だから私はこの先も、前を見続けていくと思う
誰かが止めようとしても、振り向かないでいく
だってほら、月が私を追い越し沈んでいくから
その先に何があるのかなんて、わからないから
一歩一歩。また一歩。そうやっていつの間にか
終わりが見えると、貴方がそう言っていたから
*****
限りなく拡散された世界線の、その元の束ねられた、たった一つの物語。束ねられた、たった一つの願い。
夜は時に冷たく、時に暖かく、時に支配し、時に彼方への願いを届け、時に星々を映し、やがて流れていく。それはまるで、黒く暗い川のようであり、果てしなく広い海のようである。
黒い空を、一つの光が流れていく。人々はそれに「流れ星」と名付けた。
本当は、この星に落下するだけの星屑なのに。
*****
笑って虚しくて探して無くて悲しんで泣いて苦しんで歪んで曲がって霞んで消えて
でもそうやって君はできてきたんだから
どうせ明日は笑ってる
虚しくて探して無くて悲しんで泣いて苦しんで歪んで曲がって霞んで消えて
でも僕は工程を踏まなかったから
明日は君の記憶から消えてる
*****
ガラスが割れたような音がした後、透明な花びらが空を舞う。
悲鳴を上げ、急所に攻撃を受けた半牛族は、身体ごと全てが砕け散った。
「ないすー」
「うっす。どう? 取れた?」
今の戦闘で得たアイテムを、互いに確認し合う。
「うんや、自分はダメだね。経験値と金、『上質な革』しかない」
「うちもー。てかさ、ホントにこの敵からドロップするわけ?」
メイスをブンブン回しながら、ギャルギャルした女の子がリーダーに文句を言う。
「するって書いてあるしな……」
「その情報、裏取ってるの?」
ビシッとリーダーに指摘すると、リーダーの横にいた男が返す。
「あったりめえよ。だってこの情報源は『
「……んで、入手記録は?」
「う、噂程度……」
ギャルは「やってらんねー」と言うと、洞窟の中を一人で進んでいく。
「お、おい。どこに行くんだ?」
「どこって……帰るんだよ。今日はもう諦めて、日の入り前に街にいたいからね」
他のメンバーもその気が強くなっていたためか、リーダーに判断を仰るような目を向ける。
「……帰ろう」
その目線たちに耐えられず、やむなしにリーダーは決断する。
「よっしゃ」
「ういーお疲れ様」
半牛族対策に張っていた「耐性低下の罠」や「速度低下の罠」を解除すると、一行はこのゲームの西部に位置する第四の街「コグリ」へ足を運ぶ。
「ところでその……『賢者』って誰なんですか?」
ギルドメンバーがリーダーに問うと、リーダーは一枚の紙切れを取り出す。
「『賢者』ってのは、このゲームの裏設定である『花魂(かこん)』を取り込んだプレイヤーのことだ。こんな感じの紙切れを、指定された場所に取りに行くと情報入手だ」
リーダーはオレンジ色の封がされていた手紙を再びしまう。
「よくわからない素材を対価に要求したり、常にフードを被っているため風貌不明……と噂されていることから『賢者』と呼ばれている。とかなんとか……」
「ふーん。んで、リーダーのオキニの子なんだ。その女の子」
「……性別は言ってないぞ」
ギャルは「反応でわかるからね」と言わんばかりにリーダーの脇腹を突くと不機嫌になる。
「ギャル子さん、アレかもしれないっすよ」
「ギャル子さん言うな……アレって?」
「これも『賢者』から流れてきた噂なんですけど、ゲームに入る際になんらかのバグで「整いすぎた身体を手に入れる」プレイヤーのバグがあるそうです」
「へえ……」
「まあそれで性別が変わる事例はまだ聞いたことないっすけど……ほら、『世界樹捜索』のクエストで出てきたじゃないっすか」
「ああ、『姿を偽り顕現する者よ。偽りはいずれ、剥がれることのない殻となるだろう』……でしたっけ」
ギャル子さんの横にいた、キャラクターオプションでメガネをかけている真面目そうな若者が一文を言う。
「さっすがマジメ君、こーゆーとこ役に立つよなー」
「い、いいいいえ! それほど、でも……」
ギャルにバシンと背中を叩かれ、顔を赤くし俯いた。満更でもなさそうだ。
「まあ、つーわけで『賢者』の性別なんかどうだっていいんだよな、うん」
「じー……」
リーダーはその視線から逃れようと、地平線にある街を見る。
「さ、さあもうすぐ着くから気を抜かないようになー」
「あれは惚れてるな」
「うん、間違いないね」
「じー……」
無論、リーダーの薄っぺらい嘘をメンバーたちは見破っていた。
姿を偽り顕現する者よ。偽りはいずれ、剥がれることのない殻となるだろう。
思い出せ、人類よ。かつて木々を愛し、動物と戯れ、灯りを手に入れたあの頃を。
思い出せ、人類よ。我々と対峙していた、幾度とないあの希釈な時間を。
姿を偽り顕現する者よ。偽りはいずれ、取り返しのつかぬものになるだろう。
*****
「くしゅん」
静かな住宅地の中に、一つくしゃみがこぼれ落ちる。
「……誰ですか、噂してるの」
気分転換に立つと、そのままキッチンへ移動する。
「今日は……これにしましょう。『骨海賊の肋骨、鳥貴族の羽、青球幽霊の灯』を使ったコーヒー……うーん、麻薬ですかね」
正しく言えば魔薬ですね、と呟きながら、コポコポと湯を沸かすとカップに注ぐ。
「『
能力を発動しコーヒーの成分を確かめる。
「どれどれ味は……っっっ……!!」
熱さにやられたのだろう、しばらく悶絶する。
「ひぇ……この身体は猫舌なの、忘れてましたね……」
ふーふー、と淹れたコーヒーを冷ましながら、足をベランダへ運ぶ。
「……美味しい」
目線を遠くの山へ向ける。あそこは当分開拓されない、ボスステージへの道だ。山越えに成功すると解放されるが、今の人類の戦力では敵わないだろう。
「……と、能力で予測されていますね」
この未来を裏切るには、新しく「花魂」持ちが出現することくらいだろう。実際、ドロップしそうな敵に目星をつけて、攻略者たちに検証してもらっている。
「早めに、地球へ帰りたいですね」
無意識に腕を組み、細やかながら抵抗してくる胸元に違和感……いや、
「次のターゲットは……おや、珍しい」
次の目標は、自身と同じ程度の「理解者」だった。「花魂」はたまたまでは入手できないため、それを持っていると言うことはつまり、この世界に対する理解があると言うこと。
「セッティング、してもらいましょうか」
フードは背中に垂れている。夕日に輝く白髪は、振り返った『賢者』の腰まで伸びていた。
二一三八年一二月初週
コグリの街、メインストリートにある小さな喫茶店にて、『
店内には緊迫した匂いが漂っていた。
深くフードを被り、アバターが一切わからない『賢者』。黒い髪を腰まで伸ばし、スタッフを膝に抱えながら『賢者』から目を逸らす『希望』。
「……」
誰も何も話さない時間が、十分続いた。
何もしていないわけではない。巡り合った二人は、自動発動した自身のスキルと闘っていた。
『賢者』の権能は「このゲームの真実を知り得る材料があれば、見ることができる」。
『希望』の権能は「人類を救うための手段を、無数に存在する可能性から選び見る」。
賢者が知り得た結果を持って希望が観測変更し、その変更を察知した賢者が材料を補充し未来を「見返す」。その行為により希望が観測先の可能性を変える。
無限に変わりゆく情報量に耐えているだけであった。なぜならここは「ゲーム」だから。溜まったタスクは遅延を得て実行され、故に読み込み中は待たなければならない。
誰も何も話さない時間が、更に十分続いた。
「あ、あの……」
沈黙を破ったのは希望だ。
「あなたは、本当に人類を救おうとしていますか?」
あまりにと唐突すぎるイカれた問いに、周囲にいた店員は困惑した。
「『希望』の観測結果が裏切ることはあり得ません。あなたは、何をするために私を呼びましたか?」
賢者は一呼吸置いた後、静かに右手を上げる。包帯に巻かれてはいるが、ひどく細い指であることはわかる。
「私は……いえ、あなたが仮に「観測者」であるならば、私は「閲覧者」に過ぎません。私は奇跡も起こせない権能です。故に、全ての可能性から考えた行く末を知りたい。その渇望が、もしかしたらあなたに危険信号を灯らせたのかもしれませんね」
「全てを知りたかった閲覧者」と、「世界を救いたかった観測者」。例え「情報」ジャンルの同系統であれ、その活用方法は天地ほどに差がある。
「そう、ですか……でも、私は信じています。あなたがきっと、このゲームの攻略にとって大切な存在であることを」
「……そりゃまあ、大層な権能を得たんだからね。ぼ……私も地球に戻りたいさ」
希望はゆっくりと笑みを浮かべると、席を立つ。
「ここではなんでしょう、今から私の家に来てください。すみません、会計お願いします」
賢者は理解する。
きっと、希望は答えを見つけている。