはそれをわかっていて、そのためだけにこの戦いを始めた。

 

「スキル撃っていいか!?」

 

 武者のような赤い鎧を身に着けた男が、パーティーメンバーに指示を仰ぐ。

 

「いいよー! ドンと行っちゃって!」

「よっしゃあ行くぜ!『赤き勇ましい心』!!」

 

 武者男がそう叫ぶと、周囲にいる人全員が一瞬赤く光る。

 

「ボスのHP半分切ったぞ! 攻めこめぇぇええ!」

 

 

 

数分後、その道は解放された。

 

「ナイスガッツ、動きがいいな」

「へっ。そっちだって、連携が上手いじゃないか」

「いい協力だった。ありがとな」

 

どうやら三つのパーティーが集まったレイド戦だったらしい。互いに褒めたたえた後、その場を去っていった。光の粒となりゆっくりと消えゆく大型の魔物と、一つの人影だけがそこに残された。

 

 

 

「ハイビスカス……なるほど?」

 

レイドパーティーが完全に見えなくなった頃。深くフードを被った人物が、討伐された魔物の死骸を観察する。

 

「やはり魔塊について広く知らされてないようだな……」

 

魔物に必ず宿っている、言わば「生命の源」とも呼ばれる魔塊。ゲームの仕様上、必ず発生する「相手のデータ保存場所」でありながら、そのアイテムをプレイヤーが魔法発動の原点とする仕組み。

誰でも気づくことができ、故に気づくことができない。

 

「とりあえず回収するか」

 

コンバットナイフでいそいそと魔塊を切り離し、その場を立ち去った。

 

*****

 

 「魔」法は、魔族に古くから伝わる術式であり、代償として悪魔との契約執行をする行為である。そのため、魔法は悪魔との繋がりが強い者ほど、より強弱なものを使うことができる。

 一部の人間が使える理由はいくつかある。過去に悪魔によって操作された先祖がいたこと、代々の継承として悪魔がいること。そして、悪魔との隷属契約があること。過去の歴史に幾度となく記述がある「悪魔侵攻」が、一つ目の理由になる。悪魔と戦ったのは巨人族、その戦力として悪魔側に人間が付いた形だ。

 普通であれば悪魔と人間はともに戦うことはない。だが、この世界での巨人族の目的が「世界の調整」だったため、人間は「世界を面白くする」悪魔側についたのだ。まあ、悪魔側も言い方を変えれば「人間をもてあそびたい」なのだが、「世界の平穏な発展に人類が障害である」と言う巨人族の目的が発覚してからは多くの人間が悪魔陣営についたのだ。このとき、悪魔が自身の力を利用した人間を操作したという。この時悪魔と人間の間に子を授かったという逸話もあるのだが、これはまた別のお話である。

 次の「継承」はこれに近い。悪魔の世界である「魔界」に戻らず、この通常世界に居続ける悪魔が依り代として特定の人間に交渉した結果だ。互いに認め合っているため、効果が限定されやすい面その力は時に最大となる。悪魔の系統によって能力が決まるため、たいていは人間の仕事の助けになる悪魔が、そこに定住するようになる。このパターンでも悪魔の人間のハーフが生まれているとか……。

 そして最後に隷属契約のパターン。契約とは文字上でしかなく、その多くは「人間の体の乗っ取り」である。人間基準でいう精神生命体である悪魔は、物質界で自由に物を触れる肉体を欲している。故に、弱った人間との契約や、自我が崩壊した人間と無理やり交渉し、受肉しているのだ。その際多くは元の人間の姿のまま、目の色などが少し変わった状態で活動するのだが、稀に肉体との相性が完全に一致するか、不完全な場合は全く別の姿へと変わる。肉体の見た目が変わらない場合は、そのまま人間社会へ入り込むが、見た目が変わった場合はその後「神隠し」とされ、近くの森や神社なんかがその言われの犠牲となる。

 悪魔との契約は人類に発展を促し、摩訶不思議を生み出す。そのサイクルが、これからも永遠に廻り続けるだおう…...。

 

「と言うのが魔法の説明です」

「長ぇよ」

 

 至極最もなツッコミとともに、KAKUKAWA文庫著の「悪魔の歴史」は閉ざされ、棚に戻された。

 

「そうですかね。筋が通っていて私は結構好きなのですが」

「そりゃそうだけどよぉ……」

 

ここは教会の中にある図書館。世界各地——正確には周囲の国々の本——がほぼすべて収容されている、人類の知恵の泉である。「館内の魔法習得の本を読む際は、絶対に実践しないこと」の注意書きがあちこちに貼られており、なんともファンタジー世界観を醸し出している。ちなみに魔法を使用すると、普通に投獄されるらしい。

 

「わざわざ魔塊の説明をしてあげていたのですが」

「魔塊って言葉、今の説明で聞いてねぇぞ!?」

 

そうでしたっけ、とフードの人間が首をかしげる。戦士のオッサンは手を振りウィンドウを開くと、先ほど教会の神父からもらった証明書を開く。

 

「それで、これの説明をしてくれや」

「……説明も何も簡単ですよ。『この魔界はあまりにも綺麗で美しい。ぜひ西の国の神父に見せてやってほしい。彼はこれを欲しているだろう』。要約するとこんな感じですが、まあいわゆる『クエスト発生』ですね」

「さっきの眠くなる説明はなんだったんだよぉ!?」

 叫びが図書館に広がった。

 

*****

 

とまあ、そんなこんなで今は路地裏に移動した。さっきまでの町の喧騒が、嘘のように消えている。入手した魔塊は価値だけを検査してもらったため、エンチャント効果の確認をしていなかった。二度手間になってしまったことでイベントが進まなくならなければいいのだが。

 

「……敬語がクセになってきたな」

 

やがて足は、とある人物と約束している宿へと向かう。




魔法の設定、読むべし
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